1月31日 (木)   最終講義

今日、最終講義を行った。
23年間やってきた講義を今年度をもって閉じることにした。
非常勤の話である。

非常勤に出れば時間はとられるし、中には手を焼く学生もいるから、そのことにエネルギーを費やすことは無駄であるという考える人もいる。
私は確かに非常勤に出ればどこかにしわ寄せが来ることは承知しているが、大分大学以外の学生の雰囲気も知りたいし、それぞれの場面において、どのような授業をするのがよいかを学ぶのによい機会であるので、いただいた非常勤講師は、すべて受けていた。
非常勤に出れば、報酬もあるからこれも魅力であるということは否定しない。
せこいのであるが、無報酬だったら行かない。
きれい事ばかりで仕事ができるとは言いがたい。

今回限りは周りをとりまく事情が許さなくなった。
もはや、非常勤に出向く余裕がなくなった。
そこで今日の授業をもって最終講義とすることにした。

本当にありがたいことに、最終講義は、これまでに非常勤で受け持った中で、一番熱心に私の授業を受けてくださった人たちの前でさせていただくことができた。
このクラスは社会人の人ばかりであったので、なお一層共感していただける部分があったと思うし、みなさんがしっかりとした目的意識をもってくださっていたおかげだろうと思う。

授業が終わり、「この授業をもって私の最終講義とさせていただきます」と事情とともに話をしたら、期せずしてたくさんの拍手をいただいたら、うるうるしてしまった。
講義をしてうるうるしたのは初めてであった。

教育とは人と人とのつながり。
授業内容が重要であることは言うまでもないが、授業を通して教員と学生の立場を超えて、1人の人間としての価値観を一緒に考えることができる授業は報酬にはかえられない。

23年間の中には何度も辞めたいと思ったことがある。
しかし、そのタイミングは「卒業」という概念ではなく、「逃避」という概念であった。
今回は「卒業」ということを実感できた。
引き際として最高のお膳立てをしていただいたと、非常勤講師として使っていただいた学校と、最後の授業をさせていただいた学生のみなさんんに感謝します。
本当にありがとうございました。

1月30日(水)    卒論修論提出

3人の4年生と1人の大学院生が卒論と修論を完成させて、今日提出をした。
4人ともとてもがんばって、すばらしい論文を作ってくれたことが本当にうれしく、また、彼女たちの実力の高さに頼もしさを感じた。
しかしその裏には梅木さんの決して表には出さない並々ならぬ力添えがあったことを忘れてはならない。

今日は午前中、3年生だけで実験をやった。
たどたどしかったが、きちんと実験をすることができた。
もう4年生の力を借りなくても独り立ちできる。
これもまた頼もしい。

こうしてよき伝統が先輩から後輩に受け継がれ、研究室を盛り上げてくれるのはとてもうれしいし、そのことがゼミ生にとって何らかの役に立っていることを確信している。
特に4年生はキャリア開発担当から絶大な信頼を受けて評価をいただいている。
この3人はそのような信頼を受けるのに値する実力をもっている。
そのような力をもった3人と一緒に研究を進めることができて幸せである。

大学院生も3足のわらじを履いた生活を続け、この2年で大きく成長したことが何よりうれしい。
仕上がった修論を見ると、こちらが勉強することがたくさんある。
大学院生の指導は、卒論生の指導とは異なり、大枠を示すものの、細かい展開については大学院生の個性が大きく影響する。
修論は提示した大枠に基づいて、非常にレベルの高い構成になっており、飛躍的な成長に若い人の伸びる力を感じた。

お昼に卒論・修論の出発式を行って、提出が無事終わった後は、3年生が主体となってお祝いの会が催された。
ケーキを食べた。
なんともおいしいケーキであった。

1月29日 (火)    想定外は想定内

昨日、4年生が卒論を完成したというので、最終チェックをしていたら、なぜか修正する前の原稿になっている。
と、慌ててゼミ生がやってきた。
事情を聞いてみると、たしかにおかしい。
どっかで妙なことが起こっている。

今その原因を追及する時間はない。
いかに迅速にきちんとした卒論をつくるかということである。

専門家に相談をし、アドバイスを受けて対応してみた。
どうやらパソコンに不具合があるらしいことはわかったが、必要とするファイルを取り出すことができるかどうかはわからないという。

これまでであったら、こんな想定外のことが起こるとパニックになったものであったが、最近の仕事をする中で、想定外のことが起こることは当たり前だということがわかり、それ以来、想定外は想定内として、想定外は起こることが前提で、起こったときにはどのように対応するか、どのような心のスタンスを持つかが重要であることに気づいた。

なので、今回も確かにダメージは大きかったが、パニックにならずになんとか目処が立つように処理することができた。
他人に八つ当たりすることもなかった。

自分も少しは成長したかなとちょっぴりうぬぼれたりもする。

1月28日 (月)    ついに・・・

始発の列車で研究室にやってきて、
終列車で帰りました。

自家用車出勤だったらどうなることやら・・・・。

みなさまのおかげで仕事をさせていただいていることに改めて感謝しています。
使っていただけるうちが華です。
少しでもお役に立てるようにがんばります。

取るに足らないことですが・・・。
しかし申し訳ないのですが、身体が悲鳴をあげています。

1月24日 (木)   健康診断

午前中に、ふっと時間をとることができたので、前から約束していたかかりつけの診療所での健康診断に出向いた。
一年に一度、誕生月である1月に、がん検診と血液検査をすることにしている。
かかりつけの診療所では血液検査と尿検査である。

昼前のひととき、運がよいことに、待っている患者は少なかった。
ちょっとハイテンションな看護師が採血をした。
痛い思いをするのではないかと怯えたが、痛くははかった。

2ヶ月に一度の医師の診察を受けたが、「調子はいかがですか」「かわりありませんねぇ」で終わる。
そして、今日はこの薬とこの薬とこの薬を○○日分お願いします とリクエストをすると、医師はうまく見積もって薬を処方してくれる。

時間に余裕があって、一度家に帰って昼ごはんを食べた。
いつもお弁当箱に入れているものと同じものである。

ほどなく検査結果が届いた。
相変わらず、ヘモグロビンと赤血球の値が低い。
尿潜血が+である。
何らかの原因で尿から少しずつ出血することによって、若干の貧血が起こっているのかもしれない。

これらの値はずーっと前から同じだから、これは体質なんだろう。
急激に低下するなどの変化が起こったときは心配であるが、そのような変化はない。
他の項目は全く異常がない。
肝機能は正常。脂質も正常。HDLコレステロールは高値なのでよい。
γ−GTPも高くないから、お酒を飲み過ぎているということはない。

ということで、ひとまず今年も身体的には健康。
ありがたい。

1月23日(水)    ノートが行方不明

実験ノートが突如どっかにいってしまった。
相当困る。
ノートも終わりの方になっていたから、かなり重要なデータが残っている。
これがないと実験に差し支える。
金曜日の研究打ち合わせにも必要である。

考えられるとことをくまなく探したが見つからない。

昔唄があった。
捜し物は何か?みつけにくいものか?カバンの中を探したか?机の中を探したか?
探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で
おどりましょう。夢の世界へ行きましょう。

と開き直ったら、そのうちにどっかから出てくるだろう。
出てくるまでどうやって対処するかが目下の問題。

1月20日 (日)    大学入試センター試験2日目

今日もセンター試験である。
夕べ眠れなかったから、いつもよりは少ない量のお酒を飲んだ。
そうしたら、朝になってもまだ少し残っているようであった。
体調が悪いときは翌朝までお酒が残る。

今日は昨日より科目数も少なくて2時間半ほど早く終わるので、少しは気が楽である。
朝から順調に始まり、午前の試験は何もなく終わった。

午後の試験はさすがに受験者も疲れてきたのか、受験者からの申し出などが少し出て、少し焦った。
ただ、こっちが自分の判断をすることはないから、指示を仰ぎ、その指示を忠実に伝えるということでなんとかなった。

16時前にすべて終了して、片付けて早めに家に帰った。
さすがに疲れが出て、テレビを見ながら微睡んだ。
起きていられなかったというのが本当のところかもしれない。

いずれにしてもこの一大イベントが終わると、本当にホッとする。
明日からまた日常の日々に戻る。

1月19日 (土)    大学入試センター試験1日目

一月恒例、大学入試センター試験が始まった。
全国で50万人以上の受験者がまったく同じ条件で受験するというものである。
よく大きな事故もなく、20年以上も続いているものである。

昨年はこれまでにない混乱が起こったといって社会問題になったが、今年はずいぶん改善されたという。
それでも何が起こるかわからないから、始まる前は緊張のしまくりである。

受験者が緊張するのはもちろんのことであるが、設定する側も相当緊張するものである。

それでも1日目は大きなトラブルがなく、ホッとした。
まだまだ二日目があるから気は抜けない。

試験が終わり、明日の準備をして家に帰ったら、どっと疲れが出たが、心底休めるという気持ちではなく、緊張感を保持したまま寝床に入った。

1月18日 (金)     お菓子

今年に入ってからお菓子を食べる量が半端ではない。
研究室においてあるお菓子がみるみる減っていく。
ストレスのはけ口になっているようである。

パソコンに向かって文章が思うように書けないようなことが起こると、すぐにお菓子に手が伸びる。
時には甘いチョコレートやクッキー、あるときには塩辛いおせんべいやスナック菓子に手が伸びる。

お菓子を食べるとなんとなくホッとして落ち着く。
お菓子を食べながら怒っている人はいない。
お菓子を食べるとみんな笑顔になれる。

お菓子は心の健康に欠かせない。

ところが、身体の健康という点からみてみると、これはあまりよろしくない。
今やっている研究テーマの1つは、お菓子が身体に悪いかもしれないということにつながりかねないテーマである。
もし悪いという実験結果が出てもお菓子を止めることはできない。

「健康」の対象は「身体」と「心」の2つであり、同時に健康を保つことができれば理想的なのであるが、なかなかそうはいかない。
徐々に身体の健康が害されつつある。
体重がわずかずつ増加する毎日であることがそのことを予感させる。

1月17日 (木)   体調不良

今朝起きたらものすごく気持ちが悪くて、胃がムカムカし、動悸もしていて、体調不良であることを感じた。
ノロウイルスにやられたか、風邪をひいたか とにかくこれはよくない。
特に週末は大学入試センター試験があり、他人には「体調を万全にして試験に臨んでください」と言っておきながら、自分が体調不良でセンター試験に出られなくなったらしゃれにもならない。

都合の悪いことに、今日ははずせない仕事が朝から夕方までつまっている。
腹をくくって、今日の仕事はできるところまでやって、最悪途中でギブアップしようと思っていた。

だましだまし過ごしたら、何とか夕方まで予定をこなすことができ、しかしまだ調子が悪かったから、他の仕事はやめて早く帰って休養しようと思ったが、夜になっても今日中にこなさなければならない仕事があって、結局帰宅は遅くなった。
家に帰ったても胃のムカツキは治まらず、頭痛も加わって、どうにもよくない。

今日はお酒を飲む気が起こらなかった。
お酒を飲む気が起こらないということは由々しき事態である。
とにかく一刻も早く体調を戻すことが明日の最重要課題である。

1月16日 (水)   宿題

最近の仕事の内容を見てみると、「打ち合わせ」というのが一番多い。
何かにつけて「打ち合わせ」である。

「打ち合わせ」をやって、それがその場で終わるだけならよいのであるが、「打ち合わせ」のあとには必ず宿題があり、持ち帰る。
むずかしい案件があったりすると、どうしようかと思ったりする。

一方、学生相手の「打ち合わせ」のあとは、こっちが宿題を出す。
その宿題の出し方は、ここ1,2年で大きく変わってきた。
以前は、宿題について具体的な点についてにこれをやっていらっしゃい という指示を出していたが、最近はおおまかなテーマの中で考えていらっしゃい という宿題になっている。
そうしたくてそういう宿題を出しているわけではないが、こっちが宿題に答えるようなヒントを考えている時間がとれなくなった。

しかし、開き直って考えて見ると、社会に出てからは抽象的な宿題が出て、それを具現化していくのが仕事である。
だから社会に出てから、こういうやり方はきっと役立つだろうと思うことにしている。

このような方法で学生がついてくるかと心配をしていたが、やらせてみると結構やってくる。
学生の能力はちゃんと備わっているのである。
もっともっと学生の能力を期待して、能力の120%くらいの宿題を出すようにするともっともっと実力がつくだろう。

1月15日 (火)    成人式

昨日は成人の日であった。
昨日か一昨日に成人式を行ったところが多かったようだ。
夜のニュースでは各地の成人式の模様が伝えられていた。

以前、新成人が荒れて暴れるなど、社会問題になったことがあり、心を痛めたことがある。
今年の新成人の様子を見ていると、きちんとしていて素直である。
奇抜な服装で目立とうという新成人もおらず、ずいぶんと大人しくなったものである。

大阪市では市長がいじめの問題を取りあげていて、そこに出席した新成人が「いじめのない学校を作るために先生になりたい」と抱負を語っていた。
また、別の会場でのインタビューでも「学校の先生になりたい」とコメントした新成人がいた。

教育に携わる者として、まことにうれしく、まことに頼もしく思う。
明日の日本を真剣に考えている若者がいることに、この国もまだまだ捨てたものではないと思った。
若者の夢を叶えるために、私たち教員は重大な使命があることを改めて認識した。

ひとつだけ心配なことは、報道で伝わることは事実のほんの一部にしか過ぎないから、全国の新成人が同じ考えをもっているかどうかはわからないということである。
私にできることは、私が毎日目の当たりにしている新成人が生き生きと活躍できる環境や能力を発揮できるようにサポートすることである。

1月14日 (月)     三連休(3)

あとがない。
にもかかわらず、また寝坊した。
昨年来蓄積している睡眠不足がたたっているようである。

仕事を と焦るものの、相変わらず開店と同時に買い物。
帰ったあとはさすがにこれはまずいだろうと思って、仕事を始めた。

始めてみたら、2日間の休養が功を奏したのか、結構集中して捗った。
ところが伏兵が現れた。

三連休のうち、今日が唯一の休日である連れ合いが、なんだかんだと言ってくる。
楽しい話を持ってきてくれるのであればよいが、仕事の話ばかりである。

そんなのにかまっていたら、これは自分の仕事がピンチになるだろうと思い、話しかけられても相手にしないようにして自分の仕事を進めた。
意外に捗ったにもかかわらず、こなすことが多くて、夕方には頭がキレてしまい、もう夕食の支度もしたくなくて、超不機嫌になったら、さすがに連れ合いもそれを察知したのか、大人しくなった。

全力を挙げて取り組んだら、結局予定したことの60%ほどが終わった。
まぁこのくらいできればこの三連休はよしとすることにする。

三連休の一番の成果は、十分な休養がとれたこと。
エネルギーをチャージすれば、明日からの仕事が捗る。

今年の課題が見えたような気がした。
疲れの芽は早いうちに摘み取ることが必要である。

1月13日 (日)    三連休(2)

昨日は片付けておいしいものを食べて終わってしまった。
今日こそは仕事をするぞ!と意気込んでみたものの、また朝寝坊をした。
起きたら6時を過ぎていた。
昨夜飲み過ぎたせいか、頭が重く、動かない。

休日の重要な仕事である部屋掃除、風呂掃除、洗濯が終わったら、10時近くになったので、昨日と同様、開店と同時にスーパーマーケットに出かけた。
音楽CDも買った。

気がついたらお昼になっていて、お昼ごはんを食べたら身体がとても重く、頭も動かない。
ソファーで少し微睡んだりするも、重い頭と重い身体は一向に軽くならず、昼ごはんのあとにビールを飲んだらそれが呼び水となって、お酒を飲みながらテレビを見た。
そうしたら本格的に眠たくなって眠ってしまった。

夕方一度目が覚めたので、簡単に晩ごはんを作って食べたものの、お酒のせいもあって、まだ頭と身体が重く、再び意識が遠のいた。

20時頃目が覚めたら、お腹が減っていたので、ラーメンを作って食べた。
卵をゆでるところから始めたから、作り始めてから食べ始めるまで20分ほどかかった。

そろそろ仕事を と思ったのであるが、まだ頭と身体が重い。
気がついたらソファーで微睡んでいた。

日付も変わろうかという頃に目が覚め、ようやく仕事をしようという気持ちになった。
そういう気持ちになったところで再び睡魔が襲ってきて、結局布団に潜り込んで連休二日目が終わってしまった。

1月12日 (土)     三連休(1)

長い年末年始の休みが終わったら、いきなりどかんと仕事があって、今週は相当くたびれた。
睡眠も不足がちで、かなりまいった。

このタイミングで三連休はうれしい。
しかしやらなkればならない仕事がたくさん残ってしまったので、家にどっさり持ち帰ってきた。
これをこの三連休でやっつけてやろうというもくろみである。
初日にはこれをやって、二日目にはこれをやって、三日目にはこれをやろうと計画を立てていた。

初日の最初のイベントは想定外の寝坊。
朝起きたら7時が近かった。
寝坊をすると、なんとなく損をしたような気分になるし、物事が進まない。
まず、朝食のパンを買いに行ってそれを食べて、シャワーを浴びて選択をしたら、休日のお楽しみは、開店と同時にスーパーマーケットに行って、食材を買い込むことである。
今日もいつもと同じように買い物に行き、他のショップもちらちら見て帰ってきたら、ほぼお昼になった。

お昼ごはんを適当に済ませて、お正月にできなかったこれまでの新聞の整理をすることにした。
これが結構な量で、片付け終わったら夕方になった。

夜は外にごはんを食べに行く予定を立てていたので、出かけていって、お酒もたくさん飲んで、美味しい料理を堪能して帰ったら結構遅くなって、そのまま寝てしまった。

結局初日にするつもりだった仕事はまったくできなくて、早くもつまづいた。

1月11日 (金)     散髪

髪の毛が伸びてくるとなんとなくイライラする。
ほぼ2ヶ月に一度の割合で散髪に出かける。
そろそろ髪が伸びてきて鬱陶しいなぁ、散髪に行きたいなぁと思って手帳をみたら、なかなか時間をとることができない。
こちらの都合がよいときには理髪店は営業時間外である。

夕方、ちょっと時間が空いたので、電話をして予約をして散髪に出むいた。
夕べ、あまり睡眠をとっていなかったから、散髪中はほとんど眠っていた。
椅子を倒されて、顔の髭を剃ってもらう時間が特に至福の一時である。
ひげそりに1時間くらいかけてほしいと思うほどである。

洗髪後、頭から背中にかけてマッサージをしてくれる。
これもまた至福の一時である。
マッサージに1時間くらいかけてほしいと思うほどである。

おかげで気分がさっぱりした。
椅子に座ってから「お疲れさまでした」と声をかけられるまでわずか1時間であった。
3時間くらいかけてやってもらえるとうれしいなと思ったりもする。
散髪代が3倍になってもかまわない。

1月10日 (木)   予定の山

資料が溢れかえっていることは昨日の通りであるが、手帳もカラフルになってきた。
今まで仕事を6つのカテゴリーに分けて、6色のペンを使い分けて手帳に記入してきた。
たとえば講義や卒論指導など学生関連は赤で囲み、会議は青、出張は緑、来客は黒、実験は茶色、プライベートは黄色といった具合である。

新しく増えた仕事は区別しなければならないと思い、あらたに紫色にすることにした。
空いている時間帯にいろいろな予定を入れ、それを目的別の色で囲んだら、今週の予定のカラフルなこと。
手帳に予定を書いても、もはや何が何だかわからない状況になっている。

今に予定をすっぽかすというへまをしそうである。
忘れないために手帳に予定を記入するのであるが、そのうち手帳に書くことを忘れたり、手帳を見ることを忘れたりして、迷惑をかけることになるのだろう。
予定は決まったらそれが仮のものであってもすぐに手帳に書く。
手帳は常に机の横に置いておいて、ちょっとした時間に眺める。
やらなければならないことを書いたメモを机の上に置いておく。

そうやっていくと、ここの空いている時間にこの仕事をしようという計画性が生まれて、時間に無駄がない。
と思いつつ、開いている時間があると、ついつい気分転換の時間にしてしまう。

1月9日 (水)   資料の山

この1月から新しい仕事もすることになった。
業務内容について説明を聞いて「これはたいへんな仕事だなぁ」と思った。
その覚悟がだんだん心の中で大きくなるのに比例して、資料が続々と届いている。
あるものはメールで、あるものは印刷物で、またあるものはDVDで。

さてどれから手をつけてよいものやら。
いろいろな事項がある中から、なんとなく順番が見えてきた。
締め切りが近いものから処理していかなければならない。
そのことは当たり前といえば当たり前である。
それはそれとして、これだけまとまって資料が届くと、どの資料が一番最初に処理しなければならない仕事に必要なのかがわからなくなってくる。

とりあえずテーマごとに資料を入れる袋を分けてみた。
これは結構よかった。

日頃から、仮定の話としてこういう仕事がやってきた場合はこういうやりかたで進めればよい と思っていたのだが、仮定の話が現実の話となってしまったら、何が何だかわからなくなって、これじゃ日頃思っていたことが役に立たないじゃん と思ってちょっと自虐的になったら、なんだか可笑しくなってなぜか笑っている。
早くも気がおかしくなったのかもしれない。

1月8日 (火)    冬の悩み

冬になると悩みがある。
手が荒れることである。
水が冷たくなり、湿度が低くなるせいだろう。
ふと気がつくと、手のひらや指にアカギレができて、痛い。
食事の支度をしたあとが特にひどい。
食品の中に含まれているプロテアーゼも関与しているのだろう。
洗剤も悪影響を与えているのであろう。

そこでハンドクリームが離せない。
がさがさになった手にハンドクリームを擦り込むとそのときは肌がすべすべとなってきわめて調子がよいのであるが、少しするとまたもとのがさがさの肌になる。

アカギレがあまりにひどいときには水絆創膏で手当をする。
これがまた痛い。

この前ハンドクリームを塗り続けていたら、アカギレがひどくなったように感じた。
一度塗るのを止めたらアカギレがよくなったから、ハンドクリームも気をつけないといけない。
却って悪化させるものがあるかもしれない。

と思って愛用しているハンドクリームの組成を見たら、成分の1つに「エタノール」とあった。
これは具合が悪いかもしれない と思ってそのハンドクリームのラベルをよく見たら、「クーリング」などと書いてあるから、これはひょっとしたら夏用のものかもしれない。

冬用のよいものを探さなければならない。
実はそれも楽しみの一つだったりする。

1月7日 (月)     仕事始め

今年は年末年始の休暇が長く、今日が仕事始めとなった。
仕事始めと同時に授業も再開されたから、朝からキャンパスは賑わっていた。

一年の計は元旦にあり というが、仕事の元旦は今日である。
今日一日をどう過ごすことができるかによって、今年の調子が決まるような気がする。

休養十分であったので、今日は比較的スムーズに物事が進んだ。
今年はこの調子でいければなと思う。
この調子でいけるということは、十分な休養が前提であるということである。
頭も身体も大切に使っていきたい。

昼休み、恒例のゼミのブリーフィングが終わってしばらくしたら、ゼミの学生や梅木さんが一斉に「ハッピバースデートゥーユー」と歌い出すので、おお!だれか誕生日だったか。おめでとうと思って言おうとしたら、「先生のお誕生日ですよ」と言われて、とても驚いた。
しかしとてもうれしかった。
こんな幸せな思いをさせていただけることは滅多にない。

プレゼントをいただき、みんなに恐縮。
お祝いのケーキまで用意をしてくださり、感謝感激である。
ケーキには「さとしくん、おたんじょうびおめでとう」とあり、55歳が半世紀若返って5歳になった気分である。
ろうそくが出てきたので、55本立つのかとワクワクしたが、残念ながら2本しか立たなかった。
ところが、そのろうそくが凝っていて、「5」という形のろうそく2本であった。
ふたつ併せると「55」になる。
松井秀喜の背番号である。あんまり関係ないけれど。

自分のデジタルカメラで写真を撮ることができなかったことが残念でならない。
写真があれば、ここにアップできたのにと思う。

そんなことで、一年の計が今日にあるので、今年は幸せな一年を過ごすことができそうである。
お祝いしてくださったみなさんに感謝感謝。ありがとう。

1月6日 (日)    ウォーミングアップ

長い長い休暇もいよいよ今日までとなった。
仕事場から相当離れていたから、明日いきなりやってきたら、何が何だかわからなくなるだろうと思い、午後研究室にやってきた。
ごちゃごちゃになっていた部屋を久しぶりに少し整理したら少しすっきりした。
まだまだ不完全であるが、徹底的にやろうと思ったら1週間はかかる。

パソコンの前に座って、明日からやらなければならないことを整理してみる。
けっこう、年始からハードである。

今年はこれまでになく忙しい一年になるのではなかろうか。
おかげさまで、いろいろな方から声をかけてくださって、仕事ができている。
しかしながら、そろそろ許容範囲を超えそうである。

許容範囲を超えてまで仕事をしようと思うと、どこかで無理が出て、すると迷惑をかけて、続いて信用をなくし、仕事がなくなっていく。
ことわりきれない仕事もあって、ついつい無理かなぁと思うこともあり、そのあたりのところをどう折り合いをつけてやっていくかが、今後の私の課題である。

1月5日 (土)     PET検診

毎年恒例、誕生日の週に、小倉に行って、がん検診を行うことにしている。
今年も今日行ってきた。
8回目になる。

今年は理由はないが、なぜか楽観的で、きっと異常は見つからないだろうと気楽に出かけていった。
8回目ともなると、すっかり要領がわかっているから、余計に気楽である。

約3時間で検査が終わり、結果を聞いた。
今回の検診においては異常なしということで、一安心した。
これでまた今年1年も安心して過ごすことができる。

毎年のことだが、この検診で異常なしがわかると、なんとなく自分への労いというか、ちょっとテンションが上がって、買い物をして帰ってくる。
まずは旦過市場に行って、B級グルメをいっぱい買い込んでくる。
そして門司まで足を伸ばし、こだわりの酒屋に顔を出す。
このお店は十分に試飲をさせてくださるので、納得したお酒を求めることができる。
お店の人も顔をよく覚えてくださっていて、「また今年もきました」と声をかけたら、「健康診断は異常なしだったのですね」と声をかけてくださる。

かなりのものを試飲して、今年も気に入ったお酒をいくつか買い求めた。
去年までは思い箱をぶら下げて帰ってきたが、けっこうきついので、今年は宅配便で送ってもらうことにした。

お酒を宅急便で送ってもらうことはよいとして、ここのご主人が親切な方で、いつも門司駅まで車で送ってくださる。
お酒を決めるときにはご主人より、お店の方と話をするのであるが、帰りの車の中でご主人とお話をするのも楽しみの1つである。
まずは、蔵元に行ったときの話。
よいお酒は自分自身が足を運んで確かめて選んでこられる。
どうりでいつもよいお酒が並んでいるわけである。

それから昨年伺って驚いたことには、奥様のご実家が大分で、今年も昨日まで大分に帰省していたとのことであった。
そんなことも親近感につながり、年に一度の訪問が楽しみで仕方ない。
そのうち、このお店に行くついでにPET検診に行くようになるかもしれない。

1月4日 (金)     スキー

テレビのニュースによると、最近スキーをする人が激減しているという。
20年ほど前のことと比較すると半分くらいになっているらしい。

若い人がスキーをやらなくなったらしい。
昔若かった人も歳をとってスキーに行かなくなったらしい。

私も若い頃、40歳頃まではよくスキーに出かけた。
わざわざ大分から信州まで出かけたりしていた。
時間もあったし、何より楽しかった。

21世紀になってから、ぴたっと止めた。
時間がとれなくなったことに加えて、寒いところに行くのが億劫になった。

歳をとったらそれなりのスキーの楽しみ方もあることは重々承知している。
がんがん滑らず、少し滑って雪山の景色を楽しみ、ビールを飲んでコーヒーで寛ぎ、夜は美味しい料理を食べてぐっすり眠ればこれはよい気分転換になる。
承知していても行動に移せなくなった。

それにしても若い人が外に出ないというのはどうしたものかと思う。
スキーというのはスノボも含めて、まず経験者に連れて行ってもらって、一通り教えてもらって興味を持つものであるが、最近は仲間でどっかに遊びに行くということが少なくなっているのではなかろうか。
スキーに限らず、仲間でわいわいやるということが減っているようでならない。
わいわいやるときも、限られた仲間だけであり、生身でのつきあいが減っているような気がする。

そのかわり、SNSというのか、実際に会わなくてもコミュニケーションがとれる時代になって、若い人にはその方が気楽に人生を送ることができるのかもしれない。

1月3日 (木)   新車

2年落ちで買った車が12年経って、車検まであと1年あるから、もう1年乗って新車に取り替えようと思っていた。
年末にディーラーに点検に持っていったら、タイヤはすり減っているし、タイミングベルトも心配だし、年末のセールでよい車が出ているから思いきって買い換えませんかとの勧めがあった。
私はどうでもよかった。
なぜなら私は最近あまり車に乗らないし、興味もないからである。

車はもっぱら連れ合いが通勤に使っている。
従って、ガソリン代も税金も車検代もその他の維持費もすべて彼女の負担である。
任意保険だけは昔からの流れで私が負担することになっている。

で、私は特に新車がほしいとは思っていなかったが、今回は連れ合いが妙に関心を示していた。
そこで、ほしかったら一度くらい自分でお金を出して買ったらいいじゃないかと言ったら、じゃぁそうする ということになって年末にディーラーに行った。
値切るのは私の仕事。

結局ほぼ即決で新車を買ってしまった。
くどいようだが、代金はすべて彼女が支払ったから、任意保険の名義も彼女に変えてもらい、納車の日に車を取りに行った帰りの運転は彼女がした。

私は年末に一度ガソリンを入れるために運転させてもらって、そして今朝また少し運転させてもらった。
やはり新車は12年前のものと比べると、安全性、快適性、経済性、などあらゆる面で進化していて、車を運転するという楽しさを再認識させてくれる面もあった。
ドライブもおもしろいかもと思ったが、やっぱり長時間の運転は疲れるから、いくら車が新しくなったからといって、車を乗り回すことにはならんだろうなと思う。

やっぱり私には電車、バス、徒歩が合う。

1月2日 (水)   55歳の誕生日

55歳になった。
もうそんな歳になったかと思う。
本当にあっという間に歳をとる。

親の時代であったら今年で定年である。
昔だったらとっくに隠居している。

気がついてみたら、年の割に元気なのかもしれない。
大きな病気はしたことがないし、目が見にくくなったといっても、なんとかめがねなしで新聞も読める。
記憶力は衰えたが、経験が役に立つこともある。
しかしながら筋力が低下したことは否めない。

誕生日のお祝いにともらった福袋はすでに手元にあったが、今日まで開けるのを控えていた。
昨年末に誕生日を機会に新しくしようと思っていたカバンも手元に置いて、今日まで使うのを控えていた。

誕生した時刻といわれている10:50にそれらを開けた。
福袋の中身はとてもよいモノであった。
かばんは使いやすい。

こうやってお気に入りの品をもつと、毎日が楽しくなる。
これでまた一年を快適に過ごしたい。

昨日は長男夫婦が訪ねてきて、「一日早いけど」と言って、誕生日のお祝いのケーキを持ってきてくれた。
この子たちはこうしてさりげなく人を喜ばせることが得意である。
親にも気を遣う。
稼ぎも少ないのに、そんなことしなくてもよいのにと思うのだけれど、なんだかうれしい。

1月1日 (火)    初詣

新しい年があけた。
今年は巳年である。
ヘビは苦手である。

昨夜遅くまでテレビを見てから、23時45分頃家を出て近くの天満社に初詣に行った。
若い頃は実家で正月を迎え、車で少し離れた神社に行ったり、電車で大きな神宮に初詣に行ったものであるが、ここ最近は質素なものである。

新年が明ける直前に抽選券付きの年越しそばを食べる。
300円。
温まる。振る舞いの甘酒もいただいてお腹もおちつく。

年が明けると同時にお参りをした。
今年のお願いも健康で一年暮らすことができますように。
仕事がうまくいきますように。

年越しそばの抽選はまぁはずれに近いもの。
1等賞は自転車程度のもが出るらしいが、3等賞程度のものすら当たったことがない。
袋の中身を開けてみたら、まぁ使えるだろうと思うものが出てきた。
運がよい。

一緒に行った家族の袋の中には気に入ったものが入っていなかったようで、不満を口にしていた。
せっかくいただいたんだから、不満など言わずに「あぁ残念だったなぁ」くらいに思っておけばストレスも溜まらないだろうに、物事考え方1つで人生がつまらなくなる。

家に帰ってから何か忘れたような気がしてならなかった。
ようやく思い出したことは、御神籤を引いていないということであった。
これは気になるので、後日改めてどこかの神社にお参りに行って引いてみようと思う。