6月30日 (土)    特等席

会議があって、宮崎に行った。
帰りの列車は会議の終わる時間に応じて選ぼうと思っていた。

運良く早く終わればハイパーサルーンに乗れる。
少し延びたら、デラックスグリーン車に乗れる。
最終列車でも普通のグリーン車に乗れる。

結局ハイパーサルーンに乗れる時間に会議が終わった。

ハイパーサルーンの一番の特等席はどこか?
宮崎から大分への上り列車の場合、5号車17番A席である。
ここは何と自由席である。一番安い。

なぜ特等席かというと、いわゆる「かぶりつき」である。
前方の展望が抜群である。
滅多に見られない景色が見られる。

宮崎駅のプラットホームに急いで駆け上ったら、5号車の待合札の前にはまだ誰もおらず、私が一番であった。
ということは、その席が空いていたら、必ずそこに座ることができる。

わくわくしながら列車の到着を待った。
いよいよ列車がやってきたので、17番A席はどうかと思ってみたら、先客がいた。
少しがっかりしたが、D席が空いていたので、そこに座った。
そこは運転士の真後ろだから、ダイヤ表とか、運転士の動きを見ることができてそれも楽しい。

A席のお客もマニアらしく、ところどころで写真を撮っていた。
そのお客も宮崎を出て1時間したら下車したので、喜んでA席に移った。

気分は絶好調である。
車内販売のお嬢さんがやってくる。

まずはハイボールをもらって上機嫌になる。
少し酔いが覚めてきた頃にまたやってくる。
次は水割り。
さらに1時間後には酎ハイ。

3時間の旅の間に3本のお酒を飲んで、大分駅に着いたときには、少し足もとが怪しかったが、大満足の旅であった。

出張は身体が疲れるが、こういう楽しいことがあるから苦にならない。

6月29日 (金)    記念切手

ときどき記念切手が発売される。
中学生の頃、切手収集に凝って、相当集めた。
音楽の担任をしていた教師が切手マニアで、その先生の影響も大きい。
その先生には切手収集の会にも誘っていただいて、おかげで知識も増えた。
その時代は、切手収集が結構ブームであった。
今では切手収集は地味な趣味になってしまった。

昔は記念切手発売日には郵便局に並んで購入したものである。
手に入りにくいものは、中央郵便局にまで出向いていったものである。

最近は記念切手はとても入手しやすく、大きな郵便局に行くと、過去に発売されたものを売っている。

今日はたまたま出張先の目の前に大きな郵便局があったので、立ち寄ってみたら、多くの記念切手が売られていた。
これを見ているだけでも楽しかったが、どうせ80円の切手であれば、記念切手を貼って送った方が、送った方も送られた方も気持ちがよいのではないかと思い、少し買い求めた。

魅力的な切手がたくさんあったが、結局買うか買わないかの判断の基準になったのは、シール状の切手か、従来通りの裏に糊がついている切手かということで決めた。
シール状のものにした。

封筒に貼るのに手間がかからない。
手間がかからないということは重要な要因の1つである。

6月28日 (木)    傘を忘れる

今まで、傘を忘れるということは滅多になかったが、最近よくない。
今日は2本忘れた。
6月3日に1本忘れたから、今月だけでも3本忘れたことになる。

大学に置き傘が溜まってしまったので、まとめて家に持って帰ろうと、2本持って列車に乗った。
忘れるといけないから、手元に持っていたつもりであったが、疲れてうとうとしていたら、大分駅に着いたときにすっかり傘のことを忘れていた。

家に帰って少し経ったら、忘れたことに気がついて、すぐに大分駅に電話をした。
忘れた列車、忘れた座席は克明に覚えていたから、詳しく説明をした。
そうしたら、何度も探してくださったが、結局見つかりませんでした という連絡があった。

本当に物忘れがひどくなった。
傘については、この有様だから、高級な傘は持てない。
傘は忘れるものだという前提で行動しなければならない。

それにしても傘は簡単に忘れるくせに、それをいつどこでどのような状態で忘れたかについては、鮮明に思い出すことができるので、それだけ記憶力があるのなら、傘を忘れることはないのにと思ったりする。

6月27日 (水)    会議

1年通して、いろいろな会議に出席しているが、今日の会議は大きな責任を背負っている人が大勢集まる会議であった。
大学側は、学長、副学長、副学長をはじめ、各学部の学部長の次に責任が重い人たちが集まった・

そういう立場の方の発言はそれなりに重い。
ははぁ、さようでございます とひれ伏すことしか思いつかない。

とかいいながら不埒なことを考えていた。
今日の会議は2時間であったが、コストはいくらくらいかかったのだろうか。
すなわち、出席者の時給を計算して、全員分を足したらいくらになるだろうかと思ったのである。

こういうコスト感覚は会社員の時代に鍛えられた。
たとえば時給3000円の人が20人集まって、2時間の会議をしたら、そのコストは3000円×20人×2時間=12万円である。
12万円を1人で稼ごうとしたら、どれだけ働かなければならないか。
そういうことを考えたら、だらだらとした会議はできないといった発想である。

確かにそう思う。
利益を追求する世界では当たり前のことである。

しかし、利益を追求するあまり、コストのことを考えすぎるあまり、十分な議論ができなくて、有益な結論を得ることができなかったら、かかったコストはすべてどぶに捨てるようなものである。
なんでもお金に換算するという考え方は一理あると思うが、そう簡単に割り切れるものではなかろうとも思うし、だからといって、コストを度外視して会議をするのもよくないと思う。

会議をしてよかった。有意義であった。
新しい発想が出た。
新しい方向性が示された。

など、明日に向けての議論ができればよしとすればよい。

形式的に集まって、予め用意されたことが読み上げられるだけの会議はいろんな意味でつまらない。

6月26日 (火)   健康診断

年に一度の職場の健康診断があった。
健康診断は職員の「義務」であり、受けなければならないらしい。
仕事の1つであるということである。

よく健康診断が近づくと摂生をして、悪い結果が出ないようにとがんばって、健康診断が終わるや否や、もとの悪い生活習慣に戻るという人がいる。
私はそれは逆だろうと思う。
私はむしろ、健康診断が近づくと不摂生をして、できるだけ悪い結果が出るように心がけている。

なぜなら、不摂生をしてその結果が悪いものではなかったら万々歳だし、悪い結果が出るのは当たり前だから、このくらい不摂氏をすると、このくらいのことになるということがわかるからである。
健康診断の結果が良好だからといって、それに安心して不摂生をする方がよほど健康維持にとってはよくない。

よって、私は昨日まで暴飲暴食をしていて、体重も増加傾向にあったが、今日の夜から少し摂生してお酒も控えめにして、体調を整えようと思う。

それにしても健康診断のスタッフの出際のよさには感服した。
血液検査のために絶食していて、みんないらだっているときに、まごまごされたら、受ける方が怒り心頭、血圧上昇である。

その反面、スタッフは、受ける側のどっかに悪いところがあるとうれしそうにするのは腑に落ちない。
こっちが勝手にうれしそうにしていると解釈しているかもしれないが。

6月25日 (月)     無題

最近、ちょっと家のことで対応しなければならないことが多く、あんまり遅く帰宅するとそれができないから、少し早めに帰って対応しようと思っていた。
そうしたら、朝、メールがやってきて、夕方の集まりに出席の要請であった。
その集まりに出席したら、そこそこの時間になってしまい、結局バタバタすることになるし、疲れた頭で判断しても具合が悪くなってはいけないからと思って、予定しておいたことはとり止めた。
本当は6月中に決着をつけたかったのだが、7月に入っても何とかなるという気持ちもあった。

最近、そういうよい意味での割り切りができるようになった。
割り切りというほどたいそうなものではないが、これまではきちんと予定を立てて、その予定通りに物事を進め、その通りに物事が進まないと非常に不満であったが、最近はよい言葉で言えば柔軟、砕けた言葉で言えば、いい加減になった。

いい加減に考えて行動することができるようになって、肩の力が少し抜けてきたような気がする。
その反面、今までの個性のよい面が薄れてしまうような気がして、それは困ったことだと思ったりもする。

自分がいい加減になったことに加えて、他人のいい加減さも許容できるようになったから、その点はよいことであると思う。

6月24日(日)     大雨

ちょっと前の週間天気予報では、土日と晴れるということだったから、バスタオルを一斉に洗濯して、外に干して、布団も外に干そうと思っていた。

ところが、晴れどころか今日は大雨である。
まさに梅雨本番といった様相である。

外を歩くとずぶ濡れになる。
先週の週末も大雨が降って、傘をさしてもずぶ濡れになった。

この季節だからずぶ濡れになってもまだ我慢できる。
ずぶ濡れも度が過ぎると気持ちよくなったりする。
これが冬だったら耐えられないだろう。

雨は自然の恵み。
雨があるから私たちは生きていける。

晴れた日があって、雨の日があるから、生活にもメリハリができる。
雨が降れば外に出るのが億劫になるから、家でのんびりしようという気持ちになって、身体を休めることができる。

逆に雨の中を出かけていくと、外には人が少なくてお店の人も手持ちぶさただったりして、それもおもしろかったりする。
毎日毎日商品の仕入れを考えなければならない仕事をしている人はさぞかしたいへんだろうなぁとも思う。

6月23日 (土)    うどん

昨日の夜、久しぶりに次男坊が帰ってきた。
彼も忙しいらしく、なかなか実家に寄りつかない。
それでも2ヶ月に一度くらい顔を見せてくれる。

昨日大分に戻ってきて、昼間は長男の家で遊んでいたようである。
今日は朝から家にいたので、仕事のことやら、いろんなことを話して盛り上がった。

彼が戻ってくると、ほぼ必ず出かけるうどん屋さんがある。
私たちが大分にやってきてからずっと行きつけのお店である。
昔は大学のそばにあったが、10年かもっと前に移転して、今はちょっと遠くにある。

それでも車を飛ばして食べに行くだけの価値がある。
それほどまでに私たち、特に次男坊にとってはおいしいうどんである。

長男に電話をしたら、連れ合いと一緒に来ることができるというので、5人で食べた。
オーダーは人それぞれで、個性がある。
誰が何を注文したかについては少し曖昧にして、オーダーしたものを列挙すると、

ざるうどん、ゴボウ天うどん、肉うどんの大盛りにオプションで天ぷらのトッピング、カレーうどん、かけうどん。

次男坊が注文したものはすぐにわかる。
私が注文したものは彼のものと全く対極をなすものである。

これだけ食べて、5人で大満足しても3150円であった。
お財布も大満足である。

私がうどんを食べるのは次男坊が帰ってきたときにこのお店に行く以外には全くないと言っても過言ではないほど、他のうどんは食べない。

6月22日 (金)    気疲れとお酒

最近飲むお酒の量が減ったような気がする。
身体が受け付けなくなっている。
今週は特にお腹の調子が悪いから(今日もまだおかしい)、その影響もあるだろう。

最近、重い会議とか、もろもろのことで気を遣った夜は、お酒の量が多い。

頭が興奮して、それを鎮めるためにアルコールでごまかしたいという気持ちが無意識のうちに働くのであろう。

適量のお酒は、心臓疾患の予防にはよいと言われているが、脳細胞に対しては、飲まないにこしたことはないという。
アルコールは脳細胞を台無しにする。

それでもお酒をほしがるというのは自殺行為のようなものである。

昨日、講義でお酒の害について話をした。
特に女性はアルコールに対して男性に比べて弱いし、妊娠したときには、避けなければならない という話をしたら、おそらく女子学生からだろう、「女性だけお酒を控えろというのは納得できない」といったような感想が寄せられた。

主観的には彼女(おそらく)の言うことは共感できる。
確かに不公平である。
しかし、講義では事実を事実として話しているのであって、それを知った上でどのように行動するかは自分が判断すればよいのである。

私もよく酒の飲み方については、ご意見を頂戴するが、私は私の考えやそのときの気分があってお酒を飲み、それに対しての害は承知しているつもりなので、とやかく言われたくない。
私が知らないことに対してご意見をいただけることについては感謝をするが、承知していることに対してご意見を頂戴することは、非常に不愉快であり、気疲れもし、ストレスが余計に蓄積して、飲酒量がより増加する。

飲酒についてご意見を述べられる前に、私の飲酒量が増えないようにご配慮をしていただけるとありがたい。

6月21日 (木)    少し余裕

なぜだかわからないが、最近少し余裕があり、今週は次から次へと追いまくられているという実感がない。
スケジュール帳もそこそこ用事があるものの、ぎっしりというほどではない。

時期的にはそろそろくたびれが出る頃なので、そういうときにこういう余裕があるというのはありがたい。

最近思うし、この日記に書いたかもしれないが、「休むのも仕事の1つ」。
最近はピンポイントで多くの人が集まる仕事や、期限が迫っていて時間的にぎりぎりのところでの仕事が多いような気がする。

そういうときに、具合を悪くしてはみなさんに大きな迷惑をかける。
2,3日の風邪引きくらいだったら何とかなろうが、長期離脱はよくない。

なので、日頃よりの体調管理はとても重要である。
当たり前のことであるが、疲れたらや休む。
休まなければ疲れがとれない。
疲れがとれなければ次の仕事ができない。

時間に余裕があるときに疲れをとることが重要である。
そう思って早く家に帰るのだが、家に帰れば帰ったで、いろいろとやることが多くって、身体を休める時間がない。

家に帰ったら、すぐにごはんを食べて、少しごろっと横になって、目が覚めたらシャワーを浴びて22時前には床に入るというのが理想的なのであるが、なかなかそうはいかない。

6月20日 (水)    食あたり?

なんとなく忙しい日々を送っていたらつれづれ日記がたまってしまった。
久しぶりにとりあえず今日の分を書いて、少しずつ戻ることにする。

週明けの月曜日から、お腹の調子がよくない。
今月は3日にも調子を悪くしたが、今回はそれとはちょっと様子が異なる。

月曜日からおかしくなって、今日が一番悪い。
しかし、徐々に治まっていくようにも思う。

今回はおそらく食あたりだろう。
下痢がとまらないが、おそらく、腸の中で菌が暴れていて、完全に菌が排泄されるまでに時間を要しているのだと思う。
3日は一過性ですぐにすっきりしたが、今回は3日目の今日になってもまだ悪い。

ではなぜ食あたりになったのであろうか?
おそらく先週末の食べ物のせいではないかと思う。
先週末に食べたものの何かにあたったのだと思う。
具体的にはわからないが。

気候も暑くなり、食中毒に気をつけなければならない時期になってきた。
食あたりでトイレに頻繁に駆け込むくらいのことならまだよいが、本格的に食中毒になると、非常につらい思いをすることになる。
身体の疲れも溜まって、抵抗力も落ちてくるときが特に注意すべきときである。

6月19日 (火)   台風4号

6月としては珍しく台風がやってきた。
当初の予想では、大分市でも風が吹くのではないかといわれていた。
風の強い雨の日に傘が壊れたことがある。
それも立て続けに2回。
それも気に入っていた大きな傘。

最後のお気に入りの傘がやられてしまったらいやだから、今日は105円の傘を持って出かけた。
これなら壊れても惜しくない。
サイズが小さいので、傘をさしてもずぶ濡れになるが、風の強い日には、大きな傘でもずぶ濡れになるから、頭だけ雨を防ぐことができればよい。

午前中はときに激しく降ることもあったが、午後には一度上がって、風もおさまり、夜になったら、台風なんてどこの話だろう という感覚になった。
しかし家に帰ってニュースを見ていたら、あちこちで被害が出ていて、ニュースは時間を延長して台風情報を流している。

やはり関東地方に影響が出るとニュースも大きくなる。
関東地方にはたくさんの人がいるから、それだけ重要である。

世界から見ると日本なんて小さな国で、飛行機だったら、大分から東京まで1時間ちょっとで行くことができるが、天気を見ていると、日本は広いなぁと思う。

台風4号は去ったが、5号がまた九州を狙っているらしい。
5号の動きが気になる。

6月18日 (月)     早帰り

夕方に街に出る仕事があって、それが終わって一度研究室に戻ろうかとも思ったが、中途半端だし、どうしても研究室に戻る必然性もないから、街での仕事が終わってそのまま家に帰った。
裁量労働制のありがたいところである。

そのあと、夜にかけて時間がとれたので、前から気になっていた携帯電話のショップに出向いた。
そろそろ機種変更をしたいと思っている。
料金プランもいろいろと出てきて、その変更もしたい。

携帯電話も今使っている会社以外に数社あって、それぞれ特徴を持っているから、いくつかを覗いてみた。
どの会社にも魅力的な商品がある。
結局どうしようか迷って、何もしなかった。

運動靴がくたびれてきたので、そろそろほしいなぁと思っていた。
デパートでバーゲンをやっていることを思いだして、立ち寄ってみた。
ほぼ望んでいたものがあった。
値段も手頃。

バーゲンも週末を過ぎて最終日に近いから、フィットするサイズはないだろうなぁと思いつつ見ていたら、1足だけあって、それもちょうど私のサイズであったから、とても運のよいことだと思ってありがたく買ってきた。
野菜売り場に行ったら、ナスが出ていた。
ちょっと時期が早いなと思いつつ、久しぶりに焼きナスもよいかなぁと思って買ってきた。

夕食の支度をしていたら、ナスの出番はなくなった。
ナスを買ったあとに買ったエビの優先順位が上がった。
ナスとともに買った青菜を先にやっつけなければならなかった。

早く帰るとゆっくりできてありがたい。
早めに寝ようと思っていたが、だらだらする快感におぼれて、結局夜遅くまでだらだらと起きていた。

6月17日(日)     夜のくつろぎ

日曜日の夜は、また始まる今週のことを考えて憂鬱な気分になりつつも、部屋の掃除や弁当のおかずの仕込みが終わったりで、くつろぐ時間をとることができる。
そんな時間にケーキなどがあると最高である。

冷蔵庫を開けたら、最高の状態であった。
週末に買っておいたブランデーケーキがあることを忘れていた。

これを食べてくつろぐことにした。
至福のひとときである。

この前、コーヒーをケーキのお伴にしたら、眠れなくなって次の日につらい思いをしたので、今日は紅茶にした。
その紅茶はすごく美味しくて気に入っているものである。
ただし非常に高価であるので、いつも飲めるものではない。

美味しいケーキにおいしい紅茶。
至福のひとときである。

一息ついてそろそろ寝ようかなぁと思ってみるものの、目が冴えてしまった。
コーヒーは具合が悪いことは学んだが、紅茶もダメであった。

結局寝る前には飲み物は飲めない。
お酒を飲めば眠たくなるが、夜中にトイレに起きたり、翌朝どよんとすることが多いのでお酒はよくない。
結局寝る前の飲み物として最適なものは、お湯ということになろう。
なんとも味気ないのではあるが。

6月16日 (土)    くよくよ

今日はつまらないことを引きずった。
客観的に考えればとても些細なことを気にしてくよくよして暗い一日となってしまった。

以前、下の子に今日の昼頃電話をして、そのあと会おうとと約束していてのだが、昼になったら、忘れていたわけではないのだろうけれど、なんとなく電話をしそびれて、先に帰ってしまった。
そうしたら、下の子から連絡があって、わざわざ待っている様子であった。
せっかく時間を作ってくれたのに、自分のわがままで会えなくなってしまって、いろいろな面から後悔して一日中くよくよしていた。

105円で買った傘をずっと忘れないようにと大事に持って歩いていたのだが、ビルの中で長い時間を過ごして、トイレに入り、出てくるときに傘をそこに忘れた。
ビルの中に長くいるうちに雨が上がったから、傘がなくても不自由しなくて、しばらくして忘れたことに気がついたあと、ずっとくよくよしていた。
傘が惜しいのではなく、忘れたという自分が情けなかった。

単純なことを決断できずにくよくよしていた。

そんな日もあるわなぁとは思ったものの、やっぱりくよくよしないですむのなら、くよくよしたくはない。
くよくよしたときには、天然で明るい人と話をするのがよい。
それがよいが、くよくよしていると、そういう人に連絡をしようかどうしようかとくよくよ悩んでしまう。

6月15日 (金)    歳相応

身なりはその人の願望を表している という話を聴いたことがある。
私は基本的にプライベートでは若作りであるつもりである。

若い人が好むようなデザインのシャツを着たり、着こなし方も若い人の着こなしをまねてみたりする。
ボトムスは必ずジーンズである。

ということは潜在願望として若くいたいということである。

しかしながら、冷静になってみると、やはり50歳代のおじさんにはそれにふさわしい格好があると思う。
それは、ちょっと上等なものをさりげなく着用しているという姿である。

職場で若い人に囲まれているせいだろう。
毎日の生活を振り返ってみると、若い人と関わっている時間が圧倒的に多い。

そうすると自分もその仲間の1人であるという錯覚に陥って、ついつい若作りをしてしまったりする。
40歳くらいまではそれでもよかろうが、そろそろ気にする癖をつけておかないと、周りから奇異に映ってしまう。

格好はいくらでも若作りをすることができるが、首から上はできない。
首から上につりあうように首から下を考えなければならない。

6月14日 (木)    日田

1限の授業が終わってから日田に出かけた。
研究授業について、アドバイスをということであった。

日田は遠い。
玖珠までは行くことがあるが、その先まではなかなか足を伸ばせない。

久しぶりに高速道路で日田に向かった。
高速道路を走るときは、たいていバスの中である。

景色を眺めながらの運転も悪くはないなと思いつつ、やはり遠かった。

研究授業については、日頃あまり小中学校に出向くことが少ないので、アドバイスをと言われても、的外れになってしまうのではないかといつも不安になる。
しかし、歳を重ねると、経験によって、ここはおかしいかな? と思うところがどこかにある。
そのことを質問する。
回答者は答えに窮していたので、よほどとんちんかんのことを言ったか、よほど痛いところを突かれたかどちらかだろう。

研究授業が終わった後は、自分の研究でお世話になっている人や、学生の合宿のことを相談したい人を訪ねた。
やはり面と向かって話をすると、思いがけない発想がうかんだり、モチベーションも上がる。
メールや電話は時間的には重宝するが、情報の質は面談にはかなわない。

日田にもおいしい食べ物がいっぱいあって、あれもこれも買っていきたいと思っていたら、あちこちで話がはずんで結構遅くなり、結局何も買わずに帰ってしまった。

今度は仕事抜きで朝早くからもう一度日田の街を訪ねてみたいと思う。

6月13日 (水)     実験と会議

最近実験が低調である。
講義があると、どうしても実験をする時間をやりくりすることができないので停滞する。

今日は久しぶりに実験をすることができた。
実験着を着て歩いていたら、K先生が「望月先生の白衣姿を初めて見ました」と声をかけてくださった。
「これが本職の姿なんですけどねぇ」と答えた。

「本職」という表現は誤っているかもしれない。
実験が本職とすると、授業や会議はアルバイト扱いになってしまう。

今や会議も私にとっては重要な仕事の1つになっている。

午後からは会議があった。
月に一度の会議で、この会議はときどき炎上するし、何を聴かれるかわからないので、いつもとても緊張する。
いつも途中で逃げ出したくなる。

その会議も特に大きな問題もなく無事に終わった。
無事に終わるとホッとする。
プチお祝いをする。

自分へのご褒美としてちょっと上等なお酒を飲むことにしている。

6月12日 (火)    平凡な一日

火曜日は授業の日。
3コマある。

今日はそれを淡々とこなし、授業の合間には資料を作ったり、メールのやりとりをしたり と特に変わったことをするわけでもなく、時間の流れに従って1日を過ごした。

家に帰ってもいつもと同じように食事の支度をして食べて片付けて、明日回収されるゴミをまとめて、録画しておいたテレビ番組をチェックして、シャワーを浴びて、マッサージクッションに腰をもんでもらったら、都合よく眠たくなって、そのまま布団に入った。

平凡な1日であったが、この平凡こそがなによりありがたい。
昨日が昨日のようであったから、なおさらそう思った。

6月11日 (月)    特上の海鮮丼

特上の海鮮丼のような1日であった。
講義あり、打ち合わせあり、会議あり、学生指導あり。
ごはんの上にマグロやイカやエビ、ウニ、イクラ、タイ、など、高級な素材がいっぱいのっている特上海鮮丼のようなものであった。

どの仕事も今日は濃かった。
ネタが上等であった。
なので、おいしかった。すなわち、充実した1日であった。

おいしかったということはそれなりに値段も高く、食べ終わったら、すなわち家に帰ったら、ものすごく疲れて、まだ月曜日というのに、もう一週間が終わったような気分になった。
頭の財布の中身がドッと減った。

6月10日(日)     時の記念日

今日は時の記念日である。
なぜ今日が時の記念日であるのかは知らない。
時間の大切さを認識する日にしたいと思う。

小学生の頃、先生が「今日は時の記念日です」と言って、いろいろと話を聴かせてくれたことは覚えているが、内容は忘れてしまった。
今の時代、「時の記念日」という言葉を聞かない。

「○○の日」とか「○○デー」というのがいっぱいあるが、それらはほとんどがお金目当てである。
何らかの形で消費行動につながる日はいろいろなところで取りあげられる。
お金目当ては経済活動を活性化するから、一概に悪いとは思わないが、何かにつけてお金がからまないと話題にならないという風潮にはちょっと首をかしげる。

時の記念日 でふと思い出したことは、今でも「117」に電話をすると、時刻を教えてくれるのだろうか。
今は電波時計というものもあって、秒単位で正確に世界が動いている。
そんな中で「117」の存在価値があるのだろうか。

早速「117」に電話をしてみた。
ちゃんと「ただいまから、午後3時25分10秒をお知らせします。ピッピッピッ、ポーン」と懐かしい声と音が聞こえてきた。
今でもニーズがあるのだろう。
ちょっと安心した。

時間は本当に大切である。
時間を取り返すことはできない。
刻一刻と死に迫っている毎日である。
昨日に比べて今日になって1日寿命が縮んだ。

時間をどのように使うかはその時々でいろいろあるが、いつも後悔しない時間の使い方を心がけていきたいと思う。

6月9日 (土)    春雨60g

毎週土曜日のみ買ってくる経済新聞に、料理の欄がある。
これが楽しみで、結構短時間でできて、目新しく、美味しそうでもあるから、毎週切り抜いて保存している。
その中で定番化したものもある。

この料理を作るか作らないかについては、ひとつの基準をもっている。
それは、家に材料が全部揃っているときには作る、1つでも材料が揃わないときには作らないというものである。
だから、おいしそうだなと思っても、材料が家にないときには作らない。
材料を買ってきて作るというのは、気に入らない。

「アサリのピリ辛炒め」というのがあった。
豆板醤で味付けをするので美味しそうである。
材料を見たら、すべて家にあったので夜作ってみた。

写真を見るととても美味しそうである。
レシピに従って材料や調味料を用意してみた。

春雨60g。湯で1〜2分戻すとあった。
結構量が多いなぁと思いながら春雨を6cmくらいに切ってお湯を入れたボウルに入れた。

準備が整ってレシピ通りに調理を始めた。
結構簡単で失敗もない ように見えた。

ところができあがったものと写真に載っているものを見比べたら、春雨の量があまりにも違っていた。
写真に載っているのはアサリが主体で、春雨はところどころにチョロッとある。
できた料理は、春雨がメインでアサリが隠れている。

さてどうしてかと思って考えたら、どうやら春雨の量を間違えたようである。
乾燥重量60gではなくて、お湯で戻した春雨60gが正しかったようである。

紛らわしい。

しかしできあがったアサリのピリ辛炒めはそれなりに美味であり、堪能した。

簡単、安い、美味しい。
三拍子揃った料理を作ることが楽しみになっている。
なかなか目標が高く、達成することが難しい。

簡単、安い はクリアできるのだが、美味しい が難しい。
もっとも作っている本人はそれなりに満足しているのだが、本人以外が満足しないので困る。

6月8日 (金)    資料の整理

会議の種類も多いし、回数も多いから、その都度配布される資料が次々と溜まっていく。
その場その場でファイリングするという芸当ができないから、資料を研究室に持ち帰ると、とりあえず、ドンと置いておく。
すると、資料の山ができる。

その山をいつまでもほったらかしにしておくわけにはいかないから、時々整理しようかということになる。

今日、たまたま少し時間が空いたので、この4月からの資料の整理をした。
本当に多種類の資料が、いつの会議だったかよくわからないのまで出てきて、一苦労どころか二苦労してようやく片付けた。

片付けたらなんとなくすっきりした。
すっきりしたが、本棚には資料が増えた。

この資料、いつか見る必要があるだろうからとっておくのであるが、去年の資料を見直したことは一度もない。
ということは、資料を保存しておく必要はないということになる。

資料を見直したことはない というのは正確には誤っていて、ファイルの形でも保存してあるから、そっちはよく見る。
ということは、紙に印刷された資料は、もはや保存の対象にならないということである。

にもかかわらず、未だにその場にモノがないとなんとなく落ち着かないのは、資料は紙媒体が当たり前という時期に社会に出たからだろう。
今の若い人だったら、紙の資料は保管しないだろう。
そうだったら、板書をノートにとるのではなく、パソコンに入力する学生がいても良さそうなものであるが、そのような学生を見たことはない。

6月7日 (木)   電気自動車

大学には公用車があって、近場の出張とか、医学部での打ち合わせのときには使用することができる。
いわゆる「環境に優しい」という車が揃っている。
これまで使われていたハイブリッド車が更新されて、電気自動車が導入された。
電気自動車と聞いて、どうやって運転してよいか不安だったし、本当に電気で走るのだろうかと懐疑的であって、これまで避けてきた。

今日医学部に出向く用事があったが、他の車は全部使用中で電気自動車しか使うことができなかった。
しぶしぶ使ってみることにした。

車庫に行ったら、ボンネットに電気コードがつながっていて、これが電気自動車であることを実感させてくれる。
そのコードを外し、ボンネットを閉じて、さぁエンジンをかけましょうとキーを挿そうとしたら、その場所がない。
そういえば最近の車に、キーを差し込まなくても、その場所のレバーをひねればエンジンがかかるやつがあったようなぁと思ってそのレバーを探したが、それもない。
そもそもエンジンがない。
電気モーターで動くのである。

ではそのモーターの起動スィッチはどこにあるのか。
どうしたらモーターが動くのか。
相当試行錯誤して、ようやくモーターが動いた。

音がしない。
モーターが動いたことはパネルの表示によって確認することができるのみである。

なんとなく不安なままアクセルを踏むと、まったく音を立てることなく発進する。
不気味である。

しかし道路に出てしまったら、普通の車と同じである。
アクセルを踏めば走るし、ブレーキを踏めば止まる。
加速にも違和感はないし、ブレーキもガソリン車とかわらない。

やはり特徴は静かであるということである。
サスペンションも快適である。
これは電気自動車だからというわけではないだろうが。

パネルにあと何キロ走ることができるかという表示がある。
出発時には130km位であった。
あまり長距離を走ることはできないなぁと思いながらその数値に注目していたら、いわゆるエンジンブレーキがかかると、その距離が伸びる。
充電するのだろう。
ところがきつい上り坂を走ったら、たった1kmくらいしか走らないのに、走行可能距離が一気に20km減った。

結論的に言うと、長距離を乗らなければ快適である。
まだまだ電源を設置している場所が少ないから、その整備が進めば電気自動車はもっと普及するかもしれない。

ボンネットを開けてみたら、中がガソリン車とそっくりでちょっと驚いた。
いかにもガソリンエンジンのような形をしたものが載っている。
普通のバッテリーもある。
エンジンのような形をした箱の中にモーターが入っているのであろう。

ガソリン車と一番違うなと思ったところは、マフラーがなかった。

6月6日 (水)    無題

水曜日である。
一週間の中でもっとも疲れを感じる日である。

今日は朝、授業を一コマやって、その後実験のフォローを少しやったあとは、夜の会議の準備に明け暮れた。
朝の授業の前にだいたいの資料を作っておいたのだが、午後からメールがじゃんじゃんやってきて、次々と追加資料を作ることになった。

なんとか会議に間に合うように資料を整えた。
少し時間に余裕ができたので、先送りにしていた案件もある程度処理することができた。

先週からなんだか慌ただしかったが、夜の会議が終わったら、なんとなく一段落ついたような気がした。
気分が少し楽になって、いつもの水曜日のような激しい疲れは感じなかった。

6月に入って、今頃から2週間くらいが一年中で一番きつい。
行事や休日がない。
会議が増える。
研究の稼ぎ時である。

もうすぐ梅雨入りである。
梅雨に入るとじめじめして暑くなり、体力を消耗する。

全力を出し切ると、大きなダメージになる。
つねに80%くらいの力で過ごすように心がけることも必要である。
倒れてしまったら、80%どころか、出せる力は0%になってしまって、迷惑をかけることになってしまう。

6月5日 (火)   進学説明会

進学説明会のシーズンになってきた。
各高校が進路を考える総合学習として、進学説明会に参加をさせるようである。
今日も大分市内の2つの高校からはバスで大勢の生徒がやってきた。
自由参加でやってきた生徒の姿もちらほらであった。

昨年から進学説明会に出席して、高校生の対応をしているが、昨年はいろいろと戸惑い、驚き、悩んだが、2年目になると、高校生がだいたいどんなことを聴いてくるか予想できるようになったので、いくらか気分が楽である。
果たして今日の進学説明会も想定していた範囲の質問であったし、想定した範囲での高校生の状況であったので、変にエネルギーを使うことなく対応することができた。
大分大学のブースに来てくれた生徒は、説明を聴き終わると、おおむね満足そうな顔をしていたから、それなりに彼らの求めに応じることができたのだろう。

熱心な高校生がたくさんいて、この中から少しでも多くの生徒が大分大学教育福祉科学部に興味をもってもらって、受験してもらって、入学してくれることを節に願う。
そして、入学したときに、「進学説明会で先生の話を聴いた」と言ってくれる学生が現れたら、それが何よりの喜びになるなぁと思う。

6月4日 (月)    いろいろな会議

今日は午前中、研究室でゼミの打ち合わせをしたあと、講義を一コマやって、そそくさと昼食を食べたあとは会議にあけくれた。
それも学外の会議である。

学外の会議は、そのときどきで、初めてお目にかかる人がいるから、少し気を遣う。
それぞれの会議にはそれぞれの会議にふさわしい雰囲気があり、初めてお目にかかった人がそのような雰囲気にうまく乗ってくださるかどうかについて気を遣う。
自らがその雰囲気をぶちこわすなどということは言語道断である。
と理解しているつもりでも、実際は雰囲気をぶちこわしていることばかりやっているのかもしれない。
午後のこの会議は、まぁそこそこよいところに落ち着いたかなぁと思ったりしているが、わからない。

一度研究室に戻って再び夜に出かけたのがまた別の学外の会議。
この会議は昼の会議に比べて、出席者の数も多く、初めてお目にかかる顔が多い。
やはり雰囲気をぶちこわしてはいけないと思って、下手なことを言うことはやめよう、よっぽど言いたいことが出てきたら発言しようと思っていたが、特に問題はないと思ったので、会議を聴くことに専念していた。
いろんな意見が出て、いろんな考え方があるなぁと思って聴いていた。

そしたら不意に「望月先生からは何かご意見はありませんでしょうか」と議長からの指名があり、慌てた。
慌てたが、歳をとると面の皮が厚くなって、それはよい言葉を使えば、経験に基づいてということになるだろうが、それらしい自分の考えを述べてみた。

若い頃は会議というと、内容を聞いて、理解することでほとんどよかったが、最近は議論の方向性を求められることがあって、そんな大それたことはできないよ と思いつつ、そういうことができるような能力も問われるようになったのかなぁと思うと、いい加減な気持ちで毎日を過ごしていてはいけないなぁと思う。

6月3日(日)    腹痛

最近、便通の調子がベストではなく、しばらくの間ご無沙汰していた。
そうしたら、今日は朝から便通があり、調子が戻ってきなぁとちょっと喜んでいた。
しかしながら、午前中は今ひとつ違和感があって、快調であるという気分にはなれなかった。

昼前、なんとなくお腹がしぶり、「おやっ」と思ったが、気にせずに街に出かけた。
すると、嵐がやってくる直前の空に急に暗雲が立ちこめてくるかのようにお腹が動いた。

ちょっとまずいなぁと街中でトイレにいったら、朝の快調さはいつのことだったんだろうと思うほどの状態であった。
これはやっぱり不味いことになるだろうなぁ、あと1時間以内にもっと具合が悪くなるだろうなぁと悪い予感がしたが、一度トイレを出て、街を歩いた。
すると、10分ほどして、お腹の中で竜巻が起こったかのような状態になった。

冷や汗は出るし、動悸は激しくなり、別の場所でトイレに駆け込んだ。
まさに時間との闘いであった。
危機一髪のところでトイレに入ることができたが、本当に竜巻のようであった。
しばらく便座に腰掛けていたら、少し落ち着いたが、今度は脱水症状に陥ってしまったようで、足下はふらふらするし、冷や汗もまだ出てくる。
動悸も治まらず、きつかった。

それでもこなさなければならない用事があったので、なんとかそれが終わった頃にはすっかり状態がよくなった。
喉が渇いたのでビールを飲んで、お腹も減ったのでパンを食べて、それでも水がほしくて水を飲んだ。

今までなら、ビールを飲んで水を飲んだら、その後2時間以内に尿が排泄されるのであるが、まったくその兆候はなく、さらに水割りを飲んだら、5時間後にようやく排尿があった。
相当激しい脱水症状を起こしていたのであろう。

これから夏になり、自分で気がつかないうちに脱水症状になっていることがあるという。
発汗によって脱水症状になることは容易に理解できるし、その対策はしなければと思うが、下痢によっても結構激しい脱水症状になることがよくわかった。
暑い日に激しい下痢を起こしたら、相当気をつけないといけない。

それにしても今日の激しい腹痛の原因は何だったんだろう。
アレルギーを引き起こすようなものを食べたおぼえはないし、症状が極めて一過性であったので、食中毒は考えにくい。
いわゆる「お腹を冷やした」ということが起こったということで一応納得したが、いまいち気持ちがすっきりしない。

気持ちはすっきりしなかったが、お腹はめちゃめちゃにすっきりした。

6月2日 (土)    健康寿命

厚生労働省から、健康寿命が公表された。
いわゆる、介護を受けることなく、元気ですごすことのできる年数の平均値である。
それによると、男性70歳、女性73歳だそうである。
男性70歳はそんなもんだろうと思ったが、女性73歳は以外であった。
非常に短い。
女性の平均寿命は86歳であるから、13年介護が必要ということになる。
男性の平均寿命は80歳であって、それでも10年の介護が必要である。

私は前から、自分の人生を70歳と決めて、それに向けて心構えをしているつもりである。
健康寿命をその設定の根拠としていた。
あと15年ちょっとしかない。

最近は年金の支給開始年齢がだんだん遅くなり、今のところ将来的には65歳になるらしい。
大学の定年も65歳である。

仕事は大切であるが、仕事以外にやりたいことがたくさんあって、書き切れないほどである。
今からそれをやればいいじゃないかと家人に言われるが、時間が足りない。
仕事の合間にできるくらいの量ではない。
仕事をしなくて自分のやりたいことだけやって人生を送っても時間が足らないくらいである。

仕事も大切であるが、仕事は生活の糧を得る手段であるという事実は否めない。
ということは、生活の糧があれば仕事をしなくてもよいということになる。

65歳まで待てない。
65歳まで仕事をしたら、そのあと5年しかない。
5年では足らない。

70歳まで元気にエンジョイするための蓄えを一刻も早く行って、1日でも多く健康寿命がつきないうちに人生を楽しみたい。
自分の人生は1回しかない。
もとに戻ることはできない。

6月1日 (金)    この一週間

ようやく一週間が終わった。
今週はいろいろなことで、学外との仕事が多かった。
授業以外はほとんどこれに費やしたと言っても過言ではない。

その内容は多岐にわたり、これまでの研究の発展に関するもの、新しい方向性を考えるもの、役職としての仕事、審議委員を委嘱されている委員会の会議、講演の準備・・・。
どれもこれも色合いが違うから、頭の切り替えをするのがたいへんだった。
そのせいか、気分的にハードで疲れた。

必然的に多くの時間をとられ、睡眠時間が減ったから、ぼけた頭は余計に働かず、輪をかけるように寝る前にコーヒーを飲むなど、あほなことをしていたから、まことに具合が悪い。

今日が終わればなんとか一段落と思いつつ、なんとか決めておいた仕事を片付けたが、今週はまだまだあって、週末には講演がある。
なので、その準備は直前まで怠りなくやっておきたいし、体調も整えておかねばならぬ。

毎週金曜日は翌日のお弁当を作らなくてもよいから、家に帰って少し時間に余裕があるかと思いきや、家人から明日が出勤であるゆえに、弁当の所望があり、結局お弁当をつくることになってしまった。

そんなことをしていたら、結局また睡眠不足になるくらいの時間になってようやく床につくことができた。