11月30日 (日)    絶不調

昨日のボウリングの話である。
10月の末から、きわめて調子が悪い。
木曜日のサークルではとんでもないひどいスコアをたたいてしまって、ひどく落ち込んでいた。
昨日はリベンジと思って出かけたが、最悪に輪をかけたようなひどさに目を覆うばかりであった。

思っていることと、体がてんでばらばらで、運にも見放されている。
あまりのひどさにボウリング場のスタッフの人にプチクリニックをしてもらったところ、その時だけは調子がよかったが、その後はまた信じられないようなスコアをたたいてしまった。
もう2度とボウリングには行きたくないと思うほどである。

しかし、そういうときもあるわ。楽しみでやっていることだから、そんなに気にすることもないわ。そのうちまた調子のよいときもあるでしょう。
と気楽に考えることにした。
楽しみでやっている趣味がストレスになっては本末転倒。

11月29日 (土)    気合の入った休日

今月は、週末、出張に出かけることが多く、これまで家のことを十分にすることができなかった。
今週は久しぶりに出かける予定がないので、この2日間でやるべきこと、やりたいことをリストアップして、朝から気合十分でいろいろなことをやった。

掃除はいつもより念を入れてやった。
蓄積しているゴミを始末した。
行きたいと思っていたランチを食べに行った。
以前から買っておかなければならないものを買いに出かけた。
車の点検をするために、ディーラーに出かけた。
待ち時間が惜しいので、その間にボウリングに出かけた。
知人にあるものを渡す約束を前々からしていたのを届けに行った。
久しぶりにショッピングモールを散策した。
スーパーマーケットに行って、買い物をした。

夜になって気がついてみると、2日間でやろうと思っていたことの大半が一日で終わってしまった。
おかげで充実した一日となった。
のんびりするばかりが休日の過ごし方ではない。
たまにはこういう休日もよい。

11月28日 (金)    実験

今日は比較的大がかりな動物実験を行った。
サンプリングの種類が多いので、ゼミ生総動員での作業である。
4年生の動物実験は今回のものを入れてあと1回を残すのみ。
いよいよ3年生が主体となって進めていかなければならない。

その意味では、3年生にとって重要な位置づけとなる実験であった。
前々から準備をしていたので、トラブルを起こすこともなく、時間もだいたい予定していた時間で終わり、ホッとした。
あとは結果が期待通りに出てくれるとよいのであるが、今回の実験では、思わぬ展開があって、その理由がさっぱりわからずに困惑している。
しかし、思わぬ展開の裏には、思わぬ発見が潜んでいるに違いない。
それを探すのも実験の楽しみの一つである。

実験が終わって一段落し、医学部に廃棄物を持っていって帰ってきたら、ドッと疲れが出て、その後は仕事にならなかった。
という事態は想定内だったので、そのときのためにしようと思っていたことをすることが出来たから、時間を有効に使うことができたといえる。

週明けに出てくる結果が楽しみである。

11月27日 (木)    レッドゾーン

体重である。
10月半ばから増加をはじめ、先週、さらに一気に増加して、ここを超えないようにしようという上限値にあと一歩となってしまった。
ベルトがきつくなってきたから、体重が増加した分はすべてお腹の周りに脂肪となって蓄積しているのであろう。

食欲を止めることができないのが最大の原因であることはわかっている。
わかっているが止められない。
ダイエットがなかなか成功しない人の気持ちがわかる。

ここでふんばることができるか。
自分自身の理想体重に戻すことができるか。
それともギブアップするのか。
しばらくの間、自分との戦いである。

11月26日 (水)    会議三昧

今日は朝から会議の三連発。
それぞれに興味深いものがあった。

最初の会議は全学の会議。
各学部から代表の委員が集まって議論をした。
それぞれの学部によって捕らえ方や考え方が違うのだなぁということを実感するものであった。
議題は3つあったが、いずれも執行部再検討あるいは継続審議となって結論は出なかった。
異なる価値観をもつ人たちの考えをまとめるのはとても難しいことであると思った。

一つ目の会議が終わったのが12時少し前。
慌しくパンをかじって12時15分から次の会議。
2つ目の会議は教育福祉科学部の会議。
前にも少し触れたが、一度発言した人は必ずもう一度発言する。
これが教育福祉科学部の教員の個性なのかもしれない。

2つ目の会議が終わったのが13時。
3つ目の会議は産学官の学外での会議のため、JRで出向かなければならない。
明日の講義の支度を急いで済ませて出向いた。

この会議は楽しい。
新商品開発のことがテーマである。
少し疲れてきたなぁと思う頃に、試作品の試食があるのが恒例である。
今日はどんぶりものの試食。
小腹がすいた頃に試食をすると、おいしく感じてしまい、すぐにでも売れそうな気になってしまう。
要注意である。
この会議はいつも議論が前向きで、発展的であるので、苦にならない。
理想的な会議の姿なのではないだろうか。

終わったら夕方になったので、毎月行きつけの診療所に出向いた。
「調子はどうですか?」と尋ねられたので、「どこも悪くありません」と答えた。
答えた後で、どこも悪くないならここに来る必要はないのになと思ったが、「薬がよく効いているのでしょうね」とフォローが入って納得。
無病息災ではなく一病息災。

11月25日 (火)    両親

ありがたいことに、両親は健在である。
二人ともこの11月にまた歳をひとつ重ねた。

父親は一昨年に大きな手術を受け、去年と今年も小さな手術を受けたが、介護認定を受けることもなく、歳相応に元気に暮らしている。
母親はときどき入院をして父親や私を驚かしているが、この夏以降はそこそこの様子である。

父親の誕生日が昨日であったので、1日遅れで電話をしてみた。
体を動かすのがつらく、疲れやすくなったと言っていたが、口は相変わらず達者である。

いわく、
今年の俺の誕生日は祝日(正確には振り替え休日)だから、国民全員が祝ってくれるのかと思って、玄関に記帳所を設けて、3回くらいみんなの前に顔を出して挨拶をしようと思って着替えまでして張り切っていたが、結局誰も来なかった。
と茶目っ気たっぷりである。痴呆が出て、妄想で言っているのではない。
茶化しているのである。

あなたは天皇陛下ではないのだから、せいぜい子供からの電話くらいで我慢しなさいと言いたいところを大笑いしてしまった。

母親は電話口の向こうで機関銃のように喋り捲っている。
今日はデイサービスに行った日である。
デイサービスに行くと、興奮気味で帰ってくるようだ。
しゃべっていることはまともなので、ひと安心だったが、聞いているほうが疲れた。

いくつになっても親の存在はありがたい。
この歳になっても甘えてばかりである。
少しは親孝行をしなければと思うが、特にこれといったこともせず、ときどき顔をのぞかせて、食事を振舞ってもらうくらいである。
かえって親に世話をかけているようにも思う。
しかし、負担のかからない範囲で世話をかけるのはよしとしよう。

両親にはいつまでも元気にいてほしいと願うが、それは無理な話であろう。
いつかは方策を考えなければならない時がやってくる。
具体的にどうするかということをあまり考えていないし、あまり話もしない。
そのときになってみないとわからないなどと逃げている。

自分の子どもに手がかからなくなったら、今度は親のことを心配する順番になった。
人生とはそういうものだろう。

11月24日 (月)     ガソリン 

ガソリンの価格がなだれをうったように下落している。
大変にありがたいことである。
毎日帰宅途中に、家の前にあるガソリンスタンドの価格を見ているが、今月に入ってから、毎週のように安くなっている。ひどい週には、週の前半と後半で価格が違う。
少し前には1リットル170円を超えて、この先どうなるかと心配したが、今日は118円であった。
そこそこのところだろう。
また急に値上がりしないことを祈るばかりである。

世界の経済状況が悪い。
円高で株安である。
景気がよくなるかなと思っていた矢先のことで、これは回復するのに少し時間がかかりそうな気がする。

しかし、必ず回復する時がやってくると思う。
何事も、山あり、谷あり。
よいときがあれば悪い時が来るし、悪い時が長く続くことはない。
考えてみれば、世の中のことは、絶対的な側面からより、相対的な側面から論じられることが多い。

要するに比較されるということである。
これまでに比べてどうなったか。
他者と比べてどうなのか。

こういう比較に対して過敏になると、足元がしっかりしなくてうわついてしまう。
他人の目やよそのことばかり気になってしまう。
何が起ころうと、自分自身のポリシーをはっきりともって、自分を信じて生きていくことが大切なことなのではないかと思う。
ガソリンの値下がりからこんなことを考えた。

11月23日 (日)    今日もフィールドワーク

昨日のサンプリングは長時間にわたり、一日で終わらない。
日付が変わった今日も朝からサンプリングである。

昨日からほとんど立ちっぱなしでいたら今日は少し疲れ気味である。
講義で立っているのとはどこか違う。

サンプリングの合間に、新聞記者の取材を受けた。
今サンプリングを行っている製品がこの世に生まれたストーリーを話した。
この話は今話してもおもしろい。
偶然の必然から生まれた話である。
そして恐ろしいくらいに物事が順調に進んだ話である。

補助事業の追跡調査で、成果がマスコミに何回取り上げられたかを聞かれることがある。
大学がそのような形でアピールすることも必要であるということか。
監事が毎日のお知らせの中で、「もっと自己アピールを」というようなことを書かれていた。

そういうのはどうも苦手。
関わった仕事について、関わった人が喜んでくれれば、それで十分である。
それを自分から言い出すことはないと思っている。
しかし今の時代にはそういう考え方では不十分なのであろう。

2日間にわたるフィールドワークは無事終了。
あとは成分分析を行ってまた新たな提案ができて、それが新製品の開発に少しでもつなぐことができればよいなぁと思う。

11月22日 (土)    フィールドワーク

共同研究を行っている企業のもとへ出向いた。
製造についての相談を受けたが、いつもの如く、百聞は一見に如かず。
話を聞くより、現場に行って、作業工程を観察しながら問題点を考えてみることが重要である。

やはり実際のもを見ることによって、問題点と思われることが浮かび上がってきた。
しかし問題点をことばだけで解決しようとしても無理がある。
科学的根拠に基づく必要がある。

そこで、製造工程で、1時間ごとにサンプリングをして、成分分析をしようと考えた。
現場に出向くのは久しぶりである。
最近は研究室に閉じこもっていることが多い。
研究室にいるばかりだと、よい発想は思い浮かばない。

現場に出て、議論をしたり雑談をしている中で、ふとおもしろいアイディアが浮かぶ。
それが現実になると面白い。
最近の仕事に対する閉塞感は、フィールドに出ないことが一つの要因であるかもしれないと思った。

11月21日 (金)    無題

比較的穏やかな一日であった。
いつものように研究室にやってきた。
最近、スケジュールの管理がおろそかになっていたので、来年3月までの大体の予定をチェックして手帳に書き込んでみた。こうすることによって、これから進めていかなければならない仕事のおおまかな段取りがつく。
忙しくなりそうな時期と、余裕がありそうな時期が見えてきて、余裕のあるときには何をしようかと考える。
スケジュールを考えるのは結構楽しい。
けれどもあまりつまりすぎると苦しい。

昼間、大分県青年・女性漁業者交流大会に助言者として参加した。
3つの発表があったが、どれも一生懸命取り組んでいる姿を感じ取ることができ、好感をもてた。
初々しいと思った。
最近の自分にかけている雰囲気である。
その分、経験は積んだが・・・。
経験におぼれていてはいけない。

夕方、県立図書館に行った。
本来なら週末に行くつもりであったが、明日と明後日は近場への出張なので、繰り上げて出向いた。
平日の夜の図書館もなかなか味があってよいものである。
日曜日の朝の晴れ晴れしさもよいけれど、秋の夜長を感じる夜の図書館もなかなかよい。

家に帰って、久しぶりにワインを飲んだ。
昨日はボジョレヌーボーの解禁日であったが、近年、興味も薄れてきた。
所詮世間のブームに踊らされていただけかと思ったら自分が情けなくなってきた。
というわけではないが、何となくワインが飲みたくなった。

フランスパンを買ってきて、チーズをのせたもの、オリーブオイルをしみこませたものをつまみにして楽しむ至福のひとときである。
借りてきた本を早速読みながらご機嫌な時を過ごしていたら、いつの間にかまどろんでいた。
これもまたいつもの至福のひととき。

11月20日 (木)    寒い?

昨日と今日、とても寒くなるというので、相当覚悟をした。
昨日はコートにマフラーをして、真冬並みの装備で出勤した。

確かに、風は冷たく、寒いと言えば寒かった。
しかし、思ったほどではなかった。
このくらいなら別にどうもない。
今日は、少し生地の厚い上着で出勤した。
これで十分である。

主観的ではあるが、大分の人は寒がりであると思う。
コートやマフラーを着ている人を多く見かけたが、防寒というよりファッションで着ているのではないか?
特に女子高生などはマフラーを巻いているのに、素足でミニスカートである。
見ているほうが寒い。

9年前の11月のこと。
北海道帯広に行ったとき、夕方、駅の温度計が1℃を示していた。
現地の女子高生はミニスカートに生足で自転車をこいでいた。
これには驚いた。
寒さに慣れているのだろう。

大分の人は寒さに慣れていないから寒がるのだろうと思った。

11月19日 (水)    永年勤続表彰

大分大学に着任してから20年が経ちました。
このことに対して本日、大学から表彰状を頂戴しました。
ありがとうございます。

あっという間に20年が経ってしまったような気がします。
しかし、こうして20年間の間、仕事を続けることができたのは、周りの多くの方々のおかげと深く感謝します。
また、この間、大きな病気をすることもなく過ごすことができたこともそのひとつの要因であると思います。

これからも、少しでも社会にお役に立つことができるように、なお一層精進する所存です。
今後とも変わらぬご指導・ご鞭撻を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

11月18日 (火)    精彩のない1日

今月は出かけることが多く、少し疲れが出てきたようだ。
今朝はいつものように4時30分に起きたことは起きたが、体が重く(実際に体重も増加傾向にあるが)、朝の行動が鈍かった。
昨夜のお酒が少し多めだったせいであるかもしれない。

研究室に出てきても、いつものペースで事が進まない。
あっという間に時間が過ぎ、1限の授業に出かけた。
不思議なもので、授業の時間が経つのはきわめて遅い。
ようやく終わり、研究室に戻ってきて、学生がやっている飼料作製のチェックなどしながら、何をするともなく、といって、ボーっと過ごすわけでもなく、たらたらとメールに返事を書いたり、週末の実験の段取りや来年の講演の段取り、12月の計画などを考えていた。
年賀状を用意しなければならない。などと、ふと仕事から離れたことを思いついた。

昼休みには学内会議。
特に問題もなくすぐ終わった。いつもしっかりしている長老の先生が連絡なく欠席されたのに少し驚いた。

3限も授業。今日の授業はノリが悪かった。
全然雑談ができない。
またそのネタも思いつかない。
最悪である。
学生が眠っているのを見てもなんとも思わない。
かなりテンションが下がっていることを実感した。

授業が終わった後も、実験や授業のこと、講演のこと、マスコミからの取材の段取り、その他もろもろ考え事をしていたのであるが、なにを考えていたのかよく思い出せない。
出さなければならない書類は書いた。
いわゆる雑用というやつが結構多かったのだろう。
雑用は雑にやるから雑用になるのであって、どんな些細なことでも心をこめて丁寧に仕事をすれば、それなりのものが返ってくる。
ゆえに雑にやってはならない。

いたずらに遅くまで研究室に残っていても、はかどらないから、早めに家に帰った。
普通なら、お酒を飲んで、くつろぐところなのであるが、お酒を飲む気がしない。
これは相当具合が悪い証拠である。

寝不足を感じていたので、さっさと寝ようと思ったが、家に帰ったら少し元気を取り戻したので、明日から寒くなる準備をした。
衣装ケースをひっくり返して、マフラーと手袋を出し、洋服ダンスをかき混ぜて、コートを用意した。
ファンヒーターに灯油を入れて試運転をしてみたら、夏を越した灯油を使ったせいで、恐ろしくくさいにおいがした。
明日の朝食べるご飯を準備しようとしたら、白米が少なくなっていたので、玄米を洗ってからジャーに入れて、発芽するようにセットした。そして、玄米をきっちり10kg計量して袋に入れ、家人に精米をしてきてくれるように頼んだら、面倒くさそうな顔をされた。
次に部屋の掃除を始めたら、掃除機の音がやかましくてテレビの音が聞こえないとクレームがついたので、バカらしくなって掃除を止めて、血圧の薬と薬用酒を飲んでさっさと床に入って寝た。

11月17日 (月)     キャリーバッグ 

昨日に引き続いて、駅のホームで感じたこと。
最近、旅行をするのに、キャスターのついたキャリーバッグを持っている人が増えた。
確かに持ち運びに便利である。
重い荷物も、車輪がついているから、転がせば重くないし、段差のあるところはエスカレーターかエレベーターを利用すればよい。

しかし、これが迷惑である。
たいていの人はキャリーバッグをひっぱって歩いているから、自分の視界にその姿はない。
うしろでどんなことが起こっているかはわからない。

駅のホームを歩いていたり、列車の座席に座っていると、よくこの車輪に引っ掛けられる。
引っ掛けられて転びそうになることもあった。

引っ張っているキャリーバッグを見ると、大きなものが多い。
あなたどこまで行くのですか?新幹線に乗ってアメリカにでも行くのですか?と思わず尋ねたくなるほどである。

私は飛行機に乗る時以外はキャリーバッグを使わない。
重くて持てないほどの荷物を持って移動する必要はないし、もし、持てないほど重いものは宅配便で送ってしまう。
と、ささやかな抵抗をしているつもりではあるが、あれもなかなか便利そうであるような気もする。
しかし自分が使うときには、周りに十分注意を払って利用しようと思っている。

11月16日 (日)    エスカレーター

最近、鉄道の駅などにはたいていエスカレーターがついている。
しかし、昇りと降りの両方設置されているところは少なく、どちらか一方であることが多い。
それで、昇りと降りのどちらが多いかと考えてみると、昇りのほうが多いような気がする。

これは一見リーゾナブルのような気がするが、実は降りのほうが必要だという考え方がある。
そのことについて、私はこれまで疑問視していたが、最近はなるほどと思う。

確かに重い荷物を持って階段を上るのはつらい。
エスカレーターがあれば楽である。
しかしこれは若い人の発想である。

年齢を重ねてくると、目が見にくくなり、足元もおぼつかなくなって、下りの階段を踏み外しそうになることがある。
昇りの階段を踏み外しても、その場で倒れ、足を打つ程度で済むが、下りの階段を踏み外したら、まっさかさまに下まで転げ落ちていって、頭を打つなど大怪我になる可能性がとても大きい。

したがって、エスカレーターは降るために必要なものであると思う。

11月15日 (土)    恩師の講演

学会の支部会で恩師が講演をするというので出かけていった。
話を聞くのは10年ぶりくらいであると思うが、おそらくこれが最後の機会になるのではないかと思って出かけることにした。

内容は、これまでのほぼ1世紀にわたる研究成果を歴史的に紹介するものであった。
最近、こういう話を聞かせてくれる人はいないし、そういう機会もない。
それだけに、話の内容は大変興味深く、大変貴重なものであった。
講演を聴いていると、しばしば意識を落とすことがあるが、恩師の約1時間にわたる話はまったく飽きることなく、最後まで夢中になって聞くことができた。

恩師は今年79歳である。
私が最初に彼の講義を聴いたとき、恩師は49歳であったから、30年も経っているのであるが、その話しぶりは30年前と全く変わらない。

学会の講演は、とかく、専門的な話をその分野に興味のある人しかわからないように話す人が多いが、少々物足りなくても、あまりそのことに詳しくない人にも興味を持ってもらえるように話すことが必要であることを改めて感じた。

そのことは、もう1人の演者で、私の大学生の時に助手をされていた先生の講演からも感じた。
この先生の講演は、内容は非常に高度なものである。
しかし、それをきわめてわかりやすく、ポイントを絞り、言葉巧みに話を進め、これもまた最後まで飽きさせることがなかった。
高所恐怖症のヒトを奈良の吊橋まで連れて行って、そこを渡らせるというちょっとお茶目な実験には思わず笑ってしまったが、きれいな結果が出ていて、なるほどなと感心した。

こうして考えてみると、私が卒業した研究室の先生方は話が上手な方ばかりである。
今、研究室に残っている後輩の研究者の話もうまい。
そういう伝統なのかもしれない。

11月14日 (金)     実験手技

少し大がかりな実験を共同で実施することになった。
他大学の研究者の力を借りて行うものである。

別々の場所で実験を行うのにあたっては、実験手技が同一になるように確認しておく必要がある。
そこで、今日は先方に出向いていって、その確認を行ってきた。

動物の組織を採取する作業であるが、人によって、また、研究室によって、微妙に採取場所が異なることがあり、そのことがデータの整合性を悪くする。
先方で実際に動物の組織を採取するところを見学し、ディスカッションを行って、採取部位が同一になるように、手技のすり合わせを行った。
だいたいこれまで私たちが行ってきた方法と同じであり、採取部位もほぼ同じであった。
これで安心して実験に取り掛かることが出来る。

メールが便利になり、相手方に出向いて話をしたり、議論をすることが少なくなったが、目で見て行う作業などはメールや電話では解決できない。

11月13日 (木)    朝寝坊

始発列車で通勤するために毎朝4時30分に起きているということは、たびたびここでも触れている。
たいてい目覚ましをかけなくとも、毎朝4時30分に起きることができる。

夕べもそのつもりで目覚ましをかけずに床に入ったところ、今朝目が覚めたのは5時30分であった。
一時間の寝坊である。
一時間寝坊したところで、仕事に大きな差支えが出るわけではないので、特に問題はないが、いつもと違う状況に戸惑い半分、新鮮さ半分であった。

いつもなら研究室に到着している時間に家を出たら、車がびゅんびゅんと走っていて、道を歩く人の数も多い。
いかにも「朝」という雰囲気である。
始発列車に乗る時の様子は「早朝」である。

いつもと違った街の様子を楽しみながら通勤するのが新鮮であった。
いつもと違う列車に乗ると、高校生がたくさん乗っていて様子が違う。

しかし、やはり研究室にやってきてからの朝の時間が短い。
いつもやっていることが遅れてしまう。
時間の感覚が狂って戸惑っている。

ときには規則正しい生活をぶち破るのも面白いのかなと思った今日の朝。
明日からまたまた研究室をあけます。
10月から毎週のように仕事で、プライベートで出かけていて、そろそろ身体もくたびれてきた。
来週の三連休も前半2日間は出張予定。
一週あけて、12月の最初の金曜日からも出かける予定。
その週末も。
無理をして風邪をひかないようにしようと思う。

11月12日 (水)    水曜日は疲れる

以前からそうであるが、水曜日の日記は疲れた話題が多い。
月、火、水と授業をやるので、疲れのピークがやってくるのであろう。

何度も書いているように、立って、書いて、話すというのは相当に体力と気力を消耗する。
回復するのにそれなりの時間がほしいが、十分な時間がとれない。

今日は教授会。
色々な議題が出てくる。
最近は議題もめまぐるしく、欠席すると、学部でどんなことがおこっているのか把握できなくて困る。

しかし疲れた頭で出席するので、ついつい意識が飛んでしまう瞬間がある。
意識が戻った時にスッキリしているかというと、逆であって、かえってどんよりしてしまう。

早く家に帰ってゆっくりしたいと思うのであるが、教授会はおいそれとは終わらない。
朝早く出勤する身にとって、夜遅くまで残るのはつらい。

水曜日は疲れる。

11月11日 (火)    今日は何の日

今日は「1」の数字が続くので色々な日になっているらしい。
学生に尋ねてみたら「ポッキーの日」という返事が返ってきた。
さすがに若者の情報である。

他にも「介護の日」でもあるらしい。
さっきから「らしい」と書いているのは、今日が何の日であるかを全く知らないからである。

最近「○○の日」というのが多すぎる。
それも商魂に基づいたものであるような気がしてならない。
ついこの前には「孫の日」があったような気がするし、11月には「いい夫婦の日」というのがあったような気がする。

祝日も多い。その祝日も何の意味があるのかよく理解できないものもある。
そのうち、一年中、○○の日になってしまい、毎日祝日になってしまうのではなかろうか。

11月10日 (月)     体調の変化 

最近、早起きがつらくなってきた。
特にこの1週間は、伯母の葬儀や出張、週末の休日が続いて、寝坊の癖がついてしまい、今朝はいつもの4時30分に起きるのに相当苦労した。

この傾向は10月半ばから始まっている。
これまで早起きができた一つの理由として、おきようと思わなくても勝手に目が覚めていたことがある。
しかし最近は、床についたら最後、ぐっすり眠れて、夜中に目が醒めることがない。
これは精神的に安定してきたことの現れであるかもしれないので、むしろよいことなのかもしれない。
とはいうものの、せっかく早起きの習慣がついて、これは一日を過ごすのによいペースを保つことが出来るから、何とか続けていきたいと思う。
覚えてしまった寝坊の快楽は休日に果たすことにする。

10月半ばからのもう一つの変化は、急激な体脂肪率の上昇。
以前に比べ、2%増えた状態で推移している。
体重に換算すると、約1.2kg。
そういえば、体重もそのくらい増えたから、体重の増加はすべてが脂肪組織の増加になっていると思われる。
ウエストのベルトも少しきついなぁと思うようになってきた。
筋肉の増加による体重増加はよいのであるが、脂肪組織の増加に伴う体重増加は、かくれ肥満であり、よろしくない。
その理由を考えてみると、やはり食べ過ぎている。
空腹感に耐えられなくなってきている。
空腹感を満たすために、お菓子を食べている。
よくないことはわかっているのだが、やめられない。

しかし、見方を変えてみると、今は肉体的・精神的に安定して満足な状態にあるということではないか。
仕事も去年の今頃に比べると、少し余裕がある。
気分的にも余裕があるし、楽しいことも増えた。
そのことが体調の変化の一番の要因であるかもしれない。

11月9日 (日)     実験

先週は月曜日が振り替え休日で、水曜日から三日間研究室を空けていたので、さっぱり仕事が進まず、なんだか申し訳ない気分である。

今日は今週末から実験食を与える動物の飼料を作る予定を立てていて、朝から研究室にやってきた。
4日間も研究室を空けていると浦島太郎の心境である反面、何となくリフレッシュできて、実験やろう!という張り切った気持ちになることができた。

食品栄養実験を行ううえで、実験動物に与える飼料を調製することはきわめて重要なことである。
4年生と3年生に指示を与えて、飼料調製に勤しんだ。
途中から共同研究者も加わり、大がかりなこととなった。

飼料調製は本当に気を遣う。
設計を間違えないように細心の注意を払わなければならない。
組成を間違えないように慎重に飼料を作製しなければならない。
何か一つ間違ったら、実験はパーである。

幸いなことにすべてが順調にいった。
今年の残すところ2ヶ月を切って、4年生は最後の追い込みの実験。
3年生は4年生の実験が終わるまでに全てを作業を習得してもらわなければならない。
結構忙しい時期。
つまらないミスが起こらないように祈るのみ。

11月8日 (土)     紅葉

用事があって、遠出をした。
どういう用事であったかを話すとあきれられるので伏せておく。

用事の先へたどりつくにはいくつかの山を越えていかなければならないので、道中の景色を堪能しながら出かけていった。
山々は早くも紅葉の季節である。

今年はずっと暖かい日が続いていたので、紅葉はまだまだ先のことと思っていたが、高い山はきれいな色になっている。
秋の深まりを感じる。

車を走らせていて、あまりの美しさに車を停めて見入ってしまった。
一本の木に緑・黄・赤の三色が混じっているのである。

この前は新緑の季節に山々を楽しんだのに、もう紅葉の季節である。
時の過ぎるのが早すぎる。

11月7日 (金)     公衆衛生学会(3)

今回の学会は、自分のバックグラウンドにはならないことがよくわかったが、逆にいろいろなことを客観的に見ることができて興味深いものがあった。

一般発表はすべてポスターセッションであった。
ポスターはピンきりでおもしろい。

見る人の興味を引きつけるように、上手に作っているものがあると思うと、全く見えないほどの小さな文字でぎっしりと埋めた表を何枚も貼り付けたり、全部同じ大きさの文字で単調なものがあったり、展示スペースのことなどまったくおかまいなしで貼り付けたものがあったりと千差万別である。

プレゼンテーションのよしあしは関係なく、要は内容だと主張するひともいるかもしれないが、いやしくも他人に自分の仕事を見ていただいて、評価していただくためには、見やすいものを作ることが礼儀と言っても過言ではなかろう。

へたくそなプレゼンテーションは見る気を失わせるし、どうせ発表もたいしたことなかろうと初めから思ってしまう。
めちゃめちゃにきれいなポスターを作ってくる人もいるが、それはセンスのあるなしが関係する。
要は、見ていただく人のことをどれだけ考えているか。
自分の研究成果を見ていただきたいという気持ちが大切なのである。その気持ちがポスターの出来に表れる。

公衆衛生学会は、現場で仕事をしている人の発表が比較的多い。
「研究」というレベルから考えると、物足りないと思うものも多々ある。
しかし、日頃の忙しい業務の中で、精一杯取り組んだ成果を評価してもらおうという意気込みを感じることの出来るポスターもいくつかあって、そういうものには好感をもつことができた。

何事も同じであると思うが、相手のことを考えて物事に取り組むことはとても大切なことであると思う。
自分中心になってはいけない。相手が中心であることを考えるべきである。

11月6日 (木)    公衆衛生学会(2)

巷ではメタボだの生活習慣病などということばが満ち溢れて、人々を恐怖のどん底に陥れている。
などとおおげさなものではないが、生活習慣病を減らすためにどのような行動をとったらよいかという話が多かった。

これから平均寿命はますます延びていくのではないかと思われるという講演があり、そのことについては共感ができた。
しかしながら、がん死を減らして平均寿命をもっと延ばそうという話には共感がもてなかった。

がんの予防・治療を専門としている医師・研究者にとっては都合のよい話であるが、がんにならなければ、それだけ認知症になる可能性が増大するわけである。
それに、ヒトは必ず死ぬのであるから、死ぬためには何らかの原因を作らなければならない。

ある程度の年齢になったら、がんで死に行くことは、生物の摂理に即しているのではないかと思う。
若い人のがん死を減らすことは重要であると思うが、聴いた講演ではそのことで平均寿命を延ばそうという考え方ではないような気がした。

ヒトが生まれるということはたいへんなことであるが、死ぬということもたいへんなことである。
死に方は人それぞれによって異なる。
自分の理想とする死に方ができればこんなに幸せなことはないと思う。
しかし、そういう死に方をできる人なんていないと思う。

11月5日 (水)    第63回日本公衆衛生学会総会

以前より気になっていた学会であった。
今年は福岡で開催されるということなので、どんな様子か見てみたいと思って参加することにした。

「公衆衛生」ということばはこれまでいまひとつしっくりこなかったが、要は、国民の健康を確保・維持・増進するためにはどのようなことをすればよいかということを議論する学会ではないかと思った。

したがってその内容は幅広く、生活習慣病の予防一つをとっても、健康診断のことやら、医療費のこと、目標のこと、栄養のことなど多くの分野の研究発表がある。
栄養のことに関心を持つ身としては、その分野についての講演を聴きにいったが、調査や目標設定といった切り口からの報告が多く、内容はそれなりに面白いのであるが、いまひとつ自分から取り組もうという気持ちになれなかった。

しかし、日頃の考え方とは異なったスタンスからの話が聴けて、なるほどなぁ、そういう考え方もあるよなぁと視野を広げることができたのは大きな収穫であった。

11月4日 (火)    眠たい人たち

先週の火曜日に引き続いて今日もまた眠たい話題である。
昨日、帰宅が遅く、床につくのも遅かったにもかかわらず、今朝の起床はいつもとほぼ同じ。
したがって、極度の寝不足状態で出勤した。

朝から眠たかった。
しかし1限の授業の頃には目もさえて、張り切って授業をやった。
今日は板書はあまりせずに、教科書の図の説明に時間を割いた。
そのせいか、眠る学生の多いこと。
1時間目の授業はこうなることが多い。
学生も夜更かししているのであろう。

いつもなら授業が終わって帰ってくると、疲れが出て、昼休みに眠くなるので、少しの時間、まどろむのであるが、今日はテンションが高かったのか、全く眠くなく、これはいいぞ!と思って3限の授業に出向いた。

半分くらい進めたところで猛烈に眠くなってきた。
私が眠ってしまっては、授業にならない。
睡魔と闘い、なんとか進めていった。

学生は、と思ってみると、やはり前半は眠る学生もおらず、みんな真剣に話を聞いていた。
ところが、私が眠たくなるのとほぼ時を同じくして、眠る学生が続出した。
私の代わりに眠ってくれたのだろう。

授業が終わったら、もう眠たくて眠たくてたまらなかった。
それにしても今日は学生がよく眠っていた。
先週末の学園祭で張り切りすぎたのだろうか。

そういう時もあるわなぁと思いつつも、話の内容がつまらなくて眠っていたのではないかと思ったりもした。

明日から学会に出席のため、ひょっとしたらというかたぶん数日間、日記をお休みさせていただきます。

11月3日 (月)     伯母の葬儀 

7月に続いて、父親の兄の配偶者である伯母が亡くなった。
これで父方の兄弟は配偶者も含めて、伯父伯母が1人もいなくなった。
今回亡くなった伯母は父親の実家の伯父の配偶者だったから、私が小さい頃、父親に連れられて、父親の実家に行ったときに、いっぱいかわいがってもらった人である。
控えめであったが、よく働く人であった。
怒ったり、文句を言ったり、愚痴を言うのを一度も聞いたことがない。
まさに戦前のおかあさんという感じの人であった。

朝早いJRに乗って、6時間半かかって葬儀場に着いた。
集まるのは従兄弟と従兄弟の子ども達が増えた。
従兄弟のほとんどには孫がいる。
みんなおじいさん、おばあさんの世界である。

従兄弟の配偶者は多少わかるものの、従兄弟の子どもについてはさっぱりわからない。
世代交代を感じる。

葬式はいつやってくるかわからないのが困るが、結婚式と違って、招待された人たちだけが集まるのではなく、血縁の人たちがたくさん集まる。だから、みんなの顔を久しぶりに見ることができて、葬式という悲しい場面ではあるものの、懐かしい顔に出会える嬉しさもある。

「死」だけは避けて通ることができない。
自分を含めて自分の周りにも「死」が近づいている。
そろそろ真剣に心の準備をしなければならないのかなぁとふと思う。

11月2日 (日)     学会二日目

学会は今日は一般講演。
私たちの研究室からは3題発表することにした。
学会を運営するとき、気になることは、参加者がたくさんあるかどうか、発表演題がたくさん集まるかどうかである。
実行委員会はこれらのことに頭を悩ませる。

昨日も述べたように、ご当地であるから、せめて多くの発表をして盛り上げようと、内容はさておいて、数を稼ぐことにした。
梅木さんが発表したカボスの演題は、同じような研究を長崎県、宮崎県でやっていて、共通性が見え、こういう地域に根ざした研究成果を集めることが支部会の大きな意義の一つだということを感じた。

自分の発表が終わり、やれやれと思う暇もなく、座長としての出番。
座長も緊張する。
フロアから質問がないと、何か質問しなければならない。
自分のテーマから離れていると、何を聞いてよいかわからず、四苦八苦する。
何とかノルマの3題をこなした。

座長をやっている間、父親から2度も携帯に連絡が入り、そのことがとても気になりだした。
1度ならまだしも、あまり時間をおかず2度もかかってくる。
何かよくないことがあったのにちがいないと不安になった。
また母親の具合が悪くなったのか?
父親の具合が悪くなったのだったら、自分からは電話してこないだろう。

座長が終わってからすぐに連絡を取ったら、伯母が亡くなったという。
それで今日通夜で明日葬儀だからいってくれという話であった。
急に言われても判断ができず、返事をしばらく待ってもらうことにした。

昼休み、今後の研究の打ち合わせをした後、そそくさと家に帰り、再び父親に連絡を取って、明日の葬儀に出向くことにした。
火曜日には授業があるから、日帰りの強行軍を覚悟した。
伯母が亡くなるというのは淋しい話であった。
家に帰って、出かける支度を始めたのだが、いろいろな思い出が頭をよぎって、ちっともはかどらなかった。

ところで、今日は家内の誕生日。
彼女も節目の50歳になった。
彼女は幸せ者で、母親、妹、次男からはお祝いの電話をもらい、長男と長男の彼女からはプレゼントまでもらっていた。
挙句の果ては梅木さんからもお祝いしてもらっている。恐縮なことである。
長男達は今金欠病に悩んでいる。
夕方、ピザのデリバリーを取ろうとしたので、「お金がないと言いながら、けっこうなことだ」と嫌味を言ったら、ピザを取るのを止めて、自分たちで何か食べ物を作っていた。
そんな経済状態でもプレゼントを用意していた。

私はといえば、夜に食事に連れて行っただけ。

11月1日 (土)     日本栄養・食糧学会 九州・沖縄支部大会

学会支部会が今日と明日の二日間、別府大学で開催された。
今年は大分県が当番で、別府大学にお世話になった。
大分に身を置くものとして、何かお手伝いをしなければならないと思っていたが、結局何もお手伝いをせずに今日を迎えた。
学会はスムーズに運営され、別府大学のスタッフの皆様に感謝します。

支部会は九州地区の先生と親しくなることができるたいへんよい機会である。
やはり九州は九州独自の取り組みがあったり、各大学の各研究室の研究内容がより鮮明に見えてきて、意見交換も十分にできるし、非常に存在意義が大きい。

1日目の今日は評議員会、総会と特別講演、そして懇親会があった。

評議員会はいつもの先生方が集まる会議。
特に大きな問題もなく終了。
続いての総会も無事終了。

特別講演ではアミノ酸の栄養についての演題が2題。食事バランスガイドの演題が1題であった。
アミノ酸の栄養については、主としてこれまでの研究の歴史を紹介したものと、最先端の脳の働きとの関連についてのものとであった。
2題目の脳の働きとの関連については、非常に最先端を行く研究内容で、さっぱり理解することができなかった。
ただ、アミノ酸が新しい展開時期になっていることはよくわかった。

食事バランスガイドについての講演は興味深かった。
これまでどうも使いにくいなと思っていた食事バランスガイドであったが、どのように使ったらよいかというヒントを得た。
今度、授業でも使ってみたいと思う。

今日のメインは懇親会。
日頃お世話になっている多くの先生方と、多くの話をすることができた。
そして、新たな先生方との交流を深めることができ、非常に有意義であった。
こういうことがきっかけで、一緒に仕事をしましょうという話にもなる。
交流に力を注いでいたら、食べるものがなくなっていた。

明日は発表があるので、早めに帰ることにした。
ご当地で学会があると、自宅に帰ることができるので、何かと都合がよい。