元号は嫌い!

いわゆる「元号」は1979年に成立した「元号法」によって定められています。 これによって法的権威づけと法的位置づけがされているわけですが、これが 悪法である理由は、もちろんその意味もありますが、それ以前にグローバル スタンダードからずれており、不都合極まりないことにあります(福島 1998)。 この法律が成立したときの当時の首相の見解は、

「元号法は改元のやり方を決めるだけで使用を強制しようとするものでは ない」

というものだったことも記憶にとどめるべきものです(朝日新聞 1999年6月30日朝刊)。

また以下のような事実を内田さんの著書(1991)から知りました。

1950年に元号廃止の法案(年の名称に関する法律案)が提出されそうになったそうです。 もしこれが成立すると「昭和25年の次の年の名称は1951年とする」ということに なったはずなのですが、結局他の重要と思われる法案の審議に時間が割かれ、時間切れ になったようで、そのまま日の目をみていません。当時の参議院の文部委員会の会議録 によると元号廃止の賛成20名、反対5名だったののことです。

なぜ元号はいらないって?

新聞のアンケートに対する一般市民の反応は
「世界共通の西暦一本にする方が国際的で合理的であり、また便利であるということ、 および国民主権を規定した憲法下において、天皇の名を冠した元号を公文書などに 記すのは依然として天皇主権の印象を与え憲法の精神に反する。」

「いずれにせよ、単に日付を記録するのは国際的に通用する西暦で間に合うのに、 ものごとを複雑にする必要は毛頭ない。元号などを用いているのはわが国だけである。 あまり他国に誇れる独自性とも思えない。私には政治的な意図や、つまらない懐古趣味 が日常生活に不便をもたらしているとしか思えない。」

納得しました!

私は元号は大嫌いです。


参考文献: 暦のはなし12ヶ月(内田正男)雄山閣 1991年

悪法研究(福島瑞穂)週刊金曜日 1998年12月11月号 p.20

卒業証書に元号はいや
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