2月28日 (水)    49歳

シャープの新しい社長に49歳の人がなるという。
宮崎県の東国原知事も49歳。
50歳になる前に大きな組織のトップにたつ人が出始めている。

うちの学部を見てみると、附属校園長のうち、2名が49歳。
新しい入試委員長や就職委員長は49歳より若い。

そろそろ大きな仕事の陣頭指揮をとる立場におかれる年齢である。
ある程度の経験をつみ、
体力は衰え始めたというものの、まだ余力があり、
物忘れが始まったといってもそれほどのものではなく、
まだまだ新しいことをいっぱい吸収できる能力があり、
若い人を引っ張っていける力もつき、
年上の経験豊富な人の力も借りることができる。

まさに働き盛り。
私も49歳。
弱音を吐くのはまだ早いかもしれない。

明日から出張のため、更新しばらく遅れます。


2月27日 (火)    今日も会議

昨日に引き続いて今日も午前中は外部の会議。
農業基本計画の策定について意見を述べる会議である。
一昨年の12月に第一回会議があり、今日が5回目で、最後の会議となった。

この会議は前にも書いたように、「議長」である。
多くのお偉方をメンバーに、出てきた意見をまとめたり、事務局に答弁を求めたりと、会議の進行中は冷や汗ばかりかく。
5回目ともなると、だいたいどの人がどのような発言をするかがわかるようになり、少しは余裕が出てきた。

とはいうものの、最初に想定した時間通りには事は進まず、時間が押してしまい、予定していた議論の一部は割愛した。

定刻の時間になり、何とか終わった。
この会議も解散。やれやれひとつ肩の荷が下りた。

会議をまとめていくという仕事はむずかしい。
たいへんよい勉強になった。
何事も面倒くさがらずに勉強だと思ってことにあたると、また一つ人間が大きくなれるかもしれない。


2月26日 (月)    外部の会議

今日は午後から外部で会議があったので、昼食を済ませてから出かけた。
今年度6回目の会議である。
例の関あじの加工品を売っていこうというプロジェクトの会議である。

これまでに試作した製品を先週の関あじ関さばまつりで試験販売を行ったところ、非常に好評だったとのことで、来年度に向けてこれをどのように発展させていくかという議論を行った。

メンバーの中には、実際に加工品の製造販売を行っている人がいて、やはり現場で汗を流している人の発言には重みがある。
日頃ものを売るという仕事をしていない私たちにとっては理解を超えるような話も出た。

14時から始まった会議は白熱して18時近くまで議論した。
今年度最後の会議なのでそのまま同じ場所で流れて打ち上げ。

ここは普通だったら絶対いかないようなおしゃれなお店で、軽くビールを飲みながら料理を楽しみ、議論の続きをしたり、たわいもない話をしたりする。
このお店は器に凝っていて、出てくるお皿やカップに感心することしきり。
あっという間に4時間が過ぎ、気が着いたら22時。
若干千鳥足になって家に帰る。

会議から数えたら延々8時間議論していたことになる。
少し疲れたのでそのまま寝た。


2月25日 (日)    入学試験


今日は前期日程の入学試験。
試験の監督をしたり、答案の採点をおこなった。
ミスが起こらないようにと緊張したが、受験生はもっと緊張したことだろう。

大学全入時代といわれるが、確かに受験生が減った。
監督のコマ数が減っていることがそれを如実に物語る。

受験生はそれだけ門戸が広がって選択肢が増えたわけだから、自分がその大学で何をやりたいか、そして卒業してからどのようなことをしたいのかというビジョンをもって大学を選んで欲しいと思うのだが、現実はなかなかそうはいかない。
ホームページやオープンキャンパスなど、情報はいくらでも手に入る時代になっているのに、その情報をうまく活かしきっていない。

まだまだ偏差値を基に、合格の可能性が高い大学を選択する受験生が多いように思う。
こういう受験生は合格して入学して、現実を知ることによって壁にぶち当たる。
最近、壁にぶち当たる学生が増えているような気がしてならない。
4月になってからの学生指導で頭を悩ますことの一つである。

今年はどんな学生がやってくるのだろう。
答案を採点していて、期待と不安が交錯する。


2月24日 (土)    貧血


朝から家にいて昼過ぎまでうだうだと過ごした。
久しぶりに長男の顔を見てゆっくり話をすることができた。
今日から春休みだそうな。
2月は実習で相当疲れていたように見えたが、無事に終わったらしく、ホッとする。
今日からまたバイト三昧の生活になるらしい。
来週からはトリニータの試合が始まるとかで楽しみにしている様子であった。
家族が生き生きとしている姿を見るのはとてもうれしい。

18日の日曜日に胃カメラと一緒に血液検査をやった結果が届いた。
長年の懸案であった貧血傾向が改善されていた。
きわめて好ましい。

これまで血液検査のたびに下限値を下回っていて、何とかならぬものかと、鉄やアスコルビン酸のサプリメントなどを摂取したりしていたのであるが、いまいちパッとしなかった。
昨年の11月にアメリカに行ったとき、鉄28mg、葉酸400μg、ビタミンC60mg、それにビタミンB12がはいったサプリメントを買ってきてこれを摂取するようにした。
鉄28mgは、摂取基準の3倍強である。

このサプリメントが効いたのだろう。
血液検査の値が改善されていることを知ったら、なんとなく元気が出てきたような気がした。
病は気からというが、体調も気分によるところが大きい。


2月23日 (金)    週末


今週もあっという間に1週間が過ぎた。
週の初めの月曜日は目の回るような日であり、火曜日は会議が長くあり、水曜日も会議、木曜日は実験と過ごしてきたが、だんだん時間の余裕が出てきた。
少しずつではあるが、物事を考える時間をとることができるようになってきた。

考える時間を持つことは非常に大切である。
忙しさに流されていると、何がなんだかわからなくなることがある。
ただ単に時間に流されて終わってしまうことがある。
どちらも仕事の質を低下させるだけである。

ここへきて少し落ち着いてきたのは、授業が終わったことが一番の理由であろう。
授業はそれほどまでに精神的に体力的に多くのエネルギーを必要とする。

しかし今日は足が地に着かない1日だったような気がした。
朝から多くの外部の人に来てもらって書類作成の依頼。
ものを頼むというのも結構気を遣ったりする。

夕方から外部の会議。
約束している研究の進捗が遅く、苦しい状況説明。
つらい。だが、研究も生き物なのでそういうときもある。
出席者に理解してもらえたのは大きな救い。

夜は親しい人との飲み会。
最初のうちは仕事の打ち合わせであったが、酒が進むに連れて何の話をしているのかわからなくなってきた。
記憶もあやしい。
今のような生活をしていてはよくないといった趣旨の話を聞いたように思う。
明日は休日にする。研究室には来ない。


2月22日 (木)    理想的な一日


2月は本当に時間が経つのが速い。
残すところあと1週間になってしまった。

授業や卒論発表会なども終わり、だんだん気分は春休みになっていく。
休みは実験の稼ぎ時である。

今日も朝早くから研究室に来て実験をやった。
いつもの作業の繰り返しなのであるが、2週間ぶりだったせいか、ミスが目立った。
ミスをしてもあまり深刻に考えることはなかった。そんなこともあるさ くらいに気楽に考えた。
一緒に実験をしている人には迷惑をかけてしまったが・・・。

期待通りの結果が出て、疲れも吹き飛んだ。
期待したデータが出るということは、気分的にきわめてよい。
いつもそうなるとは限らないので、うまくいったときはなおさら気分がよい。

そのおかげで午後から書類を書いたり、メールのやり取りをしたが、きわめてスムーズにことが進んだ。
夕方になったら、スパッとキリをつけることができた。
滅多にないことである。

こういうときは思い切って早く帰るに限る。
まだ日が高いうちに帰るのは本当に久しぶりである。

帰り道、コンビニで発泡酒を2本買って家で味わった。
仕事がうまく進んだときのお酒はおいしい。

いつの間にかこたつでまどろんでいた。
目が覚めたあと歯磨きをして布団へ直行。
珍しく夜中に目覚めることもなく朝まで熟睡。

こういう生活が健康的でよい。
しかしこれは理想であって、毎日こういう日ばかりではない。
むしろこういう日は珍しい。


2月21日 (水)    食欲

ときどき異常なほどの食欲が出ることがある。
今日はその異常なほどの食欲が出た。
いつもの昼ごはんを終えて、会議に出向き、16:30に研究室に戻ってきたら無性にお腹が減った。

まずチョコレート2つ。60kcal。
つついてえびせんべい1袋 120kcal。
それでも足らずにカステラ2切れ 200kcal。
しばらくしてクッキー2枚 80kcal。

家に帰って市販の弁当 500kcal。
野菜の牛乳煮 1皿 120kcal。
きんぴらごぼう 大盛り1皿 150kcal。
すし4切れ 250kcal。
清酒1合 150kcal。
クッキー2枚 80kcal。

ここまでで合計1710kcal。

朝食が300kcal。
昼食も300kcal。

一日の総合計が2310kcal。
一日1800kcal程度を目標としているので、これはいくらなんでも多すぎる。

ストレスによる過食なのか、体調がよいので食欲が亢進したのかは不明。
とにかく「食べたぁ」の一言に尽きる。

晩御飯を食べたあと、胃がもたれて仕方なかった。
胃薬を飲んでもしばらく寝れなかった。
食べすぎはよくない。


2月20日 (火)    おちつかない

どうにもおちつかない。
もろもろの行事が一段落したので、少しはものを考える時間がとれるかと期待するのだが、次から次へとなにかしら仕事が湧いてくる。
生産的な仕事ならまだよいのだが、どう考えても非生産的な仕事ばかりのような気がしてならない。

会議は話を聞く時間より、待機する時間のほうが長い。
会議の内容は昨日聞いたことと同じ。
今日もあっというまに時間が過ぎてしまった。

昼間に少し余裕ができたので、生協に行って書籍代の支払いをし、そのついでにちょっと大学を出てスーパーにお茶を買いに行った。
例のいきつけのスーパーである。
このスーパーにもしばらく行っていなくて、お茶以外に思わずいろいろな食べ物や飲み物を買ってしまった。
少しばかりの息抜き。

明日もまた会議か・・・。


2月19日 (月)    医師と看護師

胃カメラでの診察の結果、異常のないことがわかったせいなのか、処方してもらった薬が効いているのか、胃の調子がまことによい。
昨日の朝とは雲泥の差である。

昨日、胃カメラを飲むときに、看護師長と話をした。
胃の調子が悪い原因について看護師長は、
「それはストレスが溜まって疲れているんだわ。少し休みよ。」
とおっしゃる。

医師は「異常ありませんから安心してください。」
とおっしゃる。

医師は病気を診る。
看護師は人を診る。


2月18日 (日)    胃カメラ


3週間ほど前から胃の具合が思わしくない。
ものを食べた後にむねがつかえる。
いつも胃が重い。
酒がまずい。
食べ物の味がわからない。

大きな大きな病気にかかっているかもしれないとふと不安になった。
不安になるといてもたってもいられない。
意を決して胃カメラを飲むことにした。

この前飲んだのが3年前だったので、そろそろの時期である。
前回のことを思い出すと、悪いことばかりである。
肩に打たれた注射が痛かった。
カメラが喉を通るとき、苦しくて吐きそうになった。
カメラが胃の中で動いて痛かった。

何一つよい思い出はない。
診療所の玄関に入るまで検査を受けようか受けまいか迷った。
しかし足が勝手に受付に行き、口が勝手に「胃カメラお願いします」と言っていた。

大げさかもしれないが、覚悟を決めて内視鏡室に入った。
痛い肩の注射を覚悟した。覚悟に反して何も痛くなかった。
麻酔の注射を打たれた。頭がボーっとし始めた。
「カメラ、喉を通りますよー」という医師の声。
いよいよ来るかと覚悟した。覚悟に反してスムーズに入った。
カメラが胃の中に入っていた時間はよくわからない。
覚悟に反してあっという間に終わった。

診察の結果は特に異常なしとのことでホッとした。
異常なしということがわかったら胃の調子がよくなった。


2月17日 (土)    久しぶりの普通の日


今週は月曜日が休みで、火曜日は卒論発表会。水曜日は講義と会議で遅くなり、木曜・金曜は出かけていた。
朝から研究室にいるのは久しぶりである。
とは言いながら、今日は土曜日なので、本来ならば休んでもよい日である。

大学院の入学試験があった。
家政教育専修にも志願者があり、筆記試験と口述試験を行った。

試験の前後は溜まっていた書類の整理や研究結果のまとめ、メールの返信など、事務的な仕事を行った。
ついでにごみを捨てた。

今日は土曜日なので、電話もかかってこないし、訪ねてくる人もないので、ほぼ自分のペースで進めることができた。
これは精神的に極めてよい。

最近、特にその状態がひどいのであるが、自分のペースを乱されるととても疲れる。
自分の仕事をやっているときに電話があったり、人が訪ねてきたりすると、それまでとりかかっていた仕事を中断しなければならず、これが相当なストレスとなっている。
しかし、教員はだれもがそのような状況にあり、自分だけがそういう境遇に置かれているわけではない。
他人の状況を見て自分の状況を肯定するわけではないが、そういうものだと割り切ることも必要なのだろう。

今日はおかげで仕事も進む。
しかし、この気楽さあるがゆえに休日も研究室に来てしまうというある意味悪循環に陥っている。
いくら休日に仕事がはかどるといっても、休みなく研究室に出てくると無理がある。

講義も終わって春休みになった。
春休みは休日に出勤する替わりに平日に休んでみようかと思ったりする。


2月16日 (金)    魚の値段


梅木さんの審査会のために上京したが、ちょっとした空き時間を見つけてデパートを探索してみた。
いつものことであるが、魚売り場に足が向く。

「関あじ」が売られていた。
1匹3500円。
一時のことを思うと安くなったが、それでも高い。
しかしその値段には慣れた。

驚いたのはパックに盛られた刺身の値段。
大分で買ったら680円くらいのものが2000円、3000円するのである。
わが目を疑って、何度も表示値段を見たし、いろいろなパックの刺身を見たが、間違いない。

更に驚いたのは切り身の値段。
大分産のブリの切り身が一つ780円もする。
原価をだいたい知っているので、これはボッタクリではないかと思う。

ふぐの値段にも驚いた。
白子が2万円もした。
唖然として開いた口がふさがらなかった。

こんなに高くても買う人がいるのだろうか。
いるから売っているのだろう。

まったく東京というところは怖ろしい。
絶対に住めない。
住もうとも思わない。
東京に住んでいては魚が食べられない。


2月15日 (木)    梅木さんの学位審査会


望月研究室で研究を進めていた梅木美樹さんが、これまでの研究成果をまとめて母校へ博士の学位を申請した。
今日はその最終審査である公開発表会があった。
私も審査委員の1人として上京した。

梅木さんは平成13年に大分に戻り、工学部の酒井先生の研究室で研究を進め、最近は望月研究室で研究を進めるとともに、卒論の学生の指導をし、今年度は非常勤講師として授業を担当している。
学位を申請した研究は酒井研究室と望月研究室で行ったものである。

この1年、彼女は忙しい中、寝る間も惜しんで論文を書き上げ、学位論文提出、予備審査を経て今日の日に至った。
梅木さんは研究能力にすぐれていることは言うまでもなく、周りにとても配慮の行き届く人で、誰からも好かれている。
この性格は生まれもってのものであろう。発表会には、「山本さん(梅木さんの旧姓)だから聞きに来たといって、多くの先生方が来てくださった。
母校である前任の大学でも信頼が厚かったことを物語っている。

発表は堂々としたもので、研究者として、そして教育者として十分な能力があることを感じさせてくれた。
発表会が終わった審査委員会でも評価がとても高かった。

新しい博士の誕生である。
研究者の端くれの私としても、1人の研究者を世に送り出すことができてとてもうれしい。
これからもっともっと飛躍して欲しいと思う。
そのための環境を作らなければならない。
責任は重い。

梅木さん、本当におめでとう。


2月14日 (水)    梅


先週水曜日のテーマが鶯であった。
今日は梅。
梅に鶯。
花札の世界のようだ。

大学の梅が満開になって、上品な香りを漂わせている。
梅の花が好きである。
春の訪れを告げてくれるからである。
春の露払いのようだ。

まだまだ寒い日が続くが、梅の花がほころびる頃から陽射しが春らしくなって、昼中は暖かくなる日がある。
昼間の時間も長くなった。
18時を過ぎてもまだ明るい。

卒論発表会も終わってホッと一息。
これからはいくつかの入試があって、春を迎える人たちを選ぶことになる。

冬の次には春。春はすぐそこに。


2月13日 (火)    卒論発表会

今日は毎年この時期恒例の卒論発表会があった。
発表のスタイルは年々変化しているが、発表者の緊張は昔から変わらない。

これまで1年半にわたって取り組んできた研究を10分間というきわめて短い時間で発表する。
今年はどの発表も十分に準備されており、日頃から真面目に取り組んできた成果をひしひしと感じることができた。

生活分野や家庭科では文系の研究が多く、詳しい内容はよくわからない。
しかし、ここはおかしいぞとか、ここは理解できていないなというところはなんとなくわかる。
以前はそういうところを質問して、学生を困らせていた。
最近は、3年生以下の学生が発言する機会を作ってやらなければと思って質問をするのを控えている。
残念だったことは、学生からの質問が少なかったこと。
やっぱり内容がむずかしいのだろうか。

望月ゼミの4人の発表は立派なものであった。
いつものことであるが、卒論を完成して提出が終わり、卒論発表会の準備に入ると私はあまり手を入れないようにしている。
いくら実験が与えられたテーマであり、解釈が自分でも難しくったって、自分のものとして発表をしなければならない。
そのためには自分なりに内容を十分理解していなければならない。
逆の面から見ると、卒論発表会のまとまり具合によって、卒論の内容を十分に理解できたかどうかがわかる。
今年の4人のゼミ生はみんなその内容を理解して発表をすることができた。

夜は追いコン。
生活分野が全員集合すると60人を超える。
今日のコンパは最近にない盛り上がりだった。
4年生のキャラクターによるところが大きい。
この人たちは1年生のときからよい意味での個性的な集団だった。
最後まで個性的であった。

卒論・追いコンが終わるとやれやれひと段落、1年が無事に終わったという気持ちになる。
そしてまた明日からは来年の卒論発表会に向けての活動が本格的に始まる。
来年の今日も、立派な発表会ができるように、3年生に大いに期待しよう。


2月12日 (月)    日記

つれづれ日記を書き始めてから3ヶ月半が経った。
よくもまぁ毎日続くものだと自分で自分を褒めている。
読んでくださっている人が続々と増えているようで、感想をメールで聞かせてくれたり、直接聞かせてくれたりする。
ありがたいことである。

最近はネタに困る日があって四苦八苦している。
ネタに困ると、過去の日記をつらつらと眺めてみる。
実は今日もネタに困っている。
2月の日記を眺めてみた。

なんだか景気の悪いことばかり書いている。
しかし、最近の体調の変化を認識することができた。
要するに、少し疲れてきたので、心底休める時間をとって休みたいということが主張されているのだ。

主張するのは自分の勝手。行動に移すのは自分次第。
結局、何事も自分の気持ち次第で何とでもなるものなのである。
気持ちをいかによい状態にもっていくかということが人生の課題のような気がしてきた。
行動するには、大げさに考えずにまずは一歩踏み出すことが重要。
恐れていては何もできない。


2月11日 (日)    閉塞感


今日も朝から研究室に出てきている。
3連休などどこの世界の話なのかと思ったりもする。
今日は3年生の実験をフォローしたり、依頼されている書類を書いたり、テストの採点もしなければならない。
今週の平日は予定されている仕事がぎっしりなので、先に済ませておかなければならない。
大学の教員はたくさん自由な時間を持ててうらやましいと言われるが、そうとも言えない。
家にいても自分の好きな研究ができるからいいねと言われるが、実験屋は大学に出てこないと仕事にならない。
以前は時間を自分でコントロールできたのに、今はできない。
時間をコントロールできないようにコントロールしているということだろう。

最近はあれほど好きだった仕事に嫌気が差している。
嫌気というより、閉塞感と言ったほうがよいかもしれない。
この気持ちの変化は急激であった。

コップに水を注ぎ続けていくと、あるとき突然溢れる。
さらに注ぎ続けていっても水は溢れるばかりで、それ以上コップに水は貯まらない。
溢れるだけではなく、こぼれた水はコップの周りを濡らす。
そんな状態に似ている。

コップに水を注ぐのを一度中断して、コップの中の水を少し捨てて、濡れた場所を乾かしてやりたい と思う自分がいる。
そんな贅沢なことが言えた義理かという声を発する自分もいる。

昨日は春の陽射しに心がときめいていたのに、一晩経ったら一変してしまった。


2月10日 (土)    春の陽射し


今日は朝から実験があり、午後は卒論や修論の発表会の打ち合わせなどをやって、結構忙しかった。
夕方に用事があって医学部に行った。

陽が長くなった。
それに陽射しが力強い。
春の陽射しである。
河川敷の道路からながめる由布岳や高崎山がどっしりと見えた。

今年は暖かい日が続き、今日も暖かい。

梅も急に咲き始めた。
鶯も上手に鳴けるようになり、鳴き声も増えた。

着々と春が近づいてくる。
春が来ると巣立つ人がいて、新しく入ってくる人がいる。
一年のうちで一番変化が激しいときである。

春を待つこの時期が好きである。
何事においても、待つというのは期待と不安が入り混じって、なんとなく心がときめいていく。


2月9日 (金)    関サバ研究会


年に一度、「関サバ研究会」と称した私的な研究会を行っている。
京都からS先生、奈良からA先生に来ていただいて、ディスカッションをする研究会である。

今年で10年が経った。
当初は研究会の名の通り、関サバの鮮度保持や関サバの特質について研究をすることが目的であったが、時代の流れとともに、研究内容は変化し、最近は食品の機能性についてのテーマにシフトしている。

今年はA先生の都合がつかなかった。
その代わりにというわけではないが、Y先生にお越しいただいた。
午後のひと時を使って、食品の機能性についてのディスカッションを行い、研究テーマや課題を議論した。

と、ここまでは真面目なのであるが、この研究会にはもう一つの大きな目的がある。
懇親会である。

佐賀関に行ってふぐを食べるのである。
当初は研究会の名の通り、「関サバ」を食べに行っていたのであるが、いつの頃からか、ふぐを食べるようになった。

佐賀関の行きつけのお店で賞味したのであるが、何度食べてもこのお店のふぐはうまい。
私は今シーズン2回目であるが、Y先生は佐賀関のふぐは初めてのことで、とても期待している様子であった。
期待に違わず、たいそう美味だったようで、「うまいうまい」を連発し、あっという間にコースを堪能してしまった。
3時間を予定していたのに、2時間で食べ終わってしまった。

ふぐを食べるために研究会をやっているのではないかと口の悪い人が言う。
何もコメントしない。

今シーズン、もう1度、このお店でお魚を食べたいなぁと思い、予約状況を尋ねてみたら、3月まで昼も夜も予約でいっぱいとのことで驚いた。
評判が評判を呼び、人気が出ているのだろう。
それほどまでにうまい。


2月8日 (木)    ヒアリング


今日、今取り組んでいるプロジェクトに関するヒアリングがあった。
福岡まで出向いた。

ヒアリングはどうも苦手である。
朝から落ち着かず、他のことには手をつけられず、資料を見ては話す内容を考え、また見ては考え直しということの繰り返しであったが、最後まで自信をもつことができない状態でヒアリングを受けた。

人前で話すことが多い仕事をしているのに、人前で話をするのはとても苦手である。
講義がある日は前の日からソワソワする。眠れない夜がある。
講義が夕方にある日は朝から落ち着かない。
学生相手の講義でさえこんな状況だから、専門家それも手厳しい先生方を目の前にして話をするのはとてもつらい。

話をすることに加えて質疑応答がある。
これがまたつらい。
何を聞かれるかわからないというのがおそろしい。
いつもとっさに返答することができず、終わってしまってから「こういうふうに答えればよかった」と気づくことばかりである。

今回のプロジェクトについては、多くの人が助けてくれる。
ヒアリングに使う資料は全部作ってもらった。
質疑応答で出た質問の大半はプロジェクトのメンバーに答えてもらった。
本当にありがたい。

プロジェクトはチームワークがよいので、うまく進んでいる。
メンバーはそれぞれに忙しいことだろうに、仕事をきちんとこなしてくれる。
ひとつの目標に向かった知恵を出し合い、力を出し合うことで大きな力が生まれる。

ヒアリングは厳しい質問もなく、むしろ和やかな雰囲気のうちに持ち時間の25分が経った。
ホッとした。
帰りの列車内でのビールがおいしかった。
プロジェクトのメンバーにただただ感謝するばかり。


2月7日 (水)    鶯


今朝、駅を出て男子寮の前あたりを歩いていたとき、鶯の鳴き声を耳にした。
まだへたくそな鳴き方ではあるが、春がやってきたことを感じさせてくれる。
なんとなく明るい気分にしてくれる。

19年前の春に大分大学に着任した初日に鶯に迎えられたことを今でも覚えている。
豊かな自然に恵まれて、とてもすばらしい環境に恵まれたところだと思った。

鶯の声を聞くと着任した頃の初心に少しだけ帰ることができる。
初心忘れるべからず。

年齢を重ねると、心にしみついた汚れがなかなか落とせない。
少しの汚れを落とすのにも時間がかかる。
すべての汚れを落とすにはどれほどの時間が要るのだろうか。


2月6日 (火)    空気の香り

朝、家の玄関を開けて外へ出ると、ひんやりした空気が肌を刺すとともに、車の排気ガスが混じった空気のにおいを感じる。
この香りを気に入っている。
今日も一日仕事をやるぞ!という気分にしてくれる。

息つく暇もない一日を終えて駅までの道のり、男子寮の前を通ると、ひんやりした空気が肌を刺すとともに、木々のにおいを感じる。
この香りを気に入っている。
今日も一日お疲れさま!という気分にしてくれる。


2月5日 (月)    また1週間

月曜日がやってきた。
今週もまた忙しい日々が続く。
スケジュール表がカラフルに彩られていることがそれを物語る。

それを見ているだけで憂鬱になるところが、今日はなぜかそう思わずにすんでいる。
むしろ気分爽快な週初めである。

近頃めずらしい。
その理由を考えてみた。

週末、研究室から離れていたせいであろうと思う。
昨日は調子が最悪で、今日はどうなることかと思っていたが、うれしい誤算である。

大雨が降った後には空気が澄んでいる。
雨が降らないと、空が汚くなる。

なんだかそれに似ている。
週末、強制的に仕事をオフにして、つまり大雨を降らせると、雨上がりが気持ちよい。
結局そういうことだ。
何事も、マンネリ化したり、疲れたときには大雨を降らせることが必要かもしれない。


2月4日 (日)    飛行機


子どもの頃から乗り物が大好きだった。
乗り物に乗ってどこかに行くことが楽しみであったことは言うまでもなく、写真を見たり、時刻表を見るだけでわくわくする。

最近は飛行機に乗る機会が多く、楽しみの一つになっている。
ところが、今日の飛行機は苦痛以外の何ものでもなかった。

天候が悪くてゆれがひどかったとか、周りのお客が気にくわなかったとか、乗り遅れそうになったなどという積極的な理由があったわけではない。
フライトはきわめて順調だったし、お客の数も少なかった。登場ゲートに着いた瞬間に登場案内があって、スムーズに機内に入ることができた。
大分に到着するのも定刻より10分早かった。
むしろ、近来まれに見る好調なフライトであったと言ってよい。

原因は体調の悪さである。
夜、熟睡できなくて、朝から頭がぼんやりとしていた。
夕方になってもその調子は改善されず、そのまま飛行機に乗った。

耳は痛くなるし、頭はガンガンするし、動悸が激しくなって、早く大分に着くことばかり考えていた。
以前から思っていたことであるが、移動の疲れは、その時間に比例するものではなく、その距離に比例する。
飛行機は確かに時間の節約にはなるが、疲れの節約にはならない。


2月3日 (土)    両親の様子


自分の両親と家内の両親が年々歳をとっていき(当たり前のことであるが)、いろいろと心配になる。
今年から、毎月一度を目途に様子を見に行くことにした。
先回は正月に顔を見ているので、約一ヶ月ぶりである。

まず、家内の母親に会いに行った。
最近は耳が遠くなり、ひざも少し痛いとのことであるが、元気そうであった。
この母は、12月に大分に遊びに来ている。
今度は八十八ヶ所めぐりをするという。
大分にやってきた伯母といっしょにである。
二人とも元気そのもので、下手をするとこちらのほうが負けてしまう。
何はともあれ安心した。

次に自分の両親。
母親がだんだんと弱くなっているので心配になっている。
世話をしている父親にストレスが蓄積していることも心配である。
心配するだけで何もできないが、顔を見せることで少しは気分転換になるらしい。

母親は、自分の意思に関係なく体が震えるという症状が出ていて、見ているほうは奇異に感じるが、本人もつらいらしい。
正月のとき、父親は母親のその様子にまいっているようだった。

しかし、今回は父親の機嫌がきわめてよい。
「なるようにしかならない。あとのことを考えても仕方がない。」
ということに気がついたそうだ。

その通りである。このことは今の自分にも当てはまる。
いくつになっても親には教えられることばかりである。


2月2日 (金)    まどろみ


今日は実験に忙しい一日であった。
午前中はマウスの採血実験。
これをやるために、朝7時10分に研究室にやってきて準備をした。

今日はどうしたことか、やたら失敗ばかりして途中で半ばパニック状態に陥った。
失敗が失敗を呼び、散々な思いをした。
終わった後はぐったり疲れた。

これでは午後の実験はとてもじゃないがもたないと思って、椅子にかけてボーっとしていたら、不意に猛烈な眠気が襲ってきたので、逆らわずにまどろむことにした。
ものの5分くらいであろうか。

まどろんだら、なんだか頭がすっきりとした。
そのおかげであろう、午後3時からのラットの採血は失敗することなく、あせることもなく、無事に終わった。
実験が終わった後の気分も爽快である。

やはり疲れを感じたときには、一度頭のスイッチを切るのがよい。


2月1日 (木)    疲れがピーク


あっと言う間に2月になってしまった。
本当に時間が経つのが早い。

今週は月曜日から疲れが溜まっている。
連日の授業と会議のせいだろう。
どちらも肉体的というよりは精神的に疲れる。

精神的なものは気の持ちようでなんとでもなるはずで、授業や会議を仰々しく考えすぎているのであろう。
もっとゆったりと構えて余裕をもって、ある意味では少し気楽に臨んだほうがよいと思うのだが、そういうことを思う頭がある反面、仰々しく考える頭もある。

無駄に疲れているのである。

だからといってこれをほかっておいたら、どこかで切れてしまうだろうと思い、今日はやることはたくさんあったが、思い切って切り捨てて家に帰り、夕ごはんをたべてすぐ寝た。

ストレス解消には睡眠が一番である。
しかし睡眠は一時しのぎのものにしか過ぎない。
何か根本的な解決策を見出さないとこの先長く続けられない。

根本的な解決のためには時間が欲しい。


1月31日 (水)    静電気


今日は乾燥していたせいか、静電気にやられっぱなしだった。

毎年冬になると悩ませられるのであるが、今年は楽に過ごせているなと安心していたら、今日はひどかった。

車から降りるときに何度もやられた。
車から降りるときに、あるテクニックを使うと、ほぼ100%静電気を防止できるのだが、今日はまったく通用しない。
バチッと音がして、指先に電気が走る。きわめて不愉快である。

今日は戸棚に触っても、水道の蛇口に触っても、ドアの取っ手に触ってもやられた。

まだまだ寒いうちは悩まされるのだろう。
本当に不愉快だ。


1月30日 (火)    体重

2002年の8月から減量を始めて、2003年の6月頃には体重が安定し、ほぼそのまま現在に至っている。
だいたい58kg前後である。
しかし、昨年の暮れあたりから体重が増え始め、体脂肪率も上昇を始めた。
やたら食欲があって、いやしいようにものを食べていたせいであろう。

お正月がピークで、60kgの一歩手前までいった。
そのくらいでもよいのではないかという人もいるが、60kg近くなると、お腹に脂肪がつくばかりで、体型も見苦しいし、どうも気にくわない。
加齢とともに体重は増加していくから、このまま体重は増加する方向にいくのではないかと思っていた。

ところが、20日を過ぎた頃から食欲は変わらないのに体重が少しずつ減り始め、58kg程度にまで下がってきた。
今日は58.2kgであった。BMIを計算すると身長が174cmであるので、19.2である。
正常値の範囲内だ。

もう少し太ったほうがよいと忠告してくれる人がいる。その人の言い分は次のようなものである。

やせすぎていても死亡率が高くなる。
BMIが22くらいがベストと言われているので、そのくらいまで体重を増やすべきであると。
そうすると66.6kgまで増量しなければならない。

BMIが低いのは本当に悪いのだろうかと常々思っていたら、興味ある話を聞いた。
BMIが低い人の死亡率が高いのは、病気を患ってやせてしまった人がその中に入るからで、そういう人の死亡率は高い。そういう人を加えて全体を見るから、BMIが低い人の死亡率は上昇する。
しかし、健康にやせている人のみを抽出したら、死亡率は決して高くない。
というのである。

一理あると思う。
実験をやっていて思うのだが、数字はよく見なければならない。
その裏に隠されている真実をいかに読み取るかが大切である。
表面上の数字に惑わされてはいけない。


1月29日 (月)    明日でもできること

昨日読んでいた本に、「明日でもできることは今日やらない」というのが無駄なストレスを溜め込まない方法の一つであるみたいなことが書いてあった。

最近、加齢による体調の変化に対して敏感になってしまい、そのテの本を読んでいる。
どうあがいたって、これまで生きてきた時間と同じだけの時間を生きることは不可能である。
体も頭も若い頃のような柔軟性がなくなってきて、今後の人生を考えたとき、もう少し自分に忠実にと言うか、無理をしないで生きていかないと、早いうちに倒れてしまうのではないかという漠然とした不安がよぎる。
今は今後の人生をどのように送っていくのかを考えてもよい時期に来ているのではないかと思う。

とにかくストレスを貯めないことだ。
疲れたと思ったときは、その時がストレスが溜まった時と判断して、できるだけ早く休みモードに入るのがよいのではないかと思う。決して「すぐに」ということではなく、「できるだけ早く」である。したがって、時には無理をしなければならないときもあるし、まだ無理できるだろう。
要は無理を少なくする方向にしなければならないということだ。

明日できることを今日のうちにやっておこうと思うと、普通そういうことはその日の一番最後の仕事になるわけで、疲れてストレスも溜まった状態になっているから、無理することになる。

仕事に対してある程度の経験をつんできたから、今日中にやらなければならないことと、少し延ばしても何とかなりそうだという判断はそこそこできるようになったと思う。
要は、他人に迷惑をかけなければいいわけだ。
自分の気持ちの持ちようである。
ストレスも自分の気の持ちようである。

しかし、若い人には言いたい。

明日できることは今日のうちにやってしまいなさい。
そして明日は新しいことをみつけてチャレンジしなさい。
他人から仕事を奪ってくるくらいの意気込みでやりなさい。
言われたことは何事も勉強になると思って取り組みなさい。
そうやっていろんなことを吸収して成長しなさい。


1月28日 (日)    気ままに一日


忙中閑ありと言うが、最近頭が疲れてきたので、忙しくなるのを承知の上で忙中閑を作って休みをとることにした。
「休む」の定義は簡単で、研究室にやってこないということと、大分県外へ出ないことの両方が達成されることを言う。

昔から、私には考えることがコロコロかわる癖があって、要するにわがままなのだが、このことが周りの人に迷惑をかけているだろうな、気をつけないとな、と思うのであるが、そのわがままを押さえつけてはまた新たなストレスとなるので、休日の今日はそのときどきに思うままに衝動的に動いてやろうと思った。

早朝は研究室に行くつもりだったが、急に気が変わって農産物直売所にドライブを兼ねて行きたくなった。
家内を職場に送っていったら、急に気が変わり、スーパーへ買い物に行った。
家内に頼まれた分も買って、それを届けに行ったら、「図書館に行かないの?」と言われて、そうしたら急に図書館に行きたくなって、本を借りてきた。

図書館からの帰り道、昼はデパートに行こうと思っていたので、その通り行った。
その後研究室に行こうと思っていたが、本を読み出したら、急に行く気がなくなった。
くだらないテレビ番組を見ながら本を読んでいたら、はまってしまい、夕方までこたつで本を読んだ。

途中、お酒でも飲みながらゆっくり読みましょうとと思って、秘蔵の吟醸酒を口にしてみたが、体調のせいか、ちっともおいしくないので飲むのをやめた。
急にオーケストラのビデオが見たくなったので、DVDをセットして見ることにした。
幸い、家に誰もいなかったので、音量を目いっぱい大きくして楽しんだ。

そうこうしているうちに家内が帰ってきて夕食。これは予定していた鍋。
鍋が食べたいがために昼にデパートに行って野菜や肉を買い込んできたのである。

今日は夕食前に長男が家に帰ってきたので、久しぶりに揃っての夕食。
その後は読書。

長男と家内はレンタルDVDを大きな音量で楽しんでいる。
こっちは読書。

そろそろ床に入ろうかと思う頃、仕事のことを考え出したら、急に不安になってきた。
やはり研究室に行っておいたほうがよかったのかなと思ったが後の祭り。
往生際が悪い。休むときは本気で休まないとかえってよくない。


1月27日 (土)    集中力


おびただしい量の書類も少しずつ片付いてきた
卒論の作成も目鼻がついて、あとは学生が清書をするだけとなった。
修論がまだ残っているが・・・。

昨日は研修会の後、診療所のはしごをして早めに家に戻ったので、やり残した仕事があり、今日は朝から研究室に出てきている。
今は少し休憩を取ってつれづれ日記を書いている。

今日は集中力の低下を痛切に感じる。
書類を一気に見通すことができない。
書類を一気に書き通すことができない。

少しやってはぼけーっとし、また少しやってはお茶を飲んだり と一向にはかどらない。
最初からはかどらないものと腹をくくってことにあたればよいのであるが、そういう気持ちにならない。

やることをさっさとやって早く帰りたいと思うので、はかどらない仕事が歯がゆい。
早く帰って何かやりたいことがあるのかというと特に何もない。

それならゆっくりと仕事をやったらいいじゃないの。と語りかける自分がいる。
さっさと仕事を済ませたい自分がいる。

2人の自分との闘い。
支離滅裂な文章・・・・。
明日は休むぞ!


1月26日 (金)    研修会


今日の午後、大分県バイオテクノロジー懇談会主催の研修会があった。
遺伝子組換え農作物がテーマである。

日進月歩で進んでいく話題は、常にアンテナを張り巡らせておかないと、取り残されてしまう。
遺伝子組換え農作物に関する話題は、社会的にも関心が高く、私なども社会人向けの講座などで取り上げると興味を持って聞いてもらえる。学生の講義で取り上げても反応がよい。

大学の教員は、自分の専門とする細かい点についてはものすごく詳しいのだが、少しでもそれをはずれるとちんぷんかんぷんなことが多い。
教育系で仕事をしていると、自分の専門のことだけを知っているだけでは不十分で、その周辺の知識についても語れるようにしておかなければならない。

そういう周辺の情報を得る機会として今日のような研修会は大変に役に立つ。

学ぶことはたくさんある。
話の内容について学ぶことは言うまでもないが、どのようにしたら相手に正確に情報を伝えることができるのかといったテクニック、プレゼンテーションスキルなどなど。

今日の話の内容は取り立てて新しい話題がなかったが、逆に安心した。
今自分がもっている情報で問題がないことがわかったからだ。

遺伝子組換え農作物については、その安全性が議論されることが多い。
しかし、その議論の中には、「科学」を超えた「感情」が大きな割合を占めているような気がしてならない。
議論に感情が入り始めると、収拾がつかなくなる。

今日の講師の話の中にも、そういう苦労があることが感じ取られた。


1月25日 (木)    再びテレビ


今日のテレビは20日のものとは内容が異なる。
火曜日の日記に書いたテレビの放映があった。らしい。
今日は朝から実験、打ち合わせ、会議と忙しく、まだそのテレビを見ていない。

しかし、「見たよ」というメールをいくつかもらった。

これまでにたびたびテレビ取材を受けているが、どうしても苦手である。
特に最近のテレビは性能がよいから、髪の毛1本1本がはっきりと映るし、髭の剃り残しもリアルに映る。
困る。

自意識過剰といわれそうだが、何と言われようとテレビは苦手。
でも、「先生の顔が見れて嬉しかった」というメールをもらってうれしかった。

今日も疲れたので、つれづれ日記は短いけれどこれで終わり。


1月24日 (水)    季節の移ろい


毎日寒い日が続く。
しかし、季節は確実に春に向かっている。

実験の都合で夜明け前に研究室に来ることがあるが、ちょっと前は研究室に着いてもまだ暗かった。
しかし、最近は研究室に到着する頃には明るくなっている。
夕方の陽も長くなった。
ちょっと前までは、17時になればどっぷりと日が暮れていたのが、最近は17時30分を過ぎても明るい。

キャンパスには鶯の姿が目に入る。
まだ鳴かないが。

日に日に春が近づいてくることを実感する。
なんとなく心の芽もほころんでくるような気分になる。

冬の寒さもあと少し。
早く春が来ないかなぁ。


1月23日 (火)    睡眠

先週の火曜日の日記で少し触れたが、睡眠不足は体に良くないので、十分な睡眠をとるように心がけようとしている。
しかしなかなか思うようにはいかない。
それは2つの観点から言えることである。

まず、帰宅してから、眠たくなるまでの時間が決まっているような気がするのである。
約3時間必要である。
すなわち、7時に帰宅すれば10時に眠たくなり、翌朝5時に目が覚めても7時間眠ることができるのであるが、10時に帰宅すると1時まで眠れない。
翌朝寝坊して6時に起きても5時間しか眠れない。
この課題を解決するためには、できる限り早く家に帰ることである。

次の観点は眠りの浅さ。
仮に早く床についても、夜中に数回トイレに起きる。
そんな夜はどんなに睡眠時間が多くても、熟睡感がない。
酒を飲むから夜中にトイレに行きたくなるのだろうと言われるが、酒を飲まない日でも目が覚める。
しかし、まれにではあるが、夜中に一度も起きない日もある。
次の日は絶好調である。
一度も起きない日の昼間に何をしていたかを思い起こすと、体を動かしていることが多い。
したがって、深い眠りにつくためには、昼間に体を動かすことである。

特別なことをする必要はない。
昼間に体を動かして、早めに家に帰り、気分を落ち着けて、眠たくなったら床に入るのが一番である。
当たり前といえば当たり前のこと。

話はかわる。

今日、テレビ局が取材に来た。
このことは、すでにお知らせ済み。
放映は明日の予定だったのが、木曜日に変更になったとのこと。
夕方6時17分から始まる番組の中で取り上げられるそうな。


1月22日 (月)    弁当

最近、売られている弁当をあまり買わなくなった。
少し前までは、何時になるとどこのお店の弁当が安くなるかを把握していて、帰宅時刻によっていろいろな店の弁当を買って夜ごはんにおいしく食べていたものである。

ところが最近は売っている弁当をおいしいと思わなくなった。
おかずやごはんが生きていないように感じるのである。
作ってから時間が経っているというせいではない。
何もかもが人工的に見えるのだ。
今までそんなことにも気がつかなかったというか、気づけなかったのである。
感性が回復したのだろうか。

もうひとつ市販の弁当から遠ざかっている理由は、味付け。
保存のためということもあろうが、味が濃い。
最近は薄味のほうがおいしく、菜っ葉はゆでただけでもおいしく食べるし、かぼちゃもゆでただけが一番おいしい。
魚も煮つけより、薄い塩をしたくらいのほうがおいしい。

薄味を好むようになって、これが健康に寄与しているかといえば、必ずしもそうとはいえない。
減塩にはつながっていない。
みそ汁やスープなどの汁物を好んで食べるのである。

家人からは控えるように言われているのだが、ついついたくさん飲んでしまう。
おかずから摂取する食塩が足らないと体が言っているのかもしれない。
この味覚、おかしいといえばおかしい。


1月21日 (日)    センター試験


今日はセンター試験の監督である。
この日記は今日の5コマの試験のうち、1コマの休憩時間に書いている。

受験生はみな緊張しているが、監督する方も気を遣う。
毎年、終わった後はぐったり疲れる。

歳をとると主任監督者を務めなければならない。
注意事項を読み上げるなど、やることが多い。

昨年から、センター試験の監督は土曜日か日曜日のどちらか一日でよいことになった。
近年、センター試験を採用する大学が増えたせいか、大分大学で受験する人が減り、教室の中にいる受験生の数も少ない。

大分大学に溢れんばかりの受験生が集まった頃は、私もまだ若かったので、志願して試験監督をやった。
全コマ監督をやったこともある。
若い教員は、主任監督者にならなくてよいので、気楽であった。

センター試験の監督をやるとお弁当が出るのであるが、これが一つの楽しみであった。
私の楽しみではなく、子どもの楽しみであった。

若い頃は大学の近くに住んでいたので、お昼になるとそのお弁当をもって一度家に帰る。
子どもたちは仕出し弁当を食べる機会などめったにないので、これを楽しみにしていたのである。

その子どもたちも大きくなり、自分たちがセンター試験を受ける順番が来て、その後大学に入学してしまった。
お弁当の楽しみもなくなってしまった。

昔、教授会でこんなことがあった。
「お弁当は午前と午後にまたがって監督される先生のみ用意します。」というガイダンスがあったら、ある先生がおっしゃった。
「お弁当くらい全員の先生にお出ししたらいいじゃありませんか。粗末な弁当など私はいらないとおっしゃる先生はお孫さんのお土産にでもお持ち帰りになればよろしいでしょう。」

我が家では、粗末な弁当は子どものとびきりのお土産だった。
そんな頃が懐かしいなぁ。


1月20日 (土)    テレビ


地上デジタル放送が始まる直前にプラズマテレビを買ったら、画像がきれいだし、音はよいしということで、結構はまってしまっている。
お正月には楽しいプログラムが目白押しだということで、さらにDVDレコーダを年末に買った。

お正月にどっさり録画したのが未だに残っていて、時間のあるときに見ている。
ところが、毎週放映される番組にもよいものがいっぱいあるので、次々に録画したのが蓄積してしまい、見る分より録画する分のほうが多くなっている。

BS放送が特におもしろく、その中でもオーケストラのライブを気に入っている。
高校生の頃、クラシックに興味を持って以来、ライブを見に行ったり、テレビを見たりしているのだが、やはり大画面で見ると臨場感があってよい。

正月にサン・サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」の放送があった。
一度でよいから見たい演奏だと思っていた。
なるほどこんな楽器編成だったのかと思ったり、ここのところはこの楽器が演奏しているんだということがよく分かってとてもおもしろかった。

この前はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲をやっていた。
ソリストは南紫音さん。まだ高校生である。
あまりのうまさ、豊かな表現力に驚いた。
2月11日には大分にやってきてチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏するというので、これはぜひともライブを見に行かなければならない。

というようなわけで、ここしばらくの間停滞していた趣味が復活しそうな気配。


1月19日 (金)    今日の一日


今日は取り立てて話題もないので、どんな一日を過ごしたかを書いてみる。

いつもより2本早い列車で研究室にやってきて実験の準備。
8:40より実験。
これが終わったのが13:30。
遅い昼食を軽くとって、実験のまとめののち打ち合わせ。
打ち合わせの途中に電話が入り、電話での打ち合わせ。
打ち合わせ再開。

届いた書類の整理。
大学院生との打ち合わせ。
別の大学院生との打ち合わせ。
つれづれ日記の執筆。

このあと卒論原稿をチェックする予定。

明日から入試センター試験。
監督は日曜日。

明日はこそっと研究室にやってきて原稿チェックと月曜日からの授業の準備をするつもり。
今日は元気に過ごすことができました。
今週もあっという間に過ぎました。


1月18日 (木)    会議


15時から県庁で「平成18年度第5回大分市水産物流通加工協議会」に出席した。
この会議は充実している。
出席して時間をとられても負担を感じない。

話がいつも前向きだからである。
テーマは「規格に合わない関あじにいかに付加価値をつけて売っていくか」ということである。
「腐っても鯛」というが、「規格外でも関あじ」である。
第1回目の会議から開発商品のアイディアが次々と出て、商品化が目前となった。

構成メンバー全員がテーマに対して共通意識を持っているのである。
その構成メンバーのバックグラウンドが多種多様であるので、いろいろな知恵が集まることも議題の発展に大きく貢献している。
異なるバックグラウンドをもっている人の話は面白いし、勉強になる。

私の役目の一つは、今回商品化することになった関あじの加工品のよさを鮮度の面からアピールすること。
これは学問的にも意義があることであり、卒論のテーマとしても進めている。

マスコミも興味を持ってくれていて、今日の会議の取材にやってきた。
来週火曜日には研究室にやってきて、実験の様子を取材するという。

24日水曜日18:00〜18:30の中のどこかで放映される予定。
興味を持ったら見てください。


1月17日 (水)    どうにもこうにも


今日もパワー全開の一日だったので、とても疲れた。
先週授業が再開されてから、どうにもこうにも疲れる毎日である。
原因はやっぱり授業のせいだろう。

教員は授業をやって給料をもらっているのだから、疲れるのは当たり前だし、疲れるくらいのエネルギーを費やすことが必要であると思っている。
疲れも知らずに生き生きと授業をやっている先生方のノウハウを知りたい。

昨晩、マッサージをしてもらったらとてもぐっすり眠ることができた。
ところが、今朝は体が重くて、起き上がるのがやっとだった。
それだけ節々が凝っていて、マッサージのせいで凝りがほぐれたのだろう。
朝食をとってから出勤まで少し時間があったので、横になっていた。
それでも体が重く、午前中の授業の最後のほうは息も絶え絶えになった。

午前中の授業が終わり、10分間で昼食をとってすぐに会議。
報告書や計画書の作成に向けてきびしい意見交換の会だった。
会議は講義と違い、座ってできるのはありがたいが、今度は精神的に疲れた。

遅々として進まない原稿のチェック。先週よりたびたび話題にしている提出書類。
今日も溜まる一方。気分は重くなる一方。体も重くなる一方。
だれかこれらを軽くする方法をご存知ありませんでしょうか。


1月16日 (火)    システム手帳

大分大学に着任する3ヶ月前から使っているシステム手帳はもはや私の秘書といっても過言ではない。
スケジュールの管理、お金の管理、仕事の管理がその職務である。
だからやっぱり秘書である。

人生をトータルで考えたときに、仕事とお金だけではなんとなく寂しい。
そう思っていたら、人生を有意義に過ごすためのノウハウが詰まっているという触れ込みのシステム手帳を見つけた。
買おうか買わまいか迷っていたとき、偶然にある人がそれを使っているのに気づいた。
それとなく見てみると、その手帳が生き生きとしている。
これはよいかもしれないと思って通信販売で購入したものが昨日届いた。

いろいろと記録をとることが好きな性格のせいであろう、このシステム手帳にはまってしまった。
面白くてついつい時間を忘れてあちこちに書き込みを入れていく。

その中に、今週の目標を書くところがある。
「睡眠を7時間以上確保する」
「休肝日をつくる」
と書いてみた。

休肝日は難なくクリア。
しかしである。睡眠時間が確保できない。
その理由を探ってみたら、システム手帳の書き込みにかなりの時間を取られているのだった。
本当に人生を有意義にするためのツールになりうるのか、ちょっと不安になった。

使いこなせば、きっと役に立つはず。
それまでの間、少し時間の投資をしようと思う。


1月15日 (月)    食欲

今年になってはじめてのまともな月曜日。
しかし、1月も半分が過ぎた。
本当に1月2月は時間が経つのが速い。

最近摂食中枢が狂っている。
年末頃からおかしい。
やたらお腹が減る。
以前ならその空腹感に耐えて、その空腹感を楽しみ、その後に待っている満腹感に満足していたのであるが、どうにも最近は空腹感に耐えられない。
耐えられないから、お腹がすくと、ところかまわず、時間かまわず、気がついたら何でもかんでも口に入るものを入れている。

おかげで体重も増加傾向である。
ベスト体重より1〜1.5kg増加した状態で安定している。
周りの人々は「少し太ったほうがよい」などと言うが、筋肉がついて体重が増えるのであればよいのであるが、最近の体重増加は脂肪組織の増加によるもので、それもある特定の場所にある脂肪組織のみ増加する。
これは肉体的・精神的健康によくない。

なんとか摂食量を調節して一刻も早くベストの体重に戻したいのだが、今日もばくばくと食べてしまった。
摂食量を減らす手段は一つある。

食べ物を口にする時間がないほど忙しく仕事をすればよいのである。
でもそれって、もっと健康に悪いかも・・・。


1月14日 (日)    実験


今日は日曜日であったが、3年生が実験をやった。
今日のような実験は、平日にやることがきびしいので、どうしても休日にやることになる。

段取りがいまひとつ不安だというので、4年生に援助を求めた。
4年生は快く引き受けてくれて、3年生に懇切丁寧に教えてくれた。
これで今日と同じ内容の実験は大丈夫である。

実験をやっていてゼミ生のチームワークのよさが本当に嬉しいと思った。
3年生はそれぞれにきちんと動き、ミスすることなく終わった。
4年生は卒論の作成で忙しいだろうに、集まってくれた。

このチームワークのよさは望月ゼミの一つのよき伝統であり、一つの財産であると思う。
今後も卒論に限らず、人生をおくる上でもチームワークのよさを大切にして欲しいものだと思う。


1月13日 (土)    クリニック


去年のちょうど今頃、抑うつ症状がひどくなったので、以前に通っていた心療内科に再び通うことにした。
以来1年間、通院を続けている。

12月に調子がよくなったことを医師に告げると、それでは薬を減らしてみましょうということになって、年末年始には薬の量が減っていた。
そのことが、最近の抑うつ症状悪化の原因かもしれない。

医師はいつも「調子がよいときに調子にのってはいけません。調子のよいときでも8分目くらいにしておきなさい。よく休みなさい。」とおっしゃる。
自分では、調子がよいときに調子にのっているつもりはないし、休みなく仕事ばかりばりばりしているつもりもなく、結構休みをとっているつもりなのであるが、頭と体は正直である。

結局、薬の量を以前と同じ量に戻してもらうことにした。
これでまた少し楽になれるかもしれないと思っていたら釘を刺された。

「元気が出た、調子がよくなったと思ってもそれは薬が一時的に効いているだけで、何事もほどほどにしないとだめです。」

普通の人だったらほどほどのことも、今の私にはほどほど以上のことになっているのだろう。
自分なりのほどほどを早く頭と体に覚えこませなくてはならないな。


1月12日 (金)    格闘


今日は朝からずっと書類と格闘している。
時代劇のヒーローが、かっこよく立ち回り、次々と襲ってくる敵を刀で切り捨てるようなものである。
などと言えるほどかっこいいものではない。

襲ってくる書類は仕上げる書類より多い。
なかなか全部を切り捨てられない。

新たに作成が必要であることがわかった書類は、
国際学会参加申請書類
食品需給センターからの研究者アンケート
著書の校正
研究会のための出張派遣依頼書
学生レポートのチェック
12月に実施した試験の採点

修論、卒論の原稿も溜まっている。
書類を作成する中、卒論の原稿を見る。
一段落してホッとした瞬間に別の学生が原稿を持ってきた。
なんという怖ろしいタイミング。
どこかで監視でもしているのではないかと思う。

書類は増える一方。
週末にこれら全部を片付けたとしても、週が明けたらまた新しい書類が来るんだろうなきっと・・・。


1月11日 (木)    頭痛


今日は珍しいことに朝から頭が痛い。
精神的に頭が痛いのではなく、肉体の頭が痛いのである。

午前中の講習会は何とか切り抜けた。
午後からは書類の作成やら打ち合わせやらで時間をとられた。
一区切りついても頭痛はおさまらない。
風邪を引いたという感覚もない。

体が何かを拒否する手段として頭痛を起こしているのだろうか。
そんな呑気なことも言っていられない。

卒論生、修論生は一生懸命原稿を書いているし、
3年生は一生懸命実験飼料を作っているし、
大学院生は遅くまで授業に取り組んでいるし・・・。

梅木さんは大仕事であった原稿が完成した。
私もホッとしたが、本人はなおさらのことであろう。
おつかれさま。

卒論、修論の原稿を見なければならないし、
書類は毎日のように期限が迫っている。

頭が痛いなどと呑気なことを言っていられない。


1月10日 (水)    書類


年末から年始にかけておびただしい量の書類作成の依頼がきた。

時間割のチェック
シラバスの作成
学科紹介
合宿計画
プロジェクトの研究報告
別の研究報告
履修の手引きのチェック
就職状況調査
修士論文審査

思いついただけでもこれだけある。
まだ忘れているものが必ずある。

手帳にチェックリストを作って提出漏れのないようにしなければならない。
それに費やす時間も相当かかる。

机の上は書類でごちゃごちゃ。
頭の中もごちゃごちゃ。


1月9日 (火)    憂鬱

キャンパスにまた賑わいがもどってきた。
静かなキャンパスもよいが、若い人たちの笑い声が聞こえるキャンパスもまたよい。

それと引き換えに、講義が始まり、たくさんのメールが届く。
往生際が悪く、まだ正月気分が抜けていないのか、講義とメールで憂鬱な一日を過ごしてしまった。

一度でいいから仕事に戻りたくなるほど休んでみたいものである。
夢のような話である。
くだらぬことは考えないほうがよい。

憂鬱な気分で一日を過ごしたものだから、今日の仕事の能率は全然上がらなかったし、日記のネタも見つからない。
憂鬱のスパイラルである。

そんな日もあるよねと笑い飛ばしてさっさと寝てしまうのが明日のためにはよいのかもしれない。
明日は明るい日と書くくらいだから少しは明るくなるといいなと思いつつ、今日の日記はこれで終わり。


1月8日 (月)    おみくじ

3連休も今日で終わり。
明日からまた本格的に仕事が始まる。
なんとなくそわそわして落ち着かない。
毎日の仕事のことを考えるだけで落ちつかないようではなんとも情けない。

午前中はいつもは研究室でやっている原稿チェックを家でやった。
牛の歩みのようなスピードでゆっくりゆっくり、そして犬の散歩のように、ちょっと見ては別のことをやったりまた原稿を見たりと集中できない。
それでも何とか昼ごはんまでには片がついた。

午後西寒多神社にお参りに行った。
元旦の氏神様、2日の熱田神宮に続く第3弾である。
年が明けて8日も経つと、お参りする人も少ない。

熱田神宮で引いたおみくじが「末吉」だったのがなんともくやしいというか、とにかく愉快ではなかったので、西寒多神社でもおみくじを引くことにした。
ここでも「末吉」がでるのなら、本当に今年はよい年にならないと腹をくくるつもりだった。

結果は見事に「末吉」。今年の運勢は決定した。
家内は「末吉というのは末に吉がある、すなわち年の終わりにいいことがあるという意味だ」
となぐさめだか何だかわからないが、気を遣ってくれるのだが、その意見にはどうも賛同できない。

ネットで調べてみた。
大吉→中吉→小吉→吉→半吉→末吉 の順で、末吉はよくない運勢だということが分かった。
やっぱり今年はよい年にならない。


1月7日 (日)    小倉で


昨日の話の続き。

PET検診が終わって異常なしの結果をもらったら、いい気分になって、小倉の丹過市場に繰り出した。
去年と同じパターンである。
丹過市場は昔の市場の雰囲気が残っていて、歩くだけでも楽しい。

いい気分になると、太っ腹になってあとで大変なことになるので、使う予算を決めて、その分だけのお金をポケットに入れて散策した。

まず角打ち。安くていい気分になれる。
次にぬか炊き。これがめっぽううまい。酒の肴に最適である。
辛子明太子、ムツゴロウ焼き、いなりずし、サバのみりん干し、てんぷら・・・。次々と買い求める。

丹過市場を一通り歩いた後は、だるま食堂で焼きうどんを賞味。
焼きそばに似ているのだが、独特の味である。

とどめはシロヤのパンと洋菓子。
とても値段が安いので、ついつい買いすぎてしまう。

両手に持ちきれないほどの食べ物を買い、帰ろうと思って時計を見たら、列車の時刻まで30分ほどある。
立ち呑み屋の戸をあける。焼酎1杯200円。

さらにいい気分になって駅に向かう途中に、またまたおいしそうなお菓子を見つけて、思わず求める。
ここで今日の予算が尽きた。
列車の時刻もちょうどよい。

ソニックにゆられながら、早速シロヤのシュークリームを口にする。
過激な甘さが幼い頃のお菓子を思い出させてくれる。

楽しい一日だった。
これも健康であるがゆえのこと。


1月6日 (土)    PET


PETによるがん検診を受けに行くため、小倉に行った。
まったく苦痛なく全身の90%(私の推定値)のがんを一度に見つけられる検査である。

昨年、勧められて初めて受けてみた。
結果は異常なしで、おかげでこの一年間はがんの不安を感じることなくすごすことができた。
しかし、1年経つとどうなっているか分からない。

よく、誕生日などを一つの機会にして健康診断を受けるとよいなどといわれる。
人間ドックは日頃かかりつけの診療所で血液検査やらレントゲン検査をやっているので、まぁやらなくてもよいかなと思うけれど、どこに出没するか解らないがんは調べておきたい。

そこで、毎年誕生日の直後である1月の第一土曜日にPET検診に行くことに決めた。
今年は今日がその日である。
朝早いソニックに乗って出かけた。
去年、検診に行った日はとても寒く、雪が積もっていたが、今年も寒い。

一年ぶりに訪れたが、受付嬢も問診の医師も去年と同じ。
「ご無沙汰しています」と言いたいところだったが、向こうは覚えていないだろう。

検診も2回目ともなると様子がわかっているので、不安なく受けられる。
薬物を投与された後、1時間ほど安静にするのだが、眠ってしまった。
検査が終わって結果説明。
異常なし。これでまた1年間安心して過ごすことができる。


1月5日 (金)    腫れたひざ


一昨日、ふと気がつくと、11月24日にドブにおちて強打した左ひざに、たんこぶができてえらく腫れている。
立てひざをついたり、正座をすると、相変わらず電気が走るような痛みを感じる。
これはよくない、医師の診察を仰ぐことが必要だと思って、昨日、名医との評判が高い整形外科に行った。

ものすごく混んでいて、「3時間ほどお待ちいただけますか」と言われた。
痛みがひどくて耐えられないとか、歩けないといった緊急の事態ではなかったので、昨日は診察を諦めて帰ってきた。

今朝、こんな状態になったから医者に行こうと思う。とゼミで話したら、どんな状態ですかと尋ねられたので、現物を見せた。

「それはたいへん。水が溜まっていますよ。水を抜かなきゃ。でもそれとても痛いですよ。」
と脅かされてしまった。
一度は医師の診察を仰ぐ気持ちが萎えてしまったが、次に行くことができるのは1週間後になってしまうことから、昔の貴乃花のように痛みに耐えるつもりに気を取り直して診療所に行くことにした。
ただし、昨日出向いた名医は今日も混んでいるだろうから、近くの診療所に行くことにした。

その診療所はあまり混まないが、それは裏を返せば人気がないとも解釈できるわけで、そこへ行くことがベストなのかと考えたが、整形外科を標榜しているのだから、たぶん大丈夫だろうと思って行った。

レントゲンを撮って診察。
いつ「水を抜きましょう」と言われるかドキドキしながら診察を受けた。

「炎症を起こして内出血を起こしたのでしょう。骨には異常はありませんから、1週間もすれば腫れは引きますよ。」との診断に心底ほっとした。

湿布薬と抗炎症薬をもらって一件落着。


1月4日 (木)    年の初め


あっという間に正月休みが終わり、朝から研究室に出てきた。
年末にある程度仕事を追い込んでおいたおかげで、少し余裕がある。
逆にだらけてしまっている。
正月ボケが抜けていない。

しかし、冷静になってやるべきことを考えてみると、まるで嵐の前の静けさである。
ぽやんとできるのも本日限り。
明日は打ち合わせと集中講義。

そのあとの3連休は健康診断に行って、授業の準備などをしたら終わるだろう。
週があけたらまた忙しい日々が始まるに違いない。

今日はウォーミングアップ。
頭を早く仕事モードに戻さなくては。
早く春休みにならないかな!?・・・。


1月3日 (水)    年賀状


自分が書く年賀状は「元気にしていますよ」くらいの味気ないものであるが、毎年送られてくる年賀状を見るのは楽しい。
年賀状に思わず「ご無沙汰しています」などと声をかけてしまう。
家族の写真を送ってくださる人がいるが、これがまたうれしい。
自分では恥ずかしくてとてもできないが。

ここ最近は「子どもが生まれました」とか「子どもがこんなに大きくなりました」というものが多い。
多くの卒業生がそういう時期にきているのであろう。
家族仲良く、健康に過ごしていないと、こういう年賀状は作れない。
よいことである。

今年の年賀状で一番感激した文面は
「今年もたくさんたくさん幸せがありますように」
というものであった。

幸せを入れる箱を用意しておかないと、幸せがせっかくやってきても受け取ることはできない。


1月2日 (火)    初詣と福袋

正月二日は一家揃って熱田神宮に初詣に行ってから福袋を買いにいくものと決まっている。
毎年同じ入り口から入り、熱田神宮におまいりしたあとに、おみくじを引く。

今年は「末吉」。悪いことばかり書いてある。
あまりうれしいものではないが、最初から悪いものだとわかっているから、悪いことが起こっても当然だと思えるかもしれない。そういう意味では大吉を引くよりよいのかもしれない。そうでも思わないと暗くなる。

次に上知我麻神社におまいり。
次男坊の名づけの神様であり、学業・商売の神様である。
去年の合格のお礼と今年の学業発展をお願いする。
そして破魔矢を求める。

その次は秋葉山円通寺におまいり。
火の神様である。
「ともしび」と書かれたマッチをもらう。

少し歩いたところのお店で甘栗を買う。
そして地下鉄でデパートに行く。

昔は福袋を買うために、朝7時過ぎから並んだものであるが、今はそんな元気はない。
それほどにまでして欲しいという執着心もない。
たかが福袋のために並ぶなど、今となってはばかばかしいと思うが、そういうエネルギーがあった頃が懐かしい。
今年の福袋の中身はいまひとつ。
他にもいろいろと見て回ったが、特にこれといったものもなく、この福袋とお茶屋さんの福袋の2つのみを買う。

そのあと、別のデパートに繰り出して、ウィンドウショッピング。
しばらくぶりにでかけると、お店の様子もすっかり変わってしまっている。

夜は恒例の祝膳。
私の誕生日である。
嬉しいような嬉しくないような年齢になってきた。

その後麻雀。
2回のうち、1回は勝てた。運のみで勝てた。

こうして一日の行動を書いてみると、本当に毎年同じパターンであることに驚く。
驚くとともに、またこうして同じ誕生日の日を迎えられたことに感謝する。


1月1日 (月)    謹賀新年

あけましておめでとうございます。
旧年中はお引き立てくださいましてありがとうございました。
本年もかわらぬご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。


新しい年を迎える10分前に近くの神社に家族4人で出かけた。
年越しそばを食べて、甘酒を飲んだところで新しい年を迎え、そのまま初詣となった。

毎年手を合わせて願い事を唱えるのであるが、今年は例年になく多かったような気がする。
それだけ変化の激しい時期に来ているのだろう。

神社から帰ってごそごそして、少し寝たら夜明けになった。
2人の子どもと3人で両親のいる実家に出かけた。
以前は実家で年を越していた。
最近は、元旦に大分を経つパターンになっている。
みんなそれぞれに忙しく、なかなか日程のやりくりがつかないのである。

昼過ぎに実家に到着し、おせち料理を食べて、テレビなどを見て過ごす。
夜は恒例の家族麻雀。

子どもたちが小さい頃からのお楽しみである。
今夜は長男の圧勝。
めずらしく父親が弱かった。
私はあいかわらず弱い。