7月31日 (金)    プチパーティー

今日の昼、ゼミでプチパーティーをやった。
やってもらったというほうが正しい。

この4月に卒業したKさんが、5月に自社製品を届けてくれて、その一つが「うどんに入れてもおいしい」とあったから、いつかうどんパーティーをやろうやろうと言っていたのだが、なかなかタイミングをつかむことができず、そうこうしているうちに賞味期限が切れそうになった。
正確に言うと今日の時点では切れていた。

そこで、梅木さんが企画をしてくれて、今日のうどんパーティーとなった。
うどんだけでは物足りないということで、ちらし寿司もテーブルに上った。
さらにはゼミ生のチーズケーキの差し入れもあって、和洋折衷、豪華なプチパーティーとなった。

久しぶりにゼミ生みんなで食事をとったが、いつも思うことだが、本当にみんな仲がよくて、きちんと仕事をする。
私は日頃いろいろとやることが多くて、ゼミ生のことを十分にかまってやれないが、みんなしっかりやってくれている。
梅木さんの指導の賜物でもある。
卒業生も何かと気にかけてくれている。
私はよい人たちに恵まれて本当に幸せものである。

そういう幸福感を一人で味わっていては申し訳ないので、私が考えることは、共同研究を通して少しでも社会の役に立つことができればよいなと考えている。
そのためにはゼミ生の努力が不可欠である。

その努力に感謝しつつ、ゼミ生の活躍に期待し、歯車がうまく回っていくように心がけていきたい。
あと2ヶ月すると新しいゼミ生を迎える。

Kさんへ。
おいしかったよ。
元気で仕事をしていますか?
卒業生の活躍はゼミのみんなの励みになります。
身体に気をつけてますますの発展を期待しています。

7月30日 (木)     講演会

FDすなわち授業改善に関する講演会が高等教育開発センター主催で開催されたので参加してきた。
日頃、授業が苦痛でたまらないので、何らかの打開策が見つかればよいなと思い、FDに関する講演会やワークショップにはできるだけ参加するようにしている。

それで、今日はその内容について書くわけではない。
日頃授業をやっている立場と逆の立場になったときの印象を書くことにする。

昼下がりの気持ちの良い時間帯に開催されたこの講演会、講師の話が始まるや否や、不覚にも(生理的には当然かもしれないが)意識がなくなった。
したがって講師の話はさっぱりわからなかった。

反省しなければならないが、生理現象には勝てない。

授業をやっているの居眠りする学生がよくいるが、私は大目にみるようにしている。
なぜなら自分が今日のような状態に陥るからである。
よく、眠っていると注意する教員もいるが、それを批判するつもりはない。
どうしても意識をなくしてしまうことはある。
そこんとこは理解してやってもよいのではないかと思う。
話を聞くことができなくて不利益を被るのは自分自身である。
どうしても聞かなくては聞く人の人生に大きな損害をもたらすような立派な話を聞かせているのなら、無理に起こすことも必要かもしれないが、それほど立派な話とも思えない。

しかし、授業をやっていてあまりに多くの学生が居眠りを始めるのは本当は気分の良いものではない。
この気持ちはさっきの話と矛盾するが。
そんなときはよほど話している内容がつまらないか、むずかしいかのどっちかだと思う。
聴く人を最後まで飽きさせずに話をすることは難しい。

7月29日 (水)     子どもたちからの電話

昨日もある場所で「日記を見ています」と声をかけてくださる人がいた。
うれしはずかしの心境である。

夜、まず次男坊から電話があった。
久しぶりのことで、電話口の向こうの声はテンションが高く、ご機嫌であったが、あいにく今日のこっちは特に疲れてテンションは下降線。
低いテンションをさらに低くする要因として家人の異常なテンション。
高いテンションで明るくしてくれるのなら歓迎するのであるが、高いテンションで愚痴、不満をぶつけてくるのは勘弁してほしい。
家を出たくなるわ。

で、話が横にそれたが、次男坊からの電話。
他愛もない話であったが、彼との話は楽しい。
大分大学の生協でガンダムのフィギュアを売っているが、欲しくないかと尋ねたら、どんなんかわからんと言うので、それじゃ明日にでも写メで送ってやろうかと言ったら、「50過ぎの大学教授が生協でガンダムの写真を撮っていたら怪しまれるからやめといてくれ」と言う。
自分としては特に気にならないが、客観的にみたらやっぱり怪しいか・・・。

北海道は雨が続いて涼しいらしい。
6月に私が出向いた頃が一番暑かったという。
今年はエルニーニョのおかげで、北の国でも梅雨さながらの天気が続いているという。
前期の授業も集中講義と試験がちょろちょろとあって、8月はまとまった休みが取れないようだ。
9月になって定期試験が終わったら時間が取れるらしい。
帰省は9月に入ってからという。
今度は長く滞在するらしい。
食事の支度は自分でやるように。

しばらくして長男から電話があった。
7月4日に焼肉を食べに行ってから顔を見ていないし、声も聞いていない。
その前は6月5日に会ったから月に1度くらいしか会わない。
便りのないのは元気な証拠。
思い起こせば、自分も若い頃は親にほとんど連絡をしなかった。

コミュニケーションの手段としてこの日記が活用されているらしい。
両親、つまり彼にとっての祖父母の様子をここに書いたところ、気にしていて、「じーちゃんばーちゃんの調子はどーなん?」と尋ねてくるので、「こーであーで」と説明したら、彼は曲がりなりにも医療機関で仕事をしているので、様子を理解したようだ。
母親の低栄養が気になるという話をしたら、「濃厚流動食を与えたらいいじゃないか」とサジェッションをされた。
まさにその通りである。
日頃講義でそういう話をしているくせにうっかりしていた。
「管理栄養士も栄養学者もいるのに気がつかないとは何事だ」と説教された。
「灯台下暗しというだろう」とごまかした。

7月28日 (火)     食べすぎ

体重が60kgを超えないことと、起床直後の体脂肪率が15%を超えないことを心がけている。
しかし、最近、体重はあとちょっとで60kgに到達しそうな勢いだし、体脂肪にいたっては16%になるときもあって、自分自身にイエローカードである。

なんとかこれまでのベストである体重58kg、体脂肪13%に戻したいと思って昨日あたりから、決意をしたのだが、うまくいかない。
どんな決意をしたかというと、夕食は軽くする、その後のお菓子を控える というものである。

そもそも最近の体重増加の原因は昼食の充実にある。
自作の弁当を食べるようになってから、お昼のエネルギー摂取量が200kcalは増えている。
これが1ヶ月続けば体重は1kg弱増える計算である。

決意をして2日目。まったく決意は達成できない。
誘惑に負ける。

そもそも以前派手にダイエットをしたときのことを思い出してみると、何より、意思が強かった。
強い意志を保つことができた要因として、ストレスが少ない時期を選んでダイエットを開始したことが挙げられる。

今のこの時期は些細なことではあるが、自分にとってストレスになることがけっこうある。
ストレス解消に使っていたお酒は最近弱くなったような気がして、あまり飲めない。
何か口に入れないと気がすまなくて、結局お菓子に走る。

お菓子はエネルギー量が多いものがほとんどだから、食べ過ぎになる。
胃ももたれる。
悪循環である。

はたして2kgの減量は達成できるのか。
はたまた開き直ってこの体型を維持するのか。
さらに体重と体脂肪は増加していくのか。
授業が終わる8月からが勝負である。
自信がない。

7月27日 (月)     梅雨

梅雨明けが遅れている。
福岡県では猛烈な雨が降ったようだ。
大分市はそれほどでもないので少しありがたい。

先週の水曜日あたりから空との相性が悪い。
この日記にも書いたように、先週の水曜日は散々な目にあった。
以来、毎日天気が不安定で、急に雨が降ってきたりする。

朝、出かける前に天気予報を3回見る。
特に雨雲の動きに注目し、雨雲がかかりそうな天気であれば、濡れてもかまわないようなスラックスを穿き、合成皮革の靴を準備する。そして傘を持つ。
大丈夫だなと思ったら、普通のスラックスと革靴。傘はもたない。

この予想がはずされてばかりである。
雨は大丈夫だろうと思うと突如土砂降りになったり、警戒して荷物が多いのに傘をもってくると、雨は降らない。
ここ2、3日は頭にきて、天気予報の言うことを信用せずに、毎日傘を持ち歩いている。
するとやはり雨が降らない。

梅雨明けが遅れているので涼しいのは助かる。
猛暑日などがやってくると、ひどく体力を消耗する。
寿命が縮む思いである。

これまでに大分で梅雨明けが一番遅かったのは8月3日。
今年はその記録を塗り替える可能性があるという。
梅雨が明ければまだよいが、15年くらい前の米が不作だった時は、梅雨が明けずに夏がなかった。

夏は暑くないと夏らしくないが、暑さが長く続くと本当に身体に堪える。
ほどほどのところで梅雨が明けて、ほどほど暑くなって、すっと秋になってくれるとうれしい。

7月26日 (日)     フルーツのおいしい季節

いろいろな果物が店先に並び、楽しい季節になった。
この時期のフルーツはおいしい。
特に、今年の夏はこれまで雨が比較的少なかったから、甘みがのっている。

白桃。
この前いただいたものが特においしかった。
調子にのって、今日は買ってきた。
皮をむいて、台所でかぶりつくのがよい。
ちまちまと包丁で切ったりしていると、褐変化するし、あまり食べた気がしない。
一人で一つを食べるに限る。
そのためには、一つ二つ買ってくるというせこいことを考えずに、5,6個どどーんと買ってくるに限る。
思う存分遠慮なく楽しめる。

梨。
幸水が出始めた。
今年は少し小さめであるように思うが、やはり甘みがよくのっている。
梨にはソルビトールがたくさん含まれているので、腸の活動を活発にし、便秘に良いといわれている。
今日は庄内まで出かけていって買ってきた。
まずは桃を食べなくてはならないから、梨を本格的に食べるのは少しおあずけ。

葡萄。
ピオーネや巨峰が出ている。
デラウェアも出ている。
どれもこれもおいしそうである。
残念ながら、まだ葡萄は口にしていない。
値段が高い。
ついついもったいないと思って手を出し損ねている。
8月の盆明けには実家近くのぶどう園がいっせいに巨峰を売り始めるから、親に頼んで送ってもらうことにして、それまで我慢をすることにする。

7月25日 (土)    なぜかイラつく

この2,3日、些細なことでイライラしている。
ちょっとしたことが気に入らなくてイライラする。
研究室にいても、通勤途中でも、家に帰っても調子が悪い。
信号が赤になっているだけでもイラつくのだから、相当なものである。

理由を考えてみた。
どうやら睡眠にありそうである。
最近、クッションでまどろんでしまい、一度夜中に目を覚ましてから寝床に移動している。
暑いからとエアコンを入れたまま寝てしまい、身体を冷やしている。
睡眠の質が悪い。

イライラしているが、幸いなことに他人にあたってはいないつもりである。
しかしもし、とばっちりを受けている人がいたらごめんなさい。
一晩ぐっすり眠れる日があれば治ると思います。

7月24日 (金)    とびきり熱心な学生

頼まれて、今年からある専門学校に2コマだけ栄養学の講義に出向くことになった。
今日はその第一回目、

この分野のことはあまりよくわからないし、2コマしかないし、教科書もはじめて見るものだったから、不安を胸に教壇に立った。
学生といってもほとんどが社会人を経験した学生であるから、年齢もそこそこいっている。

最初から度肝を抜かれた。

おそろしく元気が良い。
パワーは大学生の若者の10倍はあろうかという勢いである。

おそろしく反応が良い。
重要なポイントなどに対してリアクションがきちんと返ってくる。

おそろしくノリがよい。
脱線してくだらない親父ギャグや昔の歌手の話などにもついてきてくれる。

久しぶりによい意味での緊張感をもって充実した話ができた。
それというのも学生の熱心さの賜物である。
こんなに気持ちよく授業をさせてもらって、学生達に感謝しなければならない。

なぜこの人たちがこんなに熱心であるのかを考えてみた。

一つは目的意識が非常にはっきりしていること。
もう一つは学生が一度社会人を経験していること。

今日は日頃なかなか味わうことのできない貴重な経験をさせていただいた。
いつもの講義もこういうテンションでやることができれば、この仕事はこの上なく充実したものになると思った。

7月23日 (木)     夜のまどろみ

朝早く出勤する代わりに夕方は早く帰るようにしている。
お店もまだ閉店になっていなくて都合が良い。
それにも増してよいことは、家に帰っても体力が残っている。
夕食を食べた後に何かしらのことをする時間的余裕、体力的余裕がある。

しかし、仕事がつまっていて帰宅が少しでもおそくなろうものなら、疲れが一気に出てしまう。
夕食を食べる時間が遅くなる。
食べ終わった頃にちょうど眠くなる。

シャワーも浴びたいし、歯も磨かなければならないからと、布団にはいるのを躊躇してクッションの上で横になるとこれがよくない。
知らぬ間に意識がとんで、まどろんでいる。
まどろんでいるときは気持ちが良いが、目覚めた時が最悪である。

頭はボーっとしているし、身体は重たい。
目覚める時間も夜中になっている。

重たい身体を引きずってシャワーを浴び、歯を磨くと30分くらいたってしまい、今度は目が冴えて眠れない。
そうこうしているうちに夜中が真夜中になる。

ごそごそして布団に入って目覚ましをセットする時にあと何時間眠れるだろうと計算すると、3時間か4時間程度であることが多い。
次の朝の目覚めが悪い。
次の日の一日の精彩が乏しくなる。

クッションは悪魔の小道具である。
一瞬の快楽を求めた結果に対してとんでもないお釣りがやってくる。

悪魔にやられないためには、効率よく仕事をして、早めに夕食を食べることが一番である。

7月22日 (水)     ちぐはぐな1日

午後、学外での仕事があるので、朝、家人に車を使わせてほしいと言ったところ、私が使うからといって貸してもらえなかった。
早朝から降っていた雨は止んでいたので、荷物も多いことだし、傘を持たずに家を出た。

始発列車は定刻通り発車したが、大分大学前駅についたら土砂降りであった。
傘をもってこなかったことを後悔した。
なんとも仕方がないので、ずぶぬれになるのを覚悟で研究室まで歩くことにした。
あともう少しというところで手提げの紙袋が破れて、中身が散乱し、水溜りの中に落ちた。
ずぶぬれになって研究室に着いた。
濡れた身体や衣服をタオルで拭いたがなんとも惨めな気分であった。

1限の講義。
教養科目の授業がようやく最終回となった。
この授業が一番の負担であったが、ようやくやれやれである。
最後だからと思って講義の感想を書いてもらったところ、3分の2は概ね好評であったが、残りの3分の1は何も書いていなかったから、これはあまり好評ではなかったということであろう。
今回の講義をやる中で新しい試みとして、ライティングに書かれていた学生の質問に対して、毎回全部答えるようにしたが、これがよかったようだ。
やはり講義を聴く側としても、教員がライティングをきちんと読んでいること、質問に対してきちんと答えることはうれしいことのようである。
時間はかかるが価値があったと思う。

運よく皆既日食を見ることができ、そのあと、学外へ出かけた。
先々週の金曜日と同じ講習会での講義である。
JRとバスを乗り継いで行くことになって1時間20分もかかった。
車なら25分の距離である。

講習会は今回も受講者が熱心で、気持ちよく終わることができた。
時間が微妙に半端で一度研究室に戻ろうかとも思ったが、歯医者を予約していて、またJRが運休だったりすると具合が悪いなと思い、家に直帰した。

歯医者は予約していた時間を繰り上げてもらって早く終わったから、デパートに行った。
晩ごはんや食材を買ってきて家で食べた。
少し食べ過ぎた。

そのあと、明日の弁当を作りたくなって、冷蔵庫を引っ掻き回し、傷んだ野菜を捨てて、使えそうな野菜を片っ端から煮物にした。
結構よい味付けができて満足した。

午後からこのあたりまでは調子がよかった。
弁当の支度ができたあたりからちぐはぐになった。

シャワーを浴びながら洗濯をし、テレビを見ていたら、目が冴えてしまって眠れない。
寝る前の酒はよくないと思いながら酒に手を伸ばした。
それでも寝付けないので、DVDへのダビングをした。
途中で急に意識がなくなり、気がついたらダビングは終わっているし、エアコンの風をまともに受けて喉は痛くなるし、ろくなことはない。
気がついた時刻が2時10分とまたこれが中途半端。

眠たいんだか眠たくないんだかよくわからないままに寝場所を床に移した。

今日は夕方には疲れが出ていたので、さっさと寝るつもりが、予期せぬ夜更かしをして調子をおかしくしてしまった。

朝の出だしが最後まで尾を引いたような気がしてならない。

7月21日 (火)     連休明け

3日間休みが続いて、その間、家を空けていたら、すっかり日常の生活パターンを忘れてしまった。
おかげで昨夜は遅くまでテレビを見てしまい、今朝は目覚ましで起こされる始末。
眠い目をこすりながらシャワーを浴び、久しぶりの弁当作りをと思ってキッチンに立ったことはよいけれど、すっかり勘が鈍っている。
段取りが全くなっていない。
1時間もかけたのに、出来上がったものを見たら、「なんだ、これっぽっちか」というしょぼいものであった。

しかし、連休で日常を離れ、両親とシビアな話をしたとはいうものの、気分はリフレッシュ。
珍しくテンションの高い一日であった。
しかしテンションが高いのも考えものである。
学生がちっとものってこない。
こちらのテンションとのギャップが大きいのである
おかげで無駄な疲れを感じた。

テンションが高いから、そんな疲れは何のその。
珍しく夜遅くまで研究室に残っている。
しかし本当のところは3日間のつけが回っているだけのことである。

テンションが高いから切り抜けられる。
毎日こんなテンションで過ごすことができれば仕事ももっともっと楽しいだろうなと思ったりもするが、医師のことばを思い出す。
「調子のよいときに調子にのってはいけない。少し抑え気味にするのがちょうどよい。」

7月20日 (月)     ウォークマン30年

ちょっと話題が古くなるが、ウォークマンがこの世に出てから今年で30年になるという。
私とウォークマンとの出会いは少し遅れて昭和59年、1984年のことだから、25年ということになる。

初めてウォークマンを手にしたときの感激は今でも蘇る。
いつでもどこでも好きな音楽を聴くことができる。
当時会社員だった私にとって、出張のアイテムの一つとして欠かせないものであった。
ウォークマンにはまり込みすぎて、耳を病んでしまうほどであった。

当時のものはカセットテープを再生するものであったから、出張があると、かばんにたくさんのカセットテープを詰め込んで出かけたものである。
若かったので、東京出張の帰りにはよく夜行列車を使った。
夜行列車のお供はお酒ではなく、ウォークマンであった。

職を大分に換えてからはウォークマンとのつきあいがなくなってしまった。
途中、CDウォークマンも登場したが、図体がでかいのと、CDを用意するのがおっくうで、出張の供にはなれなかった。

しかし、去年、iPod Shuffle が私の前に現れた。
これがウォークマン復活になった。

出張や旅行にはiPod が欠かせない。
毎日の通勤や移動時間にも手放すことができない。
25年前のウォークマンに比べると音質も機能も大きさも格段に向上した。
かわらないのはiPod にはいっている楽曲。

25年前も今も松田聖子。

7月19日 (日)     両親の様子

今度の盆休みには帰省できないので、この連休を利用して一足早く帰省して両親の様子を見にいくことにした。
最近、電話をすると弱気な話しか出てこないので、少し気になっていた。

そう遠くない時期にどちらかが欠けることを考えなければならない。
そうなったとき、どうするのがよいかについて、父親に尋ねてみた。
彼のだいたいの希望は理解できた。
日頃の電話では弱気なことを言っているが、面と向かって話してみるとそれなりに考えていてくれているようで、ありがたさ半分、申し訳なさ半分といったところである。

私は一人っ子である。
親の具合が悪くなっていく時に相談したり、たよったりできる兄弟がいる人がうらやましい。
ひとりではとても背負っていけないのではないかと思う。
しかし、考えようによっては、解決の手段は自分だけで考えればよいことなので、自分の思うままにしてももめることがない。
その点は恵まれていたのかなと納得している。

両親の主治医と面談することができた。
この主治医は物事をスパッと言うタイプである。
きついこと言うなぁと思ったりもするが、あとになってみると、現実に正面から向きあえることができる覚悟を持つことができるので逆にありがたい。

先だって検査した血液検査の結果をもとに、近い将来、どのようなことが起こる可能性があるかを説明してもらった。
血液検査の結果は仕事柄ある程度読めるから、母親より父親の方が憂慮すべき状態であることはすぐに理解できた。

しかし、血液検査に現れない点から考えると、母親のほうが厄介な状態である。
父親が少しでも長く元気でいてくれるとありがたい。

そのためにどうしたらよいかを考えたりしてみた。
ときどき顔を出して話をして、たまっている父親のうっぷんを聞いてやることが一つの良い方法であるという結論になった。

7月18日 (土)    検診結果

6月に職場で受けた健康診断の結果が昨日届いた。
どんな様子かと思って結果を見てみると、去年とほとんど変わりがない。
今回の検査を見る限りでは大きな問題になるようなことはないものと思う。

この前も書いたが、健康診断には限界がある。
健康診断でうまく早期に病気が見つかれば運が良い。
測定項目を見ていると、検査項目が少ないので、何となく不十分のような気がして不満である。

職場だけの健康診断では物足りず、年に1回はかかりつけの診療所で少し詳しい検査を受け、誕生日前後には大枚はたいてがん検診に出向いている。
それでもいつかどこかがおかしくなるだろう。

検査結果を見ると、相変わらず、貧血気味である。
赤血球やヘモグロビンの値が正常値より低い。
それを見て「貧血だ」と断定してよいかははなはだ疑問である。
これは体質である。

講義でも言っているが、低い値なら低い値で安定していれば問題はない。
急激な動きが怖い。
幸いにして、ここ何年か、変化はない。

しかし、スタミナがないのは、ヘモグロビンの値が低いせいではないかと思っている。
これを上げようと治療を試みたこともあったが、結局ダメだった。
やはり体質なのだろう。

この前、ある医者がその結果を見て、「血液がこういう状態だったら、血液が固まりにくくて、心筋梗塞などの病気は起こりにくいでしょう」とおっしゃった。
たしかにそれはあるかもしれない。

生活習慣病。
まずは予防が大切であることは言うまでもないが、50歳を過ぎると、いくら予防しても完璧にはならない。
これからは早期発見が重要となる。
健康診断がより大切となる。

7月17日 (金)    メンテナンス

昨日の午後、街で打ち合わせをすることになっていたので、その合間に時間を作って定期的に通っている診療所に一度に行くことにした。

歯医者、身体の医者、心の医者の3本立てである。

歯はなかなか痛みが解消しないが、少しずつよくなっている。
いよいよ来週には完治する見込みであるが、別の歯が痛み出して、まだまだ通わなければならなくなりそうな予感がする。

身体の医者。不整脈が出ることが発端となって通い始めた医者だが、かれこれ15年くらいになろうか。
最近は不整脈は出なくなったが、血圧のコントロールと、胃の具合が思わしくないので、いろいろと薬をリクエストして処方してもらっている。
ホームドクターのようなものである。
しかし、薬もできるだけ飲まないほうがよいと思っているから、最小限で、なるべく副作用の少ないものを処方してもらうのであるが、今日は1ヵ月半分の薬を処方してもらったものだから、かばん一杯になってしまった。
無病息災というが、一病息災という人もいて、私は後者に軍配を上げる。
どこか少しからだの調子が悪くて、それを理由に医者に定期的に通うと、身体のちょっとした変化を気にするようになり、それをドクターに気安く相談することができる。

心の医者。抑うつ症状が消えない。
性格に問題があるかもしれないが、3年前は相当ひどかった。
QOLを低下させないために最小限の薬を処方してもらうが、ドクターと話をすることによって、ライフスタイルに無理がないかを自分自身で考える。
最近ようやく自分を受け入れ、自分に素直な気持ちで毎日を送ることができるようになったような気がする。
その代償として、前よりわがままになり、他人により迷惑をかけるようになった気もする。

私にとって診療所に通うという行動は一つのストレス解消の手段かもしれない。

7月16日 (木)    Hさん

日頃からいろいろとお世話になっているHさんを誘って久しぶりに居酒屋に繰り出した。
居酒屋などの飲み屋にはほとんど行かない。
コンパを除いたら、年に数回しか行かない。
お供をしてくださるのはいつもHさんである。
他の人とは行ったためしがない。

Hさんは平成3年から、仕事で大変にお世話になっている。
今でも一緒に仕事をさせてもらっている。

歳も近く、お子さんの年齢構成も私の子どもたちに近いので、話がよく合う。
日頃の仕事上の悩みや家族の悩みを聞いてもらう唯一の人である。
いつも話を盛り上げてくれるので楽しく飲むことができる。

Hさんと居酒屋に行くようになってから何年も経つ。
最初の頃は仕事に関する話題が多かったが、最近は親の具合が悪いこと、子どもの現状と将来についての話題がほとんどである。
お互い、仕事ばかりが人生じゃないことを感じているのだと思う。
私にはなかなかそういうことを腹を割って聴いてくれる人がいないので、ついつい甘えてしまい、愚痴を発散してしまう。
それをHさんはにこにこと受け止めてくれるので、私は帰る頃には元気を取り戻す。

Hさんも私もビールがたくさん飲めればよいので、いつもビールが安く飲める店を探す。
料理にはそれほどこだわらない。
今日も満足するほどの量のビールを飲んだが、財布にはやさしかった。

話題がこの「つれづれ日記」になった。
Hさんは毎朝これをチェックしているらしい。
「恥ずかしいからあんまり読まないでくださいよ。」と言っているのだが、贔屓にしてくださるのはありがたいことである。
今日は率直な感想を聞かせてもらった。
私が意図しているところを見抜いていて、さすがだなぁと思った。

大分にやってきて20年以上が経つが、腹を割って本音で話をすることができるのはHさんしかいないのではなかろうか。
私にとって、ありがたく、大きな存在である。

いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
今日もきっとこの日記をご覧になっていることでしょう。

Hさんの職場の人も観ている人がいるといううわさなので、その人が見たらHさんはだれかわかるだろう。
卒業生の中にもHさんと一緒に実験をやった人はHさんがだれかがわかるだろう。

7月15日 (水)     何となくの1日

水曜日は一週間のうちでもっとも憂うつな日である。
前日の火曜日の講義の疲れがとれないままに、1限の教養科目の講義が始まる。
受講登録者198名、毎回の受講者は160〜170名である。

数に圧倒されてよくない。
大勢の人の前で話をするのはどうしてもよくない。

それでも今日は珍しく快調に話をすることができた。
たまにはこういうときもある。

しかしこの講義を1回やるのに、準備と後片付けで、講義2回分の時間を費やす。
1コマのために3コマ分時間が要る。
準備に1コマ分、授業中に行ったライティングの採点に1コマ分というわけである。

おかげで早朝にやってきても、準備に追われ、講義が終わった後は採点に終われ、午前中にはケリがつかなくて午後にずれ込む。
今日もすべて片付いたのが13時過ぎ。
かなりのエネルギーを費やした気分である。

今日のその後は調理室のガスコンロの点検に立会い、会議に出て、そのあと学部長に面談。
そうこうしているうちによい時間になってしまった。

久しぶりに帰宅途中にデパートに寄ったら、弁当や惣菜が半額になっていたので、思わず手にしてしまった。
晩ごはんは簡単に終わったが、お金がかかった。
しかしたまにはこういう食事もよしとする。

1週間の疲れのピークは水曜日の夜。
クッションの上でまどろんだら、目が冴えてしまい、寝つけられなくなった。
これが明日の一日に悪影響を与える。

7月14日 (火)     わかりやすく

講義では、学生にとって新しいこと、難しいことを初めて聞くことになるので、すぐに理解させることが難しい。
そこで話をするほうとしては、なんとかわかりやすく理解してもらおうといろいろと考える。

いきなり専門用語を乱発しても多分耳に入らないだろうから、専門用語の解説をするのにあたっては、なるべく身近な話題にたとえて話すようにと思って講義をやっている。

今日の授業もまさに専門用語が次々出てくるところ。
聞いている学生の頭の中に?マークがいっぱい出ていることが察知できる。

わかりやすいたとえを持ち出そうとすると、私達の日頃の生活に密着したことを題材にするのが良い。
今日の話は、バスをたとえにして説明した。

よく、専門家の話はわかりにくいといわれる。
小学生にでもわかるように話をしてくれと言われてきた。

確かに学会などに行って、高名な先生の話は専門的過ぎてさっぱりわからないことが多い。
もっとも高名な先生の話は勉強している人だけに理解されれば良いのかもしれないが。

専門分野のことを深く勉強することはもちろん大切であるが、これを説明するとき、わかりやすく話そうと思ったら、自分の生活をよく見つめて、何かそこによいネタはないかといつもアンテナを張り巡らせていることが重要であると思う。

「専門バカ」などというありがたくないレッテルは貼られないようにありたいと思う。
とはいってもそれほど専門分野にも強くないかもしれないが・・・。

7月13日 (月)     腹部エコー検査

保健管理センターで腹部エコー検査をやってもらえるというので予約しておいた。
健康診断が好きである。
何かあるごとに申し込む。

今日受けたエコー検査は肝臓、胆のう、すい臓、腎臓などの不具合がわかるらしいが、結果は異常なかった。
またひとつやれやれである。

生活習慣病には予防が大切であるといわれる。
しかし、ふと疑問に思うことがある。

どんなに予防しても、不死身ではないのだから、何かの原因で死ななければならない。
たいていの場合、がんだろう。

がんの予防12か条というのがあるが、これをきちんと守っていれば絶対にがんにならないというわけではない。
がんの発生が少しは遅れるといった程度に過ぎない。
予防をして、早期発見のために健康診断をマメに受ければ、少しは生きている時間が長くなるかもしれない。

健康診断をマメに受けるからといって、病気が予防できるわけではない。
今回、悪いところが見つからなかったのはただ単に運が良かっただけのことかもしれない。
それに健康診断といえども限界がある。
やはり命取りの病気にならないということは運がよいだけのことである。

要は気の持ちようだと思う。
歳をとればどこか悪いところが出てくる。
それを気にしていては暗くなるばかりである。
調子が悪いのも自分の人生と割り切って楽しく生きていかなければつまらないと思いつつ、日々の仕事に追われ憂うつな毎日。
こういう心のストレスが一番よくないような気がする。
だからといって仕事を辞めるわけにもいかないし・・・。

7月12日 (日)     ウィスキー

滅多にのまないが、ウィスキーもよい。
香りを楽しむお酒である。

この前、工場限定販売というシングルモルトウィスキーを何本か買ってきて、これを飲み比べている。
ウィスキーはストレートで舐めるように飲むのに限る。
氷で割るとだんだん薄くなってしまうし、水割りでは物足りない。
ウィスキーグラスに少量を注ぎ、手で少し暖めて香りを十分に堪能し、口に含む。
次に口の中に立ち込める香りを楽しみ、喉を通した後、鼻に戻ってくる香りを楽しむ。

ストレートで飲むとアルコールがきついので、最後まで香りを楽しんだら、氷水をグッと飲んで、荒れた消化管をいたわる。
これの繰り返しである。

ウィスキーをストレートでこういう形で飲むと、最初はあまり酔わない。
そこで調子に乗ってついつい飲みすぎてしまう。
次の日はたいてい二日酔いである。
それもひどい二日酔いになる。

若い頃からウィスキーではつらい思いを何度もしている。
そのため日頃はあまり飲まない。

ウィスキーは飲み過ぎないように注意しなければならない。
昭和の時代、一世を風靡した偉大な歌手や偉大な俳優が50歳代前半という若い時期に命を落としているが、いずれも生前はウィスキーを浴びるように飲んでいたという話を聞いたことがある。
そのくらい飲まないと耐えられないほどのストレスがあったのであろう。

ウィスキーは悪魔の酒のような気がしてならない。

7月11日 (土)    日本酒

先月、23%の歩留まりまで削った米で作ったという大吟醸酒をいただいた。
これがすこぶるおいしい。

すっきりした味わいの中に、フルーティな香りがふわっと上がってきて、すいすいと飲めてしまいそうである。
しかし、すいすいと飲んではもったいない。
そこで、このお酒は最初の一杯だけというように決めている。
このお酒を飲んで、「うーん、おいしい」と一言発してから他の日本酒、焼酎などへ進む。

日本酒は原料となる米によって相当味や香りが変わる。
もちろん、酵母によっても変わるし、精米の割合によっても変わる。
他にも変わる要因はいろいろある。

それだけに奥が深くて、好みの日本酒を探し当てるのは楽しい。
私が思うところで、日本酒が面白いのは、時々ではあるが、値段が安くてとてもおいしいという日本酒に遭遇することである。

この前は福岡と佐賀のお酒がおいしかった。
それから今注目しているのが、愛知のお酒である。
決して酒処ではないが、小さな蔵でおそろしくおいしいお酒に遭遇することがある。
水がよいせいなのであろうか。

ときどき出張で名古屋に出かけるが、デパートに地酒コーナーがあって、そこで愛知のお酒を求める。
できるだけ安くておいしそうなやつをである。
今まで結構よいものにあたっている。

日本酒はその土地土地の料理に合ったように作られているような気がする。
愛知のお酒は八丁味噌を使った料理に合いそうである。
大分の料理にはやはり大分のお酒が旨い。

7月10日 (金)    情熱

午前中、ある国家試験対策講座の講習会で3時間ほど話をしてきた。
この講習会で話をするのはかれこれ15年くらいになる。

受講者は社会人であるが、国家試験に合格するという目標があるためであろうか、みんな熱心に私の話に耳を傾けてくれる。
3時間の間、居眠りをする人はほとんどいなかった。
絶対に合格するのだという強い情熱がひしひしと伝わってきた。
この情熱に応えなければならないと、話にも気合が入る。
あっという間に3時間が終わった。
いつもなら3時間話をすると相当疲れるのであるが、今日はまったく疲れなかった。

午後からは、企業の人とのプロジェクト会議が2つ。

一つ目は、研究費を取りにいく作戦を練る会議である。
この前エントリーしたのが失敗したので、新たに何か策を打とうというものである。
企業の担当者が非常に熱心で、採択の見込みは小さいが、一つの事業に応募しようということになった。
彼の情熱を感じた。

二つ目は共同研究を行うかどうかの会議である。
初めておつきあいさせていただく企業の社長の情熱で、産官学で取り組みましょうということになった。

今日はたくさんの人の情熱を感じた一日であった。
情熱は人を動かす。
相手をやる気にさせることができる。

情熱の根源は目標である。
目標のないところに情熱は生まれない。
最近、自分自身、情熱が足りないなと思っていたが、確かに目標となるものが思い当たらない。

7月9日 (木)    記憶力

最近、記憶力の急激な低下を痛切に感じる。
半端ではない。

記憶力には二つあって、ひとつは新しいものを覚えるという力、もう一つは、以前のことを思い出すという力である。
前者の力の衰えが激しい。

全くといってよいほどものを覚えることができない。
聞いたことはすぐ忘れる。
忘れるというより、頭の中に入ってこない。
本を読んでも内容を理解することができない。

講義をやっていても、以前は講義ノートに書いてあることをちらっと見れば、すすーっと黒板に書けていたものが、単語ひとつひとつを確認しないと書くことができない。

この症状は単なる老化によるものと片付けることができるのだろうか。
この症状はアルツハイマーの症状に当てはまる。
今のところ、徘徊したり、道がわからなくなったり、などといった重大な事態には陥っていないが、心配であることこの上ない。

一度脳ドックでも受けてみようかと真剣に思っている。

7月8日 (水)     ちょいメタボ

今年になってから体重が増加気味で、体脂肪率も上昇傾向にある。
少しずつメタボになっている。
体組成計によれば筋肉量は減少し、脂肪の量が増えている。
メタボが進行していることを示している。
この前の健康診断でも腹囲が昨年より2cm増えた。
体型も変化したということである。

加齢と共に基礎代謝が低下するのである程度のことはやむを得ない。
しかし、このままの状態を続けると、本当のメタボになってしまう。

最近の食生活について考えてみると、歯止めが効いていない。
たくさん食べている。
今日はお菓子を食べるのを控えようと思っても、ついついやめられない。
満腹になるまで食べる。

以前のように、我慢するということができなくなってきた。
心底空腹感を感じるということも少なくなってきた。

これでは体重が増加するのは当たり前である。
また以前のように食欲に対して少しストイックになる必要がある。

来週は腹部エコー検査を受けることにしている。
異常なしであることを祈る。

7月7日 (火)     サプリメント

国立健康・栄養研究所の調査で、親の15%が幼児にサプリメントを与えているという結果が報告された。
由々しき問題である。
利用目的としては、「栄養補給」「健康増進」「病気予防」とつづく。

幼児期は食事をおいしく楽しく、いろいろなものを食べることを覚えるとても重要な時期である。
そのような時期にサプリメントを与えるということは、親がきちんと幼児に食事を摂らせていないことを物語っているのではなかろうか。

近年「食育」ということばがもてはやされ、食事の大切さが訴えられている。
子供へのサプリメントの利用は食事の大切さから逆行するものである。

サプリメントを与える親は、栄養素や健康に関心があり、仕事もばりばりこなすような人が多いのではないかと思われる。
中途半端にかじった知識をこのような形で使うのはいかがなものだろうか。
大人が自分の食生活を振り返って、不足しているものを自分で補い、自分の体調をみながら摂取するということであればサプリメントの摂取も勧められるが、幼児には自分の体調の変化がサプリメントによるものかどうかは理解できないだろう。
過剰摂取によって有害な作用が出る恐れもある。

売るほうにも罪がある。
幼児用のサプリメントが売られている。
儲けるためにはどんなことをしてもよいということはないはずである。

講義の中でサプリメントについて話をすることがあるが、こういった新しい問題にも触れて、少なくとも私の講義を聴いた学生には子どもにサプリメントを与えるなどというおろかなことをしないように強く訴えていきたい。

主食・主菜・副菜を基本に、食事のバランスを。

7月6日 (月)     韓国冷麺

先週、ふと韓国冷麺が食べたくなった。
金曜日のお昼に行こうかという話になった。
大学の近くの焼肉屋に行けばきっとあるだろうということで、その店のホームページを調べてみたら、何と7月は冷麺半額とある。
これはラッキーと思ってさらによく見てみると、営業時間が夕方からになっていて、昼はあいていない。
残念な思いをしたが、その日はあきらめた。

土曜日、長男たちと焼肉屋に行くからそのときに食べればいいやと思っていたら、その焼肉屋は本当に焼肉しかないと言っても過言ではないほど、焼肉以外のメニューが少ない。
冷麺はなかった。
仕方がないのでクッパで我慢した。

今日になって、どうしても冷麺が食べたくなった。
こうなったら自分で作るのもありである。

そんな話を梅木さんにしてみたら、早速インターネットでレシピを調べてくれた。
便利な世の中である。
料理のレシピもインターネット一つで片付く。

せっかく探してもらったレシピには、スープの作り方が書いていなくて使えなかった。
しかし、自分でも少し探してみたら、スープのレシピが出てきた。
材料として、鳥ガラスープ、コチュジャン、醤油、みりん、砂糖、酢、レモン汁、焼肉のたれ、ゴマが用いられていた。
ラッキーなことに、すべて家にあるものばかりである。
麺はこの前韓国に行ったときに買ってきた本場のやつがある。
キムチも昨日買ってきた。
材料は全てそろっている。

家に帰り、早速作ることにした。
まず、麺をゆでるための鍋にいっぱいの水を入れて沸騰させる。
その間にゆで卵をつくりつつ、スープを調合していく。
スープが出来上がった頃にゆで卵もできた。
麺の袋に書いてあるハングルをたどたどしく読むと6分ゆでると書いてある。
沸騰した湯の中に麺を入れ、ゆでている間にきゅうりとハムを刻む。

麺が茹で上がって冷水にとり、どんぶりに入れて、スープをかけ、きゅうりとハムとキムチとゆで卵をのせて出来上がり。
かかった時間は30分。

食べてみたら、結構いけた。
やはり麺がものをいう。
歯ごたえが強く、つるつるしているのでなかなか噛み切れない。
本格的な韓国冷麺である。

こんなに手軽においしいものができるのなら、また作ってみようと思う。
そしてまた韓国に行って麺を買ってこなくてはならない。
韓国に行く必要性がまた一つ増えた。
料理のレパートリーも一つ増えた。

7月5日 (日)     休日の家事

休日に出かけるのは楽しいが、出かけてしまうと一週間の間、ごちゃごちゃになった家の中が片付かない。
何も出かける予定のない休日は、家事をするのに絶好の一日となる。

しばらくやっていなかった部屋の掃除から始めて、次にこれまたもっと久しくやっていなかったベランダの掃除をした。
家が国道に面しているので、排気ガスの煤塵が壁について、水で洗い流すと、真っ黒になる。
洗いあがった後はスッキリして気持ちが良い。
次に風呂の掃除。
洗面桶や壁に石鹸垢がついて、カビらしきものもはびこっているの、スポンジやブラシでごしごしと磨くときれいになってこれまた気持ちが良い。
今日は排水口まで丁寧にやった。
次に洗面台。
鏡を磨くとまたまたまた気持ちが良い。
こうして家のあちこちをきれいにすると本当に気持ちが良い。

しかし、まだまだ不十分で、フローリングにワックスをかけたいし、掃除機をかける場所は目に見えるところだけなので、日頃触っていないところの拭き掃除をしたい。
それは次の機会に譲る。

ゴミの片付け。
郵便物や広告など、ちょっととっておこうと思ったものが知らぬ間に蓄積して机の上を占領する。
思い切って捨てようと思うがなかなか捨てられないものがある。
こうしてモノが溜まっていき、部屋がだんだん狭くなる。

掃除の次は炊事。
自分の食べたいものを適当に作ってみる。
相変わらずへたくそで、あとで後悔することばかりである。
自分が作ったものは失敗してもそれなりに納得して、おいしく食べるが、家人にはすこぶる評判が悪い。
いよいよ自分の分だけ作って人には食べさせてやらないぞという気分になっていく。

炊事にリンクして食材の買い物。
往復30分歩いてスーパーマーケットに行く。
1週間分の食材を買い込んでくる。
「半額」シールのはってあるものをどんどん買い込んで、それによってだいたいのメニューが決まる。

掃除、洗濯、炊事 の家事3本柱をやったら、ほとんど一日が過ぎた。
よい気分転換になった。
家事がストレス解消になるのなら、一石二鳥であるが、いつまで続くかいささか不安でもある。

7月4日 (土)    焼肉

この前の父の日のお返しという名目で、長男と彼女と家人と4人で焼肉を食べに行った。
大分では評判のお店で、ときどき出向いているが、私は久しぶりである。

早めに出かけていったのに、すでに多くのお客さんが席を待っていた。
順番がやってきたので、注文をした。
塩タン、カルビ、骨付きカルビ、レバー、シンゾウ、豚トロ、豚バラ、野菜、キムチ、クッパ、白ご飯を注文した。

出てきた肉を見て驚いた。
ほとんどが脂身であった。
これは食べられないなぁとがっかりした。
最近、肉の脂身が苦手である。
くどすぎてダメである。

しかたがないので、もっぱらシンゾウとクッパを食べることにした。
シンゾウはそれほど臭みもなく、適度な歯ごたえもあって、臓物の中では唯一食べることができるものである。

かくの如く、私は食が進まなかったが、長男の食欲には目を見張った。
脂身をものともせず、というより、脂身を好んでばくばくと口にする。
結局、注文した分の半分を長男が、残りの半分つまり全体の4分の1を家人が、そして残りの半分ずつ、つまり8分の1ずつを私と彼女が食べたというところであった。
さすがに若い男は食欲が違う。

思い起こせば自分も若い頃はそんなものが好きであった。
今では脂の多いお肉苦手。揚げ物苦手。
魚大好き。野菜大好き。
若い頃を知っている周りの人間はこの嗜好の変化にだれもが驚いている。
歳をとっても焼肉をバクバク食べる人のほうが活力があって元気に満ち溢れている。
気力も充実しているように見える。
体力・気力が充実しないから肉を欲しないのか、肉を欲しないから体力・気力が充実しないのかは不明。

この焼肉屋にはもう行きたくない。
しかし、長男も次男もお気に入りの店だから、また行くことになるのだろう。
行ったら今度はクッパだけ食べることにする。

7月3日 (金)    今日も無題

金曜日は講義がないので、気分が相当楽である。
まとまった時間が取れるからあれもやろう、これもやろうと思って張り切って研究室にやってきた。

あれもやろう、これもやろうと思っていたら、実はあれもやらなければならない、これもやらなければならないということであることに気がつき、結局追いまくられる事態に陥った。

週末になって疲れも出て、なかなかはかどらない。
昼から実験を行ったが、小さな実験だったのに終わったら疲労困憊。
こういうときには、何にも頭を使わない作業にスイッチするに限る。

医学部に廃棄物を持って行くことにした。
往復で約1時間かかる。
忙しい時にはこの1時間が恨めしいが、他の仕事が手につかないときには、ありがたい1時間である。

帰宅してからも何かをしようという気力が湧かず、だらだらと過ごして一日が終わった。
プチうつ状態の一日だった。

7月2日 (木)    無題

何となく毎日が流れていく。
一日一日の単位で考えていくと、忙しい日があり、余裕のある日があり、充実した日があり、何事もうまくいかない日があり、などと変化に富んでいるが、少し長い目で振り返ってみると、何かの目標達成に向けて邁進したり、何かの締め切りに向って毎日を過ごしていることがなくなった。
こういう日常を過ごしていると、達成感や満足感を感じることがなくなってくる。

そういう毎日は何となくさびしい気もするが、今はそういう時期にあるのかもしれない。
この日記にもたびたび書いていることではあるが、これまではがむしゃらにやってきたという感がある。
これからはがむしゃらに動けばよいという時期ではない。
自分の強み、自分に足らないところをもう一度よく考えて、強い部分を大切にし、足らないところを補いながら、足を地に着けて仕事やプライベートを充実させていきたいものだと思う。

しかし、そういうことを考える時間がない。
時間がないというより、なかなか結論が出ない。
考えをまとめるための時間がたくさん必要である。

今度の夏季休暇は久しぶりに何事にも束縛されずに過ごすことができそうである。
この機会を利用していろいろと考えてみることにしようかと思っている。

7月1日 (水)     大雨

先週あたりから梅雨らしくなってきた。
大雨が降ったりする。
大分市内はそれほどでもないが、県北や日田・玖珠地域では災害が発生する一歩手前のような激しい降り方をしているらしい。
6月の雨量としては観測史上最高の降雨量であったところもあるらしい。

梅雨に雨が降らないのも困るが、いっぺんにどかっと降ってくれるのも考えものである。
だからといって自然には勝てない。

大雨が降ると、スラックスはびしょぬれになるし、靴の中まで雨がしみこんできて愉快ではない。
愉快ではないが、家に帰れば開放されるのでまだよい。

問題はJRのダイヤが乱れることである。
何年か前の梅雨の時期、駅まで行ってみると列車が運休で、駅で1時間待ったり、バスに乗って帰ったことがあった。
これにはまいった。

こういうトラブルには二度と遭遇したくないから、今年は少し知恵がついた。
帰りの列車の運行状況を駅に電話で尋ねるのである。
こうすれば研究室を出る前に対応することができる。

昨日は不幸中の幸いで、乗ろうと思った列車は定刻運行であった。
今日も電話で確認したら、きちんと運行しているとの事であった。

昼間は土砂降りの時間もあったが、帰る頃には雨も上がっていてホッと一息。
明日は雨も止んで、梅雨前線も南下することから、少し爽やかさが戻るだろう。

梅雨前線がまた北上すると大雨が降って、さらに北上すると梅雨が明けて暑い夏がやってくる。