1月16日 (木)    役職の立ち位置

役職2年目。
去年は上役が気を遣ってくださって、上役のサポートが中心であり、ちょこまか動くことでなんとか役職の対面を保つことができたのではないかと甘い点をつけている。
2年目になったということは、1年経験したので、いつ頃どんなことがあるかという流れがわかった。
そうなればこれまでのように上役のサポートだけではその任を果たしているとは言えない。

自分自身そう思っていたら、早速上役からまとめ役を命じられた。
それも複数。
私は参謀総長あるいはマネージャーとしてはそれなりに立ち位置があると思っているが、リーダーとしてはそのような素質や能力はないと思っている。

なので会議を取り仕切るということはつらい。
今の役職の前の役職は、自分自身好きな分野の仕事であったから、やりたいようにさせていただいた。
しかし今の役職は得意分野とは思えず、どうしたら相応の仕事ができるか自問自答の毎日である。

今日、1月分の給与明細を見た。
役職手当がある。
わずかではあるが、これまでより増えている。
その額を見ながらこれだけの報酬に見合う仕事をしているのだろうか。
それだけの報酬に値する仕事をしているのだろうか。

そう思うと一生懸命やらなければと思う。
しかしながら、想像以上にその役職の任は重く、気分転換のために時間とお金が必要である。
気分転換を積極的にしなければ与えられた仕事をこなせない。

気分転換に時間を費やすと、役職に値する仕事の時間を確保することができない。
未熟である。

1月15日(水)    化粧品

化粧と言えば、女性専用と思いがちであるが、男性用もある。
しかし、それは色を塗ったりなどというのではなくて、皮膚を保護したりといった機能性を重視するものが多い。
その観点から化粧品を使っている。

肌の老化を防ぐ働きがあるクリームを使っている。
ひげそりのローションを使っている。
洗顔フォームを使う。
冬は乾燥して皮膚が痒くなったりかかとが切れるから、ボディローションを使っている。
ときどき足パックをする。
水仕事をすると手がヒビ切れするのでハンドクリームは必須である。
唇が荒れるのでリップバームも使う。
化粧品と言えるかどうか微妙であるが、シャンプーにもこだわっている。

指先の手荒れがひどくて困っていたら、あるお店でオイルを紹介された。
これを使ってみたら非常に調子がよい。
たまたまよかっただけだろうと高をくくっていたら、そのオイルを数日間つけなかったらひどく指先が荒れた。
驚いてすぐにそのオイルを買いに行った。
それをつけるようにしたら、一気に手荒れをしなくなった。

自分を飾るための化粧には全く興味はないが、皮膚を快適に保つための化粧品は積極的に使いたい。
使いたいと言ったが使っている。

改めて考えて見るとこれらに結構お金を遣っている。

1月14日 (火)    マニキュア

マニキュアの容器がほしかった。必要であった。
100均のお店に行って、そういうものがないかと尋ねたら、ないとの返事であった。
少し考えてよいことを思いついた。
透明のマニキュアを買ってきて中を捨てて、容器を洗えば使うことができる。
なかなかよい思いつきだと思って買ってきた。

せっかく中身があるので、すぐ捨てるのはもったいないと思い、冗談で爪に塗ってみた。
爪はきらきらと輝いたが、非常に違和感がある。
爪が呼吸困難になっているような気がする。

これはよくないと思い、研究室にあるアセトンで取り除いた。
そうしたら爪はもとに戻った。
色も自然だし、身体にもよい。

化粧などをしたり、ピアスをしたりなどという人は多い。
特に女性は化粧をしているし、ピアスをしている人がほとんどである。
身体に負担がかかっていないのか心配になる。
そんなにまでしたいのかと思ったりもするが、化粧なりピアスなりして自分の気分が高まって満足できるのであれば、身体の健康にはよくないが、心の健康にはよいのだと思う。

化粧品の値段もバカにならないからお財布もたいへんだなぁと思ったりする。

1月13日 (月)    成人の日

今日は成人の日で祝日である。
おかげで三連休なのであるが、2年生のほとんどは今年度20歳になる。
おめでたいことである。
各地で成人式が行われ、フェイスブックにもそのときの写真がアップされていて、見違えるほどである。
人生の一つの節目としてよい機会である。

成人の日は月曜日に祝日になった。
成人式をこの日にやる自治体が多くて、地方からの分大生は、成人式に出席すると、明日火曜日1限の私の授業に出席できないかもしれない。

そこで、毎年、成人式翌日の1限の授業は休講にしている。
コマ数に余裕があるのでそういうことができる。

近頃の若い人は少し前に比べたらおとなしく優しくなったかなと思う。
列車で立っている妊婦に「席を譲りましょう」と声をかけてくれた高校生がいたと聞いた。
列車の車内放送で「床に座るな」と言っているが、床に座る人を見ない。
会えばきちんと挨拶をする。
先週の金曜日、定期券を落としたら、すぐに駅に届けてくれた学生がいた。
その反面、自己主張をするときがあるが、それが自己主張ではなく、自己中心だなと思うことがときどきある。

この両面から今どきの若い人の考え方を推測してみる。

公共というか、だれもがそうした方がよいということに対しては、そのとおり行動できる。
しかし、自分のことに対しては周りのことは考えず、自分が優先である。

総論合格、各論不合格 といった印象である。
だれもがよいなと思っているところでは価値観を共有することができるのであるから、そのことに対して若い人が力を合わせて行動してくれれば、それは大きなパワーとなって社会が豊かになるような気がしてならない。

1月12日 (日)    三連休

先週は公私ともに慌ただしかった。
身体も頭も本調子ではないところにもってきて、仕事は次々とやってくるは、健康診断の結果が気になってふとキーボードをたたく指が止まったり、学内外の打ち合わせが目白押しで早くもバテた。
そのような状況の中でのこの三連休は本当にありがたい。

仕事を少しでもやろうかなぁと資料を持ち帰ったが、やらないことにした。
家の片付けをもう少しやろうかなぁと思ったが、正月にある程度やったので、やらないことにした。

もっぱら仕事のことと家のことを完全に忘れて、本当に自分のやりたいことだけをやることにした。
食事の支度もしない。すべて外食。
ネットも最小限。
メールの対応はしない。

おかげでだいぶ気分がすっきりしてきた。
連休明けにどのようなことが待っているか想像すると怖いものがあるが、そういう考えもしない。

そうしたら一日が楽しくて楽しくて仕方がない。
仕事をやめたら毎日こういう日が過ごせるのかと思うと、非常に魅力的である。
しかしながら、こういう生活もおそらく2週間が限度ではあるまいか。
この前の年末年始の休みと、今回の三連休を併せると、ようやくリフレッシュ完了の予感がする。

余計なことで心配事がある。
家人が仕事中毒になっている。
依存症ではないから、仕事に没頭しているというのではなくて、「中毒」なので身体を害しかけている。

だからといって、その中毒を取り除くことができるほど私には余裕がない。
むしろ仕事に関しては関わりたくなくなっている。
このままの調子で仕事を進められると近いうちに体調を崩されそうで、そうなるとこちらはもっと厳しくなるから、それも困ったなぁと思いつつ、仕事は適当にやりなさい と言っても聴く耳をもたないし、というか、私の言うことに対して聴く耳を持たないものだからタチが悪い。

1月11日 (土)    忙しいからヒマ、ヒマだから忙しい

年が明けてから忙しい。
やることが多いような気がするのであるが、能力がないから、他の人がやるよりも余計に時間がかかるから忙しくなっているのかもしれない。
そんなとき、ふと時間がとれることがある。
そんなときはヒマだなぁと感じる。
そういうヒマな時を活かして日頃できないような考え事をするとか、本を読んで勉強するなどといったことをすればよいのに、ヒマができるとだらだら過ごしてしまう。
忙しいときにしかヒマはできない。

一方、毎日余裕があって時間があるとヒマな毎日であると思うことだろう。
そんなときに仕事が入ると忙しくなる。

そう考えると、日頃から「ヒマだ」と言っている人は本当は忙しい人かもしれない。
逆に「忙しい、忙しい」と言っている人は本当はヒマなのかもしれない。

私はどうかと考えてみると、結構「忙しい、忙しい」と言っている。

1月10日 (金)    寂しいコーヒーミル

年末に親しい人からコーヒー豆をいただいた。
我が家にはコーヒーミルがないので、これを飲もうと思ったらミルを買わなければならない。
前から欲しいなぁと思っていたので、ちょうどよい機会である。

電動式のものを買おうかと思ったが、ふと思い出した。
N先生は、自宅で手回しのコーヒーミルで豆を挽いてゆっくりとコーヒーを淹れながらくつろぐのが至福の一時であるという。
Y先生の研究室に伺うと、手回しのミルで挽いた美味しいコーヒーをごちそうしてくださる。

美味しいコーヒーを飲みながらゆったりとした時間をもちたい。
ゆったりした時間をもつためにはコーヒーミルは最適である。

こう考えて、正月3日夕方に手回しのコーヒーミルを買いに行った。
価格もそれほどではなかったので満足して家に帰ってきた。

帰宅してから夕食の支度をして、年賀状の返信をしたりしていたら、実家に帰省していた家人が帰ってきたのでそこでバタバタしていたら、ミルを回す機会を逸してしまった。
それから1週間。
未だにコーヒーミルの箱は開けられていない。

結局そういうくつろぎができる時間をもつことができないということである。
コーヒーミルが使ってもらえなくて寂しがっている。

早く寂しさから解放させてやりたい。

1月9日 (木)    健康維持のための理想と現実

最近の生活パターンから、毎日を快適に快調に過ごすためにはどのような生活をしたらよいかがわかってきたので整理してみる。

1.睡眠時間 
   6時間 最低でも5時間。5時間を切ると次の日は頭がボーッとしている。(いつもボーッとしているが拍車がかかる)
   4時間を切ると最悪。
2.就寝時刻
   23時までに寝付く。自動的に6時間睡眠が確保される。
   今は寝坊癖をつけているので、本来は22時30分までに寝付く。
   しょっと油断していると日付が変わることがあり、よくない。
3.お酒
   1日25度焼酎換算で150mL以下。午後10時までに飲み終える。
   それ以上飲んだり、それ以降の時間帯の飲むと翌朝まったく動けない。
4.歩く
   9000歩以上歩く。車を使うと5000歩を切る。
   歩かないと尿の出が悪く、身体がむくむような気がする。
   休日、3回も街に出るのは、歩くため。
5.食事
   自分で作る。野菜をたくさん食べることができる。
   精神的なストレス解消にもなる。だがときにはやりたくないときもある。
   やりたくないときにはやらない方がよいと思うが、一度止めてしまったら二度とやらないような気がして怖い。
6.気分転換
   月に一度は泊まりがけの旅行に出かける。時間的に余裕のある出張でもよい。
   毎月一度実家に行くのが理想。親の様子を見ることもできる。
   数ヶ月に一度はあの世への旅行。
   気分転換は週末が多いが、旅行が3週続くときつい。
7.テレビとビデオ
   毎日数十分でよいから、音楽を見たい。特にオーケストラ演奏会。
8.仕事
   家を出てから家に帰るまでが12時間以内。これを超えるときつい。
   15時間という日がざらにあって、そういう日はきつい。次の日まで残る。若い頃のようにはいかない。 

1月8日(水)    打ち合わせと会議

今日もこれに明け暮れた。
昨日に続いて息つく暇もない。

打ち合わせは相手の意見を聴き、自分の意見も述べ、お互いの意思疎通を図り、よりよいものを構築していく。
なので積極的に自分の意見を述べる。

一方会議は多くの人が発言して意見をまとめていく。
会議ではほとんど発言しない。求められれば発言する。
会議ではいろんな意見を伺って、自分の頭の中で方向性を構築するように心がけている。

多くの会議では、発言する人がほぼ決まっていて というか、たいてい発言が好きな人がいて、その人の独壇場になる。
そういう人が複数いると、大議論というか大乱闘になる。
こういうときこそ、どういう方向に向いているのか、なぜエキサイトしているのかを冷静に見てみると、問題の本質がわかったりする。

私の考えとしては会議は聞き役に徹する方がよいと思う。
しかし何も言わないと、あいつは何を考えているかわからないとか、何も考えていないんだろう と思われるので、それもよくない。
そこんとこの呼吸が微妙。

1月7日 (火)    飛ばしすぎ

今日が仕事始め。
といってももう新年明けてから1週間経っている。
頭も身体もすっかり調子が狂っているから、徐々にアップしていかないときつい と他人には言っているのだが、自分は意に反して真逆。

いつものように6時40分に研究室にやってきて、いつものように朝食を摂りながらメールチェックなどをしているところまではよかった。
8時15分頃からあちこちに新年の挨拶に回り、8時35分から仕事始め式に出席。
終わるや否や授業。
少し早めに切り上げて会議。
直ちに研究打ち合わせ。
お昼ごはんを何とか食べて授業。
もどってきて息つく暇もなく、車で現地での研究打ち合わせ。それが2件。
家に帰ったら22時に近かった。
それからお弁当を造り、シャワーを浴び、ちょっとネットを見ていたら日付が変わった。

新年早々これではすぐにバテる。

1月6日 (月)    PET検診

毎年恒例のPET検診(がん検診)を受けるために小倉に行ってきた。
毎年異常はないし、ここんとこ気になるところもなかったので、まったく不安がないわけではなかったが、例年になく気楽な気持ちで出向いた。
要領はもうよくわかっている。
受付で尋ねてみたら今回が9回目らしい。
最初の検診から私のことを知っている職員はいないだろう。

10時からの撮影が終わってしばらく待っていると、「追加撮影をします」と言われてなんだかいやな気分になった。
それが終わってサンドイッチなどを食べて待っていたが、なかなか説明がない。
しばらくして医師に呼ばれて結果説明を受けた。

その結果、ちょっと怪しいところがあるので、かかりつけの医師に相談して精密検査を受けることを勧められた。
今回はちょっとやばい。

とはいうものの、まだ悪いと決まったわけではないし、仮に悪くても、昨年この部位に全く異常はなかったから大事には至らないだろう。

でもやっぱりなんとなく気分が重くなり、いつもなら市場をじっくり見て、酒屋に行って楽しむのであるが、市場も酒屋もそそくさと行って大分には早めに帰ってきた。
そして直ちにかかりつけの診療所に行って、精密検査の予約をしてきた。

そういえば3年前の1月も体調最悪だった。
このときの精密検査は非常に苦痛であった。
1月2月は仕事も捗らなかった。

まぁそういう年齢になったということだろう。
健康管理には十分留意して今年も過ごそうと思う。

1月5日 (日)    休暇

年末年始の休暇も今日で終わりである。
まだまだ休暇がほしい。
今年はカレンダーの具合がよく、9連休であった。

年末の3日間は思い切った気分転換をしようとふらっと海を渡って旅行をしてきた。
円安になったおかげで、現地の物価は変わらないのに、円が多く必要である。
一年半前のことを思うと50%値上がりした感覚である。
実際その通りである。

思い切った気分転換は、のんびりして過ごすというものではなく、日頃の生活の延長上にあるような早朝から夜まで活動するという旅行になってしまった。
そのせいか、少し不満足な旅行になった。

旅行から帰ってきた後は、家の片付けやら年賀状を書くことやらで時間を取られ、真に寛いだ時間があったとは思えなかった。
大晦日の夜から初詣に出かけたが、これも新年を迎えたという実感に乏しく、正月の街の賑わいを見ても、だから正月なのかとも思えず、さりとて溜まっていた仕事が少しは片付いたかと思ってもこれがまったくさっぱりで、挙げ句の果てには昨日と今日は研究室に出向いて片付けなどをやっているから、どうにも不完全燃焼である。

明日から仕事!が本来の姿であるが、昨年度と今年度は大学が特例休暇を設けて、明日も休日である。
明日は何をするかというと、恒例のガン検診に行ってくる。
まずは大丈夫とは思いつつ、やはり不安である。

異常なしであったら、1年に1回出向く酒屋で美味しいお酒を買って、市場でB級グルメを楽しもうと思う。
明後日からまた闘いの日々が始まる。

1月4日 (土)    新年の憂鬱

あけましておめでとうございます という。
新しい年を迎えることができておめでとうございます という意味であろう。
しかしながら、私はひねくれているのか、新しい年を迎えるとおめでたいと思うことはなく、不安で憂鬱になる。
今年1年無事にやっていけるだろうか。
病気をせずに元気で過ごせるだろうか。
仕事はうまくいくだろうか。

いろいろと考えると全然おめでたくない。
おめでたいと思うのはむしろ年末である。
今年1年無事に終わることができてよかった と安堵感を覚えることができることがおめでたいのだと思う。
終わりよければすべてよし と言うではないか。
最初はおめでたいかもしれないが、その後がたいへんである。

憂鬱になる。

1月3日 (金)    福袋

お正月の楽しみと言えば福袋である。
若い頃は早朝から列に並んで、あちこちの福袋を買い集め、闘志を燃やしていたが、最近は狙っているものが少なくなったので、以前のような闘志はなくなった。
しかしやっぱり気になるし、中にはほしいなぁと思うものもある。

昨年11月に大分に初めてオープンしたお店の福袋は非常に魅力的なものであった。
福袋はオークションに出てくるのであるが、昨年はこのお店の福袋をオークションで買おうかと思ったほどである。

今年は大分のお店で手に入るということで、予めインターネットで調べたら、並ぶ位置と整理券の配布時刻が示されていた。
新聞には載っていなかった。
これはラッキーと思い、整理券を手に入れるために1時間ほど並んだ。
一度家に帰って軽く食事をしてから再度出向いた。
今度は整理券なしの福袋が目当てである。
毎年人気のあるもので、奪い合いになることは容易に想像できた。

案の定、お店に入ったときには売り切れていて、袋の破片などが落ちていたから、相当の乱闘がなされたのではないかと思う。
それはあきらめて、次にほしいと思っていたものが、すでになくなっていた。
お店の人が「今取りに行っていますから少し待ってください」というので、待っていたら、同じように目をぎらぎらして待っている人がいて、福袋が届くや否や奪い合いの乱闘になった。
かろうじて1つ手に入れたが、普通の中年の女性が3つもっているのを見て驚いた。
どんな技を使ったのであろうか。

整理券をもらった福袋は余裕で持ち帰り、中を明けてみたら期待以上のもので大満足した。
それからもう一つ。
福袋も予約ができるお店がある。
予約しておいた福袋も開けてみたら、これまた大満足。

新年早々こんなにたくさんの福がやってきたら、今年はもう福が残っていないかもしれない。

1月2日 (木)    誕生日

今日は誕生日である。
56歳になった。
客観的にみると、この歳はじーさんというイメージである。
しかしながら、気分はまだ若い。
日頃の仕事で若い人と関わることが多いので、歳をとることを忘れさせてくれるのかもしれない。
ただ、昨年は高年齢世代の人たちとの仕事が多かったから,自分もそれなりの歳格好になったのかなぁと思う。

近年の誕生日には、子どもたちが祝ってくれる。
子どもたちが学生の頃は私が自分の実家に行って自分の親が祝ってくれたのであるが、子どもたちが独立すると、帰省する方ではなく、帰省される方になった。

今日も長男と連れ合い、次男の3人が集まってくれて祝ってくれた。
デコレーションケーキのプレゼントがあった。
一番器用とされる長男が包丁で切り分けたが、総勢5人分を均等に切るのは難しいようである。
計算上は72度ずつに切ればよいのであるから、どうということはないだろうと思うのだが、ケーキの中心点がはっきりしないことと、72度のところにちょうどイチゴなどがのっていると、それを避けて切らないといけないから、結局5つに切り分けられたケーキは推定で60度から90度の幅があったようにみえた。

誕生日を祝ってもらえるとはありがたいことである。
この1年も元気に迷惑をかけないように過ごしていかなければと思う。

家族に加えて多くの人たちからメッセージもいただいた。
これまたありがたいことである。
この1年もよろしくお願いします。

1月1日(水)    あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
昨年は公私にわたりお世話になり、お心遣いを賜り、励ましてくださったり叱責をいただいたこと、厚くお礼申し上げます。
本年も昨年同様、どうかよろしくお願い申し上げます。

つれづれ「日記」などと詐称している。
先回書いたのがおよそ1ヶ月前だから、つれづれ「月記」である。
その前もほぼ1ヶ月の間が空いている。

つれづれ日記が書けなくなっているときは余裕がないときである。
つれづれ日記は余裕のバロメータ。
今年はどれほど書くことができるだろうか。