6月30日 (月)     無題

今年もはや半年が過ぎた。
あっという間の6ヶ月であった。
仕事の面でもプライベートな面でもいろいろなことがあったが、総じて大きなトラブルもなく、順調に過ぎた。

前半、3月までは、何かと調子がすぐれなかったが、4月になってからは上昇傾向である。
仕事の面では少し余裕ができて、放電しっぱなしだった頭も少し休むことができた。
おかげでまたやる気が復活しつつある。
この半年間で思ったことは、休養も仕事のうちということである。

昨日のブリーフィングで学生にも言ったが、速くやろうとして焦って失敗し、最初からやり直していたら、トータルでは遅くなってしまう。少し時間をかけても確実に物事をこなしていくことが、結局仕事を最も速く進めることになるということ。
休養うちには養うという意味も含まれている。養うことによって少し時間はかかるが、結局は効率がよくなって、正確かつ迅速な仕事ができるようになる。

話は変わって、この半年間で一番実感したことは物価の値上がり。
ガソリンをはじめとして、日用品や食料品が次々と上がっていく。
この傾向はますます加速されていく。
おいそれとドライブにも行けない。

明日から7月。今年の後半はどういう展開になるだろうか。
何はともあれ、体が資本。
健康第一に、無理のないように、しかし手を抜かないように半年間を過ごしていきたいと思う。

6月29日 (日)    頭が空回り

先週、罹りつけの診療所に行って「最近気力が湧かない」と訴えたら、それでは薬を2倍に増やしますか ということになった。
効果はてきめんで、この1週間は、やる気がみなぎっていた。
ところが、ここ2,3日、度が過ぎているようで、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ と仕事も遊びも目いっぱいに動き回るようになってしまった。
気持ちは先へ先へと進むが、体がついてこないので、やることがどこか狂っている。
しまいには、やらなくても済むようなことをどうしてもやらなきゃという気持ちになって無理やり動いているような感覚になってきた。
加えて、イライラしている。
家ではこどもに当り散らしている。

医師からは「この薬は躁状態にさせる力があるので、そうなった時も無理せずにできるだけ休むように」と釘を刺されていることを思い出した。
明日からははやる気持ちを少しばかり抑えながら事にあたるようにする。

6月28日 (土)    産学連携学会

昨日、一昨日と、コンパルホールで「産学連携学会」が開催された。
大会実行委員長はイノベーション機構の伊藤正実教授、事務局は大分大学である。
詳しいことは大分大学のホームページに掲載されている。

2日目である昨日は、私たちとの共同研究の成果についての発表があったので、そこのところだけ参加した。
本当はもっとたくさんの演題を聴講して、懇親会にも出たかったのだが、時間をとることができなかった。

産学連携もそれがテーマとして学会まで組織されるとは思ってもみなかった。
それがこのように大会が開催されて、全国から研究者や企業の人たちが集まって発表するとは、産学連携がいかに期待されているかがわかる。

何度も触れているが、私たちの研究室は産学共同研究で成り立っている。
企業の方には、「会社の中で食品の機能性を研究する部門」だと思って気軽に声をかけてください とことあるごとに申し上げている。
おかげでいろいろな企業から相談を受けたり、研究をさせていただいたり、それがもっとうまくいくと新製品の開発に結びついたりしている。

学術論文だけではなく、こういった形で研究成果が役に立つのもありがたいことであると常日頃思っている。
2月にJSTに応募した研究計画が認められて、採択された。
研究費をいただくことができる。
ありがたいことである。
この研究は産学連携を見込んで計画を考えたテーマである。
似たようなテーマで応募した科研費は採択されず、審査員の評価も低かった。
このことからも、私たちの研究の軸足が学術的なものより、実用的なものに重みをかけていることが分かる。

産学連携がうまくいくケースは、たいてい、企業が積極的な場合である。
研究室で出たデータをうまく活用できる企業は共同研究を成功させている。
逆に、大学に任せておけば何かよいものが出るだろう と棚ボタを期待している企業との共同研究は、実験をやってもよい結果が出ない。

今年も企業の期待に少しでも応えるべく、そろそろゼミを挙げての本格始動にはいる。

6月27日 (金)    メジロ

4年生のMさんがやってきて、「被服室の窓に鳥がぶつかって血を吐いて倒れている」と言う。
それはたいへんだねぇなどと言いながら様子を見に行った。
倒れていたはずの鳥は床にぶるぶると震えながら立っていた。
よく見るとメジロである。
大分県の鳥にもされているメジロをさわったのは子どもの頃以来である。
メジロは姿がとても愛らしい。
そして鳴き声もよいらしい。
無断で飼うと条例に違反すると聞いたことがある。
飼うには許可が必要で、それも1人1羽しか飼えないのではなかったかと思う。
手の上に乗せてしばらく経ったら、被服室の中をたどたどしく飛んだ。
元気になってよかったね と言いながら再度手の上に乗せて窓のところへ持っていったら、大空高く舞い上がっていった。
吐いた血と思われるものは赤い実を食べた後の糞であった。

今年はおおいた国体が開催される。
そのマスコットとしてメジロを題材にしためじろんが活躍している。
ネクタイやシャツにもデザインされている。
めじろんバッジをつけている人もよく見かけるようになった。
国体が地元で開催されるというのは初めての経験なのでなんとなく楽しみである。

6月26日 (木)    傘

今日は久しぶりに傘を持たずに動くことができた一日であった。
今年の梅雨は雨の日が多い。
毎日傘を離せない。

傘を持つと、ささなくても荷物が増えるから、なんとなく億劫である。
それに、どこかに立ち寄るたびに、忘れやしないかと余計な気を遣わなければならない。
だから久しぶりに傘を持たなくてよかった今日はある種の開放感を感じた。

傘をどこかに置き忘れてきたという話はよく耳にするが、私の場合は、傘を忘れてきたという記憶があるのは1回だけである。その傘も後日出てきた。
忘れてきた記憶を忘れているのかもしれないが、自慢ではないが、昔から傘をどこかに置き忘れることはない。
ひそかに誇りに思っている。
しかしそれがどうだというわけではないが。
ただ単に傘というものに対する執着心が強いだけか、傘をなくすとまた買いなおさなければならないから、出費が嫌でそういうことになっているだけかもしれない。

最近、本当に物忘れがひどくて困る。
ものの名前や人の名前がなかなか思い出せない。
記憶力も悪くなった。
簡単な計算が暗算でできない。
ものをどこに置いたか思い出せない。
やれやれ。
もはやこういう自分に抵抗しても仕方がない。
あるがままの自分を受入れることにしようと思う。
物忘れがひどくなったおかげで、他人に対して少し寛容になったような気がする。

傘の話に戻って
今年はいつかどこかで傘を忘れそうな予感がする。
今からあきらめておくことにする。

6月25日 (水)    お菓子

最近、お菓子を食べる量が増えた。
お菓子は日々の暮らしの中で、ちょっと一息つきたいときや、ちょっと小腹が減った時に気分転換もかねて口にするのが楽しみである。

研究室にもお菓子が置いてある。
午前中に一回、午後一回、夕方一回と、日に3回ほど口にしていまう。
その種類もおせんべい、チョコレート、豆菓子、などと多岐に渡っている。
ケーキやシュークリームといった洋菓子は滅多に食べない。
ときどき差し入れがあったときなどは喜んでいただく。
家にも何らかのお菓子がおいてある。
夕食後の締めに必ずいくばくかのお菓子を食べないと気がすまない。

以前はお菓子を食べたら、その分、食事を抑えて、摂取エネルギーが多くならないように心がけていたのだが、最近は、その歯止めが効かなくなってしまった。
おかげで体重が増加する一方である。
2月に風邪を引いて、一番体重が減っていたときから計算すると4kgも増えている。

ストレス解消の一つの方法としてお菓子はよいが、また新たなストレス源となってしまう。
お菓子を食べる暇もないくらい忙しくするというのも一つの方法かもしれないが、そういう生活はやめようと決めた。
逆にもう少しゆったりと構えて毎日を過ごせば、お菓子を食べる量も減るかもしれない。

6月24日 (火)    4年生揃う

就職活動や教育実習でなかなか全員が揃わなかった4年生がようやくそれぞれに一段落ついて4人のゼミ生が久しぶりに全員揃った。
教育実習は無事終了したようだ。
企業就職を希望していたゼミ生は内定をもらいホッと一息。
企業以外の進路を考えているゼミ生はまだ少し慌しい。

これでまた卒論モードを復活することができそうである。
とはいうものの、それぞれに忙しい時間があると思うので、みんなで助け合って進めていってほしい。
早速昨日は実験をやっていてミスがあったとの報告。
ミスがあることは仕方ないが、二度と同じミスを犯さないように今後気をつけてほしい。
また、小さなミスでも時間の浪費につながる。
時間は大切である。二度と戻ってこない。
実験に限らず、仕事は時間が大きな価値を持つ。
「迅速」に行うということは一つの大きな成果である。
もちろんその前提として「正確」があることは言うまでもない。

そろそろ本腰を入れて実験をやろうかと思っていたら、いろいろなことを頼まれることが急に増えた。
大学内外での会議が多くなりそうである。
そんな中で進めていかなければならない研究。

ゼミのスタッフやゼミ生に期待するところが大きい。
期待に添ってもらうための環境づくりをすることがますます重要になってくる。

6月23日 (月)     新たな研究テーマ

最近の研究を取り巻く状況は大きく変化し、いわゆる競争的研究資金が増えている。
価値があると考えられる研究テーマに集中的に研究費を投入しようという国の政策のためである。

一昨年頃からぼちぼち取り組んでいたテーマが、少し面白くなってきて、他にやっている人もいないようだったので、国のある研究事業に応募してみた。
大学では科研費が競争的研究資金の代表であるが、それ以外にもいろいろなものがある。
3月まで行っていたプロジェクトも、経済産業省の競争的研究資金によるものである。

今回応募したのは、また別の機関が募集したものである。

申請書を書くにあったって、いろいろな人から助言をいただいたおかげで、採択された。
研究費がついたことは嬉しいが、それにも増して、自分が考えている研究テーマが評価されたということがうれしい。
だいたい研究者というものはそういうものである。

このところ、アクティビティが下降気味で、なんとなく重苦しい毎日を過ごしてきたが、今回の採択によって、俄然やる気が復活してきた。
これが仕事を楽しくすることができる起爆剤になればよいと思う。

さしあたって、来週までに研究計画書を書かなければならない。
がんばって書くことにする。

6月22日 (日)    ボウリングの日

今日はボウリングの日である。
なぜ今日がボウリングの日になったのかは、ボウリング場のポスターに書いてあったが、理由は忘れた。
忘れっぽくなった今日この頃の自分に嫌気がさしてしまう。

それはよいとして、毎週のように行っているボウリング。
今週はご無沙汰である。

何十年かの期間を経て再びのめりこみ始めたボウリング、
なかなか上手になることができない。

コントロールが安定しない。
だいたい球を扱うスポーツは、いつも同じように球を投げることができることがもっとも大切なのではないかと思う。
そんな難しいことはできない。
だから安定しない。

それでも楽しくやっている。
ときどき運よくよいスコアが出るものだからよいのかもしれない。

ボウリング場で中高年の人を見かけることが多くなった。
数十年前のボウリングブームの時に熱心にボウリング場に通った人たちだろう。
そういう仲間達と一緒に投げるボウリングは楽しい。

6月21日 (土)    夏至

今日は夏至。
一年のうちで、昼の時間が一番長い日であるということは小学生でも知っている。

夜明けが早く、早朝からの陽射しが力強い。
日の入りも遅く、夕方の陽射しも勢いを保っている。

気温が低いので、まだ夏とは言いにくいが、毎年この頃に夏を一番感じる。
本当に暑くなる8月になると、確かに暑いが、太陽の勢いがなんだか弱くなっているような気がする。

晴れていれば本当によい季節。
残念ながら今日は雨。

6月20日 (金)    研究打ち合わせ

母校の大学の後輩、といったらおこがましいくらいに活躍している研究者と共同で研究をやっている。
それぞれが持ち合わせているテクニックを使って、いろいろな面からアプローチをしようという考えである。
最近出たデータを持って彼の元を訪問した。

前にもここに書いたと思うが、1人で研究室にこもっていては、なかなかよいアイディアは浮かばない。
ディスカッションすることによって思いもかけないような発想が浮かび上がる。

2時間の話し合いの中で、また新しいヒントを得た。
これを生かして新しいテーマに取り組もうと思ったらなんとなくわくわくしてきた。
最近にはなかった感情の復活である。

6月19日 (木)    ついてる一日

今朝出勤する時にぱらぱらと降り出した雨が1限の講義が終わる頃に土砂降りとなった。
医学部にサンプルを持ち込む計画であったが、車を運転するのが怖かったので、延期してもらった。

しばらくの間、研究室に潜んでいたら、帰る頃にはすっかり雨も上がり、大雨が降ったにもかかわらず、傘を使わずに一日を過ごすことができた。

かかりつけの2つの診療所に寄った。
一つ目、待合室にほとんど人がいなくて、診察はすぐに終わった。
診察が終わって待合室に戻ってきたら、待っている患者が多くいた。
ついていた。

薬局で薬をもらおうと思ったら、あいにく数量が足りないので少し待ってくれないかと言われたので、それではもう一つの診療所に行った帰りに寄りますと伝えて次の診療所に出向いた。

ここはいつも待たされる。それを覚悟して、待っている間の時間に単行本を読もうと鞄に用意しておいた。
待合室に入ったら、数名しかいない。これはラッキーと思っておもむろに単行本を取り出したら、すぐに診察室に呼ばれた。
日頃なかなかドクターと十分に話ができないから、このときとばかりにいろいろなことを聞いた。
かなり長い時間の診察であった。

待合室に戻ったら、待っている患者でごった返していた。
ついていた。

閉店間際のデパートの催事場に寄って、何か良いものはないかと物色していたら、質のよいスラックスが安価で売られていた。
今日は午前中雨が降ったので、客足が鈍く、いつもだったらこんなよいものはこの時間には残っていないとお店の人が話してくれた。
ついていた。

一年に一度くらいこういうついている日がある。
宝くじを買っておくべきであった。

6月18日 (水)    異様な疲れ方

久しぶりに動物実験を行った。
教育実習から帰ったその足で小山さんが加わったので、4年生3名、それに最初のうちは梅木さんのフォローの下、昼過ぎから作業に取り掛かった。

実験そのものはトラブルもなく、順調に終わった。
4年生も最初のうちは、手際が悪かったが、だんだん調子が出てきて、ミスをすることなく終えることができた。
これがもっとも大切なことである。
つまらないミスをすると、動物を注文するところからやり直しをしなければならないので、時間とお金の大きなロスになる。
日頃から学生には慎重に飼育作業を行うように、ケアレスミスをしないようにと口をすっぱくして言っている。

14:30頃終わって研究室に戻ってきたら、異様に疲れていた。
頭は放心状態になり、体、特に上半身、それも腕にまったく力が入らない。
虚脱感、脱力感が体中を支配してどうにも動けない。

こんな経験は初めてである。
このところ、休養する時間をあまり取ることができず、睡眠も不足気味であったせいとは思うが、それにしても異常であった。
いたたまれなくなって、しばらくの間まどろんだが、結局回復できずに、その後予定していた仕事も十分にすることができずに早めに家に帰った。
家に帰ってからも疲れは取れず、いつもなら飲むお酒すら飲むことができなかった。

先ごろ、教職員組合のアンケートの設問の一つに「週休2日がとれているか」というのがあったが、○をつけた。
もはや○をつけざるを得ないほど体力が落ちている。
土日も出てきて仕事をしなければならないような状況が復活したら、倒れてしまうのではないかと本気で心配になった。
これからは、多少の非難や軋轢があっても、十分な休養が取れるペースで仕事を進めていくことにする。
それは仕事のペースダウンを意味する。
中途半端なところで倒れてしまってはそちらのほうがよほど大きな迷惑をかけるような気がする。

6月17日 (火)    ティーチングカフェ

授業改善いわゆる Faculty Development : FD に関するセミナーというか、集まりが高等教育開発センター主催で開催されたので、出席してみた。
最近、授業がいろいろな意味で負担に感じていて、何か打開策が見つけられないかなという気持ちで参加した。

集まった教員の数は少数であったが、いろいろな学部からの教員の参加があり、興味深く議論をすることができた。
そこで感じたことは、まず、学部によって色が違うということである。
経済学部、工学部の先生方は、参加した教員が若いということもあるかもしれないが、皆、授業に対してとても熱心に取り組んでいる。授業にかなりの時間を割いている。
学生に対しても、きっとそれに相応しい成果が現れていることであろう。
参考にしたいと思う点はいくつかあったが、現状では困難である。

まずそれだけ費やす時間が少ない。
若い頃は馬力もあって、どれだけ仕事をしても体と心がついてきたが、最近は体がもたない。
気力も続かない。
授業以外にこなさなければならない仕事が次々とやってくる。
授業の数も多い。

と、マイナス志向になってしまった。

教育福祉科学部から出席していたK先生が今の自分と同じような悩みというか、苦労というか、同じような気持ちを持っていることがわかった。
以外であった。しかし、同じような人がいることでうれしかった。

K先生の話を聞いて思ったことは、完璧を目指そうとしてもそれはなかなか難しいということ。
80%くらいのところでよしと少し気楽に構えること。

そのくらいのほうが、余裕ができて、聴く学生にもよいのかもしれない。
余裕を作る具体的な方法については、K先生から入れ知恵をしてもらったが、ここでは内緒。
早速次回の授業から使ってみようと思う。

いずれにしても、授業は大切。
学生のために少しでも改善していこうという気持ちがあるうちはまだよい。
そういう気持ちもなくなって、いい加減な授業をやるようになってしまったら、この仕事から足を洗わなければならない。

6月16日 (月)     梅雨

紫陽花の花がきれいに咲いている。
梅雨に相応しい花である。
梅雨が梅雨らしいほど紫陽花の花は美しい。

今年の梅雨は梅雨のお手本のような梅雨である。
毎日しとしとあるいは激しい雨が降っている。
雨はあまり愉快なものではない。
スラックスはべたべたになって型崩れはするし、靴が汚れる。
車も汚れる。

しかし梅雨があって雨が降るから季節の移ろいを感じることができるし、農作物の成長にも大きく貢献することができる。
このところ、気温の低い日が続き、夜についついまどろんでしまうと、喉を痛めたり咳が出たりとちょっとした風邪を引いてしまう。
今日も朝からなんとなく喉と咳の具合が悪かったので、講義は抑え目のペースで進めた。
そのおかげか、終わった後の疲労感は少なかった。

明日はまだ気温が低い日になりそうであるが、水曜日から徐々に暑くなりそうである。
しかし天気予報を見ると、毎日傘マークがついている。
しばらく鬱陶しい日が続くのかと思うと少し滅入ってしまうが、真夏へのエネルギーが蓄積されていると思えば、夏が来るのが待ち遠しい。

6月15日 (日)    あと3時間欲しかった父の日

今日の一日はあと3時間余計にあればよかったなぁと思える一日であった。
風邪の具合は大事に至らずに回復した。

朝から雨が降る中をボウリングに行ったり、図書館に行ったり、買い物に行ったり、たまっていたビデオを整理をしたり、片づけをしたりと、何かとバタバタしていたら、あっという間に一日が終わり、あと3時間、本を読む時間が欲しかった。

最近は、週に一日はほとんど何もしないゆったりとした時間が過ごせる日がないときつい。
6月は週末に出かけてばかりで、あまりよろしくない。

今日は父の日であった。
2,3日前まではそのことを覚えていたのだが、すっかり忘れていた。
夕食後、長男と彼女がメッセージとともにケーキをプレゼントしてくれた。
うれしいことである。

次男は何も言ってこないので、しびれを切らしてこちらから電話をしたら、疲れていたのか、面倒くさそうな応対であった。

自分の父親には電話をした。
最近、母親の調子がよいのでご機嫌の様子であった。

父親のおかげで今の自分があることに感謝し、
子ども達のおかげで父親としての役割をこなすことができることに感謝することができた。

6月14日 (土)    市民公開講演会

日本栄養・食糧学会 九州・沖縄支部の評議会が福岡で開催されたので、出向いていった。
今年の秋の支部大会は別府大学で開催される。
来年の全国大会は長崎で開催される。
こういう重要な情報が集まる会なので、評議会への出席は欠かせない。

午後から、市民講演会「食品成分の新奇機能性評価と安全性評価」というタイトルで市民公開講演会が開催され、聴講することにした。
こういう講演会は、たいてい評議会か支部大会と同時に開催される。

「市民公開講演会」となっていたが、参加者のほとんどは、開催大学の学生で、純然たる「市民」の参加があったかどうかは非常に疑わしかった。
内容も非常に専門的で、これでは一般市民はまったく理解できないだろうなぁと思いながらも、興味深く聞くことができた。

かんきつ類の機能性成分が体の中でどのように代謝されていくかという話は、今とりくんでいる研究テーマとも深い関連があるので、面白かった。
しかし内容はきわめて基礎的、学術的なものであって、直接自分の研究に役立つような気はしなかった。
この演題は特に内容が高度で、一般市民に理解してもらうことは到底不可能であると思われた。
その理由の一つとして、演者があまりに専門的なことばを多用したり、複雑な化学構造式を持ち出してきたことが考えられる。
一般市民を対象とするのなら、小学生にも理解できるようなストーリーの構成にしなければならない。
と、批判的な感情を抱きつつ、演者の「この研究が面白くてたまらない」という気持ちがひしひしと伝わってきて、そういう意味では好感をもてた。
振り返って自分のことを考えてみると、最近、「面白くてたまらない」という気持ちからご無沙汰している。
いつも追いまくられて目先のことだけ考えて実験を進めているような気がしてならない。
何かを引き金にして「面白くてたまらない」という気持ちを引き戻したいものだと思う。

「ヒトを対象とした食品の機能性評価」についての講演は、この種の研究を行うのにたいへんな苦労があることがよくわかった。
この3月まで行っていたプロジェクト研究でも、医学部の先生に加わっていただいて、ヒトを用いて試験を行ってみたが、たしかにたいへんなことであった。
栄養に関する研究成果は、よりシビアなものを求められるようになってきている。
ヒトを用いた研究がますます重要視されるようになってきている。
このあたりが、今後の研究の進め方に対して大きな課題であると感じている。

6月13日 (金)    風邪気味

13日の金曜日は、何かよくないことが起こると、昔から忌み嫌われている。
言い伝えられていることは正しかった。
今日は朝から微熱があって、調子がすぐれなかった。

このところの睡眠不足、先週末の旅行、昨夜の夜更かし等、疲れを助長する要因がそろっている。
一番の原因は、大雨が降って肌寒かった一昨日の水曜日、帰宅してからうすいTシャツ一枚でフローリングの上でまどろんでしまったことである。

昨日の朝起きた時から喉が痛くて、なんだか嫌な予感がしていた。
こうしたきっかけがあって、忙しかったりするとよく発熱する。

おかげで朝から考え事をしてもまとまらず、中途半端な一日となってしまった。
それでも夕方にあった外部の会議では、積極的に盛り上げて、きつかった一日を終えて帰宅した。
食事をしてすぐに床に入った。

今回は、微熱が出る前に体重が落ちてこなかったから、大事に至らずに済むであろうと考えた。
何はともあれ、睡眠を十分にとることがもっとも効果的であると考えた。

6月12日 (木)    卒業生の様子

新入生、新社会人も2ヶ月ほど過ぎて、ようやく環境にも慣れた頃ではないかと思う。
緊張感も少しずつ取れていることであろう。

昨日、この3月に卒業したKOさんが訪ねてきてくれた。
望月ゼミの卒業生ではないのだが、嬉しいことである。
2ヶ月間の研修が終わって、6月から現場に配属され、早くも第一線に出ているという。
まだまだ慣れないことが多くて戸惑っているということであったが、徐々に慣れていけばよいだろう。

機会があったので、去年の3月に望月ゼミを卒業したKAさんの職場を訪ねてみた。
風の便りには、毎日夜遅くまで忙しくしていると聞いていたが、本人に確認すると、やはり毎日夜遅くまでの仕事の毎日で、帰ったら寝るだけの生活を続けているようである。
体調のすぐれないときもあるだろうに、一般客相手の仕事は不機嫌な表情を出すわけにもいかないから、人に言えぬ目に見えぬ苦労があるだろう。

話をしている中で、望月ゼミの卒業生ではないNさんが仕事がハードで、結局会社を辞めて帰ってきたと聞いた。
Nさんは昨年の今頃、大分駅でばったり会って、その後、研究室を訪ねてきてくれてもいた。
そのときに、仕事がたいへんで上司からかなり難しい仕事を任されていると聞いた。

前述のKAさんの職場は、ざっと見渡して、10人くらいいたと思うが、彼女はすでに店長に次ぐナンバー2の立場で仕事を任されているという。
さらには、今年新人が入り、その面倒も見なくてはならないという。
もちろん接客も重要な仕事の一つである。

このKAさん、Nさんの二人の話を聞いて共通していることがあると思った。
それは、新人といえど、即戦力として働かなければならないということである。

もはや企業には、会社の発展に貢献できる人物を育てていこうという余裕がないのではないか。
新人に即戦力を期待しても、それはやはり無理がある。
その無理に応えられるような人材はなかなかいない。
企業の側からすれば、新人がすぐに辞めても、即戦力になる人材を次々と見つけていけばよいと考えて、最初からハードな仕事を任せるのかもしれない。
フリーターが増えているというが、このあたりにもその原因があるのではないか。

このような状況に大学としてどう対応すればよいのか、また一つ課題ができたように思う。
一つはインターンシップの充実であろうか。
学生のうちに、どんどん厳しい現場に送り込んで、あわよくば、そこでスキルを身につけて、その企業に就職できればお互いによい結果になるのではなかろうか。

もう一つはアルバイト。それもなるべくハードな職種。
勉学に差支えが出るほどになっても困るが、ハードなアルバイトを続け切ることも一つの能力に数えてもよいだろう。

今年の望月ゼミの4年生。企業就職希望の2名は内定通知を得たとのこと。
まずは一安心。
教育実習から帰ってきて、4人全員が揃ったら、卒論に力を入れてやりましょう。

6月11日 (水)    学生とのスタンス

毎週の事ながら水曜日は朝から疲労感が漂っている。
しかし、講義や実験といった仕事はすこし落ち着いてきて、追われるようにこなしていかなければならないという状況ではない。

おかげで依頼されていた原稿のチェックや、講義で学生から寄せられた質問に対する回答、今後の授業の計画などにエネルギーを費やすことができる一日となった。
最近読んだ本の中で、日本の超優秀大学の自然科学系研究者から、地方の弱小大学に移った先生が、その弱小大学で、どのような取り組みを行って、どういう成果があがっているかということについて書かれた本があった。
大いに参考になった。

もっと学生に正面から向き合わなければならない。
学生が大学での勉学に対して、興味を抱き、満足できるように教員は努力しなければならないとあった。
確かにその通りであると再認識した。
併せて、やる気のない学生にどう対処していったかということも書かれていて大いに参考になった。

実験屋は、研究定年が早い。
実験には体力が必要であるが、その体力が落ちてくると、自分が先頭に立ってぐいぐいと引っ張っていくスタンスが取れなくなる。
本当にギブアップするまで実験を続けていかなければならないことは言うまでもないが、これまでどちらかというとおろそかにしていた学生へのかかわりの比重を少しずつ増やしていこうと思う。

講義もこれまでは一方通行的なやり方で進めてきたが、何とか双方向のスタンスに変えてみたい。
そのためにはいろいろな勉強をしなければならない。
幸い、来週に、高等教育開発センター主催のセミナーがあるので、これに参加して、何か新しい方向性を探ってみようと思っている。

6月10日 (火)    焼酎

最近、焼酎を飲まなくなった。
少し前までは、酒を飲むといえば焼酎を飲んでいたが、他の酒にスイッチしてから2〜3ヶ月になる。

その理由はよくわからないが、おそらく次のようなことが考えられる。
1.これはおいしそうだと思って期待をして買った焼酎が期待に反して全くおいしくなくて、それがきっかけで嫌になった。
2.その頃何気なしに飲んだ日本酒がとてもおいしくてはまってしまった。
3.ワインの角打ちに行くようになって、ワインのおいしさにはまってしまった。
4.暑くなってきたので、ビールがおいしい。
5.焼酎はついつい飲みすぎる。

とまぁ、いくつかの理由は思い浮かぶのであるが、要は酒なら何でもよいということで、その日の気分によって飲むものが決まる。
家で飲むときはちょっと高級な日本酒。
外で飲むときには生ビールというのが最近のオーソドックスのパターン。

おかげでエタノールの摂取量は減っている。
また、アルコール度数の低い酒のほうが、なんとなく体に優しいような気もする。

エタノールの摂取量がもっと減って、ゼロになっても快適に過ごせる日が来るとよいなと思う。

6月9日 (月)     健康診断

ちょっと古い話になるが、先週健康診断があった。
大学が法人化されて、健康診断も外部委託するようになってから、システマティックにスムーズに進むようになった。

身長、体重は昨年とほとんど変化なし。血圧も薬のおかげで低値で安定。
聴力も異常なし。心電図も異常なし。
と、ここまではよかったのだが、驚いたことが一つ。

右目の視力の大幅な低下である。
担当の人に「一番はどっちですか?」と尋ねられて、測定機械を覗き込んだら、ぼやーっとして、どこに一番があるのか分からない。
「一番がどこにあるかわかりません。」と答えたら、担当の人が一瞬固まった。
「それでは左目を先にしましょう。」ということになって、左目をやったら、8番、9番あたりまで見えて、視力は0.9であった。
右目はというと、0.01。
この視力の差は日常生活にも差支えが出始めている。

車の運転とボウリングにはメガネが欠かせない。
メガネをかければなんとか見えるからまだよい。
しかし、右目はメガネをかけてもなんとなく見にくい。

以前から右目は左目より細く、白目がよく充血するので、昨年末に眼医者に行ったところ、悪い病気かもしれないと脅されて、大学病院に行った。
大学病院では恐らく大丈夫ということであったが、来月、また診察を受けることになっている。

目が見にくいというのは誰もが加齢とともに経験することであるが、老眼のほうはまだましである。
しかし、近眼のせいで遠くは見えにくく、老眼も多少出てきたのか、とても小さな文字は虫眼鏡が欲しい。
目が疲れると体が疲れる。

6月8日 (日)    福岡空港

今回の旅行では福岡空港を利用することにした。
これまで福岡空港に行こうと思うと、JRで博多まで出て、それから地下鉄というパターンであったが、高速バスが基山に停車して、そこで乗り継ぐことができるようになったので、今回はバスで往復する計画を立てた。

バスは道路状況や天候によって時刻が狂うので、トラブルが心配ではあるが、荷物を持って歩かなくても済むので、たいへんに楽をすることができる。
それに計算上ではJRより早く空港に到着することができる。
料金は大分駅から福岡空港までを比較するとバスのほうが20円安い。

往路は順調であった。予定より20分早く着くことができて、快適であった。

帰りはむずかしい。飛行機が何時に到着するか読めないので、基山の何時のバスに乗ることができるのかが読めない。したがって、バスの予約をするのに頭を痛める。
今回は、運よく予約しておいたバスに乗れたので、スムーズに帰ってくることができたが、週末は予約をしていないと基山で大分行きに乗れないことがある。

結論としては、天気がよければ往路はバス、帰りはJRがよいだろう。
また、帰りは、空港の国際線に回れば、別府行きの高速バスに乗るという方法もある。
その場合には別府から大分までの移動が面倒である。

こうして交通手段をあれこれ考えるのも、旅の楽しさの一つ。

6月7日 (土)    旭山動物園

ちょっと足を延ばして、今話題の旭山動物園に行ってみた。
単なる一地方都市のこれといって特徴のなかった動物園が、今では上野動物園の来場者を上回る人気だという。

ホッキョクグマが泳ぐところを水槽を通して間近で見ることができたり、アザラシの泳ぐ姿を水槽のそこから見ることができたり、ライオンやトラがすぐ目の前にいたり、ペンギンが握手できる至近距離にいたりなどと、動物が本当に近いところにいる。
また、案内板はすべて職員の手書きで、ひとつひとつに心がこもっている。

客層が違う。
普通、動物園というと、家族連れが多いというイメージがあるが、大人が90%以上占めている。
動物を間近に見て、子どものように大きな歓声を上げている。
童心に帰ることのできる瞬間である。

しかし、評判の割には少し物足りなかった。
まだまだ発展途上で、いろいろな獣舎の工事が行われていて、これが全部完成したら、それはそれは楽しい動物園になることであろう。
今のところは、昔作られて、今では寂れでしまった檻の中に、狸とかうさぎといった普通の動物がいる部分が多く、そのほかにはとりたてて珍しい動物がいるわけでもない。キリンはいたが、象はいなかった。

そんなわけで、あと数年したら、もっとパワーアップしていることだろう。
もう一度行ってみたい。
もし、今行こうかなぁと思っている方がおられたら、もう少し待つことをお勧めします。

6月6日 (金)    次男の様子

北の国で1人暮らしをしている次男坊も大学3年生になった。
毎年、6月には、息抜きを兼ねて、様子を見に行くことにしている。
今日は年休をもらって、3日間の日程で出かけることにした。

梅雨がないといわれている北国で雨に見舞われ、複雑な気分であったが、湿っぽくなく、気候も涼しくて、雨もそれほど苦にならなかった。

彼の大学では昨日からちょうど学園祭が開かれていて、授業は休講とのことだったので、今日は運よく長い時間を一緒に過ごすことができた。

駅について、まずはいきつけのすし屋に昼ごはんと夕ご飯をあわせた食事を食べる。
この寿司はいつ食べてもおいしい。結局、このあと、滞在中の3日間、毎日そこに通った。
全部で1万円くらい食べた。

そのあと、彼のアパートに行った。
愕然とした。
部屋が散らかっているなどと生易しいものではない。
足の踏み場もないとよく言うが、それをも超えている。
私など、どこを歩いたらよいのかわからず、唖然として立っていることしかできない。

1人暮らしの男子学生のアパートはみんなこんなもんなんだろうか。
大分大学の学生諸君に尋ねてみたい。

まだ少し早いが、就職について話をした。
もう半年後には本格的な就職活動に入っていることだろう。
研究室で学生を見ていると、その大変さが身に染みてわかる。
親としてどうこう言うこともないが、しっかり準備をして、希望する進路を見つけてくれることを祈るばかりであった。

6月5日 (木)    前期の折り返し

前学期も大体半分が過ぎた。
毎年この頃は忙しい。
デスクの横に、昨年、一昨年のスケジュールを書いた手帳が置いてあり、週の初めに今週はだいたいこんなようなスケジュールになるだろうと予想する。

去年の手帳を見ると、今週はやけに余裕がある。
どうしてかと思ってよく見ると、講義がほとんどない。
そういえばはしかによって講義が休講になっていたのであった。

この時期はいろいろな疲れが出始めて、ちょっと一息入れてみたい時期。
いささか不謹慎であるが、昨年はちょっと一息入れるよい機会となった。
今年も疲れが出ている。
昨晩、次男坊から電話があったとき、「授業をやるのも疲れるわ。」と言ったら、「それは学生も一緒。今はみんな疲れてるよ。」と鋭く、しかし的を射た指摘。
そういう気持ちで授業に臨めば少しは気分も楽である。

今年は手帳に白い部分が多い。
少し前までは、手帳がぎっしり埋まっていないと気がすまなかったが、ある本を読んでいたら、それもよいが、いつかほころびが出るからほどほどにしておくようにとあった。
以来、手帳に白い部分があることを楽しみにするように心がけてきた。

確かに余裕があって、いろいろなことができる。
はずである。
しかし、何かが飛躍的に進んでいるという感触がない。

毎日何をやっているのかわからなくて、充実感に乏しく、かえってよくない。
疲労の度合いも昨年と大差ない。

まったく困ったものである。
忙しければ忙しいで、愚痴をこぼして疲れたと言い、
余裕があるからといって、何かが進むというわけではなく、
いったいどういう状況が自分にとっていちばんよいのかわけがわからない。

まぁそういう時期もあるよねと開き直るのもよいが、開きっぱなしでも困る。
そろそろ引き締めないとね。
と、一応心では思うのであるが、体と頭が反応しない。

6月4日 (水)    ノーマイカーデー

今日は県をあげて、「ノーマイカーデー」とし、通勤には車を使わないようにする日にしたという。
マイカーを使わないことによる、二酸化炭素排出量の抑制はかなりのものになるらしい。

通勤には、非常勤に出向く日を除いて列車を利用している。
マイカー通勤をやめてからかなりの年月が経つ。

それまでは、どこに行くのにも車を使っていた。
車を使えば時間が節約できて、あちこち行くことができるので非常に便利だと思っていた。
しかし、運転するのも疲れるし、走っていると気に障る車があったりしてストレスも溜まるので、通勤に車を使うのをやめた。
大分大学前にJRの駅ができたことも一つの要因である。

マイカー通勤をやめても何の問題もない。
確かに通勤に要する時間は増えたが、列車に乗っていれば本を読むことができるし、日記を書くこともできる。
疲れたら居眠りをすればよい。
駅から自宅あるいは研究室まで歩くのはよい運動になる。
車を運転している時は、運転以外のことはほとんどできないから、却って時間が増えたような印象でさえある。

それに車の維持費がバカにならない。
通勤に使うために車にかける維持費は到底通勤手当でまかなうことはできない。
ガソリンの価格も急騰した。

マイカー通勤をやめることができたもう一つの理由として、住居を公共交通機関を使うのに便利なところへ移したということがある。
買い物についても、ほとんどのものは徒歩で行けば手に入る。
歩いて買いにいけないものはインターネットの通販を利用すればよい。

物事は考えようで、私の場合は以上の理由により、マイカーがほとんど不要な生活をしている。
しかし、車が好きで、マイカー通勤が便利だという人はそれでよい。
安全運転には十分気を遣ってください。

6月3日 (火)    睡眠

毎日の疲労回復に最もよいのは量・質ともに満たされた睡眠であると思う。
ぐっすり寝て目覚めた朝は気持ちがよく、その日一日を元気に過ごすことができる。
これに対して、寝不足状態で目覚めると、朝から体が重くて、頭の動きも鈍く、調子が出ない。

最近、睡眠に満足できていないような気がする。
まず量的な問題。
夜、今日は疲れを取るためにたっぷり眠りましょうと思って早めに寝床に入るのだが、そういうときは、翌朝早く目が覚めてしまう。それも中途半端な時間なので、面倒くさいからそのまま起きてしまう。
そうすると睡眠時間は少なくなり、寝不足感を抱く。

次に質的な問題。
特に、酒を大目に飲んだ夜に多いのであるが、夜中に何度も目が覚める。
おかげで朝起きた時、十分に眠った気がしない。

お酒はひと時のストレス解消の手段としては、非常に優れたものであるので、ほとんど毎日愛用している。
しかしときどき度が過ぎることがあって、そんなときは質的に満足する睡眠が得られない。
中でもビールが最悪である。
飲み会などで調子に乗ってジョッキ数杯を空けると、夜中に何度もトイレに起きて、まったく眠った気がしない。

さらには、こんな話をするとほとんど誰も信用してくれないが、講義の前日は十分に眠ることができない。
次の日の講義のことが気にかかって眠れない。
20年もこの稼業をやってきても未だにこんな状況である。

休日の体調がよいのは、前日ぐっすり眠ることができるからではないかと思う。
心に何か引っかかるものがあると、それが睡眠に影響して、さらには体調を変動させることになる。

快適な睡眠を得ることは非常に重要なことである。

6月2日 (月)     週の始まり

また月曜日がやってきた。
研究室にやってくるとどうにも憂鬱になってしまう。
週末はとても元気がよくて、楽しくて、充実しているのに、職場に出てくると調子が悪い。
こういう人はけっこういるらしく、「社内うつ」と呼ばれているらしい。
そのことを書いた本を読んでいたら、今の私はまさにその「社内うつ」という状況そのものである。
今は、仕事を以前ほどバリバリとやる気が起こらないが、最低やらなければならないことである授業とその準備、研究計画の立案、何かとこまごました書類などの提出は一応他人に迷惑をかけない程度にはできていると思う。

人生の中で多くの人がそういう時期を体験するような気もする。
比較をしてはおこがましいが、サザンオールスターズが当面活動を休止するという。
矢沢永吉がコンサートツァーを休止するという。
矢沢永吉のコメントを読んでいたら、人生のうち、誰もが一度や二度はそういう壁にぶち当たって今がその時期だから活動を休むといったようなことが書かれていた。

こういう壁に当たったときどうすればよいか。

多くの本を読んでみると、色々な考え方があっておもしろい。

一つは疲れているのだから、それ以上無理をして、体を壊して早死にしては元も子もないから、元気の出ないときはゆっくり休んでエネルギーを蓄積する時間に充てたら、きっとまた蓄積したエネルギーを爆発できる時が来るから、しばらくの間ペースダウンをしなさいという考え方。
かかりつけの医師も同じことを言う。

もう一つの考え方は、一度仕事のペースを落としたら錆びついてしまい、二度と復活できなくなるから、休んではいけないというもの。

どっちも一理あるなぁと思う。

6月1日 (日)    値上げ

今年に入ってから、次々と物価が上昇して恐ろしいほどである。
ガソリンが170円を突破していた。
これは先月のうちに分かっていたことなので、昨日車のガソリンを満タンにした。
これまでの人生の中で最も高いガソリンは、昭和57年11月3日に入れた175円のガソリンであったが、それ以来の価格である。
報道によると200円を突破する可能性が十分にあるという。

食品も値上がりしたものが多い。
パンの値上げにはまいっている。
特売でも128円。通常のものは200円の値がついていた。
インスタントラーメンも100円を突破するものが多い。

穀物の高騰や原油価格の高騰で、この先もっと生活必需品が値上げされることになるだろう。
これまでオイルショックなどといって、物価が高騰した時期があったが、そのときには給料も上がっていった。
預金の金利も高かった。
したがって、それほど大きなダメージを受けたという印象はないが、今回はちょっと厳しいのではないか。

一番の問題は、今回は物価が上がっても、給料が上がる可能性はないということである。
打つ対策としては消費を控えることである。
しかし、国家全体で考えると、消費を控えることは景気を悪くすることになるので、事態はますます悪いほうへ行くのではないかと思う。

物価が上がったら、消費を控えることになるが、幸いに、最近はモノに対する執着心が少なくなった。
欲しいと思うものがあまりないので、お金を使わない。
食品に対しては、食べる量が減ったので、それほど痛手にはならない。

子ども達も独立まであと一歩。
我が家は何とかなるであろうが、若い人は大変な思いをすることだろう。
いろいろな意味で厳しい世の中になった。