5月31日 (木)    講演はむずかしい

午後に街で会議があり、その後続けて講演会があった。
とても魅力的なタイトルだったので、講演を聴きたいがためにその前の会議から出席することにした。

期待はずれだった。
演者が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。
私が聞く能力を持っていなかったためではないと思う。

まず、前置きが長すぎる。
本題と関係のないことを持ち時間の4分の1も費やして話す。
この時点でいやな予感がした。

予感は的中。
その後の話はあっちにとび、こっちにとんで、まるで一貫性がない。
本質とは関係のないところを詳しく話す。
同じことを何度も繰り返す。

聴くのも退屈になって、配布された資料を読むことにした。
資料によって内容を理解することができた。

他人に物事を伝えようと思うと、最低でもその3倍のネタをもっていないといけない。
相手に興味を持って聴いてもらうにはどのように話したらよいか常に相手を意識しなければならない。
ストーリーは澄んだ川のように流れていかなくてはならない。

今日の講演会は反面教師となった。
自分が講演をするときには気をつけなくてはならないと思うことがたくさんあった。

5月30日 (水)    はしかでテレビ

大分大学の学生にもはしかが発症したということで、講義の時間を使って、学生に注意を喚起することになった。
具体的には、ビラを配って、風邪のような症状が見られたら注意しなさいといったことを徹底するのである。

1限が始る前に、教育支援課から電話があって、私の担当する1限の授業の冒頭で、チラシを配るから、内容を口頭で説明してくれとのことである。
プリントを見ながら話をするくらいのことならいつもやっているので、「かまいませんよ」と返事をしたら、「テレビが取材に入りますので併せてよろしくお願いします」とのこと。
これは想定外であった。

今まで何度もテレビの取材を受けているが、カメラが間近に来るとやはり緊張する。
教室が広いので、テレビカメラがあってもどこを撮っているのかわからず、却って気楽だった。

夕方には早速某先生から「お前テレビに出とったな」と声をかけられた。
「テレビを見ましたよ」というメールも来た。

テレビも話題になってそれはそれでよいのだが、流行しなければいいなと心配になっている。

5月29日 (火)    雨

今日は一日決まった仕事が多く、息つく暇もなく、夜になってしまった。
さぁ帰ろうかと思ったら雨が降り出した。
今朝の天気予報では雨は降らないということだったので、傘も持たず、革靴を履いてやってきたのだが、これでは帰れない。
久しぶりに天気予報を恨んだ。

予兆はあった。
天気予報で、女性キャスターが、
「今日の最高気温は○○℃の予定です」
とわけのわからない日本語を使っていた。

天気や気温は予定できるものなのか。
そんなら、雨が降らないように予定してくれ。

疲れたのか、頭が切れている。

5月28日 (月)     ミミズとムカデ

打ち合わせのために学部長室に入ったら、ラベンダーのよい香りがしたので、「アロマですか」と尋ねたら、学部長は「虫除けですよ」との返事。
どういうことかと思ってよく聞いてみると、学部長室にムカデがたくさん出てくるので、それを追い払うために置いた防虫剤の香りだという。
この季節、ムカデをあちこちで見かける。
こいつは苦手だ。
姿かたちが受け入れがたい。
さされた経験もあって、トラウマになっている。

外を歩くと大きなミミズが横たわっている。
「ヤマミミズ」というやつらしい。
鉛筆の太さくらいある。
車に踏みつけられたものはヘモグロビンたっぷりの血液を出している。
20年前、大分にやってきて初めてこれを見たときには思わず足を引いた。
迫力がある。
動いているところを見ると後ずさりしたくなる。
しかしこいつには害はないのでまだムカデよりはまし。

もっと苦手なもの。
蛇。
動物飼育室の近くに出没する。
シマヘビか青大将である。マムシも見たことがある。
ムカデと同じく姿かたちが受け入れがたい。
こいつらを見ると思わず逃げたくなる。
それほど苦手。
ただし、家の泡盛の中に浸かっている「ハブ」はなんとも思わない。

5月27日 (日)     今日は研究室

休日はなるべく研究室に来ないようにと思うのだが、どうしてもやらなければ間に合わないことや、まとまった時間がほしいときには研究室に出てくることになる。

今日は相変わらず早起きをしたので、研究室に来たのも早かった。
7時30分に着いた。

前から頼まれていた原稿の校正があったのでこれに時間を費やした。
並行して、学生との研究の打ち合わせ。
これまでに得られたデータを解析したり、文献をどのように調べていくかという話は、少し時間がかかる。
日ごろ平日に楽をしてもらう代わりに休日に出てきてもらって勉強を進めてもらおうという考えである。

二人組みのうちの一人が約束の時間になっても現れず、何度も連絡を試みるのだが、電話も通じないということで、打ち合わせは中途半端に終わってしまった。

午後になってから件の学生からようやく連絡が入って、体調をくずして病院に行っていたとのこと。
重大な障害が起きていたわけではないのでホッとしたが、体調管理はもう少しきちんとしてほしいと思う。
自分への戒めでもある。

5月26日 (土)    買い物

先週は学会で出張していたので、2週間ぶりに家で迎える休日である。
今日は休養に充てると決めていた。

寝坊しようと思ったが、習性とは恐ろしいものでいつもと同じように4時30分には目が覚めた。
いつものように起きて、シャワーを浴びて洗濯をした。
久しぶりにフローリングや流し台、風呂場の掃除もできた。
新聞もゆっくり読めたし、撮っておいたビデオ番組も見ることができた。

そこまでやってもまだ7時30分。
家内と夏までの予定をすり合わせて、9時過ぎに買い物に出かけた。
第1弾は歩いて近所のスーパーへ。
チラシに載っていたものだけを買ってすぐに帰る。
第2弾は車で近くのスーパーへ。
チラシに載っていたものだけを買うつもりだったが、洗剤は想定外であった。
一度家に戻ってアイスクリームを冷凍庫に入れる。
第3弾は車で近くのショッピングモールへ。
ここは4月にあたらしくオープンしたところである。
規模はそれほど大きくはないが、目新しさのせいか、このところ気に入ってちょくちょく出かけている。
チラシに載っていたものと産直野菜を買って帰る。

これで午前中終わった。
買い物はよいストレス解消の手立てとなる。
買うものが食料品だから無駄遣いをするということも少ない。

午後はテレビを見ようと思っていたら、長男たちにとられた。
昼食を食べたら眠たくなったので久しぶりに昼寝をすることにした。
起きたら5時を回っていた。よく眠った。

家内が講習会から帰ってきたので、6時前に別府へ。
わずか30分で四国八十八箇所巡礼ができるというデパートの企画に出かけた。
いつか本物の巡礼をしたいものである。

夕ご飯は前から行きたいと思っていたおでん屋を訪ねてみたが、あいにく定休日。
やむなく駅前でラーメンを食べて、そのあと、何をまちがったか(たぶん値段に惹かれたのだろう)、シェーキをデザートに食べた。
胃にもたれた。もうシェーキを食べる歳ではない。

帰ったらなんとなく体が重くて養命酒を一杯飲んですぐに寝た。

5月25日 (金)    関アジ

午前中は昨日と同じ分刻みの実験。
さすがに2日連続でやると厳しいものがある。
特に昨日は夜遅くまで授業をやっていたので、休養十分とはいえず、実験をやる前からミスが出ないか心配であった。
予感が少し的中した。
ミスではないが、予想していなかったトラブル発生。
急遽、実験のプロトコールを変更して継続。
昼過ぎには何とか終わった。
今日は結構よい結果が出ていた。
しかし再現性の確認は必要。

昼食の前に来週の実験の打ち合わせ。
ラットの実験が本格的に始まる。
こちらの実験も分刻みなので、プロトコールを十分に練っておく必要がある。

午後は関アジの加工品の開発プロジェクトの会議。
昨年から始まったこの会議で開発された関アジの一夜干しは好評のようで、今年は量産して販売し、漁業者の所得向上に少しでも役立てればとの考えである。

この会議は、加工業者の社長が加わっているので、話のスケールが大きく、かつスリリングである。
大胆かつ繊細に。
このプロジェクトはこのことばがもっともフィットするような気がする。

次回は1ヵ月後、本格的な商品販売に向けてプロジェクトは進む。

5月24日 (木)    暇なし

今日は朝早くから実験。
例の分刻みのやつである。
慣れてくると、淡々とこなすことができるようになってきた。
ミスも減った。
データもそこそこであったが、再現性をもう一度とりたい。

実験が終わるや否や昼休みに会議。
疲れが出たのか、意識を失っていた。

会議が終わるや否や、研究打ち合わせ。
特に来週の会議に向けての資料作りについて。
外部の人が大勢加わる会議は緊張感が高まる。
来週の話なのに気持ちがそわそわしている。

次に学生との打ち合わせ。
今後の研究の方向性について。
事項を単純化することによって、目指す方向がよく見えてくる。
泥沼に陥ったときには、できるだけ単純に、できるところからやるのがよいと思う。

夕方から夜にかけて授業2コマ。
どちらも演習方式なので、学生はよく勉強をする。
勉強をしないとついていけない。

こちらもそれに対応できるだけの知識を仕入れておかなければならず、双方向の授業というのも結構大変。
講義とは別の緊張感がある。

5月23日 (水)    レポート

今日は朝1コマ講義があったあとは、特に決まった予定もなく、ほぼ自分のペースで仕事を進めることができた。
とはいっても毎日こなさなければならないことが次々にやってくる。
研究活動を推進するためには、まとまった時間をとって、じっくり考えたり、勉強をしたりという時間がほしいのだが、なかなかそういう時間が取れない。
「取れない」とは言い訳かもしれない。取ろうとしていないのかもしれない。

今日はレポートのチェックで一日が終わった。
月曜日の授業中に出したものと、今日の1限レポートのチェックである。

レポートは学生の個性が現れて興味深い。
言いたいことがきちんと整理されて「これはよく理解できているな」というものがあると思えば、項目だけを並べたもの、メモみたいなもの・・・、いろいろある。

月曜日の授業のレポートは何を見て書いてもよいと指示しておいた。
そうすれば多少は理解が深まるかと思ったからである。
にもかかわらず、「わかってないよね。これ。」というものが結構あって、少々がっくりきた。
こんな調子では、日ごろの講義はどれだけ理解されているかきわめて心配である。

5月22日 (火)    山

早いもので今週も火曜日になった。
今月もあと10日。
今日は1限の授業が休講だったので、幾分楽ができるかと思ったが、大間違い。
週末、研究室を離れていたせいで、仕事が溜まってしまった。
週末に休みを取らなかったので、疲れもひきずっていて最悪である。

書類の山、レポートの山、・・・。
子どもの頃は砂場で作った山を崩すのは楽しかった。
今でもそういう気持ちになれれば、仕事の山を崩すのは楽しかろう。
そういう気持ちになれないのは、心に垢が溜まってきたせいかもしれぬ。
明日は山を切り崩してやる。

5月21日 (月)     無題

今日は話題を思いつかない。
いい天気で陽気がよかったくらいのたわいもないことしか思いつかない。
頭が飽和状態になってきたか。

5月20日 (日)     学会3

学会最終日。
展示のブースを見る。
教科書を選んだり、実験機器を見るのも学会の意義のひとつである。
毎年いろんな新製品が出ている。

講演も最終日になると聴衆が少ない。
特に終わりのほうは少ない。
なんだかさびしいが、所詮人間のやること、考えることだから致し方なかろう。
なんか投げやりな文章になってしまった。

5月19日 (土)    学会2

今日は一般講演、シンポジウムなどが盛りだくさんであった。
朝から多くの発表を聴いた。
私たちの研究室の仕事の発表もあった。
発表が無事終わるとほっとする。
若い頃は、発表が終わるとものすごい開放感があったものだが、最近は自分で発表することがめっきり減ったせいか、なかなか開放感に浸ることができない。
メリハリの乏しい研究生活になっている。
どちらかというとメリメリメリという感じで(どんな感じ?)、ハリがない。
やっぱりバランスが大事。

5月18日 (金)    学会

私の研究の最もベースとなる学会「日本栄養・食糧学会大会」が昨日から京都で開催されている。
今日は特別講演を聴くのと、懇親会に出るために、朝から京都に出かけた。

日にちが経ってしまったらその日に何があったかほとんど忘れていて、筆が進まない。

5月17日 (木)    体力勝負

今週も講義に明け暮れた。
昨日と今日は実験も加わった。
火曜日と今日は会議のおまけつき。

疲れを感じる。
精神的というより、肉体的なものである。
立って話をする講義や、体を使う実験がからだにこたえる。

体力がないとこの世界ではやっていけないことを感じる。
加齢とともに体力が落ちていくので非常につらい。

実験は体育会系の人間が強い。
スタミナで勝負できるからである。
疲れてくると操作は不正確になるし、ミスも出る。
体力があれば、集中力も維持できる。

体力の回復には睡眠が一番。
睡眠不足もまたつらい。

やっぱり今日は疲れている。
文章が支離滅裂だ。

明日からしばらく学会のため出張。
つれづれはしばらく休みます。

5月16日 (水)    続・大学全入時代

なぜ急にこんな話題を持ち出したかというと、昨日入試についての会議があって、その場でいろいろと考えたからである。
入試を容易にすれば、志願者は増えるが、学力低下は免れず、結局学生の質を落とすことにつながりかねない。
だからといって、入試を難しくして優秀な学生を集めようとしても、優秀な学生は入試の難易度が高い大学にチャレンジする。
頭が痛いところだ。

しかし他力本願的であるが、救いはないことはない。
あるところで聞いた話だが、現在、大学進学率は約50%であるが、これを75%にまで引き上げることができればよいという考え方がある。
大学進学率が上がらない大きな理由は授業料が高いということらしい。
たしかに大学の授業料は高校の授業料に比べれば格段に高い。
高校のように、自宅から通える学生ばかりというわけにはいかないから、保護者も二の足を踏む。
景気が悪いのでなおさらである。

授業料を下げれば、教育の質が低下するということを懸念する向きもある。
しかし、教育とは人と人との間に成り立つものであるから、お金がなければ質の高いものができないということはない。
工夫次第で何とかなる道はあるような気がする。

明日は監事との懇談会。
これからの大分大学をよりよくするために、少しでも意義のある話し合いができればよいなと思う。

5月15日 (火)    大学全入時代

日本の大学の入学定員と志願者の数が等しくなり、数字上では進学を希望する学生は全員大学に入学することができる時代がやってきた。
しかし、入試の競争倍率が高い大学がある一方で、私立大学の約4割は定員割れをしているという。
幸いにして、国立大学は今のところそれほではないように見えるが、この問題は深刻である。

国立大学といえども、志願者がなくなってつぶれるということが起こる可能性がある。
高校の場合は、生徒数が減れば、学級数を少なくし、教員の採用を減らし、教員の配置転換をすることによって回していくことができる。
また、進学率がほぼ100%なので、計画的に進めることができる。

大学の場合は、一つ一つの大学が独立した組織であるので、大学がつぶれたら、われわれ職員は失業するしかない。
知恵を絞って生き残っていかなければならず、大学間の競争は急激に激しくなっているような印象を受ける。
のんびりしている暇などあるはずもなく、ついて行くのに必死である。

魅力ある大学にするためには、学生にいかに満足させるかが重要であることはよく言われているし、まさにその通りだと思う。
学生が満足するために、われわれ教員は何をすればよいのか。
いろいろ考えてみてやってみるのだが、なかなかよい答えが出ない。
学生が希望する就職ができることは大きな要因となろう。
学生が満足できる授業をすることも重要である。

具体的にやってみたいと思うことはある。
しかし、やることが多すぎてなかなか手が回らない。
あれもこれもやらなければならないが、あれもこれもやっていると、どれもこれも中途半端になってしまうか、体を壊してしまうかどちらかになるのではないかと心配する。

5月14日 (月)    気持ちのよい一日

講義も6週目にはいり、ようやくペースが出てきた。
今日も2限。
欠席する学生が少し目立つ。

今日は気候がよく、講義をしていてもとても気持ちがよかった。
窓から入るさわやかな風を受けて、授業が進んだ。
そのおかげか、今日の講義はさわやかにできたと思う。

天気のよい日は外で講義をするというのもよいかもしれない。
昔はそういうことがあったそうだ。

今週ももりだくさんの予定が入っているが今日の一日のようにさわやかに過ごせることを祈る。

5月13日 (日)    母の日

毎年5月の第2日曜日は母の日である。
○○の日というのが年に何度もあるが、どれもこれも商売が見え隠れしてあまり愉快ではないのだが、母の日はあまり商売のにおいがしないのがよい。
母に感謝するのはモノではなく、気持ちであるということである。

母から受けた恩はモノと比較できるものではない。
感謝する心が一番である。

自宅生の長男が、律儀にもちっちゃな花束をもってきた。
家内はそれほどうれしそうにしていなかったが、私はなぜかうれしかった。
家内はうれしさを態度に表さなかっただけかもしれないが。

ちっちゃな花束には気持ちがこもっていた。
いつまでもこの気持ちを忘れないでいてほしいと願う。

5月12日 (土)    五月病

連休があけるとほっと一息ついて、ちょっとした無気力状態に陥ることがあり、これを五月病というらしい。
学生の中に五月病を患う者がいなければよいなとちょっと心配になる今日この頃である。
幸いにして、うちの学生はいまのところ大丈夫のように見える。

「うちの学生」というのは大分大学の学生のことであるが、「ウチの学生」すなわち次男坊が五月病になりかけたかと少し心配になった。
最近、よく電話がかかってくる。
この3月まではほとんど電話などしてこなかったのに、週に1度くらいのペースでかけてきて、30分ほど話す。
今日、よく聞いてみると、夜中に目が覚めたり、よく眠れなかったりするらしい。
慣れない土地での慣れない一人暮らしも2年目となり、少し余裕が出てきたのかもしれない。
疲れを感じる余裕が出てきたということであろう。

しかし、こういう時期があってもよい。
こういう状態に陥ったときに自分でどのように解決するかを考えることは学生のときにしておくべきことのひとつであると思う。
調子のすぐれないときもあろう。
頼れる人間が近くにいないとき、頼れるのは自分自身のみである。
この状態を乗り切ったらまたひとつ成長するだろうとおおらかに考えている。

5月11日 (金)    週末

ゴールデンウィークが終わって最初の週がようやく終わった。
今週は授業や実験や会議がフルコースで出てきた。
今後はこのペースが続く。
週が後半になるのにしたがって、頭のキレも体のキレも悪くなるのを実感する。

今日の午前中は講習会での講演。
直接会場に行ったので、朝少しだけ寝坊できた。
しかし、最初に目覚めたのはいつもと同じ時間だったから、習性とは恐ろしいものだ。
逆に言うと、そういう生活パターンが出来上がったと考えることができるわけで、規則正しい生活を送るには、何があっても何もなくても毎日5時前に起きることがよいのだろう。

午後研究室に戻ってきて授業の準備や原稿書き。
そして会議。この会議は突然だった。
昨日の夜遅く開催の知らせが届いた。

最近の大学は会議が多い。
それだけ検討事項が多いということだ。
昔、多くの委員会をどのように減らすかということを議論する委員会が設けられたことがあって、そのときは可笑しかったが、今の時代にはそんなことも言っておれないだろう。

それにしても毎日忙しいなぁ。
追いまくられているばかりで考える時間がない。
考えないから頭はだんだん衰えていく。
憂慮すべきことである。

今は社会全体がそうなのだろう。
走りながら考えることのできる人間しか生き残れないのだろうか。

ようやく明日は土曜日。
どうやって過ごそうかあれこれ迷う。
明日の朝起きたときの気分で決めようと思う。

5月10日 (木)    今日の一日

ツバメが巣作りに忙しい。
季節は春から初夏へと移りゆく。
日差しも強くなってきた。
半袖の学生の姿も見られるようになった。
よい季節である。

今日は朝から実験。
得られた結果はいまひとつ期待通りにいかなかったが、大きなトラブルもなく終えることができた。
実験をやっていて思ったのであるが、講義をやっているより体はずっと楽である。
分刻みの作業なので精神的にはつらいのであるが、いすに腰掛けて作業ができるというのは本当にありがたい。
キャスターのついたいすを使っているので移動も楽である。

午後はまず学生との打ち合わせ。
そのあとデータ整理。
夕方から2コマの授業。

夕方から夜にかけての授業はつらい。
頭がうまく働かない。
やっぱり自分は朝型人間であることを再認識した。

5月9日 (水)    今日は疲れました

例によって早朝にやってきて講義の準備などをした。
その後1限の講義。
講義が終わったら体の疲れがドッと出た。
週の半ばにもなっていないのにこのような有様では情けない。

昨日、あまりに気候がよいのに誘われてジョギングをしたのがまずかったのだろう。
ほどほどのところでやめておけばよかったものをついつい調子に乗ってやりすぎてしまったようだ。
スタミナをつけようと思っていることが逆に疲れをよぶようでは本末転倒である。

早く帰って休みたかったが、午後からの会議が意外に時間がかかり、結局遅めの帰宅となってしまった。
夕食を食べて即ごろ寝。
テレビで野球をやっていたはずなのに、よく覚えていない。
いつの間にか意識がなくなっていたのだろう。

しばらくして目が覚めた後は寝床に直行。
それでも睡眠時間が足らない。

明日は朝から実験。
疲れを翌日に持ち越すようでは困る。
何かよい方法を考えなくてはならない。

5月8日 (火)    さわやかな一日

今日は朝からさわやかな一日であった。
日中は汗ばむくらいの陽気であったが、空気がからっとしていて気持ちがよい日であった。

火曜日は講義のてんこ盛り。
1、2限は外へ出るのであるが、移動の間はちょっとしたドライブ気分である。
気分転換になってちょうどよい。

昼に講義が終わって車を駐車場にとめてから10分ほど歩く。
少し汗ばんだが、爽快である。

おかげで午後から仕事がはかどった。
そして5限。
久しぶりに教室いっぱいの学生の中での講義であったが、たわいもない話を交えつつ、授業を終えた。

春から初夏に向けて今が一番よい季節である。
鶯の鳴き声も自信に満ちている。
ツバメは巣作りに忙しい。
山の新緑はまぶしい。

5月7日 (月)    無題

今日からまたいつもの毎日が始まる。
朝はなんとなく気分が重かった。
来週、もう一度ゴールデンウィークが来ないかなと思う。

朝、通勤列車に乗っていたら、何人かの学生が大きな荷物を抱えて眠そうに乗っていた。
夜行で実家から帰ってきて、アパートか寮に戻り、授業に出るのだろう。
休みの日に実家に帰るというのは親孝行である。
男の子であれ、女の子であれ、遠くに一人暮らしをさせているというのは、親としてはなんとなく心配なものである。
子どもが家に戻ってくると家もそのときだけではあるが明るくなる。

今日、1年生の3分間スピーチで、ゴールデンウィークに家で自分が小さかった頃のビデオを見つけてそれを見ていたら、親に感謝の気持ちでいっぱいになった という話があった。
親思いの子である。
どんな子でも多かれ少なかれ、親には感謝していると思うが(思いたいが)、口に出して言えるというのは立派である。
そのような子どもを育てたご両親もまた立派である。

5月6日 (日)    連休最終日

楽しみにしていた連休も今日が最後になった。
去年までの連休は研究室にやってきて日ごろできない仕事をやって過ごしていた。
しかし人生は研究室にあるだけではない。
ふと見回すと、家の掃除とか、家計のやりくりの構想、買い物など、やることはいろいろとある。
これまでの人生では家のことは多くの部分を家内に任せてしまっていたが、最近ようやくそれではいけないことに気づき、この連休はできるだけ家を中心に過ごすことにした。

最終日は掃除の第2弾。
風呂場の大掃除をした。
浴槽を覆っているカバーを取り外して、ぬめりをとった。
次に台所の換気扇。
最近は揚げ物をほとんどやらないので、これは楽にできた。

仕事中心の生活から家のことをかまう生活に少しずつシフトしている。
仕事は終わりが来る日がきまっているが、家での生活は命が尽きるまで続く。
家のことも一通りは自分でできるようにならなければならない。
いままでそのことを怠ってきた。反省。

掃除の合間に買い物に行ったり、読書をしたり、考え事をしたりと静かに過ごした。
ゆったりとした気持ちでおいしくお酒を飲んでいたら、度が過ぎてしまい、連休最終日としては若干後悔する一日となった。

明日からまた仕事。今度まとまった休みが取れるのは8月。
がんばりましょう。

5月5日 (土)    こどもの日

ほとんど丸一日をつかわないとできない実験がある。
普通の日は講義があるのでできない。
そこで休日に出てきてやることになる。
学生も就職活動がないのでやりやすい。

そこで朝から出てきて実験をやった。
この作業は3回目になるので、学生も私も手馴れたものである。
予定より1時間ほど早く終わることができた。

今日はこどもの日。
うちのこどもたちが小さいころは必ずどこかに出かける日であった。
こどもの日に限らず、休日や夏休み、冬休みなどにはいろいろなところへ出かけたものである。
最近、休日が充実しないなと思っていたが、原因のひとつがここにあるのかもしれないと思った。

子どもが小さかったころは、こどもをダシにして親が楽しんでいたような気がする。
それが証拠に、あちこち遊びに行ったことを子どもたちに覚えているかと聞いてもあいまいな返事しか戻ってこない。
そうしてみると子どもの存在は大きい。
今から考えてみると、何かと手がかかった頃が一番楽しかったと思う。

5月4日 (金)    みどりの日

今日は家内も休みなので、以前の計画ではどこかに出かけようということになっていた。
ところが、今週の月曜日から、今住んでいるマンションでちょっとした問題が持ち上がり、家内はそのことで毎日忙殺されている。
今日もその問題の解決法を探るため、朝からその対応に追われて、出かけるどころの話ではなくなってしまった。
風邪の具合がいまひとつのせいか、どこかに行きたいという気持ちもいまひとつだったので、家内とともに問題の対応で午前中を過ごした。

昼からはお葬式。
親戚以外の人でお通夜とお葬式の両方に出たのはこれがはじめてである。
おじいちゃんにはまだまだ元気でいてほしかったのに、残念で仕方がない。

お葬式から戻ってからはなんとなく過ごす時間。
夕方早めの食事をしたらまどろんでいた。
今日はチャングムの誓いを見るはずだったのに、気がついたら終わっていた。
そのあと歯を磨いてすぐに寝た。

どうにも中途半端な一日。
気分がすぐれない。

5月3日 (木)    連休後半

連休も後半となり、今日は家の仕事をすることにした。
ベランダは大きなとおりに近いので、排気ガスですぐに汚れる。
そこで、気合を入れて掃除をすることにした。
水を撒く道具を使ってサッシや壁、床に勢いよく水をかけると、真っ黒な水となって排水溝に流れる。
よくもまぁこんなによごれていたものだと感心する。
1時間くらいかけて水を撒いたらそこそこきれいになり満足した。

次に風呂場。
敷居のところに汚れが溜まるので月に一度くらいのペースで綺麗にする。
最後はフローリング。
いつもより少し丁寧にやったらおびただしい量の埃が取れた。

一服して朝刊を見たら驚いた。
前に住んでいたところの隣のおじいちゃんが亡くなったとの知らせが出ていた。
何かにつけてずいぶんお世話になった方である。
いろいろな思い出が頭をよぎって、なんともいえない気持ちになった。

その後はこのことが気にかかって何もやる気が起こらず、本を読んでも頭に入らないし、テレビも面白くない。
夕方になるのを待って、お通夜に出かけた。
大勢の人が集まっていて、生前のおじいちゃんの人柄がしのばれた。

家に帰っても気分は重く、そのまま寝てしまった。

5月2日 (水)    季節の変わり目

喉の調子が戻らない。
ガラガラ声のまま2コマの講義を済ませた。
1限の授業では学生にライティングをさせるのであるが、「早く体調をなおしてください」というコメントを見て、なんだかとてもうれしくなった。
話す方が不愉快なのだから、聞いている方はもっと不愉快なはずなのに、私のことを心配してくれている。
こういう学生がいると、講義の疲れもずいぶんと軽くなる。

今日の調子は昨日より悪く、昼を過ぎたらなんだか熱っぽくなってきた。
怪しげな咳も復活した。
講義による体の疲れもいつもより多い。

軽い風邪を引いたのであろう。
今日、レポートを遅れて持ってきた学生も風邪を引いてダウンしていたと言っていた。

山は新緑に包まれ、朝夕の冷え込みもなく、昼はさわやかな日が続いているが、ついこの前まで朝は寒く、夜も冷えた。
この気候の急激な変化が体調を狂わせているのかもしれない。
そういえば、ふとんをかぶって眠ると、暑くてものすごい寝汗をかく日があった。
体は正直である。デリケートである。もうちょっと鈍感になってほしいと思う。

明日から連休後半戦。
いろいろとやりたいことがあったが、まずは休息をとって、体調を回復させることを最重要課題として過ごすことが必要だ。
連休が明けたら夏休みまで10週間、ぶっちぎりである。
その期間を乗り切るだけのスタミナを確保しておかなければならぬ。

5月1日 (火)    声が出ません

連休の谷間の授業。
今日は非常勤先の補講を入れたので、4コマあった。
3コマでもヒーヒー言っているのに、4コマとは暴挙かもしれないと思ったが、休みも取れるのでまぁよいかと思って打って出た。

一日終わってみたら思ったほど疲れは出なかったのだが、2コマ目あたりから声がかすれてきて、3コマ目にはほとんど声が出なくなってしまった。
愉快な状態ではない。
話をしているほうがそうなのだから聞いているほうも聞きづらいだろう。

以前に声がかれたときは前日に酒を飲みすぎて大声を出しすぎた翌日だった。
今回は昨日、喉を酷使するようなことをしていないので、思い当たる節がない。
かぜの状態が悪くなったのであろうか。

声が出ないのは、講義をするのに大きなハンディである。
明日も1,2限と講義があるので、それまでに何とかしなければ・・・。