12月31日 (水)     大晦日

先週の25日に「今日が最後」と言いながら、結局研究室に出てきて、今年最後の日記を書くことにした。
ちゃんと最後の日まで書くことができてうれしい。

先週の水曜日はクリスマスイヴ、そして今週は大晦日。
イベントのある曜日である。

この一年のことを思い起こしてみると、今年もいろいろなことがあった。
仕事のこと、プライベートなこと。

仕事について言えば、プライベートの面を重視したので、量的には昨年に比べて減った。
しかし、質は変わっていないか、少しよくなったのではないだろうか。
今までは能力以上のことをやっていたのかもしれない。
それより何より、多くの人が支えてくださったおかげでその質を維持できたのだろう。

プライベートでは楽しい1年だった。
多くの楽しい出来事があった。

先週も書いたように、何より健康で過ごすことができたことが何よりであった。
来年はどんな年にしようか。
やはりまずは健康第一。
そしていつも感謝の気持ちを忘れずに、仕事もプライベートも明るい気持ちで臨みたい。

つれづれ日記を読んでくださっている皆様、
改めまして今年一年、数々のご好意をありがとうございました。

どうか来る新しい年が皆様方にとってすばらしい年になりますように、心よりお祈り申し上げます。

正月は帰省するので、この日記は5日より再開する予定です。
来年もよろしくお願いいたします。

12月30日 (火)     休日の自宅

いよいよ年末モードに入った。
今日はいつものように早起きしたものの、そのあとが完全に休日モードに入ってしまい、行動が遅い。
ゆっくりシャワーを浴びて、だらだらと洗濯物を片付け、洗濯物を干し、とろとろと軽い朝食を食べた。
テレビを少し見て、レポートのチェック。
一生懸命取り組んでいるレポートには好感がもてる。
逆に手を抜いたなと思うようなものには点数を辛くつける。

午後からワインを飲もうと思い、近くのパン屋さんに行ったら、年内の営業は昨日で終わっていたので、あきらめて帰宅し、家にあるものをつまみにして、少しずつワインを飲む。
眠たくなってこたつでまどろむ。
起きてまた少し飲む。
また眠たくなってまどろむ。

夕方、念入りに家中の部屋の掃除。
1時間30分ほどかけてやった。
少しはきれいになった。

その後、近所のスーパーマーケットに出かけ、食材を買う。
目の前でサンドイッチが半額になり、思わず手を伸ばす。
さらには、惣菜が目の前で半額になったので、何も考えずに手を伸ばす。

夜、残っていたワインと買ってきた惣菜で夕ごはん。
こたつに入ってテレビを見る。

眠くなって寝る。

今日は前から気になっていた仕事も終わったし、お酒も飲めたし、家はきれいになったし、テレビも見られたし、これまた一昨日に続き、インドアの休日としては100点満点の1日。

12月29日 (月)      休日の研究室 

今年は年末年始の休みが多いので、思う存分に休むぞ!と考えていたが、昨日充実して遊んだので、今日は研究室に出てきて卒論の原稿に手を入れたり、何かと日頃できない仕事をこなした。

いつもならいやいややるような仕事も、今日はなんだか気分よく進んだ。
自分が心の底から楽しい、嬉しいということがあると、人生が明るくなる。
前向きになれる。

今日は講義もないし、メールもこないのではかどった。
休日の仕事はそれなりのよさがある。

休日の仕事が苦にならなくなって、むしろ楽しめるようになればそれもまたよい。
休みたい時には休み、仕事をすべきときには仕事をする。
理想的なことである。

日頃は理想通りの生活ができないから、休暇の時くらい理想的な日々を送ることができてもよかろう。
明日はどうしようか。
家でゆったりした気分で仕事をしようか、はたまた研究室にやって来ようか。
明日の朝の気分で決めることにする。

12月28日 (日)     福岡

今日は福岡で1日遊んだ。
メインは例のやつである。
ここは4,5年位前に改装して、とてもきれいになり、全席禁煙になっているのがうれしい。
結果は上々であった。
合間に本も読めた。
行き帰りのバスの中ではいろいろな考えごとをすることができた。
好物の豚骨ラーメンも食べた。

福岡では数人の卒業生が働いている。
Kさんもそのうちの1人である。
彼女はいつも店頭に出ているので、休みの日でなければ顔を見ることができる。
夕方の忙しい時間帯ではあったが、元気にしているかなと思って売り場に立ち寄った。

お客が多かったので、あまり話をすることができなかった。
というより遠慮した。
元気に立ち振る舞っていたが、それが仕事モードであることがすぐにわかった。
実は相当きつい毎日を送っている様子がすぐにわかった。

社会人になると、学生時代の忙しさの10倍くらい忙しくなると思っておいたほうがよい。
彼女も忙しい。
自分の時間などないのではなかろうか。

そうやって無理が効くのも若いからこそである。
しかし、夢中になって仕事に没頭してよいのは3年。
石の上にも3年と言うではないか。
それは3年間は我慢しろという意味もあるが、3年経つと仕事もわかってきて、余裕ができるという意味もこめられていると思う。
そこからようやく自分の時間を持つことができる。
3年経ったら、無理を重ねてはいけない。
自分の時間を持たなければいけない。
そうしないと人生の意味を見失う。

彼女が夜遅く家に帰ると、このつれづれ日記を読んでくれているという。
この日記が少しでも息抜きになったり、励みになるというのはものすごく嬉しい。
この日記がエールになれば嬉しい。

12月27日 (土)     年の瀬

結局研究室に出向いてつれづれ日記を書いている。

今年も残すところあと5日となってしまった。
まだまだやり残したことがたくさん残っているような気がする。
歳をとるにしたがって、新年の区切りと言う意識が薄らいでいく。
今年できなかったことは来年に持ち越せばいいじゃないかという安易な気持ちがはびこっている。
こういう考えでいると、区切りがつかなくなって、心機一転という気分になれなくて、ずるずると毎日を過ごすことになるから、疲れが溜まるのである。
年末年始はスパッと休めるように、昨日までに仕事はキリをつけておくべきである。
そして、年末年始はゆっくりテレビでも見ながら、体と心を休めるべきである。

しかし、若いときにはそんな悠長なことを言っていてはいけない。
盆も正月もなく働く時期があることも必要である。
盆も正月もなく働かなくてはならない人もいる。
その人たちのおかげで自分が快適なお正月を過ごすことに感謝すべきである。
そういう人たちの気持ちを理解することは若い人たちにとって必要である。
そういうことを若いうちに知るべきである。
私もそういう時期を過ごしてきた。

12月26日 (金)     眠たい

昨日で今年の日記は終わるつもりであったが、研究室に戻ってきたので、書くことにした。

一昨日から眠たい。
どれだけでも眠れる。
最近の睡眠不足がたたっているのだろうか。

今日は出張で往復8時間、バスに揺られていたが、行きも帰りもほとんど眠っていた。
眠れるということはからだが疲れているということではあるが、反面健康である証拠ではないかと思う。

眠れないとつらい。
逆によく眠れると爽快である。
それに風邪をひきにくくなる。

快食・快眠・快便とは昔からよく言われることであるが、眠たい時には十分に眠るのがよい。

12月25日 (木)     今年もお世話になりました

少し早いのですが、明日は一日出張に出て、土曜日から年末年始の休暇に入り、今年は研究室に来るかどうか分からないので、今日は今年一年のしめくくりの日記とさせていただきます。

今年も皆様方には、いろいろな面でたいへんお世話になりましたこと、ありがとうございました。
おかげさまで、健康で一年を過ごすことができました。

今年は節目の年であると思い、年初にはこれからの人生をどのように生きていくかを模索する一年にしようと考えました。
一年が経ち、その中でいろいろな試行錯誤を繰り返しながら、自分なりにその結論が見えてきたような気がします。
多くの皆様のお力添えで満足できる一年を過ごすことができました。
心より感謝いたしております。

どうか来年も皆様方にとりましてよい年になりますことを心よりお祈りいたしております。

この一年ありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
よいお年をお迎えください。

12月24日 (水)     クリスマスイヴ

夜、人と会って会食するために、街へ出た。
街はクリスマスムード一色である。
美しいイルミネーションに街は輝き、ケーキを手にした幸せそうな人が行きかう。

子どもの頃は一年中でこの日が一番楽しかった。
ごちそうを食べることができ、ケーキを食べて、夜眠ると翌朝には楽しみにしていたプレゼント。
子ども心にあふれんばかりの幸せを感じていた。

大きくなって、しばらくはクリスマスに縁がなかったが、しばらくしたら、今度はクリスマスを演出する番になった。
ごちそうとケーキとプレゼントを用意して楽しんだひととき。
しかしそれも過去の歴史の中に埋もれてしまった。

そんなこともあってか、ここ数年はクリスマスなんて他人事よ などと思っていた。
単なるお祭り騒ぎであほらしいくらいに思っていたので、クリスマスイヴだからといって、街に出たり、特段何かをやるということがなくなっていた。

しかし、久しぶりにクリスマスイヴを楽しそうにしている人たちの顔を見て、クリスマスを楽しむことのできる幸せというものがあるのだということを思った。

プレゼントをもらうこともうれしいが、プレゼントを渡して喜ぶ顔を見ることもうれしい。

子どもも大きくなって、いまさらプレゼントもないであろうから、何年か先に孫相手にプレゼントを渡して喜ぶ顔がみたいなどと、すでにじーさんになったような気分になった。

12月23日 (火)     年賀状

今日は天皇誕生日で祝日である。
早朝、昨日セットした機器分析がうまくいっているか確かめるために、医学部に出向いた。
現地で学生と合流し、分析状況を確認したところ、またまた器械が止まっていて、最初からやり直すことになった。
学生は、昨日、相当苦労したから、様子がだいたいわかったようであった。
これは私の出る番はないなと思い、あとは彼女らに任せて、帰宅した。

ニュースで大リーグのイチローが「失敗することが大切だ」と言っていたが、まさに実感した。
昨日、器械がうまく動かなかったおかげで、今日は比較的スムースに対応できただろうし、今後どのように対応したらよいかがよく分かったと思う。

帰宅してから年賀状を書くことにした。
今年とどいた年賀状を引っ張り出してきて、返事を書くといった調子で進めていく。
年賀状だけのお付き合いという人が大半であるが、一枚一枚見ていると、今頃どうしているかなぁとか、お子さんは大きくなっただろうなぁとか、いろんなことを思い巡らしながら書くものだから、なかなか進まない。
しかしそれも楽しみの一つである。

年賀状など儀礼的でつまらないという人もいるが、私は好きである。
たとえ、表も裏も全部印刷されているものであろうと、私に年賀状を送ってくださる人は、私のことを心の片隅においてくれている人なのである。
多くの年賀状を書きながら、今こうして生きていくことができるのも、多くの人に支えられてのことだなぁとつくづく思う。
ありがたいことである。

12月22日 (月)      慌しい1日 

年の瀬も押し迫ってきて、今週末は御用納めである。明日は祝日だから、今週は1日少ない。
あっという間に大晦日がやってくる。

今日は慌しかった。
朝一番で医学部に出かけ、機器分析をすることにした。
4年生から3年生への引継ぎもしなくてはならないから、全員が揃うことができる午前中に出かけることにした。
総勢7人で大学の車に乗って出かけた。

医学部での機器分析は忘れた頃に行う。
したがって、機器の調子がいつもよいとは限らない。
今日も早速エラー表示が出たり、ガスがなくなっていたりと幸先が悪い。

医学部の先生にフォローしていただいて何とか分析が始まったが、どうも不安だったので、夕方に都合のつく人に様子を見に行ってもらうようにした。
案の定、途中で器械が停止していて、復活させるのに時間を食ったようだ。

12時30分に戻ってきて、ゼミの打ち合わせ。
今年最後の打ち合わせである。
年が明けたら、前方の席には3年生が座る。
世代交代である。

午後は学生実験。
先週同様、梅木さんに力を貸してもらうが、バタバタするばかりで、あっという間に18時。
気がついたら、今日は終わっていたという感じだった。

夜はいつもお世話になっているHさんと内輪の忘年会。
仕事のことやプライベートなことなど、いろいろと話がはずんで楽しいひと時を過ごした。

12月21日 (日)     冬至

今日は冬至である。
昼の長さが一年中で一番短い日である。
ゆず湯に浸かってかぼちゃを食べるとよいと昔から言われている。

かぼちゃは食べたが、ゆず湯には浸からなかった。
我が家で風呂の中にゆずを入れたかどうかは不明である。

併せて今日は次男坊の22歳の誕生日である。
昔は16歳で元服となり、大人の仲間入りをしたのであるが、現代の元服は22歳ではないかと思っている。
順調に進学すれば、22歳で社会に仲間入りする人が多い。
税金の扶養特別控除も22歳までで終わる。
職場の扶養手当も22歳で終わる。

22歳になったら、自分の力で生きていきなさいということであろう。
それとともに、親は子どもが22歳になったら子離れしなさいということであろう。

子離れするといっても、まったく縁を切ってしまうわけではなく、適度な距離を保ちながら接していくことが大切である。
幸いなことに自分の心の中では、子離れすることができたと思っている。

12月20日 (土)     パソコン教室

いつも使っているパソコンソフトがバージョンアップされて、新発売になり、これについてのパソコン教室が某家電販売店で行われるというメールが届いたので、すぐに申し込んで、今日がその教室となった。

いわゆるe-ラーニングという方式で行われた教室であったが、受けてみて非常に不満足なものであった。

不特定多数を対象にし、それもパソコンに関するものであるから、生徒のニーズのレベルが違いすぎてしまって、チャットの発言でもわかるように、全国の参加者の大半が不満足であったようだ。

結局、私も期待していたことについてほとんど得るものがなかった。

パソコンは、使いこなせば使いこなすほど奥が深いものであると思うが、それを追求していてはきりがない。
どこかで妥協することも必要ではないかということをこの教室に参加して感じた。
また、パソコン教室はマンツーマンがよいと思った。

12月19日 (金)     実験と会議

今日は朝からけっこう忙しかった。
学生と一緒に実験をやりつつ、合間を縫って会議に出た。

今日行った実験は、3年生が初めて体験するものであるが、来年にも引き継がれるものなので、きちんと操作を覚えてもらわないといけない。
とはいうものの、それほどむずかしい操作はなく、やたら時間がかかるものなので、それがネックである。

待ち時間をぼーっと過ごしているのもつまらないから何をするのだろうかと思っていたら、月曜日の実験を先取りしてやるとのこと。
そういうように、先を見越して、決められた期限までに終わるように段取りをうまく考えることは、社会に出てから非常に重要なことである。
行き当たりばったりで事を進めていては、お互いに損をするばかりである。
今日行った実験、すなわち、サンプルの前処理を経て、月曜日には分析にかかる。
今年中にデータを出さなければならない。

午後、学外であった会議に出席した。
いわゆる「諮問会議」というものである。
いくつか質問をしたが、的を射た回答が得られて、担当者の有能さに感服した。

今日もまわりのみんなに助けられて、1日仕事をすることができた。
感謝。

12月18日 (木)     講義

今日の1,2限の授業で、今年の講義形式の授業は終わった。
後期の講義は、何となくノリが悪く、居眠りしている学生も目だってあまりよい気分で行うことができなかった。
その理由を考えてみた。

結局のところ、学生の興味をひきつける力が弱かったということであろう。
では、その理由はどうしてかを考えてみた。

学生の興味を引きつけようと考えた時、方法が2つ思い浮かんだ。
一つは、できるだけ学生自信の身近な問題として捉えさせること、
もう一つは、専門分野の研究の面白さを熱く語ること。

この学部は研究者を養成する学部ではないから、二つ目に挙げた専門分野の研究の面白さを熱く語ることはむずかしい。
だいたい、今現在、専門分野の研究の面白さというものを実感しにくい状況にあるような気がしているので、そのことを熱く語るのはむずかしい。
それは、高度な研究をしていないからという理由ではなく、「食品栄養学」自体の価値についてある種の疑問が頭から離れないからである。この分野の研究価値がどれほどのものなのか、自分自身の心の中に疑問符がついているのである。

一つ目に挙げた身近な問題。
これに欠けている。
最近の講義は教科書に書いてあることを分かりやすい言葉に直して話をするようにしているつもりであるが、それでは学生に響くものはなかろう。
学生自身の生活に密着した問題として捉えてもらうには、まず私自身の生活をよく見直して、そこから問題を拾い上げ、それを教科書に補足するような形で説明することがよいのではないかと思う。

そこで自分自身の生活を振り返ってみると、講義とは関係ないところで充実しているものの、食生活については、最近あまり考えていない。
食生活のことを考えていないことはないのだが、学問的に興味のある事を考えていない。
そこに大きな問題がある。

常に何かネタはないかという気持ちで毎日を生活を送っていくことがこれからの課題である。
そのためには、遊びの気持ちと時間を作ることも必要である。

「生活分野」が生活に密着しなくなったら、存在する価値がない。
生活に密着していない教員は要らない。

12月17日 (水)     定年坂

大学入り口の信号から守衛所を通って、メインストリートまでゆるやかな上り坂になっている。
この坂が「定年坂」と呼ばれているのをご存知であろうか。
すなわち、この坂を上るのがきつくなったなぁと思うようになったら定年が近いという意味である。
という話をずいぶん前に長老の先生から伺った。

今は歩いて通勤する職員も少ないから、定年坂を実感する人も少なくなっているだろう。

今日話したいことはこれだけである。
事実を語りたかっただけである。

私はまだまだ定年坂を上るのは苦にならないし、バイク置き場から上がってくる103段の階段も何の抵抗もなく登ってくることができる。
毎日の列車通勤の賜物である。

となりのトトロではないが歩くのは大好きである。

12月16日 (火)     無題

先週に引き続き、今日も無題である。
他愛もないことを書く。

まずゼミの様子。

4年生は卒論の作成に向けて準備をし始めた。
早めに取り組んでくれることはよいことである。
余裕をもって進めることができる。
しかし、ときどき、データがおかしいのではないかとひやっとさせられたりして、気が抜けない。

3年生は実験の一通りの作業を覚えて、毎日一生懸命やっている。
5人のうち、だれがどのテーマで進めていくかをきちんと決めるのは、年が明けてからにする。
それまではすべての操作ができるようにトレーニングしてもらおうと思う。

来年5月に開催される学会の申し込み時期が近づいてきた。
発表しようかどうしようか迷っているテーマがある。
金曜日の実験によってそれが決まる。

講義は火曜日の講義が今年最後となった。
次回は年をまたいで4週間後である。
それもあと3回やったら終わり。
後期は時間が経つのが早い。
そして、年末年始で一息入れ、その後本調子に戻るまでもう一度三連休があって、そのあとからようやく本調子に戻るかなと思う頃には1月は半分終わっている。
センター試験があって、卒論・修論のしめきり。

2月に入れば修論審査に卒論発表会。
それに入学試験。
そして数々の会議。

といっている間に3月がやってくる。
3月は共同研究・受託研究の報告書の作成に忙しい。

こうして考えていくのは気が早すぎる。
とはいうものの、今から先のことを考えて、あたふたしないように、先に先に仕事を考えて進めていくことは大切であると思う。

12月15日 (月)      学生実験 

今年は月曜日が祝日にあたったり、休日にあたったりして、連続して授業ができない。
しかし、月曜日の学生実験は結構しんどいので、とびとびで授業があるのは非常に助かる。

学生実験は今日から食品の一般成分の測定に入った。
いよいよ実験が面白くなるところである。
今年は受講生の数が少ないのと、学生の授業のコマに余裕があるから、2グループのスタート時間をずらして始めてみた。
すこぶる調子がよい。
それに梅木さんにも力を貸してもらったので、余裕をもって、細かいところまで目が行き届く。

毎年、学生実験は、教員がバタバタしていて、学生は待ち時間ばかりでおしゃべりに時間を潰しているという光景が目立ったが、今年はそういうことがない。

しかし、実験操作を見ていると、なんだか危なっかしくて仕方がない。
ついつい小言と手が出てしまうが、それはぐっと我慢しなければならない。
ストレスになるが、教員の宿命である。

今日は早い時間から始めたおかげで、早く授業を終わることができ、また時間も有効に使うことができてよかった。
早速出た結果を整理してみたら、データ的にもよいものが出ていて、これもよかった。

実験、実習は少人数のほうが、学生・教員のお互いにとってよいものであることを感じた。

12月14日 (日)     クリスマス

街はクリスマスムードが高まってきた。
とはいっても、結局、買い物が盛んになるというだけのことである。
クリスマスには、親しい人にプレゼントをするよい機会である。

もとはといえば、サンタクロースが貧しい子ども達のために、プレゼントを用意していたような気がするのだが、今はそうでもないようだ。

もう我が家の子ども達も大きくなってしまったので、クリスマスといっても親の出番はない。
それでもこの時期には何か買い物をしたくなる。

今年は自分で自分へのプレゼントを買うことにする。

12月13日 (土)     伯母の七七忌法要

昨日ここに書いた伯母の法要に父親の代理で行ってきた。
父親の実家に行くのに、従兄弟の車に乗せてもらって出かけた。
彼もあと半年で定年だという。

早めに着いたら、従兄弟達はすでに大勢集まっていた。
前にも触れたように、ほとんどの従兄弟はおじいさん、おばあさんである。

出てくる話は一番に健康問題。
大きな病気を患った従兄弟もいる。
従兄弟の子の1人はまだ若いのに、大きな病気を背負ってしまったと言っていた。
ばりばり健康だぜ!という人は1人もいない。

2番目は孫の話題。
だれもが孫はかわいいという。
本当にそうなるのかどうか、楽しみであるが、まずそうなること間違いなしというもっぱらの話である。

3番目は定年、再就職。
定年を迎えて、まだ働きたいような、自分の好きなことをやって過ごしたいような、半々の気持ちであるという話でまとまっていた。

父親の実家の庭で、従兄弟達と野球などやって楽しく過ごしたことがついこの前のような気がする。
その頃は、家も大きかったような気がするが、久しぶりに訪ねてみると、小さく見える。
こんなところにも、年月の流れを感じる。

12月12日 (金)     両親の様子

先月亡くなった伯母の七七忌が明日あるので、前日の今日、実家に出向いた。
寒くなってきたので、両親は元気にしているかと気になっていた。

何とか二人で、ほそぼそとやっているようで、とりあえずは一安心した。
母親のほうは以前から気になっている症状がまた復活したらしい。
病院に行って医者に相談してみるものの、医者もよくわからないと言っているらしい。
しかし、コミュニケーションは十分にとることができるし、週に2回のデイサービスにもきちんと通っているということなので、よしとする。

父親は最近、すぐ疲れる、やる気がなくなった と少し元気がない。
毎日母親と二人でいるだけだと、息がつまることもあろう。
デイサービスに行く日は息抜きができると言っていた。

正月には家族全員でまた顔を見に行こうと思う。

12月11日 (木)     共同研究

ある共同研究については、昔から懇意にしていただいている先生を巻き込んで行っている。
今後の進め方を緊急に話し合う必要が出てきたため、急遽、その先生に来ていただいて議論をすることになった。

最近は、現象論を追う研究にベクトルが偏っており、メカニズムを検討することがおろそかになっている。
しかし、避けて通ることのできない分野である。
そこで、いろいろな先生方の力を借りて進めていくのである。

議論をしていると、専門家の見る視点はやはり違う。
分析技術も相当なものだと感心してしまう。

しかし、私たちの動物実験の技術も、やったことのない人には相当高度な技術を要するように見えるらしい。
何から何まで自分たちで進めていくことは不可能であるから、もちは餅屋ではないけれど、その道の専門家の力を借りて研究を進めていくことが重要であるということを改めて認識した。

12月10日 (水)     忘年会

今日は定例の教授会の後に学部の忘年会があった。
教授会の冒頭で、かなりの議論があり、忘年会が時刻通りに始まるのかどうか、気になったが、その後の議事はスムーズに進んで、予定通りの時間に開始となった。

今年、参加する忘年会はこれ一つである。
以前12月の1ヶ月の間に10回忘年会に参加したことがあるが、1回で十分である。

この忘年会は毎月、積み立てをしているので、豪華でおいしい食事を食べることができ、恒例のお楽しみのビンゴゲームがある。
いい歳をして、ビンゴゲームにエキサイトしてしまう。

今年は運のよいことに19位をゲット。
中身はおいしそうな食べ物だった。
年末年始、これで楽しむことができそうである。

幹事の皆様にはたいへんお世話になりました。
今年も楽しい時間を過ごさせていただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。

12月9日 (火)     無題

気温の変化が激しい日々である。
週末には雪が舞ったかと思えば、今日は雨である。
昼間は暖かかった。

このように温暖の差が激しくなると、体の調子を崩す人が出てくる。
幸いにして私は日頃の生活が規則正しいせいか、休養をとりすぎるほどとっているせいか、今のところ、風邪などひいていない。
昔から風邪をひかない人はどういう人かということが言われているが、私はそのジャンルの1人であると思う。

今日も2コマの講義。
欠席する学生が目立つ。
中だるみがやってくる時期であるのかもしれない。

先週にこの日記にも書いたがまた同じようなことを書く。

私はよほど学生から尊敬されているのであろうか。
講義をしていると、学生がだんだん頭を下げて、敬意を表してくれるようになる。
しまいには、机にひれ伏して、これ以上の尊敬の表現はないといった体勢になる。
ついには「ゴーッ」という鳴り物までつけて尊敬の念をあらわしてくれる。

自分ではそれほどまでに尊敬されるような高尚な講義をしているとは思えない。
もっとリラックスして聞いてもらえるような講義を理想としているのであるが、理想は遠そうである。

12月8日 (月)      人感センサー 

研究室のある技術・家庭棟に人感センサーが設置された。
人間がやってくると、勝手に電灯が灯って、しばらくすると消える。
まことに具合がよい。

両手に荷物を抱えている時に、電灯のスイッチを押すのは困難な思いをするし、夜など、真っ暗だと、スイッチに行くまでが危なっかしい。
人感センサーのおかげで省エネにもなると思う。

しかしひとつ難点があった。
トイレの電灯である。
トイレに入ると自動的に電灯が灯ってここまでは具合がよいのであるが、用を足している間に、制限時間がやってきて、消灯してしまう。

夜は真っ暗になってしまって、非常に困る。
便利なものにも意外なところに落とし穴がある。

12月7日 (日)     ラーメン

大分にやってきて、とんこつラーメンというのを知り、こんなおいしいラーメンがあったのかと感動したのが20年前。
以来、ラーメンといえばとんこつラーメン以外はほとんど食べない。
とんこつラーメンも、大分では、近所のラーメン屋さんが、月に一度、「お客様感謝デー」として、半額で食べさせてくれる日以外は、ほとんど食べに行かない。
その「お客様感謝デー」は11月から消滅してしまった。

ラーメンはもっぱら福岡である。
出張やプライベートで福岡に行った時には必ず長浜に行ってとんこつラーメンを食べる。

今日、本当に久しぶりに、大分、福岡以外でしょうゆラーメンを食べた。
ネットなどにも情報が載っているので、おいしいと評判の店で食べた。

確かにうまいことはうまかった。
しかし、値段が高い。
850円支払った。
ラーメンごときにといってはラーメンやラーメン屋さんに失礼になって申し訳ないが、500円以上は高い。
500円出せば、街でもランチの定食が食べられる。
同じ麺類でも、うどんやそばで1000円近くとるのは、気取った上品な店くらいだろう。
気取った上品なラーメン屋さんというのはこれまた失礼ではあるが、聞いたことがないし、仮にあったとしても魅力はないだろう。

とんこつラーメンが好きなもう一つの理由は安いということである。
替え玉をしても500円ですむ。
ラーメンの値段としてはこのくらいだろうと私は思う。

安くてうまいのがラーメンの真髄であると思う。
高くてうまいのは当たり前だ。

12月6日 (土)     名車の引退(3)

今年は名車の引退が多くて淋しい。
第3弾は愛知県犬山市にあるモンキーパークのモノレールである。
確か昭和37年の開業である。

当時、モノレールが一つのブームであって、移動手段としてモノレールを設置している遊園地が多かった。
モンキーパークのモノレールはコンクリートの枠を両側からタイヤで挟む形式のもので、東京の羽田空港に向うモノレールと同じものである。

このモノレールにも思い入れが深い。
やはり、幼稚園の頃、遠足でモンキーパークに行く時に、このモノレールに乗ったものである。
モノレールの魅力は、高いところから景色を見ることができるということである。

モンキーパークのモノレールは距離は短かったが、速度が遅かったので、乗っている時間が長く、この時間の長さが、これから始まる遊園地での楽しみを倍増させてくれたものである。

当時、名古屋の東山動物園にもモノレールがあって、こちらは吊り下げ式の車両であったから、別の乗り物のような気がしていた。
遊園地を語るのにモノレールは欠かせない存在であった。

残念ながら、大人になってからこのモノレールには乗っていない。
12月26日か27日が最終運転日だったから、もう一度乗ってみたいなぁと思うのであるが、無理であろう。

0系新幹線、パノラマカー、モノレール・・・。
幼い頃の楽しい思い出の品がまた減ってしまった。

12月5日 (金)     名車の引退(2)

0系新幹線の引退に続いて名古屋鉄道の名車「パノラマカー」が引退する。
こちらは昭和36年のデビューであるから、ほぼ半世紀にわたって活躍してきたことになる。
0系新幹線より、パノラマカーの方が思い入れが強い。

幼稚園の頃、父親の実家に行く時にはいつもパノラマカーであった。
パノラマカーの魅力は何といっても展望席である。
運転席が2階に設置されているために、一番前に座ると、景色が真正面に見え、運転士になった気分を味わうことができる。
それから、いわゆる「車掌室」というものがなく、車掌は最後尾の車両の前のほうの区画に位置している。
その区画のすぐ後ろの席に座ると、車掌のしぐさをすべて垣間見ることができ、そのかっこよさにあこがれたものであった。

したがって、パノラマカーに乗る時には、一番前の席か、車掌のすぐ後ろの席と決めていた。
パノラマカーは電車が移動の手段ではなく、楽しみを与えてくれる遊園地の乗り物と同じレベルのものであった。

パノラマカーの魅力を挙げたらきりがないが、その一つとしてモーター音があった。加速していく時に上がっていく音程を聞くと、わくわくした。
それからミュージックホーン。これは名鉄のホームページで実際に聞くことができると思う。
また、一番前にはデジタルの速度計がついていた。
当時の最高時速は110キロ。速度計が110キロを示すのを見て興奮していたものだ。

パノラマカーの魅力を挙げたら、本当にきりがない。

会社に就職してからもパノラマカーに乗る機会が多かったが、いい歳をしてでも、一番前の席を陣取っていた。
しかし、どうしてもかなわぬことがあった。
「運転席に乗る」ことである。

ところが何年前か忘れたが、10月14日の鉄道記念日のイベントとして、抽選で20名くらいをパノラマカーの運転席に乗せてくれるというイベントがあり、どうしても乗りたくて、はがきをいっぱい出したら、運よく当選し、念願の運転席を体験することができた。
その時の感動は今でも忘れられない。
私にとって一生の思い出の一つである。

その名車にもついに乗ることができなくなり、今では、2000系が活躍している。
半世紀も過ぎれば相当な技術革新があって、パノラマカーより性能が格段によくなっているのだろうけれども、私にとっては、パノラマカーに勝る車両はこの先出現することはない。

12月4日 (木)     名車の引退(1)

11月30日をもって0系の新幹線が営業運転を終了して引退した。
昭和39年の開通以来、44年にわたって活躍してきた名車である。
一つの時代が終わったような気がする。

新幹線がデビューした歳は私が小学校1年生のときで、「夢の超特急」と呼ばれ、絵本などがたくさん出版されていて、それを見るたびに乗りたくて乗りたくてたまらなかった。

初めて新幹線に乗ったのは小学校5年生のとき。
名古屋から静岡まで乗った。
当時、新幹線は、ごく一部の今で言うセレブの人たちの乗り物であって、小学生が旅行に使うようなことは許されないような雰囲気があった。
ものすごく緊張し、ものすごいスピードに驚いて乗ったことを覚えている。
当時、時速200キロというのはとてつもないスピードで、本当に200キロ出ているかを確かめるために、食堂車の速度計を見に行ったら、時速計の針が本当に200キロをさしていて、感激したものだ。

その後しばらくはあまり乗る機会がなかったが、会社に就職してからは東京出張などによく利用した。
今のN700系に比べたらその乗り心地は決してよいとは思えなかったが、新幹線に乗るというとワクワクしたものだ。

どんな名車でもいつかは引退する時が来る。
電車に限らず、何事にも、誰にも引退する時が来る。

12月3日 (水)     実験のフルコース

4年生はそろそろ最後の実験を行い、論文をまとめ始める時期になった。
実験の主役は3年生にバトンタッチである。

今日は朝から3年生の研究テーマになる実験のほとんどを行った。

まず、動物の受け入れ。
3年生だけで受け入れたのは初めてである。
これまでに4年生に教えてもらっていたので、スムーズに行えた。

次に動物からの採血と臓器の採取。
入れ替わり立ち代わりやってもらったが、一通りこなすことができた。
時間がかかるがまだ仕方がない。
動物実験は短時間で行うことが誤差を小さくすることにつなげられるから、今後の課題として迅速に行うということを挙げておく。
採血・臓器採取後の実験器具の片付けは問題なし。

午後からは魚のエキス成分の抽出。
この操作は2回目であるが、まだ慣れない。
思うように行かなくて四苦八苦しているようだった。
しかし、間違いなくできたので、これも短時間で行うようになれば文句なし。

残すものは魚の成分の分析である。
これも12月中に実施する予定。

4年生はさすがに1年間の経験がものを言う。
作業はテキパキとして正確である。
1年前は今日の3年生と同じであった。
毎年のことであるが、1年間でこんなに成長するものかと改めて感心した。

12月2日 (火)     講義の様子

後期の講義も半分ほどが過ぎた。
話をするのもようやく苦にならなくなってきた。

今年の学生はなんだかいつもと違うような気がしてならない。
居眠りをする学生が目立つ。
1限から眠っている。
毎日夜更かしをしているのではなかろうか。

3限の授業でも居眠りが目立つ。
お昼ごはんの後で眠いのだろうか。

いずれにしても今まであまり経験したことがない現象なので、その原因が分からず考え込んでしまう。
板書する手を休めて、教科書の図表の説明を始めると、居眠りが増える。
従って、絶えず板書し続けるというのは居眠り防止策の一つの方法である。

自分でも会議中に居眠りをすることはしょっちゅうあるから、ある程度は仕方のないことであるかもしれないが、今年の状況はひどい。

よほどつまらない講義になっているのではないかとも思ったりもする。
それはお互い様で、聞いているほうがのってこないと、こちらも淡々とした口調で話をしてしまう。
すると話はつまらなくなる。

学生実験では人の話をきちんと聞いていない。
重要なポイントを説明している時にもおかまいなしに私語をしている。
実験は一つ間違えると怪我などにつながって危険だから、きつく注意をするようにしている。
それでも話したことがきちんと守られない。

いわゆる「ゆとり教育世代」の学生が増えてきた。
悪いことのすべて「ゆとり教育」のせいにすることはできないとは思うが、学生の質というか雰囲気が激変したことを実感する。
どうやって対応していったらよいのか、新たな課題が持ち上がってきた。

12月1日 (月)      風呂 

風呂はあまり好まない。
湯船に浸かってのんびりとという人の気持ちがよく理解できない。
だいたい熱い湯が苦手である。
だから人生の楽しみを一つ逃しているような気がする。
大分で暮らすからには温泉という楽しみがある。
その温泉が楽しみにはならない。
温泉の湯はたいてい熱い。

風呂を好まない最大の理由は、湯船に浸かると不整脈が出て不愉快になることである。
半身浴にすれば不整脈が出ることはないが、それではくつろげない。

しかし、年に数回はお風呂にゆっくり浸かろうかなぁと思う日がある。
あろうことか、昨日と今日、連続でそれも1時間ずつ浸かってしまった。

昨日は本を持ち込んでこれを読んだ。
今日はうたた寝をした。

日頃入浴の習慣がないから、一気に1時間も入ると、湯あたりしてどっと疲れが出た。
おかげでぐっすり眠ることができたが、朝起きてからもその疲れが抜けなかった。

お風呂でゆっくりと気分転換できる人たちがうらやましくてたまらない。