3月31日 (土)    マイプチブーム

最近のちょっとしたマイブームは目薬である。
目薬なんて、どれも同じかと思っていたら、けっこういろいろとある。
市販のモノをちょっと見ても、値段の安いモノから高いモノまでいろいろとある。
診療所に行って、所望すると、いろいろな種類のモノをもらってくる。
今、デスクの上には5種類の目薬があって、それぞれの効能を知っているから、その時々の状態に一番合ったモノを使う。
パソコンを見続けていてドライアイになったときに目薬をさすと、極めて気持ちがよい。

ところが1つ問題がある。
目薬をさすときに、目を開けることができない。
従って、山勘でえいやっ!と目薬をさすことになるので、的中率が低い。
さした目薬のほとんどがだらーっと垂れてしまうことはしょっちゅうである。

今まで試した目薬の中で、いちばん気持ちがよいなぁと思ったのは、涙と同じ組成の目薬である。
これは医師に処方してもらわなくても、普通に薬局で買える。
ひとつ150円くらいで、1週間はもつから、お金もかからない。

今日もこれを書いていたら少し目がしょぼしょぼしてきたので、一旦書くのをやめて、目薬をさすことにする。

3月30日 (金)    今日の顔

今日の顔である。


3月29日 (木)    春休みの新幹線

新幹線に乗った。
夕方や休日の朝夕は結構混んで、自由席では座れないことがあるが、今回は真っ昼間の移動だから、自由席は楽勝で座れるだろうと高をくくっていたら、これが大間違いで危なかった。
乗っているお客の顔を見て納得した。

子どもを連れた家族連れが多い。
春休みになって帰省をしたり、家族旅行に行くのであろう。

新幹線は、時期により、時間により、さまざまな顔を見せてくれる。
平日の朝早い新幹線は、出張とおぼしき人たちが、パソコンのキーボードをたたいている。
平日の夜の新幹線は、仕事を終えてくつろいだサラリーマンが、ビールを片手にホッとした表情で寛いでいる。

休日の朝の新幹線は、旅行に行くとおぼしき中年の方々が多い。
休日の夜の新幹線は、若い人が多い。

新幹線に乗っているそれぞれの人がどんな理由で乗っているのかを想像するのもちょっと楽しい。
思わず声をかけたくなってしまう。
「お仕事うまくいきますように」
「ご旅行、楽しんでいらしてくださいね」

3月28日 (水)     会議三昧

今年の春休みは違う。
例年なら、年度替わりで、気分転換をし、エネルギーを蓄えて新年度に備える時期であるが、今年は年度末になっても会議である。

今日は朝、昼、晩 と3回の会議があった。
食事の回数と同じである。

議題は早くも新年度。
下手をすると再来年度のことを議論している。

未来のことを考えるのは嫌いではないので、このあとどうやって進めていこうかということを考えるのは楽しいと言えば楽しい。
しかし、先のことばかり考えていると、今やらなければならないことをすっと忘れたりして迷惑をかけることがあるし、今が楽しくなかったりする。

4月になったら、また会議の毎日が始まる。
4月はもうすぐそこにある。

3月27日 (火)    甘いもの

研究仲間からショッキングな文献があると聞いた。
「砂糖は毒」という内容である。
たばこ、アルコール についで、砂糖は健康に悪いという過激な内容である。
今の段階では、健康に絶対に悪いと断言されているわけではないが、これからは砂糖の毒性について議論がなされることになるかもしれない。
たばことアルコールはその毒性が認識されていて、法律でも規制されている。
しかし砂糖にはそういう認識はされていない。

甘いものが好きな私にとっては、砂糖が毒であるという話はショッキングである。
万が一、砂糖を規制されたり、甘いものの値段が高くなって、例えばチョコレートが1枚5000円などとなったらどうしようかと心配している。

ただ、たばことアルコールは摂取することによって、他人に迷惑をかけることがあるが、砂糖の摂取によって他人に迷惑をかけるということは聞いたことがない。
だから、規制されるところまではいかないだろうと思うが、甘いものの食べ過ぎには注意しなければならないのかなぁとちょっとだけ思う。

3月26日 (月)    マッサージクッション

若いK先生と話をすることが多い。
主として仕事の話であるが、ふとしたことから、世間話的な話をすることがあって、その中で、「へー、そうなのか」と新しい発見をすることがある。

先日も話をしていたところ、どういう展開か忘れたが、「マッサージクッション」というのがあって、腰の張りや痛みにとてもよいということである。

最近、腰が張ってつらく、何とかならないものかと思っていた。
マッサージに行けばよいかもしれないが、腰がよくなっても財布が悪くなる。
財布を悪くしてまで腰の具合をよくしようとは思わないが、腰の張りは何とかしたい。

K先生曰く、「もうこれは離せない」ということだったので、そんなによいものなら是非ほしくなった。
価格を聞いてみたら、6千円程度だということなので、衝動買いして効果がなくても悔しくない価格である。

早速下の子にどんなもんかを聞いてみたが、彼はあまり詳しくなかった。
しかし、その魅力には勝てず、即刻家電量販店に行ったら、確かに5980円で売られていた。

早速買ってきた。
試してみた。

極めて爽快である。
安全のため15分経つと自動的に電源が切れるようになっているが、そのたびにスイッチを入れ直して、結局2時間ほど動かした。
そうしたら、腰が軽くなった。

マッサージに2回行くのと同じ出資で、長期間楽になれる。
最近手に入れたモノの中でも非常に価値あるモノである。
もうこれは離せない。

3月25日 (日)    貼り絵

母親が一時的に施設に入所している。
父親が毎日世話をしてるのであるが、彼も疲れ気味なので、一時的に施設に入り、リハビリをして体力をつけて家に戻るという作戦である。
その間に父親も心のエネルギーをチャージすることができる。
ありがたいことである。

母親が入所している施設に行って、様子を見てきた。
元気そうで一安心した。
やはりきちんと食事をとっていることがよい状況を導き出しているように思う。
食べることは生きること、生きることは食べることであるということを改めて感じた。

父親と母親が一緒にいるところにいると、二人でギスギスするので、あまり快い気持ちがしない。
なので、まずは父親と一緒に母親を訪ねていったが、一度出直して、2回目は一人で会いに行った。
そうしたら話もはずんだ。

母親と話をしていて、笑うことは滅多にないのであるが、今日は施設であることを忘れて、大声で笑った。
その訳は、貼り絵にあった。

施設のレクリエーションの1つとして、入所者全員で貼り絵をやったという。
タイトルは「春」で、堂々とした桜の木が描かれていて、ほのぼのとするものであった。

最初見たときには気がつかなかったが、母親がこの貼り絵を作るときのエピソードを聞いて大笑いをした。
「おじいさんが間違えてねぇ。」と言う。
おじいさんとは失礼なものである。
自分もおばあさんである。

それで何を間違えたかというと、「2012」と貼るところを「2102」と貼ってしまったのである。
貼り絵をもう一度見直したら確かに「2102」とある。



大笑いして母親に尋ねた。
「171歳まで生きるんかね。」
母親は今81歳である。

3月24日 (土)    祝!大分大学前駅開業10周年

昨日のことであるが、JR大分大学前駅が開業10周年を迎えたそうだ。
卒業式に出向くときに、駅に行ったら、駅長さんがお祝いの紅白餅をくださった。

もうそんなに経つのかという気がする。
これまた月日の経つのが早い。

JRで通勤するようになって何年経つのだろう。
この駅ができたおかげで車で通勤するのをやめて、JRで通勤することにした。

毎日毎日正確にやってくる列車に合わせて仕事を段取りするのは1つの楽しみでもある。
この列車に乗りたいからそれまでに仕上げようというモチベーションになったり、今日は疲れたから1本遅い列車で帰ろうと思ったり、JRのダイヤは私の1日を決める重要な要因の1つである。

毎日の片道12分の通勤時間は非常に貴重な時間である。
行きは日記を書いたり、仕事の段取りを確認したりする。
帰りは本を読んだり、疲れを癒すために微睡んだりする。

列車がウォーミングアップとクールダウンのよい時間となる。
車と違っていらいらすることがない。
これが列車通勤の一番の魅力である。


3月23日 (金)    卒業式

今日、卒業式があった。
生活分野16名全員がこの日を迎えた。
ゼミ生5名もこの日を迎えた。

生活分野の卒業生には、学位記を手渡した。
こうして16名が集まるのも今日が最後である。

この前入学してきたばかりと思っていた人たちが、もう卒業する。
本当に月日が経つのは早い。
年齢を重ねる毎にその時間がより早くなっている。

卒業していく人たちを見ていたら、なんだか寂しくなってしまった。
こういう気持ちになったことがあったなぁと思ったら、それは下の子が大学に入学するときのことであった。

自分の近くにいた子どもが離れていくというのは何とも寂しいものである。
若い頃はそういう気持ちにはならなかったが、自分の子どもが離れていくことを経験してから、寂しさを感じるようになった。

ある先生が、学生が自分の子どもより年齢が下になったら、学生に対する考え方がガラッと変わったとおっしゃっていた。
まことに同感である。
学生を見る視点が、子どもを見る視点になるのである。
子どもを見る視点で学生を見ていると、学生のご両親のことを思ったりして、そんなことを思うと、学生がどんなに横着をしていても「かわいいなぁ」と思ってしまう。

自分の子どももすっかり社会人になってしまったので、これからは、卒業生がかわいくて仕方なくなるのではないかと思う。

3月22日 (木)    若い人たちに

後期の合格発表も終わり、明日には卒業式を迎えることになって、少しだけ余裕のある時間をもつことができた。
今日は少しまとまった時間をとることができそうだったので、実験を組んだ。
午前中に終わった。
3年生が実験に十分に慣れて、ミスもなく無事に終わることができた。

4年生が卒業しても、3年生が着実に実験をしてくれるので、頼もしい限りである。
その3年生は毎日就活に忙しい。

リーマンショック以来、就職は厳しく、また、入社したあとも厳しい。
若い人が生活しにくい世の中になってしまっている。
もっともっと若い人たちに活躍する場所を提供して、持てる力を発揮してもらわないと、将来が暗い。

高齢者の雇用ばかりに関心がもたれているが、確かに高齢者は「経験」という財産をもっているが、「経験」だけが重要ではない。
新しい発想や、肉体的なパワーなど、若い人たちの力が必要な仕事がたくさんある。

若い人たちにはそのような力を期待しているのだが、若い人たちはそのパワーを発揮することが苦手になってきているような気がしてならない。
若い人たちは、自分でなければできないことを見つけて、それをアピールすることによって、社会での存在をアピールして欲しいものだと思う。

3月21日 (水)     生命保険が満期

働き始めてこの3月が終わると30年になる。
あっという間であった。
最初の就職先は食品企業で、4月2日が入社式であった。
4月1日は仏滅なので、社長が嫌ったらしい。

入社式での社長の講話に、「古い酒袋に新しい酒を入れる」だったか「新しい酒袋に古い酒を入れる」だったか、「酒袋」だったか「革袋」だったか、どっちだったか忘れたが、要は、若い人たちの新しい力で、この会社をより発展させていってほしい という話があって、当時の純粋な私は、このことばが心に響いて、「よし!がんばるぞ」と決意をした覚えがある。
30年経つと、新しい酒だったか古い酒だったかわからなくなっているのだから、いい加減なものである。
今では古い酒が古い酒袋に入っている。
それはそれで、熟成した味があると言えなくはない。

30年前、母親が就職のお祝いとお守りにと、郵便局の簡易保険に入ってくれた。
財布に負担がかからぬようにと、掛け金が安かったから、満期金も少ない。
その保険が18日に満期になった。

保険証書をもって郵便局に行った。
保険証は色が褪せ、プリントされた文字は前時代的である。

30年という月日の重みを感じた。
それとともに、ここまで支えてくれた母親に感謝した。



3月20日 (火)    パソコンがクラッシュ

朝、休日恒例の買い物に出かけた。
今日は週末ではないから、食材はあまり買わずに、季節の変わり目なのでシャツを1枚買った。
ついでにふと楽器屋を覗いて見たら、高校生の頃にむさぼるように読んでいたクラシックの専門雑誌があることに気がついた。
今でもまだあるんだぁ と懐かしくなって、久しぶりに一冊買い求めた。
その足で、レコード屋に行って、ベートーヴェンの交響曲のCDをどっさり買い込んだ。
雑誌にも特集として書かれていたが、今、ベートーヴェンの交響曲が人気なのだそうである。

家に帰って、これをパソコンに読み込ませて、携帯プレイヤーで聞こうとガチャガチャやって、ついでに、パソコンが少しでも使いやすいようにと、いろいろいじっていたら、ハードディスクが変な音を立て始め、おやっとと思っていたら、パソコンがうんともすんとも動かなくなった。
強制終了をかけて戻してみたら、とりあえず動いたので、また作業を続けたら、またフリーズした。
面倒なのでまた強制終了をかけた。

そうこうしているうちに、立ち上がらなくなった。
これは2度目の経験である。
以前は、研究室のパソコンが同じ事になって、あとのフォローがたいへんだったが、また同じ事が起こったのである。
前の経験で、異常が起こったら、あまり動かさない方がよいとわかっていたので、やめた。

と事実をかけば簡単なのであるが、この事実にからむ心情などを書き、対応した作業のことを書くと、何とも言えない気分になるので、それは控えるが、結局この対応のために、床につくのが3時になった。

困ったことは、データのバックアップがないということである。
研究室のパソコンはときどきバックアップをとっているが、家のパソコンは高をくくっていて、バックアップをとったことがない。
困ったことになったものだ。

明日、とりあえず詳しい人に相談するが、パソコンは忘れた頃にクラッシュする。

3月19日 (月)    駅長さんの引退

JR大分大学前駅の駅長さんと言えば、木原さんのことを思い出す人が多いと思う。
木原さんは、2年前に犬飼駅の駅長さんに転任されて、ときどき三重町に行くときに、列車の窓越しにお目にかかって、お元気そうな姿を拝見していた。
一昨日、何気なく新聞を見ていたら、木原さんのことが載っていた。

木原さんはいつも私たちのことを温かく見守ってくださり、門松やクリスマスツリーなど、びっくりするような飾り物を作って、私たちを驚かせていたものである。
指定券を取ってもらうのに、どの座席が一番景色がよいかの相談にのっていただいたり、入試の日には、受験生の合格祈願にと五角形のお守りを作ってくださたりと、本当によくしていただいた。
大分大学前駅の評価は高く、JR九州の駅のコンテストで1位をとったこともある。

新聞を読んでいたら、今日19日を最後の勤務として50年近くに及ぶレイルマンを引退するとあった。
これは是非ご挨拶に行こうと思い、いつも乗る始発列車は大分大学前では降りずに、終点の犬飼まで行った。
いつもと変わらない駅長さんの笑顔があった。

もう駅ではこの笑顔に会えないかと思うと一抹の寂しさを覚える。
短い時間ではあったが、昭和38年に国鉄に入社された頃のお話を伺ったりして、楽しいひとときを過ごした。

始発列車の折り返しに乗って大分大学前まで戻ってきた。
最後の日に発券していただいた乗車券にサインをしてもらった。
私にとっての大切な宝物がまた1つ増えた。



木原さん、お世話になりました。
ありがとうございました。

3月18日 (日)    ちょっと一息

今年に入ってから、週末は何かと仕事だったり、プライベートだったりで家にいる時間が少ない週末が続いた。
おかげで、新聞はたまるし、机の上のチラシはたまるし、録画したテレビ番組はたまるし、部屋は汚れるし、衣服を脱ぎ散らかしている。

昨日、今日はJRの高架でちょっと外に出たが、それ以外は特に用事もないし、天気も今ひとつだったので、家の片付けをした。
それと共に、身体も疲れかけてきたので、のんびりした気分で週末を過ごした。

おべんとうの支度もしなかったから、時間にも余裕があった。
今週末の卒業式が終わると、少しキリがつく。

この週末で少しリフレッシュできたが、今年はもう少しリフレッシュする時間がほしい。
今年度の疲れを引きずったまま新しい年度に入るのはよくない。

3月17日 (土)    高架駅開業

今日のダイヤ改正と共に、新しい大分駅が開業した。
すべて高架ホームからの発着となった。

これまで、工事が進む様子を毎日見てきた。
いよいよデビューすると考えると、ワクワクする気持ちもある。

何かあると、一番にやってみたくなる。
大分駅の一番列車に乗ってみたい。

昨日までそう思っていたが、ちょっとめんどくさいし、朝4時45分のソニック2号はちょっと早いから、まぁどうでもいいかと思いながら、出たとこ勝負でいきましょうということにした。
そうしたら、今朝は3時に目が覚めた。
早すぎるので、もう一度寝ることにした。
たぶん、これで始発には間に合わないだろうと思って寝た。

そうしたら、あろうことか、4時に目が覚めた。
これは始発列車に乗らないテはない。

そそくさと家を出て、まだ工事をしている大分駅に出向いた。
新しくなったみどりの窓口で、別府までの切符を買い、ワクワクして1番ホームに上がった。
いつもの通勤は6番ホームである。

始発列車に乗ろうと考えている人はやっぱりいる。
それに加えて、開業をニュースにしようと、報道関係のカメラがいっぱい並んでいた。

ソニックは白いソニック、883系である。
一番先頭の席に座ると、前の景色が見える。
暗いので、十分には見ることができなかったが、今までに見たことのない風景があった。
開通した高架区間をそろそろと徐行して走り、新線の開通を堪能した。

別府で1時間ほど待って、今度は下り列車に乗り、大分駅より東側を堪能して戻ってきた。
大分駅に着いたら、構内はすでに賑わっており、コンビニでは福袋を売っていたので、これを求めて家に帰ったら7時30分だった。

3時間ほどのミニトリップではあったが、二度と経験できない貴重な体験であった。






3月16日 (金)    地上駅最終日

明日のダイヤ改正で、大分駅が高架化され、地上ホームでの列車の発着は今日が最終日である。
今日はいつもより少し早く家を出て、地上ホームの最後の姿を写真に収めた。
そして、帰りには、もう一度地上ホームの最後の姿を写真に収めた。

同じようなことを考える人はたくさんいるようで、地上ホームに入ってくるソニックの最後の姿を記録しておこうと、リュックをしょって、カメラを構えている人たちがいた。

改めて地上ホームを見ると、本当に古くなった。
けれども、ホームを歩いていると、数々の思い出がよみがえる。

かつては15両編成の寝台特急「富士」がホームの端から端までつながっていて、その姿に圧倒され、それに乗ることをあこがれた。
一度だけ夢が叶って、東京に行くときに富士に乗った。

京都行きの寝台特急「彗星」は編成は小さかったが、夜遅い時刻の発車だったので、大分での機関車の入替作業を帰宅途中に見ることができた。
特急「有明」として華々しくデビューした787系が一時、「にちりん」として、1日2往復大分にやってくることがあった。
787系はソニックに代わり、しばらく大分に姿を見せなかったが、昨年のダイヤ改正で、宮崎空港行きの「にちりん」として大分に戻ってきた。

普通列車も、急行仕様の列車が走っていて、それを狙って乗りにいったことがある。

旅の始まりは駅。
出会いと別れ。
思い出のいっぱい詰まった駅の形がなくなるのはさびしい。

けれども思い出は胸の内にしまって、明日から新しい大分駅を利用することを楽しみにしている。


3月15日 (木)    スープのおいしさ

ラーメンを食べることがある。
豚骨スープとか、味噌スープとか、いろいろな味がある。
私はそのスープを残さず全部飲む。

昨日のフレンチのソースと同じである。
例えばラーメンは大将が麺にこだわっているというより、スープにこだわっているという話をよく聞く。
スープにエネルギーを注いでいるのである。

そのスープを味わわないのはいかにも惜しい。
なので私は全部飲んで堪能する。

フレンチのソースと違うと思うことは、ラーメンのスープは麺と調和したときにどのように美味しいかということが考えて作られていて、決して単独で飲まれることは想定されていないだろう。
しかし私は全部飲んで堪能する。

減塩という観点からは好ましくない。
塩は高血圧の原因だからという根拠による。

この根拠に対して反論する考え方もあって、私はその反論を支持している。
自らの体験からそう思う。
なので、私はラーメンのスープを全部飲んで堪能する。

3月14日 (水)     ソースのおいしさ

ときどきフレンチを食べに行くが、何を楽しみにしているかというと、デザートである。
今日はどんなデザートが出てくるのだろうか と思うとわくわくする。
次に、オードブル。
綺麗に盛り合わせられた小品が見た目も美しくおいしい。
スープは季節に応じて変化するので、毎回素材を予想するのだが、これがまた楽しい。
たいてい当たらない。
メインディッシュは魚か肉であるが、気分によって決める。

料理が運ばれてくると、説明がある。
どこどこ産のお肉であるとか、この野菜はなになにです という説明を受けて食べると一段と美味しくなる。

そのとき、必ずソースの解説が入る。
聞いても何のことかさっぱりわからない。

ところが、私はこのソースが料理の中で一番重要で、一番味わいたい。
ソースを解説するということは、シェフがそれだけソースに情熱を注いでいる証拠であろう。
フランス料理はソースが大切 という話を聞いたこともある。

そこで私はパンかライスかと尋ねられたときに、迷わずパンをリクエストする。
それも最初にどさっともってきてもらう。

そして、オードブルを食べ終わったら、皿に残っているソースをパンにつけて味わう。
これが最高に美味である。
料理が一品増えたのと同じである。
オードブルの皿は猫が舐めたようにきれいになる。

スープを飲んだあとは、お皿だけではなく、スプーンについたスープもパンでふき取る。
メインディッシュのソースは最高である。
メインディッシュの料理本体は、素材を吟味すれば美味しいのは当たり前であるが、その素材に合うソース、そしてソースそのものが主張できるソースがよい。
それを味わう。

多くの人は、料理を食べたら、ソースは残ったままにしておくだろうと思うが、本当にもったいない。
ソースにこそ料理のおいしさの神髄があり、シェフのエネルギーが最もこもっているものだろうと思う。

3月13日 (火)    ○○△△個分の××

「健康によい」ということを臭わせる食品がある。
機能性をもつ栄養成分に着目して、ある物質が、一般の食品のあるものの何個分含まれています という宣伝をよく耳にしたり目にしたりする。

そういう宣伝は、多くの場合、何十個分とか、何百個分 などと、ものすごく入っているように聞こえる。
そうすると、その食品はすごく身体によいのではないかと考える。

が、それはちょっとどうかなと思ったりする。

何十個分、何百個分のなんとかが入っているのならそれはそれでよいが、今までその基準となる食品がその成分のために身体によいと考えられていることが怪しいということを言っているようなものである。
食品には安全性が求められるから、何十個分、何百個分の成分が入っていても、安全性に問題がないのなら、比較する食品に含まれているその成分は極めて少ないということを言っているようなものである。
そうすると、もともとの食品には、健康の維持増進に役立つ成分はほんの少ししか入っていないということを言っているようなものである。

私の一ヶ月のお小遣いの額は小学生の子どもの小遣いの100倍だから多いだろ と言っているようなものである。
小学生の一ヶ月のお小遣いが300円だったら、その100倍の3万円くらいだったら、そんなに多いわけではない。
一ヶ月5万円もらっているサラリーマンの100倍だったらそれは驚きに値する ということになる。

数字で比較するというのは、一見科学的に優れた方法であると思いがちであるが、根拠を十分に理解していないと、誤解してしまうし、相手を誤解させてしまう。
私など科学者の端くれは、物事は主観的に見るのではなく、科学的根拠に基づいて客観的に判断しましょう などと講義で語ったりしているが、その科学的根拠の妥当性について十分理解してから説明をしなければいけないと思う。

3月12日 (月)    入試と会議

今日は後期日程の入試。
朝早くから準備をして、試験を行った。
今日は面接である。

毎年いろいろなテーマを出題し、いろいろな受験生の顔を見て、評価をするのにあれこれ迷うのであるが、昼過ぎまでかけて終えた。
この中の何人かは3週間もしたらまた顔を見ていることだろう。

最近の高校生は面接は上手である。
練習しているのだろう。
その割には、普通の会話が通じなかったり、私たちの世代だったら常識だと思っていることが、まったく常識ではなくて、首をかしげることがあるが、こういうことはいつの世代でも起こっていることなのだろう。
だいたい、いつの時代でも「今の若い者は・・・・」といわれる。

午後も遅くになってようやくお昼ごはんを食べてやれやれと思っていたのもつかの間、会議が始まった。
毎月定例の月曜日の夜の会議であるが、今月は授業がないので、いつもより1時間早く始まった。
当然のことながら、いつもより1時間早く終わるだろうと期待していた。

ところが、逆にいつもより1時間遅くなった。
会議が終わったらへとへとになった。

今日1日で2日分仕事をしたようなものだ。
遊びに行っても朝早くから夜遅くまで遊んでいたら疲れるのだから、仕事も朝早くから夜遅くまでやったら疲れるのは当然で、家に帰ってから床につくまで15分とかからなかった。

今週はこんな日が続く。
来週19日まで気の抜けない毎日が続く。

3月11日 (日)    ゼミの追いコン

ゼミの4年生を卒論発表会とその日の夜の追いコンで送り出してから、相当な時間が経ったような気がする。
それでも今でも彼らが朝やってきて、「おはようございます。」といって実験をやるのではないかとふと思う。
しかし来ない。

これがまた寂しいのかというと、ふと思えば寂しいが、卒論発表会の翌日から、また毎日目が回るような忙しい日々が続いて、そんなノスタルジックな感傷にふけっている時間もない。
3年生が毎日元気にやってくるので、それが日常になりつつある。

などというと4年生に申し訳ない。
4年生がいないのが当たり前だという生活に徐々に慣れていけばよい。

みんなの都合がなかなか合わなくて、というか私の都合がつかなくて、ゼミの追いコンをようやく開催することができた。
といっても、全部3年生任せ。
年々よい会になっていき、こういうのもゼミのよき伝統となろう。

4年生から色紙をいただいた。
毎年、工夫を凝らして何かしらのメッセージをいただくが、今年はオーソドックスである。
オーソドックスの中に、いっぱいの気持ちが詰まっていて、とてもうれしかった。

今年は私が実験にかまう時間が特に少なく、また、失敗が許されないようなハードな実験を課していたから、彼らは相当苦労したことだろう。
そんな苦労も社会に出たら少しは役に立つのではなかろうかと勝手に期待している。

何人かは入社予定の研修に行ってきた。
そのせいか、顔つきがちょっとだけ社会人に近づいたような気がした。

3月10日 (土)    日豊本線の高架化と新大分駅

日豊本線の大分から西大分までの間での高架化の工事が急ピッチで進んでいる。
併せて新しい大分駅も完成間近である。

朝出勤前に見る大分駅と、帰りに見る大分駅はずいぶん姿が変わっている。
工事中の新大分駅を見ると、ここに改札口ができるんだなぁとか、ここにこんなお店が入るんだなぁとなんだかわくわくする。

今日は日豊本線の高架の線路を歩くことができるイベントがあった。
こんなチャンスは滅多にないから、朝出かけてみた。

思えば、10年以上も前から高架化に向けて、用地買収や基礎工事が始まり、大分機関区がなくなり、大分駅南口が開発され、大道陸橋が撤去され、少しずつ少しずつ大分駅周辺が変わっていくなぁと思っていたら、ここへ来て一気に変化している。

線路の上から見る景色は新鮮で、開業後に列車に乗れば、見ることができるのであるが、線路の上を歩くというのも趣があって、移動速度が電車とは違うから、いろいろなものが見えて楽しかった。

それと共に、これまで親しんできた古い大分駅もなくなってしまうのかと思うとこれは一抹の寂しさを覚える。
子どもたちがまだ小学生だった頃、構内で売っているクロワッサンを買ってきてもらうのは楽しみであった。
KIOSKがいくつもあって、駅弁を売っていたが今はない。
駅の中にあるスーパーマーケットは、仕事の帰りに便利であったが、ネットカフェに変わってから何年経つのだろう。

古いものには思い出が詰まっている。
思い出は大切にしたいが、思い出ばかり追い続けていたら明日がおもしろくない。

来週の開業を楽しみにしようと思う。
3月16日の終電車にのって大分駅に着き、翌17日は朝4:45のソニック2号に乗って、日豊本線高架の初乗車をしようかとくだらないことを考えている。

3月9日 (金)    梅とうぐいす

例年なら1月のセンター試験が終わる頃に鶯が鳴き始めて、2月の声を聴くと梅が咲き始めて、立春を境に春になるなぁと思っていたが、今年は遅い。
個別学力検査の前期日程の頃に初めて鶯の声を聴き、その頃からようやく梅の花がほころび始めて、3月の今頃になって、ようやく「梅が咲いたなぁ」と思えるようになってきた。

やはりこの冬が寒かったからなのだろう。
この冬は寒いと言うより、冷たいという印象であった。
寒いというと、雪が降るというイメージがあるが、今年は足の底から冷える日が多かった。

こうやって寒い日が続くと、「地球温暖化」とか「オゾン層の破壊」とか「省エネ」という話が聞こえてこない。
今年は電力供給の観点から「節電」が言われていたが、化石燃料の節約はどっかへ飛んでいってしまった。

梅も鶯も、寒かったら、それに合わせて温かくなるまで待ってから活動を始めているようである。
人間生活もそのようにあってもよいのではなかろうか。

寒いのに無理をしてなんとかしようと思うから、エネルギーはたくさん使うし、体調も壊す。
もっと自然に忠実にというか、自然に合わせて生きていったらよいのになぁと思う。

そう思うが、人間の世界はそんなにのんびりしたものばかりではなく、「仕事」という名の下には、少々の無理は当たり前。
生きるための糧として仕事をしているはずなのに、その仕事で身体や心を壊したりするとしたら、どっかおかしいような気がしないでもない。

3月8日 (木)    無題

日記が1ヶ月とんだ。
前回更新してから1週間ほど、ちょっと忙しくて、書くのを怠っていたら、その後もっと忙しくなって、書く力が萎えた。
話題には事欠かなかったが、書かない癖がついてしまって気がついたら1ヶ月経ってしまった。

相変わらず公私ともに忙しい。
おかげで職場のデスクの周りは書類で溢れかえっているし、家に帰れば雑誌や新聞が散らばっているし、録画しているテレビ番組はハードディスクがいっぱいになっているのではなかろうか。
部屋は埃に充ち満ちている。
まだまだ寒いので、風呂場に黴が生えないのが救いである。

弁当のおかずは作り置きしたのを2週間詰めてきた。
食中毒にならなかったのは運がよいとしか言いようがない。

つれづれ日記を書かない癖がついたら、いつの間にか文章能力が落ちた。
書類を書くときに、キーボードをたたく指が鈍る。
なんて書いたらよいか考えるようになってしまった。

継続は力なりという。
毎日、こうして日記を書くことは、文章を書くという訓練の1つになっている。

なので、また続けていこうと思う。
今回の反省点は、毎日書かなければいけないということである。
何日か貯まってしまうと、日記を書くための時間を確保しなくてはならなくなって、結局書けなくなる。
毎日だったら、隙間の時間に書くことができるから、やっぱり毎日書くことが重要である。

空いてしまった1ヶ月の間には、おもしろいことやびっくりしたことがあったから、ときどき遡って書くかもしれない。