8月31日 (月)     総合演習

今日、総合演習の発表会があった。
総合演習というのは、教員免許取得に必修の単位で、教育現場に出たときに、「総合的な学習の時間」を指導できる能力を養う授業科目である。

内容はというと、学生の主体性に基づいて、何でもいいから学習指導要領に沿った活動をして、それを発表するというものである。
4月にオリエンテーションを受けて、その後構想、計画、実行、発表 と一般の授業に比べて、学生がみずから動かなくては進まない。

総合演習の指導を長くやっているが、生活分野の学生は毎年いろんなことを思いついてきて非常に興味深い。
だいたい生活とか家庭科に近いところでテーマがまとまる。
今年は竪穴式住居を作ってしまった。

5月の構想段階ではいろんなアイディアが出たが、議論する中で、そのことをやる意義などを学生に問い詰めていくと、結局頓挫してしまい、今年も竪穴式住居にたどり着くまでには紆余曲折があった。

私はいつもテーマにたどりつくこの過程を重視している。
何回もダメ出しをすることによって、学生はより深く考えて、テーマが決まったときには、これからやろうとしていることをかなり理解できている。
中途半端な理解の下で始めたら、活動中に方向性がぶれてしまう。

今年の活動は大がかりなものであったから、本当に最後までできるかどうか不安であったが、そこは学生の力を信じて、あるときは励まし、あるときはお尻を叩いて活動を進めさせた。
8月になって、竪穴式住居が完成し、それを見に行った時には信じられない気持ちであった。

途中、全員で集まることがなかなかできなくて、見ている方は大丈夫かと心配になった。
チームで活動することから、協調性も要求される。
各人がいろんな都合があることは理解できるが、もう少し活動に対して真剣になってもよかったのではないかと思う。
このことが今回の活動の中で残念だったことであった。

発表はよく準備がなされていたので、わかりやすく、できの良いものであった。
もう一工夫すればもっとよくなったのにと思うところはあったが・・・。

あとはレポート。
これを見せてもらうのが楽しみである。
学生は憂うつそうな顔をしていたが、その理由はどうやら10枚以上にまとめるというノルマにあるらしい。

明日は卒論中間発表会。
これもまた今までの活動を聞かせてもらえるよい機会である。
楽しみである。

8月30日 (日)     8月最後の週末

8月も明日で終わる。
今年の夏は本当に短かった。
やはり夏は暑い日が続かないといけない。
もう暑い夏は飽きたと言わせなければならない。
そうしないと夏休みを過ごした気にならない。

小中高生は新学期が始まる。
街の子ども達の表情は何となく緊張感と寂寥感が漂っているように見える。
もっともっと遊びたかったんだろうなぁと思ったりする。

昔のことを思い出してみると、8月30日あたりは1年のうちで最もきらいな時期のひとつであったと思う。
吉田拓郎の唄に「夏休み」という曲がある。
これはタイトルから想像すると、夏休みの楽しさを歌っているかのように思えるが、聴いてみると、夏休みが終わってしまう寂しさを切々と歌っている。
ちょうど8月30日頃を表現した唄ではなかろうか。

大学はあと1ヶ月の休みがある。
8月に入った頃は、2ヶ月間、何をやろうかとワクワクしていたが、9月の声を聞くと、何となくまだ休みだという気にはなれなくて、仕事モードに入らなければと思う。

9月は学会や展示会への参加、全国大会の準備、合宿研修の準備など、やることが多い。
インフルエンザの動向も気になる。

8月29日 (土)    レジ袋

レジ袋が有料になってから3ヶ月が経った。
スーパーマーケットに行く時にエコバッグを持っていくのは当たり前のことになった。
買い物をして、買ってきたものを冷蔵庫などに入れたあとはレジ袋を片付けなくてよいから、これは一石二鳥だと思っていたら、意外なところで困ったことが起こった。

毎週月曜日と木曜日に収集のある燃えるゴミを入れる袋が足らなくなってきた。
我が家は子ども達が家を出て行ってから、出るゴミの量が少ない。
45リットル用のゴミ袋は大きすぎる。
これが一杯になるまでゴミをためると1ヶ月はかかってしまうのではないか。

そこで一計を案じて、レジ袋を無料でもらえる店で少しずつ買い物をするようにした。
しかし、レジ袋が欲しいためにわざわざ遠くに出向いていったり、余計なものを買ってしまったり、高いものを買ってしまうことが多いので、どんなもんかと思う。

我が家のレジ袋も底を尽きたら、いよいよ5円払ってもらってくるか、はたまた業務用のパッケージパックの店に行って、レジ袋を買ってくるかなどのことを考えなければならない。

しかし以前のようにレジ袋をそれのみゴミとして出すことがなくなったから、少しは環境に良いことをしているのだろうと思う。

8月28日 (金)    夏バテ

いくら今年の夏が暑くなかったとはいえ、夏は夏である。
やはり暑かった。
ここへきて少し夏バテ気味である。

身体が重たい。
肩から背中にかけて張りがあり、なんとなくゾクゾクするような不快感が抜けない。
インフルエンザの兆候かと、毎日体温を測定しているが、平熱である。

夏バテの根底はエアコンだろう。
昼も夜も眠っているときもエアコンをかけている。
そうすると、外に出たときに暑くて、体温の調節がままならない。
汗の出方がおかしい。
暑い時に思い切り汗をかいた方が却って体調が良いのではないかと思う。

特に寝るときは半袖のTシャツに短パンで、布団をきないから、冷気がまともに当たって身体が冷える。
そのせいか眠れない。
睡眠不足になる。

食べすぎ、飲みすぎも夏バテの要因の一つである。
もっとも本当にばててしまうと食欲がなくなるはずだから、まだ元気なのかもしれない。
夏になったら少しは痩せるかと期待していたが、まったく期待はずれである。

毎日のボリュームのある弁当のせいでこのところ食事の摂取量が多い。
お菓子を食べるのをやめればよいのであろうが、それが困難。
しかし、食事をきちんと摂るようになったら、スプーン爪が治った。

授業で食事が大切だと言っておきながら、自分の食事をお粗末にしていたが、やはり健康の維持増進のために食事は非常に大切である。

夏バテ解消には身体を休めるのが一番。
一度朝から晩まで布団から出ずに、ひたすら眠り続けたら、きっと疲れもとれて爽快になるだろう。
残念ながら、その時間をとることができない。

8月27日 (木)     しのぎやすい日々

ここ2,3日、空気がカラッとしていてとてもしのぎやすい日が続いて気持ちがよかった。
何となく10月を思わせるような気候であった。
もうこれで夏も終わりだなぁと思っていたら、昼からまた蒸し暑くなった。
もう少し夏ががんばるようだ。

それにしても時間が経つのが早い。
8月ももう終わりである。
夏休み と思っていたが、実感に乏しい。

今年の8月は比較的平和に過ぎた。
ここ数年は、夏休みに親が入院・手術をしたりして、その世話のために実家に出向いて、それが結構忙しかった。

今年の夏は、学生とかかわる時間が多いような気がする。
総合演習、卒論中間発表、合宿研修・・・・。

学生と関わる時間を多くもつと、大学は学校であることを改めて認識する。
研究活動はもちろん大切であるが、学生とかかわる時間を多くもつことはもっと重要な気がする。
そこらあたりにこの仕事のおもしろさがあるのではなかろうか。

8月26日 (水)     インフルエンザ

新型インフルエンザが大流行をする兆しが見えてきた。
幸いにして、重症になるケースは今のところ少ないようである。

これは絶対インフルエンザにかかることを想定しておかなければならない。
自分自身がかかることはもちろん、大学に流行して、休校措置がとられることを想定しなければならない。

一昨年のはしかは、学生のみが心配だったので、教職員の登校は許されたが、インフルエンザはそうはいかないだろう。
学校閉鎖になることが予想される。

そうなったとき、動物を飼育していたらどうするか。
今日はそのことを想定して対策を考えてみた。

そのときは実験中止。
実験中の動物はその時点ですべて処分して、やり直すことにする。
時間のロスができるが仕方がない。

自分が感染したらどうするか。
家でひっそりと寝てくらすしかない。
せいぜい他人にうつさないように、ひっそりと過ごす。
脱水症状になる可能性が高いので、スポーツドリンクや水はかなりの量を備蓄している。
非常食もふんだんにある。

備えあれば憂いなしというが、今回の場合はどんなに備えても憂うことしきりである。

8月25日 (火)     パワーポイント

来週、卒論の中間発表があったり、総合演習の発表会があったりして、今学生はパワーポイントでのスライド作りに忙しい。

これらのスライドを見ていろいろとアドバイスをしなければならない。
パワーポイントを作らせると、それぞれに個性があって非常に面白い。
さすがに若い人たちは頭が柔軟で、ユニークな図を作ってくる。
ゲーム感覚でやっているのかもしれない。

学会でもパワーポイントでの発表が増えた。
惚れ惚れするような図表を出す人もいれば、見えにくくてさっぱりわからないようなお粗末な図表を出す人もいる。

そうやっていろいろなものを見ている、どんなものがよいもので、どんなものが悪いものであるかはある程度わかってくる。
したがって、できた図表に対してあれこれとコメントすることはできるのであるが、さて自分で作るとなるとこれが苦手である。
特に絵を用いるのはダメである。

パワーポイントは絵心のある人のほうが上手に違いない。
私には絵心がない。

研究費の申請書などにも、「簡単なポンチ絵をつけること」というのが増えた。
これもまた苦手である。
だいたい「ポンチ絵」と言う言葉の意味は「風刺画」といったようなもので、本来の意味とはき違えている。
そういう間違った意味で使われることも気に入らない。

研究者も昔は実験に多くのエネルギーを費やしていればよかったが、最近はプレゼンテーションの能力まで問われるようになってきた。
厳しい世界である。

8月24日 (月)     合宿研修

今年は2年に一度の合宿研修を行う年である。
生活分野62名全員が揃って日田に行く。
今回の合宿は久保先生の立案で、日田市の建築士会の方々にお世話になることになっている。

今日の夜、実施内容について打ち合わせるために、3年生3名と日田に行ってきた。
今回、全てを建築士会のみなさまにお願いしていて、計画の立案から関係機関との折衝など、全てお任せした。

話を伺ってみると、内容が非常に充実していて、今回は相当レベルの高い勉強ができそうである。
合宿というと、お遊び的な印象をもつ。今年はもちろんお遊び的な面もあるが、学生にはしっかり勉強してもらう計画である。

あと1ヶ月ほどになったが、これから3年生を中心に具体的な計画を練り上げていくことにする。
今日の打ち合わせで持ち帰った宿題を2週間ほどで片付けて、また9月7日に日田に伺って細かいところまで詰めてくる予定。

勉強と堅苦しいことを言ったが、学生の諸君、今年の合宿は例年になくおもしろいよ。
期待していてください。

8月23日 (日)     解体

某デパートの解体が始まった という話を聞いて、寝耳に水だ!あの老舗デパートもついにつぶれたのか?
と早とちりした人がいたという。

解体といってもデパートの建物を解体するのではなく、お中元解体セールのことである。

夏と冬に恒例となったこのセール、今回もどんなもんかと思って出かけてみた。
昨日は車で郊外の店に出向いた。
夜も遅いというのに、結構賑わっていた。

商品もたくさんあり、日頃買わないような瓶詰め、缶詰などを買い込んだ。挙句の果てにはワインまで安く出ていたのでついつい買ってしまった。
かなりの金額になったが、それなりに満足して帰ってきた。
これからしばらくの間、おかずを作るのが面倒な時のお助けマンとなる。

今日は近所の店に行ってみた。
こっちはお茶、海苔、ビールが中心で、あんまりパッとしたものがなく、見るだけで帰ってきた。

ところで昨日、解体セールを終えてブラブラしていたら、長男から電話があり、今どこにいるのかと聞いてきたので、ここにいると言ったら、彼らもそこにいるということで、それはちょうどよいからコーヒーでも飲もうという話になった。
さらに都合のよいことに、彼女のご両親も一緒という。
6人で1時間ほど盛り上がった。

長男の顔を見るのみ久しぶりであるが、ご両親にお目にかかるのはもっと久しぶり。
忙しかった仕事がようやくひと段落着いたとおっしゃる。
気候が不順だったので、相当忙しかったとのこと。
夏休みだといってのんびりしている自分が申し訳ない気分になった。

さて夏休みも前期のうちに積み残しになっていた仕事も少しずつ片付いて、ようやく少し考え事ができる時間が取れそうである。
明日からは秋らしくなってくるらしい。

8月22日 (土)    同窓会の名簿

木曜日に宅配便の不在通知がポストに入っていた。
発送元を見ると、まったく身に覚えがなく、かつ代引きの宅配物である。
これは新しい手口の詐欺に違いないと思った。
配達担当者に電話をして、どのようなものが送られてきたのかを尋ねようとしたが、時間が遅くて電話がつながらなかった。

ひょっとして長男宛のものかもしれないと思い、彼に電話して心当たりがあるかと尋ねたら、ないと言う。
「発送元をインターネットで調べれてみればいいじゃないか」 と彼が言った。
ナイスアイディアである。さすがに若者は発想が柔軟である。
早速インターネットで調べたら、その会社は同窓会名簿を作る会社であることがわかった。

それなら心当たりがある。
高校か大学の同窓会名簿を申し込んだような気がする。

再配達の申し込みをして、配達してもらった時に、名簿だったら受け取ろうと思って、荷物を待っていた。
届いたものは大学の同窓会名簿であった。
ホッと一安心。

中身をパラパラっとめくってみる。
同級生と1,2年下の同窓生はだいたいわかる。

懐かしい名前が出てきて、学生時代に戻ったような気分であった。
勤務先を見ると、それぞれに社会で活躍している様子がよくわかる。
一方、物故者の欄にその名前を見つけるとやりきれない気分になってしまう。

名簿を見ながら、若くてエネルギーにあふれていた時代を懐かしみ、明日への元気の源にしようと思った。

8月21日 (金)    秋の気配

夏至から約2ヶ月、立秋から約2週間が過ぎた。
昼間は蒸し暑く、夕立もあったりして、夏真っ盛りといった趣ではあるが、朝の日差しに秋の訪れを感じる。

家を出て大分駅まで歩く間の日差しがやわらかくなっている。
太陽の高さも低く、夏至の頃の強さがない。

人間で言えば、若く血気盛んな時期を過ぎ、中年にさしかかって、円熟味にかかろうかという頃であろうか。

朝早くの出勤は季節の移り変わりを強く感じさせてくれる。
歩きながら思わず自分の人生を考える。
ほんの短い時間ではあるが、毎日の始まりに、今日の1日、この1週間、この1ヶ月、この1年 と思いを巡らせることは貴重な時間であり、自分自身を見つめるのにもよい時間である。

もっとも毎日自分自身をみつめる時間が取れているわけではなく、眠い目をこすりながら歩いたり、二日酔いでぼやんとしながら歩いている日もある。

8月20日 (木)     今日の1日

今日は午前中に教員免許更新講習があって、一コマ話をした。
現職の家庭科の先生方に対して話をするのだから、釈迦に説法で、今日のこの日が来るのが憂うつでたまらなかった。
今週に入ってからこの講習のことが気になってそわそわしていた。
夕べは眠れなくて何度も目が覚めた。
話の内容についても初めてのことなので、何を話してよいかわからず、とりあえずといった形で高齢者の食生活の話をした。
ひやひやしながらの75分間を終わったら、近頃味わったことのないような開放感を感じることができた。
試験をやったら、結構興味をもってもらえていたようで一安心だった。
参加した先生の「試験は作るばっかで、最近自分が受けたことがないから緊張する」ということばがおもしろかった。
話すこっちも緊張したが、聴くほうも緊張していたのだろう。
皆様お疲れ様でした。

午前中と夕方は卒論中間発表の打ち合わせ。
日に日によいものになっていく。
若い人は理解するのが早いし、なによりすごいなぁと思うのはパワーポイントを上手に使うことである。
パワーポイントにおぼれてしまって、肝心の内容がおろそかにならないようにということはきちんと伝えてあるので安心である。
ほとんどの4年生がほぼ完成である。
しかし気を抜いてはいけない。
まだ時間はある。
最後のギリギリまで改良するところは改良すべし。

夜、帰ろうと思ったら雨が降り出した。
このくらいなら、傘をさしていけば大丈夫だろうと外へ出て1分位したら土砂降りになった。
夕立だからそんなに長い間雨は続かないから、ここで引き返せばよかったのだが、なんとなく強行突破の勢いで駅まで歩いていったら、スラックスは腿のあたりまでずぶぬれになった。
カバンもずぶぬれになって、中の手帳にまで被害が及んだ。
大分駅に着いた頃には小降りになっていた。
あのとき引き返す余裕がなかったのが残念だった。

夕食後、弁当の支度。
最近、早起きが少し辛いので、夜のうちに弁当の準備をしておくようにしている。
冷蔵庫の野菜も底を尽きてしまい、メニューに苦慮した。
それでも何とか3つのタッパーにおかずをうめることができた。
土曜日の朝に買出しに出かけることにする。

珍しくあまりお酒を飲まなかったせいか、身体をちょろちょろと動かして夜を過ごした。
シャワーを浴びて洗濯物を片付けて、食器を洗い、乾燥後に食器棚にしまって、テレビを見て とよい夜を過ごしたが、夜更かしすることなく早めに床に入ることができた。

今日は仕事に家事に充実した一日だった。

8月19日 (水)     脳ドック

15時頃、パソコンに向って仕事をしていたら、どうにも目が重たくてディスプレイを見るのがつらかった。
そこへH先生がやってきて、私の顔を見るなり、
「先生!どうしたんですか?大丈夫ですか?」とおっしゃる。

右目が充血して目が半分しか開いていない とおっしゃる。
自覚症状ありである。

こんなふうに心配していただくと、自分自身が心配になる。
そういえば昨日、卒業生が久しぶりに電話をくれて、話の中で、「大丈夫ですか?」と心配してくれた。
いわく、つれづれ日記を読んでいると、私の体調が相当悪くみえるとのことである。

もともと私は体調に関してはよくいえば敏感、普通に言えば大げさなので、他の人なら気にしないことも気にしすぎるところがある。
母親譲りである。

しかし、これだけ心配してもらうと、本当に心配になって、脳に何か障害が起こっているのではないかと思うようになった。
そこで脳ドックを受けてみようと思い立って、電話帳を調べて専門の病院に聞いてみた。
脳ドックというと、なんとなくピンとこないが、要は脳の健康診断であるとのことであった。

「それを受ければ脳の具合の悪いところがわかるのですか?」と尋ねたら、
「もちろんわかりますが、何か気になることがありますか?」と逆に尋ねられたので、
「最近、急に物覚えが悪くなって、物忘れが激しくなりました」と答えたら、
「それは立派な自覚症状ですので、診療の対象になります。健康保険の範囲で診察もできますから、診察を受けられたらいかがでしょう」と薦められた。

これは時間を作って一度診てもらうことにする。
本当に今年は年明けからいろんな医者に通い詰めである。
どこに行っても大事には至っていないので、安心と言えば安心であるが、一病息災ならぬ多病息災である。

医療費がばかにならない。
一ヶ月の医療費は食費を凌駕する。
今年の確定申告では医療費控除が相当な額になる。

話は戻ってマジに脳神経科の病院を訪ねようと思う。

8月18日 (火)     外食嫌い

最近、外で食事をするのがいやになっている。
いろいろと理由がある。

まず、高い。
同じお金を出すのなら、食材にかけるお金をちょっと贅沢して素材の良いものを味わうほうがおいしい。
ビールや酒も高い。
プレミアムのついたお酒など飲もうものなら、1杯でランチが食べられるくらいとられる。

次に、おなかが減って動きたくないのに出かけるのがおっくうだし、食事が終わったら帰ってこなければならない。
車で出ようものならお酒が飲めない。

次にお酒に関連して、十分にお酒が飲めない。
家なら、お酒が回って眠たくなったら、すぐに横になれるが、レストランではそういうわけにもいかない。

たばこの煙が気になる。
気になるどころか、他の客がたばこを吸い始めようものなら、食事が途中でも帰ってくる。
食事中のたばこはゆるせない。
しかし、食事中のたばこがおいしいという人もいるのだから、そこはゆずって、たばこの吸えるお店にはいきたくない。
そういう店は入ってみないとわからない。

外食で許容できるものは、すしとてんぷら。
いずれも家でおいしく作ることができない。
我が家では揚げ物を調理することを禁じている。

外食を許容できる場面として、友人や子どもたちとの交流。
この場合、食事を楽しむというより、友人たちとの時間を楽しむことがメインなので、食事はどうでもよいし、お金のこともこだわらない。

というわけで、我が家のエンゲル係数は低い値になっている。

8月17日 (月)     盆明け

お盆の夏休みがあけて、久しぶりに研究室にやってきた。
さっぱり仕事の能率があがらない。
何をやっているんだかよくわからないうちに、時間ばかりがむなしく過ぎていく。

朝から今週木曜日に予定されている教員免許更新講習の準備をしたり、学生と卒論の中間発表をしたり、外部の人と電話で打ち合わせをしたり、書類を完成させたりとそれなりにやることはやったようにも思うが、ちゃんとやったという感じがしない。
ぼけてしまっている。

早めに仕事を切り上げて、皮膚科に行った。
ドクターも休み明けで心なしかたよりなかった。
薬局でもポカをされて、渡したおくすり手帳を返してもらえなかった。
こっちももらうことを忘れていた。
ぼけてしまっている。

次に歯医者に行った。
休み明けで、めずらしく患者でごった返していた。
こういう日は面倒なことを頼んでも嫌がられるだろうと思い、またその方が自分にとってもよいかと思って、治療の最終段階を1週間延ばしてもらった。
おかげで、そのために予定してもらっていた時間を歯のクリーニングに充ててもらい、ブラッシングのしかたを丁寧に説明してもらえた。
ここはぼけていなかった。

盆太り。
新造語である。
梅木さんがふと口にしたことば。

あたっているだけにおそろしい。
休みの間、ほとんど出かけることもなく、家でゴロゴロして、暇があれば何か食べ物を口にしていた。
そのつけは見事に体重計に反映されている。
これを元に戻すことは難しい。

もうすぐ食欲の秋がやってくる。
そのあと、一旦、体重は下降するかもしれないが、すぐに正月がやってきてまた太る。
おそろしい。

休みの過ごし方には十分注意をしなければならない。
そして休み明けは張り切りすぎてはいけない。
休み明けの初日はリハビリくらいに気楽に考えないと・・・。

8月16日 (日)     無題

夏季休暇も今日で終わり。
休暇に入るときに、しばらくつれづれ日記はお休みします と言いながら、結局まとめて毎日の分を書いてしまった。

休みに入る前はあれもやろう、これもやりたいと思っていたが、結局半分くらいしかできなかった。
ここにきて暑くなり、身体の疲れが出てしまったようだ。
疲れを回復するのに以外に時間がかかり、いろんなことに手を出すことができなかった。

家でだらだら過ごすことが多かった。
数日前にも書いたが、たまにはそういうときもないと身体がもたない。
平日は仕事、休日は出歩いてばかりいては、どこかでつけがやってくる。

だらだらしたおかげで、気分は多少晴れた。
吹き出物はなんとなく収束の方向にある。

明日からまた日常の生活が始まり、やらなければならないことがいっぱいあるが、授業がないのが非常にありがたい。
時間をたっぷり持てることは言うまでもないが、本当に気分が楽である。
とはいうものの、9月に実施する試験の問題を考えなければならないし、総合演習や卒論中間発表に向けてのサポートをしなければならないから、毎日をまったく自分のしたいことだけやって過ごすわけにもいかない。
今週は内外の会議や打ち合わせも控えている。

明日からまた早起きして弁当を作り、始発列車で研究室にやってくる生活が戻ってくる。

8月15日 (土)    食事摂取基準

厚生労働省が5年に1回改訂する日本人の食事摂取基準が2010年から新しいものになる。
その内容がホームページに公開されているので、それを印刷して目を通すというのが、この休みの一つの勉強であった。

2005年からそれまでの「日本人の栄養所要量」とされていたものが大きく改訂されて、考え方を理解するのに相当時間がかかった。
それも5年ほど経ったら、ようやく中身が見えてきたので、今回の2010年版を理解するのは以前より容易であった。

2005年のときには、概念がガラッと変わったが、示されている数値は劇的に変わらなかった。
しかし、今回は数字が大きく変わったという印象を受けた。

特に、ビタミン、ミネラルが大きく変わった。

まず、カルシウムは成人では目安量がなくなって、推奨量のみが示された。
これまでより、大量のカルシウムを摂取することが推奨されることになった。
給食の現場ではこれに対応するために、メニューを考え直さなければならないだろう。

鉄の推奨量が低い数値になった。
成人男性は1日6mgである。
ちょっと前までは10mgであって、なかなか摂取できないと思っていたが、6mgなら摂れる。
しかし、妊婦の付加量が15mgとおそろしく大きな値になって、これを食事で摂取させることができるのだろうかと不安になった。

ナトリウムの目標量がまた低くなった。
減塩をより進めなくてはならない。

ビタミンCに耐容上限量が設定され、1日あたり1000mgとなった。
サプリメントでビタミンCを摂っているとこの値は簡単にクリアすることができる。
現にこの私は毎日2000mgのビタミンCをサプリメントの形で摂っている。
耐容上限量を超えると、どのような健康障害が起こるのかをよく調べて対応しようと思う。

来年の授業から新しい食事摂取基準に従って話をしていかなければならない。
それから以前に執筆した教科書も改訂をしなければならない。
少し忙しくなるかも。

8月14日 (金)    夏季休暇

12日から14日まで夏季休暇があってそのあと週末だから5連休ということになる。
特にどこかへ出かける予定もなく、出かけても人ばかりだし、こういうときにわざわざ親の顔を見に行くこともないかと思って、この連休は休養のうち「休」に充てることにした。

初日は停電があったので、少し研究室に出てきたが、他の日は出向かないことに決めた。
その分、勉強をしようと思って、資料を家に持ち込んだ。

なかなか思うように進まないが、いろいろと新しいことを知ってためになった。
日頃、雑事に追われて勉強する暇がなかなかとれないが、休暇はよい機会である。

身体を休めるための時間もたっぷりとれる。
外に出ると暑いので、なるべく出ないようにして家の中でじっとしていた。
すると昼間に眠たくなって、昼寝をする。
これがこれまで溜まった疲れをとってくれる絶好の機会となった。

少し前までは「休み」というと「養」にばかり目を向けていたが、「休」も必要である。
しかし、5日間では「休」も物足りない。
もう少しあればなぁと思う。
ずっと家にいて、家にいるのに飽きて、「研究室に行きたいなぁ」と思うくらいまで休んだら、そのあとの仕事にかけるエネルギーが爆発的に増えるような淡い期待があるのだが。

8月13日 (木)     世襲

今通院している昨日の皮膚科や歯医者は先代が開業した地盤を受け継いでの2代目のドクターである。
古くからの開業医は代替わりをしているところが多い。
近くの小児科も最近改装したから2代目がやり始めたのだろう。

去年か一昨年に長男がかかっていた診療所は不祥事を起こしたから閉院するという知らせがきたら、2週間ほどしてまた知らせがきて、息子が新たに開業するとあった。

親の地盤を引き継いで仕事をするというのは、気楽な面があるような気がする。
しかし、そうなるためには、小さい頃から将来の職業は医者になると決められているようであって、それが本人の意思であるのなら良いのだけれど、親がそうしようとしていたとすれば、なんだかちょっと考えさせられる。
診療科目が同じなどということを聞くとなおさらである。

世襲は医者に限ったものではなく、いわゆる手に職をつけているという職業ではよくあることである。
小さい頃から親が働く姿を見て育ち、親にあこがれ、親を尊敬し、親のようになりたいと思って世襲をするのなら、喜ばしい。
そういう親には尊敬をする。

サラリーマンには世襲がないから、私が大学教員の職を息子に譲るといってもできるわけはないが、我が家の2人の子どもについてみてみると、長男は多少両親の仕事に興味をもったかもしれない。
母親と似たような分野の業界で働いている。
しかし次男は親の姿を見てああはなりたくないと思ったのか、大学は遠くに出て行ってしまったし、文系専攻で、就職内定先も小売業ときている。
彼が親の仕事ぶりをどう評価したのか、一度聞いてみたいと思う。

8月12日 (水)     吹き出物の正体

顔の吹き出物の調子が悪いので皮膚科に行ってみた。
診断は「ニキビ」
そんな歳でもなかろうに。

軟膏と内服薬をもらってしばらく様子を見ることになった。
ニキビは男性ホルモンの分泌がさかんになると発生するらしい。
だから若い人に多い。

医者から渡されたプリントには「10代から40代の人にみられます」
と書いてある。
「睡眠不足とストレスが悪い」とも書いてある。
確かにそうかもしれない。
「甘いもの、木の実は控えましょう」とも書いてある。
思い当たる節がある。

酒を控えましょうと書いてなくてよかった。

8月11日 (火)     ルーズな1日

某スーパーマーケットの「か・よ・おび・は・なん・か・ちょっ・と・う・れ・し・い」
というコマーシャルソングを聴くと、こんなに授業があってなにがうれしいか とコマーシャルに毒ついていたが、8月になって毒つく必要がなくなった。

朝からあまり時間を気にせずに仕事をすることができる。
けれどもやることはいっぱいあるので、のんびりしているわけではない。

しかし、時間に束縛されないと、場当たり的に仕事を進めるものだから、ついついペースがおちたり、ほかごとに走ったりと、ルーズに時間を過ごしてしまう。
これが夏休みのよいところではある。

後期が始まるまでの約50日の間、流されることなく、時間を上手に使って、よい夏休みにしたいと思う。
などと言いながら、今日は時間の使い方がへたくそな一日であった。

明日から大学が一斉休業になるので、基本的に仕事は家でやる予定。

ということで、このつれづれ日記は16日まで夏休みをとらせていただく予定です。
読んでくださっているみなさま、暑い日が続きますが、お身体に気をつけて、楽しい夏をお過ごしください。

8月10日 (月)     初盆

昨年の11月に亡くなった伯母の施餓鬼があるというので、出かけていった。
出かけていくといっても実家より遠いので、大ごとである。

死者を弔う行事はいろいろあって、最近はこういうものにはできるだけ出ようと心がけている。
主たる目的は、従兄弟やその子たちに会うということである。

定年を迎えた従兄弟が増えた。
しかしまだまだ体力も気力も財力もあるからトータルで元気である。
「いとこ会」を立ち上げて遊ぼうという話をもちあげた。
私が発起人になる。
このアイディアを話したら、ひとりの従兄弟が一つだけ条件をつけてきた。
「配偶者を連れてこないこと」
彼はこの5月に定年を迎えたが、独身を貫き通した。
この先も貫き通すつもりらしい。

死者を弔う行事の中には、日本の古来からのムラ社会のよさが残っているような気がする。
サラリーマンをやっていると、こういうことに対してまったく疎い。
しかし、疎いからといって避けて通ってしまっては、日本のよき伝統はいつか失われてしまう。
そういうものを大切にしていきたい。
そろそろよき伝統をつたえていくための行動に出ることが必要である。

今年は秋に法事が続く。
9月には久しぶりに母方の法事がある。
これが今から楽しみである。

幸いにして、こちらの叔父叔母はみんな健在。
子どもの頃、かわいがってもらった叔父叔母も全員高齢者の仲間入り。
かわいがってもらった子どもが50歳を超えるのだからそれも当然のことか。

こっちの従兄弟たちにも会えると嬉しいなと思う。
かわいらしかった従姉妹たちはみんないいおばさんになっていることだろう。
こっちがおじさんになっているのだから。
だれが一番最初に孫の顔を見るかという競争が始まろうとしている。

8月9日 (日)     無題

ようやく前学期にこなさなければならない仕事がひと段落して、気分が少し楽になってきた。
しかし顔の吹き出物は一向に治る気配を見せない。
原因はストレスではないのかもしれない。
これは皮膚科に行って診てもらったほうがよかろう。
ぶつぶつのいっぱいできた顔を人前にさらすと、自分も気にするが、相手も気にする。
「その顔、どうしたの?」と相手は問う。
どうしたのって、どうかしたからこうなったのなら答えることもできようが、知らぬ間にこうなってしまったのだから、どうしたのって聞かれても困る。

梅雨が明けたというものの、夏らしい夏ではない。
雲が多く、雨も降る。
しかし、蒸し暑くなってきたからやっぱり夏かなと思う。
けれども暦の上ではすでに秋である。

今週は後半が盆休みになる。
何をして過ごそうか考えてみた。

研究室のまわりがごちゃごちゃになっているからこれを整理したい。
後期の授業に向けての勉強もしたい。
これからの実験の計画を立ててみたい。

と真面目なことを思う一方で、

久しくながめていない○○のコレクションを1日かけてながめてみたい。
同じく久しくながめていない△△コレクションを全部引っ張り出して、ひとつずつながめて整理したい。
××がいっぱいたまったから、スクラップブックにはりつけたい。
家のデスクの周りを整理したい。
図書館で借りてきた本を読みたい。
とりあえずDVDに撮っておいたオーケストラのビデオを見たい。
朝からテレビを見たり、昼寝をしたりとだらだらしたい。

と自堕落な生活に落ち込みそうな気配。

8月8日 (土)    大分七夕まつり

昨日から明日まで、大分七夕まつりである。
昨日は初日で、毎年恒例の府内戦紙がくりだした。
正確に言うと、くりだしたようだ。

このまつりの楽しみは府内戦紙を見たり、チキリン踊りを見るのではなく、七夕飾りを見たり、出店をひやかして、生ビールを飲むことにある。

今年はその目的が十分にかなえられなかった。
残念であった。

以前は、アーケードの中を歩くのがたいへんなくらいの飾りがあったが、今年は例年の3分の1くらいに減っているような気がして、作品のできもいまひとつであった。
景気が悪くて、飾りをつくるお店が減ったのであろうか。

出店も少なかった。
若草公園のテントではいろんなお店が出ていたが、食指を動かされるものがなかった。
アーケードの中も中央通りの歩道にも出店が少なく、生ビールをしこたま飲もうという目論見は達成されなかった。

デパートのファミリーレストランは、昨年までこの時期の週末にビールがジョッキ1杯250円、一皿200円のつまみがあって、これを楽しみにしていたのだが、今年はなかった。
デパートの各フロアでは、夜市と称して、目玉商品を並べていたり、ゲームコーナーなどがあって、楽しめたのは過去のこと。

ガレリア竹町の広場では、イベントステージがあって、興奮したのも過去の出来事。

かように今年のまつりは質素であった。
質素というより、はっきりいうとつまらなかった。

やはりまつりは楽しくあってほしい。
楽しくないのは楽しく感じない自分の心のせいかもしれないが、今年はそれだけではなさそうだ。
景気の悪さを実感するようなまつりの一日であった。

8月7日 (金)    吹き出物

8月の声を聞く頃から顔中にいっぱい吹き出物ができた。
理由はわからないが、ときどきこういうことがある。
洗顔料が合わないのではないかと言われたが、ずっと同じものを使っている。

たぶんちょっとしたストレスが噴出しているのだろう。
思い当たる節はある。

ようやく昨日あたりから少しずつよくなってきたが、ストレスの種も一昨日頃から縮小しつつある。
ストレスはいろんな形になって現れる。
円形脱毛症になるという話はよく聞く。

こうやって命にかかわらない程度にストレスが出てくるのは、警告信号であると考えればよい。
うまくストレスを解消してくださいと身体が訴えているのである。

ストレスはその都度その都度退治していかないと。
蓄積して大きな病となって現れてはつまらない。
それと、ストレスに耐えられる身体、心をもつようにトレーニングすることも大切。

8月6日 (木)     揚げ物

最近、仕出し弁当をごちそうになる機会が多いのであるが、必ず揚げ物が入っている。
この揚げ物が苦手である。

香ばしい香りにつられてつい口にするのであるが、一口食べただけでくどくなって以後食べたくなくなってしまう。
それでもエビフライとか、魚フライ、鶏のから揚げなど、中身のたんぱく質は食べたいから、苦肉の策として、衣をとって中身だけいただくことにしている。

魚フライは圧巻である。
衣が8割から9割を占めている。
大きなエビフライも衣をとると甘エビくらいのしょぼいエビが出てくる。
魚を食べているのだか、小麦粉に油をしみこませたものを食べているのだかわからない。

歳をとるにしたがって、油の多いものが苦手になってきた。
てんぷらやフライは特にきびしい。
ドレッシングもノンオイルドレッシングだし、マヨネーズはほとんど使わない。

我が家でも揚げ物は一切しない。
食べたくないことに加えて、コンロが汚れるのが気に入らない。

炒め物にも油を使わない。
油を使わない炒め物は炒め物ではなく、焼き物である。

身体が欲しがっているものを欲しがっている時に欲しがっている量だけ食べるのがよい食生活であると思っている。
あくまでも身体が欲しがっているものを食べるのであって、頭が欲しがっているものばかり食べているとたいへんなことになる。

8月5日 (水)     オープンキャンパス

今日、毎年恒例となった大分大学オープンキャンパスが開催された。
「恒例」と書いたが、年度初めの学年暦にすでにスケジュールが記載されているから「恒例」である。

これが始まって何年くらいになるだろうか。
かなり長い間やっているような気がする。
そのおかげで、よく言えば一定のパターンができているので、毎年、前年の反省を踏まえて少しずつ改善しながら、基本的には毎年同じようにやっている。

準備などは学生を中心にやってもらう。
当日の来場者の対応も基本的には学生にやってもらう。

毎年同じようなことをやっていてはつまらないのではないかと思う反面、毎年の来場者は違う人たちが来るのだから、同じでもよいのではないかと思ったりもする。
準備する方も毎年メンバーが変わる。

最近の傾向として、来場者が若くなった。
高校1年生が多くやってくる。
早い時期から大学とはどういうものかを見ておいて、進学に対するモチベーションを高めるという狙いがあるのであろう。
大学や学部全体の説明を聞くのには早い時期のほうがよいと思うが、たとえば「生活分野の紹介」といったコーナーでは、1年生に話をするのは少しつらい。
現実感をもってもらうことが難しい。

3年生には具体的な話をすることができる。
来場者の中の数人ではあるが、「生活分野を第一志望に考えている」という熱心な熱心な受験生がいて、そういう人への対応には力が入る。

応対をしていると思わぬ再会もある。
昨年、ある高校へ出前講義に行ったが、そのとき出席してくれていた生徒がオープンキャンパスにやってきてくれた。
こっちは顔を覚えていなかったが、向こうは覚えていてくれてなんだか嬉しかった。
これがきっかけとなって生活分野を志望してくれるともっと嬉しいのだけれど。

生活分野への来場者数はほぼ予想通り。
多くもなく少なくもなく。
この行事が終わると、学生も教員もホッと一息つくことができる。

今年のオープンキャンパスで問題点を挙げるとすれば、支給された弁当がひどくまずかったこと。
学生に対しても不評だったから相当内容が悪かったのだろう。
くだらないことではあるとは思うが、気持ちの問題である。
たかがお弁当でも、おいしいものが出てくると、オープンキャンパスをやってよかったなぁと思えてしまうのである。
食べ物というのはある意味おそろしいものである。
食い物の恨みは深い。

8月4日 (火)     梅雨明け

今日、ようやく梅雨明け宣言が発表された。
観測史上過去最も遅い記録だったらしい。

さぁ、真夏がやってくるぞ!
と意気込んでも7日は立秋である。

もう今年の夏は終わった。
あんまり暑くなくて助かった。
などというとちょっとおかしい。
一応これから暑い日がやってくるのだろう。

とはいうものの、季節は確実に秋に向っている。
夕方歩いていると赤とんぼが舞っている。
朝、日の出の時間が遅くなった。
5時はまだ暗い。
夏至の時から比べると30分は遅い。

近年は地球温暖化のせいで猛暑日が多かった。
特に去年は暑かった。
暑いのはどうにもスタミナを奪われてよくない。

思い起こしてみると、私が子どもの頃は夏といえば今年くらいの気候だったように思う。
30℃を超えると相当暑かったという印象がある。
エアコンなどなかったが、汗をかきながらも扇風機やうちわを使えば過ごせないようなことはなかった。

今は部屋の中はエアコンが効いているから、外に出ない限り汗をかかない。
これが身体に悪いことは言うまでもない。
真夏の暑い時くらい汗をかかなくては体調もおかしくなってしまう。

往復の通勤で歩くと、時間は短くても結構汗をかく。
帰宅してシャワーで汗を流したあとに飲み干すビールのおいしさは格別である。
そのおいしさを味わう期間が短いこの夏はそれだけがちょっと残念である。

8月3日 (月)     やれやれ

今日、教養科目の試験が終わって、前学期の授業も滞りなく終了した。
本当にやれやれである。

今年は新型インフルエンザ騒動があり、2年前のはしか騒動を思い出した。
スケジュール通り授業が終わるか心配でたまらなかったが、無事に終わってよかった。

授業から開放されると、たっぷり時間がとれて、日頃なかなかできない勉強や研究のまとめに時間を充てることができるのが嬉しい。
早速今日は来月頭に予定されている卒論中間発表の第一回目の打ち合わせを午前中にやり、午後からは学外での会議を2つこなした。

結構忙しかった。
授業がなくなったらなくなったで、いろいろとやらなければならないことが多く、やっぱり何かをじっくりと考える時間を持つことができにくい。

時代の流れといってしまえばその通りなのかもしれないが、もはやゆっくり考える時間などというものはなく、常に走り続けながら考えていかなければならない時代になってしまった。

できないことはないが、走りながら考えると、考えが未熟である。
どれもこれもが見切り発車になってしまって、あとになってみるとそれが本当によかったか疑問に思うことが多い。
みんなが見切り発車で事を進めてしまったら、内容の薄っぺらいことしかできない。
それもよろしくない。

いろいろ考えるうちに来週は盆休み。
じっくり考え事をしたいのもやまやまではあるが、この数ヶ月で溜まった疲れを解消したいとも思う。
疲れをとるのに時間を費やせばまた仕事が進まないといって嘆かなければならないし、疲れをとらぬままに仕事を進めれば効率が悪いものとなってしまうだろう。

夏休みの使い方は悩ましい。

8月2日 (日)     テストの採点

テストを終えると待っているのが採点と成績をつけるという作業である。
今年は受講者の多い授業が多く、問題数も結構多く出したから、採点がたいへんである。
昨日と今日の2日間でほぼ片付けるつもりであったが、昨日は掃除などの家事仕事をやっていたら、時間が取れなくて、今日は早朝からとりかかることにした。

成績を出す期限は試験終了から10日以内とされている。
今年はこれがきつい。
試験が後半に固まってあったおかげで、締め切りまでの時間が少ない。
受験者が多い。
問題数が多い。
推定で述べ1200問の記述問題を採点しなければならない。

今回の試験は学生に重要なポイントを十分に勉強しておいて欲しかったから、「練習問題」を課して、この中から出題すると予告しておいた。
あるいは自筆のノートの持込を許可した。

学生はみんな真面目で答案用紙にいっぱいの解答を書いてくれた。
これを読んで採点するのはかなりの労力がいるが、やはり勉強の成果を見せてくれるのはうれしい。
答案の最後のほうに講義の感想などが書いてあって、これを読むと、講義をやってきてよかったなぁと思ったりする。毎回毎回の講義は憂うつであったが。
講義の内容が学生のためになったんだなぁと思うと嬉しかったりする。

特に「先生が楽しそうに話してくれるのがよかった」という感想を見ると、そんなに楽しそうに話をしただろうかと思ってしまう。
おいしい食べ物の話や料理の話をしている時には楽しそうに話をしていたのだろう。

話す方が楽しくなければ聴くほうも楽しくない。
改めてこのことを実感した。

採点は今週中に仕上なくてはならない。
どうかみなさん、DやFをつけなくてすむような点数をとってください。

といって、これは採点する私の裁量か・・・。

8月1日 (土)    不覚

前期の授業が試験も含めてひと段落してやれやれという感じであった。
昨日はゼミでプチパーティーもあり、忙しかったものの、終わりよければすべてよしといった感じで7月を終わることができた。

ホッとして久しぶりにお酒を大目に飲んだ。
これがいけなかったようだ。
飲んでいる途中で記憶がなくなってしまった。
歯を磨いたのかどうか、シャワーを浴びたのかどうか全く覚えのないままに、いつの間に床についたかもわからずに眠った。

途中でトイレに起きたらしい。
不覚が起こったのはその直後である。

トイレから出て、足元がふらついたらしい。
おぼろげながら「ガシャーン」というガラスの割れた音が記憶に残っている。
どうやら居間の戸にひじをぶつけてガラスを割ってしまったらしい。

ひじからは出血しているようであった。
痛みも覚えていない。

その次の記憶は、家人があきれていたことと、怒っていたことであった。
飛び散ったガラスは片付けてくれたらしい。
ひじからの出血が床にポタポタと落ちていたようにも思う。
そのあたりでまた記憶がなくなった。

朝起きて現場を見たら恐ろしくなった。
かなり派手にガラスが割れていて、傷口を見たらこれが結構大きい。
長さ約5cm、深さ約2mmほどであった。
バンドエイドが貼り付けられていたが、真っ赤に染まっていた。

見るのも忌々しいので、家人が仕事に出かけてから、マンションの管理会社に電話をしてガラス屋さんを紹介してもらったら、お昼過ぎにはやってきてくれて、すぐに新しいのに取り替えてくれた。
代金は4500円。
くだらない出費だった。

傷はシャワーを浴びたりするとうずく。
かべにちょっとひじをぶつけると傷口が開いてまた出血する。

酒の飲み方も考えなければならないと思ったが、家の中での事故であったのが不幸中の幸いであった。