10月31日 (土)    つれづれ日記3周年

つれづれ日記をつづり始めてから3年が経った。
ほとんど毎日、楽しく書いてきたが、よく続いていると自分でも思う。
久しぶりに書き始めた頃のものを読み返してみると、今と同じようなことが書かれている。
結局、毎日大した話題もないということだろう。

こんなくだらない日記でも毎日目を通してくださる方がいて、ときどきコメントを寄せてもらうとうれしい。
次男坊はこれを読んで、父親の動向を把握しているようである。

3年前の2006年はいろんな意味で大変な年であった。
仕事も忙しく、プライベートでも忙しかった。
それに輪をかけてあちこち出かけていた。

当時の手帳を見ると、スケジュールがぎっしり埋まっている。
その頃は手帳を埋めることが大切で、スケジュールに隙間があると、落ち着かなかった。
今から思えば、仕事中毒に陥っていたような気がする。

しかし、そのつけがやってきて、この年のゼミ生を送り出す頃から、調子を崩してしまった。
身体をこわしたのではなく、気持ちが一気に後ろ向きになった。
気力がいっぺんに消失して、いろんなことに興味がもてなくなり、仕事の能率も落ちた。

本を読んだり、医者に相談するなどして、なんとかだましだまし日々を送ってきたおかげでだいぶ気分も復活してきたが、未だに本調子ではない。

最近は仕事も大切だが、自分の人生そのものを大切にしようと思っている。
そんな境地に至るには、ちょっと早いような気もしないではないが、このあたりで一度減速して、このあとの後半戦の人生に向けてエネルギーをチャージする時期も必要だろう。
まだエネルギーは十分に溜まっていない。
焦らずにゆっくり進んでいこうと思う。

10月30日 (金)    日本栄養・食糧学会九州・沖縄支部大会

九州・沖縄地区で持ち回りの学会が今年は沖縄で開催された。
去年は大分の別府大学で開催された大会である。

今年の大会は日本農芸化学会の関西支部・中四国支部・西日本支部と日本食品科学工学会の西日本支部との合同の大会であったから、非常に盛大なものとなった。

この研究室からも梅木さんが発表するということで、とてもよい勉強の機会になると考えて、4年生も連れて行くことにした。
Tさんは教育実習があって残念ながら一緒に行けず、別のTさんは、就職活動のために1日早く帰らなければならず、Nさんは就職活動のために遅れてやってきた。

今日明日の大会の初日の今日は特別講演とシンポジウムがあった。
特別講演は新型インフルエンザについての話であった。
難しい話ではあったが、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザが新型インフルエンザにどのように関わっているかが、少しはわかったような気がした。

一番理解できたことは、予防に関して、手洗い、うがい、マスクはほとんど役に立たないということ。
常識とは異なる見解である。
うがいは喉の粘膜を傷めてしまうので、予防にはよくないらしい。
しかし治療には有効らしい。

手洗い、マスクに効果がないというのには驚いた。
結局インフルエンザは空気感染によって伝染するので、ウイルスをやっつけないと意味がないらしい。
そのためには、部屋の湿度を上げて、ウイルスが空気中に舞わないようにすることが有効なのだそうだ。

これから寒くなって湿度が下がるとウイルスが舞いやすくなり、感染が増えるかもしれない。

10月29日 (木)     無題

10月もほぼ終わりである。
あっという間に過ぎ去った。
しかしながら、毎日毎日が流されているだけのような気がして、振り返ってみても、今月何かをやったという達成感が無い。

達成感を感じることは大切である。
何か目標を決めて、それを達成した時の喜びは格別のものがある。
どんな小さいことでもひとつひとつに達成感を感じるようにすれば人生は充実するだろうにと思う。

最近達成感を感じることがほとんどない。
何をして過ごしているのかよく分からなくなることもある。
今月も結局何をしたのかよくわからない。
毎日ぼーっとしていたのかというと、そんなことはなくて毎日それなりに忙しかった。
しかし何が忙しかったのかよくわからない。

今日もそんな日々を象徴するような一日であった。
朝から午前中にかけては、書類の作成とか、メールのやりとりとか、電話での打ち合わせ。
午後はブリーフィングをやって、会議が一つ、そして来客があって打ち合わせ。

こういうマネージメント的な仕事が増えた。
実験に費やす時間が減った。

実験は達成感を得やすいが、マネージメント的な仕事は達成感を感じにくい。
仕事の質が変化してきたことが毎日の感じ方の変化につながっている。

10月28日 (水)     無題

今日はこれといって大きな話題がない。
午前中は非常勤の授業に出向いた。
2コマ続きは疲れるが、ペースを落としてゆっくり授業をやったおかげで、へとへとになるところまではいかなかった。
しかし、帰りの列車の中では爆睡して、気がついたら大分大学前のひとつ前の駅であった。

午後からは動物実験。
3年生が本格的に行った。
4年生の指導が行き届いて、技術は正確に伝わった。

まだまだ慣れていないので、3年生の作業はぎこちないが、数をこなせば慣れていくことだろう。
毎年この時期に同じような光景を見ているので、気楽に見ている部分もあった。

夜、帰宅してから洗濯と明日の弁当のしたく。
最近、帰宅してからはこういうパターンが多い。
今までだったら、酒を飲んでクッションの上でまどろむことが多かったが、最近はテレビを見ながら家事をする。
まどろむ暇がないが、特に疲れを感じない。
弁当を夜つくるようになってから、朝30分寝坊できるようになったので、その分夜のエネルギーが残っているのだろう。

睡眠時間も減った。
6時間かそれ以下で毎日過ごせるようになった。
これは大きい。
8時間眠るのと、6時間眠るのでは、活動時間が2時間も違う。
睡眠不足で昼間動けないということはたまにあるが、熟睡すれば大丈夫である。

何より、気分が落ち着いているのがよい。
ようやく長年の勤続疲労が少しずつ減ってきたような気がする。

10月27日 (火)     光景

恐ろしい光景を目の当たりにした。
ヘビがヘビを食べていた。
共食いだ。

食べていたほうのヘビは体長1m程度のシマヘビ。
食べられていたほうのヘビは体長50cmくらいの茶色のヘビ。

私はヘビが大の苦手である。
どうしてあのような生き物が存在しているのか理解に苦しむほどである。
大学構内にしばしば出没し、私を悩ます。

15年位前、ヘビが動物飼育室の隙間から入っていくのを見た。
その瞬間頭がパニックになって、どうしてよいか分からず、用務員さんに助けを求めに行った。
そのときは用務員さんがヘビを外へ出してくれて事なきを得た。

今日は見たくないヘビを一度に2匹、それもいまだかつて見たことのない形で見てしまった。

ヘビの皮は縁起物であるという。
皮には抵抗感がないので、前に見つけたとき、財布に入れておいた。
今から思えば、ヘビの皮が財布に入っていたときには、お金も財布に十分に入っていたような気がする。
今の財布は上等のものであるが、ヘビの皮が入っていないせいか、中身がいつもたよりない。

などと暢気なことを言っている場合ではない。
ヘビの共食いの光景を思い出しただけでも身体が震える。
恐ろしい光景であった。

10月26日 (月)     出かけてました

週末、次男坊がいる北の国に出かけた。
彼の学生生活も第4コーナーを回り、残りわずかとなった。
だいたい1年に2回ほど訪れている。
ときどき出向くと彼の生活ぶりがわかるし、一緒に過ごす時間を多くとることができるから、いろいろな話ができる。
それに、その土地ならではのおいしいものが食べられる。
おいしいものは一人で食べるのもよいが、仲間がいるとよりおいしい。
彼も食事にあまりお金をかけることができないだろうから、このときとばかりに二人でおいしいものを食べに行く。

今回は寿司がおいしかった。
4回食べに行った。

特においしかったのはシシャモの握りずしであった。
これはこの時期しか食べることができない。
そしてシシャモの漁のあるところに行かないと食べられない。

JRを乗り継いで2時間。
鵡川に到着。
鵡川のシシャモは北海道展などで名前を聞いていたからよく知っていたが、行ってみたら何もないところであった。
しかし、シシャモ目当ての人たちが売店や寿司屋に列をなしていて、やはり知っている人は知っているのだなぁと感心した。

お目当ての寿司屋に昼に行ったら、すでに売り切れ。
やむなく近くの料理屋に行ったら、ここも待つ人が長い列を作っている。
並んでまで食べることはないかと一瞬気が萎えたが、このチャンスをのがしたら一生食べられないかもしれないと思い、順番を待った。

シシャモの寿司はもちろん初めて口にしたが、溶けるような口ざわりが最高であった。
並んだ甲斐があった。
シシャモのことを語りだしたら止まりそうもないので、話は講義の中ですることにする。

ところで、彼の学生生活もあと半年。
卒業したら、この地を訪れることもなくなるだろう。
そう思ったら、少し淋しい気持ちになってきた。

10月25日 (日)     社会貢献(3)

この研究室での卒論のテーマはすべて企業との共同研究に基づくものである。
企業の担当者と目標を話し合って決めて、具体的な研究テーマを設定し、実験の企画をする。
そして学生がそれを確実に実施していく。
このことの繰り返しである。

だからゼミの学生にいつも言っていることは、「きちんとしたデータを出すこと」「時間をきっちり守ること」
この二つである。

企業との共同研究の実験を卒論のテーマにすると、企業の考え方が少しは学生に伝わるのではないかと思っている。
そのことが伝われば、就職してから、その会社の考え方を理解するのに、少しは役に立てるのではないかと思う。

共同研究を卒論のテーマにすると困ることもある。
研究の方向性が次々に変化してしまうので、最初、ここまでやってこういうように卒論をまとめようと思っていてもそのとおりにならないことがほとんどだから、まとめの時期になって、どのようにまとめようかを悩む。
しかし、最後にはなんとかなる。

これからもこの研究室のスタンスとして、企業との共同研究を進めていくという路線は変わらないであろう。
いつのときにも企業から声をかけていただけるように、いろんな面での体勢を整備しておかなければならない。

補助金の申請や展示会を通して改めて感じたことを書き始めたら、3日分になってしまった。
ときには堅い話もよいでしょう。

10月24日 (土)    社会貢献(2)

社会貢献の評価をどのように行うのか?
これがまだはっきりしていないような気がする。

一昨日、「豊の国ものづくり展」というイベントが開催された。
大分県内の8つの高等教育機関が関わって世に出た製品を展示して、産学官の成果をアピールしようという趣旨のイベントであった。

私の研究室が関わったものも3件出展させていただいた。
しかし、私が直接製品開発に関わったものは一つもない。
製品開発のヒントになるような研究や、製品の品質を保証(というと大袈裟であるが)するためにバックデータをとるための共同研究をやってきただけのことである。

つまり、商品化にいきつくためには、企業の努力と熱意がないと、達成できないわけで、いくら私が「これで製品を創って売ってください」と言ったところで、儲かる見込みのないものは企業は商品化をしないのは当然のことである。
私とて、マーケットのことは全く分からないから、売れるか売れないかの判断は全くできない。

今回のように展示会で商品をアピールすることばかりに目がいってしまうと、商品にならなくても企業の考え方を変えたり(これも大袈裟な言い方だ)、企業の研究者を育てたり、品質の評価を行うといった表に出ない成果は成果として評価されない恐れがある。
表面に見えない活動でも立派な成果である。

本当にありがたいことに、私がこれまで一緒に共同研究をさせていただいた企業は、私が商品化に対して大したことをしていないにもかかわらず、「大分大学との共同開発」と銘打ってアピールしてくださっている。
だから、共同研究の成果も目に見える。
しかし、このことには責任も付随する。
「大分大学との」という言葉の裏には、問題が起こったときには責任を取らなければならないということである。
だから、企業との共同研究も真剣である。
基礎研究より細心の注意を払う。

つづく

10月23日 (金)    社会貢献(1)

国立大学が法人化されて、民間の発想を一部取り入れながら切磋琢磨し、大学間で競争をして、より魅力のある大学作りをすることが求められている。
大分大学のような地方の大学では、ノーベル賞に値するような世界的な研究を進めていくことはむずかしい。
どのような切り口でその存在価値を示そうかと考えたとき、ひとつのキーワードとして「社会貢献」があげられる。
地域に存在する課題に対して、その解決のために少しでも役に立てないかと考えるわけである。

大学の使命として「社会貢献」が「教育」「研究」に続く3本目の柱として重要視されている。
具体的には、企業や自治体などと共同研究を行って、その成果を世に示すことになる。

私の研究室では、研究を開始した頃からこのスタンスでやってきた。
地方の大学の研究者がその存在をアピールしようとするとき、どこにオリジナリティを求めるかと考えたとき、地域に存在するシーズを用いるのが最適であると考えた。

以前は企業との共同研究をやったり、特許を出願したりという研究者はほとんどいなかったので、いろいろなことが試行錯誤であった。
しかし、大分大学にやってくる前の民間企業に勤めていたときの考え方が役に立って、うまく進んできた。

時は流れてふと振り返ってみると、「社会貢献」では多少仕事ができてきたかなと思うのであるが、失ったものもある。
「基礎研究」である。
学術論文が書けるような研究がさっぱりになってしまった。
企業との共同研究の中で学術論文が書ければ申し分ないのであろうが、なかなか困難である。
しかし最近はありがたいことに佐々木食品の千々松さんが成果を熱心にまとめてくれるので何とか体裁を保っている。
学会発表は梅木さんが力を入れてやってくれるので、何とかアピールできている。

今、「科学研究費補助金」の申請書の作成に時間をとられている。
大学側からは「全員提出することが義務である」と発破をかけられて、提出しない教員には研究費の配分を減らすという措置がとられている。
科学研究費の対象になるような基礎研究のネタはまったくないので、この時期には四苦八苦する。
そして矛盾も感じる。

基礎研究も社会貢献もといわれても、そんなに一度に一緒にできない。
特に社会貢献のほうは社会から求められて取り組む性質の仕事であるので、むげに断るわけにはいかない。
共同研究が増えたら、基礎研究に対する比重が小さくなるのはやむを得ない。
両方真剣にやっていたら身体がもたない。
身体を壊したら、大げさな言い方をしたら社会に迷惑をかけることになる。

つづく

10月22日 (木)     ホームページ

3年生がゼミに配属されて3週間。
ぼちぼちゼミの雰囲気や仕事に慣れてきた頃だろう。

自分のページを作ってブログを書くことを課しているので、3年生も4年生の指導を受けながら自分のページを作っている。
今日、5人全員のページができあがった。

早速見てみると、初めて作ったとは思えないような出来栄えである。
3年生の力がすごいことに加えて、4年生の指導がよいのだろう。
若い人の能力というのは無限である。
頼もしい限りだ。

3年生が作ったそれぞれのページを見てみると、それぞれの個性が出ていておもしろい。
早速画像がのっているのとか、1日2回書いているのを見ると、ブログに賭ける意気込みが伝わってきてなんだかうれしくなる。

最近はホームページを作成してあげましょう という業者さんもメールなどで売り込みにやってくる。
それも一つの方法ではあると思うが、あえてしない。

若い人には、ソフトを使いこなして、自分の個性が発揮できるようなホームページを創ってほしいと思っているからである。
若い人の作ったものを見ると「へー、こんなことできるんだ」と感心する。

私のページは文字だけが続く味気ないスタイル。
これもひとつの個性 というとなんだか言い訳に聞こえる。

10月21日 (水)     低いテンション

昨日、一昨日とテンションが上がって、眠れなくてどうしようと思っていたが、何のことはなく、今日になったらどっと疲れが出た。

目覚めが悪かったせいもあるかもしれないが、朝からテンションは落ちっぱなしであった。

今日は時間に縛られる仕事がなかったので、久しぶりにマイペースで日頃できなかった仕事を少しずつ片付けていくことができたが、午前中でエネルギーが尽きた。

昼ご飯を食べたら頭も身体も全く動かなくなってまるで昼行灯である。
こんなときは、頭も身体も使わなくてすむことをするのに限る。
すなわち、モノの整理である。

しかしこれもちっともはかどらなくて、テンションは低く、後ろ向きの考えしかうかばない。
こういう日もつらい。

帰宅して食事をどうしようかと思い、作ろうか作らないか迷ったが、結局身体が作るほうを選択したので、キッチンに立ったことはよいが、テンションが低いままだったので、手際の悪いこと悪いこと。
いつもの倍くらいの時間がかかってしまった。

夕ご飯を食べてから、明日の「豊の国ものづくり展」のディスプレイの準備のため、家の前のホテルに出向いた。
出展してくださった社長と一緒に設営を終えて、軽く打ち合わせをしたら、夜遅くなってきた。

さすがにこの夜は眠たくて、すぐに床に入った。
おかげでよく眠れた。
頭の緊張が少し取れたからだろう。

やはりいつも緊張の糸がはりっぱなしでは身も心ももたない。
疲れは休めの信号である。

10月20日 (火)     なんかおかしい

昨日の異常なテンションの高まりが続いている。
今日は授業が3コマあって、それなりに疲れて、帰る頃にはへとへとだった。
夜は帰ったらお酒も控えめにして、食事も軽くとってすぐに床に入ろうともくろんでいた。

しかし、家に帰ったら何かに追い立てられるように台所に立ち、ほとんど無意識のうちに包丁や鍋を引っ張り出して夕食の準備をしていた。
夕食の一部は明日のお弁当の中身となる。

疲れているから手際が悪いだろうと思っていたら、予想に反してテキパキと手が動き、手早く料理を作ることができた。
できあがったものはそれほどおかしなものではなく、むしろ満足する出来であった。

酒もそこそこ飲んで、後片付けをしたら眠たくなるはずであったが、一向に眠気がやってこない。
週末に溜め込んでおいたオーケストラの番組を見たが、やっぱり眠くならない。
フローリングに横になったら眠たくなるかと思って横になってみたが、眠たくならない。

これはなんかおかしい。
体調が著しく変化する前触れではなかろうか。
頭がかなり緊張状態になっているような気がする。
どこかで緊張をゆるめないといけない。

無理やり床に入ったら、すぐに寝付くことができたが、へんな夢を見て熟睡感がなく、夜中に何度も目が覚めた。
こんな調子だと明日はどんなことになるのか予想がつかない。

10月19日 (月)     無題

後期の授業が始まって3週間目となり、ようやく落ち着いてきた。
後期は前期と比べると、授業数も少なく、受講生の数も少ないからちょっぴり気楽である。
しかし、月曜日の学生実験は準備や後片付けにかなりの時間をとられるから、そうのんびりしてもいられない。

学生実験は気を遣う。
事故があってはならないから、あらゆる危険を避けなければならない。
それでも思わぬところでトラブルがあったりして気が抜けない。

こっちはそのように気を遣っているのだが、当の受講生は居眠りを始めたり、おしゃべりを始めたりと困ったものである。
相手が眠たくなってきたら、無理に起こそうとしないで、どうしても起きなければならないように作業をさせるなどして目覚めさせる。
おしゃべりを始めたときは厳しく注意をする。

さて、今日は珍しくテンションが高まり、家に帰っても元気いっぱいであった。
こんな日は一年に何回あるかというところである。

だいたい夕べ睡眠時間が少なかったので、今日は疲れるだろうと予測していたが、疲れを感じることなく、家に帰ってからも弁当を作ったり、明日出すのゴミをまとめたり、洗濯物を取り込んだり、荷物を作って発送に出かけたり、とテキパキと動いた。

テレビは野球のクライマックスシリーズを眠ることなく最後まで見た。
シャワーを浴びてさっぱりしたあとはたいてい眠たくなるのだが、今日は目が冴えてしまった。
お酒を飲んで眠ろうとしたが、お酒がおいしくていくら飲んでも酔わない。
だから眠たくならない。

そんなことでは明日がもたないぞと思ってカーペットの上で横になっても睡魔はやってこない。
それでも日付が変わる頃になったら、微妙に眠たくなったので、ここぞとばかりに床に入ったら、すぐに寝付くことができた。

調子のよい一日だったが、その理由はどうしてもわからなかった。
明日この反動が出なければよいが。

10月18日 (日)     ホーバーフェリー

残念なことであるが、大分ホーバーフェリーが今月末をもって営業運航を終了するというニュースがあった。
全国でホーバーが運行されているのは大分だけであるから、非常に惜しい気もするが、やむを得ないことなのであろう。

実家から飛行機で帰ってきたので、最後のチャンスと思い、久しぶりにホーバーに乗ってみた。
乗り納めである。
幸いなことに、回数券が一枚だけ残っていた。
日付を見ると05.01などと書いてあるから、4年も前に買ったチケットである。

営業が終わるということで、乗客が多かったが、大半が家族連れでホーバーの体験乗船の人たちであった。
飛行機から乗り継いできた人は20人くらいだっただろう。

あいかわらず揺れた。
この揺れがどうも身体に馴染まなくて昔からホーバーを敬遠していたが、久しぶりに乗って驚いたことは、運賃がべらぼうに高いことである。
バスの2倍する。回数券だったら、バスの2.5倍である。

空港への道路が整備されて、バスでもほとんど遅れることなく1時間程度で空港に行けるようになった。
ホーバー乗り場は大分の中心から離れているから、バスを乗り継いだりしていると、空港に行くのだったら、バスの方が早いかもしれない。
空港から大分市内へ戻る時には、ホーバー降り場に迎えに来てもらったらバスより多少早いかもしれないが、せいぜい15分くらいのものである。

所要時間にほとんど変わりがなくて、運賃が2倍もするのだったら、普通の人は利用しようとは思わないだろう。
ましてや景気の悪い世の中であるので、少しでも安いほうがよい。

ホーバーの廃止も時代の流れなんだろう。
またひとつ寂しくなった。

10月17日 (土)    法事

またまた今月も法事である。
毎月のように実家に戻っては父親の代理として初盆や法事に出向いている。
いつもながら、従兄弟たちと会って話をするのが楽しい。
こういう機会がないと集まらない。
天寿を全うした人の法事だから雰囲気が明るくてよい。

今日は父方の伯母の1周忌。
去年、学会に出席していたら父親から電話があって、伯母が亡くなったとの知らせを受け、急遽お葬式に行ったことがついこの前のような気がする。
月日の経つのは早い。

今日は日頃会えない従姉妹に会うことができた。
彼女は私より5歳年上であることがわかったが、私と同じくらいの年恰好のこどもがいるので、話が盛り上がる。
うちは男の子2人だが、あっちは女の子2人である。
二人ともそれぞれの仕事で活躍しているとのこと、なんとも頼もしい。
その子供たちに会ったのは今から10年近く前で、彼女達が高校生や中学生の頃だったから今ではすっかり様子も変わっているだろう。
子どもの成長は早い。

ごちそうを食べて盛り上がり、楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。
来年は3回忌があるからまた会えるとして、そのあとは当分会うことが出来ないと思ったら、なんとなくさびしくなって、
「毎年法事があるといいのに」と言ったら、
一番年長の従姉妹に「あんた、なんちゅうじじくさい」
と言われてしまった。
一番年長の従姉妹は母親と同年齢である。

10月16日 (金)    家政学会九州支部役員会

タイトルの会議が佐賀で開催されたので行ってきた。
歳をとると、こういう役職を引き受ける機会が多い。
引き受けたところで、大したことをするわけでもなく、年に一度の会議に顔を出すだけである。
本当は学会の運営に力を出さなければならないのだろうが、そういうことは得意ではない。

ある程度の年齢になると、その組織をひっぱっていかなければならないような仕事も増えてくる。
そういう仕事はある程度の経験がある人のほうが望ましいということなのだろう。

今日の会議は聞いているだけであった。
聞いているだけでは時間がもったいないような気もするが、新しい情報が早く手に入ることは大きなメリットである。
月末に沖縄で開催される学会でも役員会2つに出席することになっている。

ところで佐賀は九州の中でも気に入っている土地である。
人情が厚い。
お菓子がおいしい。
日本酒がうまい。
佐賀牛がおいしい。
烏賊は絶品である。

今日も佐賀の食べ物を楽しんだ。

10月15日 (木)     コーラ

コーラが好きである。
人によっては薬のようでおいしくないとか、炭酸が苦手なので嫌いだという人がいるが、私はあの薬のような味と炭酸が好きである。

この夏もたくさん飲んだ。
暑い日には大きなペットボトルが1日で1本開いてしまうこともあった。

こんな横着なことができるようになったのも、ダイエットコーラが出てきたおかげである。
普通のコーラには砂糖換算で約11%程度の糖分が含まれているから、ペットボトル1本飲んだら600kcal以上の無駄なエネルギーを摂取することになって身体に悪いことは明白である。

朝のコーラがおいしい。
前日のお酒が残っている時など、コーラを飲むと胃が動いて食欲が湧く。
水分の補給にもなる。

涼しくなってきてコーラの季節もそろそろかなと思う。
1本開けるのに4〜5日かかる。

今年も箱買いをしたので、まだ数本残っている。
ダイエットコーラは賞味期限を過ぎると甘みが減るような気がするから、早めに飲んでしまわなければならない。

といって、飲まなくてはならないという義務があるわけでもないが。

そろそろ温かい煎茶がおいしい季節。

10月14日 (水)     鉄道記念日

今日10月14日は鉄道記念日である。
というようなことを去年か一昨年にも書いたような気がする。
進歩がない。

この日は日本で初めて汽車が走った日ではなかったかと思うが、記憶が怪しい。
鉄道記念日にちなんであちこちでイベントが行われる。

いつも利用している大分大学前駅でもイベントがあって、花の苗のプレゼントなどがあった。
お一ついかがですかと勧められたが、マンション暮らしのわが身においては花を育てるスペースがないので、ありがたかったが、遠慮をした。

来週末には大分電車区でお祭りがある。
小倉工場でも鉄道記念館でもイベントがある。
毎年行ってみたいと思いながら、まだ一度も思いを果たしていない。
この時期の週末は何かしら用事があって出向けない。

大分大学前駅のスロープギャラリーに、大分近辺で見られる電車の写真が展示されていた。
工学部の大学院生が撮影したものである。
どの写真も上手に撮れている。

昔若い頃、鉄道写真に凝った時期があった。
全国あちこちに出かけていっては写真を撮って楽しんでいた。
久しぶりにそのアルバムをながめていたら、懐かしく、時の経つのを忘れるほどであった。
アルバムの中の電車のほとんどは今では見ることができなくなってしまった。

鉄道の趣味はいろいろな切り口があって楽しい。
列車に乗るという楽しみ、列車ダイヤを見る楽しみ、列車を見る楽しみ、写真を撮る楽しみ・・・。
どれも好きである。

先月からテレビで列車の写真を撮るという番組をやっている。
欠かさず見ている。
それを見ていたらまた列車の写真を撮りたくなってきた。

大分には撮影によいスポットがいっぱいあり、行きたいなぁと思うところがすぐにいくつか思い浮かぶ。
古い一眼レフのカメラを引っ張り出してきてまた鉄道写真の趣味を復活させようかと思う。

10月13日 (火)     金木犀の香り

朝、大学にやってきたら、どこからとなく金木犀のよい香りが漂ってきた。
秋だなぁと感じる。

金木犀はある日突然花が咲いて、突然よい香りを運んでくれる。
おもわずうっとりする。
この香りを自分の部屋に持ち込んで、独り占めしたい気分である。

金木犀の香りに限らず、香気成分のかなりのものは合成することができる。
金木犀も芳香剤などに用いられている。
食品でも松茸の香りなどが吸い物に使われている。
しかし、合成品は天然のものにはかなわない。

ウィスキーやブランデーなどを飲むとき、いつも感心する。
ひとつの銘柄はいつどこで飲んでも同じ香りがする。
樽で熟成させる酒は樽によって香りが大きく異なる。
その異なった香りをたくみに混ぜ合わせて均一な香りのする製品に仕上ていくのがブレンダーの仕事である。
味や香りなど、主観で判断するものは、その日の体調や環境によって左右される。
それを巧みに操ることによって製品を作り出していくのは並みの人間ではとても不可能なことである。

そうやって出来上がったウィスキーを見ていたら、香りを楽しみたくなって、夜の晩酌は久しぶりにウィスキーが登場した。
秋の夜長によく合った。

10月12日 (月)     日田が熱い

合宿研修が終わって2週間ほど経ち、民泊などでお世話になった方々へお礼を申し上げに行くのと、報告書の取りまとめについて野村さんと打ち合わせるために日田に出向いた。

朝早く着いたので、合宿で行くことができなかったまるはらさんを訪ね、原社長と1時間ほど話をした。
熱かった。
6年ほど前に新発売した商品が世界で注目されているという。
この前はパリの食品見本市、そして来月は上海、来年はニューヨークの見本市に出展する。

国際見本市に出展すると、国内の見本市ではなかなか決まらない商談もすぐに決まるという。
つまり、国内の見本市にはそれなりの立場の人しかやってこないが、国際見本市になると、トップが続々とやってくるので、世界市場はもちろんのこと、国内での販路が拡大するとのこと。

何でも一番のところへもっていかなければならない。
そうすればチャンスが拡がる。
これが印象に残った一番目。

仕事のうち、3分の2は失敗している。
言われてみれば、野球の打者でも3分の2失敗しても首位打者である。
失敗を恐れたり、後悔してはつまらない。
これが印象に残った二番目。

仕事に夢を持つこと。
社長の夢は、世界で超一流のレストラン100軒のうちの10件に商品を納入すること。
すでに2軒達成したから、あと8軒。
原社長なら達成しそう。
この商品はまだ売れてないから、赤字続きだけど、夢があって楽しいですよ。とのお話。
仕事に夢を持てることはすばらしい。
これが印象に残った三番目。

久しぶりに仕事に賭ける情熱を感じた。
最近の私に欠けていることである。
後ろ向きになっている考え方を前向きにしなくては。


原社長に熱い話を聞いた後は野村さんとの打ち合わせ。
まずは、合宿でお世話になった皆さん方のところを伺い、お礼のご挨拶。
今回の合宿は日田の皆さんにも喜んでいただけたようだった。
ご迷惑をかけたのではないかと心配であったが、どうやら大丈夫の様子。

日田の皆さんの熱い気持ちが伝わってきた。
せっかくの機会、今後も何らかの形で続けていきたい。

最後に養父さんにご挨拶。
ちょっと挨拶するつもりが、熱つっぽい話になって予定の時間をオーバーしてしまった。
養父さんがこれまた熱い。

日田は大分県でも暑い地域として知られているが、そこに住む人たちの心は気候に負けず熱い。
そのエネルギーをいただいて、また明日から熱い仕事をしようと満足して帰ってきた。

10月11日 (日)     次男坊からの忠告

北の国にいる次男坊はこのつれづれ日記をたびたびチェックしているようで、気になるようなことがあるとメールを送ってくる。

今朝、メールボックスに彼からのメールが届いていたので、なんだろうとタイトルを見てみると、「酒は百薬の長というのは正しいが、飲みすぎが寿命を縮めることもおそらく真実」などと長ったらしくある。
これは先週の「酒」に対するコメントであろうことがすぐにわかった。

彼の指摘は「酒に代わりうる(少なくとも酒と並立しうる)ストレス解消手段がないことこそが問題」。
かなり鋭いところをついている。
確かに彼の言うとおり、他のストレス解消手段がない。
さらに彼の指摘はつづく。
「新たなストレスのはけ口がもしアウトドアなものであれば、身体と精神の両方の健康に寄与してくれる」。
ごもっとも。

こういう子どもからの忠告は重く受け止めようと思う。
家人に言われると腹がたつようなことも、子どもから言われるとそうだなぁと思う。

いつも親のことを気遣ってくれてありがたいことである。

そういう彼も、最後に「人に減酒を勧めておきながらそろそろ酒を飲み始めようかなどと考えております。」 と言ってきた。
彼もストレスが溜まり始めたのかもしれない。

ストレス解消のために酒がどの程度役立つのか、社会に出る前に見極めておいてほしいと思う。

10月10日 (土)    食べた

近所のデパートでちょっとおもしろそうな企画をやるというので出かけた。
初めての企画であったが、これは人気が出るぞ と見込んで、開店30分前にいったら、もう結構な人数の人が並んでいた。

1000円払ってエントリーシートを購入すると、地下の食料品売り場の12スポットのうち、5つのスポットでつまみ食いができるという企画である。
予めどういうつまみ食いができるのかを調べて、どの順番でいこうか作戦を練っておいた。

エントリーシートを受け取るや否や、まっしぐらに喫茶に行き、ケーキとコーヒーのセットを楽しむ。
これは50人限定ということだったので、絶対に最初に行こうと決めていた。
もうこれだけで大満足をした。
朝ごはんをほとんど食べなかったのに、このケーキセットでほぼお腹いっぱいになった。

次は高級ハム。3枚。
その場で食べられそうになかったので、持ち帰ることにした。
その次はチーズ3種類。
これもお持ち帰り。
そしてワイン1杯。
日頃飲めないような高級ワインを堪能した。
最後はパフェ。
スウィーツで始まり、スウィーツで終わった。

相当満腹になったつもりであったが、その後街をブラブラして家に戻ったら、もうお腹が減っていたので、持ち帰ったチーズとハムをペロッと食べてしまった。
そうしたらまたワインを飲みたくなって家にあったワインの栓を抜いた。
パンが食べたくなったので、近くのパン屋に行き、ベーコンエピを買い求め、ワインとともに楽しんだ。
それだけでは物足りないので、卒業生のKさんの会社でつくっているおつまみの袋を開けた。

ワインが回ってきたら、眠たくなって、少しまどろんだらまたお腹が減っていた。
夕方になっていたが、また街へ繰り出して、屋台でトルティーヤと肉まんと鯵寿司を食べた。
帰りにデパートでサンドイッチを買い、家に帰ってから残っているワインとともに食べた。

ようやく満腹になった。
ワインは全部飲んだ。

よくもこんなに飲み食いしたなと我ながら感心した。

10月9日 (金)    考える1日

「1日シリーズ」の3回目は考える1日。

今週は講義以外は打ち合わせや来客も少なく、考える時間をたくさんとることができた。
今日も集中力と持続力には乏しいが、それでも長い時間色々と考えていると知恵がうかんできて、このところ毎日書き足している書類をなんとか完成することができた。

考える時間をもつことができるとアイディアがそれなりに出るものである。
しかし、考える時間をつくらないとアイディアが出ないようでは本当は困る。
いつも考えていて、それをいつでも表現できることが理想である。
なかなか理想通りにいかなくなってきた。

考えさせられる日でもあった。
あることについてどうしようか判断しなければならないことになった。

他人の意見を聞いて状況を分析し、判断の結果によって起こることをいろいろと考えてみたが、なかなか判断ができない。
あとで後悔しないような結論を出そうと思っていたが、ついに結論が出なかった。
もう少し考えて結論を出そうということになった。

考えることが多かったせいか、たくさん夢を見た。
楽しい夢ではなかった。

10月8日 (木)     集中力と持続力

書類の作成に追われている。
朝からパソコン相手に貧しい知恵を搾り出しながら書類と格闘している。

なかなかよいアイディアが浮かばない。
少し書くとすぐにキーボードをたたく指が止まる。
しばらく間ができる。
集中力が途切れる。

お茶を飲んでトイレに行って復活する。
少し書くとまた指が止まる。
そのことの繰り返し。

なかなかはかどらない。
そうこうしているうちに、頭の回路が停止して、一旦終了。
持続力がない。

書類を一から起こすことが不得意になった。
何らかのたたき台があれば、それに手を加えていくことはできる。
一から作る書類はたいしたものができないが、若い人が作ったたたき台に手を入れると少しは内容がよくなるような気がする。
歳をとって経験をつんだ賜物であろう。

その反面、集中力と持続力の低下には目を覆うばかりである。

10月7日 (水)     はかどらない1日

昨夜の 新歓コンパが盛り上がって帰宅が遅くなり、寝るのが遅くなったにもかかわらず、いつもと同じように4時30分に起きて弁当を作って出勤してきたものだから、朝から眠たくてなかなかエンジンがかからない。

朝の早い時間からサンプル調製をしたが、思いのほか時間をとってしまった。
サンプル調製の間に簡単な打ち合わせをして、気がついたら昼前になっていた。

月末までに書かなければならない書類を書き始めるが、頭の回転が鈍く、よい文章が浮かんでこない。
文章がかけないときには、文章以外の単純に欄を埋めるだけのところを書き込んでいくのだが、それもはかどならい。

そうこうしている間に、今週中に送ってほしいと頼まれている書類の用意ができたので、それを送る。
メールが届いて、夏に申請した研究計画の書類審査が通ったからヒアリングをするので予定してほしいとあったので、その準備をどうしようかと考え出したら、月末までに書かなければならない書類のことが頭から離れてしまった。

そうしているうちに、大分県に暴風警報が出て、4限以降が休講となり、キャンパスから学生の姿がなくなった。
4年生がデータをまとめたといって持ってきてくれた。
そのデータに目を通しながら、パソコンのメンテナンス。
すぐ終わるつもりが、なかなか終わらない。

そのうち、来月に予定されている教員免許更新講習や前から依頼されている講習会のことが気になりだして、少し準備をするが、中途半端に終わる。

そんなことをしながら、月末の学会のことも気になりだした。
その前の週に出かける予定のことも気にかかる。

だんだん憂うつになってきて、最近仕事がきちんとできていないなと思い始めるようになった。
休日に休んでいては仕事が回っていかないなと思ったが、休日返上で仕事をするエネルギーは今はない。
こんなことで定年まで仕事が続けられるかと思い始めたら、さらに憂うつになってきた。

夕方になって風も強くなってきたので、列車が止まらないうちに帰りましょと思い、まずは駅に電話をしたら、定時運行しているとのことで、ちょっと安心して帰宅をした。

晩ごはんの支度をし始めたが、どうにもくたびれて途中で投げ出した。
そこへ次男坊から台風はどうかと心配の電話があった。
特に何もないよと答えて電話を切り、夕食を食べて床にごろっとなったら、猛烈な睡魔が襲ってきてそのままフローリングのクッションの上で眠ってしまった。

直前まで見るとはなしに見ていたテレビ番組から推測すると、20時20分くらいには意識を失っていたと思う。
気がついたら早朝2時。
フラフラと起きて、歯を磨いて布団に入った。

なんとも中途半端な一日であった。

10月6日 (火)     新歓コンパ

ゼミに5名の3年生を迎えて、恒例の新歓コンパがあった。
新歓コンパは、みんなそれぞれに期待と不安を抱いての会となるから、どうしても緊張しがちである。
3年生はこれから始まる卒論への期待と不安。
4年生はこれから卒論の仕上に向けての期待と不安。
私はみんながこれからそれぞれの仕事にきちんと取り組んでくれるか、健康第一でゼミの生活を過ごしてくれるか、自分自身も3年生を卒業まできちんと面倒が見られるかどうかという期待と不安。

今年のコンパは趣向がかわっていた。
一次会はカフェでプチディナー。
ワインをたしなみながら、軽いフランス料理を堪能した。
このお店の目玉はなんと言っても8種類のスウィーツ。
メインディッシュのお肉もおいしかったが、このデザートが最高であった。
このお店ではお酒を飲んで盛り上がるというより、料理を楽しむといった感じ。

お腹がほどよくいっぱいになったところで、次はちょっとおしゃれな居酒屋での二次会。
ここではお酒が中心であった。
12名集まると、お酒の好みもそれぞれ違っていて、みんなが注文したものをながめているだけでも楽しい。

最初のうちは、一次会の落ち着いた雰囲気が残っていたが、しばらくしてお酒が回りだしたら、賑やかになった。
コンパには賑やかさも必要である。
気がついたら結構時間がたっていた。列車で帰る人は終列車には間に合ったようだ。

新歓コンパはマラソンで言えば、中間の折り返し点。
次は追いコン。半年後。

さぁ、新しい年の始まりだ。
期待と不安を夢と希望に変えて張り切ってやっていきましょう。
身体と心の健康を第一に。

10月5日 (月)     酒

高名な政治家が急死したというニュースがテレビや新聞でさかんに報道されていた。
死因はよくわからないらしいが、酒を飲んで睡眠薬を飲んでいたのではないかと推測されている。
それが死に至らしめた理由の一つであるかもしれないという人もいる。

この政治家は酒が好きだったようで、それがもとで役職を辞任したのではないかといわれている。
おかげで酒がいっぺんに悪者に仕立てあがってしまった。

その新聞記事を見つけて、家人が恐ろしい形相で「あなたも酒はいい加減にしなさい」と強い調子で言った。
その一言に血圧が上がる。

なぜ私は酒を飲むか。
ストレス解消のためである。
私にとって毎日の疲れを癒し、ストレスを解消する手立てとして酒は必要である。

家人の論理では、酒を飲みすぎると健康を害するから控えろということらしい。
では酒をやめてストレスを解消できない毎日が続いたらそれで健康を維持することができるのか?
身体の健康のことばかり気にするが、心の健康を忘れてはならない。

酒を控えろと言われると新たなストレスが溜まる。
私もいくら酒が好きだからといって、次の日に差支えが出るような量を飲んでいるつもりはないし、体調の悪い時は飲まないし、飲めない。
身体だってブロックする時がある。

「あなたの身体が心配だから」ということばは信用できない。
酒を飲むなというプレッシャーをかけられることによって心の調子を害し、それが体の調子を害することにつながる。
本当に心配するのなら、酒を飲まなくても快適に毎日を過ごせるように、ストレスを軽減してくれるようなことを考えられないのか。

不愉快な夜を過ごしていたら、酒の量がいつもより一杯増えた。

10月4日 (日)     さわやかな1日

秋らしいきもちのよい一日であった。
吹く風は爽やかで、日差しはきもちがよい。

こんな日は外に出て秋の一日を満喫するのがよいかなと思っていたが、結局少し買い物に出た以外は家の中で過ごした。
昨日から少し疲れが出ている。

それでもサッシを開けて、玄関のドアを半開きにすると、風が通り、とてもきもちがよい。

本を読んだり、メールをうったり、オーケストラのテレビを見たり、ときままな一日であった。
お腹がすけばものを食べ、眠たくなったらまどろみ、ゆったりとした一日を過ごすことができた。
しかし、仕事から完全に離れることができず、書類を見たり、仕事に関係のあるメールを打ったりしていた。

家でのんびりする1日はスパッと仕事のことを忘れたいのだが、なかなか思うようにできない。
そしてリフレッシュが中途半端に終わることが多い。

明日から本格的に授業が始まる。
ゼミには3年生を迎える。
気を引き締めてやっていこうと思う。

10月3日 (土)    危険な運転

最近は車を運転することがめっきり減った。
週末に少し動かせばよいほうである。
おかげで運転の勘は鈍り、技術はへたくそになった。

今日は危ない思いを2回もしてしまった。
1回目は早朝、交差点で信号が青になったと思って車を動かしたら、横からどんどん車がやってきてぶつかりそうになった。

自分は青信号であったつもりなのだが、赤信号だったのだろう。
よく、交差点で出会いがしらの衝突という事故があるが、お互い青信号だったと証言することがある。
思い込んでしまうと、青でなくても青に思えてしまう。

今日の場合は、信号がすぐ近くに二つ並んでいて、止まっているところの信号が見にくいところにあり、その先の信号に目がいっていたのであろう。
それに加えて、最近、こちらの信号が先に青になってからその先の信号が青になるというパターンであったのが、先の信号が青になって、しばらくしてから手前の信号が青になるというパターンに変わったのも一因である。

本当に思い込みは怖い。

次は昼頃、ガソリンを入れようと、少し焦って細い道を通ったときのこと。
あっと思った瞬間、すぐ右側に電柱があった。
こすらなかったのが不思議なくらいの近さであった。

これは電柱が見えていなかったせいであろう。
視力がおちてきて、モノが認識できないことがある。
それがこういう形となって現れる。

今日は2回とも事故にならなくて幸いであったが、いつなんどき事故を起こすかもしれない。
相手がモノだったらよいが、相手が人間だったらと思うとぞっとする。

運転は慎重の上にも慎重にしなければならない。

10月2日 (金)    パスポート

今もっているパスポートが今年の12月6日で期限が切れる。
12月に外国へ行く予定ができたので、航空券の予約等に必要だから有効期限が残っているうちに発給申請をした。
有効期限が残っていると、申請用の書類はかなり省略できて、写真と今使っているパスポートを持っていって、申請書に必要事項を記入して窓口へ差し出すだけで終わる。
期限が切れると、戸籍抄本だの、住民票だの、身分証明書だの と色々な書類を要求される。

このパスポートは10年使った。
ぱらぱらとめくってみると多くのスタンプが押されているが、その大半が韓国である。
韓国へはだいたい2年に3回のペースで出かけている。
学生と一緒に行くか、一人でふらっといくかのどちらかである。

釜山は距離的にも気持ち的にも近い。
ふっと異国の雰囲気を味わいたくなって出かけることが多い。
何度も足を運んでいるから、大体の様子がわかっているので、初めての土地を訪れるワクワク感はないが、安心してあちこちを回ることができる。

訪れるたびに、釜山の街の様子が少しずつ変わっていく。
それとともに、ガイドブックの内容も少しずつ変わっていて、その変わったところを訪ねるのがおもしろい。
洗練された都会的な雰囲気の中に、昔ながらの屋台などがあって、いろいろと楽しめる。

最近、JR九州のビートルが日にち限定で往復1万円のチケットを発売している。
これを見るとまた行きたくなってしまう。

10月1日 (木)     合宿研修2日目

昨日の疲れからか、朝起きるのが遅かった。
ホテルの最上階に展望風呂と露天風呂があるというので、起きてすぐにひとフロ浴びにいってみた。
久しぶりの温泉でそれも景色が一望でき、気持ちがよかった。

朝食をとって荷物をまとめて、迎えに来ていただき、今日の最初の行事、咸宜園の見学である。
大分に着任した頃、ここを訪ねたことがあったが、その当時の秋思庵はかなり損傷が激しかった思い出がある。
10年ほど前に修復されて今ではきれいに整備されていた。

その後お昼は自由時間。
私も一人で豆田町の散策をすることにした。

昔からの薬局があった。
そこには資料館も併設されており、中を見せていただいた。
昔、その薬局で作っていたというくすりの製造道具を中心として、古い昭和の時代に、私達の生活のすぐそばにあった道具などが展示されていた。
悪く言えば、がらくたが展示されていたようなものであるが、これがとても興味深かった。
がらくたはついつい捨ててしまってあとで後悔するが、ここには多くのがらくたが残されていた。

薬局では昔ながらの漢方薬が売られていたが、橋本七度煎といった風邪薬とか、伊吹山のもぐさなど、私が小学生の頃、家にあったものが未だにあって、懐かしさ一杯であった。

午後からはワークショップ。
学生が熱心に議論していて非常に頼もしかった。
議論が白熱して、予定の時間をかなりオーバーし、次の目的地への出発時刻にやきもきしながらも、日田の町を発って次に小鹿田の里へ。

小鹿田も20年ほど前に初めて訪ねていって、感動し、いくつかの湯呑みや皿を買ってきて今でも使っているが、久しぶりであった。
道路が整備されていて、行きやすくなった。
集落のたたずまいは昔と変わらないが、窯元の代が変わり、20年前より若返っている。
皿を4枚ほどお土産に買った。

17時過ぎ、すべての行事を終えて大学に19時に戻った。
今日も滞りなく、無事2日間の合宿が終了した。

改めて野村さん始め、日田市のみなさま、大変お世話になりました。
本当にありがとうございました。
おかげで日田の魅力を存分に味わうことができました。
短い時間で十分見ることができませんでしたが、近いうちにまた時間を作って、ゆっくりと豆田町を堪能しようと思います。