1月31日 (土)    野菜

最近、野菜を食べることが少なくなってきたような気がして、体が欲しているのを感じる。
今までは料理は家人任せ。
朝食は家人を頼りにできないから、これまでは自分で炊いたごはんにインスタントの味噌汁、納豆または豆腐にヨーグルトというパターンが多かった。
最近は夜も野菜を食べる機会が減ってしまっている。
家人任せが一つの要因である。

そこでこれまでの生活パターンを再度見直し、夜洗濯をすることによって20分寝坊していたのを元に戻し、4時40分に起きて、この20分を朝食の準備に充てることにした。
その朝食の準備とは、野菜料理をつくることである。
なにぶん、いままで台所に立って料理を作ることがほとんどなかったから、野菜をどうやって大量に食べることができるかよくわからず、とりあえず、そこらへんにあるものを適当に切ってフライパンで加熱することにした。
油は使わないから炒め物ではないが、それに近い。

葉物の野菜をこんなにいっぱいというくらいフライパンに入れて、タンパク源としてソーセージあるいは少しだけ肉を入れて加熱する。
最初のうちは訳がわからず、材料を焦がしてしまっていたが、ようやくここ2,3日で満足できるものができるようになってきた。

朝から大盛りの野菜を食べると何となく気分がよい。
他人に頼らずに自分で作れば自分の好みの味にすることができる。
目下のところ、気に入っている味付けはコチュジャン。
これは辛い。
家人の分も一緒に作るというか、作ったものを取り分けておいてやるのであるが、材料が焦げているだとか、味が口に合わないとか言って不評で、夜帰宅すると冷蔵庫にそのまま残っていたりする。
そうならそうで、自分の分だけ作ることにした。
たいへん美味である。

1月30日 (金)     雨

昨日の昼頃から雨が降り出した。
この時期には珍しく、結構降った。
まだまだ冷たい雨なので、春が来るなという予感にはつながらない。

冬の雨は珍しいが、逆にうっとうしいなとちょっぴり思ったりする。
やはり傘を差して歩くのは不自由だし、衣服が濡れるのは気になる。
靴も革靴をはくことができない。

やはり冬は雨でなくて雪が降ってほしい。
大分に来てから雪を見ることが少なくなった。
スキーに行かなくなったのでなおさらである。

その反面、暖かいのはありがたい。
だんだん寒さが堪えるようになってきた。
特にシャワーを浴びる時の脱衣場が寒いのは困る。
いつもファンヒーターをガンガンにかけて暖かくしておいてシャワーを浴びる。
体が冷えなくて良い。

部屋を暖かくしたり、外に出かけるときに、厚着をして暖かくするようにしてから、あまり風邪を引かなくなったような気がする。
やはり風邪の予防に寒さ対策は不可欠である。

インフルエンザが猛威を奮っているという。
しかしこの雨で湿度と気温が上がり、一服してくれると良いなと思う。

1月29日 (木)     実験のセンス

毎年学生実験を授業としてやっているのだが、いつも思うことがある。
それは実験に対するセンスのある学生とセンスのない学生がいるということである。
実験に限らず、何事にもセンスの有無はあると思うし、実験センスがないからといって、他の何事にもセンスがないというわけではないから、実験センスがないからといって、悲観することもないし、実験センスがあるからといって自慢することもない。

実験には教科書には書ききれないことやことばではなかなか表現できないことがある。
しかし、それを無意識のうちに感じ取って行動できる学生がいる。
ポイントをさっと見抜く能力があるのである。
こういうのをセンスがあるという。

実験は危険が付きまとうことが多いので、教える側としてはたいへんに気を遣う。
そんな中、危ないところを見抜き、危険を回避できるような学生は実験センスが良いといえる。

学生実験が卒論になり、研究者になるとこの実験センスがデータのよしあしにもつながってくる。
センスが良いと、出てくるデータがきれいである。
卒論などで、出てきたデータを見せてもらうと、センスがあるかどうか大体わかる。

センスは持って生まれたものもあるが、経験によって獲得することもできる。
1回目はうまくいかなくても、2回、3回と経験を重ねることによってセンスがアップしていく学生がいるかと思うと、何回やっても同じミスを繰り返している学生がいたりして、おもしろいといえばおもしろいが、時には腹が立つこともある。

1月28日 (水)     紅茶

研究室の朝は一杯の紅茶から始まる。
研究室のドアを開け、パソコンを立ち上げた後、まずは紅茶をカップに入れて飲む。
ここで飲む紅茶はティーバッグのものであるが、茶葉の量が多く、メッシュの袋に入っているもので、値段も少々高価である。
ちょっとした贅沢な気分を味わって一日の仕事のスタートとしている。

私の紅茶の楽しみは香りである。
香りの良い紅茶はストレートでそのまま飲むのがおいしい。

紅茶というと、インドとか、スリランカ、中国といったように、海外で生産されるものが多い。
しかし、日本でも紅茶が生産されている。
杵築に1軒生産者があって、「きつき紅茶」として大分空港やきつき物産館で売られている。

以前、これを買ってきて飲んだときに、香りも弱いし、味もそれほど特徴があるわけでもなく、何となく物足りない気がしてしばらくご無沙汰していたが、この前久しぶりに買ってみた。
相変わらずお茶だけで飲むと物足りないが、これが洋菓子とともに飲むと、きわめておいしいことを発見した。
発見したというと大げさであるが、お菓子とともにこの紅茶を飲むと、きつき紅茶は控えめで、お菓子の邪魔をすることなく、お菓子を引き立ててくれるおいしさがある。
しかし、ちゃんと紅茶であることを主張している。

国内では非常に少ないが、各地で紅茶が生産されているようで、宮崎でも生産されていると聞いたことがある。
紅茶の品種としては「べにふうき」がポピュラーであり、これについては、機能性もあるということで、ときどき学会でも発表されている。

日本茶であれ、紅茶であれ、お茶そのものを楽しむ時、お菓子とともに楽しむ時、ホッとしたい時、気合を入れたい時 といったようにTPOに応じて選ぶと楽しみも広がるような気がする。

1月27日 (火)     睡眠

最近、長時間ぐっすり眠るということができない。
朝は少し寝坊するようになって、目覚ましを5時にセットしておくのだが、たいていアラームが鳴る前に目が覚める。
しかし、床に入るのは遅い。
23時か24時頃になる。

もともと睡眠不足に弱いほうなので、5時間や6時間の睡眠では足らず、毎日7時間は眠らないと調子が出ない。
しかし、実質は8時間くらい眠っている。
そのからくりは、というと、床に入る前に、コタツの中で2時間ほど熟睡しているのである。
家人に言わせると、早めに布団に入ればよいというのであるが、疲れてしまって布団に行く元気が残っていない。
布団に行くためには、しばらくの間、休まないと布団に入れない。
なんだか矛盾しているような話であるが、現実がそうである。

コタツでまどろんでから歯を磨いて薬を飲んで酔いを醒まして布団に入るのである。
酔いが回っていると熟睡できない。
仮に早めに布団に入ったとしても、必ず夜中に目が覚める。

というようなわけで、最近の睡眠は細切れである。
なんだかいまひとつ気分が良くない。
布団に入って気がついたら7時間眠っていたということにならないかといつも願っている。

1月26日 (月)    春も近い 

今年の冬はそこそこ寒い日があり、暖かい日もありで、冬らしい冬である。
しかし昔と比べると、雪が積もらなくなったから、長期的には暖冬ということになろうか。

毎朝、早朝に通勤しているが、日の出の時刻がだんだんと早くなっていることを感じる。
ほんの2週間ほど前は、JR大分大学前駅を降りたときにはまだ空は真っ暗で、研究棟に入る頃、ようやく東の空が少し明るくなりかけたかなという感じであったが、今日などは駅を降りた時から少し明るくなり、研究棟に入る時には東の空に陽射しを感じるようになった。

季節は着実に春に向っている。
来週には立春がくる。

日頃の生活では、気温で四季を感じることが多いが、太陽で四季を感じると、何となく希望がもてて、気分も明るくなってくる。

後期の授業もそろそろ終わり。
卒論を提出してもらって、発表会をやり、入試が終わるとあっという間に3月。
そして新入生を迎える。

時間の流れるのが本当に早い。
特にこの時期は早い。

何となく時間に流されたり、時間に追われることなく、四季のうつろぎを感じながら本格的な春の訪れを待ちわびる今日この頃。

1月25日 (日)    車内放送

昔から乗り物が好きなので、乗り物に乗ると、いろいろなことに興味を持つが、車内放送にも興味がある。
それぞれの会社によって特徴があって面白い。
電車とバスでは違うし、日頃乗っているローカルなバスと、新幹線、空港へのアクセス機関の放送はずいぶん違う。

最近は、予め録音したものを流すパターンが多い。
女性の声で放送されるものが多いような気がするが、関西地方では男性の声が多い。JR北海道も男性の声だ。
個人的には女性のアナウンスのほうが好感が持てる。

日本語の案内に続いて英語の案内をするものが増えた。
この英語の放送がそれぞれに個性があって特におもしろい。
外国人がきれいな発音で話してくれるのは良い勉強になるが、日本人がへたくそな発音で話しているのを聞くと、これは外国人に通じていないだろうなぁと思う。

案内放送の中で一番気に入っているのは、名古屋地区を中心に走っている私鉄の特急の放送である。
日本人の女性の声が、すばらしく美しい。声の美人である。
そのアナウンスを聞くと心が和む。
それに加えて、英語の放送は私がこれまでに聴いた中ではダントツである。
これもまたきれいな英語の発音で声もよい。

新幹線の放送もレベルが高い。大勢の客が利用するので特に気を遣っているのであろう。

あの放送はどこか制作会社が作っているのだろうか。
上述の名古屋の私鉄と、少し前のJR北海道の英語のアナウンスの声がまったく同じでビックリしたことがある。

飛行機はキャビンアテンダントの肉声である。
これもまた個性があっておもしろい。
きれいな声ではきはきした放送をしてくれるCAがいると、気持ちよくフライトを堪能できる。

乗り物の楽しみ方もいろいろある。
今度からボイスレコーダーをもっていって、いろいろな交通機関の案内放送を録音してきてコレクションを作ってみようかというバカバカしい考えが浮かび始めている。

1月24日 (土)    伯父の七回忌

6年前の今日、やはり土曜日だったと思うが、企業のイベントで、今は国会議員になっている藤野真紀子さんとトークショーみたいなことをやっていた。
その途中で電話がかかってきて、伯父が亡くなったという連絡だった。
そのイベントが終わり、すぐに通夜に駆けつけた覚えがある。

あれからちょうど6年、今日、七回忌が行われたので、父親の代理で出向いた。
昨年の11月にこの伯父の配偶者である伯母が亡くなり、先月はこの伯母の七七忌があり、今月は伯父の七回忌と、3ヶ月連続で父親の実家に行ったことになる。
従兄弟や従兄弟の子ども達など、3回顔を見ると、誰が誰だかよくわかり、話も弾むようになる。
特に、車に乗せてもらった従兄弟とは、道中、仕事の話が出来て有意義だった。
彼はもうすぐ定年である。
会社というところの厳しさを改めて感じた。
しかし大学とはやはり質的に異なるものがある。
大学に企業的発想が求められているが、完全に一緒にすることは出来ないし、そうしてはいけないだろうと思う。

いろいろな従兄弟と話をする中で、親が亡くなった後のことは親が元気なうちにきちんとしておくべきであるということを聞いて、早速両親とそのことについて話をした。

両親はある意味合理的な人で、見栄を張ったり、つまらないことにお金と時間をかけるのが嫌いな人である。
おかげで、話はトントンと進み、これでいつ葬式が出ても大丈夫という気持ちになった。
従兄弟にも了解しておいてほしいことがあったので、頼んでみたところ、快諾してもらうことができた。
父親が日頃から親戚や兄弟、甥っ子、姪っ子を大切にしてきたおかげであろう。
ありがたいことである。

法事というと以前は面倒だというイメージがあったが、この歳になると、みんなが久しぶりに集まれる良い機会であると思えるようになってきた。
そして周りの人たちに支えられて生きている自分を感じることが出来た一日であった。

1月23日 (金)     風呂

風呂は嫌いなので、一年に数回しか入らないが、こう寒い日が続くと、夜眠る前に体を温めようと、ふと風呂に入りたくなることがある。

今週は3回も入ってしまった。
昨日も書いたように、帰宅後の生活が規則正しく、その規則正しい生活の中に風呂が入り込んだという感じである。

酒を飲みながら食事をして、片付けや洗濯をした後に、体が冷えて、ふと風呂に入りたくなる。
しかし、やっぱり体によくない。

以前より、風呂に浸かると不整脈が出るということで風呂から遠ざかっていたのであるが、それを防ぐ方法として、心臓より下の部分までしか湯船に浸からないようにしたら不整脈は出ないようになった。
だが、お酒のせいもあって、ついつい居眠りをしてしまい、気がついたら1時間も経っていて、汗びっしょりになってくたくたになっている。
お酒を飲んで風呂に入るのはよくない。

聞くところによると、年間で約1万人の人が入浴中に命を落としているという。
1日30人である。全国の3分の2の県でだれか1人命を落としている計算になる。

こんな調子だと、いまにそのうちの1人になってしまいそうな気がして恐ろしい。
夕べなど、風呂に浸かりすぎたせいか、夜中に激しい動悸が襲って眼が覚めた。

やっぱり風呂に入るのは止めようと思う。
風呂に入っても気持ちよく眠れるわけでもないし、体が冷えても布団を温めておけば、十分に眠れる。

1月22日 (木)     家事

1月になってから、帰宅後の家事仕事に忙しい。
夕食を家人が準備してくれる回数も減った。仕事が忙しいせいだろうとは思うのであるが。
自分で準備をしなければならない。
しかし、料理とはいえないほどの簡単なものなら、短時間で準備できるし、これも結構面白いかと思って、近所のスーパーで野菜などを買ってきて、適当に調理して皿に盛り付けて食べたりしている。
最近は野菜が高い。
レタス1個300円は買えない。

昨日も買い物をしてから帰宅し、簡単なものを作って(材料を切って皿に盛るだけ)食卓に並べた。
家人はそれを一緒に食べながら、暢気にテレビなどを見ている。
食事が終わったら、食器洗い。
同時並行で洗濯。
それが終われば寝床のセット。
家人はテレビ。

朝は朝で起床が早いから食事は自分で用意する。
これまでは味噌汁と納豆とごはんというパターンが多かったが、最近はこれに野菜が登場する。
鍋を持ち出してきて、簡単に火を通して味付けをする。
自分の好みで辛目のものにするから家人は食べない。
食器を洗って、その日のゴミをまとめて家を出るのが6時。

休日は部屋や風呂場の掃除。

最近、家事をするのも面白くなってきた。
しかし、老後に向けて、一通りの家事が出来るようにしておくことは重要である。
いつまでも家人に依存していてはいけない。
若いうちはいっさい家事をしなかったが、この歳になってから始めるということに対して自分をほめてもよいかと思う。当たり前のことをすることをほめるというのもおかしいかもしれないが。

しかしふと思う。
家事がひととおりできるようになったら、1人暮らしがしてみたい。
亭主元気で留守がいい というが、逆もまたありなのではないかと思ったりする。

1月21日 (水)     右目

一昨年の年末に、目が見にくくなったので、メガネを作ってもらおうと眼科を受診した。
そのとき、前から右目の白目がいつも充血しているのがきになっていたので、医師に相談したところ、「悪性リンパ腫の可能性が否定できないから大学病院に行ってください」と紹介状を渡され、昨年の1月に大学病院に出向いた。
その時の診断では、たぶん悪性リンパ腫ではないと思うけれど、経過観察をしたいので、半年後にもう一度きてくださいと言われ、7月に再診を受けた。
そのときは変化がなかったが、大学病院の担当医から、原因がさっぱりわからないので気になるから、また半年後に来てくださいと言われ、今日出向いていった。

診てもらったらまったく変化はなかったので、とりあえずは異常なしということではあったが、担当医はどうしても原因がわからない。わからないからほかっておいてもいいのかもしれないが、なんとか原因をはっきりさせたい ということで、更に経過観察をすることになった。

眼の写真を撮ってもらってそれを見せてもらったが、素人目で見ても確かに右目の充血は気味が悪い。
微小な血管がくもの巣のようにはっている。

担当医はとても親切にしてくれて、丁寧に診察をし、丁寧な説明をしてくれる。
その言葉の端々に医師としての使命、研究者としての意気込みを感じることが出来て、頭が下がる思いがした。

今度は6月。異常なく推移することを祈りつつ、またこの担当医と話ができると思うと少し楽しみだったりする。

1月20日 (火)     電気機器の調子

最近、いろんなところで電気機器の調子が悪い。

発端になったのは、家のシーリングライト。
スイッチを入れると一瞬灯りがついてすぐ消える。
これは本体が悪くなったと思って先週新しいものを買ってきた。
取り替えようと思って、カバーを明けてみたら、管球がいたんでいたように見えたので、管球のみ取り替えて、買って来たシーリングライトは別の部屋のものと取り替えた。
2,3日はそれで調子がよかったのだが、一昨日くらいからまた点いたり消えたりする。
やっぱり本体が悪いので、また今度家電量販店がセールをやる時に一つ買ってこようと思う。

隣の栄養学実験室のエアコン。
暖房モードにしても冷たい風しか出てこない。
フィルターの掃除をしてもいまひとつである。
これもついに故障したか。

自分の研究室のエアコン。
リモコンの信号に反応しなくなった。
リモコンの電池がなくなっているわけではない。
まったくの原因不明。
これが使えないと、朝晩の寒い時に厳しい。

研究室のデスクのスタンド。
管球がいかれてしまって点滅する。
卒論のチェックなど、デスクワークの多いこの時期に困る。

我が家のブレーカー。
朝、電灯をつけて、エアコンを入れて、電磁調理器で湯を沸かしていたら、バン!と言う音とともに、家中の明かりが消えて真っ暗。
この冬はたびたびこんなことが起こる。
容量アップをしなければならないかもしれない。

ガタがくるときにはこうして一度にやってくる。
あちこちでうんざりしている。

1月19日 (月)    何となくもやもや 

例年この時期すなわち、1月の中旬は調子がいまひとつである。
それほど忙しい時期ではないが、寒いせいもあってか、体と心のバランスが崩れかけている。
年末年始でゆるんだ頭と心が回復しようという過渡期になっているのかもしれない。

体のほうはというと、毎日胃が重くて仕方がない。
このことは何度も話しているような気がする。
胃が重いのなら飲んだり食べたりするのを控えたらよいとは思うのであるが、心がそれを許さない。
なんとなくの不安やなんとなくの焦りがお菓子やお酒に走らせる。
おかげで体重は上昇する。
体組成計のグラフを見ると、毎年同じ傾向になっている。
2月になると風邪を引いて寝込んで体重は激減する。

いつもやっている授業を重荷に感じてしまう。
やってしまって終わってしまえばどーってことはないのだけれど、授業が始まる前の気の重さは相当なものである。

今の時期は卒論の仕上に時間をとっているが、外部との研究打ち合わせも頻繁にあって、それも会う人ごとに内容が違うから、何がなんだかわからなくなってしまうことがある。
準備不足を痛感するが、記憶力の低下はもっとシビアである。

毎年この時期になると、来年度こそ仕事を精選して、質の高い仕事をじっくりやっていこうと思うのであるが、結局一年経ったらばたばたで終わったという印象しか持つことが出来ない。

いかん。気持ちを落ち着けて、腰を落ち着けて、じっくりやらんと。

1月18日 (日)    大学入試センター試験

昨日と今日の二日間にわたって大学入試センター試験が行われた。
全国で54万4千人もの受験生があったという。
これだけ大がかりなことを全国いっせいにやって、ほとんどミスが起こらないというのは奇跡といってよいと思う。
日本の国が、いかに安定しているかを示していると思う。

最近は、センター試験を採用する大学が増えたので、大分大学で受験する受験生の数も減り、監督のコマ数も減った。
土曜日か日曜日のいずれか1日で済むことになった。
しかし入試委員や事務方や責任者は2日間とも出てこなければならないから大変である。

歳をとるにつれて、「主任監督者」に指名されることが多くなった。
これはたいへんに緊張する。
業務自体は大したことないといえばたいしたことはないが、注意事項をもれなくマニュアル通りに説明し、受験生の様子を観察し、試験時間をきっちり守るなど、気を遣う。

それでも午前2コマ、午後1コマを無事に終わることができた。
センター試験が無事終わるかどうかは天候が大きく左右する。
寒い日になると、途中でトイレに行きたくなる受験生が多いが、今年は暖かく、1人もいなかった。
教室に空調が整備されたことも一つの要因であったかもしれない。

センター試験でくだらないことを考えた。
54万4千人が受験し、受験料が1人仮に15000円だとすると、全部で約80億円になる。
おそろしく多くのお金が動いていることになる。

何はともあれ、無事に終了し、ホッとした。
この次は来月頭の推薦入試。

1月17日 (土)     PET検診

癌の早期発見の検診方法として、最近注目を浴びているのがPET検診である。
このことは昨年の今頃にも書いた。
すなわち、誕生日を契機に毎年行っているというわけである。
今回が4回目である。

朝、ソニックに乗って小倉まで出かけた。
PET検診に行く日はなぜか毎年天気が悪い。または寒い。
今年も大分を経つ時には晴れていた天気も、小倉についたらどんよりした空模様になった。

検診を受ける前はどうにも落ち着かない。
異常が出たらどうしようかとついつい不安になってしまう。
加えて絶食しているので、何となくイライラする。

しかし、4回目にもなると、流れがわかっているので、検査に対する不安は全くない。
毎年同じように問診、身長・体重測定、血液採取、薬剤投与、撮影、結果説明と滞りなく3時間で終了した。
おかげさまで今年も異常なし。
これでまた1年を安心して過ごすことができる。

検査が終わった後は、旦過市場で買い物。
これが楽しい。
新鮮な魚や果物、お菓子やおかずなどを買い込む。
今日の掘り出し物は鯛のアラ。
新鮮な大きな天然の鯛がわずか200円。
今晩のおかずはこれの煮物に決まり。

家に帰ってしばらくしたら、次男坊から電話があった。
彼の就活もそろそろエンジンがかかってきたようである。
今日のPET検診の話をしたら、
「なぜ、わざわざ小倉まで行くのか」と尋ねられた。
事情を説明したら電話の向こうで納得していた。
「その検査はいくらくらいかかるのか。5,6千円か」と尋ねられたので、
「一桁違う」
と答えたら電話の向こうで絶句していた。

確かにPET検診は高価ではあるが、癌の早期発見にはかなり有効な手段であると思うので、また来年も行くことにしようと思っている。
何日か前に書いたように、そろそろ早期発見に重点を置かなければならない年齢になってきた。

1月16日 (金)     無題

1月ももう半分が終わってしまった。
早い。
4年生は卒論の作成で今が一番つらいところだろう。
まだ完成のめどが立たない状況だから、焦る気持ちもわかる。
一つ一つていねいに進めていってほしいものである。

午前中、医学部に機器分析の様子を見に行った。
昨日、3年生を中心として、分析に行ってもらったのだが、調子がよくないということで気になっていた。
年末に調子が悪かったところとは別のところの調子が悪く、分析を中断して帰ってきた。
来週メンテナンスをしてくださるとのことであったが、この機器は今の研究に必須なもの。
何とか修理して使えるようになることを切に祈る。

午後、卒業生のYさんが遠くからわざわざ研究室に遊びに来てくれた。
まことに嬉しい限りである。
おりしも、4年生が卒論作成で、気分もふさぎがちになる頃なので、よい激励をしていってくれたのではないかと思う。
卒業生が訪ねてきてくれることは本当に嬉しい。
そして社会で活躍している姿を見せてくれるのが本当に嬉しい。

帰りに、電器屋に寄ってシーリングライトを買い求めた。
家のライトの一つが調子悪い。
スイッチを入れてもすぐ消える。
家に帰り着いたら、夜になって真っ暗で、取替え作業は困難であると考え、明日朝作業を行うことにした。

といういような具合で今週も終わった。
明日からセンター試験。監督は日曜日。

1月15日 (木)     成人の日

1月15日は成人の日というイメージが未だに残っている。
今日が祝日ではないのは、なんか損をしたような気分である。

ハッピーマンデー政策によって、成人の日は1月の第2月曜日になることになった。
以前、ここにも書いたように、ハッピーマンデーには首をかしげる点もあるが、成人の日は1月15日しなければならない特別な理由もないような気がするので、まぁ良いかと思う。
しかし、1月の第2日曜日にしたらもっとよいと思う。
そうすれば、成人の日に市町村のイベントができて、次の日は振り替え休日になるから、新成人も成人の日をゆっくり堪能できることになる。

そういえば、11日の夜、我が家のそばのレストランに若い人が大勢集まって楽しそうにパーティーをしていたが、成人のお祝いだったのかもしれない。

自分が成人の日を迎えたのは30年以上も前のことになるが、今でもその日のことをよく覚えている。
中学校でお祝いの式典が開催されて、久しぶりに会った小中学校の同級生と楽しく過ごしたことを覚えている。
大人としての責任を感じたことも覚えている。

「最近の若者は」とはよく言われることである。
最近の若者を見ていると確かにそう思うこともある。
しかし、この言葉はいつの時代にも言われてきた。

時代の流れについていけない年長者が自分の価値観で判断するから、自分の価値観に合わないものは受け入れられなくてそういう言葉が出てくるのであろう。

若いということはそれだけで大きな価値がある。
まだまだ未熟な面が多いのは否めない。
しかし、何事にもチャレンジできる莫大なエネルギーがある。
大きな夢を持つことができる。
いろんな失敗も繰り返すが、その経験はその後の人生に大いに役に立つ。

1月14日 (水)     血液検査

昨日診療所で受けた血液検査の結果が届いた。
これを見る限りでは、きわめて良好。

最近、慢性腎臓病に関心がもたれ、腎臓が悪いことが高血圧や糖尿病などにつながるということで、腎機能を評価することが重要であるといわれている。
具体的には、血清クレアチニン濃度を測定して、その値からeGFR値を求める。
今回のeGFR値は100.6。
51歳男性では、この値が90を超えていれば問題ないということなので、この私は全く問題なし。

前々からヘマトクリット値とヘモグロビンの値が低く、気になっていたが、昨年頃から基準値にぎりぎり入るようになってきた。今回は、赤血球の数が若干少ないのが気になったが、血清鉄の値は基準値の範囲なので、貧血の心配はほとんどなくなったといってよい。

血清アルブミン値も4.8g/dLであるから、栄養状態もきわめて良好。
血糖値、グリコヘモグロビン値も低い値であるから、糖尿病の疑いもない。

今回ちょっと驚いたのが、総コレステロールの値が247mg/dLと基準値を超えていたことである。
しかし、最近は脂質異常症の判定基準として、総コレステロール値は用いずに、HDL−コレステロール値とLDL−コレステロール値を用いる。
HDL−コレステロール値が40mg/dLを下回るか、LDL−コレステロール値が139mg/を超えると問題があるとされるが、いずれも基準値の範囲。
総コレステロール値が高値であった理由は、HDL−コレステロール値が高いため。何と103mg/dLもある。
上限値ぎりぎりである。
これは毎日の徒歩の通勤とほどほどの飲酒のためと思う。

血液検査は1回の結果を見て一喜一憂してはいけない。
定期的に検査を行って、値がどのように推移していくかを知ることが重要である。
いつも低い値であれば、それがその人にとっての正常値。
いつも一定の値で推移していれば問題ない。
また、血液検査だけで健康状態をすべて判断できるわけではない。

生活習慣病を発症させないためには、日頃からの予防が大切だということは講義などでも話しているが、早期発見も重要な因子である。
いくら予防をしていても、気がつかないうちに、病が発症していることもある。

1月13日 (火)     父親のダイエット作戦

父親が昨年末に血液検査を受けたら、糖尿病になりかけているという結果が出て、医師からダイエットを勧められたという。
そこで、早速ダイエットを始めたと言っていた。
正月に聞いたときにはまだその効果は出ていないと言っていたが、先日電話をしてみたら、2kg減ったという。
ダイエットを始めて1ヶ月弱で2kg減だから、優秀である。

彼のダイエットの方法はお菓子との決別。
糖尿病を指摘されるまでは、口がさびしくなると、何かしらのお菓子を食べていたのを一切止めたという。
彼は、そういう意志の強さというか強情なのかもしれないが、こうと決めたら、徹底的に自己管理をする。
まことにもって見習わなければならないと思うとともに、その意思の強さには頭が上がらない。

この意志の強さの原点はどこにあるのかと思い起こしてみると、30年ほど前に、彼は脳血管疾患を患って、それを機会に、大好きなたばこを相当苦労して止めたところにあるのではないかと思う。
あのときはニコチンパッチもなかったし、よくも自分の意思だけで禁煙することができたものだと今でも感心する。

どうしてそんなに強い意志を持って健康管理をすることができるのかと思ってみると、家族や周りの人に迷惑をかけたくないという気持ちが根底にあるのではなかろうか。

6年前に私がダイエットをしようと思ったきっかけも父親の行動であった。
当時、彼は葡萄を食べ過ぎて一気に5kgも太り、これではいけないと、スパッと葡萄とお菓子を食べるのを止めて体重を減らした。

そのような意志の強さに負けてたまるかと思って自分もダイエットを始めて見事に成功したのである。
しかしその私は先週の日記にも書いたように、最近、食べすぎが目立ち、体重がじわじわと増加している。
このままずるずるといくのはよろしくない。

父親の意志の強さに負けないように、自己管理を徹底しようと改めて思う。
健康でいることが何より大切であると思う今日この頃。

今日、診療所で血液検査を受けたので、その結果が気になるところ。
週末はPET検診を受けに行く。

1月12日 (祝)      掲示板 

三連休も終わり、ようやく冬休み気分も抜けてきた。
明日からは講義も再開し、またいつもの生活に戻る。

年賀状のやり取りも一段落し、正月気分も抜けた。
年賀状やメールで新年のお祝いと一緒に、「ホームページ見ていますよ」というメッセージが多かった。
大変にありがたいことである。

研究室の様子を、学生や私がそのときの思いつきで発信しているのであるが、特に卒業生には懐かしい気持ちで見てもらっているようである。

そこで一つお願いがあります。
最近、掲示板に書き込みをしてくれる人がいなくて、淋しい思いをしています。

ホームページを見た感想でもよいし、近況報告でもよいし、とにかく何でもよいから様子を聞かせてください。
楽しみにしています。

1月11日 (日)     寒い

昨日あたりから急に寒くなってきた。
最近暖冬が続いているので、寒いのは苦手になってしまった。
しかし、これも慣れで、寒いなら寒いで寒い日が何日も続けばそれなりに何とかなるのであろうが、暖かかったのが急に寒くなるという変化がよくない。

何事も急激に変化することがよくない。
理想的には徐々に徐々にというのがよい。

この寒さで風邪を引く人が増えるだろう。
インフルエンザもはやりだすのではなかろうか。

来週のセンター試験、この日は寒くならないことを祈る。
それまでに寒波が去っていってくれることを切に祈る。

1月10日 (土)     連休

成人の日が月曜日になったおかげで、この時期に必ず三連休がやってくる。
一年のうちでたびたび三連休がやってくるが、この三連休が一番ありがたい。

正月でぼやんとなってしまった頭と体を回復させるのに絶好の機会だからである。
今年の目標などを真剣に考えるのはこの連休である。
一応正月に考えることは考えるが、浮かれた頭で考えるので、再度冷静になって考える必要がある。

今年もやりたいことがいっぱいある。
我が家でも長男が卒業・就職と大きな変化が起こるはずである。
その準備をいつ頃どうするのかというのが、今年の当面の課題。

1月9日 (金)     そろそろ入試

新しい年になると、入試のことが頭をよぎるようになる。
来週末には大学センター入試がある。

私が着任した時には共通一次といって、受験生はほとんど全部の科目を受験しなければならず、会場も大分大学と大分医科大学だけであったから、大勢の受験生が集まって、試験監督も2日間びっしりあったものだが、最近はセンター試験を利用する大学が増えたので、受験会場も増えて、試験監督のコマ数もグッと減った。

若い頃は馬力があったので、試験監督をどれほどやろうとも苦にならなかったが、最近はとてもそんな体力・気力がなくて、コマ数が少ないのはありがたい。

最近、入試を行うのにあたって、口をすっぱくして言われることは「絶対にミスをしないように」ということである。
確かにごもっともでミスをすることは許されないが、それでもミスを皆無にすることは不可能であろう。

ミスが起こる原因を考えてみた。
一つは昔より、細かいところまで気を配らなくてはならなくなったということ。
ということは、細かいところでミスが起こる可能性が生じるということである。
次に慣れ。
毎年やっていると、今年から変更になったところを見落としやすい。
そこに落とし穴がある。

センター入試が終わって推薦入試、大学院入試、前期入試、後期入試と続く。
親しくしてくださっている先生からのメールにも入試業務が忙しいとあった。

3月まで気の抜けない日々が続く。

1月8日 (木)     ゴミと卒論

早いもので、年が明けてからもう1週間が経った。
今日から授業が始まり、また賑やかなキャンパスが戻ってきた。

家のゴミをまとめて集積場に運ぶのは私の役目である。
年末年始はゴミの収集がなかったから、家の中はゴミでごった返していた。
それも今週になって少しずつ片付くようになってきた。

今日もゴミを袋のまとめて集積場に運んだが、その中には年末に食べたごちそうがはいっていた容器などが入っていて、年末の楽しい時間を思い出すとともに、その楽しい時間もこのゴミとともに消え去ってしまうのだなと思うと名残惜しい。

1月はあっという間に過ぎる。
卒論、修論の完成に向けて4年生は忙しい日々になることだろう。
毎年、毎日遅くまで残って論文を書くのはたいへんだ、もう2度としたくないという声を聞くが、そこが狙い目なのである。
前にも触れたと思うが、社会に出たときの忙しさなど、学生時代の忙しさに比べればどうってことない。
そのことは4月になったらわかる。
それから、もう卒論など書きたくないという気持ちにさせて、学生生活に別れを告げさせるという意味もこもっている。
学生生活がいつまでも楽しくて仕方なかったら、いつまでたっても卒業できない。
思い残すことのないように、もうこりごりだという気持ちになるくらいにまで根をつめて卒論の作成に立ち向かってほしい。

1月7日 (水)     正月

記憶が危ういが、今日は七日正月とか小正月とかいって、七草粥を食べる日ではなかったかと思う。
昨日の食べすぎがたたったのか、今日は朝から胃が重くて、食欲がない。
吐きそうかというとそういうわけでもないが、どうにも気持ちが悪い。
食事もまともに食べられなかった。

正月が過ぎてしばらくすると、おせち料理の食べすぎのつけがちょうどこの頃やってくるのかもしれない。
昔の人はよく知っているものだなぁと感心した。

昼食に、七草粥と言うわけにはいかなかったが、レトルトのお粥を食べた。
気分だけ七草粥である。

ちまたではウイルスによる胃腸炎がはやっているようだ。
家族も含め、周りで調子が悪いという人のことをよく耳にする。

飲みすぎ、食べすぎで胃腸の弱っているところにウイルスが入り込んできたら、一発でやられるのは目に見えている。
予防法はしっかりと手洗いすることである。

1月6日 (火)     食べすぎ

12月に入ったあたりから毎日食べ過ぎている。
夕食を満腹に食べた後にお菓子を食べない時がすまない。
といっても、このスタイルは数年来続けてきたこと。
それが最近、体に堪えるようになってきた。

朝起きた時に胃が重く、食欲がない。
結局、夜に食べ過ぎているというわけである。

栄養学の教科書によると、50歳を過ぎると、基礎代謝ががくんと落ちるので、食べすぎは肥満に直結する。
そういえば、体重はわずかずつであるが、増加傾向にある。
きわめてよろしくない。

加齢とともに胃腸の機能も弱まってくることは容易に想像できる。
腹8分目を守ることが健康によいということを実感する。

しかしなかなかそれができない。
特に夕食後のお菓子、夕食後に限らず昼間のお菓子はやめられない。

お菓子を食事の代わりにしてはいけないと栄養学の教科書に書いてある。
しかし、お菓子でお腹が膨れてしまうことがたびたびある。

栄養学を教える人間がこういう食生活を送っていては説得力に乏しい。
しかし、人間とはそういう弱いところがあるということも十分知っておいて、話をすることも重要である。
理屈ばかりの話ではこれまた説得力に乏しい。
それは単なる言い訳か?

1月5日 (月)      仕事始め 

去年から今年の年末年始は、カレンダーが極めて好都合で、土日が連続となり、通常なら6日間の休みのところが9日間の休みとなった。

休みの間はそこそこ溜まっていた仕事も片付けることができたし、気分転換もできたし、帰省もできたりでまずまずの休暇であった。

仕事始めも例年より1日遅い。
これはありがたい。
例年なら、帰省から帰って即翌日から仕事であるが、今年はワンクッションおいてから仕事を始めることができる。

しかしこれが仇になった。
何事にもリハビリというものが必要である。
しばらく日常を離れていて、再度日常に戻る時、いきなり飛ばしては要らぬ疲れを呼び込むことにもなりかねない。
今年はこれをやってしまった。
いきなり飛ばしすぎて、頭がついてこなくなった。
要らぬ疲れを呼び込んだ。

家に帰ってから何気なく新聞を読むと、仕事始めの日はウオーミングアップ程度の軽い仕事にしておいて、翌日から通常に戻るのがよいと書いてあった。
まさにその通りと思ったときは既に遅し。
なんだか無駄に疲れたような一日となってしまった。

年の初めからこんな様子では今年も思いやられる。
飛ばしすぎに注意。
だからといって、のんびりしている余裕もないが・・・。

1月4日 (日)     すき焼き

実家の地方では、年末にすき焼きを食べるという風習が一部にある。
我が家ではそういうことをした記憶がないが、今年はなぜか正月にすきやきを食べることになった。

若い頃は、すき焼きより焼肉の方が好きであったが、最近はすき焼きの方がよいかなぁと思っていた。
しかし、材料の牛肉を見た瞬間に思わず引いた。

父親が奮発して買ってくれた肉はものすごい霜降りの宮崎牛。
牛肉の脂は確かに風味はよいが、重すぎる。
食べると血液がドロドロになるような気がする。

すき焼きのなかに入っている肉を敬遠して、野菜を食べようとしても、野菜には牛肉から出た脂肪がごっそりまとわりついていて、野菜を食べているんだか、脂肪を食べているんだか、訳がわからなくなる。

霜降りの肉を見ると、いかにもその牛は不健康であったような気がするし、それを食べるほうの人間はもっと不健康になるのではないかと思ったりする。

ようやく調子が戻ってきた次男坊は、いつもはグラム100円のオーストラリアの赤身の肉しか食べたことがない と言いながら、興奮しておいしそうに肉をほうばっている。
私はグラム100円の肉のほうがよい。
それ以前に牛肉より、魚のほうがよい。

などと文句を言うと、年金生活の身でありながら、子どもや孫のために、高い牛肉を奮発してくれた両親に申し訳ない。

1月3日 (土)     初詣

昨日、毎年恒例の初詣に出かけた。
次男坊の調子がまだよくならないので、今年は1人で出かけた。

いつもの賑わい。いつもの風景である。
今年は晴れ着姿のお嬢さんを見かけない。
不景気のせいなのであろうか。

おまいりをしたあとにはおみくじ。
今年は「半吉」。
この神社のおみくじはきびしい。
ここ10年くらい、「半吉」とか「末吉」とか、よくないものばかりである。
調子に乗りすぎなさるな という忠告だと思って今年も引き締めようという気分になる。

もう一つ神社へおまいり。
次男坊の名づけの神社である。
子どもたちへのお守りと破魔矢を求める。

初詣の後は、デパートに行って、福袋の物色。
去年書いたかもしれないが、10年ほど前までは目の色を変えて福袋を買いに行った。
しかし今ではほとんど興味も薄れて、お正月気分を味わう程度のものを買うことにしている。
デパートの福袋ははずれ。
年々質が悪くなっているような気がする。
興味が薄らいでいくのに比例して質が悪くなるのはちょうどよい。

1月2日 (金)     誕生日

51歳になった。

他人の誕生日を祝うのは、相手の喜ぶ顔が見たくて、心がワクワクして大好きである。
しかし自分の誕生日を祝ってもらうのはどうも照れくさい。
それに、日が日なだけに、正月のめでたさに誕生日のめでたさもかすんでしまう。

それでも何人かの人たちからおめでとうメールをいただいて、なんとなくうれしい。
51回目の誕生日を迎えて、ある種の開き直りというか、受容の気持ちが生まれてきた。

頭髪が薄くなるとか、目が見にくくなるとか、物覚えが悪くなるとか、冷え性がひどくなるとか、思ったことがすぐ口から出てこないとか、とにかく、老化に伴う精神的・肉体的な衰えを実感している。
それをなかなか受け入れることができなかったが、去年の中ごろから、そういう変化は仕方のないことで、それに抵抗しても無駄である、むしろそういうことと上手に付き合いながら、細かいことは気にせずに、おおらかに生きていく方がよいと思えるようになってきた。

そう思うようになったら、非常に気分が楽になった。
この1年もマイペースで快適に過ごしていきたい。
しかし、マイペースイコールわがままではないことは十分に肝に銘じておくべきだと思う。
今まで、マイペースを貫かれて、つき合いにくいなぁこの人は と思った人が何人もいる。
自分はそうはなりたくないと思ってはみるが、結局自分も多くの人に迷惑をかける人生を送るのであろう。

1月1日 (祝)     あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
今年も変わらぬご厚誼・ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

年の初めは我が家で恒例となった天満社への初詣。
紅白歌合戦を見て、おもむろに着替えて出かけていった。
いつものように景品つきの年越しそばを食べてしばらくすると、新しい年が始まり、早速今年一年の健康と平和を祈った。
振る舞いの甘酒とお神酒をいただいて家に帰り、一旦床についた。

いつものように早起きして、次男坊とともに両親の住む実家へ向った。
家内は初仕事。ご苦労さま。

元旦の朝の飛行機はお客の数も少なく、何となくすがすがしさを覚える。
しかしながら、朝からトラブル発生。

次男坊が調子を悪くした。
空港までのバスの中で派手に吐きもどし、実家についてからは発熱とひどい下痢で寝込んでしまった。
本人はおせち料理が食べられなくて、悔しがっていたが、家族がいるときに調子が悪くなったことは幸運である。
1人住まいのアパートであったら、もっと大変な思いをしていただろう。

今年は運のよい年になるかもしれない。