11月30日 (月)     紅葉

季節は秋から冬へと移りつつある。
キャンパスの紅葉がとても美しい。
特に、学生寮からメインストリートに上がってくる道から見える野球場の木々の紅葉がすばらしい。
美術棟東側のモミジバフウの紅葉も美しい。

この紅葉が終わって、木枯らしが吹き、木々の葉が落ちると本格的な冬を迎える。
今年もあと1ヶ月になった。
今年もあっという間に終わりそうな気配である。
この前新年を迎えたばかりなのに。

自分の中ではあまり変化のないというか、退行していく事を感じる一年ではあったが、まわりはどんどん成長していて、そういう姿を見るのはうれしい。

学生も、不安そうな顔で入学してきた1年生が、すっかり学生生活をエンジョイしている。
卒論の学生もすっかり社会人の予備軍といった顔つきになってきた。

50歳の人にとって1年は人生の2%にすぎないが、20歳の学生にとっての1年は人生の5%である。
2.5倍もの変化が起きてもよいということになる。

そろそろ来年一年をどうすごすか、そのためにあと1ヶ月、どのような心積もりをしなければならないかを考えなくてはならない。

紅葉の話題からそれてしまった。

11月29日 (日)      つらい季節

朝が冷たくなってきた。
冬になるとつらいことがある。
以前にも述べたことがあるが、指先が冷たくなって、感覚が鈍る。
プリントを一枚一枚めくったり、床に落ちたコインを拾うのに苦労する。

日常の生活の中ではほんの些細なことかもしれないが、仕事をする中ではちょっと困ったりもする。
こんな細かいことでも気にかかる。
この気にかかるということがよくないのかもしれない。

今年の春、あまりにも指先の調子が悪いので、リウマチを疑って専門医の診断を仰いだが、特に異常となるような所見はなく、自律神経が高ぶって、末梢部の毛細血管が収縮して血液のめぐりが悪くなるのだろうということであった。
解決するためには、ストレスをためずに、ゆったり毎日を送ることだと言われた。

こういういわゆる不定愁訴というのが増えてくるというのは、中高年になった証拠である。
いわゆる更年期障害ということかもしれない。
更年期障害は女性に特有なものであると言われてきたが、最近では男性にも似たような症状が見られるという。
こういう世の中だから、男性といえど、調子が悪くなってもおかしくない。

歳をとればどっかこっか具合が悪くなるのは当然で、それを受け入れて前向きに生きていくことが必要なんだろうなぁと思うし、みんな同じような悩みを抱えながら毎日を生きているのだろうなぁと思うと、自分だけ甘えているわけにもいかないとは思うが、やっぱり気になってつらい。

11月28日 (土)    大学院入学試験

今日、大学院の入学試験があった。
入学試験というのは、受験するほうはもちろん緊張するだろうが、受験されるほうも気が抜けない。

今日は午前中、試験監督、午後から口述試験に携わった。
受験者は人数が少ないこともあり、大学の入学試験に比べれば、いくぶん気が楽である。
受験するほうも何となく余裕があるように見える。

しかし、万が一ミスなどがあってはならないから、気を遣う。
今年は新型インフルエンザの大流行があって、いろいろと想定される事態に対してその対応策が示されたから、緊張感もひとしおであった。
午前中の試験は途中トイレを要求した受験生がいただけで、無事に終わった。

午後からは口述試験。
大勢の面接官から質問を受ける受験者の緊張は相当なものであろう。
昔、自分が大学院を受けるときにも、面接官が8人もいて緊張した。
会社の入社試験の時には、社長以下13名の役員がずらっと並んでいて緊張した。
もう二度とこのような緊張は味わいたくない。

面接するほうも緊張する。
受験者が緊張して答えにつまったりすると、どう対応してよいかわからなくなる。
試験が終わって評価をつけたら、どっと疲れが出た。
これから本格的な入学試験のシーズンに入る。
気の抜けない日々が続く。

11月27日 (金)    生ビールと刺身

夜、酒を交わしながら打ち合わせをした。
打ち合わせはすぐに終わって、あとは懇親の会となった。
居酒屋に出向くのは久しぶりである。

居酒屋で飲む生ビールはうまい。
冷えたジョッキにきめ細かい泡が乗っかっていて、喉越しが爽快である。
家で飲む缶ビール、それも第三のビールとは一味も二味も違う。

刺身がまたよい。
豪勢な器に盛られていると、味も良いことに加えて、見た目の美しさを楽しむこともできる。
料理人の腕の見せ所である。

おいしい肴においしいお酒。そして楽しい会話。
いつも家で一人で酒を飲むのではなく、たまにはこういうお酒もよい。

ご機嫌で家に帰ってきたが、そのあとちょっとしたトラブルが起きた。
激しい腹痛に悩まされた。
最近、こういうことがある。
ぎんぎんに冷えた生ビールを飲んで刺身を食べるとよくない。

10年前に同じようなシチュエーションで猛烈な腹痛を経験したことがある。
そのときは、飲み会の日の朝食に食べた半熟卵がサルモネラにやられていたのではないかと想像している。
そういえば、今日もお昼の弁当箱には古くなったゆで卵を入れていた。
古くなった卵とはいえ、加熱してあるから、今回はサルモネラは考えにくい。

生魚を食べるとアレルギーが起こるようになったのかもしれない。
そういえば、冬に大好きな関さばを食べても、少しお腹がしぶる。

幸い、いつも数回トイレに行くと何事もなかったかのようにすっきりするから、あまりおおげさなものではないのかもしれないが、生ビールと刺身の食べあわせが悪いということになると、少しばかり残念と言うか、くやしいというか、さびしいというか、とにかく居酒屋での楽しみが少し減ってしまう。

11月26日 (木)     実験

3年生はゼミに配属されてからおよそ2ヶ月経った。
ゼミの流れを大体覚えてもらえた頃ではないかと思う。

今日は3年生主体で行ったはじめての動物実験の日。
前に一度、4年生の実験の様子を見ているので、今回は3年生が作業をして、4年生は後方支援に回ってもらった。
慣れない手つきではあったが、確実に作業を行うことができた。
欲を言えばもう少し手早くできるとよいが、最初からそこまで期待してはいけない。
次の実験に期待することにする。

午後からは魚の分析の実験。
これは初めての作業である。
今日は試験管や器具を準備する程度であったので、4年生が作ったマニュアルにしたがってこちらも確実に作業を進めることができた。
明日、分析サンプルの前処理をすることになっている。

実験の主役が4年生から3年生にうつりゆく姿を見て、また1年経ったなぁと思う。
毎年、この時期、3年生は不安そうで、作業もぎこちなく、なんとなくたよりない。
それが1年経って4年生になると、ちゃきちゃきと作業を進めることができる。
後輩にいろいろと教えることができる。
私など出る幕がない。
うれしいことである。
1年でこんなに成長するのである。
若い人の力はすばらしい。

4年生は卒論の作成に向けて準備を始めた。
これまた頼もしいことである。

こうして毎年、頼もしいゼミたちの力で研究は進み、ゼミ生もまた成長していく。

11月25日 (水)     居眠り

加齢とともに身体を動かすことが減ってから、夜の睡眠が浅い。
それに加えて、夜中に何度となくトイレに起きる。
おかげでぐっすり眠れない。
そんな日は仕事に精彩がない。
そういう日が増えた。
薬を飲むと熟睡できて爽快である。
しかし薬に頼るのもどうかと思ったりしてジレンマである。

今日は午前中2コマ続けての授業。
非常勤先での授業なので、その学校へは列車で通う。
講義が終わって列車に乗ると、猛烈な睡魔が襲ってくる。
発車して次の駅に到着する頃にはどうにも起きていることができなくて、意識をなくしてしまう。
それでもなんとか次の駅につくたびに一瞬だけ意識が戻る。
発車するとまた意識が飛ぶ。

この前のときは危機一髪だった。
列車が中判田に着いたときに意識が戻り、次で降りなければならないから、もう眠らないようにしようと思っていて目を開けていたが、列車が高江峠にさしかかったときに意識がなくなり、ふと気がついたら大分大学前駅に着いていて、学生が列車に乗り込んでいた。
慌てて荷物をもって降りたので、乗り過ごすことはなかったが、ひやっとした。

今日も列車の中でもほとんど意識がとんでいた。
しかし中判田からは絶対に眠らないように気合を入れた。
おかげでトラブルなく大分大学前駅に着いた。

この居眠りが午後のエネルギー源となる。
夜眠れない分はどこかで補わなければならない。
揺れる列車は居眠りにとって格好の場所。
それから、昼食後のデスク。
猛烈な睡魔が襲ってきたときにほんの15分ほど意識を落とすと、そのあとが極めて快調である。
意識を落としている時に誰かがやってきたりすると最悪である。

どうかみなさん、12時30分から13時30分までの間は、よほどの緊急の用事がない限り、私を訪ねてきたり、電話をかけたりしないようにお願いします。

11月24日 (火)     家族がふえました

今日は個人的にうれしい話題を2つ。

まずは父親の誕生日。80歳。
元気に過ごしている。電話をすると、気力がなくなったとか、疲れやすいとか言っている。
しかし、80歳にしては上出来である。
家での家事仕事のほとんどをやっているし、耳が少し遠くなったかなと思う程度で、きわめてまともな会話が成立している。
まだまだ長生きしてほしいと思うが、本当は相当疲れているのではないかと不安になったりもする。
遠くにいると、大したことができないので歯がゆい思いをすることもある。
だからといって、仕事を引き揚げて親元のところに戻るわけにもいかないし。
誕生日を迎えてうれしい反面、ちょっとした不安の種である。

次に長男。
今日をもって長男の彼女が彼女でなくなった。
別れたわけではない。
今日、二人で所帯をもつ届けを役所に出しに行ったのである。
家族が増えたようでとてもうれしい。
早速お祝いにと、夜は軽くレストランで食事。
家族が増えてうれしい反面、これで長男は完全に自分のもとから巣立っていったなぁと感じる。
後の人生は二人で試行錯誤しながら築いていってほしいと願う。
親は遠くからそっと見守ることしかしない。
しかし、困難にぶちあたり、それを切り抜けることができなくなるようなことが起こったら、いつでも手を差し伸べるつもりだ。

11月23日 (祝)     休日

最近の休日の過ごし方は極端である。
どっかに泊りがけで出かけているか、家でじっとしているかのどちらかである。

今日は後者。一歩も家から出なかった。
おかげで歩数計をみたら2000歩に満たない数であった。

出かけるのもよいが、いつもいつも出かけているとやはりくたびれる。
家の中も汚れる。

今日は朝から溜まっていた郵便物を整理したり、散らかっている机の上を片付けたりしているうちに午前中の半分が終わった。
残りの半分は部屋のそうじととフローリングのワックスがけ。

部屋はそんなに汚れていないように見えるが、掃除機をかけてみると、おびただしい量の埃とゴミが集まる。
どこにこんなに埃があるのだろうと思うくらいである。
埃が見えないのは目が悪くなったせいだろうか。

久しぶりにフローリングのワックスがけをした。
床においてある荷物を全部どけての作業であったから、けっこう時間がかかったし、力も要った。
それでも終わってみたら、フローリングが輝いていて、ちょっと嬉しかった。
次はベランダの掃除が待っている。

午後からは本を読んだり、インターネットを見たり、テレビを見たりと気ままな時間。
相撲を見ていたら、ところどころ記憶がない。
まどろんでいたのだろう。

夕ご飯を作って食べた後もテレビを見たり、本を読んだりとのんびりした一日だった。

しかし、これだけのんびりするのも考えものであった。
昨日書いたように、過去のことを忘れようとするのだが、逆に過去のことを思い出したり、これからどうなるかわからないことをやみくもに心配したりして、心が落ち着かなかった。

そんなときにはフラッと街にでも出かけるとよいのだろうなとも思ったが、寒いので外に出るのが億劫だった。
明日からまた新しい一週間が始まる。
今年も残り少なくなった。
今年のうちに片付けるべきことはきちんと終わるようにそろそろ見通しを立ててことにあたらなければならない。

11月22日 (日)      忘れる

ある弁護士がエッセイの中でこう書いていた。
人生長く仕事を続けるためには、「休む」ことが必要になる。「休む」とは「忘れる」ことである。

なるほどなぁと思った。
過去に忙しかったことを忘れてしまえば、エネルギーはチャージされる。
いつまでも過去のことを引きずっているから疲れがとれない。
疲れがとれないとやる気がおこらない。

また、ある精神科医はその著書の中でこう書いていた。

忘れっぽい人のほうが疲れない。なぜなら、過去をひきずることがないからだ。
あのときこうしておけばよかった、もっと他にも良い方法がなかったかとうじうじ考えても過ぎ去ったことは仕方がない。
すぱっと忘れることだ。

私はこの「忘れる」ということが苦手である。
過去をいつまでも引きずる癖がある。
後悔ばかりしている。

私は今、完全にお休みモードに入っている。
仕事に対して以前のようなファイトがなくなっている。
次にしなければならないことがうまくいくかどうか心配ばかりしていて、なかなか手につかない。

3年前をピークに、とても忙しいと感じるときをしばらく過ごしたら、気持ちが切れてしまい、現在に至っている。
現在は、最低限の仕事はしているだろうと思ってはいるが、心も身体も休むように努めている。

しかし休んでもなかなかファイトが出てこない。
その理由が前述の弁護士や精神科医の一言でわかったような気がする。

いつまでも過去を引きずっている。
忙しくてつらかった日のことを忘れることができない。
これを忘れることができたらまた復活して前向きな自分になるかもしれない。

11月21日 (土)    小旅行2日目

昨日は睡眠不足に加えて長時間の移動、食べすぎ、興奮しまくりで、夕べも眠れず、今朝起きたときには身体も気持ちも最悪の状態であった。

胃はムカムカするし、頭痛がする。
やはり昨日ははしゃぎすぎた。

午前中、街の中を散策し、ちょっとした食事を取って、少しだけ買い物をしたら、もう帰らなければならない時刻となった。
結局現地での滞在時間は24時間。
慌しい旅行になってしまった。

帰りは交通機関の待ち合わせの時間を入れて、8時間かかった。
睡眠時間を除いたら、現地での活動時間より、移動の時間のほうが長かった。
移動も旅行の楽しみの一つと言うが、退屈してしまった。

家に帰ったらくたびれ果てていた。
現地でもう少し余裕があったらずいぶん違った旅行になったであろう。

限られた時間を有効に使おうと強行軍で出かけた今回の旅行は空回りした。
無理して出かけるより、家で身体を休めていたほうがよかったのかもしれない。
少し後悔した。
旅には歳相応の旅のスタイルがあることを思い知った2日間だった。

11月20日 (金)    小旅行

今日一日休みをいただいて、今日と明日、ちょっとした旅行に出かけることにした。
行き先は伏せておく。

最近公私ともに出かけることが大変多く、それでも飽き足らずに出かけようというのだから、よほど現実から逃れたいという願望が強いのだろう。
こうして簡単に休みを取ってしまうことは、なかなか休みをとることができない人に大して非常に申し訳ない。
と、言いながら出かけてしまう。

旅行に出かける目的も、若い頃とはずいぶん変わった。
以前は景色のきれいなところ、楽しく遊べるところがメインであったが、最近は美味しいものが食べられるところが目的地である。
今回も美味しいものを食べに行くことが目的である。

出かける前はワクワクしてしまい、今朝は1時30分に目が覚めて、その後は眠れなかった。
なんとか布団の中でごまかしていたが、ついに我慢しきれなくなって3時20分に起きて、準備を始めた。
5時過ぎに家を出て、いろいろと乗り継いで目的地に着いたのは12時を過ぎていた。
7時間もかかった。

そこからさらに2時間かけてようやく食べ物にありついた。
期待にたがわぬ美味しさであった。
量が多くてとても食べきれぬと思ったが、無理やり食べて満腹になった。

しかし、もう一ヶ所はずせないところがあるので、満腹のお腹に鞭打ってさらに食べた。
ホテルに戻ったら、胃が重たくてどうしようもなかった。
こういうときに限って胃薬を忘れてくるとは抜けている。

11月19日 (木)     ああいう人にはなりたくない

最近、他人の欠点が目について仕方ない。
ああいうようにはなりたくないと思うことが多い。
反面教師ということばや、人のフリ見て我がフリ直せ などともいう。

具体的に他人のどんなところが気にかかるかというと、これがたくさんあってキリがない。
嫌なことばかりである。
どうやら人間嫌いになってしまったようである。

しかし、こうやって他人の嫌なことが気になるということは、自分がそうなっているということの証であると思う。
他人の欠点を見て、自分もそうなっているかもしれないから、気をつけようとか、そうしないようにしようと思うだけで、実際には、自分が嫌だと思っていることをそのまま他人に見せつけているような気がする。

すると、この人間嫌いは他人を嫌いだということではなく、自分が嫌いだということになる。
自分で自分を嫌いになったら、自分を好きでいてくれる人がいなくなるが、そうなっても仕方ないか。
自業自得ということばが思い浮かぶ。

11月18日 (水)     物忘れ

昨日から今日にかけて物忘れが激しい。
昨日は夜長男から電話があって、「今日いつ頃来る?」と尋ねられた。
と聞かれても全く心当たりが無く、そんな約束をしたか、何の用があったのかがまったくわからない。
適当に電話口でごまかしているうちに、そういえば約束をしたかもしれないと思う程度に思い出した。

今日がまた忘れることばかりで困った一日であった。
しかしながら言い訳がましいが、あまり大きな迷惑はかけていないのではないかと都合よく考えている。

夕方の打ち合わせで同席したKさんとそんな話をしていたら、私より若いKさんの物忘れの武勇伝を聞いたが、他人の物忘れというのはなんとなく許せるというか、楽しい話として聞き流してしまう。
しかしこれが自分のこととなると自分が情けなく、許せなくなる。
笑って済ますことができるようなものではない。
これまでこんなに物忘れはひどくなかったのにという思いが心のどっかにこびりついているから、そうやって情けなくなっていく自分が許せないのである。

物忘れも自分自身のみに被害があるうちはまだよいが、他人に迷惑をかけるようになってはいけないと思う。
たとえば約束を忘れるとか、会議をすっぽかすとか。
そういうことの度が過ぎて「あの人ならありうることだ」と周りに受け入れられてしまうようになったらおしまいだ。
もっともそうなったときには自分を許すとか許さないとかいうことも考えないだろうから、かえって幸せになれるのかもしれないと思ったりもする。

11月17日 (火)     寒い

急に寒くなった。
2週間前は昼間の気温が20℃を超えていたというのに、今日の最高気温は10℃を少し上回った程度だという。
冬が一直線にやってきたような感覚である。

こんなに暑かったり寒かったりの差が激しいと体調を崩す人がたくさん出てくる。
昨日の学生実験でも一人インフルエンザでダウンしていたというし、今日の講義でも咳がとまらない学生がいて、他人にうつさなければいいがと心配になった。

授業を終えての帰宅道、風も強く、本当に冷たかった。
いつもなら最短距離の道のりで帰るところを、遠回りしてアーケードの中を通って帰った。

家に帰ればこたつ。
この暖かみがうれしい。
ついついごろんと横になったらすぐに意識を落として気がついたら夜中になっていた。
こういうパターンはよくない。
体調を崩す原因となる。

天気予報では一応この寒さは今週末までと言っているが、冬が近いことを予感させる一日であった。

11月16日 (月)     弁当

お昼の弁当を自分で作ってもってきて食べるようになってから半年くらいになる。
最近は早起きが辛いし、寒くなってきて食べ物も傷まないので、前の夜に作る。
まさかこんなに長く続くとは思っても見なかったが、続いている。
研究室で昼食をとるときは必ずと言っていいほど毎日もってくる。
月に1度くらい作らないときがあるかないかといったところである。
なかば強迫観念に取り付かれたかの如く作っている。

しかし最近少し飽きてきた。
中身がワンパターンなのである。
材料が少しずつ変わるだけで、基本的な構成はいつも同じ。
料理のレパートリーが少ないからやむを得ないこととはいえ、やっぱり飽きてきた。

それに、今日の弁当はひどくまずかった。
理由を考えてみたら、食材がどれもこれも古かった。
しなびたきゅうりを塩もみにしてきたが、苦かった。
焼いた茄子は、焼く前にしなびていた。
トマトは崩れかけていた。
一番ひどかったのは、大根葉の炒め物。
2週間くらい前に買った大根にはっぱがついていて、もったいないからと冷蔵庫に入れておいたが、いい加減に使わないと思って炒め物にしようとしたことはよいが、どのように切ってどのように味付けをして良いかがわからない。
青菜を調理する感覚で炒めたら、筋っぽくて固くて苦くて食べられるものではなかった。
味にアクセントをつけようと、賞味期限の切れたちくわを入れたが、役に立たなかった。

今日の弁当がまずかった理由は、調理技術の悪さに加えて、材料の鮮度の悪さが際立った。
食べ物は新鮮なものがおいしい。
だからといって、食べられるものを捨ててしまうのは感情的に許せないので、まずくても食べるほうを優先する。

11月15日 (日)      冬支度

11月も中旬になったら急に冷えてきた。
夏のスーツで出勤すると少し寒い。
日の出も遅くなり、日の入りは早くなった。
平地でも紅葉が美しくなってきた。

ついこの前まで暑かったのがうそのようである。

今日、こたつを出した。
冬にはこれが欠かせない。
エアコンもあるが、お酒を飲んで、暖かいこたつに入ってまどろむのは至福のひとときである。

地球温暖化の影響か、最近の冬は昔ほど寒くなくなった。
室内はどこへ行っても空調が完備されているから、過ごしやすくなったが、外に出ればやっぱり寒い。

寒い冬はあまり好きではないが、冬ならではのよさもあるから、これから寒くなる日々を楽しもうと思う。

11月14日 (土)    第3講義室

母校の大学で、学会の支部会が開催されるということで、自分の支部ではないが、聴講するために出かけた。
研究テーマというのは、それぞれの地区ごとになんとなく個性があるようで、九州の支部会では聞けないような研究テーマについての発表が多く、新鮮であった。

それとともに懐かしかったのは、会場が母校の第3講義室であったことだ。
この教室は、全学科70名が一度に聴講できる学部で一番大きな教室である。

ここへ足を踏み入れたのは30年ぶりくらいになろうか。
机は新しくなり、黒板の前にはスクリーンが設置され、教室の後方にはディスプレイがあり、エアコンも整っていたが、入り口のドアと「第3講義室」と書かれたプレートは昔のままであった。

発表を聴講していたら、前方に恩師の姿を見た。
今年80歳を迎えるが、元気そうであった。

この講義室で恩師を始めとして、多くの先生の講義を受けた。
どの先生も研究の最先端の話題に触れて、熱心であり、黒板を駆使しながら講義を進め、毎回ルーズリーフ3枚のノートを作った覚えがある。
そのノートは今でも大切にとってあって、ときどき見ることもある。

時は流れ、学生だった私は、第3講義室の教壇に立っていた先生方と同じくらいの年恰好になった。
自分が学生に対して講義をしていると、どこか恩師に似た授業をやっているような気がすることがある。
それほどまでに若い頃に受けたインパクトは大きい。

11月13日 (金)    研究打ち合わせ

今、力を入れているひとつの研究は多くの研究機関の研究者の力を貸していただいて進めているものである。
定期的に共同研究先へ出向いて研究計画や得られたデータの解釈、発表の方法等について打ち合わせをする。

距離的に遠いので、わざわざ出向くこともなく、メールや電話で済ませればよいのではないかという考え方もあるが、やはり、突っ込んだ話は面と向かってディスカッションするのに限る。
往復に相当な時間を費やしても、出向く価値がある。

会って話をすると、その場で必要な資料をさっと取り出すことができるし、ちょっと話題が外れたところから意外な発想が持ち上がって、新しいテーマのヒントになることがよくある。
メールは一方通行だし、電話では資料が出てこない。

メールやインターネットといった通信手段が発達して、時間を節約することができるようになったような気になっているが、それを使うことによって、内容が薄いものになっているような気がする。

何でもお手軽に済ませてはいおしまい という時代になっているような気がする。

この世は人間と人間のかかわりによって成り立っている。
遠いところに足を運べば「よく来てくださいました」と言って、受けるほうも時間をとって丁寧に対応しようという気になるが、文字や声だけだとなんとなくインパクトに欠けてしまう。

足を運ぶことによって確かに時間はかかるかもしれないが、それにあまりある成果が得られるものと思う。

11月12日 (木)     医者通い

身体のどこかの調子が悪くて、ずっと医者に通っている。
1ヵ月半に一度のペースである。
その症状がどんなに悪いかというと、仕事に差し支えたり、入院したりといった大きなことではなくて、日頃の生活をしていくうえで少しつらいかなという程度のものである。

しかしそれが気になっていけない。
気になるから、ついつい薬に頼って何とかしたいと思って医者通いになっている。

今日の診察で、来月は血液検査をしてくださいと言われた。
この歳になると、どっか異常値が出てくる。
異常値が出ると薬が処方される。

今まで、調子が悪ければ薬に頼ればいいやと思っていたが、今日はふとこれでよいのだろうかと思ってしまった。

命を縮めるような病気と、虫歯のように絶対に治らない病気は治療するなり、薬を飲むなりをしなければならないだろうが、さしあたって大きな問題がなければ薬を飲み続けることが本当に身体にとってよいことなのであろうか。

もっと自分自身の健康保持力を大切にすべきではないか。

今年は、医療費に相当お金を使ったので、確定申告をすると、税金が還付されることになる。
大きな病気もしていないのに、税金が戻ってくるほど医療機関の世話になるのはちょっと行き過ぎではないかと思った。

11月11日 (水)     白衣

実験を行う時には白衣を着用する。
これまで実験するとき以外に白衣を着ることはなかったが、ある日、実験が終わってもこれを着ていたら、非常に快適な衣服であることがわかった。

最近、筋肉の衰えのせいであろう、スーツの上着を着ていると肩が凝る。
上着を脱ぐと、肩は楽になるが、肌寒い。
この上着の代わりに白衣はうってつけであることがわかった。

生地が薄いので、重たくないから、肩に負担がかからない。
胸周りも大きくできているので、ゆったりとしている。
それに加えて適度な防寒効果もある。
寒くなりかけてきたこの季節にピッタリである。

おかげでデスクワークをしている時にも白衣を身にまとっている。
ときどきそのままの格好で事務のほうに出かけていくと、1年生が私を見つけて「わぁ、カッコいい」などと言ってくれる。

しかし格好はそれほどよいとは思わない。
毎日パリッとした真っ白な白衣を身に着けていればそれはそれでさまになるのであろうが、ついつい洗濯をサボってしまうから、着ている白衣はいつもなんとなく薄汚れていてよれよれになっている。
それに今使っているのは買ってから相当な時間が経っている。

そろそろ新しいのを買ってパリッと着こなす方がよいかもしれない。

11月10日 (火)     しまりのない1日

今日はなんとなく終わってしまった。
理由なく疲れた。

朝、街で講習会での講演を頼まれていたので、いつものように早朝に研究室に立ち寄らずに、家から直接会場に出向いた。
始まる時刻がそんなに早くなかったので、寝坊してもよかったのだが、習性とは恐ろしいもので、相変わらず早く目が覚めてしまった。

時間があるからとだらだらしていたら、講習会の時間になったので出かけていった。
頼まれていた90分の話を終えたらお昼になった。
その後研究室にやってきて3限の講義。

それが終わったあと、学生の相談にのっていたら3時を過ぎた。
ここでようやくお昼ご飯を食べたところで、新しいパソコンの納品。
新しいものもよいが、使い方を覚えるのに四苦八苦する。
覚えるより慣れるほうが手っ取り早い。

予定していた5限の授業は受講生の都合により休講。
パソコンのスタートアップが終わったのが夕方遅く。
帰り道、長男の家に寄って、家に帰り着いたが、お昼ご飯が遅かったので食欲もなく、適当にあるものを食べて、お菓子を食べた。

なんだかくたびれていてお酒も進まず、クッションの上でまどろんだら夜遅くなった。
一瞬の目覚めの隙を突いて歯を磨いて床に入った。

とまぁ、なんともしまりのない一日になってしまった。

気合を入れて準備をしていた仕事がキャンセルになってしまって気が抜けたのだろう。
こんな日もあります。

11月9日 (月)     信号機

今日の帰り、いつものようにJR大分大学前駅に行ったら、押しボタン式の信号機が稼動していた。
とてもありがたい。

駅前の道路は夜になると街灯はあるものの、暗く、列車の発車時刻が迫っている時など、焦って横断歩道を渡ろうとすると、車が結構なスピードで走ってきたりして、怖い思いをしたことがあった。

前には交通事故があったこともあると聞いた。

信号があると、一応安心して道路を横断できることになる。
しかし、いくら信号があるといっても、歩行者と車は同じ平面状にあるのだから、どちらかが信号を無視したら、交通事故が起こる可能性はゼロにはならない。

一番確実なのは歩道橋である。
駅前の道に歩道橋というのはあまりに大袈裟であるが。

駅ができて確か7年経った。
すっかり大学の玄関になっている。

11月8日 (日)      休日

久しぶりに自宅で過ごした休日であった。
ここしばらくの週末は、出張やプライベートで出かけてばかりで落ち着かなかった。

久しぶりの自宅といったら、のんびりした1日を過ごせそうな気がするが、実際は大違いで、朝から忙しかった。
いつものように早起きをして、シャワーを浴びながら、洗濯。その間に風呂場の掃除。
それが終わる頃には洗濯機がとまっていて、すぐに洗濯物を取り込んで、新しいものを干す。
それが終われば部屋の掃除。
家中掃除機をかけると、結構なゴミが集まる。
今使っている掃除機は熱は出るわ、においが出るわ で快適ではないので、近いうちに取り替えたいと思っている。

掃除が終わったら久しぶりにボウリングに出向く。
今日は調子がさっぱりで、おかげで通算アベレージを落とす羽目に陥ってしまった。
ボウリング場からはスーパーマーケットに直行。
開店と同時に買い物を始め、1週間分の食材の纏め買いをする。
今日はいつもの2倍ほど買ってしまった。
こんなに食べきれるだろうか。

家の冷蔵庫に食材を入れてから、図書館へ。
あたらしく10冊ほどの本を借りてきて、家に帰るや、今度は近くのフリーマーケット。
冬用のブーツが出ていて、サイズがちょうどよかったので求めた。
冬に北の国に行くのにうってつけのものである。
今回はそれ以外にめぼしいものはなく、家に戻って軽く昼食。

そしてデパートへ。
北海道の物産展をやっていたが、ものすごく大勢の人が出ていたので、ろくすっぽ見ることなく、逃げるように帰ってきた。
帰ってからは、溜まっていた郵便物を片付けたり、資料をファイルに入れたりしていたら、あっという間に夕方になった。

夕食は久しぶりに出来合いのものを食べようかということで再びデパート。
5時の市で半額になるお弁当を漁る。
運よく、目的としていたものが手に入り、帰宅後、テレビを見ながら食べる。

片づけを兼ねて明日のお弁当の準備。
準備をしていたら、ドッシャーンと何かが落ちる音が聞こえたので、何かと思ってみると、洗面台の掛時計が落ちていた。
フックの接着力が落ちたのであろう。
早速近所のホームセンターに行って、新しいフックを買って取り付けてみたが、これがとても都合が悪くて、やり直さなければならない。
面倒くさくなってこれは明日に持ち越すことにした。

こんな調子で夜も更けてしまい、さっさと床についた。
なんとも気ぜわしい休日であった。

11月7日 (土)    教員免許更新講習会

今年から教員免許更新講習会が本格的に開催されることになった。
8月に一度やっているので、今日が2回目である。

現場の最前線で活躍しておられる先生方に話をするのはどうもむずかしい。
参加された先生方それぞれの興味が違うだろうから、それらを一度に解決するような話はなかなかむずかしい。

事前のアンケートなどを見ると「食育について話を聞きたい」というのが多いのであるが、これがむずかしい。
食育と一言で言っても内容が多岐にわたるから、その中の具体的に何についてと指定がないとテーマが決まらない。
たとえば地産地消についてとか、個食についてとか、誤ったダイエットについてなどというように、具体的な題があればよいのである。
おそらく希望を出しているほうも食育がどういうものかあまりよく分かっていないのであろう。

それはさておいて、今日の話の内容が参加された先生方の役に立ったかどうかは定かではないが、みなさん、熱心に聴いてくださったのは幸いであった。
やはり熱心に聴いていただけると話す方も気合が入る。
しかし気合が入ると終わった後にどっと疲れるが・・・。

この教員免許更新講習、政権が代わって、このあとどうなるか不透明になっている。
受講する方、話をする方、どちらにもあまり歓迎されていないようだ。
この講習のみならず、最近の大学は足が地に着いていないというか、方向性が定まらず、浮遊状態になっているような気がしてならない。

11月6日 (金)    胃の具合

昨日の夜、夕食を食べた後に、急に胃の具合がおかしくなった。
クッションの上でまどろんでいたら、不意に胃の内容物が戻ってきて、あわや吐き戻す寸前であった。
あわててありったけの胃薬を飲んで床についたが、夜中にも一度吐き戻しそうになった。

このような状態に陥ることに、全く心当たりがない。
食中毒になりそうなものを口にした覚えもないし、しいて言えば、最近少し食べすぎているかなぁとと思うことと、今日は少しお酒が多かったのかなぁと思うくらいである。

しかしそういえば、沖縄から帰ってきてから疲労感が強い。
やはり毎週のように北に南に出かけていたり、寝る時刻が遅くて起きる時刻が早くて睡眠時間が不足気味であり、少し疲れが出て、それが胃にきたのがもっとも可能性として高い要因であろう。
ここはひとつ食べるものとお酒を控えて、たっぷりと睡眠をとることにする。

昨日、テレビを見ていたら疲労について取り上げられていた。
疲労と疲労感は異なっていて、疲労感をごまかすと知らない間に疲労が蓄積して、重大な病気につながることもあるという。
疲労回復には睡眠が一番と言っていたが、経験上からも同感である。

今日は早めに帰って食事も控えめにして、お酒はやめた。
というより、食欲もなく、お酒も飲めなかった。
それでも寝る前に少しだけ口が寂しくなったから、養命酒を20mLだけ口にしたら、とたんに胃が膨満して、たとえようもない不快感を味わった。

やっぱりお酒が悪いのか・・・・。

11月5日 (木)     卒業生の来訪

昼にトイレから戻ってきたら、実験室に去年の3月に卒業したIさんがいた。
大分に来る用事があり、ふらっと立ち寄ってくれたという。

こういう訪問は大歓迎である。
いついつ行きます!と予め連絡があって、それを心待ちにするのもよいが、遠いところから思いもよらず顔をみせてくれるというのはとてもうれしい。

パッと見た瞬間は学生の時と変わっていないなと思ったが、仕事の話を色々聞いていると、社会人だなぁと思った。
入社2年目であるが、すでに結構責任のある仕事を任されているようである。
いつもおこられてばっかいます と話してくれたが、おこられるうちが花である。
そのうち、だれも何も忠告してくれなくなってしまうから、そうなったときに自分の方向性が正しいのか正しくないのかが読めないとたいへんなことになる。

卒業生の活躍ぶりを見るのはうれしい。
教員をやっていてよかったなぁと思えるひとときである。

それにしても、最近の企業は卒業生を即戦力として使っているという印象を受ける。
2年目、3年目の人が、かなり重要な仕事を任されているのをよく聞いたり見たりする。

若いうちは馬力もあるし、気力も充実しているし、無我夢中で毎日を送ることができるから、企業が即戦力として使おうという気持ちはよくわかる。
しかし、それに浸かってしまうと自分がつぶれてしまう。
忙しい中にも、どこかに自分の置き場所を確保しておくことはとても大切なことである。
その置き場所はだれも作ってくれない。
自分で作るしかない。
自分の置き場所を作ることは仕事を一生懸命することと同じくらい大切なことであると思う。

Iさん、今日はありがとう。
遠いけれど、また大分に来る機会があったら顔を見せてください。
時には掲示板にも投稿をお願いしますね。
元気でやってくださいね。

11月4日 (水)     体重増加

このところ、体重が増え続けている。
日記の記録を見てみると、年初から約2kgの増加である。
体脂肪率も3%くらい上昇しているから、体重増加は体脂肪の増加によるものであることがわかる。

もう少し太ったほうがよいのではないかと言ってくれる人もいるが、自分としてはあまり体重を増やしたくない。
体重増加が全身に及べば問題ないのであるが、下腹部に集中するので、体型が見苦しくなっている。
やはりプロポーションというのは気になるものである。

できることなら、年初の体重に戻したいところであるが、難しそうである。

まず、体重が増加した理由を考えてみると、お昼ご飯に弁当を食べるようになったことが考えられる。
どう考えてもこれまでよりお昼の摂取エネルギーが増えている。

そうすると一服する時のお菓子を減らさなければエネルギーの過剰摂取になってしまうが、これは譲れない。
お菓子を食べることは私にとって人生の大きな楽しみである。

お昼ごはんを食べてお菓子を食べると、夕ご飯の前に空腹感を感じないことが多い。
これはよくない。
以前は夕ご飯の前はお腹がペコペコであった。
だから、夕ご飯を思いっきり食べても、一日の摂取エネルギー量は過剰になることはないと思っていたが、今はあまり空腹ではないのに、夕ご飯は前と同じようにたくさん食べて、前と同じようにデザートのお菓子を食べるから、エネルギーの摂取量は過剰になる。

そうすれば体重は体脂肪の増加によって増加するのは当然である。

もうひとつ、今年になってから、基礎代謝が減少していることを実感する。
体温が何となく低くて、活動量も減った。
これでは消費エネルギーは少なくなる一方である。
摂取エネルギーが増えて消費エネルギーが減れば体重は増加するというのは教科書通りである。

しかし、食べるものを我慢して体重を減らそうという気持ちは全く起こらない。
根性がなくなった。
メタボメタボと言うけれど、少し太っているくらいのほうが健康に良いという説もある。
自分の身体がそういう方向に向っていくと、都合の良い説を支持しがちである。
結局そういう方向に向っている。

11月3日 (火)     県北へ

今日は文化の日。祝日である。
ハッピーマンデーなどと言われて、祝日の半分くらいが月曜日にやってきて、授業に差支えが出ているが、日にちがかわらない祝日もあって、そういう祝日は週の途中に休みになるのであるが、これがちょっとありがたい。
特に一週間で一番忙しい火曜日が祝日になるというのは、神様のご褒美ではないかと思ったりする。

昨日から急に寒くなったが、今日は久しぶりに県北へドライブに行った。
それには目的があって、県北にある酒屋さんに注文しておいたお酒が半年経ってようやく入荷したという知らせが届いたからである。
すなわち、お酒を買いに行くために出かけたのである。

気温は低かったが、天気はよく、秋のすがすがしい景色を堪能することができた。
山のほうでは紅葉が始まっていた。
もうそんな季節である。

県北のドライブはこのお酒を買いに行く時にお決まりのコースとなっていて、一番最後には農産物直売所に立ち寄る。
そこに行き着くまでにもいくつかの直売所があって、トイレなどに立ち寄るたびに野菜を買い求めたら、結構な量になった。
どれもこれも新鮮でおいしそうな野菜である。

もうイチゴが店頭に並んでいたが、ちょっとまだ早いような気がして買い求めなかった。

夕食には早速買い求めた野菜のいくつかが食卓の上に並んだ。
新鮮な野菜と魚とお酒があれば大満足である。

食事をしていたら、このところの週末に出かけてばかりいるツケがやってきたのか、疲労感を強く感じて、知らないうちにクッションの上でまどろんでいた。
それも至福のひとときである。

出歩くのも楽しいが、まどろむのもきもちがよい。
今日は贅沢な一日を過ごすことができた。

11月2日 (月)     沖縄の食べ物

出張などで全国各地へ出向いた時の楽しみの一つとして、その土地土地の食べ物を味わうということがある。
郷土料理などと言われているものも興味深い。

沖縄というと、これが申し訳ないが、あまり口に合う料理がない。
一番初めに沖縄に行った時に、郷土料理のフルコースを食べたが、口に合わなかった。
それ以来、沖縄では口にあったものを食べるのはむずかしいと思っていた。

今回の沖縄でもせっかくだから、郷土料理を食べに行こうということになって、その類の店に出向いた。
いろいろと出てきたが、ラフテー以外はそれほどおいしいとは思わなかった。

沖縄の古くからの食事は長寿食であると言われている。
豚肉とこんぶがその中心となる。
あとはチャンプルーか。

お昼のお弁当で沖縄野菜をメインとした年配者向けのものが出たが、どれも香りに一癖ある野菜ばかりでやっぱりダメだった。

沖縄に初めて行く前に、沖縄に住んでいた先生に何を食べたらよいかを尋ねたら、「ステーキを食っておけばいいんですよ」と言われて、そのときに初めて沖縄でステーキを口にしたが、これは確かに安くておいしかった。

以来、沖縄に行ったら一度はステーキを口にする。
今回も初日は郷土料理であったが、2日目はステーキハウス。

久しぶりにステーキを口にしたが、おいしかった。
しかし、こんなものばかり食べて、食が洋風化してしまうと、メタボ一直線である。

11月1日 (日)      学会

昨日、一昨日と沖縄で学会があったことは一昨日の日記で触れた。
今年は初めてのことであるが、ゼミ生を連れて行くことにした。

日頃自分たちが研究している成果がこういう形で発表されることを知ってほしいと思うとともに、卒論の実験を大切にやってほしいという気持ちもあった。
また、本物の研究発表会を経験することによって、卒論発表をよりレベルの高いところに目標をおいてこのあとがんばってほしいという気持ちもあった。
あとはおまけだが、せっかく沖縄であるので、なかなか行く機会もないだろうから、沖縄を体感してほしいという気持ちがあった。

さらに、この人たちなら、学会を経験させることが、きっと卒論や学問の向上につながると思ったからである。
決して単なる遊びで行くわけではないことを十分認識してくれるであろうと思ったからである。

それから、5月に大きな実験をやって、またさらに今月、大きな実験を控えているから、それがいかに重要であって、その実験はこういうかたちで発表しなければならないことを知ってほしかったのである。

私の思いはきっと通じたのではないかと思う。
また、明日から卒論の発表まで日々充実して実験に取り組んでくれることを期待している。

そして3年生は来年学会に行けるように、決められた仕事にきちんと取り組んでくれることを願っている、