研究室だより(もっちー通信 第21号)


                               2015.4.1

新しい年度が始まりました。
大分大学28年目の春です。
今年も昨年と同じく、16名のフレッシュな新入生を迎えました。男子学生が1名です。

今年度も変わらぬご指導ご鞭撻を賜りますよう心よりお願い申し上げます。


1.もっちーの様子

昨年は激動の年でした。

6月の定期検診で精密検査を勧められ、きっと異常はないだろうと思いながらも、年々数値が上昇していてついに上限値を超えたので、なんとなく気味が悪く、附属病院を訪ねてみました。
精密検査をおこなったところ、指摘された部位にはがんの疑い。
驚いたのはその次です。
指摘された部位の画像に偶然写っていたのは、隣の臓器にあった2cm大の腫瘍とおぼしき影。
さらなる精密検査を行ったところ、がんでした。
9月に入院をして手術を受けました。
生まれて初めての本格的な入院・手術。これは附属病院のスタッフのおかげで何の心配もなく過ごせました。
病理検査の結果、悪性度が高いがんであったとのことで、11月に再度入院・手術。このときは、前の手術で具合が悪かったところを追加で処置することを兼ねたので、長期の入院になりました。
幸い早期発見であったので、身体に対するダメージはそれほど大きなものではなく、今ではほぼ手術前の状態に戻っていますが、確率の高い再発がいつやってくるかわからないという不安。いくら早期といえども転移していないかという不安。
いろんな不安を抱える中でこれからの人生の在り方を考えるようになりました。

よく入院は神様がくれた休暇、しばらく休んでいいですよ というメッセージであるという話を耳にします。
しかしよほど仕事熱心なのか、不安から逃げるためなのか、今でも自分自身よくわからないのですが、1回目の入院時には早い時期からテレビ会議に出たり、カテーテルを装着しながら外に出て仕事をしていました。
退院してからすぐに元のように出張に出かけたりと今思えば無理をしていたのだと思います。
11月の入院は予定日まで待てず、ダウンして予定の2日前の入院となりました。
この2回目の入院ではさすがにカテーテルが入っている間は外には出ないものの、テレビ会議に出て、メールでのやりとりをしていたので、結局休養にはなりません。
睡眠も十分にとることができず、十分加療してから退院したのですが、なかなかもとの調子には戻りません。
退院して1週間後、また具合を悪くして、12月には3回目の入院をする羽目に陥ってしまいました。
11月の手術から約5か月。ようやく前と変わらない毎日が過ごせるかなぁと思う今日この頃です。

副学長の仕事に就いてから2年3か月。
こちらも昨年度は忙しい一年でした。
特に夏以降、新しい学部の新設が具体的になったあたりからより忙しくなり、それに加えて体調不良。
いろいろな意味での力不足を痛感しています。

以前、FBに書いたのですが、ラジオで武田鉄矢さんが、だれかの話として
「人生は登山に似ている。登ったら下りてこなければならない。無事に下山できなかったらそれは「遭難」という」
というのを紹介していて、目から鱗が落ちる思いでした。
まだまだ早いという気持ちはあるものの、命に不安のある病気を得たことで、無事に下山することを考えるようになりました。
頂上にたどり着けなくても、状況を見て途中で引き返してよいのかもしれません。
いつ、どのように下山していけばよいかを考えています。

それを考えると、いろいろなことについて収束する方向を探っていかなければならないと思います。
これ以上登ることはよく考えてからにしようと思います。
むしろ下りるために、次の人に任せること、断ることができるものについては徐々に断っていくことを考えます。
下山してから一度に迷惑をかけるのではなく、少しずつ迷惑をかけながら、力を借りながら下山しようということです。

この前、長男が30歳になりました。私が大分に来たときと同じ歳になりました。
そのとき3歳で、きらきらした目をして、大学内を散歩するときに私の後を走って追いかけてきた姿がついこの前のような気がします。
彼なりに苦労をしていますが、親の手をわずらわせることはありません。ありがたいことです。

次男ももうすぐ30歳。
大分に来たときにようやく歩けるようになった彼も、今や企業のスタッフ部門の中で仕事をしています。
なぜか仕事がらみの電話がかかってきたりするのですが、その口調は立派な社会人です。
彼が大学生の4年間、しょっちゅう彼のアパートに訪ねていって楽しい思いをさせてもらったのはずいぶん前のような気がします。

これからのエネルギーは両親にかけなくてはなりません。
老老介護はもう限界に近づいたと思う頃、賢い父親はうまく母親を施設に入所させ、ひとまず危機が回避できました。
これで母親への心配はかなり減りましたが、気にかけなければならないのは父親です。
今までの大きなストレスも、それがなくなってしまうと人生の張り合いがなくなって、急に変化するのではないかと危惧しています。


2.研究室の様子

研究を中心とした研究室の仕事は梅木さんに任せっきりになりました。彼女の献身的な尽力なくして、もはやこの研究室は動きません。
さらにはこの状態を永久に続けることができません。
限られた時間の中で、限られた資源の中で、研究の総仕上げをします。

1)卒業した4年生
4人の4年生が3月25日に卒業しました。3人の4年生はそれぞれの新しい世界で活躍してくれることと期待しています。
このゼミで過ごした日々が少しでも社会に出てから役に立てればと願っています。

卒業生のみなさんには健康に気をつけてこれからの活躍を楽しみに期待しています。社会に出ると、つらいことやいやなことがいっぱいありますが、みんなそうやって成長していくものです。
社会人1年生というのは何でも聞くことができるし、失敗も大目にみてくれる。やらずに後悔するより、やってみてそれを明日の糧にするというスタンスで仕事に励んでほしいと思います。
ちょっと疲れたなぁ、しんどいなぁと思ったときにはいつでも研究室に足を運んでください。そこにはいつも変わらぬ場所があり、いつも変わらぬ時間が流れています。
 
2)新4年生と大学院生
今年の4年生は5人。また賑やかなゼミになりました。4月になり就職活動に忙しい毎日です。
今年は現在の教育学研究科の枠組みでは最後の大学院生の入学です。望月研究室は社会人の田鹿光紀子さんが仲間に加わりました。
短大の現職教員なので、大学院生ではありますが、同じ目線での教育・研究活動もできるのではないかと期待しています。

3)研究
企業との共同研究が続いています。しかし役職の仕事と講義などの学生指導でほとんどの時間をとられてしまい、研究は危機的状況です。梅木さんのおかげで進んでいます。
企業との共同研究は学生指導といった観点からも大切です。
ゼミが企業と関わることによって、企業とは何か、企業はどんなことを考えているかといったことが学生に伝わっているのではないかと思っています。


3.生活分野の様子

学部再編によって、生活分野は今年の入学生が最後の入学生になりそうです。
4学年揃うのはおそらく今年が最後になることでしょう。
今年入学した人たちが、元気に卒業するまでがんばります。

川田先生が5年目になりました。今や大分県にとってなくてはならない研究者であり、忙しい毎日のようです。
一昨年退職した田窪先生の後任として、大野歩(おおのあゆみ)先生が一昨年4月に着任されました。
根笈先生は昨年9月に退職されました。ずっと体調を悪くされていたので、今後が心配です。
そのこともあって、生活分野と家庭科を併せて教員の数は5名になってしまいました。
生活分野と家庭科の教員は人数が少なく、こちらもまた危機的状況です。


4.おわりに

掲示板にどんどん投稿してください。特に卒業生の皆さん、掲示板で最近の様子を聞かせてくれるととってもうれしいです。