4月30日 (水)    4月も終わり

今日で4月も終わり。例年なら、昨日の昭和の日をはさんで、ゴールデンウィークとなり、なんとなくホッとするのだが、今年はそういう実感がない。
週末に学会があって、出かけるせいであろうか。

それでも今週と来週、もっとも忙しい火曜日が休みになるというのは、短絡的にはありがたい。
あとでつけが回ってくるのは百も承知の上であるが・・・。

4月はあっという間に終わってしまった。
例年より、時間が短かったような気がする。
この1ヶ月間、何をしていたのかと自問自答してみると、何をしていたとはっきり答えられない。
どれもこれも中途半端に終わってしまったように思う。

仕事は、新入生を迎え、講義が始まってそれの準備などに追われた。
そのせいにしてはいけないかもしれないが、研究はいまひとつ目標とするところまで進まなかった。
遊んだかと言えば、あちこち出かけたり、ボウリングに精を出したとは言うものの、なんとなく中途半端な遊び方だった。
心や身体を休めることができたかと言えば、寝不足の毎日。
飲酒量はいつもの月より少なかった。

今週に入ってから喉が痛くてなんとなく風邪っぽい。
疲れがとれない。

明日から5月。そろそろ毎日のペースも出来上がってきたので、無駄な力を入れずに、物事を大げさに考えず、気楽に考えながら過ごしていこうかと思う。
もちろん仕事には全力で立ち向かう。

4月29日 (祝)     5月病

昨日、5月病にならないように願うと書いたら、どうやら自分が5月病になってしまったようだ。
昨夜のコンパではご機嫌になって、カクテルを4杯ほど飲んだ。
大きな声を出していたのであろう。
今朝起きたら、喉は痛いし、二日酔い気味である。
そのせいもあったのか、朝からまったく何もやる気が起こらず、テンションは下がりっぱなしでどうにも精彩がなくなった。

10時から避難訓練があるというのでそれに参加した後、天気がよいのでドライブにでも行こうと思っていたが、ガソリンも高くなるし、何より、遠くに出かけようという気力がまったく起こらず、結局、街にブラブラと出かけることにした。

日頃、街の中をじっくりと観察しながら歩くことは少ない。
足の向くままに歩いていると、こんなところにこんなお店があったか、とか、こんなところにこんな施設があったのかと新しい発見があって結構新鮮だった。

お昼は飛び込みでランチを食べたが、美味であった。
デパートの物産展に足を運んだが、テンションが低かったので何も買わず。
さらにブラブラしていたら急に甘いものが食べたくなったので、パフェを食べることにした。
20年前に着任した時に初めて行った店で、今でも健在である。
内装は昔のままで相当くたびれているが、パフェは美味であった。
その後、スーパーで食材などを買ってきて帰宅したら、いよいよ何もする気がなくなった。

録画しておいたピアノリサイタルのビデオなどを見たが途中で寝てしまった。
本を読んだり、片付け物をしたりして気を紛らわせてみたが、テンションは低いまま。

昼に食べ過ぎたので、夕食は少しにしておこうと思ったが、なぜか食欲だけは低下せず、食べすぎてしまった。
気分を落ち着けようと風呂に浸かってみたが、どうも今ひとつ。
早めに寝て睡眠をたっぷりとれば少しはよくなるだろうかと思いつつ、なんとなく夜遅くまで起きていた。

なんとも中途半端な一日を過ごしたような気もするし、もっと思い切ってどこにも出かけずに家でだらだらと過ごしていたほうがよかったのかなとも思ったり。

4月28日 (月)     新歓コンパ

1年生を迎えて3週間が経った。
恒例の新歓コンパが3年生のお世話によって行われた。
新歓コンパは、生活分野の学生全員が集まる年に2回のコンパのうちの一つである。

今年も4年生が就職活動などで、ほとんど参加ができなかったが、3年生以下はほぼ全員集まって、楽しい会になった。
毎年、幹事となる3年生がいろいろなお店を探してきて、いろいろな雰囲気を味わうことができるのも楽しみのひとつである。

生活分野の学生は現在62名。
それぞれのテーブルに各学年がバラけてすわるように設定され、交流が進んだ。
私のテーブルには今年迎えた2名を含む3名の男子学生が座った。
彼らは盛り上がっていて、非常によかった。

62名もいると、なかなか上級生、下級生の交流がなく、学生もそれを不満に感じているようである。
いわゆる「科室」という学生ラウンジがあればよいのであろうが、なかなか作ることができない。
これを用意してくれという要望はかなり昔から聞いているが、場所をとることができない。

しかし、今日のコンパでかなり交流ができたようだ。
加えて、同学年同士の交流も深まったようだ。
交流を深めるには、なるべく多くの人数が集まることが必要である。

2年生、3年生は、大勢集まって、楽しい時を過ごしたようで、これからカラオケに行くと言って、店を後にしていた。
1年生もかなり打ち解けた。

今週末から来週にかけて4連休があり、それが終わると夏休みまで待ったなしで続く。
5月病にならないようにと願う。

4月27日 (日)     ピアノ

先日、書棚を整理していたら、昔のピアノの楽譜が出てきた。
若い頃は趣味でピアノを弾いていて、今でも旦野原の家にピアノが置いてある。

最近、昔の趣味を復活させようと、いろいろなことに手を出しているが、どれもこれも昔のようにうまくはいかない。
ピアノも久しぶりに弾きたくなって、弾いてみた。

さすがに長年のブランクは大きかった。
まず自分で驚いたのは、楽譜が読めなくなったことだった。
どの音をたたいてよいのかがわからない。
次に指が動かない。
速いフレーズは弾けない。

それでも30分ほどピアノをいじっていたら、少しはまともに音楽らしきものになってきて、これもまた楽しみとして復活できるのではないかと思った。
いろいろな曲を弾いてみたが、昔、上手に弾けた曲は体が覚えているのか、比較的うまく弾ける。
これに対し、初めてチャレンジする曲は楽譜が読めなくて四苦八苦する。

しかし、やっていて楽しいということが何よりのこと。
うまく弾けなくて、逆にストレスを溜め込むことのないように、簡単な曲をぽろぽろと、気分よく弾けるくらいで満足できる程度には練習して、趣味の一つに復活させたいと思う。
しばらく練習すればそのくらいの勘は戻るだろう。

4月26日 (土)    たばこ

最近、たばこに関する話題が多い。
大分大学でもキャンパス内全面禁煙に向けて取り組みがなされている。

私はたばこが大嫌いなので、とてもありがたいことであるが、たばこが好きな人もいるので、そういう人への配慮も必要なのではないかと思う。
疲れを癒すための一服のたばこは愛煙家にとって至福のひと時らしい。

たばこが悪いと言われだしたのは、本人はもちろんのこと、他人への健康被害を与えるからだと思われる。
本人が身体を悪くするのは致し方ないとしても、他人に害を与えるというのはよくない。
よく言われるように、マナーをきちんと守って、他人が不愉快な思いをしたり、他人の健康を害するような吸い方をしないような環境を整えることも必要ではないかと思う。
一律に「ダメ!」と排除するのはあまり賢い方法ではないと思う。
たしかにタバコは肺がんのリスクを高めるかもしれないが、タバコを吸えないことによるストレスということも考えなければならない。

5月からだったと思うが、自動販売機でたばこを買うためには、専用の身分証明書が必要になるという。
これは未成年がたばこを買えないようにするためというのが一番の目的のように言われている。
果たして、このことによって未成年の喫煙が減るだろうか?

たばこを吸いたい少年少女は何かの知恵を働かせてたばこを手に入れるだろうし、少年少女にたばこを渡す大人も増えるだろう。
このことを通して、大人と少年少女の関係が、携帯サイトの二の舞になるようなことはなかろうか。

それともう一つ思うことは、自動販売機のリニューアルのことである。
身分証明書が必要になるということは、それに対応した販売機に取り替えなければならない。
そこで、自動販売機を作っているところが儲かることになる。
このあたりにも商売が見え隠れしているようにも感じる。

いずれにしても、たばこが好きな人も嫌いな人もどちらも快適に過ごせる世の中になればよいなと思う。
これはよい、これはダメ、と一方的に物事を決めつけるのはよくない。

4月25日 (金)    ゆとり

数年前から感じていることであるが、「ゆとり」はどこに行ってしまったのであろう。
最近の世の中は、足の引っ張り合いになっているような気がしてならない。
競争をすることを強いられ、それに負けたものは切り捨てられていくような気がしてならない。
ほんの些細なミスでも許されず、責められる。

競争を否定するわけではない。
競争することによって、よくなることもある。
たとえば、大分から福岡に行くのに、JRと高速バスの二つの方法があるが、両者が競争することによって、運賃が安くなり、利用者も増えた。
利用者が増えたという結果は競争が正しかったということを示している。
しかし、こういうよいことばかりではない。

3年前の今日、競争が悲惨な結果を招いた。
JR福知山線脱線事故である。
あの事故は、競争の悪い面が出たとともに、運転士のミスを許さなかったことも大きな原因になっていると思う。

何のための競争か?
そこまで競争する必要があるのか?
競争は人間らしさを奪ってしまうような気がする。

些細なミスも許されず、犯したミスは強く責められる。
するとミスをしまいとして、チャレンジする気持ちが萎えてくる。
極論として何もしなくて何もないのが一番よいという気持ちになってしまう。

すると発展しない。後退するばかりである。
競争に負けることになる。

ゆとり教育。
この教育を受けた世代が今の大学生である。
学力が落ちたことは否定できない。

しかし、彼らの人間性の一部にその成果を感じる。
雰囲気があたたかい。

そろそろ人間らしさを感じることができるような社会になってもよいのではないか。
競争したい人を否定するつもりはさらさらない。
勝つことに価値を見出す人はそれを求めればよい。

しかし私は疑問を感じる。
私は人間らしい人生を送っていきたいと思う。
それを否定されるのなら、それはそれで仕方がない。

競争することには疲れた。

4月24日 (木)    ストレスチェック

インターネットにはいろいろな情報があるので、便利である。
一昨年にストレスチェックをするサイトを見つけたので、お気に入りに入れて、しばしば診断を行っている。

最近の調子はどうだろうと思って久しぶりにやってみたら、まったく問題がないわけではないが、それほど心配するレベルではなかった。
昨年、一昨年はいつやっても「身体的」「肉体的」のいずれもがレッドゾーンを振り切っていた。

デスクの横に、昨年と一昨年の手帳をひろげてある。
そして、それを眺めて、この時期の仕事量を予測するとともに、1年間のうちでいつが忙しいのかをチェックして、これを参考にしながら、毎日を送っている。

昨年、一昨年のスケジュールを見ると、ぎっしりである。
平日は隙間を見つけるのが極めて困難。

これではストレスも溜まるよなぁと今にして思う。

今年は少し余裕ができて、手帳に白い部分が増えていてありがたい。
何事にも限度がある。
限度を超えてつぶれてしまっては、自分はもちろんのこと、他人にも迷惑をかける。
ストレスをためないように心がけるとともに、早めの発散を心がけようと思う。

その分、仕事のアクティビティが落ちるかもしれない。
それもまた他人に迷惑をかけない程度に落とすことも、長い目で見たら時には必要ではないかと思う。

4月23日 (水)    胃

一昨日の日記に、異常なほどの食欲が出て、それは体が欲しているということだから、、逆らわずに食べればよいと書いたが、どうも今回はそうではないようである。

昨日から胃がむかついて、気分が悪い。
もともと胃は丈夫なほうだと思っていたが、思い起こしてみると、胃が不調になる前兆として猛烈な食欲が襲ってくることがあった。
今回の異常食欲はどうもそれが原因のようである。

胃はストレスにすぐに反応する臓器であると言われている。
思い起こしてみたが、胃に負担がかかるような大きなストレスは思い当たらない。
今日は朝、ちょっとしたことがあってへこんだが、胃の調子の悪いのは昨日からである。

結局胃の調子が悪い原因は分からなかったが、元に戻るまで、労わってやらなければと思う。

4月22日 (火)     授業に追われる

授業が始まって2週間経ち、ようやくペースが出来つつある。
今年も例年のように、担当しなければならない科目が多いと感じる。
毎日が授業の準備と授業に追われていて、その他の仕事がなかなか進まないような気がしている。

授業の準備はどれだけやってもやりすぎるということはない。
昨年と同じ教科書を使って同じ内容を取り扱うつもりでも、この1年の間には新しい情報も入るし、昨年のことを忘れている。
時間配分のまずさとか、改善すべき点などが気になって、もう一度見直すことも多い。

そうやって準備をしていっても、どれだけ学生の役に立つのか、理想とするところの授業ができているのかと問われると自信がない。

授業だけであっという間に1週間が過ぎていくが、研究も進めていかなければならない。
会議などもある。

だんだん、テキパキと物事を処理する能力が衰えてきたせいで、何事にも時間がかかる。
多忙感は一向に消え去らない。

4月が終わるまでにはペースを作り上げて、連休明けからは満足できる毎日を過ごしたいと思う。

4月21日 (月)     体重と食欲

太らないようにと思って、毎朝起きてすぐに体重と体脂肪率を測定している。
2月に風邪を引いて体重が落ちて元に戻らず、少し痩せた。

日頃の食生活は、野菜が中心で、調理法は油を使わないやりかたのものがほとんどなので、摂取エネルギー量は比較的少なく維持されていると思う。
毎日、数回の空腹感を感じているが、これが体重維持にもっとも有効なことだろうと思っている。
空腹感を感じることなく食べ続けると太る。

しかし、2週間に一度くらい、猛烈な食欲に襲われることがある。
とにかく朝からおなかが減ってたまらない。
目の前にある食べ物はお菓子であろうと、何であろうとどんどん胃袋に入れる。
それでも空腹は解消しない。
夜ごはんに満腹になってもまだ甘いお菓子を食べる。

今日がまさにその日であった。
とにかく朝からお腹が減ってどうしようもなかった。
そしてとにかく食べた。

そういう日の次の日は、信じられないくらい一気に体重が増える。
しかし、食欲は当分の間満たされる。
身体はよく知っていて、エネルギーが不足したということを訴えるのであろう。
そういうときには、逆らわずに、思い切り食べるのが身体にとっても心にとってもよい。

一気に増えた体重は1週間もすれば元に戻る。
人間も動物。
本能を大切にして生きていくことが健康の秘訣かもしれない。

4月20日 (日)     風呂

最近、風呂に入ることが多くなった。
これまで、湯船に浸かると、不整脈が出て不愉快なのと、晩酌をするので、風呂に入る余裕がないままに寝床に入ってしまうので、風呂に入るということが滅多になかった。

4月に入って、風呂もよいかもと思って、時々入るようになったら、工夫次第で、快適に過ごせることがわかってきた。
まずは、晩酌の量を減らして、酔いが醒めることを確認する。
そしてぬるめの湯に上半身の半分まで浸かって、文庫本を読む。
途中で少しばかりうたた寝をするときもあるが、それもまた快適である。

風呂から上がったら、体中がホコホコになっている。
湯冷めはしないし、そんなに汗をかくわけではない。

風呂から上がった後は、スキンローションを全身に塗りたぐるのがまたよい。
加齢のせいで肌がかさついているが、寝る前にこれを塗るときもちがよいことがわかった。
そしてふとんに直行すると爆睡することができる。

これもひとつの余裕であろう。
これまで、お酒を飲むことでストレスを解消することがほとんどであったが、他にもいろいろなストレス解消法があることにだんだん気づくことができるようになってきた。
こうして精神的に安定すると、仕事もうまく回っていくような気がする。

4月19日 (土)    季節感

桜はソメイヨシノがすっかり葉桜になってしまい、八重桜がきれいな時期になった。
春も本格的になり、よい季節である。
暑くもなく寒くもなく、快適に過ごすことができる。
日の出も早くなって、通勤時にはすっかり明るくなっている。

筍が旬を迎えた。
掘りたての筍を鰹ダシと醤油で軽く煮付けたものはとても美味である。
子どもの頃は筍など見向きもしなかったのであるが、最近は、これが食卓に上ると、皿に盛り付けられているものを全て平らげてしまう。

春から初夏へ移りつつあることを感じる。
タラの芽やフキといった山菜もおいしい。
次はさやえんどうやソラマメがおいしくなる。

その一方で、ブロッコリーはそろそろ季節の終わりである。

世界中から食材が集まって、食べ物から季節感が薄らいできたとはいうものの、この時期だけは季節感を満喫できる幸せな時期である。

4月18日 (金)    研究打ち合わせ

研究活動を行っていくのにも、年々いろんな意味で難しい状況になっている。
このことを打破するための一つの手段として、他大学の研究者とチームを組んで、得意なところを結集して共同研究を行うという方法がある。

幸い、母校の研究室で後輩が活躍しているので、いつも彼に頼り、おかげでいくつかの成果を挙げることができている。
年度も替わり、新しい研究テーマも決まりかけていたので、今年度も一緒に研究をしてもらえるように、また、どのような内容で行っていくかについて、打ち合わせのために彼の研究室に出向いていった。

いくらメールが発達して、電話で話ができようとも、やはり実際に会って、データを見ながら、ディスカッションすることには大きな意義がある。
話の内容があちこちに飛んでも、すぐに資料が出てきたり、話をしている中で、思いもかけないようなアイディアが出て、やはり面談することの重要性を痛切に感じる。

彼の研究室は、世界に認められるような成果を挙げていて、学生の数も非常に多い。
それをほぼ1人で指導しているのだから、その苦労も並大抵のものではないだろう。

研究テーマの話の合間には、苦労話も出て、どこも同じだねなどと言っている。

これからの時代、ますます研究の連携が重要になるであろう。
もはや自分ひとりの力では限界がある。
いろいろな研究者と交流をし、それぞれのテーマがよい成果を挙げられるように今年もやっていこうと改めて心に誓う一日であった。

4月17日 (木)    肉離れ

気分転換と運動不足の解消にと、ボウリングを本格的に始めることにした。
すでに行きつけとなったボウリング場では、木曜日の夜にちょっとボウリングを楽しもうというサークルがあり、スタッフの人に誘ってもらったので、早速デビューすることにした。

いつものつもりで第1投を投げたところ、左足の太ももがバキッと音を立てて、その瞬間激痛が走った。
思わずアプローチにうずくまってしまい、なんとかレーンから戻ってきたが、しばらくの間動けなかった。
軽い肉離れを起こしたのだろうと思った。
今日のゲームはリタイアしようかと思ったが、それでもしばらく休んでいたら、痛みも耐えられないほどではなかったので、ゲームに参加することにした。

しかしスコアは惨憺たるものであった。
足の痛さのせいということにしておいた。

この前読んだ本に、50歳くらいになったら、運動は慎重にしろと書かれていたが、まさに実感するような出来事であった。

しかし、スコアは悪くとも楽しい時を過ごすことができた。
昔と違って、勝とうという気持ちは一切なくなって、心から楽しめるようになったのは年の功か。
同じレーンで初めて一緒に投げる人たちが、ストライクを出すと一緒になって喜んだり、自分がストライクを出すとみんなが祝福してくれて、それがうれしかったりする。

なんとか1週間の間に足を直してまた来週も行きたいものである。

4月16日 (水)    雨の一日

朝から雨が降った。昼は一時止んでいたときもあったが、夕方になったらまた降り始めた。
雨の降る日はなんとなく鬱陶しい。気分も憂鬱になる。
しかし、雨がまったく降らなかったらどうなることだろう。
だれも生きていくことはできないだろう。

雨が降るから晴れの日のありがたみがわかる。
人生においても晴れの日ばかりではない。雨の日もあり、嵐の日もある。
だからこそ、人生の晴れの日がよりうれしく、充実して感じることができるのであろう。

雨が降れば、外に出る気も失せるが、そういうときには、ゆっくり休める機会だと思って休養するのがよい。
憂鬱な気分になったら、気分がよくなるまで憂鬱になっていればよい。
時の流れや自然、自分の気持ちに逆らわないことである。

明日も雨が続くらしい。
憂鬱な気分はまた明日も続くのか。
まぁいいや。そのうち晴れるだろう。
明日はやることが多いから気もまぎれることだろうし。

4月15日 (火)     もの忘れ

最近もの忘れが激しい。
物覚えも悪い。
ことばがうまく出てこない。

今日、授業に出ようとチョークの入っている引き出しをあけたら、そこにチョークがない。
昨日の授業で教室に忘れただろうことがすぐに推測できた。
学生に実験のやり方を尋ねられたが、どのように操作をしたらよいかを忘れていて、とっさに答えられなかった。

こうしてもの忘れの例をいくつか挙げてみようと思ったが、何を忘れていたのかを忘れている。

物覚えも悪い。
ヒットソングの題名が覚えられない。
専門用語がなかなか頭に入らない。

憂慮すべき事態である。

チョークを忘れた教室に行ったら、チョークが置き忘れられていた。
ちょうどその場にいらっしゃったM先生に「最近もの忘れがひどくって」と愚痴ったら「私も同じですよ。すぐ忘れます。」とのご返事。

少しだけ救われた気がした。
しかし、もの忘れも他人に迷惑がかからないレベルに抑えておきたいと思う。

4月14日 (月)     ネクタイ

春休み中は講義がないので、来客が予定されている日以外はジーンズにオックスフォードシャツといったカジュアルな服装で研究室にやってきていた。
講義が始まり、背広にネクタイという姿に戻すことにした。
背広にネクタイは肩が凝るので本当は好きではない。
しかし、曲がりなりにも、人前に立って仕事をするので、相手に対して失礼ではない格好をしなければならないと思っている。

毎朝、着ていく背広とネクタイをどれにしようか迷う。
クローゼットの中には、結構多くの種類の衣装が入っているのだが、結局毎日代わり映えしない。
今日の背広にはこのネクタイが似合うと思ってそれをはめてもどうもしっくり来ない日があるし、逆にビタッと決まると気持ちがよい。

今日のネクタイは茶目っ気のあるものにすることにした。
2限目の授業に出て行くと、前列にいる学生が気がついて、「鯱のネクタイですね」と声をかけてきた。

さて、そのネクタイ。ユニークなものである。
デザインが面白く、上のほうは確かに鯱のイラストなのであるが、それが下のほうにいくにしたがって、だんだんエビフライに変わっていくという名古屋のご当地ネクタイなのである。

これまでに学生にこちらから見せて、笑いを取っていたのであるが、学生が気がついたのは初めてである。
思わず上から下までを見せてウケをとった。

4限目の1年生の授業に行ったら、また最前列の学生が鯱ネクタイを目ざとく見つけた。
少人数だったので、全員にじっくり鑑賞してもらった。

黒板の前に立つと、その姿をしっかり見られているんだなぁと思ったら、これは毎日の衣装にはもう少し気を配らなければならないなと思った。
人前に立つときには、他人からの見た目も配慮しなければならない。

4月13日 (日)     春から初夏へ

日の出の時刻も早くなり、朝もそんなに寒さを感じなくなった。
風呂場の脱衣場に置いてあったファンヒーターも灯油がなくなったのを機会に箱に入れてしまいこんだ。
衣服も冬のものから初夏のものに入れ替えをしなければならない。

衣装ケースやクローゼットの中には、セーターなどの冬物が満ち溢れていて、これを機会に少し処分しようと思ったが、これがなかなかできない。
それぞれによさがあって、愛着もあり、捨てがたい。
と言いながら、来ている服はいつもほとんどかわりがない。

ものが増えるのは、家が狭くなるし、よいことはない。
しかし増えたものを捨てることができない。
我が家の人間は全員同じ考え方なので困る。

ものを増やさないようにするには、ものを買わなければ良い。
それが分かっていてもついつい手を出してしまう。
悪循環である。

4月12日 (土)    データは嘘をつかない

数年前から、ある企業と共同研究という形で、仕事をしている。
その会社が製造する製品に含まれる成分量を測定して、品質管理に役立てるのである。

今回、試作品の成分を測定して、その結果をもって企業を訪問した。
測定値は期待していたものと逆の結果を示していた。
しかし、試作の方法から考えると、あり得ない結果ではないということが分かった。

今後試作を検討する中で大いに役立つ結果であった。
人間の経験や勘というものは、たいへんに重要かつ有用であるが、時として、落とし穴に落ちることがある。
それを落ちないように予防するために科学による分析がある。
今回も、その結果をうけて、新たな検討課題が見つかった。

データは嘘をつかない。そのデータが嘘であっては困る。
実験は正確に行うことが最も重要であることは言うまでもない。

4月11日 (金)    週末

なんとなく慌しかった一週間も一区切りである。
朝、ブリーフィングを行って、今年度の研究を進めていく気持ちを新たにした。
講義はまだ来週の月曜日から始まるものが残っている。

今年のこの時期は、比較的考える時間を多く持つことができて幸せである。
考える時間を持たないと、わけがわからないままに突き進んでいってしまい、あとでどうまとめていったらよいか分からなくなってしまう。
あれこれ考えるが、なかなか結論が出ないものがある。
その一方で、すぐに決まるものもある。
結論が出ないものは、一旦頭の隅に避難させることにする。
一度すっかり忘れて、時間がたってから考え直すと、結論が出ることがある。

週末はすっかり忘れる時間を作ろうと思う。

4月10日 (木)    今年の研究計画

最初の週の講義が半分ほど終わり、大体の様子がつかめてきた。
勘が戻りつつあり、まずはホッとしている。
毎年同じ要領でやっていきつつ、少しずつ改善しようとあれこれ試みるのだが、やはり第一回目の講義は緊張する。

そろそろ研究も本格的に始めなければならない。
今年度は早い時期から打ち合わせを行って、スタートダッシュができるようにと準備を進めてきた。
おかげさまで、今年度も各方面との共同研究ができそうでありがたいことである。

たびたび述べているように、最先端をいくような研究はほとんどできないといってよい。
大分の地元にあるシーズをもとに、少しでも大分の役に立つような研究をしようというスタンスでここまでやってきた。
その考えは今年も変わらない。

今日も研究の打ち合わせをして、方向性がほぼ固まった。
あとは計画を立てて、着実に研究を進めていくことが大切。
ゼミの構成員全員の力を結集して、成果を挙げていかなくてはならない。

4月9日 (水)    早くもお疲れモード

旦野原キャンパスでは今日から授業が始まった。
しかし、私は月曜日の1年生のガイダンスから始まって、昨日は医学部の授業があり、なんだかすでに疲れが出てきた。
なんとも情けない限りである。

立って話をするというのは、やっぱりきつい。
講義はある程度自分のテンションを高めないとやっていけないから、テンションを上げる。
そうすると、終わった後には、肉体的疲労に加えて、精神的疲労もやってくる。

疲労回復には睡眠が一番なのであるが、これがまた最近不足気味。
今度の週末は睡眠不足の解消に充てようかと今から考えているが、週末までまだ日がある。

授業も始まったばかりだから、もう少ししたらきっと慣れて、スムーズに進むのであろう。
当面、ゴールデンウィークまで頑張ろうと思う。

4月8日 (火)     桜

桜が満開になって美しい。
キャンパスには、桜の名所が数多くある。

一番は、メインストリートからグラウンドに降りる坂の角にある樹。
枝ぶりが見事で夜ライトアップされた姿を見ると思わず立ち止まってしまう。

次に同じく、メインストリートから男子寮に行く坂の桜。
通勤時にここを通るのであるが、仕事にやってくる時も仕事から帰るときにもその美しさに惚れ惚れする。
花の香りもほのかに漂ってきて、気持ちがよい。

女子寮線の桜は、昔はとてもきれいであったが、最近は元気がない。
車が通るので、排気ガスでダメージを受けるのだろうか。

朝、医学部に講義に行くときに、府内大橋から見た霊山の山桜が美しかった。
山のところどころが桜色に染まっていて、この季節しか眼にすることができない風景である。

ソメイヨシノもよいが私は山桜が好きである。

しばらくすると八重桜が花を咲かせる。
教育福祉科学部と経済学部の間に数本の八重桜が植えられている。
この花も美しい。

花を見て美しいと感じることができる心が戻ってきたことが嬉しい。

4月7日 (月)     フレッシュな新入生

新入生15名を迎えた。
生活分野は1年生15名、2年生15名、3年生15名、4年生17名の合計62名になった。

初対面は緊張するものである。
しかし今年の新入生はみんな明るく、素直そうで、この学校で一生懸命やるぞという前向きな表情がとても嬉しく思えた。
一人ひとり自己紹介をしてもらう。
それぞれに個性があっておもしろい。

午前中いっぱいかけて大学の説明や、授業の組み方、大学生活のことなどについて話をした。
推薦入試や後期日程で合格した学生は一度顔を見ているのであるが、1〜2ヶ月も経つと、すっかり印象が変わって誰が誰やら分からなくなってしまった。

一人ひとりの顔を覚えるのがまた一苦労である。
2年生もまだ十分に覚えきっていないというのに。

4月は1年生の大学生生活がうまく軌道に乗るようにナビゲートするのが大きな仕事である。
ゴールデンウィークまでの心配事である。
しかし今年の1年生はきっとすぐ慣れて、大丈夫だろう。

4月6日 (日)     ヘルベルト・フォン・カラヤン

今年は往年の名指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンの生誕100年の年である。
昨日、テレビで特集番組をやっていた。

オーケストラに興味をもったのが高校2年生の時。
以来、ときどきコンサートに出かけたり、テレビを見て楽しんでいる。

昔、カラヤンのことは好きではなかった。
レコードから流れてくる演奏はあまりに綺麗過ぎているように聞こえたからだ。

何年かぶりに映像と共にカラヤンの演奏を聞いたら、美しいと思えた。
テレビで解説者は映像の面はちょっとやりすぎと酷評していたが、演奏は完璧であると言っていた。
私も同じ事を思った。
1960年代後半から1970年代前半のカラヤン-ベルリンフィルの音楽はすばらしいと思った。
テクニックは完璧で、音も美しい。

最近の演奏家でこのようなタイプの演奏をする人は少ない。
カラヤンがいかに強烈な個性をもった音楽家であったかがよくわかった。

4月5日 (土)    バイキング

ランチはバイキングにいった。
いわゆる「食べ放題」というやつである。
朝からそのことを計画していたので、朝食は極々軽くして、レストランへ出かける時間も遅めにした。
おかげで空腹感は絶好調。
食べること食べること。

私は痩せているので、あまり食べないと思っている人が多い。
何の何の。食べる時は食べる。
一緒に行った人はその食べっぷりを見て唖然とするほどである。

今日も唖然とさせた。
出ているメニューはすべて食べた。
皿を5回交換した。
デザートもフルーツも堪能した。

どうも貧乏人の根性が抜けなくてよくない。
どれだけ食べても値段が同じなら、日頃食べられないものを少しでも多く食べなければ損をするのではないかと思ってしまう。
品格に欠けることを自覚する。
しかし胃袋には品格がない。

たっぷり食べたおかげで夕食はパス。
それでも寝るまで空腹感は消えない。

しかし、時には思い切り食べて「食欲」という本能を満たしてやることも必要である。
食べ過ぎたら、しばらくの間、食べる量を控えれば体重が増えることはない。

食べたい時には思い切り食べても、普段は腹八分目にしておくことが肥満にならないポイント。
それがなかなかできないと、他人にぼやかれる。
私にとっては何でもないことなのだが・・・。

4月4日 (金)    成績配布

2,3,4年生をそれぞれ集めて、平成19年度後期の成績表を渡した。
ゼミの4年生を除いて、みんなの顔を見るのは卒論発表会以来のことである。
まずは、全員元気そうであったのでホッとした。

1ヶ月半顔を見ないと、様子も変わる。
特に4年生は、就職活動のためであろうか、顔つきがなんとなく凛々しく感じた。
去年の今頃は、髪の毛を染めて、派手な化粧をしていたのに、今日はずいぶんと落ち着いて見えた。
学生生活最後の年を充実させるぞといった雰囲気を感じることができて、うれしく頼もしい。

3年生は、学生生活が半分過ぎた。
充実して毎日を送っているように見える。

2年生は学生生活に慣れたようだ。
余裕を感じる。

さて、成績のほうは、何人かが必修単位を取りこぼしているようで、そんな学生は表情ですぐわかる。
まぁ卒業するまでに習得すればよいのだから、もう一度チャレンジしたらよい。
自分の経験でも、一度落ちた科目のほうがよく勉強するし、いつまでも記憶に残っている。

週があけたら授業が始まる。

4月3日 (木)    静かな一日

今日はゼミにやってくる人も少なくて、電話もほとんどかからず、静かな一日を過ごした。
こういう日は考え事をするのに調子がよい。
朝からいろいろと考え事をしていたら、次々と懸案事項が思い出されて、おもわず眉間にしわがよってしまうような状態。
途中で嫌気がさしたので、不要な書類を廃棄する作業をやることにした。

これがまた嫌気に拍車をかけた。
いらないものが多すぎる。
捨てても捨てても捨てたらない。
毎年この時期に捨てなくてはと思いつつ、中途半端に終わるものだから、年々溜まる一方である。

捨てる作業も途中で放棄。
昼食をとってから、気分をかえて、頼まれた原稿を書き始める。
これが以外にスムーズに進む。
しかしこれは警戒しなければならない。
最初は調子がよいのだが、終わりに近づくにつれて、発想が貧困になり、うんうんうなって、最後は力尽きてしまうのではないかと思う。
締め切りは絶対に守らなければならないから、早め早めに進めておこうと思う。

夕方、仕事の件で挨拶に出向く。
担当部署の方々が総出で迎えてくださってとても恐縮した。
ありがたいことである。

その後、研究打ち合わせ。
2月、3月と実験を進めることができなかったので、4月からは本腰を入れて頑張ることにする。

家に帰って夕食を食べてから1人でボウリングに行った。
6ゲームもやってしまった。
最初の2ゲームは100を出すか出せないかといった悲惨な結果に終わったが、そのあとの4ゲームは絶好調で、この4ゲームだけのアベレージは150を超えた。
こうなるとまた余計にはまりそうで怖い。

4月2日 (水)    新学期の準備

今週土曜日には入学式があって、新入生を迎える。
今年は15名。そのうち2名が男子学生である。
今日、名簿が届いたが、名前を見ながらどんな学生が入ってくるのだろうかと期待に胸がふくらむ。

金曜日には在学生に成績表を渡して、今年度の心構えなどを話さなくてはいけない。
色々な行事もあり、伝えることがいっぱいある。
忘れないようにとノートに話すべきことを書きとめていたら、ページがぎっしりと埋まってしまった。

昨年度の書類の整理もしなければならない。
これは今日はできなかった。
この作業は慎重にやらなければならない。
去年は焦って一気に捨てたら、あとで困った。
よく1年見なかったものは不要なものというが、逆に1年間は保存しておかなければならないということだろう。

今年度の研究計画も大きな流れを考えなければならない。
これは4日のブリーフィング、明日の受託研究打ち合わせ、来週の共同研究打ち合わせの結果を踏まえてからゆっくり考えることにする。

講義の準備。毎年やっていることとはいえ、15コマをどのように進めていくか。
これも心積もりをしなければならない。

連休明けが締め切りの原稿のことも気になる。

いろんなことを考えていたらまとまりのない一日になってしまった。
新学期に向けての心のウォーミングアップの一日であったということで満足することにした。

4月1日 (火)     新年度の始まり

学会に出かけて帰ってきたら、待ったなしに新年度が始まった。
21年目の年である。
新年度が始まったといって、大きな変化があるわけではないが、ブリーフィングをやってみて、ゼミのメンバーが少なくなって、新年度を実感する。

新入生の名簿も届き、彼らの受入の準備をしなければならない。
講義の準備もそろそろ始めないといけない。
今年度の研究計画についてもじっくり考えていかなければならない。

今年は何事に対しても丁寧に、じっくり取り組んでいきたいと思う。
そのためには仕事を精選することが必要であることと、物事を気にしすぎて精神的に疲れ果ててしまわないように、メンタル面のケアをこれまで以上に大切にしようと思う。

ゼミの学生は就職活動や、部活に忙しそうである。
残り少ない学生生活、悔いのないように過ごしてほしいものである。
とはいってもまだ4分の1もある。

その気になればいっぱいやることができる。
ぼやっとしていたらあっという間に過ぎてしまう。

新たな一年が、いろんな意味で充実するように願いながら初心に返って物事に取り組んでいきたいと思う。