12月31日 (土)     大晦日

あっという間に大晦日になった。
今年は月日が経つのが早かった。

年末の楽しい時期もなんだかバタバタしているうちに終わってしまって、もう少し楽しんでおけばよかったと後悔した。
しかし、実は十分に楽しんでいたのだろう。
欲を言えばキリがない。

今日の仕事は年賀状。
遅れに遅れて、なんとか年内に書くことができた。

朝早くから書き始めたが、書き終わったら、夕方になっていた。
郵便局にもっていき、帰ってきたらぐったり疲れた。
年賀状の疲れもだが、今年の疲れが最後に出てきたような気がする。

大晦日恒例のテレビ番組を見る気力もなく、初詣に出向こうかとも思っていたが、22時30分頃になったらどうにも起きていられなくなって、早々と床に入った。

なんとなく今年の区切りがつかないような気がしたが、まずは身体に正直に過ごすことが大切であり、その日がたまたま一年の最後の日でも、また明日がくる。

この日記は年明けに書いたが、今年も途中お休みする期間もあったが、何とか書き続けることができた。
応援してくださったみなさまに感謝します。
ありがとうございました。

12月30日 (金)     金融機関とごちそう

年末になり、財産(というほどのものはない)のチェックをした。
どんなにぶちまけても、大したことはない。

銀行やら郵便局の通帳を見ていたら、しばらく動いていないお金があった。
ゼミの卒業生で金融機関に就職した卒業生から、お誘いもいただいていることだし、久しぶりに仕事ぶりを拝見しがてら、朝から金融機関を回った。
朝一番に行ったところでは、Tさんが元気。
てきぱきと対応してくれた。
責任者の方まで出てきてくださってご挨拶をいただいて恐縮した。

次の金融機関。
別の卒業生。
彼女が勤務している支店に出向くつもりだったが、前日に「忙しいから会えないかもしれません。とりあえず近くの支店でお願いします」というメールがあったので、家の近くの支店に出向いた。
滞りなく終わったが、ついでに別の用件をそこで済まそうと思ったら、通帳発行店に出向いてくれと言われ、そこに行った。

カウンターにて、「こーであーで、こうしてください」とリクエストしたら、そのように手続をしてくれたはずなのであるが、20分待っても何の音沙汰もない。
頼んだ仕事の割には待たせすぎである。
少しキレかけて、さっきとは別の担当者に「もう20分待っているが、どうなっているか」と尋ねたら、一旦バックヤードに引っ込んで、出てきたら理由も言わずに「もう少しお待ちください」とのこと。
さらに待つこと10分。合計30分。
ついに本格的に切れた。

少し上役のような人に言った。
「お客さんが多くて待たせるのなら理解できるが、何の説明もなく30分も待たせるとは何ごとだ!」とクレームをつけたら、
またまた「もう少しお待ちください」
しばらくして彼曰く、「書類に不足がありましたので、もう一度書いてください」と言われ、完全にキレた。

「もう1枚書くのならこの口座は解約します。すぐやってください」(本当はもっと強い剣幕でしゃべった)
担当はなぜかめちゃめちゃ慌てふためいていて、「もう少しお待ちください」を3回繰り返したので、さらに頭に血が上って、
「もうこれ以上待たせるのなら、もう取引をやめる!」とキレまくって、口座を解約してきた。

それはそれでその口座はもうどうでもよかったから却ってすっきりしたと言えばすっきりしたのだが、30分待たされてお腹が減った。
家に帰って昼食を食べてしばらくしたら、インターホンが鳴った。

だれかと思ってみると、さっきのトラブった金融機関の上役と最初に応対した担当者。
わざわざ家までお詫びに来てくださったのは恐縮で、そんなに謝りに来なければならないほどの重大なミスをされたとは思っていないし、私が窓口でそれほど過激な態度を示したとは思っていない。
ちょっとパーフォーマンスをして、学生を叱るのと同じノリで振る舞っただけである。

なぜお詫びに来られたのかわからない。
この客を怒らせると、あとがたいへんになると思ったか、
口座を解約されたことがよほどダメージで、もう一回考え直して欲しいのか、
この程度のことでお詫びに行くのは当たり前なのか・・・・。

今度この金融機関に就職した卒業生に聴いてみることにする。

夕方、福岡から次男坊が帰省してきた。
これで賑やかなお正月になる。

夜には長男夫婦が訪ねてきた。
東北に勤務している彼の中学校の大の仲良しからのおみやげを携えてやってきてくれた。
中をあけると、毛ガニとホタテ。
それも生きている。

こんなにおいしそうなものは久しく見てもいないし、口にもしていない。
早速毛ガニはゆでて、ホタテは貝柱を刺身にし、ウロはもやしとともに炒めた。

とても美味であった。
長男に感謝である。

そういえば、今日はもう一つ話題がある。
次男坊がおみやげに買ってきた食べ物の賞味期限が12月7日となっていた。
いくらなんでもこりゃいかんだろう ということで、製造元に電話をしたら、早速新しいのを届けてくれるとのこと。
「買ったものをどうやって送り返しましょうか?」と尋ねたら、「そちらで処分してください」とのこと。
この応対は危険である。
「処分する」というのはこちらがどのように扱ってもよいということであるから、保健所に持ちこんでもよいし、食べてもよい。
食べてお腹を壊したら、問題になろう。
着払いの送料をけちったのであろうが、企業の危機管理としては甘い。

で、どのように処分したかというと、食べた。
製品の状態から、このくらいの賞味期限切れは食べるのにはまったく差し支えないと判断した。
販売することが問題なだけである。

ということで、今日はおもしろくおいしい一日であった。
特に夜はおいしいごちそうに満足した。
日頃買えないような高級な食材を子どもたちから提供してもらって食べるというのもいかがなものかと思う。

12月29日 (木)    今年もお世話になりました

いつもの時刻に研究室にやってきて、残していた仕事を少しずつこなしていった。
周りは正月休みになっているから、メールもないし、電話もかかってこない。
非常に気分よく仕事が進んだ。
マイペースを保つことができるという環境は本当にありがたいものである。

仕事を終えて、カレンダーを新しいものにした。
2011年も終わったなぁと思った。

4月から忙しくなったが、それが却って充実した一年を過ごすtことができる要因となった。
両親もほぼ健康に過ごし、子どもたちも大きなトラブルなく一年を過ごしてくれた。
ゼミのみんなも忙しいなりによくやってくれた。

おかげで充実した一年を過ごさせていただくことができた。
「終わりよければすべてよし」という。
今年の年初は体調が極めて悪く、今年はどうなるかと心配したが、徐々に調子が上がってよい年末を迎えることができた。

みなさま、今年一年お世話になりましてありがとうございました。
新しい年もよい年になりますようにお祈りするとともに、これまでのご厚誼に深く感謝いたします。

それではどうぞよいお年をお迎えください。

12月28日 (水)    御用納め

今日で御用納め。
明日から正月休みになる。

はずであった。
しかし、授業が休みになってまとまった時間をとることができるので、欲張って実験をやった。
いつもより気合いを入れてやったので、実験が終わったら夕方になった。

今年中にやっておきたかった事務仕事をなんとか片付けようと、実験が終わってからパソコンとにらめっこの時間が過ぎたが、結局終えることができなかった。
なので御用納めというわけにはいかず、明日また出てきてなんとか片付けようと思う。

今日はいつもよりかなり遅くまで研究室にいたので、JRの時刻をきちんと把握しておらず、さぁ帰ろうと思ったら列車に間に合わないことがわかって、次の列車に乗ることにした。
そのおかげで帰宅が30分遅れた。

大分駅を降りて、家に帰る路を歩いていたら、夜更けだというのに、多くの人が歩いている。
ほとんどの人が千鳥足かはしゃいでいる。
今年最後の忘年会を楽しんだのだろう。

遅い夜になっても人手が多いというのはなんとなくうれしい。
街は夜中になっても賑やかなのがよい。

ということで、明日も研究室。

12月27日 (火)    おせち料理

学生が「食物学」の調理実習でおせち料理を作ったので試食をさせてもらった。
指導は梅木さん、いや梅木先生である。

昼まで会議と打ち合わせでバタバタし、研究室に戻ってきてホッと一息ついたところで、学生から「できました」と声をかけてもらい、ちょうどよいタイミングでの試食となった。

テーブルの上に並んだ料理は、どれもこれも素材を大切に心を込めて作られたものであることがすぐにわかる。
見た目は何万円もする料理にはかなわないが、素朴であることが逆におせち料理にふさわしい。

お正月はあまり身体を動かさないから、できるだけ野菜を多く、肉は少なくして、お酒とともにゆっくりと食べられる料理がよい。
今日の実習の成果はまさにそれを満足させるものであった。
学生には是非とも家でたとえ一品でもよいから、おせち料理をつくって欲しいと思う。

先日、業務用の食材を売っているお店に行ったら、おせち料理の材料が売られていたが、見て驚いた。
これまで、お金を払って綺麗に盛りつけられたおせち料理に入っているもののほとんどがある。
ということは、お金を払って買ってくるおせちはこういうところから仕入れられて、よい形に切られて、美しく盛られているのではないかと思う。

おせち料理の楽しみ方として、美しく、見栄えのよいものを求めるという考え方は理解できるから、それでもよいのだろうと思うが、最近の私は、見栄えは悪くとも形は悪くとも、手作りのおせち料理がよい。

我が家のおせち料理は市販の料理を買わず、少しだけお正月を感じさせるものとなるはずである。
今度のおせち料理のメニューとして、私が秋に作った「栗の渋皮煮」と「豚の角煮」が採用された。
年末には張り切って作ってやろうと思う。
栗は秋に作って冷凍庫に入れて置いたものが出てくるものと推測される。
豚の角煮に気合いを入れる。

12月26日 (月)     うれしい一日

盆と正月が一緒に来たようだというが、今日はまさにそのような一日であった。

午前中は書類を整えたり、実験をやったりと普通の時間を過ごしていた。
13時過ぎから定例のゼミのブリーフィングをやった。
年末だから、少し話をしたら14時になってしまい、「じゃぁ終わりましょう」と言ったら、メンバーが「ちょっと待ってください」と言う。
何ごとかと思っていたら、「ちょっと早いけれどお誕生日のお祝いです」と、来週の私の誕生日を祝っていただいた。
「ハッピーバースデートゥユー」の唄までついた。

予期せぬ出来事に戸惑いながらもこの上なくうれしく、なんだか舞い上がってしまった。
プレゼントをいただいた。

中をあけてみると、毎月一度の贅沢をしているフレンチレストランのお食事券であった。
「今、誕生日のお祝いを差し上げましょう。何がいいですか?」
と尋ねられたら、モノより、食べ物がよい。
その中でも、このお食事券はこの誕生日を迎える私にはダントツのプレゼントであった。

本当にゼミのメンバーに感謝することしきり。
ありがとうございました。

きっとこのプレゼントを提案したのは梅木さんに違いない。
本当に彼女はかゆいところに手が届くというか、ここがかゆいでしょうというところを見つけてくださる。

そういうことで舞い上がっていたが、夜は我が家の忘年会を佐賀関でやった。
我が家のメンバーと長男の連れ合いの家族総勢9名で盛り上がった。

いろいろな忘年会があるが、このメンバーのこの忘年会が私は一番楽しい。
家族が増えることによって増えた楽しみの一つである。

年末年始にかけて、下の子の誕生日、クリスマス、忘年会、正月、私の誕生日 と楽しいことが続く。
これらのことが無事できたことで今年もみんなが健康でいられたことに感謝して、忘年会はお酒を飲んでいい気持ちになってよい一日を過ごした。

12月25日 (日)     クリスマス

今日はクリスマス。
一年の中で、楽しい一日ランキングを作ったら、上位に位置する日ではないかと思う。
しかしそれは若いうちのこと。

若い頃はクリスマスということばを聞くだけでハッピーな気分になっていたが、子どもが独立してしまったら、この日がそれほど特別な日ではなくなった。

食べ物でいえば、クリスマスケーキ、チキン が思い浮かぶが、デコレーションケーキはあまりに大きすぎる。
チキンは胃に重たい。
サンタをすることもなくなった。

昼過ぎ、下の子が帰ってきた。
下の子の話がおもしろかった。
彼から、「このつれづれ日記はいろんな人が見ているから、僕のネタは避けるように」ときつく言われているが、あまりにおもしろかったので書く。

昨日のクリスマスイヴ、彼は何をして過ごしていたかという話である。
彼は高校時代の親友と、ダーツゲームを楽しみ、そのままネットカフェで一夜を過ごしたという。
その理由はと尋ねてみると、
「クリスマスイヴの日に寮の部屋の電気がついていることが見つかるとさびしい」
と見栄を張っていたのである。

見栄を張るくらいなら、楽しいクリスマスイヴを過ごせるように何らかの行動をとったらよいのではないかと具申したのだが、彼にはまったくそのような気はない。
そんなら見栄を張らずに大人しく寮に帰って、一人でクリスマスケーキを楽しめばよいと思うのであるが、それではプライドが許さないようである。
そんな妙なプライドをもっているからネットカフェで過ごすことになるのである。

ここは開き直って、イヴは早い時間から寮の部屋に明かりを灯して夜を過ごせば、逆に何かチャンスがやってくるかもしれないのにと思う。

12月24日 (土)     寒い冬に備えて

冬は寒い。
うれしくない。
去年までは、冬といえども薄着をしていたが、暖房をがんがんにかけて、部屋を暖かくして過ごしていた。
それが快適であった。

しかし今年は省エネが求められているから、そういう贅沢は許されない。
そこで、今年はなるべく暖房をしなくても済むようにと考えた。

厚着をすることにした。
厚着をすると、身体が締め付けられるのがいやなのであるが、そうもいってはおられない。

そこで、2つのことを考えた。
まず一つは、温かい下着を着用すること。
これまでは、冬になっても、下着は半袖のTシャツで、ももひきは履かなかった。
最近は温かいシャツやももひきがあるというので、今年はそれを着用することにした。

半袖のTシャツを長袖にしたら、上半身は温かくなった。
ももひきを履くようにしたら、足も温かくなり、締め付け効果もあって、足がすっきり見えるようになった。
これで暖房を少し節約することができた。

これに加えて、家の中にいるときにも襟巻きをすることにした。
これは効果抜群である。
首を温めれば身体が温まるという。
まさに実感する。

まだまだ寒くなるだろうから、さらに手を打たなければならない。
まだまだ手の内はある。

今度は懐炉。
これはいままであまり使ったことがない。
下着と襟巻きで対応できなくなったら、懐炉に登場してもらおうと思っている。

12月23日 (金)     放電状態

今年は年末に3連休があってありがたい。
特に12月は忙しかったから、家に帰ってちょっとホッとする時間をもてる日がなかったから、この3連休はありがたい。

この連休中に特にやらなければならないことはない。
ものの片付けとか整理などは年末までとっておく。

そんなことを考えたら、何もやる気が起こらなくて、久しぶりに「何もしない」一日を過ごした。
とはいうものの、結局は朝と夕方に買い物に出かけた。
これは買い物が目的ではなく、散歩すなわち運動が目的である。

頭の中は完全に放電状態であった。
昼過ぎから白ワインを開けて、夜までずーっとほろ酔い気分で過ごした。

こういう一日は最高に贅沢な一日であると思う。
正月になったらそういう日がとれるのではないかと思ったりするが、正月はテレビを見るのに忙しい。

12月22日 (木)    散髪

2ヶ月に1度、散髪に行く。
1回2000円である。
年に6回行くから、1ヶ月1000円である。
安いものである。

2ヶ月経つと髪が伸びて耳にかかるようになり、鬱陶しくなって理容室を訪ねる。
大学生の頃はロン毛でパーマもあてていたが、その頃の写真を見ると奇妙な気がする。
若い頃はそれがかっこいいと思っていたのだが、今の価値観とは大きく異なる。

散髪に行った翌日には、多くの人から「髪を切りましたね」「さっぱりしましたね」「イメチェンですね」などと声をかけられるのだが、これが気恥ずかしくてたまらない。
できれば声をかけていただきたくない。
なので、散髪はできるだけ週末に行くことにしている。
今回も明日から3連休である。

よく、妻が紙を切ったとき、夫は「髪を切ったね」とか「なかなか素敵だね」などとコメントをしないと、妻は自分のことに関心を持たれていないと膨れっ面になるという話を聴く。
女性にとっては、髪を切ることは一大事なのかもしれない。
なので、それに気づくということは、その人に対して大いに関心がありますよ というメッセージを贈ることになるかもしれないので、そうであるなら大切である。
そういう気持ちがあるから、私が髪を切ったときに声をかけてくれるのかもしれない。

髪を切るとよくないことがある。
頭が寒い。
冷気がまともに頭に当たる。
これがもとで風邪をひきそうな気がする。

家のエレベーターには監視カメラがあって、その映像をみることができる。
散髪に行くと頭頂部が光っているのがよくわかる。
これも愉快ではない。

ちょっと前までは、そのことに対して抵抗をしていたが、50歳も半ばになったら、髪も薄くなるだろうし、写真を見ればシワが多く、がん検診などを受けようものなら、何か見つかっても不思議ではない。
散髪ができるのは幸せなことであるのかもしれない。

12月21日 (水)    研究者交流会

朝、非常勤の補講を一コマやって研究室にやってきた。
そそくさとお昼ごはんを食べた後は、12時30分より説明会があって、これに出席した。
今年はこの説明会には気合いが入り、一番前の席に陣取って、これまでになく熱心に話を聴いた。
2時間くらいの予定が20分ほど延びたが、これまでだったら苦痛だったのが、今年は苦にならなかった。
何ごとも、前向きに取り組むという姿勢は大切であると改めて思った。

その後、学部の研究者交流会が開催された。

最近着任した若い3人の先生の研究について、話を伺った。

それぞれの専門分野からいろいろなお話を聴くことができたが、これがすこぶるおもしろかった。
日頃思ってもいないようなことを、学術的な手法でひもとかれると、なるほど!と興味が湧いてくる。

ちょっとは知っているつもりであったことも、専門の研究者が専門の視点から詳しく説明していただくと、とてもよい勉強になる。

こういう催しはずいぶん前に行われていて、一度中断していたが、最近は若い先生がたくさん着任されたので、是非またこの次の機会がないかなと楽しみにしている。
「物事を知る」ということは楽しいものである。

12月20日 (火)    無題

今年も終わりが見えてきた。
今年が終わればすべてが終わるというわけではないが、冬休みになることが見えてくると、ゴールまでもう少しという気持ちになる。
忙しくてもしんどくても、もう少しがんばればゆっくりできると思うと少し気分が軽くなる。

しかし今日はいつもの火曜日。
1限から授業をやって、実験をやり、お弁当を食べた後は3限の授業。
滞りなく終わった後は、打ち合わせ。
今日は少し長めに打ち合わせをした。
そろそろ仕上げの段階である。

予定より40分ほど遅れて医学部に行ったから、17:30の待ち合わせに間に合わなくなって、せっかく来ていただいた方には申し訳ないことをしてしまった。

研究室に戻ってからは、ごそごそと片付けものをしていたらそこそこの時間になって、帰り道、行きつけのスーパーに立ち寄って、ちょっと食べ物を買い、家に帰った。
キッチンで弁当をつめつつ、立ったまま酒とともに夕食を食べていたら、夜も更けて、床に入った。

平凡な一日であった。
こういう日は幸せである。

12月19日 (月)     危うく乗り過ごし

今日は疲れた。
寝不足が堪えた。
また、朝から実験をやって、気疲れをした。

昼休み中には会議をやり、午後、突発的な案件が持ち上がって、急遽2時間ほど真剣に議論をしてくたびれたところに輪をかけて、夕方に会議があった。

たかが実験や会議や打ち合わせなので、そんなに疲れることもないと思ったりもするが、自分なりにエネルギーを使っているつもりでやっている。
そのくらいエネルギーを使わなくては乗り切れないほどの実力しか持ち合わせていない。

夜は片付けごとなどをしていたら、遅い時間になって、そろそろ帰ろうと思った頃には、足も重く、頭は放心状態になって、睡魔が襲ってきた。
列車に乗るや、意識は飛んで、あぁ敷戸に着いたなぁ、と思って、その後かなり時間が経ったような気がしたが、滝尾だった。
そのあとはまったく記憶になく、気がついたら、見覚えのある大きな駅で、周りを見たら、お客さんは誰もいなくなっていて、あれっと思った瞬間に列車のドアが閉まった。

こりゃいかん、寝過ごしたと思い、運転士に「すみません、降ろしてください」と頼んだら、運転士は面倒くさそうにドアを開けてくれた。
なんとか車庫に連れて行かれることだけは避けることができた。

もう本当に眠たくて、家に帰って服を脱ぐや、お茶も飲まずにもちろん何も食べずに、かろうじて長男に電話をして歯を磨いて布団の中に直行した。
最近こういう日は珍しくなったが、疲労が蓄積してきたのか、気がゆるんできたのか、まぁどっちでもよいが、インフルエンザも流行の兆しが見えてきたというし、寝込まない程度に休養をとらなくてはと思う。

毎年年末は調子がよくない。
去年の今頃は、大熱を出して、講義を途中でリタイアし、数日間寝込んだことを思い出した。
今年は寝込んでいるヒマがない。

12月18日 (日)     「食べる」一日

朝5時に起きた。
若干の寝坊である。

起きてすぐ何をしたかというと、キムチの下準備である。
続いて豚の角煮の下準備。
そして朝食の支度。

朝食を食べてから部屋の掃除をした。
合間に溜まっていたテレビ番組のダビング。
部屋掃除の後はシャワーを浴びながら風呂の掃除。

一区切りついたところで食材の買い出しである。
いつもと同じルートで同じようなものを買ってくる。

昼は久しぶりに外食でランチを楽しんだ。
そのあと、自転車を買おうかと自転車屋に寄ったが、ついでに近くの酒屋を覗いてみたくなり、覗いてみたらめずらしいお酒があったのでついつい5本も買い求めてしまった。
その足でデパートに寄り、前から欲しかった銀杏割りを買った。

家に帰ってからは、朝下準備しておいた豚の角煮やら、煮物などを仕上げて、また別メニューの常備菜を作る。
ほどなく夕方になって、夕食の準備。
チャーハンとスープ。
食後にはコーヒーとケーキ。

それからまださらに常備菜をつくって、布巾を洗ったりしながらお酒を飲んでいたが、コーヒーのせいで眠れなくなった。
夜も11時を過ぎた頃からきんぴらゴボウを作り、それから無理矢理床に入った。

朝5時から夜11時まで18時間。
今日はそのうちの15時間ほど何らかの形で食べ物に関わっていた。
忙しかったが楽しかった。
よい休日だった。

12月17日 (土)      無題

今日は大学院の入学試験があったので、一日大学に出ていた。
朝から始めて夕方までかかったが、何ごともなく無事終了した。

12月4日の日曜日から、まったく休みを取ることができなかったが、ようやく一段落である。
最近、毎日のように書いているように、会議が多かった。
講義も多かった。
会議と講義の毎日で、研究があんまり進まない。

と言いながらも、合間をみてちょこちょこと実験をやっている。
実験をやっている などと大きな口をたたけるものではなく、分析や管理などのルーチンワークの大半は学生に任せているし、計画立案やデータのまとめは大半を梅木さんに任せている。

4年生はぼちぼち実験を完結して卒業論文を書かなくてはいけない時期になったが、実験にようやく慣れてきて、ポイントポイントを指示しておけば、確実に作業ができるようになった。
すばらしい成長である。
1年前の今頃は、イージーミスを繰り返してて、彼女らは私から怒られてばかりいた。
実験を安心して任せられるようになったら、実験から足を洗う時期である。

そのかわり3年生が実力をつけてきた。
今年の3年生はブログがマメではないので、外からその姿を見ることはむずかしいが、きちんとやっている。
まだまだ慣れないことが多いように見受けられるが、時間が解決することだろう。

梅木さんには本当にいつもおんぶにだっこである。
彼女なくしてはこのゼミは動かない。
というはなしは、たびたびこの日記に書いているが、いつもその状況とその気持ちに変わりはない。

周りの人々に支えられて、本当に幸せな人生だなぁと思いながら久しぶりにゆったりとした夜を過ごした。

12月16日 (金)      諮問会議

今日の会議は、外部での諮問会議。
提出された案件について、質問などをして、妥当性を検討するものである。
今日の会議はほぼ1年に一度開催されるから、昨年の内容のことはほとんど忘れている。

いろいろと説明を受けていくうちに、少しずつ記憶が戻ってきて、内容が理解できるようになった。

最近、面の皮が厚くなったのか、結構いやみったらしいことを質問したりしている。
面の皮が厚いかもしれないが、実は内容の本質が理解できないから、小さな枝葉をつついて、何とか委員としての存在を示そうとしているだけのことである。
実力の乏しいことを痛切に感じる。

今日の会議の委員はバックグラウンドが異なる人たちが集まったから、審議案件に対していろいろな方向から切り込んでくるので、感心のしっぱなしである。
本当にいろいろな考え方やいろいろな見方があって、そんな智恵を融合していくと、よいものができるのだろう。

たくさんの智恵をうまくまとめて新しいものをつくり出していくということがリーダーに求められるのだろうと思う。
自分で案を作って、その通りに押し進めていくというのは方向性がまちがったら怖いし、
たくさんの智恵を集めても、それをうまくまとめることができないようだったらそれも困る。

リーダーに求められる能力は極めて高い。

12月15日 (木)     会議

今週も会議が多い。
学内外、いろいろある。
たいていの会議が夕方なのでつらい。
昨日は忘年会で帰宅するのが遅く、今日はいつものように朝早く起きる必要があったからつらかった。

午前中に講義をやって、午後は学生との打ち合わせ。
そして夕方からの会議。

今日の会議は外部の方との情報交換がメインであったから、少し緊張した。
どこまで話してよいのか、どこまで尋ねてもよいのか という呼吸がよめない。

救われたのは、このメンバーでの会議が第2回目であったから、だいたいどんな雰囲気になるかを事前に想像することができたことである。

議題があって、あらかじめ質問があって、それに対して準備した答えを話す という会議はおもしろくない。
顔をつきあわせて、本音を議論する会議にこそ意義があると思っている。

今日は比較的本音の発言をしたし、比較的本音を聞かせていただいた。
おかげで、今まで気づきもしなかったようなことがあったり、思いもよらなかった考え方があることがわかって、まだまだ知らないことばかりだなぁとよい勉強になったと感謝して会議から戻ってきた。

議長が名議長で、十分な議論をさせつつ、きちんと定刻に会議を終えた。
来年、第3回目があるらしい。

12月14日 (水)     学部の親交会

今日は月に一度の教授会があって、毎回何かの提案や報告をしなければならないからこの日が来るのが憂鬱なのであるが、今日は教授会の後に、学部職員の忘年会があるということで、それが楽しみで朝からワクワクしていた。
毎年この時期の忘年会か、1月に新年会がある。
参加費は毎月の給与から徴収されているので、参加費の心配をすることはない。

今年は久しぶりに大分市を出て、おいしい魚料理を堪能した。
座敷に座っての会であった。

席はくじで決まるのだが、今年のグループは年長者が集まった。
8名の食卓の中で、1名は空席、残りの7名のうちで私が若い方から2番目だった。
一番若い先生が51歳であった。

このように年代が近い人たちが集まると、話題の発展性には乏しいが、なんとなく安心感がある。
飲む量、食べる量はみんなそれほど多くなく、話題も共通認識できる話題が多いから、話の輪の中に入っていくことができる。

若い先生が同じ食卓にいると、それはそれで新しい話題などを聞くことができてよいものである。

結局なんでもよい。
おいしい料理と美味しいお酒があればよいのである。

おいしい料理と美味しいお酒をいただいた。

お目当てはビンゴゲーム。
最近運がよいので、今年も!と期待したが、そうはいかなかった。
まぁそんなもんだろう。

景品は子どもさんがいる方にどんどんあたればよいと思う。
そうすれば「お父さんだけおいしいもの食べて」とか「おかあさんだけいい思いをして」などと言われる可能性が小さくなる。

12月13日 (火)    県立図書館

2週間に一度、県立図書館に出向いている。
本を借りてきて読もうという魂胆である。
限度いっぱい10冊を借りてくるのだが、たいてい、その半分は再度の貸し出しを依頼する。

なかなか本を読む時間をとることができない。
帰りの列車の中で読むのが精一杯である。
寝床に入って読もうとすることはあるが、2ページともたない。
出張などがあって新幹線などに乗るときには、どっさりもっていって、どっさり読むことができる。

読む本のジャンルは少しずつ変化している。
最近のトレンドはクラシック音楽、それもオーケストラや指揮者や交響曲に関するものである。
なかなかおもしろい。

少し前までのマイブームだった「生き方」は少し減った。
現時点での「生き方」については、なんとなく整理できた。

自己啓発や勉強のために本を読むことが必要であることは言うまでもないが、そういう本は買って読む。
趣味の本は借りて読む。

県立図書館は趣味の本の宝庫である。

12月12日 (月)     ぞろ目

今日は12月12日。
数字が揃うので気持ちがよい。
先月の11年11月11日にくらべると、ちょっと価値が落ちるような気がするが、来年は12年12月12日である。
レポートの締め切りを、12月12日12時30分としたが、12月12日12時12分にすればよかったと後悔した。
12時30分に間に合わなかった学生が5名いた。

今朝は寒かった。
この冬一番の冷え込みであったという。

寒い朝は時間がかかる。
起きてすぐは寒いから、部屋と風呂場に暖房を入れて、温まってから動き出す。
その分早起きをしなければならない。

身支度にも時間がかかる。
夏であれば、シャツを着るだけで家を出ることができるが、冬はシャツを着た後にスーツを着て、マフラーをし、コートを着てマスクをしてイヤホンを耳に当ててから手袋をはめて出かける。
その分も早起きしなければならない。
冬の早起きはつらい。

しかし、夜は少し余裕がある。
夏は夜にもシャワーを浴びていたが、冬は酔ってすぐ寝る。
シャワーを浴びることはない。
なので、トータルで考えたときには、夏も冬も生活に必要な時間は変わらないだろうと思うが、夏より15分ほど早く時間を進めていくことが必要な気がする。
朝が寒いからつらい。

12月11日 (日)     カステラ

甘いお菓子が離せない。
研究室でも家でも、食事の前でも後でも、甘いものが食べたくなる。
いろいろとおいしいが、カステラを食べていたら、「やっぱりこれだ!」と思った。

少し甘すぎるのではないかと思うほどの甘さがよい。
相当量の砂糖が入っていることだろう。

しっとり感がよい。
すっと喉を通る。

紅茶との組み合わせが好きだが、香ばしい釜入り茶との相性もよい。

まともなカステラはとても高価なので、滅多に食べられない。
買ったことはほとんどない。

たいてい切れ端か、街のお菓子屋の安いものを買ってくる。
何かのおみやげなんかでまともなカステラをいただくと舞い上がる。

美味しいのでついついぱくぱくと食べてしまい、しばらくしてから食べ過ぎを後悔する。
食品成分表を見ると、カステラのエネルギーはおそろしく多い。

12月10日 (土)      社会人向けの講義

何年かに一度のことであるが、社会人を対象にした大学での講義を頼まれることがある。
何かを頼まれると、よほどのことがない限りお受けするようにしている。
私ごときに仕事を頼んでくださるということは本当にありがたく、感謝するばかりである。

受けるときは上機嫌で受けるのであるが、その日が近づいてくると、いつも受けてしまったことを後悔する。
逃げ出したくなって、お断りしようかと思うことがしょっちゅうであるが、それはいけない。

今回も社会人を対象にする講義をお受けすることにした。
お話をいただいたのが今年の1月か2月であったから、そのときは12月のスケジュールは余裕があったので、二つ返事でお受けした。

ところが、12月に入る少し前から急に忙しくなり、講義の準備が自分自身満足できないくらい不十分なものになってしまって、どうしようかと不安になってきたら、不安はどんどん増すばかりで、食品に関してお話をしても、私よりよっぽど詳しい人がいて、逆に教えていただくことになると、これは授業料をいただくのではなく、こちらがお礼をしなければならないかもと思ったら、ますます気が重くなってきた。

この講義に費やした準備時間は自分としては不十分ではあったが、23年間の教員生活の中でそれなりの考え方や信念をもてるようになったと、ようやく最近感じることができるようになったので、23年間の準備をしてきたんだからと、開き直って講義に出向いた。
確かに、ある部分については私より詳しい方がおられたが、モノの見方、考え方に対しては「なるほど」と思ってくださった方が多かったようで、少し安心した。
教育という分野においては、経験という要素は価値のあるモノかもしれない。

経験と引き換えに体力の衰え。
4コマ立ちっぱなしだったので、帰ったらぐったり疲れた。

受講生の皆さんの「年齢に関係なく新しい知識を吸収しよう」というエネルギーには本当に感服する。
熱心な受講生の方々に支えられての講義であった。

12月9日 (金)      学外での会議

最近、学内外で会議が多い。
年末になって、今年中に決着をつけようということも一つの要因であろう。

今日は朝から学外の会議で一日を過ごした。

学外の会議はいろんな面で緊張する。

同じ名前の会議で何度目かの出席であっても、メンバーがその都度少しずつ替わるので、会議の雰囲気も少しずつ変わる。
その場の雰囲気を察知して、会議の流れを止めたり、逆方向にもっていかないようにと心がける。
心がけてもその通りの言動や行動をしているのかどうかはわからない。
迷惑をかけているのではないかと思うときがある。

たいていの会議での立場としては「学識経験者」である。
「学識経験者」というと、聞こえはよいが、たいして物知りでもないし、狭い世界に生きている人間だから、視野が狭い。
会議のメンバーとしてそれほど重要ではないのではないかと思うが、メンバーに名前を連ねていることのみに価値があるのかもしれない。

それでも専門的な見地からは多少意見を述べることができることもあるので、やはりそれなりの価値が少しはあるのかもしれない。

朝から夕方までの長時間の会議で、終わって帰宅したらぐったり疲れた。

このような学外会議に呼んでいただけるというのはありがたいことである。
これまでの「学識経験者」としての経験が少しはお役に立っているのであろうか。

12月8日 (木)     雨漏り

この時期には珍しく雨の朝であった。
冬の雨は冷たいが、今日の雨はそれほどでもなかった。

非常勤の授業のため、1時間ほど列車に揺られて目的地に到着したら、大雨だった。

授業をやっていたら、床に水たまりができていて、それがだんだん大きくなっていく。
黒板のすぐ前に水たまりがあるものだから、授業中気になって仕方がない。

ついには、授業の途中で、どこから漏れているか調べたくなってしまい、本当に調べた。
壁から雨水が漏れていた。

建物が古くなると雨漏りに悩まされる。
大学の研究室でも、台風がやってきて実験室の天井から雨漏りがして、機器を移動させたことがあった。
雨漏りではないが、エアコンの結露が激しくて、いくつもバケツを用意してバタバタしたことがあった。
動物飼育室では、台風の翌日、雨漏りした水が天秤のプリンタにかかってしまい、プリンタが故障して、高いお金を出して買い直したことがあった。

雨漏りは何とか対応できるのでまだよいが、建物が古くなると、配水管が破れて下の階に甚大な被害を及ぼすことがある。
そういえば昔、構内宿舎に住んでいた頃、上の階の人の洗濯機のホースがはずれていたか何かで、我が家がびしょ濡れになったことがある。
研究室の1階の先生の部屋が水浸しになって、私に疑惑の目が向けられたが、スチーム管が破れたことが原因だったこともあった。
別の1階の先生は配管の破れによって、研究室が壊滅状態になったことがある。

雨漏りや水漏れは用心しても十分に対応できないし、多くの場合、自分に原因があるわけではないので、非常に対応がむずかしい。

12月7日 (水)     疲れてきました

つれづれ日記が11月28日で止まっているが、29日からとても忙しい日が続いている。
忙しさの原因のすべてが仕事ではないが、それにしても身体をゆっくり休めるヒマはないし、心を落ち着けるヒマがない。
こういう状態が続くとつらい。
事故も起きそうな気がしてくる。

今日も午前中は授業だった。
休養十分のあとは2コマの授業は何とかなるが、疲れているときの授業2コマはつらい。
午前中が終わってお昼ごはんを食べる前は身も心も放心状態といってよいほどの疲労感を覚えた。
大袈裟だという人もいるが、主観的にそのようなのである。

今日は午前中だけで気を抜くわけにはいかず、午後には会議があって、その会議では間違いが絶対に許されないから、疲れたのなんのと言っている場合ではない。
何とか役目を終えてホッとしているのもつかの間、明日以降の仕事の資料づくりや準備に追われ、今日は早めに帰ろうと思っていたのが何のことはない。
けっこう遅くなった。

家に帰ったら相当くたびれていたのだろう。
夕食を食べて明日の弁当を詰めたら、もう動けなくなってしまって、すぐに床に入ったのだが、背中や腰が張って寝付かれず、これがまた疲労に拍車をかけることになった。
今度ゆっくりできる日はいつになるのかと手帳を見てみたが、天皇誕生日あたりまでは何かとバタバタしそうである。

12月6日 (火)    あれこれ一日

今日はめまぐるしい一日であった。

午前中はいつものように大学での授業。
冬になって寝坊をする学生がちらほら出てくる。
いつも出席している学生の顔が見えなかったので、具合でも悪くしたのかと心配して、授業が終わってから出席している学生に聞いたところ、本人からメールがあって、10時に目が覚めたとのこと。
けしからんことではあるが、そんなに遅い時間まで眠っていることができる体力があることがうらやましい。
最近の私はどんなにがんばって布団の中にいても7時が限度である。
たとえ前の晩に夜更かしをして0時を大きく回っても10時まで寝ていることはできない。

授業を終えて、出席チェックやコメントチェックをそそくさと終えて早弁をしたあとは、大学バスに乗って宇佐に行った。
宇佐での異業種交流会で話をさせていただくためである。

宇佐市と大分大学との交流会は熱心に続けられており、出席すると新しい刺激を受けることができるので、この宇佐市との交流会は楽しみにしている行事の一つである。
今回、この会での研究報告を依頼されたが、あとで書くように、夕方に会議が予定されていたので、最初はお断りをしたのだが、思い直して、夕方の会議に間に合うように配慮していただけるのならお受けします と返事をしたら、タクシーとJR特急を配慮してくださるという話になって、ソニックに乗せてもらえるのなら と喜んで出席させていただくことにした。

講演の内容は、先月の成果発表会で話したこととほぼ同じであったから、それほど苦になるものではなかった。
ところがあとで思ったのであるが、あとで思っても遅いのであるが、この交流会は最後の懇親会まで出席して初めておもしろい。
自分のことをしゃべって、はいさようなら ではつまらないのである。
「交流」という重要な活動ができなかったのが非常に悔やまれる。

夕方研究室に戻ってきてから会議。
これは私が議長になって進める会議であるから、重要なのであるが、夕方になると頭もぼけてきて、途中で訳がわからなくなってきた。
委員の先生方に助けていただいて、何とか締めることができたが、研究室に戻ってきて、会議の内容を整理していたら、あっという間に時間が経って遅くなった。

夕食はお昼に食べきることができなかったお弁当を研究室で食べた。

こういうめまぐるしい一日はたまにはよいが、こんなことが続いたらもたない。
今日はめまぐるしいとともに、一日のすべてが、傍観者の立場ではなく、主体者の立場だったので、特に気疲れした。

12月5日 (月)     週明け

11月30日から昨日まで、出かけていたので、久しぶりに研究室にやってきた。
ちょっと浦島太郎である。
ほんの数日研究室に来なかっただけでメールはどっさり来ているし、作らなければならない資料が山積みとなり、チェックすべき書類も溜まっている。
何から片付けていったらよいのか、迷うほどのものである。

今日は珍しく決まった予定のない一日であったのは幸いであった。
朝からひとつひとつ片付けていったが、なかなか進まず、結局全部をすることはできなかった。
しかし少し落ち着いた。
今週は外での仕事も多く、大袈裟ではあるが、今週を乗りきることができることを祈るばかりである。
祈るだけでは物事は拓けないので、乗りきることができるように全力を挙げるのみである。

12月4日 (日)     米水津のまんぷく市

9月末に合宿研修を行った。
学生を連れて、干物の加工実習を行い、社長のご好意で、自分たちが作った干物を送っていただいたので、それを自分で調理して食べなさいという課題を出した。
そうしたら「どうやって食べたらいいんですか」という質問を多く受けた。
愕然とした。

干物の食べ方を知らないのか。
ということは干物を食べたことはないのか。

これは由々しき問題だと思い、社長に話をしたところ、「米水津まんぷく市」というのがあって、干物を無料で振る舞うからよかったらいらしてください というありがたいお話をいただいた。
そういう機会を逃す手はないと思い、合宿研修の補講としてこれにお邪魔することにした。
当然のことであるが、授業であるからレポートの提出を課した。

七輪で焼いたおさかなを賞味するという体験は、わたしにとっても40年以上ぶりのことであった。
おさかなの美味しさを再認識したことはもちろんのことであるが、学生が干物の本当の美味しさを理解してくれて、干物の調理方法を学んでくれたのは非常によい収穫であった。

今の学生がいろんなことを知らない、やらない というのはその親にも責任の一端があると思う。
そういう状況から「食育」が提唱されたのではないかと思ったりもする。

もはや学生の親世代を教育しても遅い。
これから親になる若い世代、子どもの世代に食の大切さや食文化を伝えていくことによって、食のすばらしさ、魅力を感じ取ってもらって、それを上の世代にフィードバックしていくというプロセスは理解できるし、よい方法だと思う。

楽しく勉強できることは理想である。
今日の「米水津まんぷく市」への参加は楽しく、よい勉強をさせていただくよい機会であった。

お世話をしてくださったみなさま方には、本当にありがとうございました。
学生たちはよい生活者としての人生を送ることができることを確信しました。

12月3日 (土)      贅沢な移動

実家から帰る手段を飛行機にしようか、新幹線にしようか悩んだ。
くだらぬことに悩むものである。

結局新幹線を選択した。
それも昼間に移動することにした。

朝早くとか、夜遅くとかに移動すれば、移動に関するロスはなくなるので効率はよい。
しかし疲労は蓄積する。

昼間に移動すればお客さんは少ないし、体力はそれほど消耗しないので、いろんな意味で楽である。
しかしよい時間帯はつぶれてしまう。

今日はあえてよい時間をつぶすという贅沢を選択した。

おかげで新幹線の中ではゆっくり本も読めたし、お酒をゆっくり味わいながら、まったりとした時間を過ごした。
もともと交通機関に乗っている時間は好きだから、趣味の世界にも入り込むことができて、大満足をした。

世の中、スピードが求められる風潮にあり、とにかく速く移動できる手段がもてはやされる。
食べ物でいえば「ファーストフード」である。
それはちょっとどうかという考えから「スローフード」が提唱された。

私にとって、移動は「スローフード」でありたい。
移動の時間が楽しく、移動の時間が至福のひとときなのである。

しかし時代はそういう考え方は贅沢なのである。
移動する時間が無駄な時間ととらえる考え方があってよい。
移動する時間を至福の時間ととらえる考え方があってもよい。
そういう時間を提供される条件はだんだん減ってきている。

12月2日 (金)      笑ってしまったこと

父親の便通の具合が悪いことは先の日記にも書いたとおりであるが、彼は大腸内視鏡による検査を受けた。
30〜40分で終わると聞いていたが、思いの外時間が長引いた。
結果説明の時間になって、担当看護師から、
「ご家族の方ですが?一緒に説明をお聞きください。」
と言われ、
これは悪い病気が見つかったかな と覚悟した。

医師の説明は、
「腸が長いので検査に手こずりました。なので時間がかかりました。結果は今回の検査の範囲では異常ありません。」
であったが、
説明を聴いて笑ってしまった。

「私の腸の長い原因はこれですか?」
と医師に尋ねた。

「親子で顔が似るのと同じように、腸の長さも似ますよ。」という答え。

今年の年初に私が悩んで、入院までして受けた検査の根底には父親があった。
笑ってしまった。

12月1日 (木)     師走

今年もあと一ヶ月になった。
師走である。
一年が経つのが本当に速い。

今年も大きなトラブルなく、健康で過ごすことがうれしい。
自分の健康は当然のことであるが、家族、両親が大きなトラブルを抱えなかったことに感謝したい。
といってもまだ1ヶ月あるから油断はできない。

母親は去年の大晦日に転んで大腿骨を骨折して、今年の初めはバタバタした。
今年の初めといえば、自分自身も調子が悪く、検査を受けたが、これが相当の肉体的負担となって、生まれて初めて入院を経験したが、今から考えると、どうーっていうことはない。

毎年毎年平穏に終わる年ばかりではない。
人生のどこかでにっちもさっちもいかなくなる年があることは日頃より覚悟している。

覚悟をしていても、それを超えた対応を求められる年がくるかもしれない。

悪いことばかり想定しながら毎日を過ごすと、それはそれで「杞憂」になってしまうとつまらないが、あんまり脳天気で過ごしていたら、何かあったときに大パニックになることは目に見えているから、そういう人生も過ごしたくはないと思うと複雑である。

ある程度の想定をしておいて、当面その範囲内で対応し、対応できない部分はそのときに考えたらよいのかなぁと思ったりする。
いずれの状況であれ、対応するために最も必要な条件は自分自身の心身における健康である。