3月31日 (木)     新幹線と飛行機

新幹線に乗った。
平日の昼間だったのでお客も少なかった。

最近のN700系はとても乗り心地がよい。
以前、この日記にも書いたように、走っていても日記を書くことができる。
文庫本も読める。
それほどまでに揺れが少ない。
それでも山陽新幹線になると270km/Hを出すから多少音も大きくなって少し揺れる。

少し前に飛行機に乗ろうと思ったら軽いパニックが起こった。
それ以来、飛行機に乗るのが怖くなった。
飛行機は絶対移動禁止の時間がある。
これがよくなかった。

鉄道は開放的である。
手荷物検査もないし、持ち込み禁止物品も厳しくはない。
車内販売がやってくる。
トイレは好きなときに行くことができる。
眠たくなったら眠ればよい。ただし乗り越しに注意。

難点は飛行機に比べたら時間がかかるということか。
しかしフレキシビリティは圧倒的に新幹線の方が勝っているので、目的地に到着する時刻を選択することができる。

もうひとつ難点は運賃が高い。
九州新幹線が全通したのを機に、小倉での乗り継ぎ割引が廃止になった。

飛行機と新幹線。
どちらがよいとは一概には言えない。

3月30日 (水)    3月

3月もいよいよ終わりに近づいた。
忙しくも楽しい1ヶ月であった。
とても名残惜しい。
毎月3月だったらどんなに楽しい毎日だろうと思ってしまう。

卒業式があって4年生を送り出した。
新入生の名前も確定した。

あと1週間したら入学式。
また新しい1年が始まる。


名残惜しい。

3月29日 (火)    引き算

「生き方」に関する本が好きである。
いろいろな主張があって興味深い。
その中で自分の人生にフィットするところを共感している。

この前読んでいた本に、
「ある歳になったら人生は引き算にしなければいけない」
とあった。

なるほどなぁと思った。

すなわち、新しいことをやるのであったら、そのことを増やすのではなく、今まであるものを引いて、そこに新しいことを入れた方がよい というものであった。
引き算の考え方である。

最近、いろいろとやりたいことが増えている。
ついつい欲張ってしまって、生活にしわ寄せがいっている。
仕事において新しいことが増えるのなら、仕事をへらせばよいが、仕事以外のことでやりたいことが次々出てきて困る。
その分、人生は楽しくなっているが、やっぱり欲張っている。

3月28日 (月)     片付け

年度末になるとモノが溢れてくる。
机の周りには書類や本がうずたかく積まれている。
何とかしなければいけないと思う。

机の周りの書類を片付けるにはボックスに入れたい。
ボックスは書棚にしまいたい。
その書棚がいっぱいである。

古くなった資料を捨てようと書棚の扉を開けて、ボックスを取り出した。
さらに中の書類を捨てようかと思ったが、5分ともたなかった。
直ちに面倒くさくなった。

こういう作業がとんと苦手になった。
モノを捨てるのにはエネルギーがいる。
エネルギーは年齢とともに減少してくる。

退職のときにはモノが捨てられるのだろうかととても不安になる。
今のうちから少しずつ捨てていかなければと思うのであるが、なかなかできない。
ろんだが、大将の話を聞くために、このお店に通い続けることにする。

3月27日 (日)     道の駅

ドライブをしていると、あちこちに「道の駅」がある。
ちょうど一服したいなぁと思うようなタイミングで現れるので、ついつい立ち寄ってしまう。
そのうちに道の駅に立ち寄ることが楽しみになってしまう。

それぞれの道の駅でその土地の産物を中心に物品が販売されている。
お菓子に目がいってしまう。
その土地にしかないようなお菓子に惹かれてついつい買ってしまう。
食べてみたらどこにでもあるようなものだったりすることがほとんどである。

野菜や加工食品もお楽しみである。
お茶とかジャムなどに惹かれる。

ついつい買いすぎて、我が家にお菓子が溢れてしまう。
食べる分より買う分の方が多いのである。

元祖は「道の駅」であると思うが、いろんな駅がある。
「里の駅」「水の駅」「まちの駅」・・・・。
「くるまの駅」なんていうのもあった。
いくらなんでもやりすぎだろう。

聞くと「道の駅」を訪ねることを楽しみにしている人は多いという。
ガイドブックも売られているくらいである。

昔のことを思うとドライブも楽しめるようになった。
道が広くなり、カーブが緩和された。
ちょっと疲れたなぁと思うところに道の駅。
また機会を作ってあちこちと訪ねてみようと思う。

3月26日 (土)     北里柴三郎

ちょっとしたピクニック気分で出かけることに楽しみを見出して、今日は車を走らせた。
県北宇佐から耶馬溪に入り、玖珠に抜けて、さらに南下して、小国町を目指した。
もうすぐ小国町の中心地に入ろうというところで「北里柴三郎記念館」という案内板に気がついた。

あの微生物学の北里柴三郎である。
ワクチンである。

こんな有名な人と小国町がどういう関係にあるのだろうなどと、ちんぷんかんぷんのことを考えながら記念館に入った。
驚いた。

北里柴三郎は小国町出身であった。
医学者として立派な業績を上げた人である。

記念館を見学して2つ印象に残った。

一つは、嫌気培養の方法である。
シャーレの片方に水素発生装置をつけ、空気を水素で置換して嫌気状態を作ったという。
その実験に用いたガラス器具が展示してあった。
仕事柄、ガラス器具は少しわかる。
工夫の跡を見て、なるほどなぁと感心した。
二酸化炭素ではなく、水素というところがミソである。
たぶん水素は二酸化炭素より空気と置換しやすいのだろう。

次は北里研究所の設立のいきさつについてである。
衛生研究所を内務省の管轄にすべきであると北里柴三郎は主張したが、政府の方針で文部省の管轄になってしまった。
そこで、北里柴三郎は私財を投げ打って北里研究所を設立し、研究を進めたのだという。
この「私財を投げ打って」というのがすごい。
実家は資産家というわけではないので、この「私財」はそれまでの業績によって獲得した資金ではないかと推測される。

科学者は結構お金稼ぎをするものである。
ノーベルもエジソンも研究成果をお金にしている。

ただ、偉大な研究者がお金目当てで研究を進めたのか、研究があまりにも立派で、本人が希望しなくてもお金がどんどん入ってきたのか、どちらであるかは定かではない。

大学では基礎研究が重視されるべきと思っているが、研究者が意図しなくとも研究成果の対価としてお金が入ってくることは、その研究が偉大であることの証として考えられるのではないかと思う。

3月25日 (金)    卒業式

今日、卒業式が執り行われた。
生活分野は14名の卒業生を送り出した。
4年生の顔を見るのは卒論発表会以来という人も多く、久しぶりにみんなの顔を見ることができてうれしかった。

この前入学してきて、もっと言えばこの前面接をしてからあっという間に4年が過ぎた。
目をきらきらと輝かせて、4年生の話を熱心に聞いていた1年生がもう卒業である。
本当に月日が経つのが速い。

4年経っても入学してきたときのかわいらしさはそのままである。
この人たちがこれから社会に出ていくのかと思うと、うれしくもあり、つらくもある。

年々社会情勢は厳しくなっている。
就職するのもなかなかむずかしい。
職を得たとしても、忙しいばかりで自分を壊してしまう人たちが増えた。
若い人たちがだんだん軟弱になったと見る向きもあるが、私はそうは思わない。
社会が厳しい。
しかし厳しさは若い人に限らない。

自分にしかできないことをもっていないと淘汰される。
だれでもできるような仕事には、それに見合うだけの対価しか支払われない。
コンピュータにできるような仕事なら、対価は全くない。

自分にしかできないことは、社会の一員としてすごしていく中で見つけられるものもある。
油断をしているとすぐに淘汰される。

よい意味での緊張感をもちながら、しかし毎日の生活を楽しく充実してすごしてほしいと思う。

3月24日 (木)     社長のことば

ある協議会のメンバーに加えていただいている。
年に4回ほど会議が開催される。
今日は今年度の第4回目の会議があった。

夜は今年度も1年ご苦労さまということで、打ち上げの会があった。
その席で、このメンバーであるW社長のお話をじっくり聞くことができた。
W社長に初めてお目にかかったのは、大学開放イベントのことで、あれから16年くらい経っただろうか。
いつも生き生きとエネルギッシュに熱く語る。
その話はいつも興味深い。
16年前から懸案事項となっていた成分分析を今年の夏にやりましょうという話になった。
学生の合宿研修への協力をお願いしたところ、検討してくださることになった。
ありがたいことである。

お酒も回って議論白熱。
W社長の口からは含蓄溢れることばが次々に飛び出してきた。
そのことばをメモに残してきたので、少し紹介してみたい。
W社長には日記で公開することを話してある。

「自分に降りかかる問題は必ず解決できる。
解決できる問題しか降りかかってこない。」


目から鱗であった。
確かに、これまでの人生の中で、解決できない問題はなかった。
そう考えたら、なんだか目の前がすーっと開けていくような気持ちになった。

3月23日 (水)    桜の開花宣言

今日、大分気象台より桜の開花宣言が発表された。
桜が咲いたといわれても実感がない。
まだまだ寒い日がつづいている。
春がきたという実感がまだない。
確かに日が暮れるのが遅くなったから、季節は春に向かっているのだろうが、春の陽気を感じ取ることのできる日がまだない。

大学の桜が咲いているかどうか、帰り道に見てみた。
まだ花は咲いていないものの、つぼみは大きくふくらんで、花を開かせるタイミングを見計らっているかのようである。

桜のつぼみがふくらむと卒業式があり、桜が咲くと入学式を迎える。

3月22日 (火)    バスハイク(2)島原

19日の土曜日に出勤して仕事をしたので、今日は振替休日であった。
研究者たる者、振替休日に休むとは何ごとだ!とおしかりを受けそうではあるが、私は人生=研究者ではないので、仕事も落ち着いているから、休みを取ってバスハイク第2弾に出かけた。

今日は島原。
32年前のちょうど今頃、まだ学生だった頃、車で九州を回る旅に出た。
2週間ほどユースホステルを泊まり歩いた。

そのとき島原はよい天気であった。
とろとろと春の陽気を満喫したことを覚えている。

今日の目的は、32年前に島原のユースホステルに泊まったとき、そこのマスコットだった2歳くらいの女の子にもう一度会いに行くためである。
32年ぶりの島原も春の陽気であった。ただ今日はちょっと寒かった。
バスを乗り継いで、4時間43分かかって島原に着いた。

32年前と違うことの一つに、食事を楽しむということがある。
島原に行ったらカニと思っていたが、歩いていたら偶然「ぐぞう煮」という看板が目に飛び込んできた。

ぐぞう煮とは島原の郷土料理らしい。
古くからこの地方でお正月の雑煮として食べられているものらしい。

これがぐぞう煮。1050円。いなり寿司つき。



すべて地元で採れた素材らしい。
たっぷりの野菜の中に小ぶりのお餅が4つ。
魚の出汁が上品に出ていて、野菜が大好きな私にはごちそうであった。
店主自慢の穴子が特に美味であった。

またおいしかったのはいなり寿司。
何より米がおいしかった。
どこの米か聞いてみたら、いろんな産地のものをブレンドしているとのことであった。
さすがにここは寿司屋。

島原に行ったら是非もう一度見たいものがあった。
涅槃像である。
それは、横になった涅槃像で、お釈迦様の最後の姿をイメージしているらしい。

32年前の島原でインパクトを受けた。
これ。



帰りのバスの便が悪く、島原滞在は2時間18分。
とても慌ただしい島原であった。

で、一番の目的であった女の子に会うことはできなかった。
残念。

3月21日 (月)     青果屋の大将

家の近所に青果屋がある。
品質はよくないが、とにかく安い。
なので、よく利用している。
安けりゃよいという価値観については相容れない人もいるので、この行動は私の価値観に基づいている。

水菜が1把10円だった。
あまりに安いので、思わず手を伸ばした。
お勘定をするときに、大将に私が、「これでは生産者も大将も儲かりませんねぇ。」と声をかけたら、
「そーんなことはないんですよ。生産者も救われるんです。」
と思いもよらない返事が返ってきた。

よく聞いてみると、この水菜は霜があたって商品としての価値がないのだそうだ。
それを大将が引き取ってきて、赤字で売っているとのことであった。
「商売だから生産者とはお互いさまですよ。助けてもらうときがあるから、助けられるときには助けないと。トータルで儲けが出ればいいんです。」

エコーを燻らせながら熱っぽく語る大将の話にのめり込んでいった。

いつも私の目には、毎日朝早くから夜遅くまで、休日を取ることもなく、それほど儲けがあるようには見えず、どうしてこんなに熱心なのかなぁ、生活かかっているから必死なのかなぁと思っていた。
だが、彼は仕事がおもしろくてたまらないのだという。

「レジに打ち出されるデータを見て、どういうときにどういうものが売れるかを分析して商品を仕入れ、それが当たったときはうれしいんですよ。」
「最近はスーパーなんかでPOSのデータを見て、わかったような気分になっているけれど、データはじっくり見て自分で解析しないと意味がないんです。」
「人生楽しいんですよ。」

こういう話はスーパーの青果物売り場では聞くことができない。
商品以上の価値がある。
なので、私は安いものを求めにいくことはもちろんだが、大将の話を聞くために、このお店に通い続けることにする。

3月20日 (日)     バスハイク(1)平戸

航空会社とバス会社がタイアップしてキャンペーンをやっていて、九州北部3日間バス乗り放題のチケットが4000円で買える。
こういう話を聞くと、それを利用しない手はないと思ってしまう。
不要不急の旅行は自粛しましょうと言われているので心苦しいが、私がバスに乗るからといってわざわざバスが運行されるわけではなく、私が乗っても乗れない人が出てくるわけではないと考えて、このチケットを利用して春のバスハイクを楽しむことにした。
3日間毎日乗ってもよいのであるが、いろんな面で支障が出てくるので、2日だけ乗ることにした。
1日目の今日の目的地は平戸。
32年前のちょうど今頃、まだ学生だった頃、車で九州を回る旅に出た。
2週間ほどユースホステルを泊まり歩いた。

そのとき平戸は雨だった。
平戸大橋をバイクが斜めになって走っていったことを覚えている。

今日の目的は、32年前に平戸のお寺のトイレで買ったばかりのあごの干物を忘れたので、それを取り戻しに行くためである。
32年ぶりの平戸も大雨であった。
バスを3回乗り継いで、5時間42分かかって平戸に着いた。

大雨の中、ずぶ濡れになりながら街を散策した。
32年前と違うことの一つに、食事を楽しむということがある。
平戸に行ったらお魚と思っていたが、歩いていたら偶然オランダ風のランチを食べさせる場所を見つけた。
平戸のキリシタンは知っているが、オランダには関係があったんだろうか。
そのくらいのいい加減な知識である。

で、オランダセット。700円。



具たくさんのエルテンスープはスモークウインナーがよい香りを出していて美味。
ベーコンと目玉焼きがのったアウツマイターは目で見て楽しいオープンサンド。
満足な昼食であった。ちょっとリッチな気分。

メインは干物。
これを忘れたお寺は「寺院と教会」の風景で有名な場所である。

ここ。



トイレに干物はなかった。
売店であごの干物を2袋求めた。
一つは32年前のもの。もう一つは今日のもの。

3月19日 (土)     上がるテンション

最近、というかここ2週間くらいの間に、心の底にあるテンションが上がっているような気がする。
アグレッシブでもある。
細かいことでうじうじしなくなった。
それはそれでよいことである。

しかし、本来の自分ではないような気がしてならない。

テンションが上がると、お山の大将になってしまう。
自己主張が激しくなる。

仕事をする上で自己主張をすることは大切であるが、これまで苦手としてきた。
というと、およそそんなふうには見てもらえないかもしれないが、お山の大将は本当に苦手である。
自分がそうなりたいとは思わないし、そういう人とは距離をおきたい。

お山の大将にはなりたくないが、お山の大将を演じなければならないこともある。
演じていると役にはまってしまい、いつの間にか、役が自分の姿に変わってしまいそうで怖い。

自分にとっては、テンションが少し抑え気味くらいでいるところがちょうどすごしやすい。
そのへんの塩梅が実に微妙なところであって、なかなかちょうどよいテンションを維持することができない。
上がったテンションにブレーキをかける自分を大切にしたい。

3月18日 (金)     無題

相変わらずニュースに釘付けである。
この先、日本の国はどうなってしまうのだろうと思う。
それから、毎日こうして普通にすごしている我が身が申し訳ないような気分になる。
だから自分にできることは何なのかということを考えている。
それなりにできることからやろうと思うし、少しずつやり始めている。

京都で開催される予定の学会は中止になった。
久しぶりに気合いの入ったデータを発表するつもりにしていたので残念であった。
しかしよい判断であったと思う。

今日は会議の多い1日であった。
以前は春休みはというと、入試を2回やるくらいで、前期と後期の間には時間的余裕があったから、スキーなどに出かけていたが、今はひっきりなしに重要な会議があるので、それもままならない。

報告書をいくつか書かなくてはならない。
何かにつけて年度末を感じる今日この頃である。
それでも授業がないので、少し余裕がある。

少し息抜きも必要であると思う。

3月17日 (木)     緊急地震速報

大震災のニュースから目が離せない。
毎日、家に帰ったら、テレビをつけて食い入るように見ている。
いつの間にか夜が更けていて、毎日寝不足である。

途中でチャイムが鳴って、キャスターが「緊急地震速報が発表されました」と緊張した声で伝える。
チャイムの音を聞くとドキッとする。
ほどなくして揺れる映像が流れる。
自分が今いるところで起こっていることではないのだけれど、緊張感が走る。

大震災以後、なんとなく怯えながらの毎日である。
テレビでチャイムが鳴ったり、急に始まる記者会見に画面が変わると、ドキッとして一瞬血圧が上がる。
家人が帰ってきて、ドアがガチャッと開くと、緊張感が走る。
これは地震とは関係ないかもしれず、別の緊張感なのかもしれないが・・・。

研究室にいるときに大地震が起こってきたらどうしようかと思う。
棚がいっぱいあるから、倒れたら外に出ることができない。
窓の方に避難するとガラスが割れるかもしれない。

何かにつけてナーバスになってしまった。
良いのか悪いのかわからないが、インターネットでテレビ番組を中継している。
緊急地震速報がいつ出るかわからないから、つねにテレビ番組に接続している。
考え事の邪魔になるので、音量は聞こえるか聞こえないかのぎりぎりのところにしている。

早速損害保険の代理店に電話をして、実家の地震保険の見積もりをもらった。
即刻契約することにする。

3月16日 (水)    災害の影響

東北地方の災害は世界的に影響を及ぼす様相を呈してきた。
推移を見守って、冷静に対処することが必要であると認識している。
何をもって冷静とするかといったことが、ひとりひとり考え方が違うので、また価値観を巡って議論がなされるかもしれない。

関東以北での影響は大分に住む私の想像を超えたものである。
計画停電で3時間停電すると言われても実感が伴わないが、夏休みなんかに大学が設備の点検で半日停電するだけで大騒ぎをするのであるから、毎日のように停電が起こったら、生活に大きな差し支えが出るであろう。
交通機関も不自由になっていると聞くが、大分で列車が5分遅れただけで不便を感じるから、運休というのは相当大きなダメージなのであろう。
ましてや、水がないとか、燃料がないとか ということはまったく想像できない。
そういう経験がないからだ。

災害の影響で、学会や研究会、講習会がことごとく中止になった。
やむを得ない措置であると思う。
いろんな式典などお祝い事も相次いで中止されている。
よいことだと思う。
何の罪もないのに災害で苦しんでいる人がいるのに、浮かれているというのはあまりいただけないと思う。

経済活動に大きな影響が出ている。
大分県の食品企業の方々とお話をする機会があったが、物流が途絶えてしまい、収拾がつかないと多くの方々がおっしゃっていた。
日本経済はしばらくの間、停滞してしまうことだろう。

経済の停滞は確かに痛手ではあるが、停滞した経済状況の下でどのようなライフスタイルをとるかということをここできちんと考え直してみることは意義があると思う。
「だれもが健やかに美しく快適に」すごすことができる暮らしを追求することは、私たち生活分野の目標とするところであるが、もう一度この原点を考え直してみたい。

3月15日 (火)    わからない

原子力発電所の事故についての報道が盛んになされている。
担当者や専門家の記者会見がある。
質問を受けると「わからない」を繰り返している。

事実を述べるのみで、原因とか、対策とか、今後の見通しとか、危険性についての論述は不十分に聞こえる。
というのが一般的な見方であろう。
それが証拠に、質問する記者たちは要求に見合った回答が得られないことにいらだった様子を見せることがある。

私は記者会見を聞いていて、担当者は科学者だなぁ と思った。
私も科学をベースにする仕事をしているので、考え方の根本は科学者のつもりである。
科学者は事実を大切にし、推測や見通しを軽々しく口にはしない。
なので、少しでも誤解を招く可能性があることについては、「わからない」と表現する。
それが責任逃れと聞こえるかもしれないが、そういうスタンスをとるのが科学者であると思う。

なので、彼らは科学者としては立派ではあるが、こういう非常事態においては、科学者はあまり役に立たないかもしれない。
いや、非科学者が推測によってあやふやなことをしゃべる方が害があるかもしれない。

どっちがよいのかわからない。

3月14日 (月)     相手のことを想う

今日はホワイトデーである。
バレンタインのプレゼントに対してお返しをするという認識になっている。
今年も何人か(!)の学生から(何人も(!)のではない)手作りのチョコレートをいただいたので、何かホワイトデーにと思って先日デパートに行って、これはおいしいぞ!というお菓子を意気揚々として買ってきた。
今日、満を持してそのお菓子を渡した。
「これ、ホワイトデーのプレゼント。おいしいから食べて!」ということばとともに。
渡し始めてしばらく経って、自分が勘違いしていることに気がついた。

「おいしいから食べて」というのは自分本位の考え方である。
本来は、バレンタインに手作りのお菓子を作ってくれてプレゼントしてくれたことに感謝することが第一のはずである。
まずは相手の心遣いに感謝すべきなのである。
そのことを告げずに、「おいしいから」というのは自分の満足感を達成するだけのことで、単なる自己満足だ。
受け取る方は、お菓子はうれしかろうが、じゃぁこの前の手作りのお菓子はどうだったかという話は全くないので、愉快ではないはずだ。

忙しかったり、テンションが上がって冷静になっていないと、自分本位になってしまって、相手のことを考えなくなってしまう。
戒めるべきことである。
常に相手の気持ちを思いやり、感謝の気持ちを大切にすることはとても大切なことである。
そう思っても意識しないとなかなかできない。

3月13日 (日)     大震災

一昨日の大地震の被害が明らかになるにつれて、その悲惨さが際立ってきた。
今日は朝からテレビに釘付けになってニュースを見ていた。

被災現場の映像や被災者のコメントなどが伝えられていたが、マスメディアで見ることができることは氷山の一角程度のことであろう。
本当はもっともっと厳しい状況にあると思う。
インタビューに答えてくれる人はごくわずかで、ほとんどの人たちはマスコミの対応などできない状態ではなかろうか。

私たちは、マスコミの報道を見ていると、それで多くの部分を知ったような錯覚に陥る。
マスコミの報道は、取材者の主観によってなされていると言っても過言ではない。
だから、冷静に見なければならない。
興味本位で取り扱われることは決してあってはならない。

報道を見ていて、今の自分に何ができるかを考えてみた。
とりあえず一つ思いついたことは、義援金を送ることか。
義援金を送るときには注意しないといけない。

たとえば、「A」という団体を通じて義援金を送るとする。
そうすると、自分が送った義援金は「A」が送ったということになってしまう。
自分の存在はなくなる。
自分の存在を主張することにこだわることはないが、ちょっとひっかかる。

なので、「この団体から支援してほしい」という団体に義援金を預けようと思う。

3月12日 (土)     声の色

昨日からテレビもラジオも地震に関するニュースを報じている。
あちこちからの中継を交えて、めまぐるしくつぎつぎといろいろな情報が流される。
レポーターやアナウンサーの声を聞いていて、声にも色があると思う。

もともとなのか、訓練の賜物かはわからないが、明るい声のアナウンサーが「行方不明の方が○○人」います」「町は壊滅的状況です」と明るく言われると、災害の重さが伝わってこない。
それどころか、災害を軽く見ているように聞こえてしまい、まことに都合が悪い。

逆に、暗い色の声もある。
そんな声でバラエティ番組の司会をされたら、おもしろいものもつまらなくなってしまう。

声の色は相手に与える印象を大きく変えるから、できれば自分の中で使い分けてみたい。
そこは難しいのであって、自分の声を自分で聞いても、実際に聞こえる声と違うから、明るいんだか暗いんだかわからない。

教員も授業をするときには声が必要である。
内容に応じて明るい色、暗い色と使い分けることができればよいなと思う。

3月11日 (金)     大地震

今日の午後は東北地方太平洋沖大地震のニュースで持ちきりだった。
研究室にいる間は、情報はラジオからしか入らなかったが、相当被害が大きいことは推測できた。
JR九州にも運休が出ているという話を聞いて、帰ることができるか心配しながら大分大学前駅に行ったら、豊肥本線もダイヤが乱れていて、乗ろうと思った列車は運休だった。
ただし、その理由は地震とはまったく関係がなく、人身事故のためであった。

家に帰ってテレビを見たら、次々とショッキングな映像が流されていた。
大地震が起こった瞬間をとらえた映像。
大津波が家や田畑を飲み込んでいく映像。
大火災が町を飲み込んでいく映像。
見ていてことばが出なかった。

21世紀になってから、大きな地震がたくさん発生しているような気がする。
つい最近もニュージーランドで大きな地震があったし、もう少し前には南米で大きなものがあったような気がする。
中国でも地震があったし、もう少し前には新潟中越地方の大地震も記憶に新しい。

もうかなり以前になるが、といっても最近のような気がするが、阪神淡路大震災もインパクトが強烈であった。

今回の地震は、いろいろな災害を引き起こしているようで、被害の状況がなかなかつかめないのが歯がゆい。
特に大津波はこれまで奥尻島の地震で経験しているが、大きな町での大津波は初めてのことなので、被害がどれだけ拡大するのかわからないのが恐ろしい。
原子力発電所のトラブルも懸念される。
地震の揺れそのものによる被害は、たとえば建物が崩壊するといったようなことは今回は少ないように見えるが、地震に付随するアクシデントが被害を莫大にしているような気がする。
被害の全容が明らかになるまで相当時間がかかるだろう。

ただただ驚くばかりの1日であった。

3月10日 (木)     またまたポカ

本当に今年に入ってから物忘れというか、記憶が定着しない。
今の今までやっていたことをすぐ忘れる。
昨日話をしたことをすっかり忘れている。
そのくせ、昔の話はすぐに思い出すことができる。

何気なくテレビを見ていたら、最近は「軽度認知障害」という概念があるといっていた。
この時期に適切な対応をしておけば、認知症への移行、進行が遅くなるらしい。

どういう状態が軽度認知障害かという話を聞いていたら、やっぱりひょっとしたら私はこれに該当するのではないかと思った。
かかりつけの医師に言わせると、以前この日記で述べたように、日付がわからなくなったらまずい、会話が成り立たなくなったらおかしい ということなので、それを目安にすることにする。
医師は定期的にチェックしてくれるので、本当におかしくなったときには安心である。
何が安心かよくわからないが。

最近状態が悪いこととして、モノをふっと置いたら、直ちにそのことを忘れてしまうことである。
あとで気がついて、意外なところに意外なモノがあったりするからいやになってしまう。

損害を被ることもある。

ケーキを買って、保冷バッグに入れておいた。
次に大量の肉を買った。
肉を保冷パックに入れるために、ケーキを一旦出して、バッグのそばに置いた。
肉をバッグに入れて、チャックを閉めてそのまま車に積み込んで、マーケットを後にした。
1時間ほど走ったとき、ケーキを入れ忘れたことに気がついた。

楽しみにしていたケーキが食べられなくなって相当なショックを受けた。
途中で忘れたことを思い出すから悔しいのかもしれない。
いっそのことケーキの存在を忘れてしまえば、悔しい思いをしなくてもすむかもしれないが、そんな状況になったら、認知症が始まっていると解釈するべきであろう。

いろんなことを忘れることが当然あり得るということを念頭に行動することが必要になってくる。
また、他人に理解をいただくことも重要である。

3月9日 (水)    教授会

午後から今年度最後の定例教授会があった。
議題はいつものように、人事の件、学生の履修の件、などであった。

今年度最後の教授会ということで、この3月末で退職される先生方のご挨拶や、この3月末をもって役職が任期満了になる先生方のご挨拶があった。
今年は定年で退職するのは久保先生1人。
これまでの大分大学での生活をお話ししてくださるとともに、今後の過ごし方についても紹介があった。
久保先生のホームページも今月末で閉鎖されるので、今のうちに見ていただければうれしいなぁと思う。

3月はお別れの時期である。
これまで一緒にすごしてきた多くの人たちが新しい世界に飛び込む。
なんだか寂しくもある。

4月になったらまた新しい出逢いがあるからそれを楽しみにすればよいようなものであるが、そういう気持ちにはなかなかなれない。

3月8日 (火)    なんとなく春

なんとなく春だ。
けれどもまだ冬将軍ががんばっている。
そうは簡単には春にさせないぞと言わんばかりに、冷たい北風を吹かせている。
お日様がこれに対抗している。
日差しが強い。

今朝、今年始めて鶯の鳴き声を聴いた。
透明な声が新鮮である。
帰るときにも、大分大学駅の前の川のところに鶯がいた。
こいつも透き通った美声を発していた。

梅の花は満開から散り始めになった。
桜のつぼみがふくらんできた。

夜、空を見上げると三日月。
次の三日月の頃は入学式。

3月7日 (月)     百均

昨日、風呂で身体を洗うたわしが欲しくなったので、百均に出向いた。
時間があったので、久しぶりにお店の端から端までを見て回った。

改めてお店全体にはものすごい数の品物があるなと思った。
日常生活で必要なものは高価なもの以外はほとんど揃っているのではないかと思った。

見ていたら楽しくなって、あれもこれもと手を伸ばした。
結局たわしだけをホームセンターに買いに行くよりもたくさんのお金を使った。

無駄遣いをすることによってストレス解消をすることができるが、百均ショップにはそういうストレス解消の場所としての役割もあるのではないかと思ってしまった。

3月6日 (日)     キッチン

仕事が一段落したので、気分転換に旅行に行こうかと思っていた。
週末の土日と月曜日の合計3日間出かけようと思っていた。
交通機関の予約もして、旅行のガイドブックも買っていた。

ところが、日程が近づいてもまったく心躍らず、直前まで行こうかやめようか迷っていた。
少しでも行きたい気持ちがあるのなら、万難を排して行こうという気分になるものであるが、今回はまったくそのような熱情を感じることができない。
冷静になって考えたところ、熱情が全くないという状況で無理に行くことはないと思い、今回は旅行に行くのをやめた。

結局いつもの週末になった。
朝、食料品を買い出しに出かけた。
そのあとがちょっと違った。

キッチンに対する気合いが高ぶった。
買ってきた食材をあれこれ調理しようという気になった。
買い物から帰るや否や、キッチンに立って、料理を始めた。

まずは豚の角煮。
スーパーで豚バラ肉が特売になる日につくることが定番になっている。
何回も作ると、レシピは見なくても作れるし、その前に、肉を選ぶ目も肥えてきた。
4時間かかってできあがったが、会心のでき。

ポテトサラダ。
前回作ったら、自分的には結構おいしかったので、作ってみた。
今回のものはジャガイモがおいしかったので、よいできになった。
水気が多くなったことが今後の課題。

卯の花。
おからを買ってきたら、量が多かったので、小分けをして冷凍庫に保存してある。
一つを解凍してごま油で念入りに炒って、これにかまぼこ、油揚げ、ネギを入れ、だし汁と醤油で味を調えた。
しっとり感はちょうどよかったが、今回のものは若干塩味が濃い。
それでもおいしかった。

ミニおでん。
料理本に載っていたものを作ってみた。
「ミニ」というのは具の大きさのこと。
弁当に入れるにはちょうどよい。
卵はうずらの卵を用いる。
手っ取り早くできた。

気がついたら6時間キッチンで過ごしていた。
これがまったく苦痛ではなく、結構よいストレス解消となった。
料理には慣れも重要で、どれもこれもたびたび作ってみる品であるが、今回のものが今までで一番できがよかった。
明日からのお弁当が楽しみである。

3月5日 (土)      ありました

昨日定期券をなくしてへこんでいた。
一応駅には紛失届を出しておいたが、たぶん家のどこかにあるだろうと思っていた。
なので、昨日回数券か新しい定期を買おうかなぁと一瞬思ったが、少し待つことにした。

今朝、掃除機をかけていたら、日めくりカレンダーの下に落ちているのを見つけた。
やっぱり家にあった。
よかった、よかった。
たぶん、定期券を手に持ったまま日めくりを1枚ちぎって、そのときに落ちたのだろう。

意外に早く解決した。
予想したとおりであったが、場所は思いもよらなかった。
定期券もGPSで探すことができればありがたいなと思った。

それにしても、掃除をしている最中に出てくるとは。
このように行いがよいと、よいことがついてくる。

3月4日 (金)     ポカ

今日は朝からついていない。
JR大分駅まで歩いてきて、さて改札を通ろうと思ったら、定期券がない。
ポケットやかばんの中をくまなく探したが見つからない。

そういえば家を出る前に、かばんからコートのポケットに入れ直したから、そのときに落ちたのだろうと思って一度家に帰った。
思い当たるところを探してみたが、どこにも見あたらなかった。

いろんな意味で痛い。
経済的にはまだ3ヶ月分くらい残っている。
時間的には探すのに40分を費やした。
精神的にも、こんなポカをするのはこれまでになかったことなのでへこんだ。

定期券はあきらめるより仕方がない。
問題は、最近激しくなった物忘れ、ポカがだんだんエスカレートしていくことである。
そういうポカを織り込み済みの形でこれからの人生を送っていくという気持ちを持つことが大切であろう。

それにしてもまいった。

3月3日 (木)     桃の節句

今日はひなまつり 桃の節句である。
我が家には女の子がいないから、ひなまつりには縁がなかったが、お人形を見ながら白酒をたしなむということにあこがれている。
ひな人形はとても愛らしくてよい。

唄の中に、「おはなをあげましょ、桃の花」とあるが、この時期に桃の花はない。
桃の花は4月のあたま頃に咲くらしい。

昔は陰暦で生活をしていたから、桃の節句の時期は今で言えば4月ということになるのであろう。

今日はゼミ生がひなあられと桜餅の差し入れをしてくれた。
ありがたくいただいた。

桃の節句が過ぎると、寒さもだんだん和らいで、春が近づいていることを感じさせてくれる。

3月2日 (水)    続・肉食女子

ラジオから「赤いスイトピー」が流れてきた。
以前、この歌詞を巡って、この女子は肉食系だということを書いたら、同調する意見を寄せてくださった方がいた。
この方は、おうちで想像できないようなご苦労があるのだろう。
本当に気の毒で、なんと声をかけてよいのかわからない。

少し前の話になるが、草食男子・肉食女子をテーマに卒論を書いた学生がいた。
その学生に、「赤いスイトピー」に出てくる女の子は肉食ではないか と議論をふっかけたところ、答えがあった。

答えは 肉食ではない というものであった。
肉食であれば、男が手を握らないのにしびれを切らして、女の方から握っていくのだという考察である。

なるほどである。

卒論の結論として、女は基本的に肉食 と言っていたような気がするが、そうなんだろう。

3月1日 (火)     今日から3月

もう3月になってしまった。
2月は本当に時間が経つのが早かった。
2月は逃げる、3月は去る という。
気がつけば4月になるのだろう。

3月は講義がないのが本当にありがたい。
時間に束縛されることなく、たまっていた研究のまとめや報告書の作成、学会発表の準備ができる。
とはいうものの、やたら会議が多い。
卒業判定や入試の判定が主な議題となる。
入試も後期日程と大学院第三次募集がある。
卒業式もある。

それでもまだ日記に白いところが多い。
まとまって白い日があると、ちょっと旅行にでも出かけようかなと思ったりもする。
疲れるからめんどくさいという気もする。

3月はだらだらするのではなく、メリハリのある生活を心がけたい。
そうしないと4月になってから未練が残る。