7月31日 (土)    ことばのむずかしさ

この前ラジオで聞いたネタである。
ゼミではブリーフィングの時に話したネタである。

小学生の娘に、父親が「おとうさんの好きなところはどこ?」
と尋ねたら、娘は
「パチンコ!」と答えたそうだ。
さらに「ほかに好きなところは?」と尋ねたら、
「会社!」と答えたそうだ。

おとうさんが期待した答えは
「やさしいところ」
とか、
「いろんなものを買ってくれるところ」
といったようなものだったんだろう。

娘の答えは間違っているわけではない。
尋ね方が悪い。

ことばには十分配慮しないと自分の思いが伝わらない。
このあと卒論の中間発表などがあるが、言いたいことが十分理解してもらえるように、わかりやすいことばで正確にていねいに話をしてほしいと思う。
自分の気持ちを伝えるのも難しい場合がある。
間違って受け取られると人間関係にヒビを入れてしまうこともあるから注意しなければならない。

7月30日 (金)    レギンスとトレンカ

最近暑くなったので少し見かけなくなったが、若い女の人の足が黒い。
タイツのようなものを履いている。
駅などで見かけると、分厚いタイツのような感じで、さらによく見ると、くるぶしのところまでしかないものと、土踏まずのところまであるものの2種類があるようだ。
何というものだろうと気になっていたら、昨日ゼミの学生がそれを履いていた。

聞いてみると、くるぶしまでのものを「レギンス」、土踏まずまであるものを「トレンカ」と呼ぶらしい。
別のゼミ生によれば、「スパッツ」だという。
フリー百科事典で調べてみたら、もともとのスパッツを言い方を替えたら、はやるようになったらしい。
スキータイツもこの仲間に入るという。

少し前のニュースで、パンストの売れ行きが落ちているとあった。
レギンスとトレンカに取って代わられているらしい。

レギンスを履いた足は美しく見える。
シルエットがとてもきれいである。
思わず見入ってしまう。

「レギンスの足と生足とどっちがいいですか?」と尋ねられた。
シルエットの美しさからいえばレギンスの足に軍配を上げるが、生足の方がなまめかしい。
若い人の張りのある足はそれだけで大きな魅力である。
なので、レギンスの足も生足もどっちもよい。

おやじはこれだからいやらしい。

7月29日 (木)    早くも夏バテ

今日は朝から体調が悪い。
昨日、頭が働かなかったのは、体調が悪くなって頭に影響を及ぼしていたのかもしれない。

朝起きたら熱っぽい。
少し動いただけで激しい動悸がする。
吐き気がして食事をする気になれない。
下痢も激しい。

先週少し忙しく、今週もそれを引きずっている。
先週は2回も花火を見に行って、夜遊びがたたったのかもしれない。

夕べは油断した。
お酒を飲んで食事をしてシャワーを浴びてテレビを見ていたら眠たくなったので、少し横になった。
エアコンの風があたるので、ちょっとやばいなと思った時には遅かった。
すっかりまどろんでしまい、気がついたら2時間経っていた。
目覚めた時に言いようもない不快感があった。
それから布団に入ったが、朝早く目覚めて先に述べたような状態である。

エアコンの効いた部屋から蒸し暑い外に出て、歩いて汗をかき、エアコンの効いた列車で汗が引いたと思ったらまた歩いて汗をかく。
家に着いたら暑いからと、冷たい飲み物を一気に飲む。
そしてお酒を飲むのだが、暑いから焼酎のロック。
のどが渇いているのでピッチが速い。
食事をしてお腹が落ち着く前に眠ってしまう。

これでは胃腸に負担がかかるのは当然である。
これが夏バテの原因であろう。

猛暑日にならぬ前にこんな調子では、今年の夏を乗り切ることができるかどうか不安になってくる。

7月28日 (水)    切れない包丁

今日はまったく冴えない1日だった。
昨日から会議が目白押しである。
今日も昼前から連続して3つの会議があった。

小さな会議ではときどき発言して自分の意見を述べているが、今日は言っていることがどれもこれもとんちんかん。
周りの雰囲気をもぶちこわす。
こんなんなら発言しない方がよい。
と思ってもあとのまつり。

日頃から自分が頭が切れるなどとは毛頭思っていないが、今日は特にひどかった。
バカとハサミは使いようで切れる というが、今日は切れないハサミではなく、切れない包丁であった。

切れない包丁は無駄に力がいるし、食べ物の切り口がきたなくなるし、その結果味も悪くなる。
切れないからと力を入れて、思わぬけがをすることがある。
切れない包丁は切れないハサミと違って、どんなように使っても切れない。
切れない包丁は迷惑である。

しかし、救いの手がないことはない。
包丁は研げばまた切れるようになる。

ちょっと休憩という研ぎを入れればまた切れるようになるかもしれない。
前期が終わって包丁も酷使した。
もう少しだけ切れない包丁を騙して夏休みにゆっくり研ぐことにする。

7月27日 (火)    授業も一段落

前期の授業も、今日の非常勤の授業が最後になった。
やれやれ。
本当に授業は神経を使うというか、終わるとたいそう疲れる。
授業のある前の日には眠れないことがあるが、そういうことから解放されるのがありがたい。

たかが授業ごときでそんなに気を遣ったり疲れたりするのかと疑問に思われるかもしれない。
どう思われようと実際そうなのだから、そういうことでご理解願いたい。
それだけ授業に気を入れていると解釈していただけるとうれしい。

授業が終わってホッとできるかというと、これがまたそうでもない。
試験がある。
学生にとって試験は気になる存在であるが、試験をやったら採点をして成績をつけなければならない。
これがまた私の担当している授業は大人数の授業が増えたので、採点するのにも時間がかかる。
採点は一気にやるのがよい。
何日もに分けてやると、その日によって評価基準が微妙に変化することがあり、よろしくない。

夏休みモードに入り始めると、もう一つ増えるのが打ち合わせ。
何かにつけて解決しなければならない案件が多い。
今日も3つの打ち合わせ。
明日も3つ。
明日は打ち合わせのために研究室にやってくるようなものである。

実験は暑くなってきたので小休止。
サボっているというわけではなく、気温が高いと実験に差し支える。
動物の成長が悪くなったり、サンプルを低温で維持することが難しくなって、データが荒れる。
こういうときは、やらない方がよい。
実験は作業するばかりではない。
データをまとめて結果を考察し、次の実験を考えることも重要なことである。

そろそろ仕事のギアをチェンジして長い夏休みを有効に使っていきたい。

7月26日 (月)    お酒の多い月曜日

また新しい週が始まった。
今週が終わると8月である。
時が経つのは本当に早い。
日の出の時刻が夏至の頃と比べると遅くなっている。
季節は秋に向かっているように感じる。

月曜日は憂鬱な気分を伴って始まる。
週末気分転換して、リフレッシュし、「さぁ、今週もやるぞ!」と意気込んで仕事に取り組めればよいのであろうが、いつも週末に遊びすぎて身体が疲れてしまうのか、もっと遊びたいという未練心がもたらすのか、とにかく気が重い。

大学は試験週間に入った。
授業をやらなくてよいから、楽と言えば楽であるが、試験は試験でそれなりに気を遣うので、やっぱり今日も疲れた。
無駄に疲れたような気もする。
もう一つ、ここ二日間、十分な質の睡眠がとれなかったことも影響しているだろう。

月曜日はそういった具合に無駄に疲れることが多い。
そのため、これを癒すためにお酒の量が増える。
毎日飲んだくれ日記をつけているが、これを見てみると、お酒の量が多いのは月曜日、金曜日、日曜日である。

月曜日にたくさん飲むのは次の日に差し支えるからよろしくない。
火曜日は授業がたくさんあって、それに備えておとなしくしていないとつらい。
そのことがわかっていながら、疲れを癒そうとお酒の量が増える。

火曜日の授業も明日で終わり。
ちょっとホッとする。
ホッとするとお酒の量が減る。
矛盾している。

7月25日 (日)    別府花火大会

先週は津久見。
今週は別府である。
津久見の花火を見たら、はまってしまった。

今日は朝からあちこちに食材を買い出しに出かけて、家に帰ったらお昼になっていた。
昼からは、早速買ってきた豚のもも肉を使ってチャーシューをつくってみた。
大根切り干しの煮物もつくった。
つくりながらつまみ食いをして、のんきなものである。
つまみ食いをしながらお酒を飲んでいたら、睡魔が襲ってきたので、しばし微睡んだ。

夕方目が覚めた時、気が重く、花火を見に行こうかやめようか迷ったが、身体が行こうと誘うので、電車に乗って出かけた。
会場に行く途中で缶ビールを買って、それを飲みながら花火を見た。

先週の津久見に比べると、ちょっと規模が小さいかなと思ったが、間近で見る花火は迫力があった。
大分県のしいたけとか、ねこなどが打ち上がるが、角度が悪いとなんだかわからない。
逆にしいたけのデザインやねこの顔がはっきりわかるように打ち上がると歓声が上がる。

若い人がたくさんいて、花火が上がる度に、「すっげぇ。超きれい。」などと歓声を上げている。
キャンパスで聞くことばと一緒である。

別府の花火はお祭りと抱き合わせになっているから、昼にお祭りを楽しんで夜に花火で仕上げという人が多いように思えた。
お祭りと花火を満喫してこそ暑い夏が楽しい。

7月24日 (土)    無題

今週は月曜日が祝日だったが、研究室にやってきて実験をやった。
週末の土曜日も普通なら仕事をしないが、ものごとにはタイミングというものがある。
実験もまさにそのタイミングが重要になることがある。
そこで、今日も実験をやった。
朝早くから準備をしなければならなかったので、いつもとほぼ同じ時刻に研究室にやってきた。
私が準備をする前に、学生に別の準備をしておくように指示しておいたので、今日は学生の方が早起きだったようだ。
今日の実験は昨日に引き続き、同じことをする。

2日目だったので、幾分慣れて、スムーズに進み、予定通りにお昼には終わった。
その後、授業で使う教材の準備をして、大学院進学説明会に顔を出した。

夕方、適度な時間に研究室を出て、近くのスーパーで買い物をし、家に帰って、あるものを適当に食べたら疲れがどっと出た。
今日は夜市で賑わっているはずだが、外に出る気力もなく、家でぼやんと過ごした。
外に出なかったことをちょっと後悔した。

一服してから、部屋の掃除と風呂の掃除をした。
いつもなら早朝にやる仕事である。
1週間分貯めていたシャツの洗濯もやった。
このあとアイロンをかけることができるようになれば一人前である。

眠たくなって早めに床に入ったが、なんだか熟睡できなかった。
今日も月曜日と同じく、そこそこに仕事をして、ほどほどに家事ができて、まぁよい1日であった。
それにしても今日も暑かった。

7月23日 (金)    無駄遣い

子どもの頃、両親から「無駄遣いしてはいけない」とよくたしなめられていた。
変なモノを買ったり、変なことにお金を使わずに、貯金しなさいという意味であった。
確かに衝動的にモノを買ったり、衝動的にパチンコをするなど、後で考えたら無駄だったなぁと思うことはあるが、それは無駄遣いではないと思う。
少なくとも、お金を使った瞬間には心の満足が得られているはずである。

では本当の無駄遣いとはなんだろうか。
考えてみた。

それは、使わなくてもよいお金を使うことだと思う。
ちょっとしたミスや大きなミスで本来使わなくてもよいところでお金を使わなければならなくなった時、それを無駄遣いとするのだと考える。

たとえば、先日、研究室に定期券を忘れて帰ってしまった。
その日は車で研究室に来ていたから、帰りは困らなかったが、次の日の出勤の時、JRの運賃240円を支払って研究室にやってきた。
これは無駄遣いである。
定期券を忘れるというポカをしなければ回避できた出費である。
本来必要のないお金である。

車をぶつけることがある。
修理費がかかる。
これも注意して車をぶつけなければ回避できる出費である。

財布を落とすというのも無駄遣いである。

日常生活の中で少し気をつけることで無駄遣いを回避したいものである。

7月22日 (木)    ルビコンの決断

トップページでお知らせしていた「ルビコンの決断」が放映された。
家では見ることができないと思っていたが、上の子の家で見ることができるということがわかったので、彼の家に押しかけていって番組を見た。

主人公の姫野さんのことを中心に、関さばに対する漁協の取り組みが熱く語られていて、非常に興味深く見ることができた。
限られた時間であったので、実際は当時もっといろんなことがあったことを聞いているし、出来事がポイントポイントで語られていたので、線としての結びつきが少し弱いような気がして少し残念だった。
しかし、池上彰さんの解説はいつもわかりやすい。
的確であった。

わずかな時間ではあったが、私たちの研究室の風景が出たり、私(私本人ではないが)が出てきたりして、うれしいやら照れくさいやら。
番組が終わったら、早速福岡在住の卒業生のSさんや、古くからの友人のYさんからメールが届いた。
これが一番うれしかった。

関さばは私にとって研究テーマの大きな柱。
関さばがあったから、今の大分での私があるのだと思う。

番組を見ていて改めて関さばに感謝。

再放送は来週28日水曜日21:00から衛星放送BSジャパン7チャンネル。

7月21日 (水)    賞味期限

多くの加工食品やお菓子などには消費期限か賞味期限が記載されている。
賞味期限とは、おいしく食べることができる期限を示しているのであって、この日を過ぎたら食べられなくなるというわけではない。
品質が落ちる可能性があるということを示しているのに過ぎない。
これを決めるのに、基準といったものはなく、製造者が独自の検査や見込みでつけている。
なので、賞味期限が切れてから何日くらいの間はまだ食べられることができるかは一概には言えない。
同じ食品でもメーカーによって異なる。
また、食品の製造方法によっても異なる。

エコ・クッキングTM というのがある。
エコ・クッキングTM は東京ガスが商標登録しているそうだ。
なので、勝手にこのことばを使うことはできない。

月曜日に学生のエコ・クッキングTM の調理実習があった。
私も作品を試食させてもらうとともに、講師の先生から冊子をいただいて勉強した。
生ゴミをできるだけ少なくするようにしたり、エネルギーの無駄使いをやめたり、食器の洗い方を工夫するなどの方法がある。
その中で「食べ残しをしない」というのも一つの方法である。

私はこの「食べ残しをしない」というのが最も重要だと思っている。
まだ食べられる食材を捨てることは許し難い。

そこで、以前からここに書いているように、食材は賞味期限が近くなっているものを安く買ってくる。
そして、その期限を見ながら、早めに食べていったらよいものから調理する。

前から冷蔵庫の中に充填豆腐があるのが気になっていた。
賞味期限は6月9日である。
4つで100円くらいのものだから、捨ててしまってもよいといえばよい。
しかし、どうしても捨てられずに、とっておいた。
充填豆腐だから、かなり長期間保存できると考えられた。
そこでゴーヤチャンプルに使うことにした。
とはいうものの、万一変質していては身体に悪いから、シールをはがして、まずほんの少し口にしてみた。
特に味がおかしくなっているわけではなかったので、使った。
念のため、十分に加熱した。
けっこう美味しく食べることができた。

お菓子もときどき賞味期限が切れて相当時間が経って、化石のようになったものがある。
これも捨てるのは忍びがたい。
おかまいなく食べる。
ときどき味が落ちているが、我慢する。

だが、このような考え方はおかしい面もある。
わざわざ賞味期限が切れるのを待ってから食べることはない。
賞味期限内に食べた方がおいしいし、期限が切れると脂質が酸化するなど、身体に悪いことも出てくるから、食糧資源を無駄にしないという考え方を持ちつつ、おいしく安全に食べるという態度も忘れてはならない。

7月20日 (火)    梅雨明け

先週の土曜日梅雨が明けた。
ほぼ平年並みのようである。
前にも書いたが、なんとなく梅雨になり、それなりに雨が降り、なんとなく終わった。
さりげなかった。
私の住んでいるところに限定すれば、大きな被害はなかったのでよかった。
しかし全国の規模で見ると、ひどい土砂崩れがあってはからずも命を落とした人のことを考えると心が痛む。

梅雨が明けてから2日間はちょっとぐずついたが、今日は朝から抜けるような青空だった。
蝉も鳴きだした。
夏の登場である。

これから秋のお彼岸までの約2ヶ月の間、暑い日がつづくだろう。
体力的にきつい。
毎年暑い夏が来る度に寿命が縮む思いがする。
とはいうものの、暑かろうと暑くなかろうと、夏を迎えればそれだけ残りの人生の時間は少なくなるから寿命は縮む。

大分の夏はまだよい。
暑い夏も風通しがよい。
特に日が暮れると気持ちのよい風が吹いてくるので、夜は比較的過ごしやすい。
夏の大敵は暑さによる睡眠不足である。
睡眠不足は特に脳の健康によくない。
最近はうつと睡眠の関係がクローズアップされている。

夏の暑い夜、心地よく眠るためのアイテムは二つ。
一つはエアコン。
直接風を浴びるのは身体に悪いから、夜中中エアコンをつけっぱなしにしても、寝室のふすまは少しだけ開けて、冷気が直接当たらないように気を遣っている。
長袖のTシャツと足がすっぽり隠れるスウェットで眠る。
もう一つは軽い精神安定剤。
これを飲むと夜中に目が覚めることがない。
熟睡できた翌朝は気分がよい。

8月の手帳。
授業がないので白いところが多い。
この仕事が学校であることを改めて感じる。
研究に勤しむことができる。

が、暑い夏は実験には適さない。
無理して実験をやってもよい結果が得られないことが多い。

ちょっとペースダウンをして、無駄なエネルギーを使わず、秋になってからのエネルギーをチャージするというのも夏の使い方の一つである。
学生も毎日の実験でちょっとお疲れモード。
最近は真綿で首を絞めるような実験が多いからだろう。
疲れをとる時間を捻出するのも私の仕事のひとつ。

7月19日 (月)    海の日

待ちに待った海の日がやってきた。
5月のゴールデンウィークが終わったら、海の日まで一気に走らなければならないなぁ、きついなぁと思っていた。
なんとか1ヶ月半経った。
夏休みも見えてきて、かなり気分的に楽になった。
やはりたとえ1コマといえども毎日毎日授業があるのはきつい。

3連休だったが、土曜日はバタバタして落ち着かず、昨日日曜日でようやく落ち着きかけたが、もう1日休みがあるとうれしいなぁと思う昨晩であった。
しかし、休みも続くと、少しもてあましたりするから、少し仕事があってもよい。
それだけが理由ではないが、今日は前から計画を立てていた実験をやった。

一日中かかるような大きな実験ではないから、研究室に来る前にスーパーマーケットで買い物をすることができたし、実験が終わってからは家でゆっくりとごはんをつくったり、洗濯をしたり、片付けをする余裕があった。
研究室に滞在した時間は平日の約2分の1。
これはまことに快適であった。

仕事もできたし、家のこともできた。
仕事ばかりの1日は疲れるし、家のことばかりの1日も疲れる。
半分半分くらいの生活がちょうどよい。

平日はこんなことを言っていられないが、たまの祝日はこのような時間を過ごすと快適である。

そういえば、診療所は祝日はたいてい休診である。
土曜日や日曜日、夜遅くまで診療を行っている診療所は増えたが、祝日に診療を行うというところは聞いたことがない。
そういうところで働くひとたちにとっては祝日は貴重な存在である。

7月18日 (日)    津久見花火大会

花火の季節である。
新聞にはスケジュールが載っている。
花火大会が始まると夏休みだなぁと思う。

大分県内でも多くの場所で花火大会が開催される。
若い頃はあちこち出かけて楽しんだものだが、最近は夜出かけるのが億劫になって、すっかりご無沙汰していた。

しかし、今年の津久見の花火大会は60回記念ということで派手にやると新聞にあった。
尺玉60連発があるらしい。
そんなことを聞いたら、血が騒いできた。
津久見の花火大会は大分県内の花火大会で一番規模が大きいというか、大きい花火を打ち上げてくれる。

空模様が気になったが、久しぶりに見に行こうと思って夕方出かけることにした。
高速道路が無料になって、車で行くのもよいかなと思ったりしたが、混むだろうし、帰りが遅くなって眠たくなると疲れるから、お金はかかるが電車で行くことにした。
車でなければ生ビールも飲める。
行きは時間の都合で特急利用。
ちょっとした旅行気分である。

ちょうどよい時間に着いて、会場に到着したらほどなくして始まった。
花火を見るのは何年ぶりだろう。

久しぶりに見る花火でまず思ったことは、昔より、色が豊富になってきれいになったことだ。
花火は炎色反応を利用しているから、出せる色が限られている。
これまでなら出ないとされていた色も出るようになって、技術の進歩を感じた。
花火とは全然関係ないが、青いカーネーションは遺伝子組換え技術を応用している。
これも技術の進歩の賜物である。

圧巻だったのは噂通りの尺玉60連発。
尺玉は地上300mで爆発して直径が280mになるという。
花火が開く時の「ドン!」という音もお腹の底から響いて音と光のハーモニーが楽しい。

もう一つすごかったのは、おそらく尺玉より大きいのではないかと思うようなやつ。
一発だけだったが、すごいインパクトであった。

あっという間に1時間8000発が終わってしまった。
往復に電車代2500円を使っていった価値があった。

花火には浴衣と小さい子どもが似合う。
孫を浴衣を着せて一緒に来ることができたらもっと楽しいだろうなぁと思ったが、あんまり小さいうちに連れてくると、音にびっくりして泣き出されると困るし、夜遅くなると眠たくなって寝られてもたいへんだから、10歳くらいになった頃に連れてくるとよい。

来週25日は別府。

7月17日 (土)    土曜夜市

7月になって、近所のアーケードで毎年恒例の土曜夜市が始まった。
これが楽しみの一つである。
あいにく、先週、先々週は出かけることができなかったので、今年は今日が初めてである。

18時少し前、家を出てアーケードを歩いたが、なんともさびしい。
毎年メインの広場ではイベントがあって、ビヤガーデンなどが出て、多くの人が繰り出すのだが、今日のイベントはバンドの演奏。
そしてビヤガーデンはお店が一つだけであった。

右に曲がって、メインのアーケードを歩いたが、こちらもそれほどのものはない。
なんとなくつまらないなぁと思いつつ、デパートへ出向いた。
何かやっていないかと期待していったが、何もなかった。

土曜夜市も年々規模が小さくなって寂しくなる一方である。
ちょっと前までは6月から始まっていたのが、いつの間にか7月だけになり、イベントも出店も減って、人の流れも少ない。
振り返って15年ほど前はデパートは夜8時まであいていて、6時からお楽しみのイベントがあったり、食品や紳士用品を大安売りしていたりして、毎週のように車で出かけていた。
デパートのファミリーレストランは2,3年前、毎週末はビアタイムになって、生ビールが300円、おつまみ200円で振る舞ってくれた。
これまた楽しみで毎週のように通っていた。
デパートのファミリーレストランは最近改装して、値段も高くなり、庶民の食堂ではなくなった。

街の活気が乏しいという。
確かに乏しい。
「巣ごもり族」なるものが増えているという。

活気が乏しいから人が外に出ないのか、人が外に出ないから活気に乏しいのか、どっちが原因か分からないが、どっちにしても外に出てもおもしろくないから、デパ地下で半額になったちょっと高級な食材を買って、日頃は飲まないちょっと高いビールをじっくり家で味わう方が楽しいと考える人が増えても不思議ではない。

8月6,7,8日は大分七夕まつり。
せめてこのお祭りの日くらいは賑わってほしいものだ。

7月16日 (金)    ロールケーキ

最近、とみにスウィーツに目がない。
シュークリームにはまっていたが、ついにロールケーキに手を出すことに及んだ。

今日は午後から街で会議があった。
その会場のそばに、人気のロールケーキを売っているお店があると聞いたので、会議が終わったあと、早速買い求めることにした。
お店の場所が今ひとつわからず、少しさまよった。

街の中にあるケーキ屋さんにしては珍しく、大きな駐車場のもった立派な店構えであった。

店の中に入って、ロールケーキをさがすと、5種類以上はあっただろう。
とにかくたくさん並んでいた。
その中からおいしいと評判のロールケーキを見つけた。

買う前に少し躊躇したが、その理由はロールケーキがあまりにも大きかったこと。
これは3人で寄ってたかっても簡単にはやっつけられないかもしれない。
値段を半分にしてくれとは言わないから、ハーフサイズがあるとうれしかった。

家に帰って晩ごはんもそこそこに、早速ロールケーキを切ってコーヒーとともに食べてみた。
確かに噂に違わずおいしい。

おいしいにはおいしかったが、ちょっと重かった。
生地もクリームもしっかりしていて、一度に多くを食べることができなかった。

私の好みとしては、ふわふわのスポンジにかる〜いクリーム、それもあまり甘くないのがよりよい。
ロールケーキもシュークリームと同じく、お店それぞれに個性があるから、これを食べ比べるのも楽しみである。
食べ過ぎには要注意。

7月15日 (木)    ピンクのシャツ

暑くなってからは半袖のシャツにノーネクタイで出勤する。
ずっとネクタイを締めていたが、昨年からネクタイをやめた。
ネクタイをする人が少なくなったからよいかなと思ったからである。
おかげでとても快適である。
首を締め付けられると肩が凝る。
暑い。
余計な汗をかく。

夏のシャツは汗でぐっしょりになるから、毎日取り替える。
5枚くらいのシャツを着回しているが、青、黒、ピンク、白、模様 の5枚である。

先週の木曜日、ピンクのシャツを着て講義に出向いたら、学生のコメントに「ピンクのシャツ似合いますね」とか「ピンクのシャツがいいですね」などというのがあった。
その前の週は青いシャツだった。
なんだかうれしくなって、調子に乗って、今日はその講義があるからとピンクのシャツを着ていった。

授業後のコメントに「やっぱり似合う」など、好評であった。
そう言われると悪い気はしない。
ますます調子に乗る。

本当に似合うのかどうかということについては、他にも「似合いますよ」と言ってくださる人が複数いるので、そこそこいけているのだろうと思う。

「桃色は七難隠す」という。
まさに言い得て妙である。
似合うのではなく、アラが見えなくなっているだけかもしれない。

どっちにしてもピンクのシャツは他人に好印象を与えるようだから、これから積極的に着ようと思う。
しかし、毎日毎日ピンクでは嫌みになるので、ほどほどにしようと思う。

7月14日 (水)    特定検診

今週は少し忙しく、そのせいでイライラしている。
今日、先月受診した特定検診の結果が届いた。
その直後にかかりつけの診療所で血液検査をやって、その結果を知っていたから、問題になるところはないだろうと思っていた。
同じ時期に別々の場所で測定をして、どの程度差が出るのかという興味はあったが、ほとんど同じであった。

結果は昨年とほとんど変化なし。メタボ判定も「非該当」。
この結果を見る限りでは健康状態は良好であり、メタボ判定も問題ないのだから、生活習慣についてとやかくいわれる筋合いはない。
ところが、保健指導コメントなるものを見て、少しかちんときた。

・睡眠不足は体調不良や過食の原因になります。十分な睡眠をとるように心がけましょう。
・夕食後の間食は内臓脂肪がたまる原因になります。夕食後は何も食べないようにしましょう。
・飲酒回数が多いようです。1週間に連続して2日間の休肝日を設けましょう。

なぜそのようなことを言われなければならないのか。
今の生活習慣でメタボリックシンドロームになる兆候はまったくない。
今の生活習慣がよいということを証明しているのである。
だから夕食後の間食も、回数の多い飲酒も問題はないではないか。

一歩譲って、十分な睡眠がとれとか、間食をやめろとか、飲酒を控えろという前に、どうしてそういうことができないかをまず明らかにして、できない原因を取り除くにはどうしたらよいかを考えることが先ではないか。
好ましくない生活習慣を送っている背景には心の問題が存在しているのである。
何らかのストレスがあるから、睡眠不足、間食、飲酒になるわけである。
そういうメンタルの部分を脇においておいて、現象のみを排除しようという考え方がおかしい。
だからいきなりやめろと言われたらかちんとくる。

前から感じていることだが、栄養学の知識は最初の解決策にはならない。
昨日も学生に「拒食症の人にどうやって栄養指導をしたらよいか」と質問を受けたが、栄養指導をすることは最初にできることではない。
まず、なぜ拒食症になっているのか、どういう心理状態であるのかを理解し、心理的不安を取り除いてあげてから栄養指導を行わなければ意味はない。
栄養学の知識は2番手である。
そのことを考えると、栄養学を教えていてむなしくなることがある。

7月13日 (火)    雨の火曜日

大分は今日も雨だった。
長崎はどうだったんだろう?

本当に火曜日は雨の当たり日である。
火曜日は1限に非常勤の授業に出向くが、出先では「雨男の望月」で通っている。

梅雨も終わりがけに近づいてきたようだ。
週間天気予報を見てみると、今週末から来週頭には梅雨が明けそうな気配である。

今年の梅雨に豪雨はなかった。
しとしとと雨が続いたという印象もなかった。
だからといって空梅雨といった印象もなかった。

なんとなく梅雨が始まってなんとなく終わりそうである。
こういう何となくというさりげないことが好きである。

さりげない仕草やさりげないことばに人の優しさを感じることがある。
本人が意識していないからさりげないことになるのだろうが、さりげないことが普通にできる人を心から尊敬する。
器の大きさを感じる。
私の周りにもそういうことを感じさせてくれる人がいる。
そういう人と話をしたり、コミュニケーションをとると心が和む。
私もそういう人間になりたいなぁと思ったりするが、自己中の私は他人に迷惑をかけるばっかで、それを意識した時には嫌悪感を覚える。

他人に優しく自分に優しく。
私が理想とする人物像である。
理想と現実はかけ離れている。

7月12日 (月)    肌がきれい

梅木さんが「最近お肌がきれいですね。」と声をかけてくれた。
なんのことかさっぱりわからず、「どういう意味?」と尋ねたら、「最近顔に吹き出物が出ませんね」との返事。
そういわれてみれば、最近吹き出物が出なくなった。

思い出してみると、去年の夏は吹き出物がひどく、お盆休みの前に顔がひどく荒れてしまい、皮膚科に行ったことがあった。
そのときの診断は「ニキビ」であった。

吹き出物が出なくなった理由はなんだろう。
ストレスが減ったせいかと思ったりしたが、減ったストレスもあるが逆に増えたストレスもある。
なのでストレス説は却下。

食生活の改善か?
確かに外食やインスタント食品を食べることはめっきり減った。
しかしこのことが原因なら、吹き出物が出たり出なかったりしていたことを説明できない。
なので食生活説は却下。

すると最後に考えられるのはやっぱり加齢。
ニキビができるほど若い時代は終わったということだ。
気分は若いつもりでいるが、身体は老化した。
この老化説に一票を投じる。

だからといって老化を否定するものではない。
身体の機能が衰えたからと言って悲観する必要はない。
それに合わせたライフスタイル、心の持ち方を構築していけばよい。

7月11日 (日)    コンパルホール

久しぶりにコンパルホールに出向いた。
この前行ったのは韓国語を習いに行った時だから、10年以上も前のことだ。
23年前に大分にやってきた時、街の中にコンパルホールというおしゃれな名前の公共施設があって、そこには図書館もあって、ホールもあって、文化的な場所だなぁと思った。

今思い出したが、学会があって2年前に行った。
大学の公開講座で7年前にも行っていた。

今では図書館は県立図書館が立派になってしまったし、ホールはグランシアタという立派なホールができて、影がうすくなってしまった。
施設は古くなってしまったが、この施設の魅力は捨てがたい。

地の利がとてもよい。
利用料金が安い。
適度な古さがよい。

今日もいろんなひとたちが利用していたが、年配の人が多かった。
昔から使い慣れているのだろう。

会議というと、すぐにホテルとか、新しい施設のことを考えてしまうが、ちょっと集まってちょっと勉強するのにとてもよい場所である。
また韓国語講座が開かれないかなぁとふと思った。

7月10日 (土)    寝坊

毎朝4時40分に起きる。
休みの日でも5時には起きる。
そうしないと生活リズムが狂ってしまい、調子が悪くなるのではないかと思っていた。
しかし、睡眠不足の日はつらい。
起きられない。
それでも無理に起きて活動を始める。
そんな日は調子が出るまでに時間がかかる。

昨日は午前中講習会であった。
前の夜、少し夜更かしをした。
講習会に出向く前にいつもの時間に研究室に出てきて一仕事やってから講習会に行こうか、家から直接講習会に行こうか決めかねていた。

そこで目覚ましをかけないことにして、目が覚めた時に考えることにした。
目覚ましはなくとも4時40分に目が覚めた。
そのとき、自分の身体に様子を聞いてみたら、まだ眠たい、もう少し寝ていたいと言う。
それならいつもの時間に研究室に行くのをやめて、ぎりぎりまで布団に入っていて、直接講習会に行くことにした。

そろそろと思って起きたのが7時。
考えられないほどの寝坊である。
起きた時は何となく違和感があった。
なんだかものすごく損をしたような気分だった。

起きてから80分間、いつもの時間配分でシャワーを浴び、洗濯をし、朝食の準備をして食べて片付けてゴミをまとめて出かけた。
テレビがいつもと違う番組をやっているのが妙であった。

意外なことに寝坊は快適であった。
昨日は目が回るような1日であったが、寝坊して睡眠を十分にとったおかげで仕事を回すことができた。
時には寝坊もよいものだ。

これからは休みの日くらいは寝床から離れたくなくなるまで寝床に入っているのも楽しいかもしれない。
ときには寝坊というグータラ生活をするのもよいかなと思ったりする。

7月9日 (金)    目が回るような1日

今日は慌ただしい1日だった。
キャパシティを超えそうだった。

午前中は学外の講習会で話をした。
これは予め予定されていたことだし、毎年引き受けている仕事なので、特に問題なく終わった。
参加している方たちにどれだけ満足していただけたかという不安が残ったが。

午後、研究室に戻ったら至急仕上げなければならない案件が3つあることはわかっていた。
昨日からその段取りをどうするかについては考えていた。
なので、その案件はこなした。
時間との闘いの案件ばかりであったので、バタバタした。
これらをこなすだけでめまぐるしかった。

こういう日には急ぎの仕事が突然入る。
それも複数入る。
ある先生から話があって、それを急遽仕上げなければならなくなった。
それと同時に別の先生から切羽詰まった電話があって、月曜日の午前中までに資料を作ってほしいと頼まれた。
資料作成の材料がメールで届いた。
そのときはとてもすぐにそれを見ることができるような状況ではなかったが、すぐにその先生から電話がかかってきて状況はどうだろうかと尋ねられた。
申し訳ないが、まったく手についていない。

目が回りかけたが、こういうときは焦ってはいけない。
ひとつひとつ順番にやっていけばいつかは終わる。
最後までやり遂げられるように、エネルギーの使い方を配慮しなければならない。

こういう状況の時、若い頃であれば、バリバリと一気にやってしまったであろうが、今はそんな立ち回りはできない。
時間は少し余計にかかるかもしれないが、一つずつ丁寧に、休憩をいれつつ、じっくり構えてやることにした。

そうしたら、何とかすべての案件を処理することができた。
思ったほど疲れていない。
疲れてはいないが、本当に目が回るほどであった。

疲労しているが疲労感を感じていないのかもしれない。
幸いなことに明日は土曜日。
夜はのんびりすることにする。

7月8日 (木)    後手に回っている

夏休みが射程距離に入ってきたら、なんとなく気分が楽である。
気分が楽だと仕事が早く進むような気がする。
気持ちに余裕がある。

そこで油断したようだ。
最近は、その日その日のことしか考えていない。
それなりにその日その日にやらなければならないことはこなしてきた。

ところが、ふっと気がつくと、その仕事をする日までにはかなり時間があるものの、予め準備をしておかなければならないことが山積みになっていた。
たとえば、来週の講義に必要な資料の手配。
講習会で使う資料の準備。

これらは講義の前日とか、講習会の2,3日前では遅い。
これはいかんと思って、やらなければならないことをリストアップしてみたら、青ざめた。
ぎりぎり綱渡り状態である。

早速関係機関に問い合わせて資料の準備をしたり、関係機関との調整をやっている。
本当にぎりぎりのタイミングである。

仕事は先へ先へと考えていかなければならない。
明日できる仕事を今日する必要はないと思うが、本番の前の準備が必要なものについては常に意識していなければならない。

今も今日が締め切りの書類や明日が締め切りの書類がデスクの上に積まれていて、これを片付けなければならない。
片付けるとまた新しい書類が届いていた。
まず締め切りを確認した。
これまた余裕がない。

自転車操業どころか一輪車操業になっている。
仕事が後手に回っている。

7月7日 (水)    七夕

今日は七夕である。
七夕というとまず思い浮かぶのは短冊に願い事を書いて竹に結びつけるというやつである。
子どもが幼稚園の頃、そんなことをやっていたような気がする。
大分大学前駅にも短冊がいっぱい飾り付けられた竹があった。
駅長さんに聞いてみたら150枚ほどついているとのことだった。
どんなことが書いてあるのだろうと少しだけ見てみたら、たわいもないというかかわいらしいことが多かった。
なんだか微笑ましい。
同じようなことで、神社で願い事を絵馬に書いて奉納するが、そっちはより現実的である。
絵馬を奉納するのに、なにかしらのお金を納めるから、願い事もシビアなものになるのだろうか。

夕方、大学の地球広場?に七夕飾りがあって、浴衣を着た女子学生がたくさん集まっていた。
若い人が浴衣を着ている姿はこれまたかわいらしい。

七夕と言えば、織姫・彦星・天の川となる。
織姫と彦星が一年に一度だけ合うことができる日だというので、なんだかロマンチックな感じがしないでもない。
織姫と彦星は恋人同士で、遠距離恋愛で、一年に一回しか会えないものだと思っていたが、そうではないらしい。
遠距離恋愛なら、ロマンチックであると思ったが、現実は違っていた。

織姫は機織りを生業とし、彦星は牛追いを生業としているらしい。
互いに惚れ合って結婚したら、二人とも結婚生活が楽しくて仕事をしなくなったものだから、起こった天空が、二人を天の川を隔てて別れさせ、七夕の日にだけ天の川に橋をかけて会えるようにしたのだという。
雨が降ると天の川の水かさが増えて、橋がかからなくなる。
すると二人は会えない。

引き離された二人がその後一生懸命働いているのかどうかはわからないが、きっとそれぞれの仕事をしているのだろう。
単身赴任みたいなもんである。

今日は天気がよかったから、彦星が天の川を渡って織姫のもとにたどり着くことができただろう。
晴れてよかった。

7月6日 (火)    熱いひとたち

今日は授業の目白押し。
その合間を縫って昼休みと5限終了後の会議に出席した。

昼休みの会議はチーフとなって取り仕切らなければならない会議。
夕方の会議は一委員。

議論が白熱した。
そこまで考えなくてもいいんじゃないの。
とりあえず動いてみてから考えてみたらいいんじゃない?

そんなことを考えた。
みんな熱い。
どうしてそんなに熱くなれるのだろう。
不思議で仕方がない。

そこまで細かいところまでこだわるという気持ちが私にはわからない。
それも個性だから否定するつもりはさらさらない。
細かいところにこだわることが理解できないだけのことだ。

そういう熱いひとたちがいるおかげで世の中が回っているのだろうなぁ。
私みたいに何にも考えていなくて、その場その場で立ち回っているひとばかりの世界になったら収拾がつかなくなるだろうなぁ。

疲れた。

7月5日 (月)    野菜が高い

先週末、スーパーマーケットに行くことができず、冷蔵庫の中の野菜も少なくなってきたので、帰宅後、いつものスーパーマーケットに出かけた。
いつもの産直コーナーの野菜は時間が遅かったせいであろう、ほとんど何もなかった。

時期的にはよくない時期ではあるが、ホウレンソウ、小松菜、青梗菜などの葉物の野菜がほしい。
キャベツやレタスも必要である。
産直コーナーの野菜はなかったが、定番の野菜売り場にはそこそこ葉物野菜があったので、買おうと思い、値段を見たら驚いた。
いつもの2倍である。
どれもこれも200円といったところである。
恐ろしくて買えなかった。
そんなにお金を出すくらいなら、食べずに値が下がるのを待つことにする。

かわりにアスパラガスを買おうかと思ったらこれも200円。トマトも200円か300円。
水菜も238円。
結局トマトを買った。
トマトだけでは寂しいので、もやしも買ったが、これもいつも29円が今日は50円。

長雨、日照不足、高温が野菜の生育に悪影響を及ぼしているのであろう。

野菜をほとんど買わずに、あとは豆腐や肉、かまぼこなどを買って帰ってきた。
買ってきたものを冷蔵庫に入れながら、寂しい気分になった。

やっぱり野菜室にいろんな種類の野菜を入れておきたいなと思った。
野菜の値段が上がったといっても、それが買えないほどの家計でもないのだから、けちけちするものではないなと思った。
お金をけちると心もけちになるような気がした。

7月4日 (日)    父親の料理

昨日書いたように、実家では家事のほとんどを父親がやっている。
食事の支度は洗い上がった皿を食器棚に片付ける作業以外はすべて父親の役目である。
当然料理は父親が作る。

父親の作った食事はそれなりにおいしいのだが、本質的には口に合わない。
味付けが濃すぎるのである。
もののない時代に育った人なので、甘みに対する執着が強いのだろう、砂糖をたっぷり入れる。
醤油も味噌も濃いめである。
よく、加齢とともに味覚が鈍ってくるから味付けが濃くなると言われているが、確かにそうかもしれない。

実家に行った時、父親が作った料理をおいしいおいしいと言いながら、いつもよりたくさん食べることも親孝行のひとつかと思っている。
なので、実家に行く前は食事を控えてお腹を空かしておく。
そうするとたくさん食べることができて、父親も喜ぶ。

今回、いつも出てくるメニューの一つがとてもおいしかった。
なぜかと尋ねてみたら、家庭菜園で作った採りたての野菜がたっぷり入っているという。
素材がよいと料理がおいしい。

子どもの頃のことを思い出してみると、母親が手作りで作った料理を食べたという記憶が少ない。
毎日市場で惣菜を買ってきて食卓に並べていた記憶が強い。
それでも高校生のときは、毎日弁当を持たせてくれていたから、何か作ってくれていたのだろう。
逆に子どもの頃、父親に手作りの料理を作ってもらった記憶はある。
父親は昔から料理を作るのが結構得意だったのかもしれぬ。
その血筋は私の子どもたちが受け継いでいる。
長男の作る料理は美味しいらしい。
次男がときどき作る料理は4年間の1人暮らしで技が磨かれた。

父親の息子であり、子どもたちの父親である私はどうも料理のセンスがないようだ。
相変わらず毎日怪しげな料理を作って弁当に持ってくる。
自分自身は満足しているのだが、家の中ではすこぶる評判が悪い。

7月3日 (土)    両親の様子

実家では母親が自立した生活をすることができないので、家事のほとんどを父親がやっている。
ときに母親がトラブルを起こすので、父親もときどきまいっているようである。
先月も母親は入院していた。
入院した日に父親から電話があって、その内容を聞いたとき、これは重篤だなと思った。
今回ばかりは気になって、毎日様子を尋ねて、いつでも実家に出向けるように心の準備をしていた。
幸い入院して回復し、先週退院してきた。

少し落ち着いてきたようだったので、この週末、時間をとって様子を見に行ってきた。
母親の様子は、入院直前の厳しい状況はとても想像できないほどよい状態であったが、顔を見に行く度に状況が悪くなっていくのがわかる。
これからどうしようかという話を父親とするが、いつも結論は出ない。
なるようにしかならないし、できるところまでやってみる というスタンスしかとれない。
この先どうなるかさっぱり見えない。

頼みの綱は地域の介護支援専門員と病院のソーシャルワーカーである。
彼女たちはいろいろな事例を知っているから、我が家の状態に一番合う方法を考えてくれる。
高齢者の問題は、専門家の力を借りることがとても有用だという当たり前と言えば当たり前のことを実感している。

7月2日 (金)    打ち合わせ

今この研究室でおこなっている研究はほとんどが共同研究である。
企業単独との共同研究もあるし、企業と他大学の研究者を交えてコンソーシアムを組んでおこなっている研究もある。

今日はその中でも特に規模の大きい研究について打ち合わせをするために、共同研究者の大学を訪ねて打ち合わせを行ってきた。
ときどき出向いて議論をしている。
この時代、メールや電話で済むではないかという人がいるが、やはり顔を見ながら話をするのがよい。
思わぬ発想が出たり、新しいテーマのヒントが浮かんだりする。
そのときに必要な資料がすぐ出たりして、有意義な議論ができる。

相手のところに出向くというのは、時間的や費用的にロスが多いような気になってしまうが、実際に会って話をする方が電話やメールの何倍もの価値がある。
時間やお金に換えられない価値のあるものになる。
逆の立場に立って考えてみても、わざわざ足を運んでいただくと、そのことにとても感謝するし、有意義な議論ができる。

相手あっての仕事は、毎回は無理にしても、ときどき顔を見に行くことは大切なことだと思う。

7月1日 (木)     無題

7月になった。
今年も半年が終わったということである。
まことに月日が経つのは早い。
この半年間、いろいろなことがあったはずだが、これといって何かあったのかといわれてもそれほどのことは思い当たらない。
一番大きな出来事といえば、下の子が卒業して家に戻ってきて就職したことだろうか。
しかし、この出来事は私の生活に多大な影響を与えている。
卒業直前に立て続けに北の国に出かけていったことは、これまでの人生の中でも大きな楽しい出来事のひとつであった。
何かあったのかと思っていたが、これほどのことがあった。

相変わらず、日常生活の連続。
授業に対する苦しさ(他人が聞けば大げさかもしれないが)もあと1ヶ月で終わると思うと少しは気が軽くなる。

木曜日の1限は体力的にきつい。
週も半ばとなり、身体の疲れが出てくる。
今年の授業は学生に気楽にコメントを書いてもらっている。
熱心に授業を聞いてくれている様子が伝わってきてたいへんうれしい。
そして、いろんなことを相談してくれる。
それもまたうれしい。
毎回の授業では学生のコメントすべてに返事をする。
おかげで授業はシラバス通りに進まないが、それはそれでもよいのではないかと思う。
一方的に話をするより、よほど学生のためになっているのではないかと解釈している。
今日もいろいろな質問が出て、読んでいて感心させられるとともに、今日もちゃんと授業を聞いてくれたなぁと安堵した。