9月30日(日)     9月の総括

あっという間に9月も終わってしまった。
ふと気がついてみると、このつれづれ日記は3週間滞ってしまっていた。

この3週間は仕事も遊びも全力であった。
忙しかったわけではない。
とらえようによっては忙しかったと言えなくはないが、毎日が充実していたので、忙しいとは思わなかった。

これまでになく毎日をアクティブにすごした結果、身体が疲れた。
身体が疲れた状態で頭が動かなくなって、つれづれ日記を書くほんの少しの余裕が持てなかったということである。

9月の最初、9月1日は北の北海道にいた。
ほぼ最後の29日は鹿児島だった。
北から南へ、また東へ西へと本当にあちこち出かけた。

おかげで気分的にはとてもリフレッシュできたし、新しい見聞も広まった。
明日から後期の授業が始まる。
また規則正しい毎日が始まる。

9月9日(日)     老後の楽しみ

まだ老後になっていない人に、老後に何をしたいかと尋ねると、ダントツで「国内旅行・海外旅行」が挙がる。
たしかに旅行はまとまった時間がいるし、ある程度のお金がいるから、若いうちはなかなかできない。
したがって、老後の楽しみとしてとっておこうという気持ちをもって当然のことである。
私も老後の楽しみとしてまずは「旅行」を考えている。

しかし、よく考えたら、これは危険である。
老後の楽しみとして「旅行」を第一に挙げることはよろしくない。

いくつか危惧していることがある。
1.旅行は結構体力を使うので、老後になって足腰が立たなくなったら旅行に行けない。
2.すぐに資金が尽きる。
3.老後10年も20年も継続してしょっちゅう旅行に行くことはない。きっとすぐ飽きる。

結局老後の楽しみとして「旅行」を挙げるのは、今身体が元気だけれど時間とお金がないからあこがれているのに過ぎない。

そういうことをいろいろと考えると、老後の楽しみはできるだけ前倒しした方がよいと思う。
老後やりたいと思うことは、今のうちにやっておかないと老後に後悔すると思う。

じゃぁ老後の楽しみは何になるんだと問われるかもしれないが、老後の楽しみは「健康に毎日をすごすこと」である。
これがベースにあれば、老後そのときにやりたいことが何でもできる。
老後の楽しみを実現するためには、今の毎日の健康に気を遣うことが必要である。

9月8日 (土)    くつろぎの休日

一週間が金、土、金、土、金、土、日 になるとよいなと思っている。
毎日休日でも飽きるし、月曜日から土曜日まで連続で仕事があるとつらい。
今週は月曜日から金曜日まで普通に仕事があって、会議がほとんどであったものの、適度な緊張感のもとで一週間を過ごした。
講義がないので、身体の疲れはとても少ない。
これがありがたい。

いつもの土曜日であれば、朝早くから起きて食事の支度、部屋の掃除、風呂の掃除、買い物 と続くのであるが、来週は出ることが多いので弁当の下ごしらえをする必要がなく、また、食材も足りているので、朝の買い物はしなかった。
部屋掃除、風呂掃除はいつものように早朝に終えた。
これらが終わると、少しホッとする。
昼前にはカーディーラーから決算セールの案内が来ていたので、来場プレゼント目当てでお店に行ってきた。
遠くない時期に車を買い換えようと思っている。
1年後のこの時期に買い換えることにした。
それまでに貯金をすることにする。

昼過ぎは家でゴロゴロして昼寝をし、15時頃から街へ出て、前から買おうと思っていたものを物色してよいものを買ってきた。
夜はテレビを見たり、本を読んだり、タブレット端末と戯れて寛いで過ごした。

久しぶりに心が安まった。

9月7日 (金)    打ち合わせと会議

今日は学内、学外の会議に明け暮れた。
また、内容も学生指導に関する打ち合わせ、研究に関する打ち合わせ、役職に関する会議と盛りだくさんであった。
会議が二次元の世界になっている。
意味がわかりにくいが、学内外という要因と会議の内容の組み合わせが二次元ということである。

打ち合わせを終えると、課題ができる。
その課題の解決に向けて明日から仕事をし、一区切りしたところでまた打ち合わせをし、次に という毎日である。
当たり前のプロセスではある。

若い頃の打ち合わせは一次元の世界であったが、最近は二次元、ひょっとしたら、徐々に三次元の世界になるかもしれない。
二次元の図形を美しく仕上げることもままならないのに、これが三次元の立体になったら、どんないびつなものになってしまうのだろうかとふと思う。
その前に二次元の図形が美しくない人のところへは、三次元の世界はこないから、私のところに三次元の世界はやってこないだろう。
などと甘えていてはいけないのであって、三次元の世界に誘われたら、それに積極的に入り込み、美しい立体を作ることができないようであれば、仕事をさせていただくわけにはいかない。

9月6日 (木)   講演会

今年は講演の当たり年である。
7月に2回、そして今日が3回目である。
今日の講演は1年以上も前から依頼をされていた。
ネタはいつでもどこでも「関あじ」「関さば」。
これしか話すことがない。
スライドは基本的にはいつも同じ。
聴いてくださる方々のプロフィールや、講演の時間を勘案して、不要なスライドを抜く。
話の内容もスライドに応じて若干変える。
しかし基本的にはいつも同じ。
なので、いつだったか忘れたが、「先生のその話は以前○○でも伺ったことがあるんですよ」といわれたことがあって、複雑な気分になった。

今日もいつものようにスライドを準備して、さぁ行こうかと改めで講演を聴いてくださる方のバックグラウンドを見てみたら、分析のプロばかりである。
分析のプロにお見せするには心許ないデータが数多くある。
これは困ったなぁと思いながら、どうやって言い訳しようかと思いながら話を進めていった。

で、言い訳は少しにして、データを示す時間を減らして、写真のところで話をたくさんして、終了予定時刻には終わることができた。

質問コーナーになった。
これが一番困る。
何を聞かれるかわからない。

ところが今日の講演はこれがよかった。
有名なキャスターが、質問を受けたときに第一声で「いい質問ですねぇ」と言うが、まさにその心境であった。
「そこを質問してくださってありがとうございます。お答えします!」というノリで質問が終わった。
思うに、そのような質問をしてくださったということは、話をよく聴いてくださって、こちらの言いたかったところを十分に理解してくださった証ではないかと、講演が終わって充実感を覚えた。

夜、交流会に誘っていただいて、昼とはまた別にコメントをいただいた。
こちらが意図していなかったことを感じ取っていただいて、非常にうれしく、また、「こんなスライドがあるとわかりやすいですよ」とサジェッションをいただいたり と私にとっては非常によい勉強の機会になった。
ありがたい一日であった。

9月5日 (水)    教室の椅子

午後からの会議はいつもの会議室が使えないとの理由で、教室で開催された。
100号教室はこの4月に机と椅子がリニューアルされて、授業をする側から学生を見ていたら、快適な様子に見えた。

今日は初めてその椅子に座って話を聴いた。
たしかに快適な座り午後値であって、会議が始まるや否や睡魔が襲ってきた。
眠ってはいけないと思い、ペンで足をつついたり、身体をぐるぐる動かしてみたが、あまり効果はなかった。

日頃講義をやっていると、眠っている学生は目につきもので、あまりよい気はしないが、今日は逆の立場に立ってみて、これは仕方ないなと思った。
どんな素晴らしい話でも、どんな大切な話でも、眠いときは眠い。
椅子の座り心地がよければなおさらのことである。

リニューアルされる前の100号教室の椅子の座り心地はあなりよくなかったが、そのせいか、眠たくなることはなかった。
あまりに座り心地のよい椅子というのも考え物である。

9月4日 (火)    雷

地震、雷、火事、親父 という。
まさにその通りかと思う。

今年は雷が多い。
今日も派手にやっていた。

子どもの頃はとても苦手で、雷が鳴るとぶるぶると震えていたが、齢を重ねると、雷が鳴っても音がするだけで、大した悪影響はないということを学習してきたから、雷が鳴り出したらパソコンの電源を落として、部屋の中でじっとしている。

大分の今年の夏は気象が派手であった。
度重なる大水害は全国的なニュースになっていた。

雷は暖かい空気と冷たい空気がぶつかるところで起きやすいという。
ということは、冷たい空気が大分にやってきているということである。
ということは、涼しくなる日が近い。
ありがたい。

話は変わって、昔、雷と親父を併せた「雷親父」というのがいた。
今では聞かない。
どこに行ってしまったのだろう?
今でもどこかにいるのだろうか?

9月3日 (月)   無題

家を空けると気分転換となって、家事からも開放されるから、心身ともにリフレッシュすることができる。
家を空ける理由がたとえ仕事であっても、非日常的世界に身を置くことができるから、魅力的である。

しかしながら身体はリフレッシュできる面がある反面、移動や慣れない寝床で睡眠をとるなど、新たな疲労を蓄積させることにもなる。

4日間家を空けていて、昨日はぼやんとしていたものの、久しぶりに仕事場に出てくると、いつものペースに戻すには少し時間がかかる。

今日は早朝から実験を行った。
久しぶりではあったが、慣れた操作であったので、トラブルもなく終えることができた。

それにしても身体の疲れが抜けない。
ひとつ疲れがとれたと思ったら、別の種の疲れがやってくる。
疲れのスパイラルのようなものである。

夏がきついなと思うのは、身体の真底が痛いというか重いというか、とにかく不快なのである。
一般的には不定愁訴と言われるものであろう。

こんなときは十分な睡眠をとるのが一番であることは重々承知しているつもりなのであるが、秋になって夜も更けてくると、この秋の夜長の心地よさに身を任せることになってしまい、夜更かしをしてしまう。
それでも寝坊はしないから、睡眠不足になる。
それがまた新たな疲れを呼んで、具合が悪いことになる。

心と身体の健康は同じ程度に大切であるが、それを同じ程度にアレンジするのがむずかしい。
どちらかを甘やかせるとどちらかが厳しくなる。
いや、まず身体の健康が大切だと思う。
気力で乗り切ることには限界がある。

眠たい。

9月2日(日)     血液型

血液型と性格との間に相関関係があるという説が昔からある。
科学的な根拠はないということになっているので、科学者の端くれとしては、血液型と性格との関係を論じることはふさわしくない。

しかし、自分の性格と、血液型の一般論を照らし合わせると、結構一致していると思うので、やっぱり血液型と性格との間には相関関係があるのではないかと思う。

私はAB型である。

AB型の特徴として、
・二重人格
・マニアック
・細かい
・他人と距離を置く
・神経質
・最後のツメが甘い
・几帳面
などといった観点が述べられている。

これらの特徴を自分の性格に照らし合わせてみると、確かによくあたっている。

・ご機嫌がよいと思っていたら急に不機嫌になる(二重人格)
・ものを集めると徹底的にこだわる(マニアック)
・細かいことばかり気にして、大きなことを見ない(細かい)
・しょっちゅう1人になりたがる(他人と距離を置く)
・先の先まで考えてつぶれる。他人に言わせると、だれもそこまで考えないという(神経質)
・完成間近で間違える(ツメが甘い)
・きちんとしていないと気が済まないことが多い(几帳面)

これらの性格がよいとも思わないし、悪いとも思わない。
変えようにも変えられない。

自己紹介するときに、「私はAB型です」と言うことがある。
それが私のことを理解していただくのにもっとも適した表現ではないかと思う。

9月1日 (土)    9月

9月になってしまった。
夏休みも終わった。
でも今日は土曜日であるし、明日は日曜日だから、まだ夏休みは続いていると考えられなくもない。

札幌から飛行機に乗ったら、がらがらだった。
空港にも人影はまばらで、あの夏はどこにいってしまったのだろうという感じである。

子どもの頃、9月1日というのは来てほしくない日の1つであった。
理由は言わずもがなである。・

飛行機があまりにがらがらだたので、CAに「今日は空いていますねぇ」と声をかけてみたら、
「昨日までは混んでいたんですよ。やっぱり夏休みが終わったからですかね。」との答えであった。

「休み」というのは束縛されることがないという意味であると思う。
休みが終わると束縛される毎日が始まる。

幸いにして、大学は学生が9月いっぱい「夏休み」だから、彼らが束縛されることはない。
束縛するのは私たち教員だから、私たちは彼らを束縛する必要はない。
彼らが束縛されないということは私たちも束縛されることがない。

ということで、今しばらく束縛されない時間をとることができる。

行楽の秋、まつりの秋、読書の秋、食欲の秋、秋の夜長。
よいことづくめである。

9月はめいっぱい楽しむことにする。
そういう気持ちをもたないと9月はやっていけない。

8月31日 (金)    この夏一番の暑さ

出張先は札幌。
学会である。
この学会には初めて参加してみたが、今研究しているテーマを発表するのにはよい学会ではないかという印象をもった。
次の学会では何か発表できないかなとか、どんな話をしたらインパクトがあるかなぁと思いながら発表を聴いた。
シンポジウムも現実的な話題であって、よい勉強をすることができた。

札幌である。
夏は涼しい。
特にお盆を過ぎたらめっきり涼しくなる。と聞いていた。

ところがあろうことか、日差しが強く、めちゃめちゃに暑い。
最高気温が33℃あって、この夏一番の暑さだったそうだ。
沖縄那覇より気温が高い一日だったという。

何のために札幌に行ったのかわからない。
という言い方は正確ではなく、せっかく札幌に来たのに、どうしてこの暑さに耐えなければならないのか。
学会の会場であった大学の校舎の6階と7階にはクーラーがなく、窓を開け放しにしていたが、座っているだけで汗が出た。

8月も今日で終わりである。
まだまだ暑い。
天気図を見ると、南の高気圧の勢力が強い。
朝鮮半島に上がっている前線が下がってきて、少し雨が続いたら秋らしくなるだろう。

8月30日 (木)   NH65便 お花ジャンボ

昨日の話の続きである。
乗り継ぎ便はNH65便。
ボーイング747、通称ジャンボジェットである。
エンジンが4機搭載されていて、本当にでかい。
500人以上乗ることができる。
アッパーデッキもある。
最近はいろんな意味で時代に合わなくなって、退役する機体が増えている。
あと数年したら、国内の航空会社から姿を消すだろう。

その747は、ときどきラッピングがされて、リゾート地への運航がなされている。
ラッピングされた機体とか、ラッピングされた電車に乗ることができるとこれがまたなんとなくうれしい。
乗ってしまえば中は特に優れているところはないし、中から外装を見ることはできない。

NH194便が着陸して駐機場に向かう途中、機内のモニターには前を行く「お花ジャンボ」が映し出されていた。
いいなぁ、乗りたいなぁ と思った。
トランジットで45分ほど待って、搭乗が始まり、チェックインしたその先に何とお花ジャンボが待っていた。
幸運は重なるものである。

子どものようにうきうきして、アッパーデッキの一番お気に入りの座席に座った。
747の先っぽはちょっと丸っこい形をしているから、座席の配置が微妙になっていて、スーパーシートに匹敵するような快適な座席がある。
いつもそこに座る。
CAはお花ジャンボのエプロンで出迎えてくれる。
仕事に行くのか遊びに行くのかわからなくなってきた。

お花ジャンボの絵はがきの写真。


8月29日 (水)    NH194便 山形機長

どのような世界にも「名物」と称される人がいる。
民間航空機の「名物機長」と言われる人がいる。
山形和行機長という。

なぜ名物なのかは、インターネット上でいろいろと語られているから、ここには書かないが、一度山形機長の操縦する便に搭乗したいと思っていた。
山形機長のベースは関西らしく、大分に来ることはまずないだろうと思っていた。
しかし何とか乗ることができないかなぁと思っていた。

今日、出張のためにNH194便に乗った。
出発前にいきなり機長からのアナウンスがあったのでびっくりして耳を傾けていたら、「機長の山形です」と自己紹介があった。
驚いたのなんの。信じられない気分になって、舞い上がってしまった。

噂に聞いていたとおりの名物ぶりで、着陸するまで興奮しまくっていた。
これはサインをいただこうと思い、名刺の裏にサインをお願いする文章を書いて、キャビンアテンダントに渡したら、快く応じてくださって、すぐに届けていただいた。
大感激である。
アテンダントにお話を伺ってみたら、機長はあと2ヶ月でリタイアするとのことで、最初で最後のチャンスであった。
これまでに何百回と飛行機に乗ったと思うが、生涯忘れられないフライトになった。

いただいたサインの写真。


8月28日 (火)    不安定な気候

台風がやってきたせいか、昨日今日と雨が降る時間があった。
おかげで暑さが和らぐ時間帯がある一方、日が照って暑くなる時間帯がある。

これがよくない。
思うに、汗をかくということは大きなストレスになる。
暑い夏でも朝から晩までいっさい暑いところには出ずに、空調の効いた部屋で過ごせば体調のよい状態で毎日をすごすことができるだろう。

しかし、いくら朝夕涼しくなったとはいえ、歩くと滝のような汗が出る。
それを鎮めようと、部屋の温度を低くして、冷たいものを飲むと、一気に汗が引くが、逆に身体が冷える。

不安定な気候は夏バテを助長しているような気がする。

他人には、「夏バテしないように、きちんと食べてちゃんと睡眠をとるように」と口を酸っぱくして言っているが、酒ばかり飲んで、テレビを見て夜更かしをしている自分に聴かせなければならない。
紺屋の白袴。医者の不養生。

昨日は頭の自己管理ができていないことを感じたが、今日は身体も自己管理ができていないことを感じた。

いかんいかん。

8月27日 (月)    よくわからない一日

何をして一日を過ごしていたのかよくわからなかった。
打ち合わせをしたり、資料を作ったり、メールをやりとりしたり、日程を調整したり とどちらかといえば裏方の仕事が多かったのだろうと思う。
手帳が白い日は、結局どんな仕事をやったかを思い出すことができずに、なんとなく時間が過ぎて一日が終わっている。

たまにはそんな日があってもいいんじゃない という悪魔のささやきが聞こえる一方で、ちゃんとやらなければだめだろう という聖人の声も聞こえる。
悪魔のささやきの方が声が大きくて、耳あたりがよい。
悪魔にはそろそろお引き取りいただかなければと思うが、もう少しそばにいてほしいとも思う。

いかんいかん。

8月26日(日)     野菜のバイキング

先週歯医者に行って何気なく雑誌を見ていたら、由布市の某所で土日限定で野菜のバイキングランチを開催するという記事に目が留まった。
費用はわずか500円である。
新鮮な野菜をお腹いっぱい食べることができるという。
それを大分の郷土料理である「じりやき」に巻いて食べる趣向であるという。

これは多くの人で賑わうだろうと思い、開催時刻の20分前にそこへ行って、しばらく待ってから無事席に着いた。
予定の時刻になったらすぐに満席になった。

最初はコンセプトの通り、じりやきに野菜を載せて、ドレッシングなどをかけて、これを巻いて食べてみたのだが、今ひとつ味がバラバラで美味しくなかった。
そこで、二皿目からはじりやきを省略して、もっぱら野菜とドレッシング、野菜と味噌を組み合わせて堪能した。
特に気に入ったのは、エノハ味噌をキュウリにつけて食べたのが美味しかった。
しまいの方はそればかり食べていた。

他にもカレーソースとか、パプリカドレッシング、南瓜のペーストなど、野菜とよく合い、お腹いっぱいになるまで堪能した。

これで500円とは感激ものである。
商売になるのかといらぬ心配をしたが、そこは相手が一枚上であった。

暖かいお茶と冷たい水以外のフリードリンクは別料金200円。
野菜ばかり食べていると、お肉がほしくなるが、鶏の唐揚げが「特別料理」として別料金で一皿200円。
結局のところ、多くのお客さんは900円を支払って満足していたようだ。

私は幸か不幸か、お茶以外の飲み物だったらビールがほしかったが、車だったので無理。
なのでフリードリンクは不要。
唐揚げは好まないのでいらない。
なので特別料理は不要。

きっかり500円で満喫した。

野菜ばかりだったから案の定すぐにお腹が減って、帰り際、お菓子の工場直売店によって、アウトレットのロールケーキの切れ端300円を買って、無料のコーヒーサービスでくつろいだ。

生活全体が「いかにお金を使わないで楽しく過ごすか」というコンセプトになってしまっている。
よいのか悪いのかわからないが、二流・三流の生活をし続けていると、人間も二流・三流になってしまう気がする。
一流の立ち振る舞いをしなければならないことを要求されることがあるかもしれないから、そのあたりをどうやりくりするかが今後の人生の課題の1つになると思う。

8月25日 (土)    大学院進学説明会と保護者懇談会

進学説明会を担当するのは私の仕事の1つである。
7月に大学院進学説明会を開催したら不発に終わった。
これは何とかしなければ と思い、イチかバチか第2回目の説明会を今日行った。
数多くの先生方のおかげで、参加者も多く、意義ある説明会になってホッとした。

今日はもともと保護者懇談会の日程が組まれていた。
大学で保護者懇談会を開催するということについては、いろんな見地から賛否両論ある。

保護者懇談会はやる前は妙に緊張する。
どんな話が出てくるのだろうかと思うと気が気ではない。
しかし終わってみると、よかったなぁと思える。
昨年もそうだった。

日頃学生の姿は、キャンパスや授業でしか見ることができないが、ご両親のお話を伺うと、学生のまた別の一面を見ることができて、学生のよいところが見えてくるし、ご両親の愛情も見えてくる。
毎年懇談をしてご両親がおっしゃることが決まっていて「なかなか親が思うとおりにはならない」「何を考えているかわからない」である。
それが普通だろうと思う。
だいたい自分が親に依存していた頃のことを考えればわかる。
しかし、親というのは自分が子どもだった頃のことは忘れてしまう。

私の立場としては、学生が他人に迷惑をかけるようなことをしなければ、それで十分ではないかと思っている。
その点では生活分野の学生は全員真面目である。
ありがたいことである。

進学説明会の話に戻るが、日程を決めるときに、保護者懇談会と同じ日にやればいいやと軽く思って同じ日にやることにした。
10分の時間差を設ければなんとかなるだろうと思っていた。
確かに、同じ日に時間を少しだけずらして2つのイベントを開催したことは結果的に正解であった。

しかし、2つのイベントの同時開催は疲れた。
「一粒で二度おいしい」というお菓子があったが、一日で二度疲れた。気疲れした。

8月24日 (金)    H先輩の来訪

一週間ほど前に、大学の研究室の4年上の先輩から大分に出張するから会えないかというメールが届いた。
H先輩は、教員養成大学の家庭科で食物学を担当している。
毎年お目にかかっているのではあるが、学会の時にちょっと顔を合わせる程度で、そのときには研究の話しかしないから、教員養成大学の家庭科の情報交換などできればうれしいなぁと思って、すぐに返事をして、研究室まで来ていただいた。

伺うところによると、H先輩は現在附属学校の校長をしておられるとのことで、なるほどそのような風格を備えておられる。
若い頃から風格があったが、まさに「校長」にふさわしい風格である。

「校長」の仕事のお話を伺って、ある程度想像できるところがあるから非常に興味深かった。
「何が一番たいへんですか?」と伺ったら、答えは「挨拶」。
何かにつけて挨拶をしなければならないらしい。
人が集まれば挨拶。
報告書や紀要などが完成したら挨拶。
ホームページでの挨拶。
職員会議での挨拶。
挨拶、挨拶、挨拶 なのがたいへんなのだそうだ。

確かにそう思う。
何度もやっているとネタがなくなる。

こんな激務の中、40人ほどの学生相手に学生実験を1人で担当し、8人の卒論生と1人の大学院生の指導をし、もちろん附属学校に行き、学会で研究発表をして、研究論文をコンスタントに発表しておられる。
数年前には、学会の支部長まで務められた。
その真摯な態度は是非見習わなければと思うのであるが、体力気力ともおいつかない。

ものすごいエネルギーである。
どこからそんなエネルギーが湧いてくるのか、エネルギーの源は何であるのか を詳しく伺いたかったが、時間切れとなった。
夕方、大分駅に出て早めの夕食をとった。
大分名物のとり天とだんご汁を食べていただいた。

一緒に食事をしていて、エネルギーの源はこのあたりにあるのではないかとふと思った。

8月23日 (木)    無題

今週はまったくよくない。
頭ははたらかず、身体は動かない。
十分夏休みをとったから少しは元気が出るかと期待していたが、週半ばになってやはり今週の疲れが出てきた。

ほぼ一日中空調の効いた部屋にいるからまだこれでもマシなのだろうけれど、朝夕歩くと暑くて汗びっしょりになるから、体温調節がうまくいかなかったり、水分の調整がうまくいかないのだろう。
それに睡眠が足らない。
夏休みくらい寝坊してゆっくり出かけていけばよいのに と思ったりするが、どうも一日のスタートが狂うのはよくない。
早めに帰ってのんびりしたらよいのではないかと思ったりするが、なんだかやらなければならないことがヤマほどあるような気がして、ついつい研究室に長時間滞在してしまう。
家に帰ることを拒んでいるのかもしれない。

というようなことを書いていたら動悸がして不整脈が出てきた。
今は生きていることがストレスのような気になってくる。

あまりよろしくない。
下手をすると心のエネルギーが切れてしまって、迷惑をかけることになるかもしれない。
少しばかり兆候がある。

8月22日 (水)    寝違い

昨晩、リビングで微睡んでいつの間にか布団に入ったのだが、そのことはよく覚えていない。
朝起きたら、寝違いをしたせいか、関節が痛くてたまらない。
特に靴を履いたり脱いだりするときには激痛が走り、つらい。

このように今回の寝違いは首ではなく、足首である。
珍しいことで、これまで経験をしたことがない。

おそらく眠っている間に足首をひねったか、おかしな態勢で眠っていて、足首に負担をかけていたのであろう。

エアコンを取り替えたら快適になって、夜通し軽くエアコンをかけているので、毎日快眠できる。
しかしながら、なんとなく夏バテ気味である。
身体の中からなんとなくいやらしい重みというか痛みを感じて、身体が重い。

絶対的な睡眠不足もあるだろう。
睡眠が足りているか足りていないかを判断する方法として、昼間に眠気を感じるか感じないかがよい指標となるという。
睡眠時間は夏になる前とあまり変わりがないが、最近は昼間に眠たくて仕方がない。
30分くらいの昼寝が必須の毎日である。

早く暑い夏が終わらないかなぁと思ったりするが、暑さを理由にだらだら過ごすという誘惑にも勝てない。
なので、もっと暑い夏が続かないかなぁと思ったりもする。

寝違いで足首が痛いというのは、だらだらする理由としては今ひとつ説得力に欠ける。

8月21日 (火)    飲み過ぎ

休み明けから2日。
ようやく仕事モードに入ってきた。
とはいうものの、なんとなく落ち着かず、仕事もまとまらず、昨日に引き続き、場当たり的に仕事をこなしていた。
夕方になって、だいぶ仕事が落ち着いて、いろんな意味ですっきりしてきた。
物事を考える余裕も出てきた。

そこそこの時間に帰宅して、夕ごはんを作り、食べて片付けて、テレビなどを見ていたら、なぜかよくわからないが、幸せな気分になってきた。
しかしそのとき考えていたことは、退職金が大幅に減ることと、健康寿命が70歳くらいであることであって、人生を楽しむためには、定年まで待てないなぁ、しかし経済的基盤が構築できないなぁ、そうしたら仕事を続けなければならないなぁ、そのときには周りに迷惑をかけないようにしたいなぁ など老後のことを考えていた。

結局、老後のことを考えたら、今を楽しくしておかないといけないと思ったら、今はそこそこ楽しいからそれで幸せな気分になったのであろう。

幸せな気分になったところで、お酒が進んだ。
お酒が入ると、幸せ感が増幅して、お酒の量が増えた。

テレビを見ているうちに寝込んでしまったようだ。
気がついたときには夜中になっていて、エアコンの風を浴びていたせいか、喉が痛かった。
そして気がついたときには、泥酔状態になっていた。
久しぶりに飲み過ぎた。

これは明日の仕事に差し支えると後悔したが、後悔先に立たず。

幸せな気分になったので酒を飲み過ぎたと思っていたが、後悔したときにふと思ったことは、明日の仕事が重く、それを忘れようと酒を飲み過ぎたのかもしれないと思った。

しかしまぁ、酒が飲めるということは健康な証拠である。
体調が悪いと酒をほしがらない。

8月20日 (月)    夏ぼけ

しっかり夏休みをとったにもかかわらず、どうにもパッとしない。
ぼけている。
すっかり気が緩んだのだろう。

張り切っていつものように朝早く研究室にやってきたものの、何から手をつけてよいかがわからない。
思いつくままに手をつけてみたら、結局どうでもよいことばかりに時間とエネルギーを費やしてしまい、重要な案件がちっとも進まない。

挙げ句の果てには、夕方になったら、やらなければならなかったことを次から次へと思い出して、気が焦る。
夏ぼけだろう。

頭は年がら年中ぼけているから、夏ぼけで拍車がかかる。
身体のぼけというか、身体が動かないのは夏バテだろう。
最近食欲がなくなってきた。
お菓子を食べたいとあまり思わなくなった。

心も体も適度な緊張感をもって生きていくことが必要なのだろう。

が、よく考えてみたら、プライベートでは適度な緊張感がある。
9月にいつどこへ遊びに行こうかということを考えたら、ワクワクしてきた。

このワクワク感を足がかりにして早く夏ぼけから脱したいものだと思う。

8月19日(日)     夏休み

知らない間につれづれ日記を1ヶ月更新しなかった。
この4週間は本当に忙しかった。
気疲れした。
頭のエネルギーが切れてしまって、最初の一週間書きそびれたら、そのままずるずると時間が経ってしまった。

1週間ほどの夏休みをとった。
もっぱら身体と心のリフレッシュとメンテナンスに明け暮れた。
若い頃なら、さぁ夏休みとばかりに、実家に出向き、そこで遊んでアクティブな夏休みを過ごしていたのだが、ここ数年は夏休みはほとんど動かない。

今年は特に家から出なかった。
ゴロゴロしてそれを楽しんでいた。

夏休み後半にちょっと旅行に行こうかと思っていたが、キャンセルした。

仕事を辞めたあとの生活がどのようになるか、シミュレーションしたいという気持ちがあって、この夏休みはそのよい機会となるから、仕事のことは一切忘れて家にいようと思っていた。
しかしやっぱり、頭のどこかで仕事のことを考えているし、何かやっていることが仕事につながっている。
やはり、人生の中で仕事は大切な位置づけのようである。

最近、特に身体のメンテナンスにお金と時間をかけるようにしている。
この夏休みも首から上のメンテナンスに時間とお金をかけた。
具合が悪くなってからでは遅いので、予防的に対処するのである。
案の定、歯の詰め物が少しはがれかけていることが発覚し、素早く対処してもらった。

明日の月曜日からまた仕事が始まる。
9月末までは授業がないので、まとまった時間をとりやすく、日頃できなかったことをするチャンスである。
そろそろ実験にも本腰を入れないといけないし、まとまった時間をとって外に出て見聞を深めてみたいとも思う。