12月27日 (月)     今年もお世話になりました

今年はちょっと早いが、今日で仕事納めとする。
積み残したこともいっぱいあるが、片付けようと思うときりがない。
大晦日まで毎日やってきても結局片付かない。
気乗りのしないところでだらだらやるよりも、ここはすぱっと切ってリフレッシュして新年を迎える方がよほど効率的である。
などと勝手な理屈をこねている。

おかげさまで今年一年大過なく過ごすことができました。
ご支援くださいました皆様方に厚くお礼申し上げます。

今年一年を振り返ってみると、仕事は梅木さんやゼミ生のみんながきちんとしてくれたおかげで成果を得ることができたと思います。
来年に向けてなお一層発展できるように努力します。

プライベートでは不良債権が一掃できたことが特筆すべきことです。
次男坊が就職したので、子育て事業は終了です。
おかげで今後の人生設計を考えることができました。
時間とお金をシミュレーションして、これからどのようにしていこうかというビジョンを掲げることができました。

何より、だれもが大病や大けがをすることなく一年を過ごせたことが一番でした。
これから先、毎年毎年このように順調にいくことはないと思いますが、このことに一番感謝します。

つれづれ日記におつきあいくださいましてありがとうございました。
他人様に見せることを考えて書いているわけではありませんが、興味深く読んでいただいている方がいてくださることは大きな喜びです。

本当にありがとうございました。

新しい年も皆様方にとって、よい年になりますように。

12月26日 (日)     ゆっくりできない日曜日

今朝は6時に起きた。
早起きしたという気はしなかったが、寝坊したとまではいえない。
昨日からのだらだら時間をひきずってしまい、なかなかエンジンがかからない。

シャワーを浴びる前にビデオをいじっていたらあっという間に7時になってしまった。
シャワーを浴びて洗濯をし、風呂の掃除を終えたら、また1時間経った。
おもむろに昨日いただいたさつまいもを蒸し焼きにして朝食とした。
そのあと片付けをしたり、なんだかごそごそしていたら10時が近くなったので、買い物に出かけた。
今日はあまり買うものもなかったので、11時前には帰ってきた。

早速えのきを佃煮にし、おからを炒って卯の花を作り、がんもどきの煮物を作ってやれやれと思ったらもう1時を過ぎていた。
ホッとしたところへ次男坊がパチンコから帰ってきた。
昼食を作ってやると言っていたから作ったが、こんな時間になるとは想定外だったので、ペースが乱れた。
片付けたら2時をまわっていた。

今日は年賀状を書こうと思っていたから、それからとりかかったが、次々と他のことが気になり、年賀状の途中途中に、溜め込んでいた番組をディスクにダビングしたり、ファンヒーターに灯油を入れたりとせわしく過ごしていたら、年賀状はちっともはかどらない。
次男坊が福岡に帰ってから部屋の掃除をした。
掃除が終わったら夕ごはんの時間が近くなったので、準備をしようと思ったところへ家人が帰ってきた。
まったくタイミングが悪い。
年賀状が後手後手に回っている。

簡単に食事を終えて、年賀状の続きを始めたが、テレビも見たかったので、テレビをつけておいた。
しかし年賀状との両立は困難なので、テレビをあきらめた。

チャンネルを放棄したら、それまで仏頂面をして勉強しようとしていた家人の顔が一変し、明るい表情になると同時にテレビに釘付けになった。
テキストは開かれたページからまったくめくられない。
すっかりテレビの世界に入り込んでいる。

私はテレビの奴隷になるのはいやである。
自分がそうなるのはいやなことはもちろんではあるが、他人事といえ、やるべきことをおいといてまでテレビに夢中になるというのが理解できないし、気に入らない。
テレビを見る時間があるのなら、少しだけでも家事をやるとか、なんか他にできないものだろうか。
たとえテレビを見るのにしても、テレビに専念するのではなく、なにかの片手間に見ることはできないのだろうか。
そうやってこたつに根が生えて、テレビばかり見ているから体重が増えたとぼやかれてもコメントできない。

このようにテレビを取られ、こたつを占領され、リビングを占拠されては日曜日であってもゆっくりできない。
自分の部屋に引きこもって本など読んでいたが、ここでは横になれないからゆっくりできない。

こうやって休日に身体の疲れを溜め込んでストレスを溜め込んでいったいどこで発散すればよいのだろうか。
昼間には自分の時間があるからのんびりできるではないかと言われそうだが、昼間は家事が忙しくて、これも自分がやりたいからやっているのだろうと言われると、完全に否定することはできないかもしれないが、ゆっくりはできない。

無駄に疲労してこの疲れを月曜日に持ち越して、仕事がパッとしなくなる。

12月25日 (土)      だらだら

今週初めに体調を崩して熱を出したら、今週はあっという間に終わってしまった。
最低の仕事はこなしたが、今年を締めるところまで行き着かなかった。

今週は途中で祝日があったのが幸いした。
朝寝坊ができた。
調理実習の試食や昨日のパーティがあったので、お弁当作りも一休みできた。

なので、今週は身体をゆっくりすることができたが、だらだら癖がついた。
今日は休養十分でアクティブに動くことができるかと思いきや、午前中診察を受けて買い物をしたら、午後は妙に疲れてこたつから離れられなかった。
まだ完全には快復していないのであろう。

家の中でやらなくてはならないことが山積みである。
やらなくてはならないといっても、やらなかったら悪いというわけでもないから、やらなくてはならないと言うより、やりたいことと言った方が正しいのかもしれない。

などと思いつつ、食べてだらだらした一日。
今年のエネルギーはすっかり切れたという感じ。

12月24日 (金)     クリスマスイヴ

1年のうちでこの日が一番好きな日である。
一年を無事過ごすことができたことの喜びを感じられる時期だからである。
そこへもってきて、世間は幸せで楽しい雰囲気に包まれているから、なおさらありがたみを感じる。

クリスマスイヴというと、サンタクロースがやってきたり、サンタクロースをやったりと、どちらもうれしい。
プレゼントをもらうことはもちろんうれしいし、プレゼントしたものを喜んでもらえることもうれしい。
サンタクロースからプレゼントが届くことはなくなったし、本格的なサンタクロースを卒業してからかなり経つ。

今日はゼミの3年生がパーティを企画してくれて午後はたいへん盛り上がった。
今の4年生あたりからゼミで盛り上がってくれることが増えた。
ゼミの雰囲気が明るくなってとてもよい。
こういうことができるのも、日頃の実験をきちんとすることができるからである。
日頃の行いが悪いと、こっちも小言を言うことになるから、小言を聞くと、あまり部屋に来たくなくなって、来なくなるようになるとみんなで盛り上がろうという気にはならないだろう。

今日のパーティはおでんとケーキであった。
どちらも手作り。
特に手作りのケーキには驚いた。
みんないろいろな才能を持っているものである。

昼間、クリスマスイヴを満喫したので、夕方以降は普通の週末。
街に出れば、ケーキを片手に笑顔の山であったが、そんな笑顔のために寒い夜空の下で黙々と仕事をしている人にこそ素敵なサンタクロースがやってきてほしい。

12月23日 (祝)     無題

夕べは体調がすっかり戻ったようなきがしたので、調子に乗ってお腹いっぱい食べたら、朝から胃がもたれていた。
まだ体調は万全ではないようである。

今日は朝実験があるので、研究室に出てきた。
実験は完了したが、2日間で停滞していた仕事はあまり手がつかなかった。
今年中に完了したいと思っていることがいっぱいあるが、この調子だと年末ぎりぎりまで積み残しになってしまうだろう。
この年末年始はこの週末から10連休を取ろうと思っていたが、これでは到底無理だ。
どこか旅行にでも行こうという計画を立てていたのなら必死にそれまでに仕事を片付けようと思うのであるが、予定がないとついついずるずると過ごしてしまう。
よくないことである。

それにしても12月は時間が経つのが速い。
もうあと1週間ほどで今年も終わる。
仕事も家のことも今年中にやっておきたいことがいっぱいある。
思っていることの半分くらいできればよしとするというくらいの気構えで今年の残りの時間を過ごすことにする。

12月22日 (水)    自己主張の激しいひと

朝起きたとき、まだ微熱が残っていた。
そこでしばらく寝込んでいたが、昼に来客があるし、説明会には参加しなければならないし、午後からも2人の来客、1件の調査があるので、研究室に来ないわけにはいかない。
ふらふらしながらやってきた。

説明会は2時間の予定が、30分近くオーバーしてしまい、来客の対応に支障が出た。
それは仕方がないとして、説明会では不愉快な思いをした。

自己主張の激しい人のことが気にくわなかったのである。
そういう人のことを気にくわないという考え方はよろしくないと承知しているが、やはり気にくわなかった。

質問をするのであるが、配付資料に書いてあることを聞く。
そのことを指摘されると、今度はこの場の質問とはまったく関係ない、むしろいちゃもんといえるようなことをつきつけてきて、何とか進行係をぎゃふんと言わせて自分が優位に立ち、自分の存在価値をアピールしたいという手の内がバレバレである。
こういうかたちでしか自己主張ができない人が気にくわないが、むしろ哀れである。
このまえの会議でも、何も発言することを思いつかなかったのだろうか、議題と全く関係ないことをとうとうと演説し始めて、議長にたしなめられる人もいた。

同業者の悪口になってしまうが、大学教員にこういう人が多い。
自分がいつもお山の大将になっていないと気が済まない人とか、
人が話しているときに割り込んできて、自分の話題に強引に持ちこむ人とか、
なんとか他人の気を引こうとパーフォーマスをする人とか・・・。

自分がどうかというと他人にどう思われているのかわからないので、あんまり言うとそれは自分のことを棚に上げてしまうことになるから、このへんでやめておくが、
こういう人間に囲まれている環境は疲れる。
まぁ、直接的に自分に被害が及ばないからこれしきのことはあまり気にしない方がよいか。
一般社会ではもっともっと人間関係がどろどろしているかもしれない。

12月21日 (火)     がたがた

ようやくお酒が美味しくなってきたから、身体の調子も絶好調かと思っていた。
ところが昨日の夕方あたりから、頭も身体もなんとなくちぐはぐで違和感があった。
そうしたら、今朝、発熱した。
37度7分あった。
多少きつかったが、非常勤の講義があったので、出かけた。
なんとか午前中の2コマを終えて、研究室に戻ってきた。
38度4分まで上がっていた。
それでも3限の講義があるからと、教室に出向いて、30分くらいしたところで、血の気が引いてしまい、これ以上立っていることができないことになったことから、講義を切り上げた。
38度7分になった。

この高熱に加えて、排尿時の違和感が激しいことから、これは泌尿器科を受診すべきと思って、すぐに泌尿器科に行った。
判断は正しく、抗生物質の点滴を受けて、なんとか帰宅した。
食欲はあったので、晩ごはんを食べてから横になった。
しばらくしたら、薬剤の効果が現れたのか、楽になった。

まったく12月はひどい状態であった。
これまでの疲れが一気に噴出したのではないかと思った。

確かに、ここ数ヶ月の間、睡眠不足が続き、気分が安らぐ時間がなく、緊張状態で毎日を過ごしてきた。
一昨日の日曜日に久しぶりにくつろぎ感を感じたら、一気に身体も反応したようだ。
ここで身体を休めろということだったのだろう。
本当に今日はまいった。
しかし最低限の仕事ができたのは幸いであった。

12月20日 (月)     ようやく

酒が美味しく思えるようになった。
この週末、身体を十分に休ませることができ、これに付随してか、気持ちもゆっくりすることができたおかげだと思う。
皮膚の発疹は、その後皮膚科で診てもらったら、アレルギー症状とのことだった。
この季節、ストレスが原因でじんましんが出る人が多いらしい。
ここでいうストレスは、外的すなわち、気候の急激な変化とか、空気の乾燥であるが、精神的なものも含まれるであろう。

酒が美味しいときには、少しくらい深酒をしても変に酔ったり、二日酔いになったりしない。
やはり身体はよく知っているのであって、飲みたいときには飲みたいだけ飲めばよいし、飲みたくないときには止めておけばよい。
飲みたくないのに飲むのがよくない。
身体は正直である。
頭も含めてである。

だから、日頃生きていく中で、身体の言うことにはよく耳を傾けて、それに素直になるということが重要である。
社会の中で生きるということは、身体の言うことと一致しないことが多い。
それがストレスとなる。
だからといって、身体の言うことのみに従って生きていくわけにはいかない。
そうしたいのなら、仕事を辞めなくてはいけない。
仕事を辞めると生きていくことができない。
矛盾している。

身体の言うことに素直に従っていける仕事があれば、それが理想である。
お金を稼ぐということは、そんなに甘っちょろいものではないから、世の中のみんながその葛藤にさいなまれながら毎日を過ごしている。
それだけでもその人たちはすごいことをしているのだと思う。

12月19日 (日)     朝寝坊

今週は週の半ばに出張があったので、生活リズムが乱れた。
その中で特に乱れたのは、起床の時刻である。
寝坊癖がついてしまった。
昨日は6時、今日は7時だった。
世間一般から言えば、これは普通の時間であって寝坊ではないかもしれない。

だが私には寝坊である。
目覚ましを気にせずにたっぷり眠れることはうれしいが、寝坊をするとなんだか時間を損したような気がする。
それでも部屋の掃除や風呂の掃除は昨日のうちに終えていたから、今日の朝は比較的余裕があった。
ごそごそしていたらちょうど10時になったので、買い物に出かけた。

開店早々のデパートは客も少なく、パンなどの商品も少ない。
見切り品は多い。
ちょうど買おうと思っていたものがいっぱい見切り価格で出ていたのでどっさり買った。
早起きは三文の徳というが早起きは三文の得である。
決して早起きではないが。

午後からは久しぶりに部屋の片付け。
ついついものが溜まる。
要らないものを捨てたらさっぱりした。
そのあと、晩ごはんのおでんの支度をしたら夕方になったので、デパートの5時の市に出かけた。
お客さんでごった返していた。
特にほしいものがなかったので、何も買わずに帰ってきた。
行かなければよかったとも思ったが、散歩に出かけたと思えばよい。

今日は朝寝坊をしたにもかかわらず、ゆっくりくつろぐことができ、1日が長く、ゆったりした時間を過ごすことができた。
休日はこういう日でないと疲れはとれない。
目覚ましを気にしない朝というのもなかなかよい。

12月18日 (土)      年末調整

昨日、今年最後の給料が出た。
12月の給料では年末調整が行われ、所得税が確定する。
毎年年末調整によって所得税が少し戻ってくる。
なので12月の手取りはいつもよりちょっぴりよくてなんとなくうれしい。

だが今年は・・・
あろうことか所得税がいつもの月の4倍である。
我が目を疑って何度も明細書を見直したが、やはり4倍である。

どういうことだ?
あてがはずれたではないか?

その理由を考えてみたら、次男坊が就職したからではないかという結論になった。
年始に扶養者の申告をするのであるが、年始には次男坊を申請した。
4月に扶養者からはずれるという届を出した。

扶養者がいなくなると税金が増えるのか。
子育てが終わるとこういうことなのか。
思い知らされた。

今や税金と社会保険料は収入の4分の1を超える。
それだけの稼ぎがあるからなのであろう。
ありがたいことではあるが、ちょっと複雑な心境である。

考え方を変えれば、子どもの面倒を見ている時期には税も気を遣っていてくれたということである。
今納めている税金が本来の姿だと考えればよいのである。

とはいうものの、やはり負担は大きい。
思わず嘆きたくなる。

12月17日 (金)     今年もあと2週間か

今年も残り少なくなってきた。
来週の今日はクリスマスイブ。
そろそろワクワクする時期である。

昔「14番目の月」という唄があった。
これからかけていく十五夜より、その一つ前の月が好き という意味である。

その通りである。
クリスマスやお正月を待つ雰囲気がよい。
当日になったら、終わりを待つだけになってしまい、つまらない。

今年もあと2週間となってまだまだやり残したことはいっぱいあるが、あえて今年中に終わっておこうという気持ちはさらさらない。
残ったら来年にとっておけばよい。
そうすれば新しい年になることが苦にならない。

12月16日 (木)     銀座

仕事の集会が銀座であった。
ほとんど縁がない場所である。

集会が終わってからブラブラしてみた。
銀ブラというやつである。
名だたるお店がたくさんあって、歩くだけで楽しい。
下手に商品と値段をみると出るのはお金ではなくて溜息である。

銀座というとお金持ちがたむろしている街ではないかと身構えていたが、歩いてみるとふつうのおばさんが歩いている。
おじさんはあまり見ない。

「あぁ、ここがあの有名な・・・」
と何度呟いたのだろう。
お店の名前や商品の名前に「銀座○○○」とあるのが心にすり込まれている。

デパートに入ってみた。
例によって食料品売り場のパトロール。
価格を見るのが怖かったが、以外にそうでもなかった。
パンなどちゃんと100円でおつりが来るようなものを売っていた。
刺身も680円くらいで売られていた。
大分にも店を構えているところの品は大分と同じ価格であった。

人混みは好まないが、銀座は別。
銀座には人混みが似合う。
自分もその人混みの一部になってみる。

そういうひとときもときには楽しい。

12月15日 (水)    東京

明日の集会に出席するために前日の今日、東京に入った。
東京に出張するときには、パックツァーを使う。
航空券とホテルを別々に買うより安いからではあるが、パックツァーには普通なら泊まることができないホテルが組み込まれているから、少しだけ贅沢をしてよいホテルに泊まるようにしている。

今日泊まったホテルは昔からの老舗である。
まだ会社に勤めている頃、操業190周年の記念のパーティをやったところである。
26年ぶりか。

おそろしく大きなホテルで、聞いてみたら1497室あるという。
これだけの部屋と宿泊客と宴会を管理するのは並大抵なことではなかろう。

夜、部屋に常備されていないものが欲しかったので客室係に電話をしたらすぐに届けてくれた。
電話をしたら「もちづきさま、こんばんは。客室係でございます。」といきなりなまえを言われたのには驚いた。

で、このホテル、日頃泊まっているビジネスホテルとは格段に違う。
部屋が広い。
エアコンの効きが心地よい。
アメニティグッズが充実している。
バスルームも広い。
などなど、快適なことを挙げたらきりがない。

なので、東京に行ってこうしてちょっと高級なホテルに泊まるときには、早めにチェックインしたらその後はルームを楽しむ。
もちろん晩ごはんも外へは出ないで、ちょっと贅沢をしてデパートで買い込んできたものを食べる。
ちょっとよいお酒を添えて。

あとは部屋でホテルライフを満喫して、窓の外の景色を眺めたり、お風呂を楽しんだり、テレビを見たり といろいろ。
くつろぎの贅沢なひととき。
日常生活に疲れたらちょっとリッチなホテルに泊まって というのもよいかも。

12月14日 (火)     なめこ

先週の土曜日、産直販売所で「原木なめこ」なるものを見つけた。
よく見ると天然のなめこである。
これは珍しいと思い、一つ求めた。

野生のきのこは美味しいという。
なので、きのこ狩りをする人が多いのであるが、食べられるかどうかの見分けは素人には危険なのだそうだ。
地元の人に聞いてからでないと食べてはいけない。
しかし、売られているきのこはほぼ100%安全なんだそうだ。

日曜日に鍋の中に入れて食したが、そのときはあまりなめこのおいしさを感じなかった。
半分残っていたからどうしようかと思っていたが、昨日の夜、味噌汁にすることにした。

なめこにはいっぱい異物が付着していたから、丹念に水洗いし、軸は固そうなところを大目に除去した。
味噌汁のダシに煮干しを使おうと思ったら、あいにく切れていたので、しかたなくダシの素を使った。

ダシの素とナメコを入れて火を通し、目分量で味噌を入れて、煮立ったところで火を止めた。
量が多くなったので、味噌汁をどんぶりに入れて食した。

これが絶品!最高に美味しい。
味噌の加減も絶妙で、これまでの味噌汁の中で会心の一撃である。
なめこはぬめりが心地よく、歯ごたえもよく、香りもよく、本当に美味しい。
人工栽培のものとは全然違う。
毎日でも食べたいと思ったが、天然のものは時期が限られているから、お楽しみは来年までお預け。

12月13日 (月)     月曜日の空回り

週の初めは憂うつである。
朝出勤途中に今週やることを思い浮かべて優先順位をつけて段取りを考える。
研究室に入って手帳を広げ、TO DO リストを作る。
するとあれもやらなければ、これもやらなければ と気持ちばかり焦ってしまう。
さらにはこれはできないのではないかと思ったりすると、軽くパニックになってしまう。
週末に職場を離れているから、余計に気持ちが重くなる。

朝からバタバタして午前中のブリーフィングが終わると、少しだけ落ち着くが、午後の学生実験のことを考えるとまた慌ただしくなる。
そうこうしている間に学生実験の時間となり、これは多くの人に助けてもらってようやく終わると夜になるが、ホッとする。
その頃になるとようやく落ち着く。
やらなければならなかったこともほぼ終わる。

月曜日は無駄に疲れる。
1週間に使うエネルギーの半分を1日で使ってしまうような気分になる。

へとへとになって家に帰るが、晩ごはんは用意されていない。
台所に立って晩ごはんの用意と明日のお弁当の支度を同時に行い、第3のビールを片手に味見と称して晩ごはんを食べ終わるとすっかり夜も更ける。
その頃になると疲れて眠たくなるかと思えばこれが逆で、エネルギーがチャージされたのごとく元気復活。
ついつい夜更かしをしてテレビを見てしまう。
そして床につくのが遅くなり、睡眠不足となって翌日に大きな差し支えが生じるのである。

12月12日 (日)     美容外科

今日は12月12日。
ぞろめの数字はなんとなくラッキーだと思う。

美容外科に行った。
初めて行くところなので、どんなところかワクワクしながら出かけた。

顔のたるみが気になるので整形しようかと。
というのは冗談。

毛髪が薄くなってきたのが気になり、最近は医療としての治療があるので、それを受けにいこうかと思って出向いた。
というのもウソ。

で、本当のところは皮膚病の相談のために行ったのである。
先週土曜日、朝起きたら脇の周りを中心に発疹ができて痒かった。
それが水曜日あたりから発疹が腕にまで拡がって、痒さは日に日に強くなり、ついに夕べは痒さのあまり眠れなかった。
何とかしなければと思い、日曜日に診療している皮膚科を調べたら、美容外科を専門としているクリニックが皮膚科を標榜していたので、早速電話をして出向いたのである。
皮膚科のみというところは昔風というか、休日診療をしているところは皆無で、平日も診療時間は18時まで。下手をすると17時に閉めてしまうところもある。

美容外科のドクターとしては、皮膚病というのはきっとあんまり儲からないだろうから、あんまり歓迎しないだろうなと思って、それなりの心づもりをしていったが、ドクターは以外にもまぁまぁ診てくれて、薬を処方してもらって帰ってきた。
軟膏をつけて、内服薬を飲んだらいくぶんよくなったような気がするが、簡単には治らない。

それにしてもこの1週間の皮膚の変化は劇的であった。
昔からの経験で、皮膚に何らかの症状が出るときは、免疫力が低下しているときが多い。
いろんな意味で疲れてくると疲れが皮膚に出る。

確かに最近疲れているが、それを解放してやることができず、疲れに拍車をかけている。
家にいても癒されない。
楽しみでやっていることですら義務感を覚えたりするのでこれまたよくない。

12月11日 (土)      おから

先週土曜日の豚の角煮に引き続いて料理の話。

週末はへたくそな料理にはまっている。
「男の料理」みたいな本を借りてきた。
けっこう楽しそうなレシピがたくさんのっていて、いろいろと試しているが、おからにチャレンジした。

おからは豆腐を作ったあとに残るもので、ほとんどが産業廃棄物として処理されるか家畜の飼料となり、食用に使われる分は極めて少ない。
豆腐を作るとき、原料の大豆より、排出するおからの方が多くなるという。
大豆は乾燥しているが、おからは水分を含むので、原料より目方が増えてしまうということになるのだろうが、莫大な量のおからが排出されるので、食用にするだけでは到底間に合わない。

昔から加工品への利用が考えられている。
おからクッキーとかおからかりんとう。最近ではおから麺などが工夫されているようである。

おからの和え物は昔から「卯の花」などといわれている。
臼杵では「きらすまめし」という名前のついた料理がある。
結構なじみのある料理である。
子どもの頃、お総菜屋さんで買ってきた「卯の花」は大好物であったが、その原料がおからだと知ったのはずいぶん大きくなってきてからのことだった。

それで「男の料理」のおから。
おから適量を適当な量の油で炒め、野菜でも何でも残り物をみじん切りにして加え、だし汁や醤油や水などで味を口触りを整えていけばできあがり とある。

書かれているがままにおからをごま油で炒め、少々焦げ付いたのでそこで炒めるのを止めて、刻んだ魚天を入れて、豚の角煮の煮汁、そばつゆのあまりを入れたら味はよかったが、まだパサパサ感が残っていたから、適当に水を入れてかき混ぜて火を通して終わり。
200gのおからを原料にしたらどんぶりから溢れた。

夕食のおかずと弁当のおかずにしたが、結構美味しかった。
手間もお金もかからずこれはよいかも。
加えて食物繊維が多いから、便通にもよいし、少量で満腹感が味わえる。

財布にやさしく、身体にやさしい一品。

12月10日 (金)     給油

昼過ぎに実験を終えて、サンプルを医学部に持っていくことにした。
公用車を利用する。
車のエンジンをかけたらガソリンが少なくなっていることに気がついた。
そこで、医学部に行く前にちょっと遠回りになるが、ガソリンスタンドに寄ることにした。

日頃自家用車のガソリンはセルフで入れているが、公用車の場合はフルサービスのところで入れることになっている。
この前フルサービスを利用したのはいつだったかも忘れるくらい久しぶりであった。

ガソリンを入れてもらう間に窓を拭いてもらった。
なんだか新鮮であった。

そういえばセルフ給油がなかった頃は、スタンドに行くと必ず窓ふきがあって、ときにはエンジンルームの点検をしてもらったり、タイヤの空気圧を診てもらったりしたものだ。
それが当たり前の頃はなんとなくうっとうしいと思うこともあったが、今日、綺麗になった窓で車を走らせたら、ときにはフルサービスをしてもらってもよいなと思った。
それがコストに跳ね返るのは承知の上である。

最近の世の中は、少しでもコストを抑えようという風潮が強いような気がする。
人間が行うサービスというものがそぎ落とされている。
効率を重視することはもちろん大切であるが、効率を重視することを追求していくと、人とのふれあいとか、感謝する気持ちというものまで失っていくような気がしてならない。
そういうものはお金で買うことはできないが、お金で買うことができないからむしろ大切なのではないかと思う。

12月9日 (木)     掲示板

最近卒業生が掲示板に書き込みを入れてくれる。
本当にうれしい。
掲示板に卒業生の名前を見つけると、その人のことを想い、元気にしているかなぁとか仕事張り切ってやっているかなぁと思いを巡らす。

卒業生のコメントの中に、ゼミ生のブログやこのつれづれ日記を楽しみにしているとあると、恥ずかしく思う反面、またうれしくなってしまう。
ブログも日記も卒業生への発信という目的がある。
ゼミの様子などを感じ取ってもらって、ほんのひとときでも学生時代に戻ってもらえればうれしいなと思っている。

みんな忙しいだろうから顔を見せてくれることは難しいと思うけれど、掲示板ならちょっと気が向いたときに訪ねてきてもらうことができる。
そんな書き込みを見て、卒業生同志も仲間のことを思い出してくれたらよいなと思う。

といったように、ますます掲示板が賑わってくれることを楽しみにしています。

12月8日 (水)    忘年会

今日は午後から教授会があったが、そのあと、夜に学部職員が集まっての忘年会があった。
毎月1000円ずつ積み立てているので、会費はいらない。
忘年会が続くと会費がバカにならないが、積み立てというのはよい方法である。

毎年恒例のこの忘年会、だれの隣に座れるのかが楽しみである。
たいていの場合、日頃顔は知っていても話をしたことがない先生の隣に座る。
結構盛り上がる。
今年も両側の先生はずいぶん前から顔は知っているし、名前もよく知っているが、話をしたことはなかったので、いろいろな話が聞けて楽しかった。
私はお尻が重いので、ビールをもって他の席に回ったり、カラオケタイムで熱唱することはない。
じーっと座っていると、ビールを持ってきてくださる先生方がいらっしゃって恐縮する。

今年は多くの若い先生が仲間に入った。
全員30歳代。
若い。
これからの教育福祉科学部を背負っていっていただく先生方である。
隣の先生は私と同年代の先生で、お互い歳を感じるね、顔と名前がなかなか覚えられないね などと言いながら若い先生方の話を聞いていた。

若い先生方の姿を見ていると、ついこの前まで自分も若い先生だと思っていたのに、もう中堅も超えて年寄りの世代に入りつつある。
若い頃は50歳を超えた教授の先生方は、貫禄も実力もあって、尊敬の眼差しで見ていたが、自分が今その歳となって思ってみると、とても貫禄や実力がない。
それでも若い先生方はそれなりの眼で私たちのことを見ているのであろう。

お楽しみのビンゴゲーム大会。
今年はなかなか穴が開かないのであきらめた。
そうこうしているうちに、豪華景品があたる30人が終わった。

すると31人目に特別賞があるとのことでさらにゲームが進んだ。
あろうことかビンゴになった。
きっと大勢いて、じゃんけんで負けるだろうと思ってステージに出たら、他に誰もいなかった。
特別賞をいただいた。

運がよい。
これで今年の運はすべて使った。

お世話いただいた幹事のみなさま、ありがとうございました。

12月7日 (火)     どうにもとまらない食欲

2週間ほど前に食欲が止まらない、食べ過ぎると愚痴ったが、一向にその食欲が衰える気配が見られない。
空腹に耐えられず、常に何か食べている。
何かを食べるといっても、お菓子の中での何かを食べている。
お菓子に囲まれた毎日を送っている。

このお菓子を食べるという行為はもはや日常生活の中で織り込み済みになっているので、食事はたんぱく質と野菜が中心であって、脂質と炭水化物を控えている。
こういう食事はよくないことは十分承知しているが、お菓子を止めることができないので、せめて1日をトータルで考えたときの食生活は合格点にしたいと思っている。

お菓子は特に甘いものを欲することが多い。
糖を要求するということは、脳がエネルギーを必要としている証なのだろうか。

食欲は主として午前中に旺盛である。
研究室に到着するや、もうお腹が減っていてお菓子に手を伸ばす。
一段落して10時頃になるとまたお腹が空いてお菓子に手を出す。
お昼ごはんを食べ終わったらすぐにデザート代わりにお菓子をほおばっている。

午後は少しは落ち着くが、お腹が減っていなくても何気なくお菓子を口にしている。
これはよくない。
こういう生活を続けていると肥満街道まっしぐらである。
肥満することがわかっていて、それを承知でまだなおお菓子に手を伸ばすのだからこれはタチが悪い。

12月6日 (月)     ビールテイスト飲料

ノンアルコールビール。
これは本当はビールではないから、ビールテイスト飲料とか、ビール風飲料 と呼ばなければならないだろう。
これは当初飲酒運転を防止することに目を向けて上市されたものだと思っていたから、家で飲むことには抵抗感があったし、飲むこともなかった。
最近、お酒が飲めないというか、あんまり欲しくないというか、アルコールが欲しくない状態が続いている。
しかし頭の隅にはお酒がのみたいという気持ちが残っている。

アルコールはいらないが、お酒はのみたい。
そこでふと思ってビールの替わりにビールテイスト飲料を飲んでみた。
そうしたら、以外によかった。

アルコールが入っていないから当然酔わないが、味はビールに近いので、ビールを飲んだような気分になることができる。
なので結構満足している。
弁当を作りながら、またばんごはんの支度をしながら、つまみ食いをし、これを飲むと満足する。

12月5日 (日)     満席

乗り物が混むというのはあまりうれしくない。
特に人がいっぱいいると空間が著しく少なくなる航空機、バスがよくない。
電車も満員電車は不愉快だし、思い出してみると船もお客がごった返して、通路に毛布を敷いて船席かわりにして一晩を過ごしたときはきつかった。

今日は満席のオンパレードでまいった。
飛行機に乗ったらめずらしく満席であった。
ただでさえ狭い空間に人と荷物がひしめきあって息が詰まった。
足の置き場もないほどで、キャビンアテンダントが申し訳なさそうに声をかけてくれた。
キャビンアテンダントのせいで満席になったのではないから、声をかけてもらうのは恐縮したが、こういうこともサービスのひとつであろう。
イライラして客が八つ当たりする前に防御するということは大切なことである。

満席に加えて機体の整備に時間がかかり、出発が大幅に遅れた。
上空での機長からのアナウンスでは、「全速力で飛んでいます」とのことであったが、到着までの時間がとても長く感じた。

満席に加えて遅延。
イライラすることはなかったが、くたびれた。

飛行機が到着したら、ほぼ同じ時刻にもう2便到着したようであったので、到着ロビーがごった返した。
必然的にバスに乗るお客も多い。
バスも満席になって出発した。
満席になるのを待ってから出発したような感じであった。
なので出発するまでに時間がかかり、到着も遅くなった。
予定より40分遅れた。

満席になると当然のことながら降りる人が多いから多くの停留所に停車する。
そこで時間を食う。

やっぱり乗り物は空いている方が快適である。
そんな気持ちもあって、毎日空いている始発列車に乗る。

しかしいつもいつもお客が乗っていなかったら、その路線は廃止となってしまう。
それは一番困る。

なのでときには満席も許容しなければならないが、できれば私が乗らないときに満席になって欲しい。
ずいぶんわがままな話である。

12月4日 (土)      豚の角煮

最近料理にはまっている。
へたくそであってなかなか会心のできにはならない。

その中で特にはまっているのが豚の角煮。
以前にもこのつれづれに書いたかもしれないが、豚の角煮を作るのはなんとなく楽しい。
最初から最後まで最低でも6時間かかるから、面倒といえば面倒かもしれないが、火をかけて煮る時間が長いだけであって、作業自体にはそれほど手をかけないから、全く面倒ではない。
テレビを見ながら煮ることができるし、本も読める。
掃除もできるし、居眠りもできる。
要は片手間でできるというところがよい。

バラ肉が特売で100g98円で出ているときにしか作らない。
たいてい2週間に一度特売になるので、2週間に一度のペースで作ることになる。
作ったものは冷蔵庫に入れておき、ばんごはんのおかずやお弁当に入れる。

何気なくラジオを聞いていたら、「宝くじが当たったらどんなお店をやりたいですか」と尋ねるコーナーがあった。
リスナーから「豚の角煮屋」というコメントがあって、ちょっと驚いた。
同じようにはまっている人がいるのだ。

回数を重ねる毎においしいものができるようになってきた。
結局簡単なのである。
ゆでてあくをすくって調味料を入れるだけなのである。
あとは時間という調味料が美味しく作ってくれる。

12月3日 (金)     打ち合わせ

最近、打ち合わせのために共同研究者のもとを訪ねることが多い。
西に東に出かけている。
どこもここも1日仕事である。

今の時代、通信機器が発達しているから、わざわざ出向いて行かなくても事足りるから、出かけていくのは時間の無駄だという考え方もある。
しかし私は逆のことを思うのであって、時間を節約するために出かけている。

研究についての打ち合わせというのは、その場でサンプルを見たり、データを見たりしながら議論することに非常に価値があるわけで、電話だと他のことが気になったりするし、メールだとお互い議論がしにくい。
何より時間が節約できると思うのは、こちらから出かけていくということになると相手も準備をしてくださるから、頼んでいて延び延びになっている仕事もこちらから出向くことによって進むのである。
だから、確かに往復の時間はかかるが、研究は時間的に進むのである。

逆の立場となって、お越しいただくことを考えてみると、やはり話をする前に準備をしておく。
準備が遅れていると最優先でこれにあたる。

効率を重視することも大切ではあるが、そのことばかりに気をとられていると、返って効率が悪くなることを知っておくべきである。

12月2日 (木)     柊

昨日、帰宅しようとキャンパスのメインストリートを歩いていたら、そこはかとなく甘い香りがしてきた。
この香りは日曜日に街を歩いているときに感じた香りと同じであった。
日曜日にはどこからその香りが漂っているのかわからず、しばらく立ち止まって源を探したが、結局わからなかった。
この香りは以前にも感じたことがあったが、何の香りが思い出すことができずに歯がゆい思いをしていた。

昨日はその場に立ち止まってあたりをよく見回してみたら、柊が可憐な花を咲かせていて、甘い香りを漂わせていた。
そういえば柊の香りであったことを思い出した。

柊というと、冬を感じさせる。
クリスマスにも出てくるし、節分にも出てくる。
葉がとがっていて子どもの頃は苦手であった。

葉の姿とはうらはらに、花は小さく、香りは甘い。
そういえば、柊の香水とか、柊の芳香剤というのを聞いたことがない。
あるかもしれないが、知らないだけかもしれない。

とても好きな香りなので、今度香水や芳香剤を探してみようと思う。
天然の香りにはとてもかなわないが、冬の暖かい部屋にふさわしいような気がする。

12月1日 (水)    喪中

12月になった。
今年も残すところあと一ヶ月になった。
早いものである。

12月になると、年賀状のことが気になる。
その理由の一つとして、11月頃から喪中のはがきが届くということがある。
今年もすでに何通が届いている。

若い頃は、祖父・祖母が永眠しました というのが多かったが、
最近はいろいろである。

同級生や友だちからは父・母が永眠しました とある。
そういう歳格好になっている。
卒業生からは祖父・祖母 とある。
年齢的にそうであろう。

つらいのはお世話になった人の訃報の知らせである。
今年特につらかったのは、子どもの頃、楽器を教えていただいた先生が亡くなったと、奥様から連絡が届いたことである。
この先生には楽器のみならず、私が農学部の農芸化学科に進もうということを決断させてくれた。
この先生が農芸化学科の出身であった。

今年の5月、突然に冊子とCDが届いた。
先生の演奏した曲とその楽譜であった。
そのときは、どうして急にそのようなものを送ってきたのか、全く理解できず、なつかしいなぁくらいにしか思わずに、礼状も失念してしまっていた。
今から考えると、その頃余命いくばくもない状態で遺言替わりに送ってくださったのだとわかった。
そういえば、同封されていた手紙には、音楽で縁のあった方々にお送りしています とあった。

こうやって書いていたら先生のことを思い出してつらくなった。