2月28日 (月)     母親の退院

元日から入院して、途中で転院していた母親が退院した。
まるっと2ヶ月の病院生活であった。

大腿骨を骨折したのだが、リハビリも順調で、支えなして歩くことができる程度に回復した。
もう寝たきりになってしまうのではないかと思っていたが、とても安心した。

今日まで滞在した病院はとても快適であったようだ。
同室の人たちともなかよくしていたみたいで、退院するときに、同室の人たちが寂しがってくれた。

入院している間、家では受け入れ態勢を整えた。
階段や廊下、トイレに手すりをつけた。
ケアマネージャーに相談をして、今後のデイサービスの利用などの打ち合わせをした。

などとえらそうなことを言っているが、すべて父親がやったこと。
母親が家に帰ってくるのはうれしいが、お世話をするのにまた父親が疲れてしまうのではないかと心配にもなる。

親も歳をとると、何かにつけて心配になるが、心配するだけで、たいしたことはできない。
せいぜい頻繁に電話をかけて、話を聞くことにする。

2月27日 (日)     観葉植物

我が家には、観葉植物が2鉢ある。
ひとつはポトス。
前住んでいたマンションから今のマンションに引っ越すときに、あまりに大きかったので、葉っぱを1枚だけちぎって本体は捨ててきた。
その葉っぱを小さな鉢にさしておいたら、少しずつ大きくなってきた。

もう一つはなまえを知らないが、サボテンに近い植物。
3年半前に車を買ったときにディーラーでいただいたもの。

もとより、植物にはあまり興味がないので、この鉢もポトスとともに、ときどき水をやる程度の手間しかかけていなかったが、枯れることなく今でも鉢に植わっている。
それが、少し前からきれいなピンクのつぼみをつけ始めた。
そして開花した。

非常に美しく、部屋のよいアクセントになっている。
3年半の間で2回目である。

なぜ咲いたり咲かなかったりするのかわからない。
どの季節に咲くのかも知らない。

けれどもなんだか少しうれしい。

植物は人の心を映し出すということを聞いたことがあるが、まさにそうかもしれない。
ここ最近、観葉植物のことを気にする心の余裕があって、ときどき鉢に向かって「きれいに咲いてね」と声をかけていたのが通じたのかもしれない。

2月26日 (土)      梅の花

キャンパスのあちこちで、梅が可憐な花を咲かせている。
梅の花を見ると春が近いなと思う。
この冬は寒かったので、早く春が来ないかなと思ったりするが、思わなくてもあっという間に春がやってくる。

梅と言えば鶯。
今年は姿を見たものの、まだ鳴き声は聞いていない。

花の咲いた梅の木に、鶯がとまり、「ホーホケキョ」と鳴いてもらって、さらに木に短冊がかかれば言うことなしである。
短冊はちょっと無理かも。

2月25日 (金)     個別学力前期日程入試

個別学力入学試験があった。
18歳人口の減少によって、近年受験者の数が減ってきた。
生活分野の競争倍率は昨年とほぼ同じであった。

試験監督をやった。
センター入試に比べるとかなり気分的によい。
受験生も一度センター試験で入試を経験しているし、こちらも経験している。
人数も少ない。

巷ではインターネットの掲示板を使った出来事が報道されていた。
驚いた。
いろいろなことをする人がいるものである。
情報機器の技術の発展は思わぬことを引き起こしたりする。

前期日程の合格者の発表は3月7日。

2月24日 (木)     N響コンサート

NHK交響楽団が大分にやってきた。
iichikoグランシアタで演奏会があったので、出かけていった。
いつもテレビでしか見られないオーケストラを生で間近に見られるのである。

指揮はジョナサン・ノット。
指揮はだれでもよい。どうでもよい。
ヴァイオリンのソロはアリーナ・なんとか。
ソロはだれでもよい。どうでもよい。
アイヴス作曲「答えのない質問」、プロコフィエフ作曲ヴァイオリン協奏曲第1番、ブラームス作曲交響曲第1番。
曲目はなんでもよい。どうでもよい。

N響を生で見られるのである。
私にとってN響のメンバーは、テレビのスターである。
そのスターに会えるのである。

藤森さんがいる。菅原さんがいる。大宮さんもいる。
コンサートマスターは篠崎さんだ。
篠崎さんは10月のコンサートにも来てくれた。
メンバーの顔を見た瞬間に舞い上がってしまった。

演奏もだが、奏者の顔や表情、弾きっぷりばかりみていた。
指揮者の動きがほとんど目に入らなかった。

テレビは、自分が見たいところを映しているとは限らない。
音もマイクを通してのことである。

ライブは奏者の息遣いが聞こえる。
1人1人の楽器の音が聞こえる。
テレビでは味わえない。

藤森さんが熱演だった。
テレビで見る藤森さんはいつもニヒルな顔で静かに演奏している。
今日の藤森さんは、髪を振り乱し、大きな身体の動きで、こんな激しい姿を見たのは初めてだ。
音もがんがんと響いてきた。

N響のレベルも30年前に比べると格段に向上した。
などと素人の私が言うのは失礼かもしれないが、音が美しくなった。
オーケストラが主張するようになった。
今日の演奏も、指揮者の言うことはあんまり聴かずに、自分たちを主張していた。
指揮者との丁々発止の火花を散らした闘いがとてもスリリングであり、曲が壊れてしまうぎりぎりのところで勝負をしていた。

本当によい時間を過ごした。
また聴きにいきたい。

2月23日 (水)    ゼミ4年生の送別会

卒論発表会も終わり、4年生はホッとしたことだろう。
今日の夜、ゼミの追いコンが開催された。
3年生の企画である。

本当に月日の経つのは早い。
ついこの前初々しい3年生がゼミに入ってきたと思ったら、もう卒業である。
今ではすっかりゼミの顔といった様相であったが、ゼミから巣立っていくということである。

この1年半のことを思い出してみると、いろいろなことがあったが、何より一心不乱にともに実験をしてきたことが懐かしくあり、うれしくあり、淋しくもあり、複雑である。
実験は3年生が引き継いでくれるから、3年生に期待することにしよう。

最近、ゼミ生は人の心を打つ演出が得意である。
3年生は先輩に手作りの心がこもった贈り物をしていた。
そのアルバムを少し見せてもらったら、ずいぶんと手が込んでいた。

これまでの卒業生も後輩のことを気にかけてくれている。
去年の卒業生は、久保先生の最終講義のときに研究室に寄ってくれて4年生を励ましてくれたり、卒論発表会の前日には心のこもった差し入れを送ってくれた。
私もいただいた。
まことにありがたいことである。

話は戻って、私がいただいた4年生からの贈り物は、鉢植えのサボテン。
早速デスクの横に置いた。
それから白衣。
背中いっぱいに寄せ書きがあった。
これを来て実験をやったらよいと思ったが、「洗濯禁止」とあったので、どうしようかと思案中である。
研究室にかざろうか。
3年生からもいただいた。
携帯のストラップ。
オリジナルのもので、白衣の形になまえがはいっている。
早速携帯につけた。

4年生にとっては、ゼミでの生活が密度の濃い日々であったことと思う。
これまでの経験を活かして社会に出てから活躍して欲しいと願うばかりである。

2月22日 (火)     ボウリング

追いコンのとき、ある4年生が私に「シックススが出たんですよ」と言ってきた。
6連続のストライクが出たことは瞬時に理解できた。
今どきのことばで言えば「すっげー」。
そのときのスコアが携帯のファイルにあるということで見せてもらったら、全部でストライクが8つあった。
ものすごいスコアであった。
スペアが1個もなかったのはまだまだ実力が足らない。
などとえらそうな口をたたけるほど私には実力はない。

などという話をしていたら、最近ボウリングにとんとご無沙汰だなぁと思った。
ボウリング場からは会員更新手続は今月末までという案内が届いている。

なんとなくボウリング場から足が遠のいてから10ヶ月経つ。
4年生の話を聞いたら、またちょっとやってみたくなって、日曜日にボウリング場に行った。
まず3ゲームほど投げてみて、満足できるスコアだったら会員を更新し、うまくいかなかったら足を洗おうと思って出かけた。

久しぶりの割にはそこそこのスコアが出て、いくらなんでもシックススは無理でも、ターキーが出たので気分をよくした。
それに加えて、ピンアクションがよく、またピンの倒れる音に快感を覚えて、会員を更新することにした。

この行きつけのボウリング場はスタッフの対応がめちゃめちゃによい。
久しぶりに顔を出したら、とても歓迎してくれて、「待っていましたよ−」と声をかけてもらった。
足が遠のくと気持ちが重くなるものだが、こういう心遣いがあると、またボウリング場に行こうかなぁと思う。
多少スコアが荒れても楽しい。

そんなことで、また時間を見つけてボウリング場に通おうかと思っている。

2月21日 (月)     お店のなまえ

以前、薬のなまえについて書いたことがあるが、今日はお店バージョン。
世の中にはいろいろなお店があって、そのなまえにふっと惹かれることがある。
どのお店も経営者がきもちを込めてつけたなまえであろう。
こどものなまえと一緒で、経営者にとってお店のなまえは人一倍思い入れが強いのではなかろうか。

最近気になったというか、気に入ったお店のなまえを挙げてみる。

atio 
スーパーマーケットのなまえである。
昔からちょっとおしゃれななまえだなぁと思っていたが、由来を聞いたらおもしろかった。
大分をローマ字で書いて、逆から読むとこうなる。

木かげ亭
山の中のパーキングエリアにあるレストランのなまえである。
山の中にぴったりのなまえだと思う。
なんだかほのぼのするというか、気持ちが安らぐ。
ゆったりと食事ができそうな気がする。
この前、このお店を知ったときには閉店の時刻を過ぎていた。
今度開いているときに一度立ち寄ってみようと思う。

花野果(はなやか)
農産物直売所のなまえである。
花・野菜・果物と農産物の頭の文字を組み合わせて「はなやか」と読ませる。
なかなかよいネーミングだと思う。
これを考えた人は、本当に自分たちが作っている農産物をいとおしく思っているんだろうなぁと思った。

最後は実際にそういうお店を知っているのではなく、やめた方がよいと思うなまえ。

紫陽花亭
一見おしゃれに聞こえるこのなまえはレストランのお店にはふさわしくない。

2月20日 (日)     ポテトサラダ

昨日の講演会で、ジャガイモの機能性について語られていた。
それを聞いていたら、ジャガイモが食べたくなって、そういえば秋に父親がたくさん送ってくれたよなぁと思い出して箱を見たら、赤芋がいっぱいあった。
さて、これをどうやって食べようかと考えたら、父親の得意のポテトサラダが思い浮かんだ。
よく「おふくろの味」などと言うが、私にとっては「おやじの味」である。
父親の作るポテトサラダは、右に出るものはないと思っている。

5年前に父親が入院するときに、秘伝のレシピを教えてもらってそのときは作っていたが、最近ご無沙汰していた。
そのレシピを思い出しながら作ってみた。
意外に短時間でできたのは、最近の弁当作りの賜物であろう。

できあがったポテトサラダはおいしいにはおいしかったが、父親の味には近づかなかった。
芋がおいしいので、味付けが多少狂っていても十分においしい。
しかし「おやじの味」は出なかった。
まだまだ修行が足らない。
芋はまだたっぷりあるから、しばらくは究極のポテトサラダを目指そうと思う。

2月19日 (土)      福岡での1日

今日、九州大学で、産学共同研究に関する公開講演会があり、私の研究室と共同研究をやっている研究者が発表するというので、出向いていって聴講した。
他にも全部で6社の研究発表があり、それは中小企業の発表ばかりであったが、中小企業と大学との共同研究のスタンスとか、中小企業が大学に期待していることなどが随所で語られていて、非常に参考になった。
どの企業にも、研究に対して大きな情熱を持った人がいて、それがそれぞれの企業の考え方となって現れていた。
このような形で仕事を任された研究員はやりがいがある日々を過ごしているのではないかと思う。
その反面、苦労も並大抵のことではないだろう。
そんなことで、研究スタンスを再認識するためには、この講演会は非常に有意義であった。

夕方、講演会が終わったら、福岡で仕事をしている次男坊にあって、夕食をともにする手はずであった。
ところが、講演会の途中に長男から電話があって、ふらっと福岡に行くと言ってきた。
そういうことなら、子どもたち3人と一緒に食事をしようということになり、夕方、4人で合流して天神でカレーライスを食べた。
スリランカカレーはこれまで口にしたことはなく、新鮮であった。
とても辛かった。

長男とそのつれあい、そして次男坊の3人はとても仲がよい。
親と会うより、彼ら同士で会っている機会の方が多いようである。
彼らの話を聞いていると、すっかり社会人の会話である。
「仕事」という共通の土俵ができて、親としても社会人の先輩としての立場から話をすることができる。
子どもたちも頼もしくなったなぁと思ったりするのはやっぱり親バカという名の親心。

2月18日 (金)     卒論発表会

4年生にとって最後のイベント、卒論発表会が行われた。
毎年恒例の行事で、100号教室に生活分野と家庭科の学生が全員集まって、発表会が行われる。

発表会が始まる前に、学生からどんどん質問するようにとアナウンスしたら、今年は大いに盛り上がった。
それも3年生だけではなく、2年生、1年生からも多くの質問が出た。
座席の後方で様子を見ていたら、特に1年生がメモをとりながら、熱心に聞いている姿がとても印象的であった。

学生の質問は、昨日予想したとおり、基本的なものが多く、逆に言うと、そういう質問ができるということは、問題意識をもって話を聞いているということである。
おかげでいつもなら、時間が相当早く終わるのであるが、今日は予定していた時間の通りであった。

大学が短大や専門学校と違うところは、卒論があることだと思っている。
一つのテーマを掘り下げて追求するという経験は大学が得意とするところである。
最近は大学や学部によっては、卒論がないというところもたくさんあって、なんだかもったいないような気がする。

発表会が終わって判定会議があり、全員無事に卒論の単位が認められた。

夜は追いコン。
初めての試みとして、立食パーティーの形式で行った。
場所が広かったので、学年を超えての交流が存分にできたのではないかと思う。

発表会が終わると、1年が終わったような気がする。
週末は一息入れて、また来週から3年生を中心に新しい1年が始まる。

2月17日 (木)     リハーサル

明日の卒論発表会に向けて、ゼミでリハーサルを行った。
卒論発表会は、実験や発表会と違って、4年生は自分の力にしか頼ることはできないから、実験や論文のまとめとは異なって、私はあまり口を出さない。
不親切な指導だと思われていたことだろう。

これまでにやってきたことをいかに理解し、自分でもよくわからない素材をどう咀嚼して、もっと何もわからない人たちに伝えていけばよいかを学ぶ絶好の機会である。
これこそ社会に出てから最も役立つ勉強であり、学生生活最後のものとしてふさわしい。

各人それぞれに工夫をして、パワーポイントの図を作り、発表原稿を考えていた。
午後、ゼミで3年生を交えて、リハーサルを行った。

3年生からの質問は鋭かった。
鋭いと言うより、素朴あるいは基本的と言った方がよいかもしれない。

実験のことばかりに頭がいっていると、基本的なことが理解できていないことがある。
今日のリハーサルはそのあたりを押さえるためにとても有意義なものであった。
リハーサルで答えられなかったことについては、私が少し補足をして理解を深めてもらった。

リハーサルが終わって、4年生の緊張感が高まったようだ。
私はいつもより遅めに帰ったが、まだ発表に向けて準備をしていた。

2月16日 (水)    思い入れと思い込み

産学交流会に出席した。
食品加工に携わっている人たちが現在抱えている課題について、大学の教員が少しでもお役に立てればという趣旨である。

事例報告では、みなさんが自分が作っている加工品についての思いを熱っぽく語ってくださった。
主観的にみると、すばらしい商品ばかりである。
これを買わない人の気が知れない という気持ちが伝わってくる。

客観的にしか商品をみない客は冷淡である。
生産者の思い入れに対しては興味を示さない。
自分にとってメリットのあるモノしか買わない。
生産者の思い入れが思い込みになってしまうと、悩みが生じることになる。
こんなよいものを買ってくれないことが理解できない というわけである。

思い入れは自分の仕事のモチベーションを上げるためには、非常に大切なことである。
強い思い入れがあるからこそ、仕事にやりがいを見出すことができる。
それが自信となって大きな仕事に発展することができる。

しかし、ときにはその思い入れを客観的に見ることも必要である。
多くの仕事には相手がある。
相手のことを考えずして、自分の世界の中だけでする仕事というのは仕事ではなくて、趣味である。
他人の趣味につきあうほどヒマがあったり、お金を使ったりする人はいない。

今の自分の仕事について、思い入れはあるか、思い込みになってしまってはいないかと考えてみる。
思い入れが乏しくなっているのではないかと思う。
どこか覚めている。
よくないとは思いつつも、エネルギーが湧かない。
何か新しい仕事にチャレンジすることが必要だなと思う。

思い込みは自分で認識できないことが怖い。
きっと何かあるはず。

仕事をしてみて、相手が満足しているかどうかを判断基準にしてのがよいかなと思う。
相手が満足してくれれば、自分も満足するのだと思う。

2月15日 (火)     PET検診

年に一度のPET検診に行ってきた。
全身のがん検診である。
今年で6回目。
そろそろがんが出てきてもおかしくない歳格好だから、早期発見はとても意義があると思っている。

毎年この日記でPET検診について触れているので、書くこともあまり代わり映えしない。
結果から先に述べると異常なし。
このことはほぼ推測できていた。
がんが見つかる可能性が高い胃と大腸は直近に内視鏡検査によって異常のないことが確認されているからだ。
その他のがんは罹る確率が極めて低い。

毎年検診を受けていると、以前の結果と比較ができるから、より安心である。
検診が終わって異常なしがわかったら、気分がよくなって、ちょっと美味しい食べ物を買ってきて夕食で食べた。
そうしたら食べ過ぎてしまい、胃がもたれて苦しい思いをした。

2月14日 (月)     バレンタイン

今日はバレンタインデー。
男性は女性からチョコレートのプレゼントをいただけるというありがたい日である。
最近は男性女性に限らず、自分チョコなるものもあるらしく、要はチョコレート業界の陰謀であるような気もする。
年に一度くらい、おいしいチョコレートでちょっとしたぜいたく気分を味わうのもよいのかもしれない。

私に「チョコレートをいくつもらったか」と尋ねる人がいる。
そういう人は「だれからももらえなかった」という台詞を期待しているのだろうか。
そういうことになったらチョコレートをくれるのであろうか。
「両手に余るほどもらった」という台詞を期待して、うわまえをはねようという魂胆なのだろうか。
いずれにしてもそういうことを尋ねる人は私にチョコレートをくれたりはしない。

今年も心のこもったチョコレートをいくつかいただいた。
ありがたいことである。
気にかけてくださっている気持ちに感謝している。

モノでははく、気持ちが大切である。

2月13日 (日)     短期記憶

今年に入ってから、身体がガタッとおかしくなっているような感じがするが、頭もよりおかしくなってきた。
今聞いたことをすぐ聞いている。
アレをやらなきゃと思ってその部屋に行ったらもう何をするんだったっけと思っている。
ふとモノを置いたら、置いたことを忘れている。
頼んでおいたことをすっかり忘れている。
今見たヒトのなまえを思い出せない。

とにかく、短期記憶がない。
頭に何も残らない。

仕事にも差し支えが出ているような気がする。
たぶん他人に不愉快な思いをさせたり、迷惑をかけているに違いない。
自覚がないからわからない。

去年の今頃も同じように物忘れがひどくなって、脳神経外科で診てもらったが、異常ないと言われた。
今年もこの時期にということは、季節性の現象なのだろうか。

物忘れをカバーする方法として、メモをとるという方法があるが、メモをとることを忘れる。
とったメモをどこにおいたかわからない。

なんだか情けなくなってくる。

2月12日 (土)      久保先生最終講義

この3月末日をもって定年退職される久保加津代先生の退職記念講演会、すなわち最終講義が13時過ぎより100号教室で開催された。
多くの卒業生が集まってくださり、在校生も出席して盛会であった。

久保先生は住居学がご専門なので、当然講義は住まいに関するもので、タイトルは「住まい方は生き方」であった。
住まい方の事例を多くの写真で丁寧に解説してくださった。

私は、若い頃は家にはあまり興味がなく、と言いながら、いくつかの家を転々と移り住んだが、歳をとるにつれて、生きるためには住まいは大切だなと思うようになってきた。
家の中の段差や室温がとても気になるようになってきた。
まさに住まい方は生き方だなぁと実感した。

第2部は同窓会ということで、家庭科の大先輩の先生2名が貴重なお話を聞かせてくださった。
若い人たちには「温故知新」でよい勉強になったのではないかと思う。

第3部が交流会。
会場を街に移しての会となった。
懐かしい卒業生がたくさん集まってくれて、私も楽しいひとときを過ごした。

久保先生とは22年間にわたって一緒に仕事をさせていただいた。
特に生活分野を担当するようになってから、いろいろな面倒な仕事は全部久保先生に任せてしまい、楽をさせていただいた。
4月からはそういうわけにはいかない。
むしろ面倒な仕事を積極的にやっていかなければならない。

久保先生、長い間ありがとうございました。

2月11日 (金)     遠足

この前に日曜日、長男夫婦が家にやってきたときに、11日は仕事が完全に休みだと言っていたので、それじゃひさしぶりに親子でどこかに行こうかという話になった。
彼らはいきつけの熊本のいちご農園に行きたいという。
私は馬肉コロッケが食べたくて、これも熊本である。
いちご農園と馬肉コロッケは近くはないが、遠くもないので、そこに行こうという話がまとまった。

あいにく昨晩から冷え込んで、山では雪になっていると天気予報が言っていた。
長男から「どうする?」と電話があったが、とりあえず行けるところまで行ってみようということにした。

朝家を出て長男の車で一路西に向かった。
道路の脇には雪が積もっていたが、道路は除雪されていた。
熊本県境のあたりは雪がたくさん積もっていて、信州のスキー場の雰囲気であった。
久しくこういう景色を見ていなかったから、今日は非常にラッキーであった。

道の駅で休憩を取って、馬肉コロッケのお店に着いたのはお昼ちょっと前。
早速コロッケを頬張り、3軒となりの洋菓子屋でシュークリームを買い求め、2つ食べた。
近くの道の駅でおむすびを買い求め、これを頬張って、昼食は終わった。
なんとなく中途半端であったが満足した。

もう1箇所道の駅によって、ちまちまと食べ物を買い、メインのいちご農園に着いたのは14時過ぎ。
彼らの行きつけの農園で、農園のご夫婦があたたかく迎えてくださった。
いちごは朝からお客さんが多くて、よいものはほとんどなくて、少し残念ではあったが、堪能した。
農園のご夫婦と話が弾んだ。

この農園には親子連れがたくさんやってきていた。
私たちも親子連れである。
ただし、他のすべての親子連れは30代の両親と8歳未満の子どもたち。
50歳代の親と20歳代の子の親子連れはいない。
親が子に連れられてきたから、私たちは親子連れではなく子親連れである。

初めてのいちごがりは新鮮な経験であった。
帰り道、道沿いにひっそりとあった豆腐屋で豆腐や油揚げを求め、ミートショップで少し贅沢をして牛肉を買い、最後の仕上げで道の駅で野菜などを求めて帰宅した。
19時になっていた。

こういう遠足は久しぶりであったが、1日楽しむことができた。
ドライブをして、ちまちまと食べ物を買い、つまみ食いをいっぱいして、満足であった。
おまけに、車を運転しなくてよかったので、なおさら快適であった。

2月10日 (木)     研究会

夕方、共同研究をおこなっているテーマについての打ち合わせがあったので、研究室を早めに出て、これに出席した。
その前に市役所に行って、書類を取り寄せ、診療所に行って薬をもらってきた。

日頃研究室の中に閉じこもっていると、その研究の位置づけや意義、解釈や課題といったものが見えにくくなってくるが、大きな立場で考えると方向性が見えてきたり、課題が見えてきたりする。
結果の解釈も、構成メンバーのバックグラウンドによって、変化する。
そういう見方もあるんだなぁとよい勉強になる。

あわせて、今やっている研究の意義が見えてきて励みにもなる。
やはり研究はディスカッションが大切である。

熱い議論が終わったら、打ち上げをしましょうか という話になった。
打ち上げをする中でまた新しいアイディアが出たりする。
人間関係もよくなって、ますます仕事を進めようという気持ちになることができる。

2月9日 (水)    教授会

毎月第2水曜日は定例の教授会がある。
名前は教授会だが、構成メンバーは教育福祉科学部教員全員であるから、教授だけが集まって会議をするのではない。
なので教授会という名前はふさわしいものではなく、教員会議と称した方がよいのではないかと思っている。

教授会は議題が多いときには時間がかかる。
逆に議題が少ないときには早く終わる 
はずである。
ところがうまくしたもので、議題が多かろうと少なかろうと、終わる時刻はそんなにかわりがない。

なぜそんなことが起こるのかというと、これはあくまでも推測であるが、雰囲気から察するに、
議題が少ないと、意見を述べる人が多い。
なので、議論が進む。
空回りすることもある。
議題が多いと発言も少ない。

もう一つ興味深い現象がある。
1回発言をした先生はたいてい2回目、3回目と発言する。
エスカレートして独演会になることもある。

毎回、重要な議題が多いので、しっかり聞いていないと、漏れがあったりしてみんなに迷惑をかけるから注意をしなければならない。

さて、今日はミニFD講演会と選挙があったから、かなり遅くなった。
2月はときどき選挙があるから、時間がかかることが多い。
今日も選挙が終わって議事が始まったのは、教授会が始まって2時間を経過してからであった。

教授会が終わったら20時30分。
朝早くから研究室にいる私にとってこの時間はつらい。
帰宅してごはんを食べて弁当の準備をしたら、日付が変わってしまった。
こういう忙しい日は食事もテキトーに済ませて、弁当の支度などパスすればよいのではないかと思うが、食べるということを大切にしたいので、どうしても時間をかけてしまう。
健康に生きるためにきちんと食べることは大切であるが、そのことにこだわって睡眠不足になってしまっては本当によいことがどうか疑問に思ったりもする。

2月8日 (火)     菓子依存症

菓子が離せない。
朝、研究室で気分転換に食べる。
午後、研究室で気分転換に食べる。
夜、夕食を食べてから仕上げに食べる。
1日3食である。
米のめしは2回しか食べないこともあるから、菓子が食事のようになってしまっている。

栄養指導的に言うとよくないから、菓子を食べるのをやめるべきである。
そのためには目につくところに菓子をおかないようにしなければならない。

研究室にはだれかのおみやげがあって、菓子が途切れることがない。
家にもいただきものの菓子が尽きない。
へたをすると買ってきてまで食べている。

菓子の内容も、スィーツ、和菓子、駄菓子、なんでもござれ。
甘かろうと塩辛かろうと何でもよい。

仕事の内容が肉体労働ではなく、頭脳労働だから(たいして頭を使っていないが)、甘いものやブドウ糖源を身体がほしがるのであろうか。
そうえいば、大学の教員には菓子好きな人が多い。
男性の教員でもチョコレートを欠かさない人がいることを知っている。
お酒は飲まないが、甘いものを食べないと気が済まないという高名な研究者を知っている。

そういえば、テレビが何かで見たが、大分県民はスナック菓子の購入量だか消費量が全国一位らしい。

お菓子は人生の楽しみの一つ。
あまりのめりこみすぎないようにほどほど楽しくつきあっていきたい。

2月7日 (月)     久しぶりのプロトコール

3年ぶりの実験をやった。
タイムコースが綿密に決められていて、ガチガチのスケジュールで進める実験である。
鉄道のダイヤグラムのような実験である。
3年前にこの実験をやっているときは、実験が終わったら相当くたびれてその日は他の仕事ができなかったほどだ。
またあの実験をやらなくてはならないかと思ったら気分が重かった。

案ずるより産むが易し。
やってみたらきわめてスムーズに終わった。
失敗もなく、ほぼタイムテーブルの通りに進んだ。
梅木さんと学生のフォローのおかげである。

3年前と違うことが一つだけあった。
サンプルを採取する際にターゲットが見にくいことだった。
老眼鏡を持ってくるべきであったと思ったときには遅かった。
指先の感覚に集中したら、目が見にくくてもうまくサンプリングをすることができた。
かえって見えない方が調子がよいのではないかとも思った。

今日は予備実験。
測定を行って、といっても測定は他の研究機関にお願いするのだが、よい結果が出れば本実験を行う予定。
本実験に進むことができるようなデータが出るとよいなと思う。

2月6日 (日)     外食

昨日、ふと長男夫婦に1ヶ月近く会っていないなぁと思っていたら、心が通じたのか、昼前に家に二人でやってくると電話があった。
1ヶ月も経つといろいろと話題が尽きず、夕方まで盛り上がった。

夜は外で食べようという話になった。
どこに行こうかといつも悩む。

結局近くのちょっと気になる揚げ物屋に行くことになった。
満足できなかった。
値段が高かった。
値段が高くてもそれに見合ったサービスがあるとか、食器が美しいとか、付加価値があれば納得するのだが、純粋に料理の滞貨として支払う額としては高かった。

お店の人の接客態度が不愉快であった。
タバコの煙や、揚げ物の煙が充満して不快であった。

何よりよくなかったのは、40分待たされたことであった。
大将が素材にこだわり、客にベストの状態で料理を出したいという気持ちがあるのだろうが、それは理解できる。
なので、待たされたというのはこちらの勝手な考えであって、待ってもよいからおいしいものを食べたいという人はこういうお店に行けばよい。
逆に今日の私のように、すぐに食べたいと思うのであれば、こういうお店に行ってはいけない。
ときどき、大将が自分の料理に自信を持っていて、客はそれに従え といった調子でやっているお店がある。
私はそこまでして食べたいとは思わない。

外食では気を遣わずにくつろぐことができ、値段もリーゾナブルでそこそこおいしく、家ではなかなか食べられないものが食べたい。
このように外食に対する期待値があまりに高いので、それをクリアできるお店がなかなかなくって、余計に外食するのがつまらなくて、そんなことなら家で自分で作った素人料理を食べている方がよっぽどうれしい。

2月5日 (土)      ケーキ

テレビであるパティシエの仕事を取り上げている番組を見ていたら、急にケーキが食べたくなった。
最近の地方雑誌に、家の横のケーキ屋のロールケーキが紹介されていて、これが美味しそうだったので、買ってきた。
1本はとても食べられそうにないと思い、ハーフサイズを買ってきた。

ロールケーキは少し前からブームになっている。
コンビニのロールケーキも人気があるらしい。

夕食後に珈琲とともに食べた。
美味しかった。
至福のひとときであった。
やみつきになりそうである。

やみつきになるとお腹周りが太る。
財布が痩せる。

ケーキを食べても財布が太ってお腹周りが痩せる という都合のよいはなしがあると言うことはないのだが。
ないなぁ。

2月4日 (金)     脳と腸

腸の具合が思わしくなくて、薬に頼ったら、頭がおかしくなった。
頭と腸はシンクロしていることを実感した。

悩み事があったり、不安になったりすると腸の調子が悪くなることはよく知られている。
高校生の頃は試験が近くなるとお腹をこわしていた。
今回は腸の動きが悪くなっているが、最近不安感が強くて、それが腸の動きに反映されたのだろう。

今日は便通を改善するために薬を飲んだら、便通はよくなったが、頭が普通ではなくなった。
ふらふらするし、考えがまとまらない。
めまいはするし、イライラする。

頭の働きが腸の働きに影響することはわかっていたが、腸の異常な動きが頭の異常になることを知った。
こうして考えてみると、腸の健康は頭の健康。
腸の不健康は頭の不健康。
腸の調子を整えることが頭の調子を整えることにつながるのではないかと思った。

2月3日 (木)     佐々木さん

佐々木さんは両親がたびたび入院する病院の看護師である。

父親がこの佐々木さんのことを気に入っていて、とても信頼している。
彼が5年前に入院したときに、佐々木さんの気配りをとてもうれしく思ったそうだ。

佐々木さんの勤務する病棟はたびたび変わるらしく、去年母親が入院したときにその病棟の担当であった。
今回の入院はまた別の病棟であったが、佐々木さんがいた。
父親は佐々木さんの顔を見たらとても喜んで、「初恋の人に再会したみたいだ」と興奮していた。

佐々木さんの気配りは、常に患者の視線にあるということである。

昨日も、担当医師に面会する約束をしていたのだが、時間になっても会うことができず、どうしたものかと思っていたら、佐々木さんが声をかけてくれた。
事情を話したら、佐々木さんはすぐに担当医師に電話をしてくれて、少し遅れることを知らせてくれた。
私たちは安心した。
これが佐々木さんではなかったら、医師に連絡することもなく、「もう少し待ってくださいね」と言うところであろう。
つまり、普通の看護師は患者の目線ではなく、医師の目線なのである。
忙しいときに、「まだですか?」と尋ねられたら、尋ねられた医師はよい気はしないだろう。
そんなことを連絡してきた看護師のことをよくは思わないだろう。

佐々木さんはそんなことを承知した上で、医師に直談判をする。
あくまでも医師と看護師は同じ立場に立って患者に接することを心得ている。
こういうことは教育によってできることではない。
ある種の天性というべきものである。
こういう看護師に巡り会うことができた両親は幸せ者である。

2月2日 (水)    母親の転院

元日に入院した母親の経過は極めて順調で、リハビリのために病院をかわることになった。
次の病院は母親も父親も希望した病院で、二人がとても信頼している医師がいる。
転院のために、今入院しているソーシャルワーカーに事情を伝えたところ、話がトントン拍子に進んで今日の日を迎えた。

母親は信頼している医師のおかげだと言って喜んでいたが、父親に言わせれば「俺が段取りをつけたんだ」とのこと。

いずれにしても、転院先の病院は二人にとってとてもよい環境のようで、たいへん喜んでいた。
入院して喜んでいる入院患者も珍しい。
ひょっとしたら自分の家より居心地がよいのかもしれない。
たしかに、母親はいつも病人でありたくて、そのことを周りの人に訴えたいから、病院は格好の住処なのかもしれない。

父親は19日に東京である甥っ子の結婚式が終わるまでは病院において欲しいと医師に頼んでいた。
医師は快く受けてくれた。
ありがたいことである。

老老介護をする中で、介護する方の精神的ストレスをいかに和らげるかがどれほど重要であるかを理解してくれている。
この病院でこの医師にお世話になることができるのは百人力である。
本当にありがたいことである。

2月1日 (火)     入院は個室

父親と、病院に入院したら大部屋がよいか個室がよいかというたわいもない議論をした。

彼は断然大部屋派。
人なつっこい性格からか、大部屋で同室の人といろんな話をして、友だちになるのが楽しいのだという。
そういえば、5年前に入院したときも、手術の前日まで同室の人とわいわいやっていて、手術日の朝にはみんなが激励して見送ってくれたという。
この人の性格なら大部屋がよいだろう。

私は断然個室派。
一人っ子で育ったせいか、一人でいることにはまったく抵抗がない。
むしろできるだけ他人とかかわりたくない性格だ。
入院という特別な事情の元ではなおさらである。

大部屋だと他人に気を遣う。
いびきなど他人の動向も気になる。
話をしたくないときに話しかけられて、不機嫌な顔を見せたら嫌われるだろうから、それもよくない。

個室はお金がかかるが、入院して1ヶ月個室にいたとしても、そのくらいなら何とかなる。
そのためにしっかりと医療保険に入っている。