3月26日 (金)   睡眠不足

ときどき頭がジーンとするときがある。
目が見えにくくなることがある。
手が震えることがある。
頭の中がパニックになって考えがまとまらなくなることがある。

その原因がわからなくてどうしたものかと思っていた。
今日ふと気がついたことは、どれもこれもすべては睡眠不足のせいではないかということ。

よく考えてみると、これらの症状が出る日は睡眠時間が少ないか、十分に眠れていない。
最近は昼間に眠たくなることがないので、睡眠は十分だと思っていた。
夜中は熟睡しているつもりだったので睡眠は十分だと思っていた。
しかし、睡眠時間を数えてみると明らかに短い。
短い日がつづくと具合はより悪い。

ラジオやポスターで2週間以上眠れないときは医者に行けと言っている。
医者には行っている。
医者からも睡眠は十分にとるようにと言われている。

そういえばたくさん眠った日は調子が上がっている。
昼寝をした休日の翌日は頭がすっきりしている。

睡眠不足。

早起きする割には寝る時間は遅い。
もっと早い時間に床に入ることが必要だ。
この2日間、あまり眠っていないから今日は早寝をする。

ところで。
明日からしばらくの間、学会と研究会に参加するため研究室を空けます。
つれづれ日記もしばらくお休みをいただいて、次は新しい年度になった4月5日から再開します。

3月25日 (木)   卒業式

今日、卒業式があった。
生活分野4年生16名が大学生活を終えた。
ついこの前、入学してきたばかりのような気がしたのに、時が経つのは早いものである。
みんな凛々しくなったが、4年前に見た初々しい表情も残っていてうれしかった。

卒業式を迎えると1年が終わったような気分になる。
一つ肩の荷が下りたような気分でもある。
無事に送り出すことができたことで、何かを果たすことができたように感じる。
教員という職業をしていてよかったなぁと思う。
またありがたいなぁとも思う。

多くの卒業生が社会人1年生になる。
今度から卒業という区切りがない。
いや、人によって異なるということになる。
これからが長い人生である。

つらいこともあるけれど、楽しいこともいっぱいあるはず。
これからの活躍を期待している。
みんなお元気で。

3月24日 (水)   実験

およそ10年ぶりくらいに魚の大きな実験をやった。
この実験は若いときでもきついもので、ゼミ生を総動員してもハードなものであった。
ひさしぶりということで、うまくいくかどうか不安でたまらない日々を過ごしてきた。
3月の頭に水産試験場に行って打ち合わせをして準備をしたが、何度くじけてあきらめようとしたことか。

こんな私の背中を押してくれたのは5人のゼミ生であった。
「何とかなりますよ。やりましょう。」の声に後押しされた。

1日かけて無事に実験は終わった。
終わってみればたいしたことはなかった。
実験ごときで心配になったり、くじけそうになるのはまだテンションが低いからなのだろう。

5人のゼミ生が頼もしくなってきた。
半年の間にずいぶん成長したものだと思う。

作業はこれまでに数回経験していることが中心だったおかげであろう、任せていても安心できた。
ひとつ感心したのは、実験をしながらその場でデータ整理をしていたことである。
この習慣は大切にして欲しい。
なぜなら、すぐにデータ整理をすれば、トラブルなどがあったときに即座に対応できるからである。

また、空いた時間には次の実験の計画を立てていた。
これもまた頼もしい。
ゼミの実験は長期間にわたるものが多いから、計画を立ててそれを十分に理解することはとても重要である。

4年生が巣立っていき、主役は3年生。
これなら十分に主役を任せることができそうだ。

しかしおごることなかれ。
油断をすると実験は手痛いしっぺ返しを喰らわせてくる。

3月23日 (火)    トイレとホームページ

技術・家庭棟のトイレがリニューアルされ、今日から試験供用が開始された。
非常に明るくて快適である。
これからトイレに行くために散歩をしなくてすむ。
よいことづくめである。

トイレの工事が終わったので、ホームページを全面的に運用できるようにパソコンを整えた。
今日まで待っていたのは理由があるが、それについては述べない。

ホームページもせっかくリニューアルしたので、リニューアルということばは似合わないが、卒業生が残していったブログを卒業生の名前にリンクして読めるようにした。
改めて読んでみると懐かしい。
ついつい時の経つのを忘れてしまう。

このつれづれ日記を読んでくださる皆様。
卒業生のページにもお立ち寄りください。
お姉さまの部屋も更新されました。

3月22日 (月)    木村玉治郎

見るとはなしに相撲を見ていた。
相撲は画面を見なければおもしろくない。
しかし、音声を聞いていて驚いた。

行司は木村玉治郎だった。
はっけよい、残った の声が先代の玉治郎と全く同じであった。
先代の玉治郎が復活したのかと思って画面を見たら、違っていた。

これほどまでに師匠の口上をトレースできるのか。
声の質、間の取り方、全く同じであった。
師匠とまったく同じことができる弟子はすばらしい。

先代の木村玉治郎は、確か51歳の若さで木村庄之助を襲名した。
きびきびとした裁きは見ていて気持ちがよく、かつ正確であった。

相撲にはまったのは中学生の頃だったから、40年近く前のことである。
その頃序の口あたりで裁いていた行司も今では三役格になっている。
出てくる行司の名前を聞いていると、懐かしい名前が多い。
すべてが代替わりしているだろうが。

取り組みだけでなく、行司や呼び出しにも目を向けると相撲もまた違った面白さがある。

3月21日 (日)   うどん

今日も次男坊がらみの話題。
まったく他に何かないのかと聞きたくなってしまう。

彼が帰省したときに必ず出向くうどん屋さんがある。
今日のお昼、ごはんをどうしようかという話になって、少し考えてこのうどん屋さんに行くことにした。

このお店には私が大分に着任してからこれまでの間、何度となく通っている。
大分に着任したときにはお店は今の大分大学入口のバス停の前にあったのだが、国道の拡張工事のために少し遠くに移転してしまった。
移転しても通い続けている。

このお店のうどんはとにかくおいしい。
口に合っている。
値段も極めてリーゾナブルである。
量も満足できる。

子どもたちが小さい頃は一家で行っても2杯注文すれば4人が満腹になった。
しかし、今では一人1杯。
次男坊の好みは20年来変わらず肉うどん。
小さい頃はレギュラーサイズであったが、中学生になる頃から大盛りになり、大学生になってからはこれに天ぷらがトッピングされる。

お店の奥さんに「昔から肉うどんは変わらないねぇ」と言われたら、彼は
「いや、天ぷらのトッピングが増えた」との返事で大笑い。
大盛りはそれはそれは大盛りである。
彼の胃袋を満足させることができる。

私はかけうどん。
いろいろなメニューを試してみたが、結局めんのおいしさと出汁のおいしさを味わおうと思ったら何も具がのっていないかけうどんにいきついた。

ここのうどんを食べるとなんとなくホッとして幸せな気分になる。
いつまでも大切にしたいお店。

3月20日 (土)    新生活の準備

またまた次男坊の話題。
4月から社会人になる彼に必要なものを買うために出かけた。

まずスーツ。
入学するときによいものを誂えたが、今度はあまりスーツを着ることがないということなので、廉価なものを探しにいった。
しかしながら、彼の体格は人並み外れているから、廉価なものはなく、高価なものを勧められた。
品質をチェックしたら、法外な価格のような気がして、帰ろうと思ったら、お店の人は事情を察したのか、今度は逆の法外な価格で勧められた。
この品質ならそれほど安いとは言えないものの、そんなもんだろうと思ってこれを購入することにした。
シャツやスラックスも見たが、やはり品質と値段との間に乖離があり、結局買わなかった。
原価率はどのくらいなのであろう。
大きなお店を構えて、たくさんの人を雇ったら、経費がかさむことだろう。
経費はすべて価格に反映されている。

続いてベッド。
これは昨日新聞の折り込み広告によいのがあったので、お店に行って現物を確認し、ほぼ即決。
アパートで使っていたベッドカバーを処分してきたことを少し後悔した。

あとは靴、財布、名刺入れ などの小物。
本人よりも親の方が焦っている。
何を焦っているのかよくわからないが。
結局ただの親バカということだろう。

3月19日 (金)   お疲れモード

歳をとると、疲れが出るのにタイムラグが生じる。
運動をした日には筋肉は痛まないが、翌日あるいは翌々日になると筋肉痛になる。
筋肉痛だけではなく、いろんな疲れは遅れて出てくる。

この1ヶ月の週末はあちこち出かけていた。
家でのんびりする休日を取ることができなかったので、そろそろくたびれるのではないかと思っていたら、案の定、今日はくたびれが出た。
仕事に余裕のある1日だったので、疲れが出る余裕もあったということだろう。

身体のあちこちがギシギシ鳴っているが、これは引っ越しの荷物を整理したり、家で家具を動かしたせいであろう。
眠たくてたまらないのは、出先で十分な睡眠がとれなかったせいであろう。
テンションが下がってイライラするのは、出先で無意識のうちに緊張していたせいであろう。

夕食後、布団に入る前に一休みしたくなってこたつに潜り込んだ。
枕代わりに座布団の上に顔をのせていたら、これを座布団の上に当てるように と言われてタオルが出てきた。
微睡んでいると涎が垂れて、座布団を汚すからだという。
たしかに気持ちよく微睡むと、口の筋肉がゆるんで、気がついたら座布団を汚していることがしばしばある。

少し微睡んだくらいではこの疲れはとれないだろう。
明日から連休になるので、この時間を使って疲れの在庫一掃大処分市を開催しなければならない。

3月18日 (木)   春休みという実感

先週の教授会の最後に、この春で退職される先生方のご挨拶があった。
その中で最も印象に残ったのはN先生のお話である。
N先生は小学校から退職の日まで、60年弱の間、学校に通い続けたという。
学校以外の世界を知らないとおっしゃっていた。
学校では夏休み、春休みが来るのが待ち遠しかったが、退職したら毎日休みなのでどうしようかということであった。

毎日休みをどうしようかという悩みについては、実感できないが、夏休み、春休みが待ち遠しいという気持ちはとても共感できる。
2月に講義が終わって、待ちに待った春休みがやってきた。
しばらくの間は次から次へとやらなくてはならないことが押し寄せてきて、それに振り回されていたが、春休みも後半になると、みんな自分のことに忙しいのか、メールもぐっと減って、学生が研究室にやってくることも減って、少しばかりの余裕が持てる。

この機会に新年度からの仕事を考えることができるのはとてもうれしい。
もうひとつ、部屋の片付けをするチャンスである。
これは毎年チャンスは巡ってくるのだが、なかなか行動に移せない。
なので、研究室はモノで溢れかえり、何とかしなきゃいかんと思う。
思うだけで行動しないから、結局ごちゃごちゃのまま新年度を迎えることになるのだろう。

3月17日 (水)   桜の開花

朝、いつものようにJRを降りてグラウンドの横の坂を歩いていたら、桜の花がほころんでいた。
ニュースを聞いていたら、気象台から桜の開花宣言が出たという。
今年はかなり早い。
記録を取り始めてから2番目に早い記録だという。

桜の花が咲くと、新学期が始まるなぁ、新入生を迎えるなぁと思うのだが、まだ後期日程の合格者も発表されていないので何となくおかしな気分である。
今年はこの先、まだ暖かくならないようなので、満開になるまでにはかなり時間がかかるらしい。
ゆっくり楽しむことができそうでうれしい。

昔はグランドから上がったところにある桜の木の下で花見をやっている姿をよく見た。
その木もずいぶんと大きくなったが、最近は花見をする姿を見かけない。
ちょっぴり残念なような気がする。

大学内で桜がきれいなところといえば、旧女子寮に向かう道沿いである。
満開になると、それはそれは美しい。

大学外では遠くから望む高崎山の山桜が美しい。

3月16日 (火)    今日の1日

昨日のエビのおかげで熟睡できなかった。
習慣というのはおそろしいもので、こんな日でも朝早く目が覚めた。
3日ぶりにシャワーを浴びたら、おびただしい量の垢が出た。

7:30 軽く朝食を食べてから、久しぶりに新聞を念入りに読んだ。地方紙だったので、地方の話題が多い。
9:35 フロントに荷物を預け、チェックアウトして街へ出た。またまたおみやげの買い出しである。見ているとあれもこれもと欲しくなってついには両手にもてないほど買ってしまった。
11:00 最後の食事はまた回転寿司。結局一番安い皿が多かった。一度ホテルに戻り、荷物を受け取って、急いで駅に。
12:10 電車に乗って空港へ。
13:00 搭乗手続きを済ませ、だめ押しのおみやげを買って、搭乗口。
14:10 定刻出発
16:55 10分遅れで福岡空港に到着。預けた荷物がなかなか出てこなくて時間をとられた。
17:16 地下鉄。これに乗って天神に出ていては予約したバスには間に合わないと判断して、バスをキャンセル。博多で降りてJRに乗ることにした。
18:00 ソニックで大分着20:04。歩いて自宅着20:18

8時間の長い旅であった。
夕食を食べたらホッと一安心した。
ひとつのページが終わったような気がした。
そして今日から新しい1ページの始まり。

3月15日 (月)    いよいよ引き揚げ

モノがごった返していた部屋も午前中の早い時間に何とか片付いて、必要なものは箱に詰め、捨てるモノをゴミ集積場に運んで、あとは運送屋さんを待つだけとなった。
午前中、貸し布団の引き取りがあった。
貸し布団は便利である。
ずいぶん世話になった。

少し時間があったので、彼が通ったキャンパスを散策し、売店を覗いて、お昼は生協の食堂で食べた。
生協では新入生のアパート紹介をやっていた。
4年前に見た光景である。

昼過ぎにアパートに戻ったら、リサイクル業者さんがやってきた。
テレビ、洗濯機、冷蔵庫など、大きなものは処分することにしたという。
布団も処分した。

いよいよ運送屋さんがやってきて、荷物を運び出してもらった。
あっという間に荷物はなくなった。
大家さんに親子でご挨拶をしてアパートを後にした。
子より親の方が感慨深いものがあったような気がする。

近くのビジネスホテルにチェックインをした後は特にやることがない。
お世話になった人、お世話になる人、自分のおみやげをと、デパートに出向いた。
おみやげといっても全部食べ物である。

夕食は居酒屋。
魚がおいしかった。
エビの刺身もおいしかったが、アレルギーが出た。

夜中は興奮したのと、エビのせいで眠れなかった。

3月14日 (日)   おいしい食べ物

2日目の今日は、私の出番はほとんどなくなってしまった。
やることといえば、次男坊のペースメーカーになることと、食事に誘うことくらいである。

昼食はこの地を訪れた際には必ず行く開店寿司屋に出向いた。
何度食べてもおいしい。
最後には高いお皿のモノばかり食べようと思っていたが、結局一番安いお皿のモノが多かった。
それだけ安くておいしいということである。

午後時間があったので、またスーパーマーケットに出かけた。
この土地ならではの食材、食品をいくつか買った。
いつもなら重いので買うのをあきらめていた食材も、今回は引っ越しの荷物と一緒に送ることができると考えた。

夜はスープカレー。
初めて口にした。
新鮮な味わいであった。
これもおいしい。
もっと早くからこの味を知っておくべきであった。

この地の難点はおいしいお酒がないことであるが、食べ物がどれもおいしいので、お酒はアルコールが入っているだけで十分のような気がしてきた。

3月13日 (土)    次男坊の引越

4年前の今日、うれしさいっぱいの気持ちを抱いて、次男坊とともに北の国に渡った。
彼がこれから過ごすであろう4年間の住まいを決めて、生活の準備を整えるためである。
朝、生協に行って紹介してもらったアパートは、地の利、家賃、部屋の間取りなど、よいところであったので、即決した。

4年経った今日、再び北の国に渡った。
今度は4年間の生活をたたむためである。
アパートを引き揚げてくることなど、彼の好きなようにさせて、行くほどのものではないのではないかという気もしたが、もうよっぽどのことがない限りこの土地に来ることはないだろうと思ったら、おいしいものをもう一度だけ食べたいし、幸いに春休みで時間の余裕もあるし、行けば引っ越しに少しは役に立つのではないかと思ったのである。

大分では春の訪れを感じるものの、北に国はまだ冬で、道には雪が残っていて寒かった。
荷物を持って歩くのは少し難儀をした。

アパートに着いたら、彼はすでに荷物の片付けを始めていたが、部屋はモノでごった返していた。
私はそのモノにあたるわけにはいかないなと思い、台所周りの片付けをした。
残っていた食材や調理器具などを見たら、彼がこの4年間、まめに食事の支度をしていたことが伺えた。

片付けの気分転換に、行きつけのスーパーマーケットに行って、軽い食事を買ってきたり、夜はラーメンを食べに行って北の国を楽しんだ。

3月12日 (金)    後期日程入試

今年度、おそらく最後になるであろう入試が行われた。
生活分野への受験生はだいたい予想通りの人数であった。

試験は面接。
これまでに行ってきたものとほぼ同じ形態で行った。

時代が変わると受験生の気質も変わる。
どんどん発言をする。
昔は面接に来ても一言もしゃべらずに終わってしまったというシャイな受験生がいたものだが、最近はそんなことは全くない。
先を争って発言をする。

頼もしいと思う反面、自己チューだなぁと思ったりする。
自分の意見を能力には長けているのだが、他人の意見を聞いて議論をするということは少し苦手のようである。
これもメール世代の子どもたちだからだろうか。

昔はコミュニケーションツールとしては電話がメインであったから、相手の出方によってその場で対応を考えなければならなかった。
しかし、メールは自分の言いたいことを書いたら、相手がどう思おうと関係なく終わる。
コミュニケーションが双方向ではなく、単方向である。

メールは冷静に自分の主張を伝えられるという点ではすぐれていると思うが、聴く耳をもてないというデメリットがあると思う。

3月11日 (木)   手際よい1日

春休みらしくなってきた。
授業がないのは本当にうれしい。
身体と心の疲労の度合いが全然違う。

今日は明日の入試の準備と会議が予定されていた。
予めこのくらいの時間がかかるだろうと予想してそれぞれに臨んだが、どちらも非常に手際よく、予定していたほぼ半分の時間ですんだ。
おかげで考え事がはかどった。

予定していた仕事が早く終わったので、診療所に出向いた。
いつもなら1時間待ちを覚悟しなければならないのだが、今日は受付を済ませたらすぐ診察室に呼ばれた。
これまで何年もここに通っているのだが、初めてである。

またまた早く終わったので、デパートに出向いた。
そろそろサンドイッチが半額になるかなぁと売り場に行ったら、まさに半額になったばかりのところで、いくつかを手にしてレジに並んだが、もうそのときには売り切れた。

満足して帰宅し、夕食と弁当の用意を始めた。
気分がよいので手際がよく、できばえもよかった。
ワインを片手に自作の料理に舌鼓を打っていたら、いつの間にかまどろんでいて、気がついたら日付が変わっていた。
目がさえて眠れず、しばらくテレビを見た。

非常に手際のよい1日で、2日分くらい過ごしたような気分であった。

3月10日 (水)   くすりのなまえ

名は体を表すなどと言われているが、くすりの名前の中には、おもしろいものがある。
その名前を聞いただけで、どんな効果がわかるように名付けられたものがある。
これまでにいろいろなくすりとつきあってきたが、その中にはなるほどなぁと思う名前のくすりや、思わず笑ってしまう名前のくすりがある。
いくつか例を挙げてみる。

タケプロン・・・武田薬品が販売している胃薬。胃のプロトンポンプを阻害する薬である。
         武田のタケとプロトンポンプを縮めてプロン。併せてタケプロン。
         作用機序を理解していると納得がいく。
カロナール・・・鎮痛解熱剤。
         なんとなく身体が軽くなりそうな感じがする。
コンスタン・・・穏やかな精神安定剤。
         一定なを意味するコンスタントが由来なのだろうか。
グッドミン・・・穏やかな睡眠薬。
         なるほど、よい(グッド)睡眠(ミン)か。
今まで使ったことがあるくすりの中で圧巻は
ヨーデル・・・下剤。

3月9日 (火)    快調な一日

先週末、焦燥感、不安感、抑鬱感がひどくなって、今週は仕事はおろか、日常生活すらできないのではないかと危惧していたが、昨日はいつものように研究室に出てくることができたし、歯医者にも行けた。
今日はまた調子がよくなって、よい気分で研究室にやってきた。
土曜日に一日中眠っていた効果が出たのかもしれない。

今日も相変わらず、こなさなければならない案件がいっぱいあったが、ちゃきちゃきと進めることができて1日が終わった。
こういう日はとても気持ちがよい。
一年の間に何度もあるわけではないのがちょっとつらい。

3月の声を聴いて、毎日それなりに忙しいと言いながらもやはり講義がない分だけ、肉体的精神的な疲れがとても少ない。
きわめて好ましい。

毎日こういうように快適に過ごせると申し分ないのであるが、なかなか現実はそうはいかない。

3月8日 (月)    抜歯

歯医者に行った。
親知らずを抜くためである。
直前まで恐怖感が頭からぬぐえず、診療所の前で足が止まった。
しかし、虫歯が痛み、その痛みが後押しして診療所に入った。

非常に恐怖感を抱いていることを歯科衛生士に告げると、彼女は「大丈夫ですよ。歯がしっかりしているから簡単に終わりますよ。」と明るく言う。
明るく言ってくれたことで若干不安が解消する。
こういう職業に就く人はネアカがよい。
不安感をあおるような人はあまりうれしくない。

診療台に座ったらほどなく歯科医師がやってきて、「それじゃぁ抜きましょうかねぇ」とこれもお気楽。
歯科医師は抜き慣れているかもしれないが、こちらは初めての経験である。

通常の治療と同じように麻酔をうってもらったらしばらくして感覚が鈍くなってきた。
「まず上の歯からいきましょう」と上の歯に何か器具をいれてごそごそやっているなぁと思っていたら、ものの15秒で歯がぽろっと落ちた。
ゴキッという音もしなかったし、全く痛くなかった。
続いて下の歯。
こっちは根っこがしっかりしていたのか、歯科医師が力を入れて引っこ抜いているのがわかった。
それでもものの30秒ほどですっと抜けた。

歯が抜けたら気も抜けた。
案ずるより産むが易し。
まったく簡単に終わった。

麻酔が切れたら痛むと聞いていた。
確かに痛みはあったが、それまでの虫歯の痛みとほとんど同じくらいのものであった。
ほおの腫れもまったくない。
出血もほとんどない。

抜歯がこんなに簡単だとは予想外であった。
これで虫歯の痛みから解放されると思うとうれしくなって、祝杯をあげようと思ったが、「今日はお風呂と飲酒と激しい運動は避けてください。」と言われたことを思いだしたのでおとなしく従って、お酒の代わりにお菓子をいっぱい食べて床についた。

3月7日 (日)   車内放送

昨日からの疲労感はちっとも抜けずに、今日も朝から気力がなかった。
それでも大分に帰らなければならないから電車に乗った。

電車に乗ると、車掌がいろいろと注意する。
携帯電話は優先席付近では電源を切れとか、マナーモードにして通話をするな といった類の放送はいつでも聞いているので特に珍しくもない。
不審な荷物があったら知らせろ という放送もよく聞く。
不審な荷物を見たことはない。

今日乗った電車の放送で次のようなことを聞いた。
「咳が出るときにはマスクをしたり、口を手で押さえるなどして周りのお客様のご迷惑にならないようにお気をつけください。」
ついに咳にまで注意が及んだか。

確かに後ろに座っている人が咳をすると、空気を感じて不愉快ではある。
しかし、放送で言うほどのものでもなかろうと思う。

本当に最近はあれはダメ、これはダメ。
ダメなことはわかっていて、それを改めて言われると、不愉快というか、萎縮してしまう。

なんだか最近世の中が窮屈になってしまっている。
余計な気を遣わなければならないから無駄に疲れる。
快適さを追い続けたら止まるところを知らない。
なのでいつまでたっても幸せな気分にはなれない。

国民全体の余裕がなくなっているのだろう。
余裕のない状況では発展は望めない。
逆に発展が望めないから窮屈になっているのかもしれない。

3月6日 (土)    実家での1日

次男坊がこの3月に大学を卒業して就職することになった。
大学生活を送るのにあたり、予備校時代を含めて祖父母つまり私の両親に世話になったお礼が言いたいから訪ねるというので、私も一緒にお礼の挨拶に出向くことにした。

あっという間の4年間であった。
この4年間の間、大きな病気をしたり、事故に遭ったりすることなく過ごしたことがなによりうれしかった。

次男坊と私で両親に挨拶をしたら、私はホッとしたのか、それとも今年に入ってからの疲れが出たのか、今日は起きていられぬほどの疲労感を感じた。
朝、起きるには起きて、朝ご飯を食べたものの、どうにも疲労感が強くて起きていられない。

次男坊が街へ買い物に行くというので、一緒に行く計画を立てていたが、とても出歩く元気がない。
気分も絶不調。
焦燥感、不安感、抑鬱感がうずまいて、どうにもならない。

もう眠るしかない。
朝食を食べてからずっと布団にくるまって寝た。
寝ても頭は休まらず、よくないことばかりが頭をよぎる。

夕方かろうじて床をあげて食事をしたが、その後も気力がわかず、また布団に入った。
そのまま眠ってしまった。

いくつになっても両親に甘えてしまう。
両親としてもせっかく息子がやってきて、食事の支度とか、片付けとか、何か手伝うだろうと期待していただろうに、期待はずれどころか、かえって負担になったに違いない。
大いに反省するのだが、身体が言うことをきかない。

両親には本当に申し訳ないが、超ぐーたらの1日を過ごしてしまった。

3月5日 (金)    テレビ

「生き方」の本を読むと、よく「テレビはよくない」といったようなことが書いてある。
だらだらとテレビを見るのは時間の無駄遣い。
テレビは見るものではない といった調子である。

しかし、テレビも目的を持ってみれば、貴重な情報源となるし、人生を豊かにしてくれる。
地上デジタル波に対応できるテレビを買ってから、衛星放送を見ることができるようになった。

その中でお気に入りの番組はオーケストラの演奏会である。
日頃、オーケストラを鑑賞するチャンスは少ないので、これらの番組は私にとって非常に価値がある。
1週間のうちで、かなりの量の番組が放送されるが、たいてい早朝か深夜なのでレコーダーに録画しておいて、帰宅してから見ることになる。

ついつい気合いが入って熱くなって見ている。
見ると言うより鑑賞している。

オーケストラに限らず、私はテレビを真剣に見る。
決してだらだらと見たりはしない。

こういう積極的な見方は肯定されてもよいのではないかと思う。

3月4日 (木)   歯医者

さて、昨日話題に上った歯医者に行った。
ちょうど3ヶ月に一度の歯のクリーニングの時期になっているので、都合がよい。
昨日はずれた詰め物を持っていって、歯科衛生士に見せたら、「アマルガムですね。古いですね。」と言われた。
しかし、こういう残骸があると、治療の計画に大いに役に立つらしい。
残念ながらもっていった詰め物は役に立たなかったが、はずれてすぐに対応したので、外れた部分は少し掃除をして樹脂の詰め物をしてもらった。
麻酔をかけずに削られたが、ほとんど痛みもなく、詰め物も透明なので、かえってきれいにさっぱりした。

「他に痛いところはありませんか?」と尋ねられ、少し前から気になっている右の奥歯のことを告げたら、細かく見てくれた。
すると、上の親知らずの一番奥が虫歯になっているという。
よごれがこびりついているとのことで、それを除去するとき、かなりの痛みが走った。

「親知らずの一番奥ということで、機械が使えるかどうかわかりません」との話であった。
ではどんな治療法があるのかと尋ねたら、「親知らずですから抜いてしまいましょう」との答え。
まったく想定外だった。

親知らずを抜くということについては悪い話ばかり聞いている。
抜いたらほおが1週間も腫れたとか、痛みが3日間続いて何も食べられなかったとか、抜くときに「ゴキッ」とものすごい音がしたとか、古い話では、親知らずを抜いたらそこから感染して敗血症で亡くなってしまった人がいることも聞いた。

恐怖は絶頂の度合いに達し、どうしようか考えが回らなくなった。
しばらく考えたら、歯をもっているから虫歯になるのであって、日常生活に困らないのであれば、歯を抜くのも一つの方法かと思って、「抜いてください。」と告げたら、歯科医師から「それじゃぁ今からやりましょうか」と言われた。
さすがに心の準備というものが必要なので、今日は勘弁してもらって来週の月曜日に抜いてもらうことにした。

抜くのは1本と思っていたら、かみ合わせが悪くなるから上と下の2本を抜くという話は抜くことを決めてから聞いた。
また怖くなってきた。

3月3日 (水)   虫歯

今日はひな祭り。
我が家には女の子がいないので、全く縁がない。
しかし、ひなあられを食べて、白酒を飲むのは楽しみの一つである。
残念ながら、今年はそれを味わう余裕がなかった。

仕事関係で、「今日はひな祭りですね」とメールを送ったら、「毎日の忙しさに忘れていました」と返事がきた。
ひな祭りといえども仕事はシビアである。

さて、先週韓国に行ったときに、韓国のお菓子で水飴を固めた飴があった。
食指が動いたが、「歯にくっつきますよ」と学生が教えてくれたので、買うのをやめた。
しかし、未練はあった。
そうしたら優しい学生が「お裾分け」といって、飴を差し入れてくれた。
夜、書類を書いていたら、おなかが減ったので、一つ口にした。
前評判の通り、千歳飴のように、いやそれ以上に歯にくっついたが、おいしかった。
食べていたら、何か固まりを感じた。
ひょっとしてやばいなと思い、固まりを口から出したら、予想通り、虫歯の詰め物だった。
鏡で口の中を見たら、左の奥歯の詰め物がなくなっていた。

去年から歯が弱っている。
あちこち虫歯が出ている。
昔治療をした歯は弱っている。

また明日から歯医者通いの日々がやってくる。

3月2日 (火)    ささみ

肉はあまり好まないが、良質なたんぱく質の供給源であるので、ときには食べなくてはと思う。
肉の中で、一番好きなのは何かと尋ねられれば、「鶏のささみ」と答える。
次は「豚のヒレ」。
どちらも脂質含量が低く、柔らかいので、高齢者の食事に適すると教科書に書いてある。
高齢者好みの肉が好きになった。
嗜好はすでに高齢者か。

子どもの頃、初めてささみを食べたときの感動と初めてヒレカツを食べたときの感動は今でも忘れない。
世の中にこんなおいしいお肉があるのかと思ったものだ。
そういう記憶が今でも残っていて、ささみとヒレに惹かれるのだろう。

昔ささみは鶏肉の中で一番高価であった。
ささみが食べられることは贅沢なことであった。

おととい日曜日、行きつけのスーパーマーケットに行ったら、ささみが特売で出ていた。
3枚入りのパックを手にしたが、3枚で87円と恐ろしく安い。
子どもの頃のささみの方が高かったのではあるまいか。
貨幣価値のことを考えると、ささみは高級肉ではなくなったようだ。

大分ではもも肉が好まれるということを聞いたことがある。
おかげで胸肉がだぶつくので、大分では胸肉が安いとも聞いた。
胸肉にはカルニチンが多く含まれているので、健康によいからと少し前に聞いたことがあるが、店頭から胸肉が消えるようなことにはなっていない。
ささみは味が淡泊すぎて、ぱさつくのでもっと人気がないのではなかろうか。

ささみは料理法も多彩である。
その淡泊さをいかして、いろいろな料理に使うことができる。
いろいろな料理にチャレンジして、ささみを楽しみたい。

3月1日 (月)    無題

今朝、キャンパスでうぐいすの声を聴いた。
今年初めて耳にした。
例年に比べてかなり遅い。
早い年はセンター入試の頃に耳にする。
しかし、遅かった分だけ、鳴き声はきれいで、どっしりとした貫禄があった。
梅は満開で春爛漫である。
暖かくもなった。
日の出も早くなり、大分大学前駅に到着したときには明るくなりかけている。

今日は2人の4年生が研究室にやってきた。
いつもなら卒論発表会が終わって、荷物を片付け、データを置いていくと、ゼミ室には顔を出さないのだが、この二人はいつまでもこの研究室に愛着をもってくれている。
とてもうれしいことである。

午前中に卒業生が、自分が開発したという製品を届けてくれた。
これもまたうれしい出来事。
若い新入社員に商品開発をさせて、即刻上市するという会社のチャレンジ精神にも脱帽である。
こういう会社は若い人が育つ。
若い人が育つと組織は活性化する。

午後からは、一時期、研究のサポートをしてくれていた卒業生でもあるKさんが来訪。
近況などを聞かせてくれた。
いつになっても頼ってきてくれるのはうれしい。
どれほど役に立つかはわからないけれど。

夕方はかかりつけの診療所に出向いた。
2月に服用をやめた薬をどうしようかと相談した。
日常生活に大きな支障がなければ一度やめてみるのも一つの選択肢であるという説明を受けて、そういうことにした。
ただし、また悪化したらいつでも相談に行くことにした。

3月の初めを飾るのにふさわしく慌ただしい1日。