9月30日 (水)     合宿研修

2年に一度、生活分野の学生全員が集まって1泊2日で行われる合宿が今日と明日の日程で実施された。
あいにくの雨模様であったが、まずは全員が揃ってホッとした。

今回は以前から述べているように、日田に行く。
計画はほとんど全てを日田市の「NPO法人:本物の伝統を守る会」事務局長の野村さんにお願いしていて、計画の段階から中身の充実した合宿になりそうな予感がしていた。

初日の今日は9時に大学を出発して、まずは大山町にある矢羽田家住宅見学。
江戸時代の建物である。
そして昼食は木の花ガルテンでのバイキング。
大山町で採れた農産物を中心とした料理であった。
私はもっぱらあえものやおひたしばかりを食べていたが、学生はフライなどの揚げ物を好んで食べている。
おいしかったが、私には味付けが少し濃かった。

午後からは豆田町の伝統的建築物の見学をした。
日頃は見ることができない保存工事中の建物の中や、かわらをふく作業を見せていただくこともできて、充実した見学となった。

続いて日田市の方々によるパネルディスカッション。
豆田の街並みの保存について、生の声が聴けた。

慌しく日田高校に移動して、高校生との交流会。
高校生が試行錯誤して作り上げた柚子こしょう入りのロールケーキはとても美味であった。
すぐにでも売ることができそうな気がする。

さらに慌しく移動して、ホテルで浴衣に着替え、夕食は屋形船の上での食事となった。
私は初めての経験である。
途中、鵜飼の鵜もやってきて場が盛り上がった。
学生にはとてもよい思い出になったことであろう。

夕食会には日田市長にも臨席していただいて、少し緊張した。
と言いながら、お酒が結構回ってしまい、反省。

21時30分頃、学生がそれぞれの宿泊所に行くのを見届けて、軽く反省会をして部屋に戻ったら23時になっていた。

合宿1日目は非常に充実した一日であった。

9月29日 (火)     不愉快なおばさん

朝、列車に乗って座席に座ったら、前方から中年の女性がやってきて何気なく目が合ってしまった。
彼女は私の顔を見るや、怒ったような形相で、
「秋だっていうのにクーラー入れてどういうこと?寒いじゃない!」
とものすごい剣幕で私に言った。

さすがの私もムカッときて答えた。
「車掌さんに言って!」

朝から不愉快な思いをした。

デパートやスーパーに行って食べ物を物色していると、ずかずかと割り込んできて、私が見ているものと同じものを手にとって、「こんなもの、おいしくないわ」とこれみよがしにセリフを吐き捨てていくおばさん。
不愉快だ。

試食コーナーで試食をしようと思ったら横から割り込んできて、試食の品を2つも3つも食べて、その場からなかなかはなれようとしないおばさん。
不愉快だ。

反面教師。
不愉快なおじさんと思われないような行動を心がけたい。

9月28日 (月)     小さな親切、大きな迷惑

帰途、歩いていたら、若い女性が年配の女性に道を尋ねていた。
年配女性はその場所がわからなかったようであった。
その場を目撃した私は、とっさに
「次の信号を左に曲がったところですよ。」
と教示した。
若い女性は「ありがとうございます」と笑顔で自転車に乗って颯爽と走り去った。

ちょっといい気持ちになってしばらく歩いたら、その場所は次の信号ではなく、次の次の信号を左に曲がったところにあることに気がついた。
彼女に追いつこうと全力疾走したが、間に合わず、彼女は交差点を左に曲がってしまった。

とても申し訳ないことをした。
あのあと、相当迷ったことだろう。
私のことをうらんだことであろう。
お詫びのしようもない。

ただただ目的地に無事着いてくれたことを祈るのみである。
本当にごめんなさい。

9月27日 (日)     日常

久しぶりに、普通の休日だった。
週末はここ数ヶ月の間、毎週のようにどこかに出かけていたから落ち着かなかったが、今日は気分的にゆっくりできた。

週末出かけると、掃除をする時間がとれないので、いい加減に済ませてしまっていたが、ひさしぶりに念入りにやった。
ほこりがたまっていて、からぶきをしたらとてもきれいになった。
机の上にたまっていた書類というか、ちらしというか、そんなものを一掃した。
浴室や洗面所もきれいになった。

1週間分の食材を買いに出かけた。
結構な量のものを買い込み、帰りの荷物が重かった。
茄子が安かった。旬である。

録画しておいた番組の整理をした。
要らぬものはどんどん消去し、必要なものをDVDにおとした。
ハードディスクの空き容量がかなり増えた。

ゴミを片付けた。
結構出てきた。

そろそろ後期が始まる。
今後の研究課題について整理してみた。
取り組まなければならない課題が順序よく見えてきた。

いろいろと家事をやったら、すっきりした。
10月に向けて準備は整った。

9月26日 (土)    第25回ふるさと食品全国フェア

昨日の展示会と同時開催で、第25回ふるさと食品全国フェアが隣の会場で行われた。
事前に参加する企業のリストを見ていたら、この春に望月ゼミを卒業したKさんの会社の名をみつけた。
すぐに彼女に連絡して、「東京に来る?」と尋ねたら、「今回は行けません」ということで、ちょっと残念だなぁと思っていたら、直前になって、会社の許可が出て来れるようになったとのメールが届いた。

入社して半年、毎日忙しい日々を送っているようだ。
私は、若いうちは忙しければ忙しいほどよいと思っている。
目の前に起こっていることすべてが将来に向けて必ず役に立つし、馬力もある。
失敗をしても許される。

彼女は早くも重要な仕事を任されているようで頼もしい。
今、一番大変と思うことは何かと尋ねてみたら、お手本がないこと、すなわち、何でも自分で切り開いていかなければならないことが悩ましいと言っていた。

これは非常に恵まれた環境にいると思う。
自分が切り開いていくことができることはとても楽しいことである。
試行錯誤することが大切であり、あるときには決断力も試される。
普通はこういう立場におかれるのは管理職になってからであって、新入社員にそういう仕事をさせるのはすばらしい会社である。
若い人のエネルギーをどんどん発揮させようという環境は必ず伸びる。

その社長とも会うことが出来た。
まだ40歳を少し超えたばかりの若い社長であった。
元気がよく、積極的な方であった。

この前、大分市内で、やはり40歳くらいの社長の講演を聴く機会があったが、その会社はものすごい勢いで業績を伸ばしており、社長のリーダーシップに感服したものだが、今日お目にかかった社長と合い通じるものがあったような気がした。

仕事を大きく展開させていくためには若い人の力が不可欠である。
若い人の力をどうやってうまく引き出すかが、上に立つ人の役割。

話がそれてしまったが、Kさんへ。
今はたいへんだと思うことが多くて、まだ慣れないことも多くて戸惑うことも多いと思うけれど、失敗を恐れず、何事にもチャレンジする気持ちで毎日仕事に励んでください。
どんなこともこれからの人生の糧になります。
しかし、身体と心の健康には十分注意してください。
また研究室にも顔を出してください。
東京出張、お疲れさまでした。

9月25日 (金)    フードシステムソリューション2009

東京で展示会とセミナーがあったので、出向いていって勉強してきた。
タイトルからは何のイベントかよくわからないが、学校給食、病院・福祉食、フードサービスがテーマである。

その中で、学校給食について興味があった。
最近、食育ということばがもてはやされて、学校現場での取り組みが盛んである。
食べることについて扱えばなんでも「食育」ということばでくくられてしまっているという感がしないでもないが、今回のセミナーは「給食」がテーマであった。

給食における食育煮関しての国の施策について講演があり、午後からは、学校現場からの事例発表が基調講演と共にパネルディスカッションの形で行われた。

この前の教員免許更新講習においても、「食育について興味がある」という事前アンケートが報告されており、セミナーの内容は興味深いものであった。
特に、地産地消との関連のテーマであり、これは以前、総合演習で取り扱ったこともあったので、たいへん勉強になった。

地産地消を学校給食に取り入れるには、栄養教諭、調理員、生産者の努力が大切であることはいうまでもないが、そんなに簡単にできるものではない。
学校給食にかかわる全ての人が理解をしなくてはなりたたない。

今日のセミナーはうまくいった成功例を聞かせてもらったが、うまくいかない事例や、こういうところを工夫したらうまくいったという失敗例というか苦労した例を聞かせてもらえたらもっと参考になったと思う。

9月24日 (木)     次男坊帰る

先々週、遅くなった夏休みに次男坊が北の国から帰省してきたと思っていたら、今朝、戻っていった。
パッと来てスッと帰ってしまったような気分である。

彼にとってはおそらく今回が最後の帰省になるだろう。

彼を親元から離して3年半が経ち、別に彼が家にいなくともなんとも思わないし、世話をしなくてもよいから気楽だくらいに思っていたが、やはり「親バカ」という遺伝子は代々受け継がれるようで、帰省してくるとうれしいし、戻っていく時にはとても淋しい思いをするのである。

大学ではもう少し勉強するかとわずかな期待をしていたが、それは期待通りにいかず、一人暮らしを十分満喫しているようだ。

自分の職場では学生に危機感を持たせるようなことを言っているが、自分の息子にはどうも甘い。
大学を卒業したら、自分で生活できるようになってくれればいいや くらいに思っている。
就職も内定しているから、あとは半年で無事卒業できればまぁよしとしよう。
就職したらきっと苦労するだろうが、一人暮らしの経験を活かして自分自身で乗り切ってもらうことにする。

就職したら全国どこに行くかわからないので、彼が北の街にいる間に、せいぜい足を運んで、楽しませてもらおうと思っている。
2月に行われる大イベントに来年は絶対にいくぞと心に決めて、8月にすでに予約をした。
10月には本物の魚を食べるために時間を作る。
そういう楽しみもあと半年になってしまった。

就職先の初任地が今と同じ街だとよいのになどと思ったりもする。

9月23日 (水)     ジャイアンツのリーグ優勝

昨日、一昨日は東京ドームで巨人・中日戦があり、2日とも中日が敗れたから、今日は巨人が勝てばリーグ優勝が決まるという試合になった。

幸い、テレビ中継があったので、帰省中の次男坊と一緒にその瞬間を見ていた。
本当のところは見たくなかったのであるが、仕方がない。
なぜ見たくなかったといえば、ドラゴンズを贔屓にしているからである。

結局、原監督の胴上げを見ることになってしまったが、あまり悔しさを感じなかった。
今年の巨人は本当に強かった。
原監督の采配が光っていたことは誰しもが認めることであろう。
WBCの監督をやってから、監督として一段とスケールアップしたように感じた一年であった。

今年の巨人軍に好感をもてた理由として、若手が活躍できるチャンスがたくさんあり、若手がそれに答えたということである。
今年の巨人軍を見ていると、この強さはしばらく続くのではないかと思った。

坂本、松本、亀井、脇谷、越智、山口 といったところの活躍には目を見張るものがあった。
それに加えて、移籍してきた選手がチームプレイに徹していたことにも好感がもてた。
ラミレス、小笠原といったレギュラー陣は期待通りの役割を果たしたし、谷はあまり出場機会がなかったにも関わらず、大事な時に活躍した。

まさにチームワークの勝利である。

巨人軍は変わったなと思ったが、その理由を考えてみると、巨人軍のプライドだけをもっていた選手がことごとくアメリカに渡っていってくれたおかげではないかと思う。
プライドが高いだけでは役に立たない。
まだプライドをもたない若い選手達がひたむきにプレーする姿は贔屓のチームではなくとも好感がもてる。

若い人の魅力はひたむきになれるということである。
今年のジャイアンツにはこの調子で日本シリーズでも勝ってほしいと思う。

9月22日 (火)     バイキング

2週間ほど前の新聞に、竹田市荻町の白水の滝の横にある陽目茶屋では荻町名産のトマトをふんだんに使ったバイキングがあるというので、これを目当てに出かけていった。

トマトは子どもの頃は嫌いな食べ物の一つであったが、「桃太郎」という品種ができてからは、これが大好きになって、今ではミニトマトもお弁当に欠かせないし、トマトジュースを飲むこともある。

さてこのバイキング、いろいろなトマトの料理を楽しむことができてとてもおいしかった。
具体的にどんなトマトのメニューがあったかと尋ねられても、うまく説明できないが、10種類くらいあった。
トマトのてんぷらとか、焼きトマトというのは珍しかった。
トマトを8等分しただけのものもあったが、それもおいしかった。

調子に乗って、直径25cmくらいの皿に山盛り3杯分ほどの料理を食べ、さらにはカレーライス(もちろんトマトのルー)やトマトアイス(これはインターネットで優待券をプリントアウトしてもっていかなければ食べられない)まで食べたら、さすがにトマトといえど、お腹いっぱいになった。

最近、バイキングがはやりである。
いろいろなところで趣向を凝らしたものが出ていて、これを賞味するのは楽しい。
ホテルのレストランでのバイキングもよいが、こういう地域の品を生かして、そこでしか食べることができないバイキングというのはもっとよい。

ずいぶん前だが、国東にもそんなバイキングがあって堪能したことを思い出した。

来週の日田合宿の1日目の昼食はその系統のバイキングである。
今から楽しみではあるが、その夜のご飯のことを考えると、今度の日田では食べすぎるわけにはいかない。

9月21日 (月)     庄内子ども神楽愛好会

懇親会にはなにか余興を考えなくてはならない。
最初、私に「関あじ・関さばのおいしさについて」という話をやれという案が出たが、強く抵抗した。
せっかくおいしい食べ物を食べている時に、つまらない講演を聴かされてはおいしくなくなってしまう。

そこで何にしようかとみんなで知恵を絞った結果、庄内の神楽はどうかという話になった。
大会は地方色にこだわるから、その土地でしか味わえないものが喜ばれる。
昨年、弘前で開催された大会では津軽三味線が披露されたらしい。

庄内の子ども神楽は有名で私も見たことがなく、一度見たいと思っていたから、大賛成をした。
そこで、最初の交渉を久保先生と掘越先生が骨を折ってくださって、最後の詰めという一番おいしい役割を私が担うことになった。

わずか20分ほどの演舞であったが、その勇壮な舞に、参加者一同、料理に手をつけることを忘れ、お酒を飲むのを忘れ、隣の人と話をすることを忘れ、みんながステージにくぎづけとなった。

それほどまでに感激した。
私は司会をやっていたので舞台のすぐ下で見ていたが、それはそれは大迫力で、飛び散る汗を感じ、とにかく圧倒された。

神楽の衣装を身にまとうときわめて勇壮であるが、ひとたびその衣装を脱ぐと、その姿はあどけない小学生、中学生であった。
子どもたちの果てしない力に感激した。

演舞が終わったあと、しばらくの間拍手はなりやまず、とてもよいステージを見せてもらった。
余興と言っては失礼になるのではないかと思った。

9月20日 (日)     山下惣一さん講演会

昨日の大会の特別講演は、佐賀市在住の農民作家 山下惣一さんの講演であった。

山下さんをお招きするのは久保先生の発案で、実は山下さんが書かれたものを以前、入試の小論文に使ったことがある。
その文章を拝見した時、よいことを述べておられるなぁと思って講演を期待していた。

裏方の仕事があったので、残念ながら一部しか聴くことはできなかったが、非常に興味深いものであった。
山下さんの造詣の深さに感服した。

お話を伺って思ったことは、私たち消費者はもっともっと生産者のことを大切にしなければならないということであった。

当たり前のようにして毎日の食事を食べているが、これを作ってくれる人がいるから、あるいは魚であれば捕ってきてくれる人がいるから食べられるのである。
作ってくれる人がいなくなったら食べられない。
食べられなければ生きられない。

以前にも書いたが、消費者はわがまますぎる。
ここでいう消費者の中には流通業者も含める。

青梗菜などは根っこをとってきれいに洗ってあるし、人参や大根には土がついていない。
畑に植わっていた野菜に土がついているのは当たり前なのに。
その土をきれいに落としてもらい、形がそろったものを丁寧に袋に詰めてもらったものを消費者は当たり前のような気持ちで求めている。
どっか狂っていると思う。

生産者の方々はそのくらいしないと消費者に買ってもらえないと思われているかもしれないが、消費者に買ってもらえなければ、買ってもらわなくてもよいのではないか。
市場に出さなければよい。
困るのは生産者ではなく、消費者の方である。

ものを作ってくださるに感謝しなければいけない。

9月19日 (土)    第23回日本教育大学協会家庭科部門大会

1年以上前から準備をしてきた大会がいよいよ開催された。
全国から100名以上の国立大学教育学部で家庭科を担当している先生方が集まった。
この大会の詳細については久保先生のホームページを是非ご覧いただきたい。

まずは天気がよかったのと、インフルエンザが大流行をしていなかったのでホッとした。

この大会は久保先生を中心に、大分大学で準備をしたのであるが、いろいろ細かいことを考え出すとどこか抜けていないかとか、何かミスをするのではないかと心配でならなかった。

もっとも準備についていえば、会の企画から運営、関係機関への交渉や荷物の準備などはほとんどすべて久保先生がやってくださったし、調査や各大学への連絡など、面倒な仕事はすべて財津先生にお任せしたし、会場設営の準備や会計といった煩雑な仕事はすべて掘越先生がやってくださって、私はといえば、最終的に会場となるホールとの細かい打ち合わせや懇親会の進行、余興の準備、参加者へのお土産物の手配くらいなものであった。

大変な作業は全部他の先生方に任せてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいである。

今日は何人かの学生にも手伝ってもらって初日を迎えたが、受付から懇親会が終わるまで、大きなトラブルもなく、スムーズに進めることができた。
これも入念な準備の賜物と思う。

懇親会の料理は大分を感じていただくために、大分の郷土料理を中心にメニューを考えてもらった。
大分と言えば「関あじ・関さば」が有名で、これを目当てにされている先生方も多かったことであろう。

しかし私はこれに最後まで抵抗した。
なぜなら、今の時期、本物の関さばは漁獲がないに等しいからである。
本当の本物かどうかわからないものをお出しするのにはどうしても抵抗感があった。
だからといって、調理場に「この関さばは本当の本物か?」と聞くわけにもいかず、結局本当の本物かどうかは問わないことにして食べていただいた。
しかし、鮮度の良いサバで、歯ごたえもよかった。

関あじ関さばのお造りで、面白いことがあった。
懇親会の席はくじで決めたのだが、私のテーブルにはなぜか東北地方の先生が多く、なかなかお造りがなくならなかった。
それにひきかえ、九州人がほとんどという隣のテーブルではあっという間に終わっていた。

やはり食べなれないものを口にするということは勇気がいることなのだろう。

9月18日 (金)    準備はぬかりなく

3ヶ月ぶりにブリの分析をしようということになった。
そのためにはサンプルの前処理を行わなければならないから、いつ日程を組もうかと考えていたら、今日まとまって時間をとることができたので今日やることにした。

さらにその準備を昨日やったのだが、そこで慌てることになってしまった。
実験に必要な試薬がぎりぎりか、ひょっとしたら不足するかもしれないことがわかったのである。
しかし、今日をのがすと当分実験ができそうもないので、強行することにした。

実験を行うのにあたっては入念な準備が必要である。
実験を始めてから、あれ試薬が足らないや では時間もサンプルも無駄にしてしまう。

今日は試薬がぎりぎり足りたのでなんとかなったが、実験をする人間としては大いに反省すべきところである。
いくら最近物忘れが激しくなったといっても言い訳にはならない。

動物実験はもっと気を遣わなければならない。
だから実験をやると決めた時点で、必要な器具や試薬などが十分量あるかどうか確認するようにしている。

今日はブリということで油断をしてしまった。
今日使い切った試薬は早速発注した。
余裕をもって2回分発注した。

9月17日 (木)     教員評価

平成20年度の活動について「教員評価」というかたちで9月末までの入力を求められている。
世の中、「評価」がはやっている。

思い起こしてみると、小学校の頃からの通知表というのも評価の一つである。
評価はその一年、自分がどういうことをやってきたかを振り返り、次の年に向けてどのように活動を行っていこうかということを考える上でとても有用であると思う。

しかし、考えなければならないと思うことが2つある。

ひとつめは、評価を行うと、たいてい不足しているところを洗い出し、それを改善・向上することに目がいきがちである。
前年より下回ったことについては、回復させようと思うし、現状維持のところはさらに数字を挙げようと思うし、数字が上がっていることはさらに上げようと思うのはよくある考え方である。

しかし、この考え方は正しいのか?
いつまでも右上がりを考えていても限界というものがある。
向上心をもつことはとても大切であるが、自分の限界を知ることも大切である。
不足したところを反省することは意義があるが、逆にやりすぎたことについても反省することが必要ではなかろうか。
エネルギーをかけすぎたところがあると、必ずどこかにひずみがきている。
バランスが大切だと思う。

ふたつめに、教員評価は主に数字で行われる。
講義を何時間やったかとか、論文をいくつ書いたかとか、会議に何回出席したか などである。
数字を使って評価すると、集団の中で順位をつけて、その順位に従ってできる教員、できない教員のランク付けをすることができるから、管理する側にとってはきわめて都合がよい。

しかし、よい教員は数字のみで測れるものであろうか?

よく「恩師」という言葉が使われる。
恩師はその人が学校で出会った先生であることが多い。
学校で先生と議論したり、悩みを相談したり、力を貸していただいたり、相談にのっていただいたりすることによって「恩師」と呼べる人を見つける。

恩師と呼ばれるような人は人間的な魅力がある人である。
その魅力は人によって捕らえ方が異なるから、ある人にとっては魅力があっても別の人には毛嫌いされることは当然ある。

教員をやっているからには、数字で示される項目がすぐれていることは重要ではあると思うが、学生に「恩師」と思ってもらえるような魅力のある人は教員としてとてもすぐれていると思うのだが、こういうことについては教員評価に盛り込まれていない。

業績はいまひとつであっても、学生の面倒見がよくて、学生に慕われるという教員はたくさんいると思う。
そういう教員は今の教員評価システムでは評価されない。

数字を中心とした評価ばかりに目が向いてしまうと、数字をあげることばかりにとらわれてしまって、数字に表れないことはやらないといったきわめてドライなサラリーマン的な教員ばかりになってしまうのではないかと危惧している。

教育には人の心と人の心がふれあうところによさがあるのではないかと思う。
教員評価のデータを入力しながら、そんなことを考えた。

9月16日 (水)     食品中の機能性成分

食品の中には、健康の維持増進に役立つ成分が入っているということは間違いないと言ってよいと思う。
そして、どのような食品にどのような生理作用があるかを調べることが私達の研究室の大きなテーマの一つである。
その研究は動物を用いた簡単なことしかできないが、よい結果が得られた時にはヒトを用いた臨床試験をお願いできる研究体制は整った。

臨床試験で効果が明らかになったものは特定保健用食品、いわゆるトクホとしての許可を得て機能を訴求した製品を売ることができる。
最近はメタボに関心が集まり、体脂肪がつきにくいとか、血圧が気になる人にとか、コレステロールが高めの人に というのが人気らしい。
また、お腹の調子を整えるというのも根強く人気を保っている。

そのトクホを開発するにあたっては、どんな物質が効果をもたらしているのかを明確にしなければならない。
いわゆる「関与成分」というやつである。

しかし私は以前から「関与成分を明らかにする」という考え方には疑問を抱いていた。
食品の成分的特徴としては、いろいろな成分がはいっていて、それらが組み合わさって生理作用を発揮することが多いのではないかと思っている。
薬は確かにある特定の物質がある特定の効果を有しているという考え方で正しいと思うが、食品には当てはまりにくい。

食品の生理作用を検討していく中で、関与物質を追っていったら、いつの間にか効果が見えなくなってしまったという話をよく耳にする。
だから、ある食品にある生理作用が見つかっても、その中の特定の成分のみを食べるのではなくて、食品全体を食べるのだから、食品全体の生理作用として認めればよいのではないかと思う。

昨日行った実験の分析結果が今日届いて、データをながめていたら、上に述べたことを実感した。
昨日の実験は、ある食品の生理作用を追っていく中で関与成分の候補が4つほどに絞られたので、それぞれの作用の強さを検討したものである。
結果は4つの成分のうち、3つの成分に活性があるものの、一つ一つの活性は弱かった。
すなわち、この食品全体の活性は3つの活性成分が相加的に働いて強い活性をもたらしているのではないかと推測されたのである。

やはり、食品からある種の成分だけを取り出したり、効果をある成分のみの効果としてとらえる考え方には疑問を抱かざるを得ない。

ところで、この研究は久しぶりに系統的にうまく進んでいる。
今まで得られた結果を十分に吟味し、うまく発表できるようにしなければならない。

最近は実験をやったらそれで研究が終わったような気分になっているがそれではいけない。
きちんと公表して初めて研究が完成する。

それともう一つ。
この研究は研究協力者の協力なしではここまで進むことはなかったであろう。
とても感謝である。
そして、共同研究の重要さをひしひしと感じるのである。

9月15日 (火)     デスクの周り

自慢できるような話ではないが、研究室のデスクの周りがごちゃごちゃになっている。
デスクの周りだけでなく、研究室の中全体がごちゃごちゃになっている。

次々に溜まる資料をパッパッと片付けられなくて、とりあえずそばに置いておくかという甘い考えがこのような事態を引き起こしている。

質の良い仕事をするのには、まわりがスッキリしていないといけないとよく言われる。
正しいと思う。
スッキリした環境の下では頭もスッキリし、何かとはかどるような気がする。
それに反してごちゃごちゃだと頭の中もごちゃごちゃになる。

一度思い切って片付けようと思うのだが、なかなか実行できない。
1年のうちに3回ほどそういうことを思うが、そういう状態が何年来と続いている。

言い訳がましくなるが、私の仕事というのはエンドレス的なところがあって、たとえば配置転換や転勤などがあればそのときに片付けるのだろうが、毎年継続してやっている仕事があると、片付けるきっかけを失う。
それともう一つ、研究室というのは個室になっているので、ついつい甘えてしまって、自分の好き勝手にしてしまう。

マジに一度大々的に片づけをしたいと思う。
片付けは休業期間中がよい。
はたしてこの夏季休業中にできるだろうか。

9月14日 (月)     視力の低下

最近、急激に目が見にくくなった。
細かい文字はぼやけてしまうし、遠くのものも見えにくい。
これまでも少しは見えにくかったが、最近の急激な変化には困っている。

本に書いてある活字がぼやけてよく見えず、焦点距離を調節してもあわない。
遠くのものを見るときには眼鏡をかけるのだが、2時間もするとぼやーっとして見えにくくなる。

おそらく老化現象であろう。
急速に老眼が進んだのではないかと思う。
これに近視と乱視が入っているからたちが悪い。

色々な眼鏡を使うのだが、どれもこれもいまひとつである。
眼鏡を使うとすぐに頭が痛くなる。

ものが見えないと、疲れやすく、根気が続かない。
集中して仕事をすることができない。

挙句の果てには先日驚いたことがあった。

右目だけで見ると、白いものが黄色く見える。
同じものを左目だけで見たときには白い。
高齢者の体験をしようということで黄色い眼鏡をかけてみましょう というのを聞いたことがある。
ということは、黄色く見えるのは加齢のせいか。

歳をとれば身体のあちこちの機能が低下するのは致し方ないが、こんなに急速に変化すると、自分が自分についていけない。

「もう歳だから」とは思わないが、最近、加齢による身体機能の低下を受け入れることができるようになってきた。
それはそれで精神的にはよいのであるが、やっぱり目が見えにくいのは困る。

9月13日 (日)     無題

5つのやすめ
・気やすめ―気を休める
・箸やすめ―ものを食べるのを休む
・骨やすめ―骨を横にして休める
・目やすめ―活字と映像を見ない
・口やすめ―しゃべらない

養生論
・仕事を続ける
・「おかげさまで」という感謝の念を忘れない
・常に身体に気を配る

 五木寛之:「あたまのサプリ みみずくの夜メールV」より

9月12日 (土)    あるメール

こうしてつれづれ日記を毎日書いていると、出張の時など、長期に研究室を空けたあとは、何日か分をまとめて書くので、話題もなくなってしまい、いっそのこと飛ばしてしまおうかとか、ひどい時には「最終回」と書いて閉じてしまおうかと思うときがある。
楽しみでやっていることもいつもいつも楽しいとは限らない。
苦痛になるときもあるが、そういうこともあるから楽しいのかもしれない。

つれづれ日記には思ったままのことを書いていて、特にだれかに読んでほしいという強い気持ちがあるわけではないが、しかし学生には日頃の思いを伝えたいと思っているので、学生のみんなには読んでほしいというのが本音である。

書き始めてまもなく3年になろうとしているが、読んでくださる方が増えているようである。
うれしいような恥ずかしいようなといった気分である。

さて、出張から帰ってメールをチェックしていたら「お久しぶりです」というタイトルの見たことのないアドレスからのメールがあった。
さて誰からかなぁと思って開けてみると、今年大学に進学した若い人からであった。
大分大学の学生ではない。
彼女は残念ながら、大分大学の学生になることはできなかったが、別の大学で毎日勉学に励んでいる。
高校生の時にオープンキャンパスにやってきて、いろいろと話をし、なにかあったらいつでもメールを送ってねと言った縁である。

つれづれ日記を見てくれているようで、日記を見たら元気が出ました という内容のメールであった。

こういうメールをそれもひさしぶりのメールをもらうとうれしくてしかたがない。
好き勝手なことを書いているのに、それを心に留めてもらえることがうれしい。

短いメールの内容から、つらい時期にさしかかっているような印象を受けたが、若いときは若さで乗り切ることができる。
若いゆえの悩み多かろうと思う。
若いうちは大いに悩んで、ひとつひとつ解決することが人生を大きくすることにつながるだろうと思う。
がんばらなくてもいいから、自分を信じて自分の人生を前向きに歩んでいってくれたらうれしいなぁと思う。

9月11日 (金)    コンサート

学会中、夜は比較的自由な時間をとることができる。
大都市で行われる学会の夜は、なるべく外に出て、日頃味わうことのできないことをしてみようと思っている。

その一つとして特に気にかけているのがオーケストラのコンサートである。
大きな都市ではどこかでコンサートをやっていることが多いから、今回も何かやっていないかと調べてみたら、名古屋フィルハーモニー交響楽団のベートーヴェンチクルスのプログラムが目に留まり、これに出向かないわけにはいかないと思って、当日券が残っていることを祈りつつ、会場の市民会館へ出かけた。

この市民会館、昔、学生の頃、オーケストラのコンサートを聴くために、足繁く通った思い出の場所である。
あれから30年近くたって、久しぶりに行ってみると、古くなったなぁという印象は否めなかった。
しかし、なんとも懐かしく、コンサートの雰囲気に浸ることができた。

名古屋フィルのコンサートも30年以上聴いていないのではないかと思う。
昔は田舎のアマチュアのオーケストラという感じのあまり能力の高くないオーケストラで、コンサートの出来もいまひとつであったが、今回ベートーヴェンの交響曲第8番と第6番を聴いて、そのすばらしい音色に至福のひとときを味わった。
今では国内の一流オーケストラのひとつに数えてよいのではないかと思う。

やはりオーケストラの演奏は生演奏がよい。
音がすばらしいことは言うまでもないが、ステージの緊張感や、客席の期待感が音と共にひしひしと伝わってきて、CDでは味わえない感動を覚える。

大分ではなかなかオーケストラを聴くことができないから、また出張のおりに出向きたいものだと思う。

9月10日 (木)     第56回日本食品科学工学会

名古屋で開催されたこの学会に参加した。
研究についての外的環境、内的環境が変化する中で、いつまで今と同じスタイルの研究が続けられるかふと不安に思うことがある。
もちろん、ずっと同じスタイルで研究を続けていくことができるのであればそれが理想的ではあるが、もしもそれが不可能になったときにどうするかは早め早めに考えておかなければならない。

そういう気持ちから、去年から、今の研究テーマの周辺の学会に一つだけ出向いていって、新しい可能性を模索している。
昨年は公衆衛生学会に参加したが、今年は食品科学工学会に参加した。

この学会では食品を取り巻くいろいろな分野の研究発表がなされる。
当然食品の機能性についての話題も盛り込まれている。
そして、この学会は大学関係の研究者ばかりではなく、公設試験場や民間企業からの発表も多く、産学官で取り組んでいる研究テーマが多く発表される。

食品の機能性に関する研究発表はどれもレベルの高いものであった。
特に民間企業が力を入れてやっているテーマについての発表が多く、現在の自分の仕事を進める上では大きく役立つものとなった。

産学官の共同研究が推進され、成果が経済効果となって現れることを大学が期待されるようになった。
急激な変化である。
発表を聴いていると、それが形となって現れているものがあり、感服して聴いていたが、やはりその根底にはいろいろな悩みや問題が深く存在していることもわかった。

産学官の共同研究を上手にやっている研究者も、本当のところは大学は基礎研究をおろそかにしてはいけないという危機感をもっている。
基礎研究も行い、連携の研究も行うというバランスが大切であるとの意見が印象的であった。

基礎研究を盛り込んだ産学官連携の研究ができればいうことはないなと思った。
そういう意味では今おこなっている食品の機能性の検討は興味深いテーマではあるが、漠然と抱いている将来への不安を拭い去ることはできなかった。

9月9日 (水)     秋の気配

ふと気がつくと、夏は過ぎ去ってしまった。
すっかり秋の気配である。
日の出の時刻は日一日と遅くなり、出勤する6時頃にはまだ明るくなりきっていない。

空が高い。そして青い。
今日は久しぶりに飛行機雲を見た。

会議で帰宅が遅くなり、駅までのいつもの道を歩いていると、コウロギやキリギリスの大合唱である。
なんだか物悲しくなる。
葛の花が咲き、なんとも上品な香りを漂わせている。

今年は秋の訪れが早い。
秋が長いというのは物悲しさを感じる反面、なんだかホッとする。
夜もだんだん長くなり、時間がゆったりと流れていくような気がする。
忙しい忙しいと言うものの、季節の移り変わりを感じる心をもてることがうれしい。

そして食欲の秋。
果物がおいしい。
栗も季節になってきた。

しばらくこういう気持ちのよい秋の日が続くといいなと思う。

9月8日 (火)     データはウソをつかない

定期的にぶりの研究についての会議をやっている。
共同研究の人たちとの打ち合わせである。

研究室に閉じこもっていると、どうしても視野が狭くなり、やることが独りよがりになってしまいがちであるが、大勢で議論すると、今まで見えていなかったことが見えたり、逆に意見を述べたりして、全体の方向性が良い方向へ向っていくように感じる。
ディスカッションはとても大切である。

この共同研究の実験は卒論のテーマとして10年近くやらせていただいているが、分析した結果は、ブリを実際食べたときの感覚を裏付けることが多い。
そして経験的に感じていたことを実証することが多い。

科学的な手法が客観性を保証するのにきわめて有効な手段であることを改めて実感する。

実験データが出ると、とかく自分の都合のよいように解釈したくなってしまうが、そこは冷静に、邪心を抱くことなく、データを素直な心で見なくてはならない。
そうやって邪心をもたずにデータを見ると、真実が見えてくる。

実験に限らず世の中の何事もそういうことなのかもしれない。
物事は、自分の見方考え方によってよくも悪くもなる。

真実はひとつ。
今実際に目の前に起こっていること。
今実際に目の前にあるそのもの。

どんなときも邪心をもたずに生きていきたいと思うのだが、現実はとても無理。
しかしその気持ちだけは忘れないようにしたい。

9月7日 (月)     合宿打ち合わせ

9月30日から日田で行われる合宿研修の打ち合わせに行ってきた。
2週間前に続き、今回が2度目である。
前にも述べたように、この合宿は日田市の建築士のかたがた、とりわけNPO法人本物の伝統を守る会のみなさまがた、特に、野村さんには相当お世話になっている。
相当というより、ほとんど全部をお願いしている。

今日も3年生の学生3名とともに、公用車で日田へ出かけた。
まず、今回は一部の学生が民泊をすることになっているので、各お宅へのご挨拶。
どこのお宅もとても好意的に受け入れてくださって、ご挨拶と言いながら、あがりこんでお茶などをご馳走になる。

お昼ごはんはゴマとうふとひりょうずの御膳。
これが手作りでとてもおいしかった。

昼食後は日田高校へ行って、高校生との交流会の打ち合わせ。
校長先生始め、担当の先生には大変お世話になることになる。
挙句の果てには宿泊場所としてセミナーハウスをお借りすることになっているので、その下見。
立派なセミナーハウスだった。

打ち合わせが終わり、街並みを見学して、夕食をとるホテルを確認し、まるはら醤油さんに立ち寄る。
社長さんとは古くから親しくしていただいている。
学生には虹色ラムネをご馳走になった。

だんだん合宿の全体像も具体的に見えてきて、私達が準備しなければならない課題も見えてきた。
明日、成績表を配布する時に、合宿のアウトラインも説明することにする。
ますます楽しみになってきた。

9月6日 (日)     母親の愛読書

実家で二人で暮らしている両親も80歳の声を聞くようになって、だんだんと弱くなっている。
母親の調子がいまひとつである。
すぐに命に関わるような状態というわけではないのであるが、体調のすぐれない毎日を過ごしているようだ。
確かに、いつもぶつぶつ言っているが、何を言っているのかよく聞いてみると、「胸が苦しい」だの「どこそこが痛い」だの「どうしてこんなふうになっちゃったんだろう」などと自分の身体の不具合を嘆いている。

しかしその本心は他人に自分のことをアピールしたいというある種の自己顕示欲である。
自分はこんなに苦しい思いをしているのに、だれもとりあってくれない、だれかとりあってくれ と言っているのである。
そんな本心を父親は見透かしているので、まともに取り合わない。
まともに取り合わないから、余計エスカレートして盛んにあちこちの調子が悪いといって自分への興味をひきつけようとしている。
私も最初はそれなりに対応していたが、最近は嫌気がさして、あまり取り合わない。
もっとも命に関わるような重大な事態に陥ればそのときはきちんと取り合うつもりでいる。

さてその母親の愛読書は「家庭の医学」。
毎日虫眼鏡を使って食い入るように読んでいる。
そんなに面白いのかと思ってその本を見てみたら、こんな本を読んでいたら、それだけで病気になってしまうような代物であった。
あちこちに紙がはさんであって、そういうところは自分の気になる症状が克明に記載されている部分である。

一体この人は生きる喜びとか人生の楽しみということを思って生きているのだろうか。
ネガティブ思考で生きていたって何もよいことはない。
といったようなことを説教してもわかってもらえるようなものではない。

綾小路きみまろではないが、この母親を作るのに約80年を要した。
80年かかった考え方を変えさせるのは不可能だろう。

9月5日 (土)    法事

母方の祖父母の23回忌があるというので、親の代わりに出向いていった。
23回忌だから、このあと法事はないだろう。最後の法事になるだろう。

母親は5人兄弟の一番上だから、叔父叔母はみんな母親より若く、その子どもたち、すなわち従姉妹たちは全員私より歳が下である。
父方の法事に行くと、従兄弟の中では私が一番年下だが、母方では一番上になる。

こっちの従姉妹たちは、子どもが中学生、小学生というのが多い。
一番上の子でも大学生である。
話題はお受験の話で持ちきりである。
「県立に入ってくれんかなぁ」といった切実な話で盛り上がっている。
こっちはそういう話はとっくに卒業したから、話に加わることができない。
父方の従兄弟との話題は「孫がかわいい」という話ばかりなのに。

何度もここで触れているが、法事は日頃会わない従兄弟達や叔父叔母に会えるのでとても楽しい。
昔は法事は面倒であったが、この歳になると、毎年やってほしい気分である。

従姉妹たちもみんなすっかりおばさんになってしまった。
当たり前だといえば当たり前だし、その前に自分がおじさんになっていることを認識しなければならない。

来月はまた父方の法事があるので出かけようと思う。
今度は孫の話だ。

9月4日 (金)    教大協全国大会準備

19,20日と開催が予定されている会議の準備が佳境を迎えてきた。
久保先生を中心に準備を進めている。
久保先生、財津先生、掘越先生にはおんぶにだっこでいろいろとややこしい仕事をお願いして私は会場係として当日の運営がうまくいくように外部と折衝したりしているだけである。
申し訳ない気持ちばかりが先に立つが、このくらいしか能力がない。
能力の範囲内で精一杯やらなければならない。

特に久保先生は企画から会議の内容、進めかたまで、ほとんど一手に準備をしていただいてその企画力、総合力、実行力には感服する。
財津先生は全国大学のアンケートや全国大学とのれんらくなど、面倒な仕事ばかりで相当時間を費やしていると思う。
掘越先生は金庫番。気を遣う仕事である。
私は会場の準備と懇親会の準備、お弁当やお土産品の手配などである。
参加してくださる先生方が少しでも気持ちよく過ごしていただけるようにと思っているが、抜けていることが多いような気がしてだんだん不安になってきた。

昨日、会場に行って、担当者と打ち合わせをしてきた。
打ち合わせをすればするほど不安は増大していく。
幸い担当者の方が、親切で細かいところまで配慮してくださるのでとてもありがたい。

あと2週間、もれがないか、不備はないか、そんなことばかり考えている。
それでも当日はもれが出て迷惑をかけることになるだろう。
気を引き締めてことにあたらなくてはならない。

9月3日 (木)     歯医者

6月の頭から始めた虫歯の治療がようやく終わった。
3ヶ月以上かかったが、途中なかなか痛みがとれなくてゆっくりゆっくりと様子を見ながらの治療であった。
おかげで治療した歯は痛くなくなったので、これまで硬いものは左側の歯でしか噛まなかったのが、右側の歯でも噛むことができるようになった。

と喜んでいたら、硬いものを噛むと治療した歯の上の歯が痛む。
どうしたものかと歯医者に相談したら、レントゲンの写真を見て、虫歯にはなっていないようだからしばらく様子を見ましょう。今より少しでも痛みが強くなるようだったらすぐ来てください。
との返事をもらった。

正しい判断であると思う。プロにそんなコメントを寄せては失礼ではあるが。
何かあったときに、拙速に行動せずにしばらく様子を見て、変化があればそれに対応するというのは、よい進め方である。
最初の判断を誤ると取り返しのつかないことになる。

よく、医者にかかると「しばらく様子をみましょう」と言われることがある。
そういう医者の評価はあまりよくなく、パッと見てパッと診断してパッと薬をくれるのがよいように思ってしまうが、医者だっていくら経験があるとはいえ、一回見てすぐわかることは少ないだろう。

だから私は、初めてかかる医者の最初の診断に非常に興味をもつ。
「様子を見ましょう」といわれたら、この医者は信用できると考えて通うことにする。

もはやかかりつけとなったこの歯医者も私にとってはよい医者である。
その割には治療費が安いので申し訳ない。

9月2日 (水)     野菜

野菜の値段が高い。
スーパーマーケットに行って驚いた。
特に葉物野菜の値段の高さには唖然とする。
もっとも葉物野菜は今は時期ではないから仕方がないが、とても買えない。

葉物に限らず、他の野菜も種類が少ない。
結局手ごろに買えるものと言えば、ゴーヤ、おくら、ナス、もやしくらいのものである。
おかげで毎日これらを食べている。

毎日野菜を350g食べましょうと言われている。
そのくらいは食べたい。
野菜を食べない日があることなど考えられない。
肉や魚は食べなくても我慢できるが野菜は食べないと我慢できない。
なので、野菜の値段が高いのは困る。

野菜の値段が高くなったら漬物の値段も高くなった。
キムチなど、冬の2倍くらいしている。

野菜が品薄になっているのもこの夏の天候不順のせいなのだろうか。

ところで、野菜はいつも地元のものを買うようにしている。
地産地消をしている。
地元のものを買っていると、どんな野菜が旬であるかよくわかる。
それに鮮度がよいので味もよい。
値段もいくらか安い。
夜遅くに買い物に行くと、売切れてしまっているのが困る。

9月1日 (火)     卒論中間発表会

今日、卒論中間発表会があった。
卒論を始めて1年になろうとしている。
卒論の構想とこれまでやってきたことについて発表し、これからの方向性を整理するのに良い機会である。

4年生それぞれに興味深いテーマにとりくんでおり、聞いていておもしろかった。
いくつか質問もしてみた。
ちょっと意地悪な質問をしたかもしれない。

年を追うごとに、ゼミのカラーがよく出ているようになったなぁと感じる。
卒論は1年半という短い期間で作らないといけないから、必ずしもそのテーマが完成するとは限らない。
先輩が築いた研究結果を受けてそれをさらに発展していくといったものが多くなったように思う。
それはたいへんによいことと思う。
研究は積み重ねが大切という一面がある。
少しずつでも新しい知見を得てオリジナリティを発揮してほしいと思う。

望月ゼミの5名の発表も上出来であった。
準備にかなり時間をかけたから、結果はその通りに現れる。
いくつかの質問をもらったが、いずれも基本的な質問であった。
うまく答えられないものもあったが、それは学生諸君の勉強不足というより、私の指導力不足のせい。

実験ばかりに頭がいってしまって、基本のところをきちんと伝えていないことを反省した。
研究室に閉じこもっていると、視野が狭くなりがちである。
発表会で質問をもらって新たに勉強しなければならない点を見出すことは非常に重要である。

今日は卒論発表会のあと、すぐに会議があって、これが相当遅くなった。
研究室に戻ってきたら、4年生からのメッセージがあった。
反省会をお願いしますというメッセージであった。

こういうメッセージを受け取ったのは初めてのこと。
とてもうれしかった。
ゼミ生それぞれが研究に対して情熱をもって取り組んでいることを感じた。
早速明日の朝反省会をやることにする。

卒論はまだまだ続く。
中間発表は折り返し点に過ぎない。
卒論発表会まで半年弱。
適度な緊張感を保ちつつ、最後まで頑張ってほしいと願う。
この5人ならきっと大丈夫。