5月31日 (火)   車窓の向こう側

先週ここに書いたように、通勤時間に本を読まなくなった。
そこで何をしているかというと、目を閉じて疲れをとっているか、考え事をする。

帰りに列車は進行方向に向かって右側に席を取る。
それも窓側。

列車が滝尾駅に入る。
滝尾駅では上り列車と行き違いをする。

窓越しに乗客の顔が見える。

夕方の早い時間だと、女子高生が楽しそうにおしゃべりをしていたり、若い人がケータイとにらめっこしている。
夜がちょっと遅くなると、サラリーマンが疲れた顔をして目を閉じている。
もっと遅いと、顔を赤らめた人がいる。

車窓の向こう側を見ていると、みんな今日一日お疲れさま と思う。
人それぞれに今日はどんな1日を過ごしたのだろうか。
これから家に帰ってどんな時間を過ごすのだろうか。

車窓の向こう側を見て思ったことをそのまま自分に問い返してみる。

今日も疲れたねぇ。
忙しかったけれど、みんなのおかげでよい仕事ができたねぇ。
お疲れさまでした。

5月30日 (月)    イベリコ豚

スペインで飼育されている黒豚で「イベリコ豚」と呼ばれている豚肉がある。
ドングリをエサにしているので、肉にはオレイン酸が多く、美味であるとのことである。

デパートに行ったら、そのイベリコ豚のスライスが売られていた。
100g598円とあった。
いつも買う豚肉の6倍の値段である。

ふと魔が差したというか、150g入りのモノを1パック買い求めた。
「冷しゃぶに」と書いてあった。

それを今日の夕飯で食べることにした。
包装を開けてみて驚いた。
何とも美しい模様である。



そしてまた次に驚いたことには、1枚1枚が薄い。
よくもまぁこんなに薄く切れたモノだと感心する。

さらに、5枚ごとに丁寧にセロハンで包んである。
すなわち、上の写真が3つあって、全部で15枚あった。
1枚当たり約10gである。

これを冷しゃぶにしてみた。



これに自分で作ったごまだれをかけていただいた。

柔らかく、脂肪がなめらかでとても美味。
くどくなくて、いくらでも食べられる。

豚肉を毎回イベリコ豚にするなどという贅沢は言わないが、せめて年に1度くらいは食べてみたいものだ。

5月29日 (日)    おばさん

台風2号が近づいてきて、朝から雨と風が強かった。
それにもめげずに、週末恒例、開店と同時にデパートに出向いた。
目指すはデパ地下。
食品売り場である。
割引シールの商品がお目当てである。

この時間帯に行くと、お客さんの大半はおばさんかおばあさんである。
若い家族連れはほとんど見ない。
おばさんの中に私のような中年のおじさんは少し浮いているような気もする。

今日は台風のせいだろう、おばさんが少なかった。

おばさんにはいつも悩まされる。

私が商品を吟味していると、横から興味深そうに割り込んできて、私が見ている商品にケチをつけて立ち去る。
レジに並んでいると、反対の方向から並んで、チェッカーの人にたしなめられている。
財布から小銭をじゃらじゃらと出して、会計にやたら時間を食う。

最近、最もやられた!と思ったおばさんは、
開店1分前のスーパーで、私より、2秒早く店に入り、スイーツコーナーに一直線。
一つだけあったロールケーキをさっとカゴに入れ、その後精肉売り場へ。
ロールケーキをとられて悔しい思いをしながら私も精肉売り場へ。
なんとなくいやな予感がしていたら、おばさんは売り場に並んでいた特売のバラ肉のすべてをカゴに入れようとする。
私は急いでひったくるようにして、ようやく1つだけ手に入れることができた。

買い物の敵はおばさんである。

5月28日 (土)     ペアルック

夕方、デパートに行った。
エスカレータに乗ったら、前に3歳くらいの男の子と、おかあさんがいた。
よく見るとペアルックである。
ちょっと派手目のデザインと派手目の色であったが、とてもお似合いであった。
思わす「かわい〜」と言ってしまった。

おかあさんは、まだ若く、自分がまだ遊びたい盛りのような感じで、髪の毛のスタイルとか、お化粧なんかも結構派手であったが、このおかあさん、いいなぁと思う。
息子とペアルックを楽しむことができるというのは、本当に自分の子どもがかわいいのだろう。
小さい頃の母親の愛情はとても大切である。

まことに微笑ましい。
この親子はきっとよい人生をおくることだろう。

5月27日 (金)    会議

大学の教員という立場から、外部の会議に委員として招請されることがある。
そんな会議はいろいろな立場の人がいろいろな観点から意見を述べるので、たいへんに勉強になる。
そんな見方があったのかとか、この考え方は学生指導に役立つな とかいろいろと勉強になる。

そもそも大学などというところにいると、「井の中の蛙」といわれるように、極めて視野が狭くなる。
視野を広くするという意味からも、外部の会議は本当にありがたい。
よい刺激になる。

このように私にとっては非常にありがたいのであるが、はたして私はその会議で有用な発言をしているのだろうかとたいへん不安になる。
大学教員という立場からは、多少、異なった観点から発言をしているつもりではあるが、議論の本筋から外れたことを言ってやしないかと心配になる。
それに、私は会議になると、結構言いたいことを柔らかくないことばでじゃんじゃんしゃべるので、「こんちきしょう」と思っていらっしゃる出席者もいるのではないかと危惧している。

不安になったり、心配したりと気にし出せばキリがないが、これが自分のカラーだと主張するのも一つの方法かと思う。
それが会議にマッチすればたお声がかかるだろうし、会議の筋に合わなければ声がかからなくなるだろう。

5月26日 (木)    目薬

目が疲れやすく、つらい。
根底となる原因がどこにあるかは別として、モノが見えにくくなり、眼が乾いて痛い。
眼を開いていられなくなる。

そこで最近愛用しているのが目薬である。
これまでの人生の中で目薬を真剣に使ったことはなかった。
なので、ときどき目薬を買ってきたりしても、使い切ったことはなかったし、そもそも目薬を使ってもその効果を感じ取ることができなかった。

どころが、最近は、目が疲れたなと思ったときに、ちょっと目薬を差すととても気持ちがよい。
目薬にもいろいろあって、しみるモノ、しみないモノ。
色のついているモノ、いないモノ。
高価なモノ、安価なモノ。
選択肢を挙げたらきりがない。

目薬はもともとそんなに高くないから、ドラッグストアでいろいろと買ってきて試してみた。
その結果、一番安価なモノがよいという結論に達した。

成分を見ると、何の変哲もなく、塩と塩化カリウムがほんのちょびっと溶けているだけのモノである。
原価は限りなく0円に近い。
しかし、容器とか、殺菌などはデリケートなモノであるから、自分でつくるというわけにはいかない。

その目薬は「涙の成分」ということで、しみない。
包装もコンパクトなので、すぐに使い切ることができる。
価格も一番安い。

最近手放すことができない一品である。

5月25日 (水)    哀れなあさり

あさりがうまいシーズンになった。
潮干狩りも楽しい。

日曜日にスーパーマーケットに行ったら、大粒のあさりがちょうど適量パックに入って安く売られていたので、一パック買ってきた。
冷蔵庫の中に入れておいたが、そろそろ食べようと思った。
どうやって食べようかと思案したが、結局手っ取り早いのとうまいので、あさりの酒蒸しにすることにした。

冷蔵庫からあさりのはいったパックを取り出し、ラップをめくり、あさりをとりだしてボウルに入れ、真水でごしごしと洗ってからあさりをフライパンの上にのせた。
そのあとで野菜炒めなどを作ったので、しばらくの間、あさりはフライパンの上にあった。

それではあさりの酒蒸しを作りましょうかねぇ と酒瓶を片手にフライパンを見ると、あさりが気持ちよさそうに、目一杯足(足ではないが)を出して、思いっきり寛いでいる様子であった。
冷たい冷蔵庫にずっといたあさりは、暖かいところに出されてよほど気持ちがよかったのだろう。

呑気なあさりだ。
これから自分の身に振りかぶってくることなどまったく理解していない。

「気持ちよさそうにしているのにごめんなさいねぇー」とあさりに一声かけて、容赦なく酒を振りかけ、フライパンにフタをして着火。
待つこと3分間。
あさりは昇天して、ぱっくりと口を開けていた。

皿に盛って見たら、どのあさりも身がしっかり詰まっていて、とてもうまそうであった。
食べたらとてもうまかった。

あさりさん、ごめんなさい。
でもうまかった。

5月24日 (火)   通勤の時間

最近読書にかける時間が激減している。
普通の日の夜に本を読むことがほとんどない。

しかしこのことの大きな要因は別にある。
帰りの列車の中で本を読むことができなくなってしまったのである。

揺れる列車の中で細かい字を追うことがつらくなってきた。
要するに目が見えにくくなったということである。
これは痛手である。

この前も雑誌を見ていたら、通勤時間に何をするかという調査結果があった。
「何もしない」というのが多かったが、「読書」も多かった。

若い頃は、というかつい最近までは通勤時間に何もしないとはもったいない と思っていた。
しかし最近は何もしない。
目を閉じてじっとしている。
そうしないと身体がもたないのである。
じっとしていることによって身体と頭を休めて、クールダウンして家にたどり着くのである。

「何もしない」からといって、通勤時間を無駄にしているわけではない。
疲労回復の時間に充てているのである。

現象から判断すれば「何もしない」と見えることにも大きな意義があるのである。
だがやっぱりもったいない。
本を読みたい。

5月23日 (月)    メール

最近、電子メールを送ったり送られたりすることが増えた。
1日のうちでかなりの時間をメールのやりとりに費やしている。

ある案件が届くと、これをだれかにお願いするためにメールを打つ。
しばらくすると、「OKです」というありがたい返事がやってくる。
それからお礼のメールを打つ。
そして、案件の送り主に結果をメールする。

すなわち、一つの案件について3回メールを送ることになる。

メールにはメリットもデメリットもあるが、確かに便利ではある。
メールがなければ、電話で連絡をしなければならない。
電話をかけたとき、相手が電話に出る確率は50%に満たないという印象である。
用件を手紙で書くとすると、時間ばかりかかる。
返事が届くのも遅い。

最近、いろいろな方からメールをいただくようになったが、それぞれの流儀があって誠に興味深い。
その中には「なるほど!」と思うものがあって、よいところはどんどん取り入れていきたいと思っている。

メールにかかわる時間が長くなってから、眼の疲れと肩こりが激しくなったような気がする。
便利さを享受するためには、いくらかの犠牲があることはいたしかたない。

5月22日 (日)    アラーム

家でもいろいろな機器があって、家事の省力化に貢献している。
我が家でも洗濯機、食器洗浄機、電子レンジなどを毎日使っている。

これらには、作業が終わるとアラームが鳴って知らせてくれる。
なので非常に都合がよい。

スイッチを入れておいて、あとはインターネットなどを見ていたらよい。
仕上がったら知らせてくれる。

夜、食器を洗って乾燥モードにしてスイッチを入れ、シャワーを浴びながら洗濯機を動かした。
そのあと、電子レンジでちょっとだけラスクを作った。

しばらくしてから、まさに偶然のことであるが、これら3つのアラームが同時に鳴った。
非常に気分がよい。
逆に気分がよくないのは、一つ鳴って、それを片付けてやれやれと思ったら次が鳴って、それが一段落したらもう一つ鳴るというパターンである。

アラームは普通、単純な電子音で知らせてくれるが、ときどきお茶目なアラームがあって、研究室にある遠心分離器は、作業が終わったら、その会社のテーマソングが鳴る。
これもまた楽しい。

5月21日 (土)     下着

最近何かにつけて「機能性」がウリになっている。
消費者が何らかの付加価値がついたものを求めるようになっているのだろう。
何にも取り柄がないけれど安い というものより、少し高くても少しよいもの を求める心理が働くのだろう。

少し前から、冬に暖かい下着が売り出され、この冬試してみたらこれが結構快適だった。
これから夏に向けて暑くなるが、汗をかいてもすぐにさらっとするという機能があるTシャツがあることを知った。

そういうことなら1回試してみましょうと思い、買ってきて早速着てみた。
まだまだ汗をかくというほどではないから、さっぱりするかどうかははっきりしないが、着心地はよい。
早く汗をかきたいような、やっぱりかきたくないような複雑な気分。

5月20日 (金)    あれだから

出張の移動で地下鉄に乗っていたら、中年 というよりは初老の女性が2人乗ってきた。
会話をしていた。大きな声で。
聞こうと耳をそばだてなくても聞こえてきた。

聞こうと思わなくても何気なく聞こえてくるからどんなことを話しているかと思ったら、
「あれだから」
「そんなことするとあれだ」
「あれがこうだったからねぇ」

いったい何があれなのかさっぱりわからない。
第三者はさっぱりわからないが、2人の間では共通の理解があるようで、会話が成立している。
まるで外国語を聞いているようである。
あるいは人間のことばではないのかもしれない。
いや、なんでもかんでも「あれ」で理解できるとは、初老の女性は極めて優れた頭脳の持ち主かもしれない。

「オレオレ詐欺」というのがあるが、「あれあれことば」なるものがここには存在している。
両者に共通点は全くない。

5月19日 (木)    ボディーローション

この冬、皮膚が乾燥してかゆくなり、不快な思いをした。
そのときに保湿と思ってボディーローションを使うようになったら、肌がしっとりとして調子がよかった。
以来、ボディーローションがやみつきになり、朝晩のシャワーのあとに身体に塗るのが習慣になった。

いろいろなタイプがあって、香りがきついのは好まないが、ほのかに香るものは気分が落ち着くし、クーリング作用があるものはすっきりする。
それに加えて、特に夜は、身体に対して「今日もお疲れさまでした。ありがとう。」と声を掛けながらローションを塗ってやると、なんだか身体が喜んでいるような気がする。

これまでは、家にあるものを使ってきた。
ホテルに宿泊したときに持って帰ったものとか、福袋に入っていたものとか、サービスでもらったものなどである。
それがついに底をついてしまい、最後の1本になってしまった。

次に何を買おうかと、インターネットを調べたり、お店を覗いてみたら、ボディーローションは以外に高い。
どこかに安くとよいものはないかと思い、学生に尋ねたら、早速いろんな種類のものを勧めてくれた。
早速買いに行こうと思う。

中年のおっさんにボディローションは似合わないが、似合おうと似合わないと、本人は快適なのだからこれからもボディローションを愛用するつもりである。

5月18日 (水)    無題

連休が終わってまだ2週間も経っていないのに、かなりまいった。
これが原因!というはっきりしたものはなく、要するに毎日疲れを取り去ることができずに翌日に持ち越し、また翌日に持ち越しという具合である。
週末になって疲労がピークになるのは理解できるが、週の前半からバテてしまうのはいただけない。

もう少し生活にメリハリをつけることが必要であると思う。
疲れた身体と疲れた頭ではよいアイディアも浮かばないし、ミスはするし、能率は上がらない。

なので、週の半ばに、1回リフレッシュできる時間をもつことがよいのではないかと思う。
水曜日あたりに、できれば火曜日がよいが、ちょっとそういう時間をとってみようかと思う。

今週もまだ木曜日、金曜日とある。
週末までもたないと思いつつ、今日も結局帰宅が遅くなった。

5月17日 (火)   くたびれた

今日は授業が一コマあって、打ち合わせを少しした以外には決められた仕事がなかったのだが、やたら疲れた。
夕方になったら、気力も湧かず、肩はバンバンに張って、足もしびれかけて、頭も回らず、疲労困憊だった。
帰る気力も体力もなく、ようやく家に帰るという有様であった。

家に帰るや否や、畳の上にひっくり返ってしばらく休んでいたら、少し楽になったが、家の仕事もままならず、かろうじてゴミをまとめて、炊飯の準備をした。
あとはシャワーを浴びてすぐに床に入った。

テレビも見ず、ネットも少し見るだけで、お酒も缶ビール1本のみであった。

ときどきこうやってどっと疲れる日がある。
理由は定かではない。

緊張感が少しゆるんだ日にこうなることが多いような気がする。
それはそれでよいのだろうと思う。

疲れを感じるから身体と頭を休めることができるのであって、疲れを感じることなく毎日をすごしていたら、どっかで爆発してしまうのではなかろうか。

ということで、今日はパッとしない1日であった。

5月16日 (月)    スプーン爪

両側の親指と人差し指の爪の中央がへこんで、外向きに反りくりかえっている。
いわゆる「スプーン爪」というやつである。
併せて爪が脆くなっている。

鉄欠乏性貧血が原因であるとよく言われる。
私はもともとヘモグロビン値やヘマトクリット値が低いので、貧血気味ではあるが、正しい貧血にはあたらない。
血液検査をしても、医師は特にコメントしない。

以前、鉄剤の静注によって低値を改善しようと試みたことがあったが、改善しなかった。
ヘム鉄のサプリメントも摂っている。
それでも低値は改善しない。
改善しないが、悪化もしない。

なので、これは体質なんだろうと思っている。

そうすると、スプーン爪の理由がわからなくなる。
理由がわからないのは不安である。
なんでも理由があると安心するものである。

少し調べてみたが、鉄欠乏性貧血のほかには、甲状腺機能亢進症などが挙げられていた。
これもあまり当てはまらないような気がする。

ということでスプーン爪の理由はやはり不明。
日常生活に特に差し支えがあるわけではないから、困らないといえば困らないが、何か重大な病気があるのではないかとやっぱり不安。

5月15日 (日)    東京

大分にいると3月の大震災のことをあまり実感できないが、東京に出向いて、改めて震災の影響を感じた。

梅木さんが発表している最中に余震がやってきた。
梅木さんは目眩がしたのかと思ったそうだが、座って聞いている方は揺れることを実感した。
こういうのがしょっちゅうやってくるというのはあまり気持ちがよいものではない。

駅の構内がとても暗かった。
おやっと思って天井を見たら、蛍光灯の半分くらいは点灯していなかった。
それでも歩くのに困るほどではなかったから、今までが明るすぎたのだろう。
ただ、照明が暗いと心もなんとなく暗くなるような気がした。

エスカレータの半分くらいが休止していた。
全面的に止まっているわけではなかったから気にはならなかった。

コンビニのネオンが消えていた。
なので、どこにコンビニがあるか最初はわからなかったが、慣れたら遠くからでもそこにコンビニがあるということはなんとなく雰囲気でわかるようになった。
なので不自由はしなかった。

こうしてみると、世の中に我慢できることはいっぱいあるなと思ったが、何がどれだけ我慢できるかがわからない。
一回我慢してみてこれはできる、これはできない と判断するのがよいかと思う。
それも自分自身だけのことであればよいのであるが、価値観の異なる人々が集まる環境では我慢の程度も異なるから、すりあわせることがむずかしいだろう。

私にできることといえば、わがままを言うことをほどほどにしておくということくらいである。
これも塩梅がむずかしい。
本当に困ることは訴えたいが、自分では困っていると思っていることも、相手がわがままなことだと解釈したらそれまでである。

人間は他人とかかわることで生きているのであるが、他人とかかわることでストレスを感じたりするからやっかいなものである。

「東京」という話題が最後は人間関係のストレスという方向になってしまった。
支離滅裂・・・。

5月14日 (土)     第65回日本栄養・食糧学会大会

第65回日本栄養・食糧学会大会が東京お茶の水女子大学にて開催された。
3月に大震災があり、開催が危ぶまれたが、無事に始まった。

特別講演や教育講演、それに一般講演などを聴講し、実験機器や書籍の展示を見て回った。
限られた時間ではあったが、有意義なひとときを過ごすことができた。

学会では、全国から仲間がやってくるので、このときに交流を深めることができる。
「忙しい?」というのが合い言葉になっている。
研究に忙しい人、学部運営に忙しい人、両方忙しい人、みんな忙しい。
仕事をしなくて研究をしていなければ学会などへは来ないだろうから、忙しいのは当然かもしれない。

一般講演では、日頃の研究室の成果を梅木さんが発表した。
企業との共同研究であり、他大学の研究者との共同研究でもある。。
ネットーワークを活かして、得意なところを分担して研究を行うと、スケールの大きなものに仕上がる。
今年もこうして発表ができたことに感謝している。
本当に、梅木さん始め、みなさま方にはありがとうございます。

特別講演はコレステロールと動脈硬化について。
教育講演は減塩についての話を聴いた。

血液検査で血液中のコレステロールの量を測定するが、この値は、病状を示しているのではなく、栄養状態を示しているのだ という演者の話に興味を惹かれた。
減塩の話は理解はできるが、納得がいかない点があった。

短い時間ではあったが、よい勉強ができて、貴重なひとときであった。
週があけたらまた教育・研究に励むことにする。

5月13日 (金)    39年前

39年前の昭和47年5月13日も金曜日であった。
私は中学3年生で、13日から2泊3日の日程で、東京、箱根、富士山の修学旅行に行った。

行きは東京まで、臨時列車で6時間かけて行った。
その年の、たしか15日だったと思うが、沖縄が日本に返還される日だったので、国会議事堂付近は万一事故があってはならぬということで、見学から外れた。
バスの車窓から東大の赤門を見たことを覚えている。
赤門のそばの旅館に宿泊したのだろう。

今日から東京での学会。
39年前とは目的が異なるが、同じ日に東京に出向くというのは感慨深いものがある。
それにしても39年はあっという間に経ってしまったような気がする。

5月12日 (木)    料理と実験

料理をすることと実験をすることはよく似ているといわれる。
実験が得意な人は料理をするのもうまいといわれている。

得意不得意と好き嫌いは別の時限の話であって、つまり、私などは最近は実験をするのがつらくなって、自ら手を動かすのは嫌いという範疇に入っている。
その理由は目が見えないことと、ピペットなどをもっていると、無駄に肩が凝るからである。
立ちっぱなしもつらい。

それに引き換え、料理をすることは今のところ楽しい。

実験と料理の好き嫌いの差はどこにあるのかと考えてみた。

実験は何より正確さを要求される。
正確な操作をすることはもちろんのことではあるが、同時に迅速さも要求される。
そして、手法は正確なマニュアルに従って行わなければならない。

これに対して、料理はアバウトでよい。
材料の大きさなど適当だし、加熱時間も味付けもすべて適当。
手際よくやれば短時間でできるが、短時間でできたからおいしくなるとかなら短時間の価値もあるが、長い時間がかかったとしてもおいしさにはあまり関係がない。
むしろビールを飲みながらつまみ食いをしながらゆっくりと料理をするのは楽しい。

このように、料理はいろんなことにうるさくない。
なので楽しいのである。
うるさい他人もいるが、それは無視をする。

しかしこれも見方を考えると、実験は仕事、料理は趣味 だからかもしれない。
趣味が苦痛になったら困る。

5月11日 (水)    会議

定例の会議があった。
大勢の前で報告して、意見を聴取しなければならない。
朝から緊張していた。

4月の会議は訳がわからないうちに終わって、やれやれと思ったらもう5月の会議である。
本当に息つく暇がない。

報告までの間、スライドや資料の確認をしていたら、やっぱり誤りを見つけてしまった。
よくよく確認したつもりでも完璧ではない。

今日は議事が紛糾して長引き、かなり遅くなってからの報告であった。
おかげで、といっては失礼だが、手短に報告して手短に意見が出て、さっと終わることができた。

この会議が終わるとやれやれと思う。
と思っているとすぐに6月がやってくる。

5月10日 (火)   往年のアイドル

最近のテレビ番組で、80年代のヒット曲を取り上げているものが目につくようになってきた。
この頃のJ−POPは大好きだったし、今でも好きだから、こういう番組を見てしまう。

この前も、岩崎良美、荻野目洋子、浅香唯 ともうひとり(忘れた)の4人が出ていた。
懐かしい唄を歌っていた。

懐かしいなぁとは思いつつ、違和感を感じた。
それは、上記のアイドルが、今の姿で当時の唄を歌ったのである。

目を閉じて聞けば、声は昔のままである。
自分が若かった頃のことを思い出し、ちょっと幸せな気分になる。

目を開けて画面を見ると、往年のアイドルはみんな中年のおばさんである。
一般市民よりは若く見えるが、昔の姿ではない。

あのアイドルたちも、こんなに歳をとったんだということをいやでも実感させられる。
ということは、この自分も同じだけの歳を重ねたということである。

現実の姿を目の当たりにしながら、若い頃の思い出に浸るのには無理がある。
なので、往年のアイドルはいつまでも歳をとらずに往年のアイドルのままでいてほしい。
何十年も経ってから見たいとは思わない。

アイドルをやめて、その後も女優などで活躍し、徐々に歳を重ねていく人は変化が穏やかなのでついていけるが、アイドルがいきなり中年のおばさんではギャップが大きすぎる。
アイドルはかわいらしい当時の姿を大切にしておきたい。

もちろん、違う考え方もあって、往年のアイドルが、歳を重ねても昔と変わらぬ歌声でがんばっているのだから、あなたが歳を重ねることは何も恥ずかしくないし、つらいことはないのよ という趣旨であると考えられなくもない。

やっぱり私はそういう気持ちにはなれない。

アイドルの昔の姿を見て、自分の青春時代にタイムトリップし、そこを出発点としてその後の自分の人生を振り返ることによって、今の自分があることに感謝をしたい。

5月9日 (月)    連休明け

このところ、毎日のように休日のことを書いている。
よほど休日が好きなようである。
よほど毎日休んで遊んで暮らしたいようである。

いつまでも休みが続くといいなぁと思う反面、そうも言ってられないと思って、いつもの週が始まった。
幸い身体を十分に休めることができたから、いつもの週明けの疲労感は少なかった。

今日は暑かった。
真夏日にはならなかったが、蒸し暑かった。
最近、気温の変化が激しいから、体調を崩している人がたくさんいる。

久しぶりにHさんに仕事の用事で電話をしたら、声が鼻声で沈んでいたので、「どうしましたか?」と尋ねたら、連休中はかぜでダウンしていたとのこと。
相当つらそうだった。
日頃の疲れが一度に出たのだと思う。
どうか大事にしてください。無理されませんように。

会議に出たら、I先生がものすごいかすれ声だった。
というより、声が出ない。
これもたいへん。

今日は夜遅くまで会議があって、くたびれた。
帰ったらすぐ眠ろうと思ったが、興奮冷めやらず、なかなか寝付けなかった。
コーヒーを飲むのはやめておいたが、あまり効果はなかった。

5月8日 (日)    快食・快眠・快便

中学2年生のときの学級担任が、夏休みを前に、「夏休みの目標は快食・快眠・快便にしましょう」と意気揚々と話をしたことを今でも覚えている。
そんな頃は毎日快食・快眠・快便だったから、何を言うのかと思っていたが、最近これらがとても重要であると思う。
思い出してみると、このスローガンは、生徒に向けて発信したのではなく、中年の担任自身が心がけたかったのだろう。

今の私の生活を振り返ってみると、まず「快食」については、ほぼよいかなと思う。
「快食」というよりは、「悦食」になっているかもしれない。
食べることとそれに関連することに大きな楽しみを見出している。
お菓子を食べるときは特に至福のときである。

「快眠」
なかなかそういう日がない。
加齢とともに眠りが浅くなり、早起きになるというが、まさにその状況である。
夜にコーヒーを飲む習慣を作ってしまったからよくないのかもしれない。
夜コーヒーを飲んでケーキを食べるというのは、1日の仕上げにとても大切なことであると認識している。
本当は、ホットミルクなどを飲むのがよいと思う。

「快便」
年始のことを思うとよくなったが、まだまだ「快便」とはいかない。
加齢とともに、筋肉の力が衰えて、腸の蠕動運動が不活発になったせいだろうと思う。
せいぜい身体を動かして、「快便」をもたらそうと思うが、最近は歩く速度も遅くなった。

気持ちよく食べることも、気持ちよく眠ることも、気持ちよく排便することも歳とともにだんだん難しくなってくる。

5月7日 (土)     経済新聞

土曜日の楽しみの一つに経済新聞がある。
近くのコンビニに行って買ってくる。

土曜日は別冊がついていて、これがおもしろいので、土曜日のみ読むことにしている。
もちろん、本編の方もおもしろいから、1面から最終面まで、じっくりと読む。

特に食べ物や生活用品の値上げについての記事に目が留まる。
また小麦粉が値上がりするからパンが高くなるだろうとか、ガソリン価格が下がったとか、1週間に一度だけでも経済情報を見ることはいろんな面で役に立つ。

しかし、毎日読もうとは思わない。
経済新聞を読むのには気合いがいる。
時間もいる。

仕事の基本が経済にあるわけではないから、仕事のために読む必要性は小さい。

5月6日 (金)    みんな真面目

連休の谷間である。
休み癖がついてしまって、朝、床をあげるのがつらかった。
今年は、遠くに出かける予定を立てなかったから、出勤はカレンダー通り。
連休で帰省していた次男坊も今日は仕事だと言って張り切っていた。

今日は授業がないので、かなり気楽である。
午前中は、前々からのびのびになっていた研究打ち合わせをした。
連休が明けて、学会が終わったら、また研究活動に勤しむことにする。

久しぶりにまとまって考える時間をとることができたので、いろいろなことを考えて、いろんな人にメールを送った。
8人送った。
返事は連休あけて少し落ち着いた頃でいいやと思っていた。

そうしたら、全員から即返事が届いた。
メールの返事を受けて別の人に電話をしたら、即刻話が通じた。

みんな連休というのにどうしてこんなに真面目なんだろう。
せっかくだから、月曜日と金曜日を休みにして10連休にしてゆっくりするとか、旅行に行って研鑽するとかすればよいのにと思ったりする。
自分はなぜしないかというと、特に理由はなかったから。
意外にみんな3連休がちょっとあれば満足しているのかもしれない。

講義室を覗いて見れば、いつも通りの授業。
学生もたくさん集まっているからこれまた真面目である。

5月のゴールデンウィークまで、毎月祝日があって、休みが多い。
そんなに休んでもよいのかなぁとふと思う。
だが、休日には仕事をしたくないと思う。

やっぱり私は不真面目で、みんなは真面目。

5月5日 (木)    ショッピングモール

今日は天気もよく、といって天気には関係ないが、しばらくぶりに大きなショッピングモールに出かけてみた。
この前は去年の3月か4月に食事に行っただけなので、モールを楽しむことはできなかった。
なので、モールに行くのは何年かぶりのことである。

そこには、こだわりの酒屋があったから、そこを訪ねてみたかった。
それに、9周年のイベントがあるということで立派な折り込みチラシがあり、それに惹かれた。
こういう人がいるから、チラシの効果は高いのであろう。

ぶらぶらと散策したら、楽しかった。
まずはフードコート。
昔遊びに行ったことのあるカナダのモールの雰囲気であった。
カナダでは、リタイアした人たちがのんびりすごしている姿を見て、なんとなくあこがれた。
一度、朝からフードコートに繰り出して、気の向くままにコーヒーを飲み、ラーメンを食べて、ぼーっとして、またお腹が空いたらクレープを食べて、夜は中華どんぶりを食べて帰ってくる という1日を過ごしてみたいとふと思う。
そうしたら文庫本をたくさん読むことができるだろう。

ショッピングモールも見ていて楽しかった。
服や雑貨のお店が多かった。
必要と思うものはないが、見ていて楽しい。

一番楽しかったのは、食材の専門店。
福岡に1軒、いろいろな食材を扱っているお店があって、福岡に行くと必ず寄っていた。
大分にはないなぁと思っていたが、このモールにあった。

東南アジアのものを中心にいっぱいある。
時の経つのも忘れてお店の中を3回くらい見て回った。
最初は何も買うまいと思っていたが、どうしても欲しくなったものがあって、それをカゴに入れたら、次々とカゴに食材が入った。

結局買い物も何もかんも食べ物に行き着く。
モノに対する執着は著しく減少したが、それに反比例して食べることに対しての執着が強くなった。

で、期待していた酒屋はなくなっていた。
残念だった。

5月4日 (水)    連休の過ごし方

ゴールデンウィークも中盤になった。
まだ半分もあると思うか、もう半分終わってしまった とどちらととらえるか。
捉え方によって人生観を明らかにすることができるという。
私は「もう半分終わってしまった」と考える。
こういう考え方は前向きではないのでよくない。
過去を引きずる生き方である。

ゴールデンウィークに入る前までは、あれをしようこれをしよう、あそこに行こうここに行こう と思っていたが、結局のところ、たいして出かけることもなく、対してやることもせず、だらだらとすごしている。
というか、身体と頭が何かやろうモードにならない。
こういうときには下手に動かずにじっとしているのがよい。
じっとしていると、何もやらなかったことに対する後悔が生まれるだろうが、動いたら何で動いたのだろうと後悔するに決まっているから、要はどっちにしても後悔の毎日の人生である。

今日は調子が悪かった。
昼寝をしたら、何かに追いまくられる夢を見て、頭ががんがんすることと、動悸が激しくなることを感じた。
本来ならばいちばん寛ぐことができる睡眠時においても交感神経が高ぶっているのだろう。
こんな時間ばかりを過ごしていたら、命が危ない。

そういえばここ数ヶ月間、心底くつらいだとか、ゆったりしたとか、のんびりした と感じることがない。
ストレスが溜まっているのだろう。

休日くらいはのんびりしてストレスを解消しろといわれるが、それができれば苦労しない。
どうやってストレス解消をしたらよいか教えて欲しいものであるが、そんなことはだれも教えてくれない。
自分で解決すべき問題である。

連休が終わったらお盆まで一気にすごさなくてはならないなぁと思ったら早くも憂うつになっている。
まだ休日はあるから休日はゆっくりしたいと思うのだが、心配ばかりしている。
やれやれ。

5月3日 (火)   メロディーのあるまち

竹田市はトンネルに囲まれたまちである。
田能村竹田や瀧廉太郎で有名なまちである。

瀧廉太郎の「荒城の月」、「花」はよく親しまれている。
竹田市はこれらの唄をとても大切にしている。

JR豊後竹田駅では、列車が到着すると「荒城の月」のメロディーが流れ、旅情を誘う。
和菓子屋の横にあるトンネルの歩道に入ると「荒城の月」のメロディーが流れる。

国道57号線を熊本の方から走ってきて、大分県に入り、しばらくすると、タイヤが「花」のメロディーを奏でる。
ちょっと驚くが、なんとなく心がほかっとして、やすらぐ。

竹田市も好きなまちのひとつである。
岡城址から眺める風景は郷愁を誘う。
昔の人のことを思い浮かべる。
「荒城の月」の歌詞を口ずさむ。

和菓子がおいしい。
田楽料理もおいしい。

5月2日 (月)    ゴールデンウィーク中休み

今年のゴールデンウィークはうれしい。
まとまった時間を利用してどこかに出かけるということがないからである。
まとまって何日も休みより、3日休みで1日仕事をしてまた3日休みで1日仕事をしてまた2日休み というように仕事中心ではなく、休み中心で合間に仕事がはいるというのがうれしい。

今日は中休み といえば不謹慎のような気もするが、久しぶりに仕事をやって、目一杯やっても明日がまた休みだから気分が軽い。
毎週がゴールデンウィークだといいなぁとマジに思う。

そうなったら給料が5分の2になるが、それは困る。
が、それもいいかなと思ったりもする。

人生の今の時期の中で、一番ほしいのは自分の自由になる時間。
次は健康、お金はその次。

明日からゴールデンウィーク中盤戦になるが、この3日間は家でのんびり過ごすことにする。

5月1日 (日)    続・ラスク

前にラスクにはまっていることを書いた。
しかし、なかなかラスクに適するパンがなくて、いろいろなパン屋さんで買ってくるのだが、今ひとつであった。

大分市内には売っていない天然酵母で発酵させたバゲットを少し乾燥してから作ると、まぁよいかなというものができる。
先週そのバゲットを買うことができたので、今週月曜日に作ろうと思っていたら、月曜日はめちゃめちゃに疲れて作る気力がなく、明日でいいやなどと思っていたら、その後数日忙しくて作ることができなくて、昨日ようやく作る時間ができた。
ときすでに遅し。
いくら乾燥したバゲットがよいといっても、かりかりになってしまってはダメである。

ちょっと残念であったが、キーワードは「天然酵母」
これを使えばきっとおいしいものができるはずと考えていたが、天然酵母のフランスパンを売っているところがなかなかない。

これまた大分市内ではなく、車で90分くらい走らないといけないところにある天然酵母のパン屋さんが気になっていて、昨日たまたまそのあたりを通る機会があった。
バタールを1本買って1日乾燥させて、今日のお昼に作ってみた。

これがこれまでに作った中で一番のできであった。

ラスクの厚さがほどよい。
ほどよく焼けた。
パンの味もよい。

やったぁ。究極のラスクだ!
と喜んだが、このパンもすぐに手に入るわけではない。
くやしい。

大分市内でのフランスパン探しはまだ続く。