10月5日〜6日   日記をお休みしています

10月31日 (月)   長男夫婦の来訪

夕方、授業が終わって携帯を見たら、着信履歴があって、長男からであった。
連れ合いからも電話があった。
2人から連絡があったということは、何かよくないことでもあったかも と思って心配して電話をかけ直したら、長男夫婦で我が家に来ているとのこと。
一緒にごはんを食べましょうという話であった。

彼らとはつい1週間ほど前に会ったばかりである。
この人たちと会うことは波があり、会うときには毎週のように会うが、会わないとなったら、2ヶ月は顔を見ない。
電話すらせずに1ヶ月過ぎることもある。

彼らはいつも気を遣うというか、気配りがよいというか(親バカである)、必ず手土産をもってくる。
稼ぎも少ないのだから気にするなと言うのだけれど、何か買ってくる。
自分たちが食べたいものを買ってくるのなら、それはそれでよいが、そういうときには代金を請求してくれたらよい。

食事を終えて、手土産のタルトを賞味した。
パテシェが作ったケーキ屋のタルトである。
さすがに美味であった。

久しぶりに夜遅くまで話が盛り上がった。
話題はボートレースと競輪。
どこそこのコースは狭いとか、どこそこのコースは波が荒いとか、マニアックな話になった。

そういえば最近行ってないなぁ というのが2人の一致した台詞。
久しぶりに行こうか という話で終わった。

長男たちは、このところ、体調がすぐれず、元気がなく、私も気になっていた。
気にするだけで、どうこうしようかということは考えなかったが。
何か助けを求めてきたら、応じようというスタンスでいた。

今日は2人とも少し元気を回復してきたようで、少し安心した。
彼が社会人になって3年目。一緒に暮らし始めて3年目。
いろいろと少しずつ慣れてきたのだろう。

人生、まだまだこれから楽しいことがいっぱいあるから、自分たちの思うようにやっていってほしいと思う。
のんびり気楽にするのも、常に向上心を持ってバリバリと動くのも、彼ら次第。
そのときそのときで満足できる時間を過ごしてほしいものだと思う。
長期的な視点も忘れないようにしてほしいと思う。

10月30日 (日)    栗の渋皮煮

昨日は、頭も身体も動かなかったが、結局そこそこ動いていたと今日思った。
昨日の夕方、立派な栗をいただいたことを思い出して、無性にこれを食べたくなった。
どうやって食べようかと考えた。
生では食べられない。
焼いたらおいしいが、焼く手立てが限られている。
ゆでるのが一番手っ取り早いが、せっかくの栗をおいしくいただくには好ましくない。

そこで思いついたのは渋皮煮であった。
大好物である。
しかし、ものすごく手がかかりそうだ。
けれども、作業はそれほど複雑ではなく、単純にできるような気がした。

昨日のぼやんとした状況では、単純作業もよいかと思い、チャレンジすることにした。
まずはインターネットでレシピを調べる。
たくさん出ている。
いくつか見て、いいとこ取りをすることにした。

準備はまず重曹の買い出しから。
近くのスーパーの製菓材料のコーナーにあった。
70円。

次に鬼皮をむく作業。
予めお湯を通すとむきやすいとあったので、その通りにした。
手間がかかった。
1kgの栗をむくのに90分かかった。
包丁で指を切った。

そのあとは、重曹を入れてゆでること3回。
最後は砂糖を入れて煮ること2回。
時間はかかったが、単純作業であった。

できたてを試食したら、美味であった。
このままゆっくりさますと、味がしみこんでもっとおいしくなるはず。

そう思って鍋をコンロの上に置いて寝かしつけ、自分も床に入った。

10月29日 (土)     睡眠

睡眠は大切である。
量よりむしろ質の方がより重要であると思う。

夜中に目が覚めずに朝を迎えた日は一日中調子がよい。
反対に、夜中に何度も目が覚めたり、身体が重く、身体の置き場がなくて、布団の中でのたうち回って一晩過ごした翌日は、頭も身体も朝からぐったりしている。

仕事が立て込んでいるときには、睡眠の質が落ちる。
翌日に悪影響を及ぼす。

そこで、処方してもらっている安定剤をほんの少しだけ飲んで床に入ると、これがすこぶる調子がよい。
でも、今日は休日だし、できれば薬は飲みたくないからと、昨晩は安定剤をパスしたら、朝からめちゃめちゃに身体が重かった。

街に出ても足下はおぼつかず、考え事はまとまらず、掃除をする気力も起こらない。
テレビを見る気もしないし、本も読みたくない。

だからといって、ごろごろだらだらするのも気に入らず、車を見に行くことにした。
12月に車検が来るので、新車を考えてもよいかなと思ったのである。

だが、冴えない頭には的確な判断力はなく、要るのか要らないのかわからず、ほしいのかほしくないのかもわからなかった。
とりあえず、パンフレットと価格表をもらって帰ってきた。

車は食料品と違って、高価なモノであるし、毎日買うモノでもないし、要らなくなったからと言ってすぐポイできるものではないから、冷静な判断は別の機会にすることにした。

10月28日 (金)     週末

金曜日がやってきて、一週間が終わった。
今週は比較的、精神的、時間的に余裕があったので、へとへとにならずに週末を迎えることができた。
とはいうものの、夕食を食べたら、やっぱり疲れが出た。

最近、仕事の帰りにスーパーマーケットに寄ることが増えた。
ついつい食料品を買ってしまう。
冷蔵庫には食料品が溢れてしまった、これをどうやっつけようかと悩む。

職場から自宅へ直行で帰るというのは、全力疾走からゴールをしてすぐに止まるというのに似ている。
クールダウンをしないときつい。
また、クールダウンをしないと、身体に無理が出る。

多くのサラリーマンは、赤提灯とか、居酒屋に立ち寄るということでクールダウンをしているのだろうが、私はそういうところは好まないので、スーパーマーケットになる。
わずか数百円でも買い物をすると、なんとなく落ち着く。
金額の多少は別にして、お金を使うというのはストレス解消になるのであろう。

数百円で、それも食べ物を買うくらいだったら、後に残るモノを買ったり、高いお酒を飲むより、財布にはやさしいのではないかと思う。
しかし、金額の多少にかかわらず、そういう行為には理解を示してもらいにくい人も世の中にいる。

10月27日 (木)     柳葉魚

今年も柳葉魚が漁獲される季節になった。
北海道の鵡川では、10月1日から11月10日頃まで漁が解禁になるらしい。

たまたま旅行番組を見ていたら、鵡川が出てきて、柳葉魚を取り上げていた。
干物を作っているお店や、柳葉魚寿司を食べさせてくれるお店が出ていた。

2年前、まだ下の子が学生だったとき、どうしても本物の柳葉魚が食べたくて、この季節しか味わえないと知って、下の子を誘って鵡川に行った。
そのとき乗った列車と同じ列車の映像が流れたり、見覚えのある風景が出てきたり、干物のお店は立ち寄ったなぁとか懐かしく番組を見た。

確か10月の最後の土曜日で、柳葉魚のお寿司はほとんどのところが売り切れになっていて、最後に見つけたお店に1時間近く並んで食べたことを思い出す。

今、普通に売られている柳葉魚はいわゆる「カラフトシシャモ」であって、柳葉魚とは違う魚である。
カラフトシシャモはカラフトシシャモでそれなりに美味しいが、やはり柳葉魚はおいしい。
現地で食べた柳葉魚は格別であった。

今、いろいろと思い出してみると、下の子が、関門海峡を越えて、津軽海峡を越えて、大学生活を4年間送ったが、親である私もよい思いをさせてもらったものだと、下の子に感謝している。
彼のおかげで、年に2〜3度は彼のアパートに泊まって、あちこち、おいしいものを食べに行った。
彼がその地にいなかったら、そんな機会はなかったであろう。
お金には替えられない貴重な経験であった。

大学生の子どもをもつ親の気持ちはいろいろとあると思うが、ちょっとやそっとでは帰ってこられないような遠くにやるのもよかったなぁと思う。
彼自身も1人で生きていく術を会得し、社会人になった今も一人暮らしを満喫している。

柳葉魚を見ていて、子どもの成長に思いを巡らした。

10月26日 (水)     甘納豆

非常勤の授業に行った。
2クラスやっている。

クラスによって個性が違っていておもしろい。
最初のクラスはよくいえば真面目、悪く言えば、聞いているのかいないのかよくわからない。
しかしノートを提出させると、きちんと書いているから、きちんと聞いていてくれているに違いない。
こういう硬い雰囲気だと、雑談をするのがなんだかはばかれて、教科書がどんどん進む。

これに対して、2コマ目のクラスは、いろいろと質問をしてきたり、食い入るように話を聴いてくれる雰囲気があるので、こちらも気合いが入る。
少しでもわかりやすく伝えようと、身近な例を取り上げて、ついつい話しすぎるから、進度が遅れる。

何回か前の授業で、甘いものがどうやってエネルギーになるかを話していたら、ちょっと脱線して私が甘いものに目がないことをしゃべった。
そうしたら、今日、社会人の学生が、「これおいしいんですよ」と言って、甘納豆の差し入れをしてくださった。

チョコレートもよいが、甘納豆の甘さも捨てがたい。
好物の一つである。

研究室に戻って、昼過ぎに小腹が減ったときに、早速食べてみた。
これが、ほどよい甘さでおいしい。
甘いから、ぼやーっとしかけた頭をリフレッシュさせてくれる。

甘いものは大切である。
食べ過ぎると、肥満になりやすいから気をつけなければならないことは百も承知である。
だが、甘いものが食べたいというのは、身体が即効性のエネルギーを欲しているのである。
気の済むだけ食べてしまったら、しばらくの間、へたをすると、数日間は甘いものをほしいと思わなくなる。

そういう身体の正直な声に耳を傾けて、毎日を送ることが健康にとって一番よいことだと思う。
というようなことは少し前にもここに書いた。

疲れたら休む。眠たくなったら寝る。お腹が減ったら食べる。身体を動かしたくなったら動く。
そういうことが無理なくできる生活が理想的なのではあるが、なかなかそのようにはいかない。

10月25日 (火)   チョコレート

冬が近づくと、冬限定のチョコレートが店頭に並ぶ。
口溶けがよく、おいしい。
人気があるようである。

どうして冬限定のチョコレートは口溶けがよいのか という理由を講義で話した。
学術的に裏付けのある真面目な話である。
学生は十分に理解してくれたようで、食べ物に関する授業は、やはり日頃から食べている身近なものを例に挙げて話を進めていくのがよい。

グリコシド結合がどうだの、ペプチド結合がなんとか と話をしても、身の回りにグリコシド結合を見ることはないから理解するのも難しいだろう。
しかし、基礎として知っておかなければならない知識であるから、ここは少々無理をしてでも覚えてもらうことにする。

まったくの主観であるが、大学教員にはチョコレートが好きな人が多いように感じる。
かくいう自分もチョコレートが好きである。
頭が疲れてきたときの一粒のチョコレートは、何よりのエネルギー源である。

昨日の午前中の会議、かなりシビアなもので、途中疲れてきた。
そうしたら、となりに座っていた先生が、そっと「チョコレート召し上がります?」と声をかけてくださって、ありがたく頂戴した。
これを頬張ったら、また頭が冴えてきて、そのあとの打ち合わせがスムーズに終わった。

チョコレートは本当に美味しいが、あまり食べ過ぎると、顔に吹き出物ができてこれが困る。
何ごとも、何物も、ほどほどにするのがよい。

10月24日 (月)   きつい週明け

日曜日の夜はいわゆる「さざえさん症候群」になって憂うつになり、なかなか寝付けず、月曜日の朝は睡眠不足となって、極めて不快な朝を迎える。
今朝はあろうことか、寝坊をした。
まぁいつもより遅い列車に乗ればいいか と考えればよいし、そういう余裕がほしいのだが、月曜日の朝は頭が狂っているのだろう。
シャワーを浴びて、朝食も食べずに、洗濯物も干さずに、家事をほったらかしにしていつもの始発列車に乗った。

研究室にやってきても、エンジンがかかるのに時間がかかる。
時間がかかるからこそ、月曜日の朝は早くから研究室に来たいという気持ちもある。

今日は朝からきつかった。
朝の打ち合わせが予想外に延びて、終わったら13時を過ぎていた。
3限が始まっている。

研究室に戻り、お昼ごはんをパスして授業をした。
16:15頃終わった。

その後もお昼ごはんは食べなかった。
今日は珍しく、お腹が張って、食欲がない。

取り組まなければならない仕事が残っていたが、明日に延ばしても何とかなるだろうと考えて、今日のところは疲れをとることが最重要と考えて早めに帰宅した。

昨日買ってきたイベリコ豚をさっと焼いて、夕食で食べた。
美味であった。
ときどきの贅沢である。
家人は贅沢の頻度が増えたと文句を言いながら、イベリコ豚をぱくぱく食べていた。
食費を負担してくれる人には逆らえない。

10月23日 (日)    酒

いつもの休日を過ごした。
家事三昧である。
食材の買い物と、弁当のおかずづくり、掃除、布団干し、アイロンがけ などである。
こういうことは、家にだれも居ないときにやるのが楽しい。
昼間からお酒を楽しみながら、ごそごそするのが楽しい。

朝、デパートのお酒売り場を覗いたら、県内のある小さな酒造場が試飲販売をやっていた。
「試飲、いかがですか?」との誘いに、ふらふらと「いいですかぁ?」と答えて、焼酎、清酒など、たくさん試飲をした。

当然のことながら、感想を聞かれる。
あわよくば、というより、お酒を買うことを期待されている。

焼酎を試飲して、「これは減圧蒸留でしょう」とか、清酒を試飲して「味を調えるために醸造用アルコールを添加しているのですね」などと生意気なことを言っている。
売る方も「お詳しいですね。」などとよいしょをしてくれる。

3種類のお酒を試飲したが、結局買わなかった。
申し訳ないけれど。

私にとっては、個性的なお酒だったら手を出したところだが、よそで売っている安いお酒と比べて、特徴があるようには思えなかった。
そのことを売り手に告げて、「私は個性がある焼酎がほしい。でもすべてのお客がそう思っているかどうかがわからない。蔵元の個性をどのようにアピールしていくかを、考えられたらよいと思います。」などと超生意気なことを言って引き揚げてきた。
いやなお客である。

しかし私なりの想いもあった。

客はシビアである。
試飲したからすぐに買うというほど財布のひもはゆるくない。
そういう現実も売り手に伝えたいなぁ と思ったのである。

自分の作ったものを売るというのは、本当にむずかしい。
私にはできない。
ものを作ってそれを売ることで、生活をしている人たちを尊敬する。

10月22日 (土)    北九州での一日

今日は北九州に出かけた。
午前中から昼にかけて、折尾で学会があったので、朝早くから出向いて、一般講演を聴いて、役員会に出席した。
この学会は、20年くらい前は、結構発表もあって、盛んであったが、最近はさっぱりである。
私立大学や短期大学の先生がたが多く、おそらく、研究に費やす時間が減っているのだろう。
由々しき状況である。
などと言えるものではない。
率先して何か発表をしていかないといけないと思う。

役員会はほとんどの先生が出席していた。
あとで気がついたが、一般講演の聴衆の大部分は、役員の先生方であった。
若い人の出席が少ないのがとても気になった。

昼過ぎに学会を後にして、小倉に出た。
小倉に行けば、これは旦過市場で買い物をするのがお決まりである。

いつも同じ店で同じものを買う。
何度も通っていると、お決まりのコースができあがる。
小倉には年に一度か二度しか行かないから、お決まりのコースでも十分に楽しい。

夕方に食べ物をいっぱいもって、帰宅した。
ほどなく、長男夫婦がお米をもってきてくれたので、買ってきた駅弁を食べた。
今や駅弁は列車の中で食べるものではなく、家で食べるものである。
それが証拠に、駅弁はイベントでデパートやスーパーで売られており、製造者によっては、駅で売る割合の方が小さいという駅弁もあると聞く。

北九州も楽しいところがたくさんあって、何度も足を運んでみたいと思う。
ところが、わざわざ北九州に行くということはほとんどなくて、学会や仕事の帰りにちょっと寄るか、健康診断の帰りにちょっと寄るといった感じである。
小倉競馬にも行ってみたいし、門司で海を見ながらゆっくりしてみたいなぁとか、関門トンネルを歩いて渡って、下関に行くのも楽しいかなぁと思ったりする。
昔ながらのうまいものもいっぱいあるような気がする。

今度は新年あけてすぐに健康診断を受けるために小倉に行く。

10月21日 (金)     モテモテ

最近モテモテである。
女性にモテモテというのであればそれはうれしいが、残念ながらそういうものではない。
女性にはモテない。

で、何にモテモテかというと、仕事の神様にモテモテである。
この1、2ヶ月の間に、放送番組からの取材がつぎつぎとやってくる。
テーマはすべて関さばである。
最近はあまりこのテーマの研究が進んでいないから取材を受けるのは心苦しいし、私としては、へんに目立ちたくないから、できればご勘弁いただければありがたいのであるが、大学という組織に所属して、大学で研究環境を与えてもらって、その環境の中で得られた成果だから、社会の求めに応えることは職務であり、わがままを言うことはできない。
それにしても立て続けに2件、取材に来てくださって、さっきも電話で問い合わせがあった。

降って湧いたように、原稿執筆の依頼がやってきた。
依頼状を見ると、恩師の紹介とある。
与えられたテーマは、それほど詳しい分野ではないので、これまた心苦しいが、お受けすることにした。

大学からは、研究成果を発表してほしいという連絡があった。
これは、今大学の仕事が忙しいから、勘弁してください と一度はお断りをしたが、後で考えて、せっかく声をかけていただいたのだから、できる範囲で話をさせてもらおうと思い直して、お受けすることにした。

仕事は受ければ受けるほど忙しくなるが、仕事は忙しい人に頼め と言われる。
声をかけていただいたら、よほど困難なものはお断りするとして、120%くらい背伸びをすればできるものであるのなら、受けた方がよいと思う。

そうやって仕事の神様にモテモテであることは幸せなことである。
しかし、いくらモテるからといって神様にべったりとくっついてはいけない。
よい距離をおいて仕事の神様とつきあうことが大切である。

仕事神様大好き!と思って仕事の神様にぞっこん惚れ込むと、仕事の神様にふられたあとのダメージが大きい。

10月20日 (木)     会議いろいろ

今日は少し落ち着いた。
10月になって、バタバタしていたが、ここにきてようやく一服である。
以前より対応しなければならないのにもかかわらず延び延びになっていた案件がいくつか片付いた。

その合間に会議があった。
ひとつは、一委員。そしてもう一つは委員長。

一委員の会議は気分的に楽である。
自分の意見を主張することができる。
ただし、全体の方向性が決まるように発言しようとは心がける。

委員長の会議は進行中、悩みっぱなしである。
委員は言いたい放題言う。
いろんな意見が出る。
これをどうやって落とすところに落とすかをずっと考えながら仕切る。
なので、委員長をする会議ではあまり発言しない。

発言をよく聞いて、全員が納得できる結論に近いものを出すことが重要であると思う。
発言を聞きすぎて、長時間の議論になってもよくない。

いろいろ考えながら、一応結論ということで締めてみる。
そのときはよかったなぁと思っても、会議が終わってから、あれでよかったかなぁと不安になる。

加齢とともに委員長職が増えた。
そのとき思うのは、経験がある程度役に立っているということ。
歳をとってくると、いろいろと役に立たなくなるが、経験だけは財産である。
その財産もうまく使えば価値があるが、使い方を間違えると、みんなに迷惑をかける。

10月19日 (水)     非常勤の授業

非常勤で別の学校に授業に行っている。
ほんの稀なことに、スポット的に講義を頼まれることもある。

今日は午前中レギュラーの非常勤、午後からスポットの講義に行った。
学校が変わると、学生も変わる。
当然である。

学校学校によって、それぞれの学生の雰囲気というのがあって、それは伝統的に続くような気がする。
ということは大分大学にも大分大学のカラーがあるということになる。

そんな中、いつもと違うカラーの学生と話をすることは、一種の緊張感を抱くが、楽しみの一つでもある。
午後からの講義は、大分大学で授業をやる中ではまったく興味をもってもらえないような話題に、真剣な眼差しを感じる講義になった。

学科の根っこがどこにあるかということが学生の興味に大きく影響している。
根っこから延びた茎や葉がカリキュラムとなり、個性を作っている。
その茎や葉にふさわしい栄養分になるようにと考えると、同じことを伝えるにしても、伝え方がいろいろあるなぁと思う。

伝え方の工夫は講義に限らない。
他人、特に初めてお目にかかるような人に対しては、その人の根っこがどこにあるかを素早く見抜いて、それに合った伝え方をしなければならない。
と、ことばでは簡単に言うが、そんなに簡単にできるものではない。

10月18日 (火)   プロ野球

先週末に出かけていたことで、身体の疲れが抜けない。
今日は授業が2コマあったが、やはりくたびれた。
からだがきつい理由は、やはり立って話をするからだろう。
普段の生活で立っていることは少ない。
椅子に座っていることが多い。

帰り道、スーパーマーケットで少しばかりの食材を買い求めて家に帰った。
新聞を見たら、プロ野球の優勝がかかっている試合の中継があるという。
贔屓にしているチームが優勝するところを是非見てみたいものだ と思い、テレビのスイッチを入れた。

序盤、贔屓のチームは劣勢で、こりゃだめかもと思っていたら、中盤にワンチャンスで同点に追いついた。
いいぞ!と思ったところまでは覚えているのだが、その後の記憶がない。

気がついたら、試合は延長戦に入っていて、さらには制限時間を過ぎていたから、この回で終わりというところであった。
贔屓のチームが守りについていた。
ここを切り抜けたら引き分けでも優勝である。

ほどなくして最後の打者が三振をして、ゲームセットとなり、めでたく贔屓のチームの優勝が決まった。
気分がよい。
たかが6つのチームの中から優勝を決めるのだから、大したことでもないとも思う。
高校野球の優勝とは重みが違う。
しかいやっぱり気分がよい。

これで、セリーグ、パリーグとも、今年は贔屓にしているチームが優勝をした。
特にパリーグの方はぶっちぎりであった。

次はクライマックスシリーズ。
昨年は、贔屓のチームがこいつにやられた。
パリーグの贔屓チームはこれに泣かされ続けている。

どちらの贔屓チームもクライマックスシリーズで勝って、両者による日本シリーズが見たいものである。
6月の交流戦で、このチームの闘いを見るために、福岡まで足を運んだ。
そのときはパリーグのチームが勝ったが、日本シリーズだったらどっちでもよい。

今年のプロ野球は最後まで長い間楽しませてくれる。
優勝セールの恩恵にあずかれないのがちょいと悔しい。

10月17日 (月)   大分駅

JR大分駅の高架化工事が急ピッチで進んでいる。
毎日通勤で大分駅を利用しているので、日に日に新しい大分駅ができあがっていくのがよくわかる。

これまで6番線から8番線までしかなかったが、6番線のホームからふと見ると、1番線から4番線のプラットホームの原型ができあがっている。
ホームに入線するための入り組んだ線路も徐々にその姿を現し、大分駅が大きな駅であったことを思い出させてくれる。

昨日、県立図書館に行くときに、線路沿いを歩いていった。
高架には、電線の支柱が立ち並び、もうすぐ架線が張られることだろう。

大きな街の駅はどんどん高架になっていく。
九州の県庁所在地で高架になっていないのは、長崎駅と大分駅だけになってしまった。
ひょっとしたら熊本駅は在来線のみ高架になっていないかもしれないが。
大分県でも、中津、別府はすでに高架になっているし、日豊本線では行橋も高架化されている。

高架化は時代の流れであり、交通体系を非常になめらかにしていることは明らかである。
明るい駅舎は、旅行が快適でスピーディーで、日常生活の一部であることを示しているようである。
来年3月の開業が待ち遠しい。

10月16日 (日)    今日の一日

昨日出かけていたので、今日は家事に忙しかった。
最近、出張や観光で、週末に家を空けることが多い。
家を空けると、家事が集中してしまい、のんびりできる時間が少なくなる。
疲労が十分に回復しないままに月曜日を迎えることになる。

今日は家事に追われて疲れた。
恒例の1週間分のお弁当を作っていたら、家人が「仕事が早く終わったから生活文化展に行こう」と誘ってきたので、無碍に断るわけにもいかず、出向いた。
残念ながら、それほどおもしろいものではなかった。
家に帰ってから、すぐに県立図書館に出かけた。
今日が返却期限である。

帰ってからお弁当の続きと、夕食の支度。
慌ただしくごはんを食べて、片付け。
シャツにアイロンをかけて、風呂の掃除。
ゴミのまとめ。
溜めておいたテレビ番組の整理と必要なもののダビング。
目を通していなかった新聞のチェック。

1週間の中で、もっともくだらないと思っているテレビを視聴。

何だかばたばたしているうちに夜が遅くなった。
ヘトヘトになった。

部屋の掃除ができなかったが、もうエネルギーは残っていない。

考えてみたら、別にやらなくても生活に差し支えが出るようなものはないのだから、手を抜けばよいじゃないかと思うのだが、そういうことがなかなかできずに、やらないと気が済まない。
疲れをとるための週末が、逆に疲れを溜めてしまった。

10月15日 (土)    ホームカミングデー

最近、あちこちの大学で、「ホームカミングデー」と称したイベントが数多く行われている。
どういう催しかというと、卒業生に集まってもらって、母校の姿を見てもらおうというものである。
私が卒業した大学でもこのホームカミングデーが今年で7回目を迎えた。
2ヶ月ほど前、分厚いパンフレットが届いて、母校の様子が熱っぽく語られていて、ホームカミングデーへの誘いがあった。

内容を見ていたら、オーケストラの演奏会があるという。
出演者と曲目を見ていたら、行きたくなって、申込書を送っておいた。
そうしたら、先日、「当選しました」といって、演奏会の入場券が送られてきたので、出向くことにした。
それが今日である。

久しぶりに講堂に入ったら、中はすっかりリニューアルして綺麗になっている。
研究成果を展示したパネルもたくさんあって、母校が研究活動に熱心に取り組んでいることがわかる。
母校で教鞭を執った先生が、最近、ノーベル賞を立て続けに受賞しているから、ほこらしげである。
その先生の似顔絵が焼き印で入ったまんじゅうがあったので、おみやげに買ってきた。
楽しい一日を過ごすことができた。

招かれた卒業生はよい思いをしたのだが、準備をする方は相当たいへんだろう。
最近の大学は、これから入ってこようかと考えている人たちには、「オープンキャンパス」を開催して、アピールに力を入れている。
すでに出ていってしまった人にも「ホームカミングデー」を開催してサービスをしている。

大学が進化していくということを考えたら、こういう活動は重要であるとは思うが、どうしてもちょっとひっかかる。
大学の大きな任務として、「研究」がある。
質の高い研究を行うためには、研究者をよい環境に置くべきであると私は思っている。

最近の大学は、どうもその「研究者にとってよい環境」が失われているような気がしてならない。
行事が大切であることは十分理解できるが、やっぱりどっかひっかかる。

10月14日 (金)    鉄道記念日

確か今日は鉄道記念日ではなかったかと思う。
日頃、出張や旅行で鉄道をよく利用するし、もともと乗り物が大好きなので、鉄道記念日と聞くとなんだか少しうれしかったりする。

鉄道記念日ということで、鉄道各社がいろいろなイベントを企画していて、思わず食指が動くものもあるが、なかなか時間がとれなくて、そういうイベントに参加できない。
その中で、是非行きたいと思っているのは、車両所の開放である。
日頃見ることができない電車を見たり、運転台を見学することができたりして、楽しそうだ。
車両所の学園祭みたいなものである。

鉄道記念日に合わせて乗り放題のきっぷなども発売されるから、これを使ってどこかに行きたいなぁとも思う。
そういえば、フルムーンパス というのがあるのを思い出した。
夫婦で88歳以上なら、5日間グリーン車乗り放題で2人で8万円ほどと、格安である。

5日間にわたってどれだけでもグリーン車に乗ることができるのだから、是非一度これを使って旅行をしたいものだと思う。
そういえば、九州新幹線が全通して、東北新幹線も全通した。
この前、稚内から鹿児島中央まで一日で移動した人の話が新聞に出ていた。

このフルムーンパスを使ったら、鹿児島から青森まで一日で行くことができるのだろうか と思って調べてみた。
そうしたら、朝5:23に大分を発って、一度鹿児島中央に行き、そこから乗り継いでいくと、22:30に青森に到着できることがわかった。
かかる費用は、すべて自由席を使っても4万円かかる。
2人で8万円である。
フルムーンパスなら、グリーン車に乗っても8万円であるから、これがいかに格安であるかがわかる。

そんなことを考えていたら、無性に鹿児島中央から青森まで新幹線に乗ってみたくなって、連れ合いに「どうか?」と声をかけてみたら、一笑に付された。
価値観が違うようである。

10月13日 (木)    落ち着かない一日

10月になってから毎日やることが多くて、早くも疲れている。
授業が復活して、会議が増えて、学生と関わる時間も増えて、資料を作成する時間も必要で、何かとやることが多い。

エネルギーが保持できるのも午前中である。
お昼ごはんを食べると、その日のエネルギーの70%は消費してしまったような気分である。

今日は授業もなく、打ち合わせがちょろちょろとあるだけなので、机の周りに散らばっている資料を整理したり、来週予定されている特別講義の準備を使用と思っていたが、結局できなかった。
なんだか落ち着かなくて、やはり考え事をするにはまとまった時間がほしい。
このところ最近、バタバタしてたから、まとまった時間をどうやって作ったらよいかを忘れてしまった。

本当はまとまった仕事も、細切れの時間に少しずつできるとよいのであろうが、残念ながらそういう能力はない。
まぁ、できることしかできない と腹をくくるのも一つのやり方であろうとは思うが、もっとできるはず と思う自分がいたりして、これとの調整も悩ましい。

10月12日 (水)    会議でグロッキー

10月に入ってからやたらと会議が増えた。
授業も始まったから、ダブルパンチである。

会議そのものは苦にならないが、苦手なのは、その開催の時間である。
先週から、ほとんど毎日、夕方18時過ぎに会議をやっている。

朝に強い私は夜に弱い。
夕方になると頭はほとんど回らない。

なので、議論が進まなかったり、言わなくてもよいことを言ったり とロクなことはない。
そして帰宅が遅くなるから、疲れる。
夕ごはんの時間も遅くなるから、床につく時間も遅くなる。

朝はどうしても早くに目が覚めるから睡眠不足になる。
そうするとまた頭が働かなくなる。

今日の会議は特にエネルギーを使った。
第三者的に見れば大したことではないのだが、当事者の苦労が身にしみた。

こんな生活を続けていて、負けてしまうか、打ち勝っていくのか、自分で自分に興味がある。
負けるが勝ち というスタンスもある。
というか、負けるようなふりをするのが賢いのかもしれぬ。
熊に襲われたときの対処法であると言われている。

10月11日 (火)   からだの変化

最近、からだが変化したような気がする。
なんとなくという感じである。

年初に悩まされた便通の異常はすっかり解消された。
夜はぐっすり眠れるようになった。
憂鬱な気分をいだくことがなくなった。

よいことである。

その反面、食欲を抑制できなくなった。
いつもお腹が減っている。
そしていつもお菓子を食べている。
お菓子を食べる量が激増した。

体脂肪率が一気に上昇した。
腹部に脂肪が蓄積しているのを実感することができる。

体質というか何かからだが変化したような気がする。
からだの中で何かが起こっているのだろうと思う。

こういうようにからだが語ることには、耳を傾けることが大切であると思う。
日頃からからだの声を聴くことを心がけていれば、大きな病気も早いうちに完治できるのではないかと思う。

10月10日 (月)   体育の日

体育の日がハッピーマンデーの対象祝日になってから、なんだか影が薄くなってしまったような気がするが、体育の日といえばやはり10月10日でないといけない。
1964年の東京オリンピックの開会式が行われた日で、まさに体育の日にふさわしい。
「体育の日」ではなく、「オリンピック記念日」とすれば、10月10日に固定化されていただろうに。
でも「オリンピック記念日」だったら、札幌も長野も祝日にしなければならない。
その二つのオリンピックの開会式に日にちはいつだったか、忘れてしまった。

体育の日だからといって、自分自身がスポーツや運動をするわけではなく、祝日を理由にグータラしていた。
9月から5月にかけては、祝日が多いから、けっこう生活のアクセントになってありがたい。

世の中には、祝日が休日でない人もたくさんいるので、心苦しいとも思う。

今日は午前中は雲がかかっていたが、午後からよい天気になった。
買い物に出かける以外は家にいて、テレビを見たり、本を読んだり、気ままに過ごした。

このところ、会議が夜に設定されていることが多く、帰宅が遅くなるから、身体がしんどい。
季節の変わり目で、なんとなく不調でもある。

明日から本格的に授業が始まる。
ぼちぼちペースを取り戻していくことにする。

10月9日 (日)    遠足

何かと秋は気持ちがよい。
出かけるのも楽しい。

今日は一日、遠足に出かけた。
朝11時に久留米を出発し、日田で3時間、玖珠で30分、湯布院で1時間滞在して、大分の魅力を楽しむというツァーを楽しんだ。

バスではなく、鉄道であるというところが何よりの魅力。
久大本線の景色を楽しみながらの遠足である。

車窓の景色は稲穂がまぶしく、紅葉にはまだ早いが、山々が美しい。

日田では屋形船に乗ってお弁当を食べた。
一昨年の合宿研修でも屋形船に乗って夕食をいただいた。
風情があってよい。

玖珠では豊後森の機関庫跡を尋ねた。
これは最近文化遺産として注目を浴びているらしいが、私は20年くらい前から目をつけていた。

湯布院では、高校生による神楽を楽しんだ。
一昨年の会議の余興で神楽を見て、今年3月の送別会の余興で神楽を見て、そのおもしろさに結構はまっている。

今回の列車によるツァーは、車内でプレゼントあり、行く土地土地で楽しいイベントがあり、何より列車で移動できるというのがとても楽しかった。
ツァー自体は2500円と破格値であったが、久留米に行くのに3000円かかり、屋形船に3000円かかり、列車に乗っているときにはビールを飲みまくっていたから、帰ってきたら結構お金を使っていた。

天候に恵まれたことが一番であった。
楽しい遠足であった。

10月8日 (土)    ポトス

最近、我が家のポトスに元気がなく、しなっとしている。
水が足らないのかと思って、毎日こまめに水をやっているのであるが、一向に改善しない。
私はもともと植物を育てるのがへたくそで、鉢植えの植物はたいていすぐに枯らしてしまう。
切り花は下手をすると翌日にはしおれる。
なので、園芸には興味がない。

このポトスは、前の家から今の家に引っ越すときに葉っぱを1枚だけちぎってきて新しい鉢に植えたもので、残りの大きいやつは引っ越しの時に処分した。
葉っぱ1枚からほそぼそと大きくなってきたが、ときどきへばったりしていて、ときどき土を替えたりしていた。

この前も土を替えたので、それが悪かったのかと思い、鉢をひっくり返して根っこを見たが、腐っているなど不具合はなかった。
おかしいなぁと思いながらまた土をかぶせていたら、なんと、茎がちぎれていた。
これでは枯れるのは当たり前である。
今までよく持ちこたえてきたものである。

驚いて、ちぎれていたところをもう一度ハサミでスカッと切って、植え直した。
うまく根付くとよいなと思う。

観葉植物は、お世話をする人のことを見抜いているのではないかと思うことがある。
こっちが元気だと観葉植物も元気だし、こっちに余裕があると観葉植物は元気である。
反面、忙しくてかまうヒマがないと、弱ってくるし、こっちの元気がないと弱ってくる。

観葉植物は我が身を映す鏡ではないかと思うことがある。

10月7日 (金)    ようやく週末

10月が始まって1週間しか経っていないのに、ものすごく長い時間が過ぎたような週末であった。
今日も朝から来客や打ち合わせ、挙げ句の果ては夜遅くまでの会議 とこの一週間にとどめを刺すような一日だった。

ようやく週末、やれやれ明日からは3連休。
というわけにはいかない。
明日は大学院の入学試験がある。
気が抜けない。

しかしとりあえず一息。
後期は授業は少ないものの、なにかと行事がたくさんあり、あっという間に正月がやってきて、あっという間に終わる。
毎月、祝日があって、小休止ができるから、前期に比べたら少しは楽になりそうである。

と思いつつ、結局毎日今日の一日のように、ばたばたして過ぎていくのだろうなぁと思ったりする。

10月4日 (火)   バタバタの一日

後期が始まったらと思ったら、授業は待ったなし、会議は待ってましたとばっかりに、つぎつぎとやってくる。
学生の履修状況のチェックとか、履修についての相談を受けるとか、学期の始めは何かと慌ただしい。

ただ、後期は比較的楽である。
前期は、1年生が入学したばかりで、何が何だかさっぱりわからないから、本当に手とり、足とりといった感じで対応しなければならない。
後期になると、1年生も慣れるから、それほど手をかけなくてもよい。

とはいえ、いろいろな質問がやってくる。
今年は特に2年生からの質問が多い。
履修方法がこの学年から変わったことが大きな要因であろう。

聞かれたことは、よくわからなかったり、答えに自信がないことが多いから、まずは学務係に問い合わせに行ってもらうことにする。
そして、解決したら、質問をしてきた学生に対応策を尋ねたり、私が自ら学務に出向いて確認をする。

そうすろと、次に聞かれたときに、スムーズに答えることができるし、自分自身にとってもよい勉強となる。

今日はそんな質問がどさっとやってきて、バタバタした。
落ち着くまでもうしばらく時間がかかりそうである。

10月3日 (月)    金木犀のかおり

メインストリートを歩いていたら、どこからとなく、金木犀の爽やかな香りが漂ってきた。
秋が来たなぁと思う。

金木犀はある日突然香りを放つ。
おもわずその香りを味わいたくなって、用事もないのにストリートを歩いてみる。
日頃気に留めていなかった草花を意識することができる。
ときには自然を愛でることも大切である。

金木犀の香りがあまりに素敵なので、枝を一本ちぎって、研究室にもってきて花瓶に挿しても、香りは続かない。

聞いたところによると、金木犀は花が木に咲いているときにしか香りを発しないのだという。
その方がよい。
ちぎってきた枝がいつまでもよい香りを漂わせると、我も我もと金木犀の枝を折って自分の家に持ち帰ってしまい、金木犀の木がなくなってしまう。

10月2日 (日)    いよいよ10月

本当は昨日から10月なのであるが、昨日は先月から2ヶ月かけて合宿に行ってきたので、今日から10月といった気分である。
10月は衣替えの季節で、年度の後半が始まることを意識する。
年度はあと半年だが、今年はあと3ヶ月である。

後期の授業も始まる。
また慌ただしい毎日が始まることだろう。

ただ、前期と比べると、ときどき祝日や正月が入るから、少し楽である。
授業については、コマ数は変わらないものの、受講生の数がどっと減るからこれまた少し楽である。

楽だ楽だ と思っているが、実は気を遣う仕事が目白押しになっていて、そのことを考えると、気持ちも重くなるが、冷静に対処できるように心がけようと思う。
前期はこの仕事を夢中になってやってきたが、少し慣れてきて、少し要領もつかめてきた。
しかし油断しないように、気を張り詰めるときには緊張感をもって仕事を進めていこうと思う。

10月1日 (土)     合宿研修2日目

マリンカルチャーセンターで1泊して今日は合宿研修の二日目になった。
よく眠れた。
わがままを言って、1人だけ個室を用意してもらった。
旅館に泊まったような気分であった。
それでも部屋にいるときには、何かトラブルがおこりはしないかと冷や冷やしながら、持ちこんだ仕事をしていた。

2日目も魚三昧。
午前中に魚の裁き方の講習会。
学生の手つきを見ていたら、多くの学生が魚をおろすのは初めてといった様子であった。

自分たちでさばいた魚は、工場で干物にしていただいて、後日届けていただけることになっている。
自分がさばいた魚が干物になるなんていうことになると、その魚に愛着を感じることだろう。

午後はその干物工場の見学。
食品工場の衛生確保にどれだけの神経を使っているかを実感してもらえればよいと思う。

行事は無事終了して、大学に戻ってきた。
トラブルがなかったことが何よりであった。

今回は「食」がテーマ。
日頃なかなか経験できない体験ができて、まさに「体験実習」にふさわしい充実した2日間を過ごす事ができた。

9月30日 (金)    合宿研修1日目

生活分野1年生から4年生まで全員揃って合宿研修に出かけた。
2年に一度の活動である。

今回のテーマは「食」。それも魚が中心である。
県南の佐伯市蒲江の大分県マリンカルチャーセンターを拠点として、県南地方の郷土料理の調査、ブリの調理、講演会、干物の加工実習と工場見学 など、今話題になっている「食育」をテーマとした。

それに加えて、学生同士の交流を深めるという目的もある。
日頃同じ学年の中では交流があるが、学年を超えての交流は少ない。

合宿が始まるまでは、遅刻する学生がいるのではないかとか、途中でリタイアする学生がいるのではないかとか、講演会で居眠りをする学生がいるのではないかとか とにかくいろいろと心配したが、すべては杞憂に終わった。
学生にはきちんと言えば、きちんとやれるということがよくわかった。
日頃からきちんと言うことが必要である。

初日の昼食は郷土料理。
魚を中心としたメニューはすべて地元の方々による手作りで、郷土料理の魅力とその伝承の大切さを感じる活動であった。

午後はまず、体育館でスポーツ大会。
綱引きとバレーボールは盛り上がっていた。
4年生が優勝したと聞いて、そのパワーに驚いた。

講演会は大分県の漁業について熱いお話を伺った。
学生は熱心にメモをとり、活発に質問をしていた。
日頃の授業では聞くことができない貴重な話を伺うことができた。

夕方はブリの調理。
こんな大きな魚をさばくというのは、初めての学生が多く、水産会社の方のご指導を受けて刺身を引いた。
スーパーに行くと、さりげなく刺身が売られているが、簡単にあんなに切れるものではない。

夜はさばいたブリを中心に夕食。その後自由時間のあと、夏の仕上げで花火大会を行った。
夜は大騒ぎをするのではないかと期待と不安を抱いていたが、以外にもみんな真面目で、疲れたのか、早めに眠ってしまったようだ。

初日はよい合宿であった。

9月29日 (木)    教育実習

3年生が教育実習に出向いていて、研究授業をするというので、附属中学校に行ってきた。
附属学校に出向いて学生の指導をしたり、教科の先生と打ち合わせをすることは、私たち大学教員にとって重要な仕事の一つであるが、私はどうしても優先順位が下がる。
時間のやりくりがつくときには出かけようと心がけ、今日は午後の会議を少し遅らせてもらって出かけていった。

日頃学生の姿は、講義の席で座っていることとゼミで実験をやっているところしか見ない。
なので、学生がきちっとした姿で、教壇に立って授業をしている姿を見ると、凛々しくたくましく、ことばは悪いが別人のように見える。
大学にいるときの姿は家にいるときの普段の姿、附属学校での姿はよそ行きの姿といった感じである。

外での姿は堂々として立派なものである。
大学の中では頼りないかなぁ、大丈夫かなぁ と心配することが多いが、どうしてどうして。
外に出ればきちんとできるのである。

ゼミの学生も就職活動など、私が知らない世界があるのだろうが、こうして立派にやっていることだろう。

教育実習の指導に出かけて、学生のよい一面を見ることができるのはうれしい。
学生が外に出かけていったときに、よい姿を見せられるようにするためには、日頃大学で学生たちにどのように接していけばよいかを改めて考えなければならないなぁと思う。

9月28日 (水)    ビヤガーデン

夏も終わった。
夏休みも終わる。

夏の締めとして、ビヤガーデンに誘っていただいた。
Hさんからである。
今年はビヤガーデンに5回行ったが、そのうち4回はHさんにおつきあいしていただいている。
いつもありがとうございます。

今日のメンバーはユニークであった。
友だちの友だちは友だちという感覚であった。

Hさんの職場の後輩の方を誘っていただいたら、この方の大学の先輩が教育福祉科学部の教員ということがわかって、この先生を誘った。
4人がぐるぐるとつながっている。
もう一人、Hさんも私も仕事で接点のあるKさんにも来ていただいた。

このように、みんながいろいろな接点をもっていると、いろいろな話題で盛り上がることができる。
おかげで楽しいひとときを過ごした。

夏の締めとしてのビヤガーデンであったが、こういうメンバーでまた機会を作ってわいわいできればよいなぁと思う。
いろいろな仕事をしている人と話をすると、いろいろと新しい発見がある。

9月27日 (火)   滞るつれづれ日記

9月の中頃から、毎日なんだか慌ただしく、つれづれ日記を書く時間を確保できない日が続いている。
確保できないというより、確保しないと言った方がよいかもしれない。

日記を書くことがいやになったわけではなく、なんとなく書かないだけである。

なので、9月27日 と書きながら、本当は10月に入っている。
日記も時間が経つと、その日に何をやったかまったく思い出すことができなくて、手帳を見てみる。
そうするとその日のことを思い出す。
何でも記録にとっておくことはよい。

今日も会議で明け暮れたような一日であった。
午前中の長丁場の会議は、適度な緊張感があり、最初から最後まで意識は明瞭であった。
この会議の難点は、休憩がないからトイレに行くことができない。
我慢ができなくなると、中座してトイレに行く。

午後からの会議は、昼食後であることと、テーマがさっぱりわからないことだから、ついつい意識がどこかに行ってしまう。
いかんいかんと思いながら会議を終えた。

つれづれ日記をときどき読み返してみる。
この9月の日記はぼけていた。

ある日の出来事が一週間後にまったく同じように書いてあった。
いつもこの日記を書くときには、前の週のものをコピーしてきて、フォーマットを整えて、そこに上書きをするというやり方にしている。

書くことが滞っているから、その日は、まとめて書く中で、途中で他ごとなどをやっているうちに、コピーした状態で止まっていることに気がつかなかったのだろう。
何はともあれ、早く今日の一日のことをかけるように挽回しなくては・・・・。