8月31日 (火)    8月も終わり

今日で8月も終わる。
一般世間的にいうと、夏休みが終わる。
しかしそういう実感がまったくない。

今日は午前中が学生の授業の発表会。
午後は会議二つ。
夜は明日の卒論中間発表の打ち合わせ
と昨日に続いてめまぐるしい1日だった。
夏休みということを感じないような1日だった。

それにしても8月は暑かった。
大分市の8月の平均気温は観測史上最高に高かったという。
まだまだ残暑が続く。

8月は変化の大きい月であった。
月の初めはまだ試験が行われていたから、キャンパスは学生で賑わっていたが、2週目になる頃から人が減り始め、週末に夏期休暇に入った。
ここで土日を入れて5日間の休みがあった。
普通の会社だったら、このくらいの夏休みがとれるだけでも幸せな方であろう。

まだまだ休みが足らないなどと贅沢な気持ちをいだきつつ、仕事を再開したら、書類書きに追われる毎日。
そしてあっという間に下旬になったら、いろんな発表会の準備だの、会議の準備だの、大学院の授業だの、実験だので結構バタバタした。

ありがたいことに授業が始まるまであと1ヶ月ある。
その間に後期の授業の準備をしたいが、何かと打ち合わせの予定があったり、報告書をまとめなければならないなど、やっぱり毎日バタバタしそうな予感がする。

8月30日 (月)    大学の仕事

私の大学での仕事の内容としてどんなものがあるかをちょっと考えてみると、
1.教育
2.研究
3.学生指導
4.学部の管理運営

が思い浮かぶ。

今日はこれらを全部やった。
それもどれもこれもボリュームが大きかった。
全部やる日は珍しい。

午前中は大学院生に授業をやり、
午後は実験をやり、
直後に明日の成果発表会に関する学生指導と発表会の準備。
そして夕方は学部長との面談。
夜は卒論中間発表の打ち合わせ。

実にめまぐるしい1日であった。

8月29日 (日)    閉店

生まれ育った故郷のデパートが今日で閉店したというニュースを聞いた。
36年の歴史に幕を閉じた。
このデパートが開店したのは昭和49年。
オイルショックのまっただ中か直後だったと思う。
バスターミナルが併設されたビルの中にあったので、大学生になってから祖父母の家に行く時にはこのバスターミナルでバスに乗った。
バスに乗るまでの間、このデパートで買い物を楽しんでいた。

今回の閉店は、ビルの建て替えに伴うもので、立替後の再入居の条件が折り合わなかった結果らしい。
しかし営業的には黒字だったそうなので、ビルの建て替えがなければ閉店にはならなかったはずである。
理由は何であれ、なじみであったデパートがなくなってしまうのは何とも寂しい。

21世紀になってから全国のあちこちでデパートの閉店や倒産、合併の話を耳にする。
デパート業界はかなり厳しい状況になっているのだろう。
消費志向が変化している。
多くの人びとは郊外の大規模ショッピングセンターに行く。

そういう厳しい状況下にあって、JRの大きな駅に併設されているデパートは好調のようである。
JRの戦略が功を奏しているのだろう。
その戦略はたいへん興味深い。
それぞれの駅のデパートが全部異なっている。
東京駅は大丸、名古屋駅は高島屋、京都駅は伊勢丹、そして来年開業する博多駅は阪急である。
個性を出させて競争させようという目的があるのかもしれない。
あるいは、それぞれの駅の個性を際だたせるためにやっているのかもしれない。

どの世界も競争は激烈である。
実力がないところは淘汰されてしまう。

8月28日 (土)    毛髪

昨日に続いて体毛に関する話題。
加齢に伴う大きな変化のひとつに毛髪がある。
外見ががらっと変わる。

変化には2種類あって、ひとつは毛髪がなくなっていくこと、もう一つは毛髪が白髪に変わっていくことである。
私は前者。
幸いにして前から見ると、ちゃんとあるし、色も黒いから、他人の目からは若く見えるらしい。

ところが自分でも十分に認識できないが、頭頂部の毛髪が減少している。
頭頂部に風や雨が当たることを感じるときに毛髪の減少を意識する。

私は白髪になるほうを希望していた。
希望していてもその通りにはならないが。
白髪でも毛髪が残っていれば、いろいろな色をつけて楽しむことができる。
毛髪がなくなってしまったら、そういうことを楽しむことができない。

毛髪のことを気にする人がいる。
そのことに対応するビジネスがある。
しかし、私は他人の毛髪が気にならず、白髪はそれなりに魅力があるし、毛髪がないのも味があってよいと思う。

なので、自分も容姿といった観点からは気にならない。
ときどき、下の子が頭のてっぺんにふっと息を吹きかけるなどという無礼なことをすると少しカチンとくるが、まぁその程度のこと。

8月27日 (金)    髭

私は髭が濃い方ではない。
しかしながら、加齢とともに髭の伸びる速度が速くなってきたような気がする。
毎朝、電気カミソリでささっと剃るのであるが、夜鏡を見るとそり残しの髭がおそろしく伸びていたりしてかっこ悪いなと思ったりする。
ときどきシャワーを浴びる時にひげ剃りを使って剃るとさっぱりする。

最近髭の中に白いものが増えた。
加齢に伴って体毛が白くなる部分が増えてくるが、真っ先に白くなるのは髭なのだそうである。

白い髭を見つけるとなんだかうれしくなる。
重ねてきた人生を垣間見るような気がする。
重ねるほど大した人生を過ごしているとは思えないが、なんとなくうれしい。

ときどき髭を伸ばしてみようと思って長期に休みがある場合など、髭を剃るのをやめてみるが、結局似合わないなと思って剃ってしまう。
1週間ともたない。

8月26日 (木)    MRI

右目の白目がいつも充血しているので、半年に一度、眼科医師に診察してもらっている。
悪性リンパ腫の疑いをもたれ、心配しているが、そのような様子もなさそうで推移している。

しかしながら充血は一向に改善されないので、医師の薦めによって、頭のMR検査をしてもらった。
結果はまったく異常なしとのことであった。
ついでに脳の様子も見てもらったが、こちらもへんな萎縮などなく、極めて良好とのことであった。
最近物忘れが激しいので、アルツハイマー症などがあるのではないかと心配していたが、否定された。

今月は胃カメラによる検査も受けた。
早期発見、早期治療が大切だが、ちょっと健康オタクになっているような気がしないでもない。
あちこち具合の悪いところを探しては、診療所を訪ねていく。
たいてい異常なしで終わる。

来月になったら歯の定期検診がある。
胃の薬もなくなる。
来月も診療所通いが続く。

医療費もバカにならないが、個人が負担する分はよいとして、国全体の医療費のことを考えると、国民全員が私のような行動に打って出たら、健康保険制度は破綻する。

8月25日 (水)    フルーツ

フルーツが美味しい季節である。
この時期の一番のお楽しみはぶどうである。
それも巨峰。
毎年実家から送られてくる。
毎年気を遣って贈ってくださる方もいる。
今年は他の方からもいただいた。
ありがたいことこの上ない。

ぶどうはとてもジューシーで、ほどよい酸味があって甘みもしっかりあって、冷やして食べるといくらでも食べることができる。
昔父親がこの季節にぶどうを食べ過ぎて一気に5kg太ったことがあって、次の年は一切口にしなかったことがある。
この人は意志が固いというか頑固というかやることが極端である。

梨もおいしい。
この前の休日、車を走らせて生産直売所で買ってきた。
しゃきしゃきとした歯ごたえがまたよい。
梨にはソルビトールが含まれていて、便通を改善する働きがある。
食べ過ぎると便通がよくなりすぎる。

少し前は桃がおいしかった。
もう桃は終わった。

私の好きなフルーツはジューシーなものが多い。
もうしばらくの間、ぶどうを楽しんで、その後は梨が10月末まで楽しめる。

8月24日 (火)    無題

いつまでたっても暑い。
そろそろ何とかならないかと思うが、天気予報は非情にも9月中旬くらいまで猛暑が続くのではないかと言っている。
暑い時には外に出ないようにして健康管理には気をつけたいと思うのだが、この暑い中でも外で仕事をしているひとはたくさんいて、そういうひとたちのおかげで私たちが快適に暮らすことができるのだと思うと申し訳ない気持ちになる。

今日は朝から実験の1日であった。
正確に3分ごとに作業を行うという実験である。
この方法で行う実験も3回目ということで、このシステムにはだいぶ慣れた。
おかげで大きなミスをすることなく終えることができた。
小さな失敗はあったが、それは織り込み済みである。

学生も実験に慣れて、てきぱきと動けるようになってきた。
きわめて喜ばしいし、ありがたいことである。

実験はもちろん大切だが、来週の卒論中間発表の準備が私的には遅い。
どうなることやらと思う反面、やるだけのことしか身にならないからこっちがカリカリすることもないかとも思う。
準備が遅いとか、不十分だとか、そういうことは口で言われてもなかなか理解できるものではない。
もちろん理解できる学生もちゃんといる。
理解できない学生は一回たいへんな目にあってみると、次からはよくなるだろう。
社会に出る前だからそういうことをしても許されると思ったりもするが、できれば避けて通ってほしいと思う。
いや待てよ。他人が見たらたいへんな目にあっていると思うことも、当の本人はどうも思わないかもしれない。
そういう生き方もストレスを貯めないという意味ではよい人生を送ることができるのかもしれない。

最近は、ガミガミ言う元気がなくなってきたせいであろうか、学生にある種の緊張感が乏しくなっているように感じる。
私に甘えているように感じる。
約束の時間を守らない。
期限というものを意識しているように思えない。
やりたくないことはやらずにいても何とかしてくれるだろうと思っているのではないかという雰囲気を感じる。
指導する私が悪いのか、そういうことは指導される以前のことであって学生の方に問題があるのかわからない。

8月23日 (月)    打ち合わせの1日

月曜日は憂うつな朝から始まる。
多くの人は同じような気分で月曜日の朝を迎えているのではなかろうか。

月曜日の早朝はまったく仕事がはかどらない。
ウォーミングアップに時間がかかる。
そうこうしているうちに、梅木さんや学生がやってきて恒例のブリーフィング。
これが今日の忙しさの始まりであった。

ブリーフィングが終わるや、卒論中間発表の打ち合わせ。
その間に機械を届けに来てくださった方との対応や、書類を書いていたら、昼休みに3年生と打ち合わせをすることをすっかり忘れていて迷惑をかけてしまった。

午後からは会議。
13時から16時まで。
ちょうど予定していた3時間で結論が出た。
議長の絶妙の進行に脱帽した。

終わるや否や、再び3年生との打ち合わせ。
バタバタしているうちに夜になってしまった。

おかげでメールを打ったり、物品を注文するのが遅くなってしまった。

学生と話をしていると、あなたたちそんなにのんびりしていていいの?と思うことしきりである。
少し前なら、そののんびりさにカリカリしていたが、最近は頭にくるようなことはなくなった。
わたしが焦っても事態が好転するわけでも学生のためになるわけでもなく、ツケは全部学生にくるのだから、そのようにしておいたらよいと思えるようになってきた。
そのことで次は余裕を持ってことに当たってくれるようになれば、それはそれで学生を成長させることができると思う。

打ち合わせが多いと疲れるが、今日はなぜだか感謝の気持ちが湧いた。
打ち合わせの場所に呼んでもらえるということは、それなりの価値を認めていただいているということだと思った次第。

8月22日 (日)    腐る

夏というのは本当に恐ろしい季節だ。
食べ物にとって。
食中毒が多発するのは当然のことである。

昨日、生揚げと大根の煮物を作った。
私の好きな料理の一つである。
料理といえるほどのものではなく、大根をゆでて、しばらくしたらゆで汁を捨てて、水と調味料を入れて、そこに切った生揚げを入れて、15分ほど煮込むだけである。
電磁調理器にはタイマーもついているから、片手間でできる。

その煮物を夕ごはんに食べようと鍋のフタを開けたら、カビが生えていた。
わずか24時間のことでである。
いくら室温に置いてあったといえども、鍋にフタをして完全に沸騰させてから電源を切り、その後フタを開けないようにしたから、中にあった菌や胞子はすべて死滅して、新たに入ってくるチャンスはないようにしたつもりであった。

甘かった。
6時間毎くらいに何度も加熱しておけばこのような悲劇は免れたかもしれない。

おかげで今日の夕食は一品減り、明日の弁当を急遽一品増やさなくてはならなくなった。

今度から煮物を作る時には十分注意しようと思う。

8月21日 (土)    家事に忙しい週末

いつもの週末のことではあるが、家事が忙しい。
洗濯は平日でもやっているから、問題ないとして、風呂の掃除は週末にする。
朝シャワーを浴びた後、お風呂用の洗剤で壁や床を磨く。
カビ退治をする。
30分くらいかかる。

部屋の掃除。
掃除機をかけるのが基本だが、これも30分かかる。
これは特に夏はやりたくない。
掃除機から熱気が出てとても熱い。
掃除機も古くなってきたので、家人に更新してくれないかと頼んでみたが、まだ使えるからいらないと簡単に却下された。
日頃掃除機を使わない人にはあの熱さが理解できないのだろう。
部屋はときどきフローリングにワックスをかけるが、夏は疲れるのでパス。
おかげで台所やトイレのフローリングが汚れかけている。
掃除機も隅々まで念入りにというわけではないので、埃が溜まっているところもある。
日頃掃除をしない人はそういうところを見つけるのが得意である。
見つけたらその部分をきれいにしてもらいたいものだ。

ベランダの掃除。
これはたっぷり1時間かかる。
夏は暑いので今のところパス。
おかげでベランダは排気ガスで真っ黒である。

一通りの掃除が終わると次は食材を中心とした買い出し。
半額処分品を手に入れることを楽しみの一つとしている。
どこのお店にどのタイミングで行ったらよいかのノウハウが蓄積されつつある。
冷蔵庫がいっぱいになると満足するが、どれもこれも「半額」のシールがまぶしい。
半額のものが買えるとなんだかすごく特をしたような気がするが、そのために費やす時間のことを考えると、トータルではよいのかどうか疑問である。
ただ、半額のものをゲットするという趣味だと思えばこんな楽しいことはない。

次に、車で東にお菓子を買いに行き、西にパンを買いに行った。
いずれも大好物のものばかりで、どの店も日曜日が休みだから、土曜日に走り回る。

買い物からかえって一服した後は、食材の下ごしらえ。
味噌汁に入れる小ネギを刻んで冷凍庫に入れたり、いよいよ賞味期限の苦しくなった材料を加熱調理。

そんなこんなで1日が終わってしまった。

8月20日 (金)    暮らしたいまち

今日の午後はちょっとした用事があって、福岡に出かけた。
出張やら旅行やらで全国あちこちのまちに出かける。
その中で、老後というか、リタイアしたらどこに住もうかと考えることがある。

今は仕事中心の生活であるから、大分に住むことが当然ではあるが、仕事を離れたらどこにいこうとかまわないわけである。
その中で、福岡がいいなといつも思う。
大都市ではあるが、大きすぎるということはない。
食べ物が美味しい。
質のよい品物が豊富であるかと思えば、下町の風情を残す商店街などもある。
娯楽施設には事欠かない。
韓国に近い。
飛行機のアクセスもよい。
気候も悪くない。

大分も捨てがたい。
福岡に比べると、品物が少なく、娯楽施設も少ないが、リタイアする頃の年齢になったら、ちょうどよいかもしれない。
車で1時間ほど走れば、高原や海に行くことができる。
食べ物が美味しい。
物価が安い。

以前札幌にあこがれたことがあった。
この夢はしぼんだ。
冬の雪は高齢になってからではつきあいきれない。
滑って転んで命を落としそうである。
下の子が札幌にいる時に、「北の街は若い頃から住んでいれば問題ないが、年取ってからはつらいよ。」と言っていたが、この冬に札幌に行った時に身にしみた。
札幌はときどき遊びに行くのがよい。

生まれ育ったまちに戻るという選択肢もある。
友だちや親戚が多い。
人的資源は豊富である。
家もある。
しかしリタイアする頃には親もおじもおばも鬼籍に入っていることだろう。

リタイアした後、どこで生活するかというのは大きな問題である。
ひとつ気になっているのはお墓のことである。
仮に親のお墓を大分に建てるとすると、自分も大分に残ることになろうが、子どもたちがどうなるかわからない。
実家のそばに建てると生まれたまちに帰らなければならない。

昔と違って、生まれた家から一度も出ないという人は減った。
仕事の都合で故郷を離れるが、そこが終の棲家になることもある。

いろんな要因が重なって今のところ結論は出ない。

8月19日 (木)    入力作業

一昨日からとりかかっている入力作業、今日も早朝から取り組んだ。
一心不乱にということばが適するほどの気の入れようである。
何としても今日中に形をつけたかった。
一応完成した。
システムに問題があって入力できないところが残った。

丸1日これにかかりきりで、ほかのことは何もできなかった。
休んでいるのとかわらない。
なんだかむなしいが、これも業務のうちで、業務を遂行することによって給料をいただいているから、文句を言えるものではない。

まだひとつ入力しなければならない作業がある。
9月中旬頃までにやらないといけない。
あんまり早くからとりかかっても、トラブルに巻き込まれることがあるので、締め切りにぎりぎり間に合うくらいのタイミングがよい。
今から手帳にそのための時間を確保しておくことが必要である。
入力作業は、邪魔が入るのがいちばんよくない。

それにしても疲れた。

8月18日 (水)    ストレスとイライラ

昨日から入力作業が忙しい。
ずっとパソコンのディスプレイを見ているのだから、目が痛くなり、肩が凝る。
やってもやっても終わらないのでイライラしてきた。

それに加えて、今やっている入力作業は同じような内容で3ヶ所から命じられている。
おんなじことを別々のフォーマットに入れていくという作業がばからしくなってきた。
どっかで情報を共有できるようにしてもらえないだろうか。
精神的にも時間的にも極めて無駄である。

本来の業務である研究や教育に差し支えが出ている。
今日一日で相当ストレスが貯まった。
昼過ぎからイライラがひどくなった。

その憂さを晴らそうと、酒を飲んだら、これがいつもよりたくさん飲んでしまった。
ストレスを酒で晴らすのはよくないとされている。
しかし酒でも飲まないとやってられない気分になった。

帰宅して酒をあおるようにして飲み、食事を満腹になるまで食べて、甘いものも食べた。
そしてすぐに寝た。
これでは胃に悪いことは目に見えている。

ストレスだけで胃の調子が悪くなるところに加えて、こんな食べ方飲み方をしたら、胃の調子はさらに悪くなる。

8月17日 (火)    休み明け

夏休みが終わってまたいつものように始発列車に乗って研究室にやってきた。
幸いなことにそれほどメールがなく、その処理にエネルギーを注ぐことは少なかった。

それでも早朝は今週の計画を立てたり、締め切りが近い書類の作成、書類といっても実際はWeb上で入力するのだが、この作業に追われた。
9時になり、学生が集まっていつものブリーフィング。
実験が立て込んで、卒論の中間発表もあり、忙しくなる。

午前中はなんとなく調子に乗らずに、午後になった。
午後一番は学生の演習の指導。
次に会議。
そして来客。技術相談。
いろいろな相談が持ちこまれるが、自分だけの力で解決できることはほとんどない。
ふさわしい人を紹介し、そちらに行っていただく。
こういう人脈も財産のうちか。
もちろん紹介した人へは一報をいれておく。

夕方、ほっと一息と思ったが、入力作業が半端ではないことがわかった。
今週はこれをやるだけで終わってしまうのではないか。
今週中に終わらないかもしれない。

8月16日 (月)    夏休み

先週12日から週末を挟んで夏期休暇であった。
夏期休暇というより、夏休みと言った方がなんとなくやんわりとしていてよい。

今年の夏休みは実家に帰省するわけでもなく、大きな旅行に行くのでもなく、日常の週末が5日間あったというのが実感である。
家中心で過ごすことが多かった。
毎日のようにスーパーマーケットやデパートに行って食材を買い込み、食事時になったら自分で好きなものを食べて、あとはビデオの整理をしたり、本を読んだり、掃除、洗濯中心の生活だった。

子どもたちが小さい頃は親も元気だったから、長期に休みをとって、フェリーで実家に行っていた。
しっかり遊んで、車に乗りきらないほどの荷物を持って帰ってきた。

その子どもたちも一人は独立して所帯を持ったから、帰省というと、子どもたちが我が家に来ることを意味することになる。
たしかに長男はやってきて2時間ほど話をしていった。
もう一人は同居しているし、お盆はお店が忙しいからいつもとように仕事に出かける。

お盆だからといって私にはお守りをしなければならない先祖もいないから、実家に帰る必要がない。
親の顔なら別にお盆でなくても見に行くことができる。
わざわざ混雑する暑い時に行くものではない。
親もこんなときに来られたら迷惑するだろう。

こうしてみると、夏休みに限らず、人生の多くは子どもが中心であることを感じる。
子育てをしている頃は仕事もプライベートも忙しかったが、子育てが終わってしまうとあとは自分中心の人生となる。
お金の使い方も変化している。
これから老後に向けていつまでにどのくらいの資金を蓄えようか考えた。
この作業は以外に楽しかったが、残りの人生がすぐ終わってしまうような気がした。

今回の夏休みは休養のうちの「休」の部分。
おかげで身体も心も休めることができたが、欲を言えば、もう少し休んでも全く苦にならない。

8月15日 (日)    ネット中毒

夏休み、朝まずやることといえば、インターネットを見ること。
朝から晩まで30分に1回はインターネットを見ている。
ときどきはまってしまって長い時間パソコンに向かっている。

子どもたちがゲームにはまってよくないといわれているが、大人もこれではよくない。
インターネットがおもしろいから、それに熱中して外に出ない。

冷静になって考えてみると、知っても知らなくてもどっちでもよいようなくだらないことを一生懸命見ている。
一生懸命ではないかもしれない。
退屈しのぎにやっているのかもしれない。
退屈を紛らわす手段としてインターネットはよい。
しかし、ふと我に返った時に何かむなしさを感じる。

ごろ寝をしている方がまだ身体を休めることができるから、そっちの方がよっぽど価値があるかもしれない。
インターネットのおかげで生活が便利になったという考え方もあるが、失うものも多いような気がする。
いっそのこと、これを断ち切るという手段もないことはないが、それはそれで不都合もある。
適度につきあうというのがとても難しい。

8月14日 (土)    自堕落の一日

今日は魂が抜けたような一日であった。
買い物にも気合いが入らず、久しぶりに外食しようかとも思ったが、お金をけちって家で冷蔵庫にあるものを食べることにした。
パンだけは買ってきた。

お酒もあまり飲まなかった。
午後、長男夫婦がやってきた。
医療保険について意見を求められ、掛け金と給付金、給付期間、給付を受ける可能性のある年齢など、いろんな立場から検討してそれなりのことを伝えた。
あとは彼らが判断すればよい。

自分の人生について考えてみた。
80歳まで生きるとして、今後お金がどのくらいいるか、早めにリタイアしたいのなら、いつ頃までにどのくらいのお金を貯めたらよいか、シミュレーションをしてみた。
元気な人生を送ることができるは70歳までと考えている。
あと17年半しかない。
そう思うと、元気のあるうちにやりたいことをやりたい。
老後のお金を貯めることも必要だが、今やりたいことにお金を使うことも大切である。
たとえばおいしいものを食べるためにお金を使うとか、旅行にいくのにお金を使うとか。

今大切だと思うことを順番に挙げてみると、
@時間
Aお金
B健康

そのほかはどうでもいいやと思ったりもする。

8月13日 (金)    胃カメラ

ずっと胃の調子が思わしくない。
胸つかえがしたり、胃酸が戻ってくる。食べると胃が重い。
それなりの薬は飲んでいるし、いくつかの検査では悪い病気がはびこっている可能性はきわめて低いのだが、胃カメラはここ4年ほどご無沙汰しているので、一度検査を受けようという気になった。
実は4月から受けよう受けようと思っていたのだが、あのファイバースコープが入ってくる時の苦しさを思い出すと躊躇ばかりしていた。

夏休みにもなったことだし、身体のケアをすることも大切かと思って、意を決して検査に出向いた。
触診とエコーで診察した医師は「たぶん精神的なものでしょう」とおっしゃったが、私もそう思っていた。
しかし念のためということもある。

胃カメラは順を追っていくと、まず、筋肉注射。
これが痛いから苦手。
今日は痛くなかった。
次にどろっとしたシロップを飲まされる。
確か、胃の中の泡を消すのだと聞いたことがある。
ベッドの上に横になると、のどにスプレーの麻酔。
しばらくしてから、静脈注射を打たれると少しだけ頭がぼーっとするが、酒に酔った時よりぼーっとする程度は小さい。
マウスピースを口にくわえると、医師がやってきて、「力を抜いてくださいねー」と言って、ことばとは裏腹にファイバースコープを挿入してくる。
のどから食道を通っていくときがつらい。
胃の中に空気が送られて胃が膨満する。
胃カメラはさらに進入し、十二指腸に到達するのがわかる。
その後胃に戻ってくねくねと動き、最後は抜きながら食道で一旦止まるのがわかる。

ほんの5分くらいの出来事であっただろうが、やはり愉快なものではなかった。
結果は逆流性食道炎があるが、胃はどうもないということだった。
少し安心した。

それにしても胃カメラは苦手だ。
今は鼻から入れるやつがあってそれは楽だというが、行きつけの医師に診てもらう方が安心である。

世の中には麻酔がとてもよく効く人がいて、ある人は麻酔をうたれた瞬間相当ぼーっとして、胃カメラと大腸カメラを続けてやったらしいが、ほとんど何も覚えていないままに終わってしまって、楽だったと言っていた。
この人は日頃から薬は飲まないし、お酒も飲まないから麻酔の効きがよいのだろう。
毎日お酒を飲んで、いろんな薬を手放せない私とは違う。
うらやましいが、仕方がない。

8月12日 (木)    停電

夏休み初日は毎年停電になる。
電気保安協会の検査があるかららしい。

この暑い時期に停電するのはつらい。
というのは、低温で保存しているサンプルが傷む可能性があるからである。
冷蔵庫、冷凍庫に電気が通わないと冷やしてくれない。
なので、いつも年末年始に点検をやってくれないかなぁと思うのだが、そうはうまくいかないものだ。

毎年、停電復帰の昼頃にやってきて、冷や冷やしながら、電源を入れる。
冷凍庫のサンプルが溶けていないことを確認するとホッとする。

しかし、何が起こるかわからない。
停電は午前中に終わると聞いていたが、何かのトラブルがあって夕方までかかったらサンプルが全部ダメになってしまうかもしれない。

去年、飼育室が停電になった時に、発電機を入れてもらってフォローしたことを思い出して、今年は停電の間、発電機を入れてもらうことにした。
多少お金がかかったが、苦労して作ったサンプルがぱぁになることを思えば安いものである。

朝いつもと同じ早朝に出てきて、電源を発電機に交換するところに立ち会い、昼にまた出てきて停電復帰を確認して、事なきを得た。
危機回避「リスクマネージメント」が大切だといわれる。
備えあれば憂いなしという。

今日は特に暑かったから、発電機での対応は正解であった。
来年もこのパターンを使うことにする。

8月11日 (水)    台風4号

台風4号が九州北部の海上を通っていったらしい。
大分市では全く影響がない。
台風がきたのかどうかわからない。
晴れてはいないが、暑い。
朝方少し風が強かったが、それほどでもない。

台風がやってくるのは久しぶりである。
今年はもちろん初めてのことであるが、去年は来なかったような気がする。
8月の台風はよく迷走するが、今回の4号は割合素直に動いている。
夏の太平洋高気圧の勢力が弱くなったせいであろうか。

8月に入ってから時間が経つのが速い。
先週の今日、オープンキャンパスがあって、ようやく前期が終わったと感じてからもう1週間も経ってしまった。
この1週間、手帳を見ると白い。
決まったスケジュールが少なかったことを意味している。

その割に何をしていたかと思い出してみると、これをやったという充実感を覚える仕事がなかった。
だからといって暇にしていたとか、ぼやんと暮らしていたというわけではない。

そういえば先週から今週にかけては、前期末試験の採点に追いまくられていた。
今日が成績締め切り日であるが、間に合った。

夏休み以降の実験計画を考えていた。
サンプル調製の状況によって、数ある実験の順番をアレンジしなければならず、いろいろな可能性を考えていたらけっこう時間を食った。

明日から大学は一斉休暇に入る。
何でも研究室に来てはいけないらしい。
研究室に来ると、たとえ一人でも、電気をつけてエアコンをつけて、パソコンを使うから、電力を消費する。
省エネのためには、だれも建物の中に入れないようにしなければ効果がないのだという。

ということで、次の出勤日は17日。
それまでの間、家で少しばかり勉強することにする。
考え事をして過ごす。

つれづれも休暇中はお休みさせていただきます。
みなさま、よい夏休みをお過ごしください。

8月10日 (火)    野菜

毎日野菜をどっさり食べないと気が済まない。
主にお昼のお弁当で食べている。
最近は野菜が高値になっていて、買うのを躊躇することがある。
それでも旬のものは安いから、そういうものを狙って食べている。
毎日同じ野菜を食べることもしばしばである。

今の季節、ゴーヤがおいしい。
若い頃はあの苦さが苦手だったが、ビールがおいしいと思う頃になってからゴーヤも美味しいと思えるようになってきた。
苦くない品種も開発されているという。
ゴーヤは豚肉や豆腐と一緒に炒めたり、卵を絡ませたりしてもよいが、食欲がない時には、焼きナスのように焼いた後でうすく切ってポン酢で食べるとさっぱりとしていくらでも口にすることができる。

オクラもよい。
あのねばねばが元気の素のような気分にしてくれる。
納豆と混ぜたり、もずくと一緒にするとよい。

ナス。
焼きナスは普通、焼いてから皮をむいて、ショウガ醤油などで食べるが、薄くスライスしたのをフライパンでソテーにして、ウスターソースをかけて食べるのもおいしい。

ピーマン。
中でもシシトウか小ぶりのピーマン。
これをやっぱり焼く。
網の上で焼くのは面倒だから、フライパンで油を使わずに焼く。
切れ目を入れておかないと爆発するので要注意。
味付けは何にもなし。
独特の香りとときどきピリッとくる辛さがよい。

葉物の野菜が高くて困る。
しかし、産直コーナーを丹念に回ると、数は少ないが、新鮮なものが普通の値段で買える。
小松菜、ほうれん草などはゆでておひたしにする。
海苔を巻いて食べてもよい。

ヨウサイという葉野菜がある。
空心菜TM と呼ばれているものであるが、商標登録されているので、産直コーナーでそういう名前で売っていたら法律違反である。
この野菜はまだ知名度が低いせいか、人気がない。
最後まで売れ残る。
うまくすると半額になる。

最近これにはまっている。
適当な大きさに切って、ちくわやかまぼこといった魚肉練り製品、あるいはちりめんじゃこ、ベーコンがハムといったようなちょっと塩気のあるものと一緒に炒めると味をつけなくても美味しく食べられる。
味に癖がない。
軸の部分は少し歯ごたえが残っていてそれも楽しい。
今日はゆでたものを食べてみたが、粘りが出てしまい、この調理法はよくなかった。

毎日毎日野菜をどっさり食べるから、週末にいっぱいになった野菜室もどんどん隙間ができていく。

8月9日 (月)    お腹の調子

下の話で恐縮である。
最近、朝、お腹の調子が悪い。
毎朝、職場にやってくると、お腹が痛くなって最低3回はトイレに駆け込む。
たいそうゆるい。

どころが。

休日にお腹の具合が悪くなることはまったくない。
ゆえにお腹が痛くなるのは精神的な要因が大きいものと思われる。
いわゆる過敏性大腸症候群というやつだろう。
通勤途中で列車のトイレを利用することもある。

何が問題かといっても職場に大した問題があるわけではない。
しかし知らず知らずのうちに緊張状態の素で毎日の仕事をこなしているのだろう。

休日はたいてい一人で過ごしているから調子がよいのであろう。
誰かがいたら、お腹が痛くなるような気がする。
逆に考えると、一人で過ごすことが全く苦にならないということであるから、それはそれで老後、安定した精神状態を保って生きていくという点に関しては今のところ問題なしと考えてよい。

8月8日 (日)    大分花火大会

今日も朝から買い物三昧だった。
次男坊の店の日替わりが目当てで出かけた。
そのあと、スーパーの日替わりのアイスを買って、デパートで前日に目をつけておいた品物が案の定半額になっていたからこれを買ってきて、そうこうしているうちに午前中の時間が終わった。

午後はちょっとだけ研究室にやってきて、ちょっとだけ用事を済ませて、夕方早めに家に帰った。
今日はレコーダーに貯め込んでいた番組をDVDにおとすという作業に明け暮れた。
自分のほしいのはほんのわずか。
もっぱら家人が貯め込んでいたのをひたすらダビングする。
ダビングしたDVDを家人が見ているところを一度もみたことがない。
きっと、時間ができたらもう一度見ると主張するだろうが、一生見ないことはわかっている。
家人の収集癖というか、もの離れの悪さは理解できない。
家が狭くなる一方である。
あっちはあっちで私の収集しているものの価値を理解していないと思うが。

夜は大分川で花火大会があって、行ってきた。
今年は3回目である。
今日は梅木さんがまゆちゃんと一緒に我が家に訪ねてきてくださって、シュークリームを食べて腹ごしらえをしてから、家人と4人で出かけた。

今日は花火を楽しむというより、まゆちゃんがいかに花火を楽しんでもらえるかということにエネルギーを注いだ。
花火を楽しむというより、まゆちゃんがかわいい。
じーじの境地である。
いろいろとお話をしてくれるし、手をつないで歩いてくれるし、よそ様のお子さんがこんなにかわいかったら、自分の血筋を引く子どもだったらどんなにかわいがることだろう。

自分の子どもが小さかった頃にもよく花火を見に行ったが、それは自分が楽しみたいというのがメインの目的であって、子どもはダシであった。
今だからこんな事が言えるが、この真実を知ったら子どもたちは気を悪くするかもしれない。

今年は花火を3回見に行った。
津久見は家人とともに。
別府は一人で。
大分はまゆちゃんと。

それぞれに楽しみが異なっていた。
津久見は純然と花火を楽しんだ。
別府は気楽にくつろいだ。
大分はまゆちゃん。

夏も終わりだなぁ。
ちょっと気が早いけれど。
今週末は夏休み。
ちょっと一息つける。

8月7日 (土)    立秋

たしか今日は立秋だと思って手帳やカレンダーで確認しようと思ってあちこちひっくり返したが、どのカレンダーにも書いていない。
カレンダーすら季節感を失っている。

まだまだ暑い日がつづいているが、季節は秋を感じる。
日の出が遅い。日の入りが早い。紫外線がやわらいだ。
早起きをするようになってから、季節の移りかわりを感じることができるようになった。
人生が自然とともに過ぎていくことを感じる。

相変わらずの家事に追われる週末。
寝坊をしたので、毎朝恒例の風呂掃除と部屋の掃除は十分にできず、朝はフローリングに掃除機をかけるのがやっとだった。
今日も買い物三昧 というか買い物に追いまくられた。

開店を待ってスーパーマーケットで食材の調達。
それが終わるや、次男坊が勤めているお店がリニューアルして、日替わり限定で前からほしかったものが安かったので店に直行した。
彼が働く姿を見るのは久しぶりであったが、一人前にてきぱき動いている姿を見てうれしかった。
またまた親バカである。

帰宅後直ちに今度はデパートに出向いて、再び食材やお昼ごはんの調達。
近所のプレイガイドに行って、今日発売の10月29日のコンサートのチケットを購入。
さすがに発売初日だったので、よい席が取れた。

少し遅めの昼食といってもパンだけの簡単な昼食。
ただしこだわりがあって、現在近所でもっともおいしいと思っているフォカッチャとチャパティ。
一息ついて、買ってきた小ネギと油揚げを切り刻んで冷凍庫へ。
これは毎朝の味噌汁の具になる。

朝やり残したリビングに掃除機をかけて片付けをしたら少しすっきりした。

休日定番の白ワインを開けて、たしなみながら、豚のモモ肉を煮込む。
これは前にも書いたかもしれない。
仕事仲間のYさんが教えてくださったレシピで簡単、おいしい。
ただし、お肉が安い時にしかつくらない。
今日はモモ肉が通常の半額だった。

暑い日の冷たい白ワインは口当たりがよく、ぐいぐいとグラスを傾けたら、あっという間に一本開けてしまった。
ほろ酔いと通り越してかなり酔った状態で再びデパート。
夕方になると安くなるものを狙って出向いた。
帰ってから酔いが回り始めたが、賞味期限が気になっていた豆腐を使って麻婆豆腐をつくって食べた。

今夜はチキリンばやしがあったが、もうお酒はいらないから家でおとなしくしていた。
シャワーを浴びて、朝できなかった風呂の掃除をして、しばらくしたら21時頃だったろうか、急に気分が悪くなって、顔面蒼白になっていくのが自分でわかった。
これはやばいと思って横になってしばらくしたら何とか元に戻って布団に入ったが、夜中の1時頃に目が覚めた。
なぜか目が冴えてしまったので、インターネットで少し遊んでまた布団に入ったが、その後は熟睡できなかった。

こうしてこの日の1日を振り返ってみると、とても楽しい1日であったように思う。
確かに楽しかったと言えば楽しかったが、いまいちくつろぎ感がなかった。
休日は気分的にくつろぎたい。

8月6日 (金)    大分七夕まつり

今日から三日間、大分七夕まつりが開催された。
アーケードの中には七夕飾りがたくさん飾られ、夜は府内戦紙やチキリンばやしや花火大会で盛り上がる。
夜店も出て、浴衣を着た若い人や子どもたちがたくさん集まる。

以前も述べたが、このまつりも年々寂しくなるばかりで残念である。
出勤前に、飾り付けを見ようとアーケードを通ってきたが、飾り付けはまばらだった。
夜になったらもっと増えるだろうと思って、夕方繰り出したが、数は変わっていなかった。

歩くのもままならぬほど飾り付けがあった昔が懐かしい。
夜は夜店を見て回り、おいしそうなもの、少しでも安いビールを求めてさまよったが、夜店の数も減った。
夜の街を歩いて感じたのだが、小さな子どもが少ない。
小さな子どもを喜ばせるような企画もなくなってしまった。

デパートが閉店時間を1時間遅らせているというので、行ってみたが、イベントもなく、こちらも寂しい限りであった。

結局生ビールを2杯飲んで、ちょっとしたつまみを食べて、山車をみることなく家に帰ってきた。
年に一度のおまつり、金曜日の晩としては物足りなかった。
残念だ。

8月5日 (木)    規則正しい生活

講義などをしなくてもよくなって、本当に一息である。
毎朝、早起きして始発列車でやってくる理由の一つに、早朝に講義の準備をしたいからということがあった。
それに、朝が少し遅くなると、特に高校生がごった返して、駅を歩くと息が詰まる。

夏休みに入って、学校に来る高校生も減っただろう。
講義もなくなったから、その準備をしなくてもよい。

なので、始発列車でやってくる必然性は小さくなっている。
規則正しい生活が健康にとってよいと言われてはいるが、寝不足が当たり前の規則正しい生活がよいとは考えにくい。
始発列車に乗らなければならないという変な義務感を抱いてしまうと、それは余計なストレスとなる。

ときには規則正しい生活習慣をぶっ壊して、仕事に差し支えない程度にだらだらしてもよいのではないかと思う。
夏休みなら許されるだろう。

夕べそんなことを思って今朝は目覚ましをセットするのをやめた。
好きなだけ眠って、目が覚めた時に起きて、とろとろと時を過ごしながら研究室に出てきて、その日に片付けようと思った分の仕事が終わったら帰宅すればよいと考えた。
そうすれば睡眠不足の解消にもなる。

目覚ましをセットしない効果があったのかどうか判断に困る朝を迎えた。
いつもより20分寝坊した。
わずか20分といえども、いつもより目覚めがよかった。
しかしこの20分というのは微妙な時間で、20分寝坊しても、洗濯物片付け→シャワー→洗濯→朝食→片付け→洗濯物干し→ゴミ捨て といういつものプロセスをこなそうと思えばこなせないことはない。

結局、いつもよりバタバタしていつもと同じように朝を過ごしていつものように始発列車に乗ってしまった。
研究室に来たら来たで、あれやこれやとあいかわらずバタバタしている。

規則正しい生活をぶち破るのもなかなかむずかしい。

8月4日 (水)    オープンキャンパス

今日はオープンキャンパスがあった。
大分大学に興味のある高校生を中心に大分大学のことをよりよく知ってもらおうという企画である。
年々充実するとともに、恒例の行事になってきたので、ある程度手慣れてきた。

今年の生活分野への来場者は主催者発表500人。
驚異的な数字である。
ただし主催者発表の数字は3割引くらいで解釈しないといけない。
それにしても数多くの高校生の来場があってよかった。

準備から対応までのほとんどを学生に任せた。
やはり教員としての視点と学生としての視点は異なるから、学生の視点からアピールした方がより現実的にとらえてもらえるのではないかと考えたのである。

そのコンセプトは正解であったといえよう。
学生が熱心に取り組んでくれたおかげで、高校生たちにも大きなインパクトを与えてくれたように思う。

今年は熱心な高校生が多かった。
生活分野を第一志望に考えているという人が多く、そういう人には込み入った話をすることができる。
雰囲気を味わってもらえれば、受験の時に要らぬプレッシャーを感じなくて済むのではないかと思う。

今日来てくれた人の何人が来年オープンキャンパスの会場に立っているだろうか。
そのことを思うと夢がある。

前期の行事もこれで一段落。
ホッと一息つくことができる。

8月3日 (火)    暑い・熱い・厚い

今日は特に暑いような気がする。
快晴というわけではなく、少し雲がかかっているようではあるが、朝から暑い。
朝、研究室に入った瞬間から暑い。
温度計を見たら32℃あった。
隣の実験室も32℃。
向かいの実験室も31℃。

22年前に着任した時には、どんなに暑くても昼間でも30℃を超えることはなかった。
当時はエアコンもなかったが、窓を開けていればそれなりに実験をすることもできたが、今は無理である。
もしそんな状況に陥ったら死んでしまいそうだ。

部屋の温度が上がった理由は、発熱物体が増えたことが一つの要因だろう。
冷蔵庫や冷凍庫は中身を冷やす替わりに、外に熱を出す。

外が暑いとエアコンの効きも悪い。
昼間はエアコンをかけていても暑い。

午前中、教員免許更新講習があった。
参加された先生方が熱い。
とても熱心である。

この講習会、非常にやりにくい。
何より現場でバリバリに仕事をされてきたベテランの先生方に何を伝えたらよいのだろう?
こちらが現場での様子を聞かせていただきたいくらいだ。
義務だからやるが、できれば勘弁してほしい。

期末試験が終わり、答案の採点をしなければならない。
答案を全部積み上げたら厚い。
これを全部採点しなければならないと思うと気合いを入れなければならない。
学生が一生懸命勉強してきた成果である。
きちんと評価しなくてはいけない。
いけないというか当然のことである。

答案の採点が終わって成績を提出したらやれやれという気持ちになれるだろう。
来週まで引っ張ることになるだろう。

8月2日 (月)    やれやれの月曜日

また新しい週が始まった。
先週と同じ書き出し。

しかし今週は違う。
講義が終わった。
精神的にも肉体的にも時間的にもこの開放感は大きい。
だからといってのんびりするというわけではない。

日頃おろそかになりがちの学生指導や研究活動に時間を割くことができる。
特に学生指導に費やす時間は楽しい仕事といえる。
講義も学生指導のうちのひとつであるが、講義の場合、全員が講義にエネルギーを注いでいるわけではないことと、立って板書をしてしゃべるというのが疲労の原因となるのである。

今日はタイミングよく大学院生が訪ねてきてくれて、学習指導案を見てくださいと言ってきた。
正直言って、教育福祉科学部に所属しながら、生活分野を担当しているので、学習指導案とか、学校現場というのには少々疎い面がある。
それでも長年の経験と勘によって、どこがおかしいのかを嗅ぎ分ける能力は少しばかり身についたから、話をしていて、ここはどういうこと?ここはどういう意味?ここはこういう考え方をすることができない?といったサジェッションをすることはできる。
それが学生のためになれば、ちゃんとした仕事をしていることになる。
今日も十分なフォローはできなかったが、学生が「また考えるきっかけになりました」と言って帰って行ったのはうれしいことであった。

さて今週。
まずは明日の教員免許更新講習。
受ける方も話す方も大きな負担であるとされている。
変に気を遣わなければならず、上の人から問い合わせがあった。

だいたい現場の先生方の方が現場に必要な知識は豊富なわけで、現場をよく知らない者が理想論を語っても大した価値はないような気がする。
現場をきちんと知ることが必要なのであるが、教育・研究・社会貢献の3本柱についてすべてに対応できるような大学教員はいないのではないか。
私の大きな柱は今のところ研究とそれに付随した社会貢献。

現場の先生方ももう少し勉強してほしい。
たとえば明日の講習では、シラバスを公開してあらかじめ「こんなことを話しますよ」と伝えているのに、それと全然関係ないことを希望してきたりする。
それは違うでしょう。
もしそれで自分の希望に沿った講習が受けられないという意見が出たら、それは受講者の責任であるでしょうとはっきり言わしていただく。
去年の経験からしてそんなことはないと思うが。
上の人はそんなことを気にしている。

明後日はオープンキャンパス。
学生に準備をしてもらった。
できた資料などを見るといろいろと申し上げたいことはあるが、今回は一生懸命やってくれた努力を評価することにする。
反省会を行って、問題点を指摘するつもりでいる。

それが終わったら、定期試験の採点に集中することにする。
これが結構エネルギーを必要とする仕事である。
来週にはそれが終わる予定で、ようやく夏休み。
夏休みには自分なりの宿題も課したから、これをやらなければ。

8月1日 (日)    パチンコ

昨日ちょっと出た話題。
パチンコ。
私は滅多にやらない。
去年の8月に次男坊が帰省した時に一緒に行ってから行っていない。

その次男坊が最近パチンコにはまっているらしい。
最近の家での話題は、仕事でどれだけ売り上げが上がったのではなく、パチンコでどれほど儲かったか、どれほど損をしたかといった話題である。

彼がパチンコにはまるとは理解しにくいと言えばしにくいが、その理由、スタンスなどを聞いてみると、彼なりのポリシーがあることがわかる。
彼とパチンコとのつながりは、アニメだという。
アニメのキャラクターがのっかったパチンコの台があるらしく、いわゆる「かかった」という状態になると、そのアニメの世界に入れるのが楽しい要因の一つらしい。

彼は1円パチンコか50銭パチンコしかやらないという。
このレベルなら、ゲームセンターで遊ぶよりよほど安く楽しむことができるらしい。

先日、とても興奮して帰ってきたので、どうしたのかと聞いてみたら、玉が出まくって、1円パチンコではあったものの、ちょっとしたお小遣いになったらしい。
その日は閉店まで粘ったらしく、次の日の仕事が休みだったので、味をしめて別のパチンコ屋へ、それも複数はしごをしたら、前の日の儲けはすべて吹っ飛んでかえってマイナスになったと言っていた。
それみろ。そんなもんだろう。
だいたいパチンコ屋で儲かるのは客ではなく、パチンコ屋なのである。

そんなことがあって懲りたかと思いきや、今日は新しいパチンコ屋を開拓して、また小遣い銭を稼いできたようだ。
最近車を使うからということで、ガソリン代をくれた。
「パチンコで儲かったからだ」と言っていた。
あぶく銭を貯金することは難しいことを物語っている。
しかし、こういう配慮ができるようになったことは、一人前の社会人になったということを感じさせてくれて、ありがたく1000円を頂戴した。

私はパチンコが好きではないが、父親の若い頃の趣味と言えば、パチンコであった。
毎晩9時20分頃帰ってきたが、仕事は5時に終わっているはずである。
なぜ仕事が終わってから帰るまでに時間がかかるかというと、パチンコに興じていたらしい。
そういえば、子どもの頃、よく連れて行ってもらった覚えがある。
パチンコ屋には「18歳未満は入場できません」とあるので、業を煮やした母親が、私に対して「二度とパチンコには行きません」という誓約書を書かせたが、あれは今思ってみると、父親への牽制だったのだと思う。
連れて行くのは父親だから私に責任はない。
連れて行く父親に誓約書を書かせるべきであったと思う。

その父親に次男坊がパチンコにはまっているという話をしていたら、ちょっとうれしそうで、昔の武勇伝を聞かせてくれた。
そういえば、父親は、ボウリングのボールをパチンコで儲けたお金で買うと宣言して、本当にパチンコで儲けてきたお金で買った。 と言っている。

ギャンブルはおもしろいが、あくまでも余裕のあるお金の範囲で楽しむべきである。
それは父親もきちんとしていた。